DESTINY-SEED_118 ◆RMXTXm15Ok氏_002話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:41:25

ハーイ♪ マユでーす♪ ただいま戦闘中♪

 私たちは、鋼色の鬼に乗り、格納庫を後にする。私としては、お兄ちゃんらしき人が乗った鬼を追いかけたい。お兄ちゃんかそうでないか、ハッキリと確かめたい。
 でも、藍髪の人が、懸命にレバーやペダルを操作しても、私たちの乗る鬼は、ぎこちない動きしか出来ない。どんどん、あの鬼との距離が開いていく。
 ううん、それ以前に追いかけているわけじゃないみたい。それに、藍髪の人の行きたい方向へ、この鬼が動いてくれないっぽい。
 お兄ちゃん疑惑の人が乗った鬼が、一つ目の巨人と出会う。何か話をしたのかな。あの鬼は、そそくさと、こちらに背を向けて、空へと逃げていく。
 そして、この場に居残った一つ目の巨人と対峙する私たちを乗せた鬼。問答無用とばかりに、一つ目の巨人が剣を振りかざす。
 藍髪の人は、フェイズシフトがあるから大丈夫、といいながら、赤いボタンを押し込む。暗くくすんだ色をしていたボタンが輝きだす。画面には、剣に対して防ぐように上げた、鋼色の腕が白色に変っていくのが見える。
 ちょうど、そこへ振り上げられた剣が下りてくる。剣は、その腕を切り裂くことが出来ず、一つ目の巨人と鬼は、その姿勢で硬直する。
 フェイズシフトっていったら、ある部材に、一定の電流を流すと、位相転移が起き、硬質化する現象。以前、科学雑誌に取り上げられていたのを読んだことがある。確か、理論上、電流が流れている間であれば、慣性運動を利用した力学的エネルギーに対し、ひずみを発生させないらしい。つまり、叩いても形状が変化しないってことね。
 巨人の攻撃が聞かないのなら、その間に逃げちゃえって思うんだけど、一向に、そういう行動に走らない。藍髪の人は、さっきから同じようにレバーやボタンをいじっているのに。
 不思議に思って、藍髪の人の胸の高さくらいにある小型のディスプレイを覗いてみる。
それは壁にある画面と違い、周囲の風景を映すものではなく、この鬼の状況状態を表示しているもの。
 それを見て驚いた。何!? この不完全なOS!? こんなもので、複雑な動きを要求する人型の機械を動かそうっていうの?
 こんなの我慢なら無いよ。エンジニアの血が騒ぎだす。押しのけるように、藍髪の人から席を譲ってもらう。
 フィクションなら、このまま順調に進んで、私が大活躍するところ。しかし、私も藍髪の人も多分これを設計した人も、全く予想していない事態が、今、起こっている。

