DEMONBANE-SEED_種死逆十字_01_2

Last-modified: 2013-12-22 (日) 05:17:52

「……これは……どうしたものか……」

 右手はマウス、左手はキーボードの上。

 パソコンの前で、ティトゥスは深刻な顔で呟いた。



 ティトゥスがこの国──オーブ首長国連邦の地に現れてから、既に3日ほどが過ぎていた。

 船で避難民を安全地帯まで逃がしたすぐ後、オーブの敗戦が確定した。軍人達の殆どが肩を落とし、中には泣き崩れるものも少なくなかった。故郷が他者に侵略される悲しみ、苦しみ──ティトゥスにはそれが如何程のものか、察することは出来なかった。

 ともかく船の軍人達は敗残兵としてオーブへ戻ることになった。

 ちなみにその短い船旅の間、彼は船内の医療室で少々大掛かりな検査を受けさせられた。

医者によれば自分は《なちゅらる》らしいが、意味は分からなかった。

 その後ティトゥスは先日出逢った細身の軍人からオーブのとあるホテルの名と住所、部屋番号の書かれたメモと、いくらかの現金を手渡され、書かれた場所で暫く待ってくれるよう頼まれた。

 別に異論をたてる理由も無いティトゥスは承諾し──結果、丸一日ホテルの室内にカンズメという退屈な時間を過ごすことになる。

 が、退屈に耐えられなくなってきたところでティトゥスはあるものに気付く。

部屋の隅に備え付けられた、パソコンの存在に。

 モニター前の椅子に座り、電源らしきスイッチを入れる。ウイインと音を立ててパソコンは起動を始め、モニターにメーカーとOSのロゴが映る。

 基本的な操作はマウスとキーボードと、自分の世界と変化は無い。懸念していたOSの言語も、自分のよく知る日本語だった。

(まさか、ウェスパシアヌスに感謝する日が来ようとはな……)



 そう、あれはかつてブラックロッジに身を寄せていたある日のこと。ひょんなことでティトゥスがパソコンを使えないことを、『あの』ドクターウェストに知られてしまったのだ。

「な、ななななななーんとぉぉぉぉぉぉ! 今時、今時パソコンのパの字すら知らないと!? ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!
バ~カバ~カ時代遅れ~。しかしである、こんな時代にこんな化石以上の古い地球人が存在していいのであるか!? 否、否であ~る!
ま、安心するが良い、我輩の造り上げたこの『パソコンマスター♪これでアナタも敏腕プログラマー(はぁと)』を使えばたったの一時間でパソコンに関するありとあらゆる技術と知識を直接脳にブチ込むことができるのである!
実験に協力してくれた戦闘員Θは一躍組織内トップのハッカーに! まあいつもいつもパソコンに向かってO■たん萌え~などと言い出したが問題はおぶえあ!」

 ■■■■は即座に撲殺して事無きを得た。が、今度はアレとは別方向にタチの悪い男に捕まってしまった。

「いかん、いかんなあティトゥス。今時パソコン使えないなんて実に損している、勿体無い、悲しいことだ!
それに君はブラックロッジの幹部、アンチクロスが一人。組織の幹部ともあろう者がそんなことでは信徒達に示しがつかんじゃあないか。まあ大丈夫、大丈夫だよティトゥス。僭越ながら私が、この私が、WordとExcelを一週間で極めるに至ったこのウェスパシアヌスが、丁寧に、親切に、手取り足取り教えようじゃないか!
いやいやいや、授業料など取りゃしないよ、安心したまえ!」

 流石に同じ逆十字を相手取り戦う訳にもいかず、口八丁手八丁のペテン師ウェスパシアヌスから逃げることも敵わず、ティトゥスは丸一日彼の講義に付き合わされた。

 とはいえそのおかげで、ある程度はパソコンを使えるようになったのであった──もっとも、行動スピードは小学生の方がまだ速いだろうというレベルではあるが──

 閑話休題。



 四苦八苦しながらも、ティトゥスはインターネットを使い自分の知りたい情報を調べる。今居るこの国はどこで、今どういう状況なのか。だが事はティトゥスの想像の遥かに超えていたのである。



