キラはその時、自分の目を疑った。
クラウディウスと名乗った少年と自分の間には、それなりの距離があった。バルトフェルドやマリューもその間に立ち、銃を構えて警戒していた。
キラ自身もクラウディウスやカリグラという大男から目を離しはしなかった。
──では何故、今自分の目前でクラウディウスが蹴りの体勢で宙に浮いているのか?
「とりあえず寝とけや、キラクンよぉ!」
「ううっ!」
反射的に頭部を守るよう両手を構え、勢いのある回し蹴りを受け止める。痛みが痺れと共に腕に走る。
「ヒュ~ッ、やるじゃん。流石ってトコか? スーパー……」
「キラ君、ラクスさん下がって!」
振り向いたマリューがクラウディウス目掛け拳銃の引き金を二回引く。銃弾がクラウディウスの背を目掛けて飛ぶ。
しかし着弾の寸前、蹴りの後まだ地に足を付いてすらいなかったクラウディウスの体が、飛んだ。
天井スレスレで宙返りし、何もない空に足を突くようにピタリと止まったクラウディウスがニタリと笑う。
「何なの、この子っ!?」
「ラミアスさん後ろです、お逃げなさい!」
『誰か』の声が響き、その声に反射的に振り返ったマリューの前にあったのは、巨大な壁。
──否、それはガウンに包まれた、カリグラの強靭な身体。正に壁のように佇む筋肉の塊が、その鉄拳をマリューの頭上から振り下ろさんとしていた。
「ヌゥゥンッ!」
もし反応が遅れ、バックステップするタイミングが僅かでも遅れていたらマリューは潰れたトマトと化していただろう。
振り下ろされた拳はシェルターの強固な床を叩く……その直後。
「キャアアアアアアッッ!」
床が、爆ぜた。拳を中心に地面が陥没し、轟音と破片が爆風を伴い室内に広がる。拳圧と爆風にマリューの体が吹き飛ばされ、追い討ちをかけるように破片が彼女の服と肉を裂く。
「マリューッ!」
マルキオ達の前まで飛ばされ地面に転がるマリューに駆け寄ろうとするバルトフェルド。だがそれを『誰か』の声と、上空からの声が止めた。
「動いてはなりません!」
「ボクを忘れてんなよ、アロハ野郎!」
空気を切る音と共に、バルトフェルドの足先数センチの床に一直線の亀裂が走る。ふと顔を上げると、子供らしからぬ──いやむしろ子供ゆえの残虐さを映して笑う目と視線が合った。
「ジタバタせずに死んどけよオッサン!」
急降下してきたクラウディウスの蹴りがバルトフェルドの顔を捉える。加速のついた蹴りは先ほどキラが受け止めた時の威力とは比べ物にならず、銃を落としながらのけぞるバルトフェルド。
「ぶっ殺してやろうか? ただし真っ二つだぞってなぁ!」
鼻から血を流しつつも、ふらつく身体を何とか立たせるバルトフェルド。その目の先には、腕を振り上げるクラウディウスの姿。その腕が大振りに振り下ろされ──
「横に跳びなさい!」
反射的に、バルトフェルドが右に跳んだ……刹那、クラウディウスの手から放たれた風の刃が地面に線を描きながら走り、バルトフェルドの左腕と左足を切断した。両方義肢とはいえ四肢二つを失い、バルトフェルドは苦悶の声を上げながら受身も取れず地面に倒れる。
「そんな……」
愕然とするしかないキラ。マリューとバルトフェルド、頼りにしていた二人がいとも容易く戦闘不能にされた。
しかも二人を痛めつけた二人の使った業──拳一つで地面を砕き、手を振るだけで遠くの人間を切り裂く力──この人達がやったのは、一体なんだ!?
「……なんなんだよ、オイ」
奇しくもキラと同じ疑問を、クラウディウスが口にした。倒れているバルトフェルドを無視し、振り向いた彼の目に宿るのは疑惑と苛立ちだ。
「何度もいい所で余計な口出しやがって! なんなんだよテメェは!?」
睨み付ける視線の先に居たのは、一人の男性。泣き叫ぶ子供達の前に立つ、盲目の紳士。
マリューとバルトフェルドの危機を救った、声の主。
「マルキオ導師……?」
キラが呆然とその名を呟く。確かに思い返せば、あの時の声は間違いなくマルキオのものだ。
しかし何故? マルキオは盲目、何故そんな身でマリュー達の危機を察知する事が出来た?