 藍髪の人が“ジン”と呼ぶ、一つ目の鋼鉄の巨人に体当たりされ、私たちの乗る鬼は姿勢を大きく崩す。
 私からすれば、自転車を全速力で走らせているとき、いきなり壁に、ぶつかってしまった時のような衝撃と、DVDを早送りで見たかのように、目まぐるしく画面を流れる映像を見せられるような体験を同時にしている感じ。
 後方へ移動する勢いが突然なくなり、背中を打つような衝撃が走る。椅子がガチガチに硬かったら、どこかを痛めている所だよ。
 画面は、水平な地面を見下ろすように高い所からの映像が表示している。おそらく、この鬼は寝そべるようになったのではなく、ビルか何かを背もたれにして腰掛けているような状態じゃないかな、と思う。
「設定中で難しいのも分かるが、回避行動くらい取れないのか?」
 藍髪の人がシートにしがみ付きながら、話しかけてくる。怒鳴るというほどではないのだけれど、後ろから急に言われると十分驚かされるような強い口調。
 その言い方が怖かったわけじゃない。でも、私は上唇に気持ちが引っかかっているような調子で、口がきれいに回らない。
「足が……」
 途中で言葉が切れる。自信満々に席を譲ってもらっておきながら、こんなことを言ったら怒られるかもしれない。そんな気持ちが邪魔をして、上手に声が出てきてくれない。
 藍髪の人は、その“足が”という言葉を聞いて、“この子は足に怪我をしたのかもしれない”とでも思ったみたい。どうした? と、さっきと同じくらい強めの口調と、不安がかげる心配そうな目をして、肩口から、私の足元を覗いてくる。
 私は観念して、困った顔と笑顔を足した、申し訳ない顔で告白。
「足がペダルに届かないんです!」
 そう。遊技場でもある1コマ。フリーサイズと一口に言っても、限界がある。最低、このくらいの大きさがないと、格好が付かないというアレ。本当は安全を保障出来ないって意味だけど、ジェットコースターに乗れない私からすれば意味は同じ。
 席を替わってもらってから、ずっと、私の足は、宙ぶらりになったまま。べダルに足の裏がつくことなく、座席の下方で空を切っている。
 私たちの時間が一瞬停止したように感じる。けれど、現実の時間は待ってはくれない。動けない私たちに“ジン”が、再び襲い掛かる。
 物理的衝撃によって、こちらの部材が変形しないといっても、電流が流れている間だけ。コンセントに繋がっているように見えない以上、この鬼は内部電源によって起動していることになる。つまり、無敵時間に限りがあるってこと。この場でOSを組み上げ切っても、この場の誰もが動かせないんじゃ意味が無い。

 突然、私の腰が宙に浮く。藍髪の人に押しのけられたみたい。私の体が席から一旦離れ、小型のディスプレイに乗っかるような形になった。再び着席すると、さきほどのシートとは、違った何かを踏んづけてた感触。私は藍髪の人の膝の上に座っていた。
「オレがペダルを踏むから、キミはOSを」
 そう言われた私は、小型のディスプレイとキーボードを使う指に意識を集中する。
 でも、それすら許さないように、体を放り出されそうな浮遊感と、投げ出されるような衝撃。藍髪の人が腕で庇ってくれなかったら、色々なボタンが配置されている操作部で頭をぶつけて、怪我をしていたところ。
「すまない。でも、何だ。この設定は?」 
 焦る藍髪の人。何が起きたかというと、“ジン”の攻撃を避けるために、藍髪の人は鬼を左前方へ行くように、ペダルを踏んだ。すると飛び出すことも歩くことも出来ずにその場で転んでしまったそうだ。
 逃げることを優先して歩けるようにしたつもりだけど、何を間違えたんだろう。既存のシステムを繋ぎ、直感的にいれた仮数値を加えたとはいえ、私でも扱えるようにしているはずなのに。
「さっきよりマシだが、加減が、さっぱり分からない」
 その言葉に、私の頭にある仮説が浮かぶ。新説じゃない。前々から言われていたことだけど、知ると感じるとは大違いというか。その違いを、ここに来て初めて体感する。
 壁の画面は、未だ地面を映している。起き上がらせることすら出来ないんだ。このままじゃいけないと思い、私はペダルの方へ潜り込む。藍髪の人の足をペダルから、どけてもらい、私の手を使って、それを操作する。同時に、レバーをどのように動かせばいいのか藍髪の人に、細かく指示を飛ばす。うまくいって、とそう願いながら。
 藍髪の人が、もう大丈夫だ、というので、座席下から這い上がり、再び彼の膝の上に座る。壁の画面は、最初に鬼が立ち上がったときのような高さを保った映像に戻っている。
 正面に見える“ジン”は、距離を置き、仕掛けてこない。なんでだろう?
「フェイズシフトで、あれに与えた動揺が、今の稚拙な動きで、冷静さを戻させたようだな」
 藍髪の人のいうことは、“ジン”に作戦を考える隙を与えてしまったってことかな。
確かに、この状況なら、“ジン”には、動揺して貰ったままの方が、私たちには有利だった。無敵であることに制限時間があり、逃げることがままならない獲物なら、体力がなくなるまで待つのも一つの手。持久戦になったら闘えない私たちは、圧倒的に不利。どうすればいいの?

