EDGE_第12話

Last-modified: 2008-06-14 (土) 18:40:13

【訓練場前】

 

「…はぁ…」

 

手摺りに手を掛けて海を見ながら、アスランは盛大な溜め息をついた。
先程の自分のやってしまった行動にとてつもなく後悔していたのだ。
“敵”という言葉に反応し思わず地がでてしまい、スバルを睨んでしまった。
しかし彼女のあの言葉は、自分の知っている意味ではないのにすぐに気付いた。
此処では戦争は起きていない。当たり前のように平和が続いているのだ。
人が人を撃つということは誰もしていなかった。だから“敵”などいるはずがない。
だが彼はそう思わずにはいられなかった。
それは自分は戦場に身を投げて人を撃っていたからだろう。
“敵”と連呼し、戦場を駆けていた自分が今だ残っている証拠だ。

 

(…駄目だ…囚われてしまっては…俺はもう…)

 

黒い記憶が脳内を渦周り自分を奮い立たせる。

 

「くそっ…」

 

頭をふり気をしっかり持つように手を握り締め、自身を押さえ込む。

 

『…マスター大丈夫ですか?』

 

主人を心配しジャスティスが声をかける。
アスランの事情を全て分かっているからこそ尚更だった。

 

「…ああ。だけど…残ってるな」
『C.Eへの思い、ですか?』
「そうだ。…やっぱり俺にはあの世界が似合ってるのかなって…」
『過してきた時間が違うのです。そう簡単には…』
「……それだけじゃないさ、きっと…」

 

水平線を見つめながらアスランは思いを馳せる。
この数ヶ月の間に感じたこと、いつも想っていたことが一気に彼の頭の中を駆け巡る。
考えないようにしていたのに、割り切ろうとしているのに…やはり無理がある。
次第に彼の瞳は再び悲しみを佩びていき、顔を伏せる。

 

『マスター、これを…』

 

ジャスティスが何かを呟くとアスランの目の前に淡い光の塊が出現した。
光が消え入りそうになりアスランは手を伸ばしてその光を掴む。
手の中に小さな感触があって、ゆっくりと彼は開く。

 

「!!…これは…」
『今のマスターには余計に辛いかもしれませんが…どうかこれを受け取ってください』
「…お前が持ってたのか?」
『はい…すいません、黙っていて』

 

そう言ってジャスティスは沈黙する。
アスランは手のひらに乗っている物を見つめて、胸に痛みを覚えた。
この世界に来たときに無くしていた物。もう諦めかけていたが今自分の目の前にある。
これを渡してくれた人の顔が思い浮かび、ジャスティスの言った通り余計に暗い気持ちになった。

 

(忘れてはいけない、でも割り切れって…そう言いたいのか?…ジャスティス)

 

だがアスランはふと思い出す。デバイスを起動した時にこいつは自分を心配してくれた。
その時自分はなんと答えた?あの人達に恩返しをするために力を貸してくれと頼んだではないのか?
だからジャスティスは“力”を貸してくれたのだ。主の決意を受け取って。
それなのに自分は今、弱さを見せてこいつを裏切ろうとしてしまった。
外面だけ着飾っていただけで結局、内面はなんの解決もしていないのだ。
そんな自分を情けなく思えてきたアスランは歯噛みする。

 

(俺はいつまで助けられてばっかりなんだ!ゲンヤさんにもギンガにも心配かけて
 ここまで来たっていうのに…自分自身に押しつぶされて、また…)

 

今度は自分が恩返しをするはずなのに、それをこんな所で悩んでいては何の示しもつかない。
そうだ。今は自分の成すべき事をしないと、悔やんでいても解決などしない。
自分にそう言い聞かせアスランはそれを首に掛けた。そして顔を上げてジャスティスに微笑みかける。

 

「いつもすまない…ジャスティス。また迷惑をかけたな…」
『…そんな事ありません。ですが忘れないでください…貴方は独りではありませんよ』
「そうだな…」

 

返事をしてまた海を見渡す。さっきより清々しい感じがした。

 

数十分後…

 

午後の訓練にはいるためになのは達は再び訓練場に来た。
そこではアスランがまた一足先にストレッチをしている。
食堂でのこともあり、なんとなく声をづらい雰囲気である。
だが彼はなのは達に気付くと先程とはうって変わって明るく話しかけてきた。

 

「すいません…さっきは変なこと言って」
「えっ…うん…」

 

