EDGE_第11話

Last-modified: 2022-04-27 (水) 11:26:04

「くそっ!こんなの…」

 

焦りを覚えながらアスランは必死に体を動かしていた。
眼前に迫ってくるのは桜色の魔力弾。それを横っ飛びで交わし振り向きざまに自身の銃で撃ち落す。
だが、それで終わりではない。その魔力弾は彼の周囲360度すべてに展開されていた。
今度は3つ同時にアスランに向かってくる。二つは分散し彼の左右へもう一つは後方に回り込む。
イージス形態のスラスターをかけ真上にジャンプするが弾は追跡し追ってくる。
下を見ながら狙い撃ちをし、1つを迎撃。残り二つは身動きできない空中でのスキを狙い、
再び左右から襲いかかる。スピードが早く、くねくねと波をうつように向かってきているので
照準があわせにくい。それに防げたとしてもギリギリ一つだ。もう一つは防げないだろう。
ならばと思い、彼は覚悟し寸前まで引き寄せる。そして当たるか当たらないかというところで
サーベルを出して左右の弾をリズムよく切り消した。安心したのも束の間、アスランはすぐに
脚のサーベルも抜刀させ、片方のスラスターを吹かせて体を縦に回転させる。
見事なサマーソルトで頭上の魔力弾を消滅させた。
その瞬間まわりに漂っていた弾もきえ、やっと安堵の息がつけるようになった。
地に降りて両手を膝につき酸素を不規則に取り入れる。

 

「よしっ!50発分のシューター、すべて撃墜したね。お疲れ様」
「…はあ、はっあ…ありがとう…ございました」

 

上空からの声に耳を傾け、呼吸が荒いのにも構わずしっかりと礼を言うアスラン。

 

早朝訓練の内容はこうだった。なのははとりあえずセンターの役割になったアスランが
どれほどの視界の広さをもって戦えるのかを試してみることにした。
アクセルシューターを最初は単発で仕向けさせ、消滅したらまた次を放つ。
次第に数を増やし、4発のグループや単発を不規則な動きにして彼を狙った。
どこから来るかわからないように余分なシューターを周りに配置して迷いを誘う。
だがアスランはすべて瞬時に判断し臨機応変に撃墜した。
しっかりと周囲の状況分析ができていたのだ。

 

これならそんなに心配する必要はないだろうと、なのはは微笑む。
地上に着地してジャケットを解除し、普段の教導服に戻る。

 

「それを使わなかったのは意外だったね」

 

なのはの言うそれとはアスランの盾型デバイス『ジャスティス』のことだ。
盾だけあって、なのははそれを防御につかうと思っていたが彼は一度も構えなかった。

 

「…内容は撃墜でしたので、使う必要はないかと思って…」
「真面目だね、アスラン君は」

 

訓練内容に忠実にしたがう彼に対して少しだけ呆れムードのなのは。
そんなに気張らなくていいよ、と付け足すとアスランは曖昧な返事をし地面に顔を向けた。
個人訓練が終わったのがわかったのか駆け寄ってくる新人達。

 

「アスランさん、すごいですね!あれだけの数で…一発も被弾なしなんて!」

 

エリオが興奮気味にアスランを絶賛する。

 

「ああ、…まあ大事なポジションになったからしっかりやらないとな…」

 

褒められるのはどうも苦手なのか少し眼を泳がせて答えるアスラン。
その様子を見ていたなのはは、

 

「とりあえず、朝の訓練はここまでで今日一日は皆と一緒になってやるからね。
 それでそれぞれのチームの位置や動きに慣れて援護できるようにしようか」
「・・・わかりました」

 

次の訓練から、またハードなものになってしまい大変だが気持ちを入れ替え決心する。

 

「じゃあ、ご飯に行こうか」

 

なのはがにこやかに宣言するとスバルとエリオとキャロは手をあげ喜んでいた。
相当に腹が減ったのだろう。だがそれは疲れを優先していないことなので
彼らはこの訓練にも体力的にも精神的にも馴染んできているということがわかる。
まあ、こう毎日スパルタでやられれば必然的にそうなってしまう。

 

自分がやる前の各個人の訓練を見させてもらったが、彼女は厳しくも優しく彼らに教えていた。
なのでストレスといった感情も新人達にはない。
この人の教導の仕方は『アメと鞭』といったところかな、とアスランはそう感じた。