 藍髪の人は、歩くのはいい、火器管制を頼む、と言い出す。そして、自分が望む動きに対し、どのように操作すればいいのか、細かく聞いてくる。
「ペダルの方はキミにまかす。二人のタイミングが上手くあえば、あれを撃退することが出来るはずだ」
 今の内ならな、と付け加える藍髪の人。
 このままやっつけられちゃうくらいなら、それに賭けた方がいいかもしれない。分の悪い賭け。今まで、こんなに酷い状況に出会った人はいるのかな?
 “ジン”は未だ動く気配は無い。持久戦に持ち込む気か、はたまた仲間が来るまで待っているのか。
 だけど、それは好機。私たちは、3、2、1、と声に出し、作戦を開始した。
 座席下に潜り込んだ私には分からないけれど、上から、大丈夫だ、そのまま、と声が聞こえてくる。もっとも私はディスプレイの下部かな? そこに何度も頭をぶつけて、少し泣きたい状況なんだけど。ガツンッと急制動がかかり、ひっくり返りそうになる。
 くらえ、という藍髪の人の声のあと、しまった、と続く。不安な声を上げないでよ。直後、大きく後方へ突き飛ばされるような衝撃が襲う。
 何度もディスプレイの下部で打って、少しふらふらする頭を抱えながら、座席の上にいく。壁の画面を見たけれど、そこに“ジン”はいない。やっつけたの? と聞くと、自爆された、と返される。
 改めて、壁の画面に映された風景を見る。見慣れた風景画に、コーヒーやミルクを零したような汚れがある。下書きどおりに描けず、思わず手で擦って汚くなったような形に変化したビルや道路。虎さんが研究室で見ていた動画。あの戦場という姿が目の前に広がっている。
 まるで夢の中にいるみたい。“ヘリオポリス”全体が破壊的芸術に目覚めて、みんなで所かまわず、自らの内にある才能を見せびらかしているのなら良いのに。迷惑だけどその方が遥かにマシ。
 そんな馬鹿なことを考えていると、右側の画面に映っていた丘が吹き飛んだ。そこから、まるで土下座でもしているような形をした白く大きな塊が出てくる。私は、目を真ん丸くして、それを眺めていると、後ろから、“アークエンジェル”無事だったか? と聞こえた。

 “アークエンジェル”と呼ばれるものに、この鬼を何とか移動させる。鬼から解放され、甲板らしき場所に降り立つと、なぜかデュランダルさんたちに迎えられる。
 どうやって、ここに、と聞くと、虎さんは、以前マユに飲んでもらったカフェ・オ・レに発信機が入っていて云々、と不気味なことを言っている。それが確かなことであっても、これ軍所有のものだよね。ここにいる理由が、それだけのはずがない。
 すると、ジブリールさんが、知的好奇心がどうのとか、デュランダルさんが、興味という衝動は抑えることが出来ないのだよ、とかベラベラと喋る。
 まぁ要するに、周囲の状況が気になり、避難そっちのけで、外に飛び出し、三人と一匹で駆けずり回ってっていた。そして、丘を吹き飛ばし、出てきたモノに追いつき、私たちが、ここに来るまで間に、これの開発に携わっていたものだとか何とか舌先三寸で現場の人間を丸め込み、見事潜入していたんだって。いつもは私のことを子供扱いするけれど、これじゃあ、どっちが子供か分からないよ。