なにか呆気に取られてなのはは思わず頷く。
スバルが申し訳なさそうな表情をしてアスランに近づいてきた。

 

「あ、あの…すいません!あたしが何か気に触るようなこと言ったせいで…」

 

頭を下げて彼女は謝ったが、アスランは別に責めもせず優しく微笑んだ。

 

「俺こそすまない…」
「…えっ?」
「確かに君の言った通り、強くならないとな」

 

一呼吸置いて彼は続ける。

 

「でないと、守れるものも守れなくなってしまうから…」

 

スバルを見てその次にティアナとエリオ、キャロを見渡す。
また視線がスバルに戻ってきて頬を緩める。

 

「だから一緒に強くなろうな。スバル」

 

その一言にスバルの表情はぱあっと明るくなり元気よく頷く。

 

「はい!アスランさんも一緒に!」
「…ああ、あとな」
「はい?」
「昨日も言ったが…俺のことは『アスラン』でいい。それにそんな堅苦しい喋りかたもよせ」

 

なめらかな口調でいったが、スバルはポカーンとしていた。
それに口を挟んだのはティアナだ。

 

「でもアスランさん、あたし達より年上じゃないですか?」
「…確かにそうだが俺は君達と階級は同じだし、後から入った新参者だ。
だからどっちかって言えば君達の方が先輩で敬語を使うのは俺のほうになる」
「えっ!そ、それは…」
「気持ち悪いだろう?――だから対等な立場でいい」

 

今は居ないある人が言っていたことを自分でアレンジしてティアナに伝える。
自分自身も少し慣れない呼び方と思っていたのでこの際はっきりしておいたほうがいいだろう。

 

気後れしているティアナはどうしようか迷うように眉を寄せる。
この人なりに仲間と打ち解けようとしているのではないか。
そういえば自分は朝の挨拶で嫌な態度で受け答えしてしまったのだった。
そのせいで彼の居心地を悪くしてしまったのでは?
これから一緒に活動していくのだからいつまでもこんなぴりぴりとした雰囲気は
自分も嫌だし周りにも迷惑をかけてしまうかもしれない。
なら彼の言うとおりでいいか、と納得しアスランに目をやる。

 

「…わかったよ『アスラン』。…これでいい?」
「ああ、今後もそれでいいから…」

 

照れ臭そうにティアナは言い、アスランは微笑む。
エリオとキャロはどうしようか迷っているようなので

 

「好きに呼んでくれていいぞ?」
「はい。でも僕達は皆さんのことも同じように呼んでますから
 アスランさんも今までどおりでいいですか?」

 

それに優しく頷くアスラン。良かったという感じで笑いあう二人。
そして一人置いてきぼりのスバルだったが、何かを悩んでいるようでう~んと腕を組んで唸っていた。
やがてピーンと閃いたのか、悪戯っ子のようにえへへと笑う。
にやにやしながらアスランに近づいてくる。

 

その笑顔にやや悪寒がはしるアスラン。こういう時は限ってろくなことにならない。

 

「それじゃあ…『アス兄』って呼んでいいですか?」
「…………は?」
「だから『ア・ス・にい』です」

 

スバルの言葉に目を瞬かせるアスラン。これは予想外だった。
他の人たちも意表をつかれたようで固まっている。

 

「えっ…ちょ、なんで…」

 

しどろもどろになりながらスバルに理由を訊くアスラン。
ものすごい動揺している。

 

「だってアスランさん、ギン姉と仲いいし」
「いや、それは…」

 

困り果てるアスランを制したようにスバルは続ける。

 

「それにフォワードの中で見ると、アスランさんは『頼れる兄貴』って感じだと思うんですよね~」
「あ…兄貴?」
「そうです!ティアナは長女で、あたしは次女。エリオとキャロは弟と妹で~」
「はあっ!?」
「弟…」
「妹ですか//」

 

何言ってんだこいつ、のティアナに戸惑うエリオ。キャロは顔を赤くしていた。

 

「だから皆のお兄さんってことで『アス兄』で!!」
「………」

 

マイペースな彼女に完全に固まるアスラン。はっと気付けばキャロが光り輝く笑顔で
こっちを見ている。スバルの【ファワード家族構成】にまんまとはまってしまったようだ。

 

「お兄さん…」
「Σちょ……キャロ!!」

 

頬を赤くして呟くキャロに思わず後ずさるアスラン。
元々一人っ子だったので、兄妹という免疫がない彼にとって効果は絶大だった。
やばいやばい、と頭の中で警告音が鳴り響く。 
不意に後ろからポンと肩を掴まれ、振り返るアスラン。
なのはがすっごいニコニコしていた。

