EDGE_第10話

Last-modified: 2022-04-27 (水) 11:18:42

【六課隊員寮-男子部屋】AM5:00

 

朝日が昇りかけたころアスランは目を覚ました。
早朝訓練にはまだはやい時間帯だったが、軍隊生活の余韻と今までの生活がすっかり身にしみて
自然に目が覚めるようになったのだ。今朝も早起きである。
いつもと見慣れない天井に違和感を覚える。
だがそれは天井ではない。それがベットの底とだとわかるのに数秒かかった。

 

(…ああ、そうか…俺は昨日からここに…)

 

寝惚け眼でむくりと体を起こしてベットから出る。
背伸びをした後ベットの上、つまりは二段目に視線を向けると赤い髪の少年が規則正しい寝息を
たてていた。アスランは起こさぬように半分ずり落ちた掛け布団を直してやる。
幸せそうな寝顔を見ながらアスランは神妙な表情になる。

 

(……今のままなら普通の子供なんだが…)

 

少年の名はエリオ・モンディアル。10歳の若き魔導士で、この六課の前線メンバーの一人。
昨日の夜、簡単な自己紹介を済ませ、相談の結果この少年と同じ部屋になった。
エリオは今までは一人で寝ていたらしく同じ男の同居人ができて、かなり嬉しそうだった。
人見知りもなく上機嫌で部屋に案内されたが、アスランはあまり会話を弾ませることが出来ず、
ただ苦笑いばかりしていた。
部屋は子供にしては少し殺風景な内装だったので余計に寂しさを引き立たせていた。
物欲がない方なのかもしれないが、なんか不憫な子だとアスランはそう感じたそうな。
ベットはジャンケンで決め、エリオが上アスランが下となった。
入隊の手続きや何やらをたくさんやったので精神的に疲れたアスランは一足先に眠りについた。
エリオは話をしたそうな様子だったが初日だということを考慮し、同じく就寝。

 

昨日の事を振り返っていた彼だが、とりあえずは余計な感傷はやめようと
エリオから視線をはずし訓練服に着替え始める。
それから、物音を立てないように静かに部屋をでた。

 

【六課隊員寮-玄関前】

 

優雅な朝日が水平線を照らし、心地よい朝風が吹く。
アスランはその自然を満喫しながら体操を始め、体をほぐす。
訓練校にいた時も毎日やっていた早朝ジョギングと筋トレを今からやろうとしているのだ。
いつの間にか日課になっておりアスラン自身も好んでやっていることなので
今更どうということではなかった。
それに、彼は早くこの付近の地理に慣れようと思っているからなおさらだ。
体がほぐれたので最初はジョギングから始めるアスラン。コースは六課の全域を回ること。
結構な早いペースで彼は足を動かしていた。

 

時計が六時に近くなった頃、ようやく新人達も起きはじめ洗顔や歯磨きなどをしていた。
欠伸をしながら挨拶をするティアナやまったく正反対に元気なスバル。
キャロも幼いながらも逞しく起きていた。
新人達は玄関に集合しあい、訓練場に向かうのが当たり前だがキャロがその場にいない人に気付く。

 

「あれ?エリオくん、アスランさんは?」
「えっと、僕が起きた時にはもういなくて…ここにも来てないんだけど…」

 

どこへ行ったのだろうと心配そうな表情であたりをキョロキョロと見回すエリオ。
探し人とは別に誰かが玄関入口から出てきた。

 

「みんな、おはよ~」

 

明るい表情であいさつをするのはなのはだった。それにびしっと姿勢を整えて挨拶をする4人。

 

「「「「おはようございます!!」」」」

 

元気な挨拶が返ってきたことになのはは微笑み、全員を見渡す。

 

「よしっ!今日も元気に・・・・・・てっあれ?アスラン君は?」

 

活をいれようとした時に一人いないことに気づくなのは。
しっかりと彼のことも頭に入っているようだ。

 

「エリオが言うにはもう起きたらしいんですが、どこに行ったのかは・・・」

 

ティアナが代弁して説明して、なのはは困った表情になる。

 

「う~ん・・・もう先に訓練場に行ったのかな。此処に集合ってこと伝えてある?」
「あっ、すいません!言うの忘れてました・・・」

 

昨日の夜に伝言するのを忘れて寝てしまったエリオ。
というか彼が先に寝てしまいタイミングがなかったのだろう。

 

「仕方ないね。みんなで行こうか?」

 

だが特に責めることもせずにこやかに訊くなのは。それに元気よく返事をして5人は訓練場に向かう。

 

【訓練場前】

 

なのはの予想通り彼はそこにいたのだが今、
現在進行形でアスランのやっていることに皆唖然としていた。
手すりに両足を掛け、上半身を空中にぶら下げて垂直腹筋を行っていたのだ。
それをペースを乱さず一定のリズムでやっている。
皆が来たことに気付かず黙々と筋トレをしているアスラン。

 

「あ……あの、アスラン君?」

 

なのはが声をかけて、やっと気付くアスラン。
急いで勢いよく体を起こしそのまま跳躍して着地、なのはの前に立つ。

 