 藍髪の人は私と離れ、赤い髪をした、彼と同じくらいの年齢の女の人と話している。声は届かないけれど、二人とも暗い表情をしている。よくないことを話しているんだと思う。
 そこに、襲撃してきた人たちとは違う形をしたスーツの人が加わる。その人がヘルメットを取ると、ミディアムくらいのストレートで毛先の揃わない、サバサバした感じの髪型をした、藍髪の人と同い年くらいの女の人。その三人は少し話した後、その金髪の女の人が、私たちを運んできた、あの鬼に乗り込む。
 そして、降りてきたかと思うと、難しい顔をしながら、再び二人に合流。二、三言葉を交わしてから、今度は三人で、こっちに近づいてくる。向こうの三人と、私たち四人と一匹で向かい合う。
「私はアスラン・ザラ。地球軍の……」
 藍髪の人が言いかけると、ジブリールさんは、細かいことはいいから用件だけ簡潔に言ってくれ、と偉そうに言う。もともと、いつでも偉そうな人なんだけど、軍人相手に微塵も態度を変えないって怖くないのかな?
 ジブリールさんの放つ高貴な気だか圧倒的な雰囲気だか分からないけれど、それにザラさんは気圧されたみたいで、ああ、と一言漏らし、言葉を続ける。
「機密を持ち出されるわけには行かないから、ここに居てもらうこと。それに加えて、
 一つ弱ったことが起きたので、キミに頼みたいことがあるんだが」
 機密に関しては当然だろう、と虎さんは応じる。ただし、その“キミ”というのは私を指しているみたい。視線が私に集まる。
「キミに“ストライク”を」
 それを聞いて、私が不思議な顔をしたら、ザラさんは言い直す。
「キミを、あの先ほど乗っていた機体の専属パイロットにしようかと思うんだ」
 動揺するデュランダルさんたち。そのことに関して、金髪の女の人が話し出す。
「私はカガリ。モビルアーマーのパイロットをやっている。そこそこ腕に自信があるんだけど、“ストライク”って、名前のあの機体が動かせないんだ」
 両肩を上げながら、困った笑顔で言う。付け加えるに、本来それに乗り込むはずの者たちが先ほどの戦闘で亡くなってしまった、と。
 引き受けてくれないかな、と聞いてくる。戦場に出るのかどうか以前に、私、足届かないんですけど。

 すると、三人は私の方を見ながら、時間はないが子供用に改造するしかないか、とか、いっそレバーだけで動かせるようにしてもらうか? とか相談しだす。
「あいや、待った」
 虎さんが、三人に割って入る。
「我々、マユのお兄さんたちとして、可愛い妹を戦地に送り込むわけにはいかないな」
 お兄さん? と赤い髪をした人が眉を潜ませている。気持ちは分かるんだけど、それは、突っ込まないお約束ということで。
「今の話は、君たちは出来ない、というだけだ。我々の内の誰かが、こいつを操作出来れば、問題無いわけだろう」
 そう言ったのはジブリールさん。民間人があまり機密に触れるな、という制止の発言を聴かず、彼は、風のように駆け出し、猫のような身のこなしで、“ストライク”へ搭乗する。
 ――“ストライク”に搭乗してから、5分後。
 立ち上がり一歩も動かず、そのまま元の位置に戻った“ストライク”から、彼は考え事をしているように、眉を潜ませながら降りてきた。例えるなら、これはAT限定の若葉マークの者に7速MTのスポーツカーを運転して、なおかつドリフトしながら、峠を高速で降りていけ、と言っているようなものだな、と感想を述べていた。
「では、ボクが行こう」
 虎さんが、そういうと、五体不満足に操作出来る物か、とジブリールさんが突っ込む。
 そういえば、虎さんは左目と左腕と左脚が無い。義腕と義足をつけていて、パッと見、分からない。けれど、顔には大きな傷が左目を塞いでいる。身長差からか、いつも、もみ上げとコーヒーカップを見ながら話していたから忘れてた。
「なあに。片腕でも十分さ」
 余裕の笑顔で、爽やかに“ストライク”に乗り込む虎さん。
 ――“ストライク”に搭乗してから、同じく5分後。
 “ストライク”を転ばし、義手義足でなければ、と言い訳をしながら降りてくる揉み上げの立派な人がいた。
「次は、私の番かな」
 いつもの落ち着いた口調で、自信の程を語るデュランダルさん。
「何、こう見えても昔、ネトゲで、誰が付けたか『赤い彗星』と呼ばれていたものだ」
 それが何の参考になるのでしょうか?
「これはリアルなGが付く高級な体感ゲーム、と思うのだよ」
 なるほど。レバーとペダル、液晶画面に囲まれた、それは、高級なゲーム機と呼べなくもないかも。さすがデュランダルさん。私は、ゲーム機と実機は別物だと考えていた。そうか。ゲームに、物凄く強い人なら、大丈夫ってことだよね?
 ――“ストライク”に搭乗してから、15分後。
 “ストライク”は、ピクリとも動かなかった。ただ、レスポンスが良くないようだ、と愚痴りながら降りてくる長髪の男の人がいた。一番自信があるように振舞っていた人が、他の人の三倍の時間をかけて、何も出来ずに戻ってきた。