 ここは──この世界そのものが自分の居た世界とは違う、全く別の世界であることに気付いたのだ。



 遺伝子操作によって生み出された新人類『コーディネーター』と、元来の人類『ナチュラル』の対立。

 宇宙コロニー国家『プラント』。

 会戦のきっかけとなった『血のバレンタインの悲劇』。

 中立を守ってきた、今自分の居る『オーブ首長国連邦』。

 そして今や戦争の華となった人型機動兵器『モビルスーツ』。



 調べれば調べるほど、ティトゥスは己がいかに常識ハズレな事態に陥っているか、イヤでも思い知らされた。

「……これは……どうしたものか……」

 かくして場面は冒頭に戻る。

「お~い、居るかいミスターブシドー?」

 ノックの音と共に、最近覚えたばかりの声がティトゥスの耳に届いた。

「……鍵なら開いている」

 そう声をドア方向にかけると、ドアを開いて二人の人物が入ってくる。

 片方は細身の帽子を被った軍人、もう一人はゴツくてコワモテな軍人だ。

「悪いね、随分待たせちまって。敗戦国の軍人ってのもなかなか忙しくてね。勝った方は兵力やら兵器やら寄こせ寄こせとうるせーし」

「気にしておらぬ。それなりの暇潰しもできたのでな」

 ティトゥスがパソコンの前から立ったのを見て、軍人は少々驚いたようだ。

「パソコン使えるのかい?
俺ぁてっきり見た目通りアナログな人種なのかと、ってんなことはどうでもいいや。船でもゴタゴタしてて自己紹介がまだだったな。俺はネス、オーブ軍で一尉やってる」

「同じくオーブ軍所属ストーン二尉であります! 先日の我々及び避難民への協力、感謝いたします!」

「……拙者はティトゥス。ブラックロッジの……いや、なんでもない」



 自己紹介を終えて、ティトゥスと軍人二人組は室内の机をはさみ、互いに向かい合う形で座る。

そしていきなり、ネスが単刀直入に切り出した。

「ま、ややこしいのはキライなんで率直に聞くが……アンタ、一体何者なんだい?」

 その言葉に、室内の空気が一気に張り詰める。ティトゥスと軍人二人、互いに真剣な顔つきで視線を交差させる。

「船内でアンタのDNAデータの解析をしてもらったが、結果はアンタも知るように間違いなくナチュラルだってことだった。けど連合のMSをブッ倒した時のアンタの動き、ありゃナチュラルどころかコーディネーターだってできるかどうか怪しいもんだ。ハッキリ言って、普通じゃねえ」

 ネスの言葉に、ティトゥスはふと違和感を感じる。確かめるかのようにネスへと質問を返した。

「そこまで言うほどの動きであったか?」

「仮にコーディネーターが全員アンタと同じような芸当をやってのけるなら、地球軍はとっくに負けてると思うね、俺は」

 その言葉に少々考え込むティトゥス。実は彼、自分の力が一般人の多少上程度まで下がっていると思い込んでいたのだ。その程度で木を飛び越えたりMSの関節とはいえ斬れるわけはないのだが……まあそれは魔術が使えた時と今の差が大きいゆえの勘違いだった。

(多少は肉体に施した術の名残があるのか……あるいは、これが魔術抜きの拙者の力ということか……)

 後者であるなら多少は喜ばしいのだろうがな──なんとなく、ティトゥスはそう思った。

「ともかく、俺らとしちゃアンタが何者なのかハッキリさせときたいわけだ。連合かザフトどっちかの特殊工作員で、スパイのためにこの国に潜入してきたって可能性も全くないわけじゃない。あれだけの力を見せられて、アンタの正体を気にしないってのは少々無理な話だ。だからせめて、アンタの口から納得がいく答えが欲しいのさ」

 軽口抜きの真剣な問いにティトゥスは思案する。ここで真実を話して良いものか?