「えっと…すいません。気付かなくて…」
「う、ううん。それはいいんだけど…何してたの?」

 

なのはの質問にきょとんとするアスラン。

 

「何って…筋トレですが……」
「さっきから?」
「はい……5時ぐらいからですけど」

 

え゛と驚く4人となのは。そんな時間から今まで筋トレしてたのかという表情だ。
慌ててなのはは尋ねる。

 

「これから早朝訓練なんだよ!?大丈夫なの?」
「ええ…まあ」

 

曖昧な返事をするが、彼はいたって平静だった。
汗は多少掻いてはいるが息は切らしていない。彼にとっては体が温まったという感じなのだろう。
どんな体力してるのだろうこの人は、と全員が思ったそうな。

 

4人が横一列に並び、なのはとアスランは前に立った。

 

「昨日の夜に自己紹介をしたと思うけど、改めてもう一回するね。
 今日からみんなの仲間に入る、アスラン・ザラ二等陸士です」

 

なのはに手招きされ前に出て、ぺこりと頭を下げるアスラン。
ぱちぱちと拍手され気恥ずかしくなる彼。

 

「今度は皆の名前を教えてあげてね」

 

その言葉を聞いて最初に言ったのはスバルだった。

 

「スバル・ナカジマ二等陸士です!よろしくお願いしますっ!」

 

元気な彼女に微笑みつつ隣に目をやると

 

「ティアナ・ランスター。同じく二等陸士です」

 

生真面目な口調で自己紹介をするティアナ。
ふとアスランは自分を見る彼女に対して少し違和感を感じた。
なにか鋭いようなそんな眼だ。
そして、昨日自分の背中に感じた視線を思い出す。

 

(この子か…あの時俺を見てたのは…)

 

敵意という感じではないのだが、なんでそんなに張り詰めるのかがアスランにはわからなかった。
そして、腰に掛けてある二つの変わった銃を見て驚く。

 

「君も銃使いなのか?」
「え?…あ、はい。そうですけど……」

 

急に声をかけられ思わず返すティアナ。アスランはにこやかに言う。

 

「2丁も使えるなんてすごいじゃないか」
「……どうも」

 

明るく話しかけたつもりだったが何故か口篭って答えるティアナ。
初対面だから仕方ないといえば仕方ないが。あまり気にせず残り二人のほうに目をやる。

 

「エリオ・モンディアルです。階級は三等陸士です」
「キャロ・ル・ルシエであります。エリオくんと同じく三等陸士です」

 

小さい体で元気よく敬礼し自己アピールするエリオとキャロ。
微笑しよろしくと言うと、もうひとつ視線を動かす。先程から気になっているもの。
キャロの足元にちょこんと座っている白い生き物だ。
昨日もいたような気がしたが視界の隅にいて気付かなかったようだ。
一見はでかいトカゲに見えるが羽のようなものが付いているので違うと断定できる。

 

「あの…キャロ、それは…?」

 

その生き物に指を差し尋ねるアスラン。

 

「あっすいません。この子はわたしの竜、フリードリヒです」
「クキュ~~♪」
「りゅう!?」

 

声をあげて驚くアスラン。竜っていうとあれか?
ゲームなどで出てくる火を吹く伝説の怪物で火山などに住んでいて、
知性も高くて、その肉を食べたら不老長寿になれるっていうあの竜か?
そんなイメージが頭の中に湧くがこの竜はなんと言っていいかどうにも…

 

(竜っていうのか?これ…)
「く~?」

 

首を傾げアスランを不思議そうに見るフリード。
イメージした力強い印象とは違いなんとも可愛らしいものだ。
それでも彼は幻の存在と云われる竜に会えたという事実を受け取り感動に触れる。
さすがは魔法世界。妖精の次は竜かと、不思議な国に迷い込んだ気持ちになった。
近づき腰の高さにして頭を撫でてやると、フリードは気持ちよさげに声を漏らす。

 

「よかった。フリードもアスランさんのこと気に入ってくれたみたいです」
「…そうか、ありがとうフリード。これからよろしくたのむよ」
「きゅ~~♪」

 

嬉しそうに小さな翼を羽ばたかせるフリード。

 

全員が自己紹介し終わり、なのはに視線が集まる。

 

「それじゃあ、質問がある人は?」

 

その一言にティアナが最初に手を挙げた。

 

「あの、アスランさんはどっちの分隊に入るのでしょうか?」
「そうだね。アスラン君はスターズとライトニングの中間の位置してもらいます」
「「「「????」」」」

 

はてなマークを浮かべる新人4人。言い方が悪かったかなと思いまた説明しなおす。

 

「つまり状況に応じてスターズとライトニングの両方の援護に回るってこと。
 ポジション的にはセンターになるかな。範囲は広いけど…」

 

アスランは射撃と格闘が両方できるということがわかり、
今の部隊編成を考えるとどちらにも望ましく、必要な力だったので思い切ってこうした訳だ。

 

「けっこう大変な役だけど、いいかなアスラン君?」
「ええ、大丈夫だと思いますけど」
「あの~…」

 