 私を除くと、誰も操作出来ない。それが私たちの現実。正しくは、私も操作できる環境下に置かれて初めて、操作が出来るんだけど。
「サポートAIでもあれば話は別なのだが」
 ザラさんが、そう零すと、パンっと大きな拍手が聞こえた。音がした方に振り向くと、合掌したデュランダルさんがいる。
「サポートAIならある」
 え? うそ? そんな都合よく?
 デュランダルさんを見上げると、何故か、彼の手のひらが私を指している。
「サポートAI」
 デュランダルさんが、その一言を言うと、私を除く、その場に居た皆は感心したように、ため息を漏らす。
 サポートよろしく、私は誰かの膝の上に座り、指示と火器管制の操作を。私の下に来た人はペダルを踏み、速度、加速度、進行方向を。さっきザラさんとやったように、二人で操作しようというのだ。
 虎さんがいうには、宇宙限定で『着艦以外は』こなせるはず、とのこと。
「細かい操作が必要な歩く、ということが出来ないだけで、足の要らない宇宙であれば、前進後進くらい出来るだろう」
 でもでも! 前進後進くらいって正面から狙われたら、どうするんですか?
「反復横とびで、かわせばいい」
 さらに、虎さんは、こう語る。
「上半身と下半身が別の意思で動いているところを見せれば、敵は恐らく動揺する。その隙をついて逃げるもかわすも自由自在だと思わないか」
 仮に、その話が正しかったとしても、『着艦以外は』って、あんまりだよ。出たまま帰れないってことにならないのかな? それに地球連合の機動兵器なのに、地上で使えないことを意味してるような気がする。
 そのことに対して、ザラさんは依頼内容を一つ付け加える。
「それは繋ぎとして、最終的には、我々が扱えるものにしてもらえるかな?」
 私は、あれを完成させたい欲にかられ、OSの件は、あっさり了承。
 それにしても、デュランダルさんたちは、私を戦地に出したくないと言って無かったかな? 
 三人を見ると、デュランダルさんと虎さんが、少年のように目を輝かせながら、“ストライク”を眺めている。あまり考えたくないけれど、きっと二人の頭の中では、ヒーローとして活躍する自分たちがいるんじゃないかな? 頭痛くなってくる。
 ただ、ジブリールさんだけが、口元を押さえ、何かを我慢するような、複雑な表情を浮かべている。大丈夫ですか? と声をかけても、歯切れ悪く返事をするだけで、答えてくれない。どうしたのかな?

 とりあえず、ザラさんのお願いで、“ストライク”のパーツを回収することになった私たち。でも、デュランダルさんが、荷物を置きたいから待って欲しい、と言い出す。大切なものだから甲板に放って置くわけにはいかないんだって。
 三人の荷物は、デュランダルさんはノートPCとHDD、虎さんはコーヒー豆の入った袋とサイフォン、ジブリールさんは猫さん。これらを抱えながら、走り回っていたのだとすると、つくづく三人は大物なのだなぁと感心しつつも呆れてしまう。
 そして、赤い髪の人に連れられ、駆け足で部屋に向かっていく。私は、特に持ち物がないので“ストライク”の傍で待つことにした。