いやむしろ、クラウディウスとカリグラの謎の力を予想、いや察知したかのような──
「……魔術ですね、その力」
「マルキオ様……?」
魔術。その単語にラクスが呆けたようにマルキオに問いかける。キラも勿論、傷を負ったマリューや彼女に駆け寄り助け起こしているカリダ、バルトフェルドですら怪訝な顔をする。ぶっちゃけ、いきなり何バカな事を言い出すんですといった感じだ。
しかし、マルキオに指摘されたクラウディウスとカリグラはその表情を強張らせる。
「テメェ何モンだ? 唯のトーシロってわけじゃねえみたいだな」
「魔術を知ル者……予想外の相手ダ。注意しロ、クラウディウス」
「ウッセー木偶の坊、テメェは黙ってろや……おいクソ坊主、なんなんだよテメェ?」
「なに、私は人より多少知識を有しているだけに過ぎません。あと私は仏教徒ではありませんよ、 坊主というのはいささか間違いですな……こちらも一つお伺いしたい。魔術師が何ゆえキラとラクスを 狙うのです?」
得体の知れない相手に全く動じる事無く、穏やかではあるが何処となく敢然と応対するマルキオ。
その姿に、子供達やラクスと穏やかに語り合う彼しか知らないキラは唯々驚くしかなかった。
──よくよく考えれば、自分はマルキオ導師の事を殆ど知らないのだなと、キラは思う。孤児院の経営者であり連合の外交官、各国の政治家や著名人等々、数多くの人脈を持つ人間──彼を語る肩書きや評価こそ知っているが、彼が何の為に行動しているのか、何故自分達を匿ってくれているのか。それを明確に本人が語ってくれた事は一度もない。
ただ、いつも表情を変える事無くこう言うだけなのだ──
「バーカ、なんでボクがテメェの質問に答えなきゃ……」
「……『SEEDを持つ者』、だからですか?」
「……っ!」
──貴方方は『SEEDを持つ者』、故に──
SEED。その詳しい意味をキラは未だに知らず、マルキオもそれを語ってはいない。キラが独自に調べた所によると、かつて「優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子」として学会に発表された事のある概念であるという。
かつての戦争でキラも体感した、戦闘中突然思考がクリアになり、戦闘能力が格段に向上する現象……何時の間にか戦闘中なら意識的に行えるようになったあれも、SEEDによるものらしい。
だがその存在こそ肯定されているが、発表された理論は未だ実証されているわけではなく、研究もほとんど進んでいない。簡単に言ってしまえば、『未知の遺伝子』……とでも言うべきなのだろうか?
──そんな訳の分からないモノの為に、自分やラクスは狙われているというのか?
「手をお引きなさい。SEEDは貴方方のような輩が手を出していいモノではありません……
その身を滅ぼすだけですよ」
「ハァ? エラソーに説教タレてんじゃねーよ。ボクはアンチクロス、最強の魔術師だぞ?
そのボクがそこのヘタレやピンクに手出した程度で痛い目を見るってか?」
「確かに私の人生において、貴方方ほどの位階に至った魔術師は見たことがありません。しかしそうだとしても同じ事。SEEDの前では無力なものです」
「意味ワッカンネー、人の言葉で喋ってクダサ~イ。本気でムカツクからよ……その前に」
マルキオを小馬鹿にした態度を崩さないクラウディウスが一度言葉を切り……直後、その口から怒号を吐き出した。
「さっきからピーピーピーピー……マジウルセェんだよウゼェんだよジャマなんだよクソガキ共っ!」
癇癪を引き起こした子供のように、クラウディウスが突然苛立ちの矛先をマルキオから別のモノに移す。
移された対象──泣き叫んでいた子供達はいきなり怒声を浴びせられ、泣き止む所か更に大きく泣き喚ぶ。
「ウルセェっつってんだろが! ったくこれだからガキは嫌いだ……お前らもこの白痴と一緒に黙っとけや!