 理由は分からないが他の世界から来た、などと信じてもらえるとは思えない。下手をすれば更に疑われ、最悪頭のイカレた危険人物と思われても仕方ない内容だ。全てを話すのはリスクが大きすぎる。



──しかし、ティトゥスは上手い嘘を考え付いて芝居できるほど狡猾でもなければ、煙に巻いて誤魔化せるほど口が上手いわけでもなかった。

「……ならば全てを話そう。正直拙者自信にも理解の及ばぬ事が多すぎる故、余計に混乱させることになると思うが……」

 ティトゥスは全てを語った。

 自分の世界の事──魔術を実用化し発展を続ける世界、その中でも最も発達した、アーカムシティの事を。

 自分の事を──悪の秘密結社『ブラックロッジ』の大幹部『アンチクロス』として、悪逆非道の限りを尽くして修羅の道を歩み続けた己の事を。

 敵として合い見えた相手の事を──魔を断つ剣を持ちていかな困難をも乗り越え戦う魔術師とその相棒。

ブラックロッジを裏切り力を奮う白の守護天使。そしてブラックロッジと戦い続けてきた『覇道』の名を継ぐ姫君と、それを守る、忠義を力とする男の事を。

 ティトゥスは全てを語った──自分のこれまでの生き様を顧みるように、確かめるように──



「……まるで、SFとファンタジーをごっちゃにしたような話だな」

 何時の間にやら煙草を咥えつつ、ネスはそうボヤいた。ストーンは余りに突飛な話にポカンとしている。

 当然であろうな、とティトゥスは小さく笑った。

「信じてもらえぬとも構わん、拙者は真実を語ったのみ……逆に此方から問おう。そなた達、いやこの国の軍としては、拙者をどうするつもりなのだ?
拘束されても止む無しな立場であることは理解しているが、もしその気ならば──」

 その言葉にストーンは緊張の色を強め、傍らのネスに目を向ける。ネスは煙草を吹かしながら涼しい顔だ。

 ティトゥスはネスの答えによっては、本気で二人を殺して逃げるつもりだった。ここまで付き合ったのはただ、何も分からぬ中で状況に流され続けてきただけだ。今とて多少状況を理解しただけで明確な目的を持っているわけではないが、それでも軍に拘束されるような事態は避けたい。今の力でMSのような兵器を持つ軍からどこまで逃げられるか分からないが、そこはもう成るようにしかならないだろう。



 腰の刀に意識を傾けながら、ティトゥスはネスの言葉を待つ。例えどんな答えであれ、まさか何もしないなどという事だけは──

「いんや、俺らはな~んもする気はないよ」

──有り得た。

 180度予想外な答えに目を丸くするティトゥスと、吃驚して立ち上がるストーン。

「な、な……本気でありますかネス一尉!?」

「あれ、ストーン君には言ってなかったっけ?
彼の答えがどうであれ何もしないってのは、あの場にいたトダカの旦那やアマギ君達も納得してるよ。そもそもこの件は上には一切報告してない。現場に居た人間以外に状況を細かく説明しても笑われるだけさ。解放しちまった連合のMSパイロットが向こうで報告したとしても、似たような反応しかないだろうよ」

 確かに『モビルスーツを人間が刀で斬りました』なんて話、普通なら信じる方がどうかしてるだろう。

「それに言ったろ、俺らは納得できればいいって。彼が元魔法使い、いや魔術師だっけか?
ともかくそういう人知を超えた万国ビックリショーな人種だってんなら話も分かるってもんだ」

 その言葉にストーンも唖然としたが、一番驚いたのはティトゥスだ。まさかこうまで簡単に自分の話を信じるなど、全く予想していなかった。

「今の話を信じるのですか!? それは……そ、それに仮に信じるとしてもですよ!? 彼は相当数の殺人罪込みの犯罪を犯している犯罪者ですよ!? 即刻逮捕して──」

「俺らは軍人で、警察じゃないよストーン君。そもそも彼が犯罪犯したのは別世界だよ?
証拠も何もないし、ちょっと違うかもしれないが『治外法権』ってやつさ、俺らに裁く権利はないよ」