 “アークエンジェル”と名づけられた艦の、とある一室に案内された三人の男たち。
 早めに来てくださいよ、と赤い髪の女の子に言われたにもかかわらず、ジブリールと呼ばれる男は、ベッドに腰掛ける。
「デュランダル。彼女が組んだOS、どう思った」
 彼は頭を抱えながら問う。荷物を置き、入り口の方にある机に、軽く腰掛け、ジブリールの方を向いている長髪の男が口を開く。
「なかなか見事なものだな。私が同じような状況に立ったとき出来るかどうか。さすがマユくんと言ったところか」
 その男の落ち着き淡々とした口調に対し、ジブリールは声を震わせ、まるで何かを恐れているように聞き直す。
「そういう意味ではない。あのOSそのものに対する感想を聞いているのだ」
 最後に“ストライク”に搭乗した彼が、機体の操作ではなく、MAのパイロットと同僚二人が動かせなかったことを不思議に思い、OSを見ていた。ジブリールは、そのことに気付き質問している。
 真剣に問いかけてくるジブリールに対し、長髪の男は僅かな時間だが深く推考し、その問いに対し、誠実に答える。
「素晴らしい出来ではある。その構築は芸術作品を見ているようで、理解しがたいな。
 ただ分かる部分だけで言わせてもらえば、あれのパラメーター、ナチュラルの反応速度を元にしている、というには少々不可解な代物だな」
 長髪の男の言葉に頷くように、褐色肌の男が言葉を重ねる。彼もまたOSを調べていたらしい。
「確かにな。そして、あのシステムの操作対象が、設定した彼女自身ということであれば、彼女はナチュラルではなく……」
 最後は、問いを出したジブリール自身が締める。
「そう、おそらく彼女はコーディネイターだ」
 ジブリールの声は震えている。声だけじゃない。体全体が小刻みに震えている。
「そして、……お前は、ブルーコスモスか」

 壁に体重を任せ、褐色肌の男が中身の無いコーヒーカップを持ちながら、そう答えた。ジブリールが、その言葉に続けるように、口を動かす。
「そうだ。私はブルーコスモスだ。コーディネイターを憎み、コーディネイターを排斥し、コーディネイターを殺す。殺さなければならない」
 彼は、大きく目を開き、床面というより彼の脳裏に映し出された映像を見つめながら興奮する心を、そのまま吐き出すように声を出す。
「彼女がそうである以上、私はブルーコスモスとして、そうせねばならないはずだ」
 しかし、と続ける。
「私には彼女を殺すことが出来そうにない。女子供であろうと、コーディネイターであれば、殺せると思っていたのに」
 頭を抱えた指先に力が入り、額にシワをつくる。
「この目も、この心も、糸が絡み合ったように混乱している。どうしたいのか、どうすればいいのか。何度自問しても答えが出てこない」
 見開いていた目を、今度は強く瞑る。そんな彼の姿を見て、長髪の男が、普段の彼の姿を提示する。
「裏づけの無い自信で、すぐに結論と行動を導き出すキミらしくも無い」
 ああ、その通りだ、と返事をするジブリール。
「笑ってくれ。ジブリールは弱い人間だ、と。主義主張を貫き通すことの出来ない、情け無い男だ、と」
 大の大人が肩を震わせ、まるで泣いているように見える。その姿を笑いもせず、褐色肌の男は語りだす。
「笑ったりなんかしないさ。それが普通なんだ。あんな小さな女の子まで、手にかけるようになってしまっては、人として終わりだろう。熱心なブルーコスモスの一員でありながら、その領域に踏み入れず、普通であり続けるキミを、友人としてボクは誇りに思うよ」
 長髪の男も語りだす。
「彼女だけで、あの機動兵器を動かし続ければ、いずれこの事実が明るみに出る。仮に機動兵器を動かすことが無くても、彼女ひとりでは、あれをナチュラル用にすることは出来ないだろう。その差分を埋めるために、彼女の口から、もしくは、あれの異質さに気付き、同じ結果が出てしまうだろう。
 そうなってしまえば、彼女は生命の危機 に立たされることになる。地球連合は、ナチュラルの集まり。どこにブルーコスモスが潜んでいるか分からない。だからこそ、我々は彼女の傍に居て、護らなければならない」
 一呼吸置き、長髪の男は、こう付け足した。
「優しいキミにも出来るはずだ」
 その言葉を聞いて、ジブリールは泣いているような、ではなく本当に涙を流し始めた。すまない、と誰に謝っているわけではなく繰り返す。
「優しいキミのままでいてくれ」
 それを言ったのは誰なのかジブリールには判断出来なかった。しかし、彼の心に深く染み込んでいった。

……続く。