ボクが手伝ってやるからよ!」
忌々しげに吐き捨てながら、クラウディウスがズボンのポケットに手を突っ込む。
「……ベーゴマ?」
引き抜かれたその手の中にあった物を見て、キラはポカンとする。古き良き子供の玩具ベーゴマ、
そんなモノでなにを……という考えは、即座にキラの頭から消えた。
ゾクリ、と再び走る悪寒。それを彼も『感じた』のか、それまで平静を保っていたマルキオの顔が初めて驚愕に歪む。
そしてその狙いがマルキオだけではないことも、二人は気付いていた。
「……まさか!?」
「やめろーーーーーーっっっ!」
マルキオとキラの声を無視するように、クラウディウスが腕を振るい……その手から放たれたベーゴマは四方八方、高速且つ不規則な軌道を描き、前方目掛け飛んでいく!
──甲高い音が数回響いた後、悲鳴と肉を避ける音がシェルターに響き渡った。
「……やはリ、魔術師だったカ」
「けど大したこたぁねえな、なんせ……」
目の前の惨状にカリグラは特に感慨を示さず、クラウディウスは逆にニタリと嬉しそうに笑っている。
「……この程度の魔術もロクに防げない壁しか作れないんだからよぉ?」
その視界の先に、ボロボロの服の至る所から血を流して片膝をつくマルキオと、同じく傷だらけで倒れ伏す子供達の姿──そしてマルキオの目前で弱弱しい輝きを放つ、ズタズタに切り裂かれた魔術の防御陣があった。
防御陣が消えた直後、マルキオもまたその場に倒れ伏す。
「マルキオ様!」
「貴様……っ!」
マリューが叫び、その横でカリダが目に涙を浮かべながら惨状に目を逸らす。バルトフェルドは怒りの声を上げるも立ち上がることが出来ず、クソッと吐き捨て右手で床を叩く。
そして、悲痛な顔で口元を押さえるラクスと──
「き、君は……君って人はーーーーっ!」
気付いた時には、キラは駆け出していた。ニヤニヤと笑う少年の顔を狙い、拳を振り上げる。
──どうして笑っていられる? 人を殺し、子供達を傷付け、痛めつけ……どうしてそんなに平然としていられる!? 笑うことが出来る!?
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
絶叫に近い声を上げ、クラウディウスに拳を振り下ろすキラ。しかし拳が顔面を捉えんとした刹那、キラの視界からクラウディウスが掻き消える。
「遅すぎ、ノロすぎ、拍子抜けだぜ。オマエマジでウェスパシアヌスが言ってたSEED持ちなのかよ?」
「っ!? ガハッ!」
トン、と軽い音と共に、クラウディウスが伸ばされたキラの腕に着地する。その光景を信じられず唖然とするキラの側頭部に、鋭い蹴りが叩き込まれる。
「キラッ!」
ラクスの悲鳴を耳に捉えながら、キラの体が倒れ床に転がる。
「イケニエサマは大人しくしとけや」
「クラウディウス! 目標に危害ヲ加えるナとあれほど言っタろう!」
「うるせえボーッと突っ立ってるだけの役立たずが言うな! 黙らせるぐらいいいだろうが!」
朦朧とする頭にクラウディウス達の声が響く。立ち上がろうとするが体が思い通りに動かず、視界もぼやける。軽い脳震盪でも起こしてしまったのか。
「とにかく、テキトーに皆殺しにして帰ろうぜカリグラちゃんよ。障害者のオッサンはちょい気になるが、もうイライラし過ぎで考えるのもメンドクセーや」
「フン、面倒と言うナら男共もガキ共も、ちゃんト一撃で始末しロ。壁を張られタとはいえ仕損じるとは、腕ガ鈍りすぎデはないのか?」
「テメエが言うなっつってんだろデブ! 乳ババァツブせなかったのは何処のどいつ……あぁ?」
「キサマ……む?」
またもや険悪な雰囲気になりかけた二人の言葉が止まる。彼等とマルキオや子供達の間に、予想外の人物が立ち塞がったからだ。
「ラ……クス!?」
ハッキリとしなかったキラの意識が、視界に彼女の姿を捉えた瞬間引き戻される。しかし未だ体の自由は戻らず、立ち上がろうとしても手足に力が入らない。
「ら、ラクスさん……何をしているの!?」
「クッ、逃げろラクス! 君にはどうにも出来ん!」
マリューやバルトフェルドが叫ぶが、ラクスは聞く耳を持たずクラウディウスの前に立つ。彼とカリグラを真正面から見据え、ラクスは口を開いた。
「貴方方の狙いは私なのでしょう? なら私を連れ帰ればいい筈です、他の方々に危害を加えないで下さい」
「ああ? ウルセエよ、ジャマだから退けや。ボクに意見する権利なんてテメェにはないんだよ」
「何故です? 殺す必要はないはずでしょう? 何故、どうしてそう簡単に命を奪う事が出来るのです?」
「ボク以外の奴がどうなろうが知ったこっちゃないね。簡単に殺される奴がバカなんだよ、弱い奴は
殺されても文句言えるギリなんてないのさ……とりあえずどいてくんない?」
流石にターゲットだからか、ラクスには攻撃をしないクラウディウス。しかしラクスが問いかける度、言い返すその声に苛立ちが滲んでいく。
「何故殺すのです? 自分より弱い者を甚振って、何の意味があるというのですか?」
「理由なんて適当でいいんだよ! 殺したいから殺す、イラつくから殺す、ジャマだから殺すんだよ!