 それに、とネスは言葉を続ける。

「彼は俺らや避難民の命の恩人だ。その恩を仇で返すなんざオーブ軍の、というより人としてやることじゃないんじゃないのか?そう思わないかいストーン君?」

「ネス一尉……そうですね、ネス一尉の仰る通りです。何もかも納得出来たわけではありませんが……」

 ストーンは立ち上がると、ティトゥスへ深々と頭を下げた。

「ミスターティトゥス、貴方の仰られた事を、本官はまだ信じることはできません。ですがそれは貴方が犯罪者であったということもまた、信憑性の無い不確かな情報と解釈することになります。それに貴方は我々の恩人、それを忘れての先程の発言は余りに不適当かつ無礼でした、申し訳ありません」



「い、いや拙者が罪人であるのは事実。頭を上げられよ」

 いきなり頭を下げられては流石のティトゥスも困り顔になる。しどろもどろになりつつストーンに頭を上げるように言う。

「やれやれ、まあ石頭のストーン君にしちゃ上出来な方か……さてティトゥス君、もう一つ質問良いかな? 君はこれからどうするつもりなんだい?」

 その言葉に、今だ頭を下げるストーンを呆れ顔で見ていたティトゥスは表情を歪めた。

「どうするつもり、か……何をするべきなのだろうな……」

 ティトゥスは俯き、自虐的な笑みを浮かべる。

 今までは余裕が無かった為──否、余裕が無いのを言い訳にして深く考えることは無かった。



 何故、自分はこんな所で生きているのだろう──

 何故、あの執事との試合で敗れてまだ、生き恥を晒しているのだろう──

 何故、あの汚れたルルイエの海中で息絶えなかったのだろう──



 ──今度こそ、真の境地へ──



 まさか、あの身勝手な願いを神が聞き届けてくれたとでもいうのだろうか?

 お節介にも自分を『人』に戻して、もう一度やり直させてくれたとでも?

 ──有り得ぬ、と笑う。なんと下らない妄想か。あの世界に全能の神など存在しない。存在するのは機械仕掛けの偽神か、おぞましき邪神のみ。そんなモノが自分を救ってくれる筈も無い。

 (考えても答えなど出ぬか──)

 ティトゥスは今までの考えを振り払い、思考を切り替えようとする。今重要なのは『今までの経緯』ではなく、『これから向かう先』なのだから。

 だが、それもまた暗黒の中──魔術の力を失った程度で取り乱す自分に、一体何ができるのだろう。

 このような様でどうやって、境地への道を往くというのだろう──拙者にはまだ、分からない──



「ティトゥス君?」

「ミスター?」

 ネスとストーンの声に我に返るティトゥス。二人は怪訝そうな顔で此方を見ている。



「どうした? いきなり難しい顔で黙り込んじゃって」

「いや……どう答えるべきか、全く思いつかぬものでな」

 多少違うが、嘘ではない。何を答えるべきか、ティトゥスは実際何も思い浮かばないのだ。

「おっとすまない、これは別に無理して答えてもらわなくてもいい。普通に考えりゃ見知らぬ世界に飛ばされて、何するべきかなんて早々思いつくもんじゃないわな」

 そう言って、ネスは立ち上がった。

「ま、何時の間にやら日も落ちちまったことだし、メシでも食いに行こうや。ここのレストランは結構イケルぞ、和洋中何でも揃ってるしな。ああティトゥス君は金の心配は必要ないよ、奢るからさ。というわけでストーン君、俺の分もよろしく頼むよ」

「そうですね、本官も腹が、ってえーーーーーー!?なんでそうなるんですかっ!?」

「俺今月レースでスッちゃってさー。あれは単独ぶっちぎりだと直感したんだけどなあ、チキュウコウテイ。まさかあそこでマスダテルヲが来るとは思わなかった……」

「あ、貴方という人は……! しかもそんな変な名前の馬に……えっ、ちょっと、待ってください一尉、本当に本官が一人で……ネス一尉ーーーーーー!?」

 ティトゥスの存在をほとんどスルーしつつ、先に部屋を出て行く軍人二人。溜息を一度吐き出して、確かに腹は減ったのでティトゥスも二人を追おうと立ち上がる。

 バンッ、と鈍い音が部屋に突如響いた。ティトゥスの目の前、床の上に何かが落ちたのだ。

 ティトゥスには何が落ちたのか見えなかった。だとしたら自分の懐から落ちたのだろうか?しかし今までそんな物を持っているなど気付かなかったし、そもそも自分は普段懐に物など──