 

ふと彼女達の他愛のない話をしている後姿がザフトでの自分の姿とだぶる。
シンとルナマリアが自分に話しかけておちょくり、レイが静かにその様子を見守っていた。

 

(俺にも…あんなことがあったな…)

 

戦場ではない、一時の平和な合間にあのような会話をした。
でもそれは自分が生きているということを一番良く実感できる時間だった。
部下とも最初はつんけんしていたが、少ししたら信頼の情をむけられた。
わかってくれた、ちょっとでもいいから理解してくれたんだ。とそう思っていた。
だが――結果は……。
頭の中で雷鳴と交差するMSが思い出される。

 

「…ランさん、アスランさん!」

 

自分を呼ぶ声にはっと思考の海から戻るアスラン。
一瞬目の前の人物がシンと重なり戸惑うが、その幻はすぐに消えてスバルになる。

 

「どうしたんですか?ボーっとして」
「あっ…いや、なんでもないよ…」

 

よく見れば他の人もアスランを見ている。視線が集まる中、彼は苦笑してただ誤魔化すしかなかった。

 

【六課隊舎―食堂】

 

六課のスタッフやロングアーチの人達も食事を始め、それぞれの会話を楽しんでいた。
その一角では隊長陣と新人達が二つの席で分かれて朝食をとっている。

 

「そうか~。そんならアスラン君のコールサインは『フェイス』でええね?」
「はい、お願いします」

 

はやてがなのはからアスランのコールサインを教えてもらい、確認をとっていた。

 

「『フェイス』ってそんな意味もあったんだな。てっきり『顔』かと思った」
「いえ…それは…」

 

ヴィータが冗談まじりに言ったのでなんとなく同感する。
確かにそっちの発音にも受け取れるし、間違えそうだ。
まあ意味は伝わったから大丈夫だろう。

 

(それにしても…なんでこう…)

 

パスタを食べながらアスランは周りを見る。
皆で団欒しながら食事するのは別にいいことだが、彼は昨日から薄々思っていた。

 

(女性が多いんだろう…)

 

隊長陣は全て女性。ロングアーチは隊長補佐のグリフィスという人を抜いてこれまた女性。
新人も4人中3人が女の子。スタッフには幾人かの男性がいるっぽいのだが、
表にでている割合が少ないのか存在があまり感じられない。
というかこの人達の印象があまりにも強すぎて、消されているような気がする。
哀れ、隠れスタッフ…。

 

(まあ、こういった魔法の技量は確かに男性より女性のほうが似合っているな)

 

アスランは小さい頃に見た、漫画やアニメのおかげで魔法=女性という認識が強い。
なのでそれで納得することにした。つっこむと面倒なことになりそうなので自重する。

 

「あっ、そうだ。アスランさん?」
「え…はい?」

 

突然に白衣を着た金髪の女性に話しかけられる。
彼女の名はシャマル。この六課の医務官として勤めている。

 

「ここに来てから健康診断してないですよね?」
「!!……データなら昨日お渡したとおりですが…」

 

いきなりの修羅場にぶち当たったアスラン。もちろんそのデータは自分で改ざんしたものである。
シャマルは首を振り笑顔で答える。

 

「だめですよ。前と今とじゃ変わっているのもあるかもしれないんですから。
 私は今現在のアスランさんの健康状態を知りたいの」
「…いや、ですが…」

 

にこやかな笑顔の彼女に対して逆にアスランは内心焦っていた。
診断を受ければ明らかに自分の体が異常だとわかってしまう。
コーディネイターの事も話さなくてはいけないだろう。
そうなれば自身の過去だって掘られる可能性がある。
この世界でコーディネイターのことを知っているのはゲンヤとギンガだけだ。
それは別にいい、彼らは自分の命の恩人で諸事情をわかってくれている人だから。
だが、果たしてこの人達にこの事を知られるのはどうであろうか。
人の良さそうな性格なのはわかってはいるが、この人達も局の人間であることには変わりはない。

 

アスランは知られたらなにかが変わりそうな、そんな気がしてならなかった。
だが診断を受けなければ逆に怪しまれてしまう。どうするか即座に思考を巡らせる。

 