了承をするアスランにスバルがおずおずと手を挙げ、質問を求める。

 

「なに?スバル」
「そうしたら…コールサインってどう呼べばいいんですか?」
「あ、そうか」

 

肝心なことを忘れていたことに気付くなのは。
スバルとティアナはなのはの部下に入っているためコールサインは『スターズ』と呼ばれ、
エリオとキャロはフェイトの部下『ライトニング』となっている。
管制の方はロングアーチと呼ばれ部隊全体に指揮をするという役割だ。
フォワードのコールサインは二つしかないため、中間となると新しく作らなければいけない。
う~んと腕を組み、悩むなのはだがどうもいい案が浮かばない。

 

「二つをくっつけて『スタニング』というのはどうでしょうか!?」
「スバル…あんたネーミングセンスなさすぎ…」

 

スバルが自身満々に自分の考えた案をだすがあまりにもごろが悪すぎるため却下された。
他にもキャロが『ムーンライト』とかエリオが『シャイニングサン』と案を出したが、
それでは彼のイメージに合わないため残念ながら却下された。
次第には5人とも頭をひねり、悩むようになった。

 

なんかこのままだと自分のサインがやばそうなものになってしまうような予感がして
アスランはなのはに声をかける。

 

「あ、あの…」
「え?どうしたの?」
「考えたんですが…『フェイス』というのはどうでしょうか?」
「フェイス?」
「“信念”とか“忠誠を誓う”という意味です」

 

そう、これは自分の最も付き合いのある異名だ。
2年前とつい最近の戦争で授かった証。己の信念に従い間違いを二度と起こさぬように戦った。
だが結局それは軍の正義に利用されて信じた道を正すことが叶わなかった。
自分の選んだザフトは友を苦しめ、同じ仲間も巻き込んでしまいそれに幾度となく悔やんだことか。
しかし、そのザフトはもう存在しない。この世界で自分一人が持っている記憶でしかないのだ。
なのでフェイスという称号もここでは何の役にもたたない。
それならば、この名を“証”としてではなく“戒め”として使ってはどうか。
自分は違う世界の人間で周りの人達とは違う概念を宿している。
間違いを犯すこともこの先あるともわからない。
だからそんなことをしないためにも『重い楔』を心に打ち、誓いをたてる。
フェイス――自分の信念に忠誠を誓い過ちを繰り返さない。
今の自分に相応しい名はこれしかない。

 

アスランの心の奥底では哀しき決意が生まれ、それを知る由もないなのははふと思う。

 

「なんか…堅苦しい気もするんだけど、どうしてなの?」
「…いえ、そうゆうことではないのですが…」

 

鋭い彼女に少しだけ困りながらも答える。

 

「ただ、自分の信念を貫き通したくて…この名がいいと思ったからです…」
「アスラン君の信念?」
「…はい」

 

彼の熱意の篭った瞳を見てなのはは理解する。
アスランの示そうとしているその思いは何かはわからない。
だがその信じているものは彼にとって、とても大切なことなのは伝わってきた。
その称を糧とし道をつくっていきたいのだろう。
ならば自分はそれの邪魔をするわけにはいかない。
彼の望んでいる想いがあるのならそれを助けてやるのが自分の仕事。――だから

 

数秒の沈黙が続き、なのはが先に口を開いた。

 

「…あなたなりに考えてることがあるんだね?」
「ええ…」
「ん、ならいいんじゃないかな?それで」

 

あっさりと決まってよかったが一人スバルが顎に手をあてて今だ考えていた。

 

「う~~ん……『デンジャラスタイフーン』とかいいと思ったんだけどなぁ…」
 一同(いや、それはちょっと……)

 

彼女の痛快なアイディアに誰もが苦笑した。

 

「それじゃあ、そろそろ早朝訓練を始めようか!?」

 

決めなければいけないことはしっかり決まり、いよいよアスランにとって六課での
初めての訓練が開始されようとしていた。
なのはは自分のデバイス、レイジングハートをかざして衣装を変える。
白を基調としたジャケットで、髪はサイドテールからツインテールになった。
赤い玉だったデバイスは彼女の身の丈の程の長い杖に変貌。

 

バリアジャケット姿の彼女を見てアスランは思わず吹き出しそうになる。

 

(なんか…見たまんまだな…)

 

そう、彼女はアスランのイメージしていた魔法使いのコンセプトに最も近かったのだ。
よくお伽話に出てくる『魔女』のイメージは箒に跨る老婆。
だが『魔法使い』というのはまた違い、不思議っ子という二次元の部類に近い。
目の前にいるなのはも胸元に大きなリボンをつけているので
それが余計にそっちの気を引き出している。
視線を感じたなのはがアスランの考えていることを見透かすように目を細め、声を低くして尋ねた。

 

「……アスラン君…今、笑わなかった?」
「っ!?いえ、全然!!」

 

冷や汗を掻きながら慌てて不定する。
ガラッと変わったなのはのオーラに身の危険を感じたからだ。

 

「…そう――じゃあやろうか♪」
「はい…」

 

アスランは今自分がこの人の真の姿を見た気がしてならなかった。