「───!?」

 『それ』を見て、ティトゥスの思考は止まった。何処から落ちてきたのかなど考えるだけ無駄だ。

 そう、今重要なのは『どこから落ちてきたのか』ではなく『何故それが此処に在るのか』なのだから。

「本当に……拙者に何をさせたいのだ?拙者に何を望むのだ?」





 ティトゥスは震えた腕でその『本』を──『屍食教典儀』を拾い上げた。







「やれやれ面倒だ、まったく面倒なことだ。こんな回りくどいことをしなくてはならないとは、我ながら情けない、ああなんとも情けない」

 オーブ敗北から九日後、地球軍によりザフトから奪還されたビクトリア宇宙港──その司令室を、瘴気が覆っていた。兵士も上級指揮官も、そして軍事施設には不釣合いな水色のスーツを着た優男も──

全員が意識を失って机や床に倒れていた。

 ただ一人、白のスーツに外套を羽織った老紳士だけが、不満げな顔で立っていた。

「本来なら精神を掌握して私の操り人形にするところだが、いかんせん今の力では記憶を操作する程度の干渉しかできん。ここに転移するだけでもかなりの魔力を使ってしまったし……当然だったものは無くしてからその価値に気付くというが、まったく、まったくその通りだ。この年になって思い知ったよ」

 顎鬚を撫でながら、苦虫を噛み潰したような表情で語る紳士。だがその表情はすぐ、穏やかな笑みに変わる。嫌味の無い爽やかな紳士の微笑み──しかし、その目の奥には氷のように冷たい冷酷さと、燃え滾る炎のような狂気が同居していた。

「まあいい、まあいいさ。この世界に飛ばされ、力の殆どを失っていると知った時はどうしたものかと思ったが、あくまで『忘れた』だけ。『書』はちゃんとあるし、経験を活かせば修練し直すのに最初ほどの時間はいらないだろうて。それに考えてみれば今の状況は悪くない、むしろチャンスなのだよ」

 紳士は右手のステッキを持ち上げ、その先端を倒れているスーツの男の額に押し当てる。ステッキは徐々に男の頭部へとめり込んでいくが、そこから血や中身があふれ出すことはない。

「私は生き延びた、生き延びたのだ。そしてこの世界は実に私の知的好奇心を刺激するものがある。少々都合が良すぎる感は否めぬが、まあせいぜい有効に活用させてもらうとするさ……この世界なら今度こそ、今度こそ私の理想を花開かせることができる。今度こそ至高の芸術〔アート〕を!
あの獣を超えた究極の存在を! 私が、この私が造り上げるのだ!」

 興奮気味に叫ぶ男に、もはや紳士の面影は欠片も残っていない。叫びを終えた老人はスーツの男に顔を向け、まだ興奮冷めやらぬ顔に下卑た嘲笑を浮かべた。

「その為にまずは、まずは貴殿の協力が必要なのです。このウェスパシアヌスとオトモダチになって頂きますよ、盟主ムルタ・アズラエル殿。そして連れて行って頂く。宇宙へ、そして始まりの地『コロニー・メンデル』へと……」







 混沌の箱庭の一角。土は腐り、水は穢れ、どんなに良い種も汚され犯され別のナニカに変わる──何度手入れしてやり直しても最後にはそうなってしまい、造ったカミサマすら放棄した、おぞましき庭園[セカイ]。

 その庭園にある時、本来その庭園にはない幾つかの異物が投げ捨てられた。それは新しい種でもあり、土と水を浄化する益虫でもあり、種も庭園も更に犯す害虫であり、土に活を入れる肥料でもあった。

 投げ入れられた異物は何も知らず、投げ入れた当の本人でさえそれが何をもたらすのか分からない。



 そしてその庭園の中の時間で二年後──コズミック・イラ73年。



 元々植えられていた種と異物は互いに影響を与えながら、ゆっくりと芽吹きの時を迎えつつあった──





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