「……わかりました。でも今日は少し用事があるので明日にでもお願いします」
「はい♪じゃあ明日に予約とっておきますね」

 

思考の末、考え付いたのがまた最低の案だった。
今日の夜に医務室に忍び込んで、医療機材を弄くって正確なデータを出させなくする。
やることは犯罪だが、ばれないためにも確実な方法はこれしかなかった。
明日は自分一人だけだから他の人が医務室にくる確立は低いはず。
終わったらその日の夜にまた戻せばいいだけのこと。

 

嫌な潜入計画になってしまったが仕方がない。今夜だけ軍人に戻るとしよう。
アスランは背中に嫌な汗を掻きながら決心した。

 

しかし、彼の苦悩はこれで終わりではない。
今度は眼鏡をかけた女性、通信主任兼デバイスメンテ係のシャリオが新人達に声かける。

 

「今日は定期整備の日だから訓練終わった後に皆のデバイス、私に預けてね」

 

はい、と返事をする一同。一人だけ視線を合わさずに水を飲んでいた。
必然的に声をかけるシャリオ

 

「ザラさんのデバイスもメンテしますので預かりますね」

 

そんな事言ってきたが、もちろん彼にとっては

 

「いや…俺はいいよ」
「…え?」

 

断るしかない。
予想だにしない返事に周りの人も唖然とする。
シャリオはそれに納得できないようで反論。

 

「それじゃあ、修理とかどうするんですか?」
「…自分でやる」

 

普通に宣言され、固まる一同。それを邪険に感じたシグナムは代表で言葉を発する。

 

「おい、ザラ。せっかくシャリオがメンテしてくれると言ってるんだ。
 任せておいても損はないと思うが?」

 

確かにそうだと、頷く人達。だがアスランにとってこれは何より守らなければいけないもの。
ジャスティスの中には新機能のデータは勿論のこと、C.Eの情報も入っている。
それが流失するのも嫌だし、自分のことを知られたくない理由もある。
だからそう易々と渡すわけにはいかなかった。

 

「…すいません。でもこれは『私』のデバイスなので…」
「お前にそんな技術、あるのか?」
「ジャスティスが補助してくれますから…」

 

実はアスランはこの数ヶ月のうちに独学でデバイスの勉強をし多少なら構えるレベルにもなっていた。
元々、プログラム自体がMS形態時のデータと似通っていたのでそれほど難しくはなく
調整も今では簡単にできる。

 

「だそうだ…どうするシャリオ?」

 

シグナムが呆れたようにシャリオに促す。

 

「ん~~構われたくない理由があるなら仕方ありませんね…。
 でも、本当に困ったことがあったら言ってください!喜んで整備しますから♪」
「ああ…わかった」

 

親切で言ってくれているのは百も承知だったので、アスランには苦い罪悪感が募る。
でも彼にとっては仕方がないことなので割り切るしかない。

 

そんなこんなで会話は続いたが、アスランは幾度もヒヤヒヤする羽目になったそうな。
やがて隊長達も自分達の会話をするようになってそれ以上踏み込まなくなった。
そして新人4人と会話をしている時にアスランにある質問をなげかけた人物がいた。スバルだ。

 

「そういえば…アスランさんって『夢』とかあるんですか?」
「…夢?」

 

その質問にはてなマークを浮かべるアスラン。
他の3人も気になるようで耳を傾ける。

 

「はい!局に入ってどうしたいとか、何になりたいとか。そんなです」
「…夢…か」

 

言葉を繰り返し、考え込むアスラン。
ここにいる人達はそれぞれの目標をもって管理局に入隊したのだ。
この少女スバルもその一人で救助隊に配置されるよう頑張っている。
しかし彼は階級には興味もないし、これといって求める部署もない。
だからこう答えるしかなかった。

 

「…別にない」
「「「「え…?」」」」

 

言い切られ唖然とする4人。だがそれに最も反応したのはティアナだった。

 

「夢がないって……じゃあどうして局にはいったんですか?」
「…それは……成り行きかな?」

 