ボクらと比べりゃゴミ以下の価値しかないんだ、そのくらいされて当然だろうが、ああ!?
分かったらそこどけよ!」
「それで、貴方は満足なのですか? 欲望のままに力を振るい、人の命を弄ぶのが貴方の幸せなのですか? 本当に?」
「さっきから何意味不明なことばっかほざいてんだ電波かテメェは!? どけっつってんだろうが!」
「……お断りします。マルキオ様は私に良くして下さいました。そして子供達には未来があります……
その命を奪う権利は、誰にもありません」
腕を広げ、震え一つ見せずラクスは一歩も動かない。その毅然とした態度と彼女の言動にクラウディウスはワナワナと身体を震わせ……不意に、その震えがピタリと止まった。
「……テメェマジウゼェよ、クソ電波ピンク」
ポツリと、クラウディウスが呟いた。しかしその声は底冷えするような冷たく、鋭い声。先ほどまで感じていた寒気とは違う、身も凍りそうな怖気にキラは身を震わせる。
「ク、クラウディウス?」
「……カリグラ、最悪生きてりゃ問題ないだろ? 手足の一、二本取れても問題ないよなぁ?」
「なっ!? クラウディウスッ……!?」
クラウディウスの発言に面食らったカリグラは止めようとするが、遅い。
「バラす! ダルマになって、無様に泣き喚いて命乞いしろやクソ電波アマァァァ!」
クラウディウスが腕を振るう。その手から放たれた風の刃が、未だ微動だにせず、真っ直ぐ前を見つめるラクスへと真っ直ぐ向かい──
──やめろ。どうして彼女が傷付かなきゃならない? 何の権利があって、彼女を傷付ける?
スローモーションで進む視界の中で、風の刃がゆっくりとラクスに迫る。未だに足は震え、動かない。
──何で動かない? 僕が……今僕が、ラクスを守らなきゃならないのに!
立った所で何が出来るか分からない──だが、立たねばならないとキラの心は訴える。
──ラクスが傷付くなんて……そんな事、許せないじゃないか!
守らなきゃという思い、許せないという怒り──様々な感情がキラの中で混ざり合い、激しい化学反応を起こし──
(僕は、僕がラクスを守らなきゃならないんだ! ラクスの敵を倒さなきゃならないんだぁぁぁっっ!)