思い返せばそう、自分はあの親子に恩返しをするために入隊したのだ。
夢とかそういった掲げるものは彼にはない。
『約束』はしたがこれは公に言えることじゃなく、果たさなければいけないこと。
アスランにとって第一に優先させることがそれだ。将来の目標など今はどうでもいい。
しかし、いずれは決めなければいけないことなので

 

「まあ、その内に見つけるよ…」

 

と曖昧に告げ表情が少し暗くなる。
妙な空気になってきたので今度はエリオが仕切りなおす。

 

「えっと…じゃあ、強くなりたいとは思いませんでしたか?」

 

エリオの強くなりたいとは力のことだろう。
彼は純粋に騎士になりたいと思っているため今の訓練を頑張っている。
そのためにどこまで力をつけようかなと考えていた。アスランに参考として訊いたのだ。
苦笑まじりに彼は答える。

 

「皆をしっかりと守れるぐらいの強さでいいさ…」
「え…僕達をですか?」
「ああ、それだけでいい」

 

ちょっとだけアスランの雰囲気が明るくなり、周りも安心する。
それに今の意見は最もなものでエリオにとってはうれしかったりもする。
自分達が信頼されているのだとわかったからだ。
大げさなことを皆の前で言ったのでなおさら効果はでかかった。

 

照れ臭くなったのか、アスランは先に席をたとうとする。
トレイを持って食器口に返そうと後ろを向いて歩き出す。
その際にスバルがほんの一言だけ付け加えた。

 

「でもアスランさん、もっと上を目指そうとか思わないと“敵”にやられちゃいますよ~」

 

あはは、と彼女はもちろん冗談を挟んで言ったつもりだった。
今の彼がそう簡単にやられるはずがない、誰だってわかっていることだから。
だが彼女のある単語に過敏に反応してアスランはびたっと立ち止まる。
急に立ち止まったので衝撃を堪えきれずコップが落ちて壮大なガラス音が食堂に響く。
これには隊長たちも驚いて彼に視線をむける。
アスランは落ちたコップを気にもしないで静止していた。
スバルはえ?え?という感じで困惑し始めオタオタする。
彼の表情が見えないので余計に緊迫感が高まる。

 

―――――敵?

 

今、彼女はなんと言った?
同じような言葉をどこかで聞いた気がする。
それをなぜ此処でも聞かなければいけないのか。
平和なこの世界に一番似つかわしくない言葉だ。

 

―――――可笑しなことをいう子だ。

 

そして彼がとてつもなく嫌う言葉でもある。

 

やがてゆっくりとアスランは顔をスバルへと向ける。
自分と同じ色をした瞳に見据えられスバルは自然と体が強張った。
強張ったのは瞳のせいだけではない。今までの彼とは想像もつかない表情をしていたからだ。
口の端がつり上がり笑っているようにも見える。

 

「敵って……誰だよ?」

 

「………え?」

 

そう一言、アスランは告げてまた前に向き直る。
コップを素手で拾いそのまま食器口に返し、彼は二度と振り向かずに食堂を静かに出ていった。
残されたのは沈黙。4人はアスランの出て行った出口に視線を向けたまま固まっていた。
なのは達もフォークを片手に動きが止まっている。

 

やがて事の原因であるスバルが横のティアナに助けを求めようとしていた。

 

「ね、ねえ……あたし何か…悪いこと言ったのかなぁ?」
「し、知らないわよ!そんなこと聞かれても…」

 

だがティアナに分かるはずもなく、戸惑いながら返された。
キャロとエリオも顔を見合わせ不安そうな表情をしている。
隊長陣は困惑しているというより不思議がっていた。

 

「なに言ってんだあいつ?……あたし達の相手はガジェットだろ?」

 

ヴィータが怪訝そうな顔をして言葉を発する。

 

「アスラン君にはガジェットのことまだ教えてないしなぁ。知らんとちゃうの?」
「そうかもしんねぇけど…あいつ」
「ああ、何か様子が変だった」

 

はやてが頭を傾げ皆に尋ねるがわからないようで、シグナムは不可解な表情をし何かを察する。
フェイトは横のなのはに聞いてみた。

 

「ねえ、なのは、今のアスランの…」
「うん…なんであんなに」

 

どこかで見た瞳。だがそれはとても

 

(悲しい眼をしてたのかな……)

 

そう思い、なのははしばらくアスランの出て行った出口を見つめていた。