──その反応の中心で、『SEED』が弾けた。
思考がクリアになると共に、思い通りにならなかった身体の感覚が戻る。立ち上がると共に走り、ラクスと風の刃の間に滑り込む──その動作スピードはコーディネーターのキラとはいえ常軌を逸していたが、キラはそれを意識せずやってのける。
ラクスの目前に立った時には、風の刃はもう目前に迫っていた。キラはSEED発動時の変化である光の消えた瞳──どこか虚ろに見えるその眼で、風の刃を凝視する。最初は眼に捉える事すら難しく、見えても何をする間もない程に早く感じていたはずのそれは、今のキラの眼には酷くゆっくりに感じられる。
いや、それだけではない。キラには見えていた──その刃がどのような理論で、どのような構成で形作られているのかが、ハッキリと。理屈こそ分からないが何故か感覚的に理解出来るその式が、魔力で組まれた術式であることを、キラは知らない。
そして、構成を完全に理解できるのであれば──
「……消えろ」
──それを崩す事もまた、容易。
「なぁ!?」
「──キラ!?」
腕を挙げ風が手に触れた瞬間、キラは術式の根幹に割り込みを掛け解呪〔ディスペル〕、刃を単なる風に変える。
そこに来て初めて、ラクスとクラウディウスはキラが間に立ち、しかも風の刃を無力化したことに気付く。
「て、テメェ今何しやがっ……!?」
クラウディウスが言い終わるのを待たず、キラは勢いをつけて斜めに飛び、そのまま地面に転がる……その最中に、バルトフェルドが取り落とした拳銃を拾い、躊躇なく二発、クラウディウス目掛け放つ。
「うおっ!?」
「なんダと!?」
反射的に防御陣を張り、銃弾を受け止める。人が変わったようなキラの動きにクラウディウスとカリグラが驚くが……その時には既にキラは行動に移っていた。
キラがクラウディウスの目の前へと駆け、拳を振り上げる。先ほど避けられキラが蹴りを入れられた時と違うのは防御陣が張られている点と……キラがその陣の術式を理解しているという点だ。
術式を無効化する式を頭の中で構築し、更にそれを握りこんだ拳に送るようイメージする……予想通り、放たれた拳は防御陣を通り抜けてクラウディウスの顔面に迫る。驚愕に満ちたクラウディウスの眼と、見開かれ光のないキラの眼が交差し……頬に強烈な一撃を受け、小柄な体が吹っ飛ぶ。
「オブッ!」
「クラウディウス! ガアアアァァァァァァ!」
雄叫びを上げ、今度はカリグラが拳を振り上げる。その拳に込められているのは破壊力強化と爆発の術式──だが、それ無しでも屈強な肉体による拳は危険だ。そのまま受け止めるのは危険だ。
──なら、解除しながら避ければいいじゃない?
「なニィィィィィッッ!?」
カリグラが驚きに叫びを上げる──当然だろう、放った拳の手を付いて腕の力だけで宙に飛び、更に構築していた術式を解呪された、とあっては。
キラは身体を回転しながら後方へと飛び、固まっているカリグラに銃弾を放つ。カリグラに防御陣を張る暇はなかった、だが強化された鋼鉄の肉体に拳銃程度の銃弾は通らず、数歩後ずさりさせるだけに留まる。
──誰も、言葉が無い。マリューもバルトフェルドもカリダも、ラクスですら呆然とキラを見つめるしか出来ない。
確かにキラはコーディネーターであり、これまで多くの戦いを潜り抜けてきた……だがそれはMS戦だけの話であって、生身での白兵戦は拳銃のセーフティすら外し忘れるほど素人に近かったはずなのに!
「ふざけんなよ……」
立ち上がり、右頬に拳の痣の出来たクラウディウスがキラを睨みつける。
「ふざけんな、どんなインチキだこりゃ!? これがスーパーコーディネーターってか!?
これが『SEEDを持つ者』とかの力ってことかよ!?」
その疑問に、誰一人答えない……今この場に、答えられる者は居ない。
「ラクスは、傷付けさせない……絶対に、守る」
ただキラが無表情で、静かにそう宣言した。
己の為に闘うキラを、ラクスはただ見つめていた。
その心は何故自分が狙われるのかという疑問、命を軽んじるクラウディウス達への憤り、命を狙われているという不安、キラを戦わせてしまった自分への非難、マリューやバルトフェルド、マルキオや子供達が傷付いた事への悲しみ等々の感情が混じりあっており──
その中にほんの少し、キラが自分の為に闘ってくれているということへの喜びがあった。
そんなささやかな喜びは表情に出さず、ラクスは口元に手をやり不安げな瞳でキラを見つめていた。
だが、ラクスは自身でも気付いていなかった。手に隠された口元が、不安や怒りは勿論の事、喜びの感情にも不釣合いな歪な形──
──嘲笑を形作っていた事を。
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