 

「…決まりだね。頼むよ『お兄さん』♪」
「な゛っ!?」

 

腹の底から声をあげ驚くアスラン。
もうこれは決定事項だ。という感じで宣言されたようなものだった。

 

「んじゃあ、頑張ろう。ねっ♪アス兄!」

 

スバルはあっという間に慣れてしまったようでいつもより数倍嬉しそうだ。
それに対してああ、もう駄目だ。完璧にあてまはってしまった。と項垂れるアスラン。

 

――でも……こんなのもいいかもしれないと、つい苦笑する自分がいた。

 

「はぁ…ギンガの言ってたとおり、君は本当に…無茶苦茶な子だな」
「えぇっ!!ギン姉そんなこと言ってたの!?」
「まあな」
「うぅ~ひどいなぁ~」

 

ショボーンと落ち込むスバルにアスランは仕返しとばかりに付け加えた。

 

「わがままで、強引で…手がつけられないとか」
「へうぅ~~…」
「確かに、あたしも訓練校時代からあんたには手をやかされたわよね~」

 

ティアナも参戦しおちょくり始めた。

 

「ひどいよティア~」
「事実でしょ」
「はうっ!」

 

きっぱりと言い払われダメージを受けるスバル。
それを見たアスランはさすがに可哀想かな、と思い

 

「…だが、それも君の良いところでもある」
「ふぇ?」
「君が君である、何よりの証拠ってことだ」

 

アスランは無邪気に笑って、喜怒哀楽をはっきりした彼女の性格が
少し羨ましいと思っていたりする。全く自分と正反対で、真直ぐで。
こんな性格に慣れたらいいなと考えさせれるほど今のスバルは眩しい。

 

「あたしの証拠…?」
「ああ、俺はその方がいいと思ってる」

 

よく分からないがアスランは自分のことを褒めているのだと感じ、
スバルは難しい表情からまた笑顔になる。

 

「えへへ、ありがと。アス兄」

 

頬をかきながら照れるスバル。
まだその呼び名に慣れていないアスランはやれやれといった感じで息を漏らす。
そして、なのは達も微笑みあってその様子を観賞していた。

 

「あれ?アスランさん、それ…」

 

ふとエリオが彼の首にかかっている紐のような物を発見し尋ねる。

 

「ん?……ああ、これか」

 

そう言ってアスランはシャツの中から紐に繋がっている本体を出す。
―――それは赤色をしていて、綺麗な石だった。

 

「デバイス?」

 

ティアナが目を細め訊いてみるが、アスランは横に首をふる。

 

「【ハウメアの護り石】っていうんだ。……まあ、お守りかな…」

 

懐かしげに呟くアスラン。他の人達はへぇ~と口を揃えまじまじと見ていた。

 

「アスラン君もそういうの信じてるんだ?」
「信じるっていうか……まあ…その…」

 

以外に乙女チックな彼になのははにこやかに言うが、彼はなぜか口篭る。
ひょっとしてまたイケナイことでも訊いたのではないだろうか、となのはは焦る。
もしかして誰かの形見か何かかもしれない。
そんな風に予想してしまった。だがアスランは別段悲しそうな表情をしているのではなく
ただ困ったような顔をしていた。

 

「…これには結構助けられましたから…」

 

そう言って懐かしむように石を撫でる。

 

大切な人、自分が愛した女性、その人の名はカガリ。
『あの日』にこれを渡され、それ以降ずっと持ち続けていた。
お守りなんてあまり信じないほうだったが、ある出来事が起きて護ってくれたと思うようになった。
迷っているときこれを見ると少し心が落ち着いたのこともある。

 

そうして石は彼にとってある意味の御守りとなった。

 

「…そっか、大事な物なんだね?それ」
「はい……」

 

あまり深いことは気にせず微笑むなのは。アスランもゆったりと返事をする。
他の4人も空気を読んだようでもう何も言わなかった。

 

「さぁ~てと、絆も良くなったことだし訓練の続きしようか!」

 

場のしんみりとした雰囲気がいっぺんに変わり、なのはは教導モードになる。
アスランは思い込むのをやめて、手に持ってた石を首にぶら下げる。

 

(…そうだ。今はとりあえずこれでいいんだ…。俺はもうあの世界には帰れない)

 

自分に言い聞かすように思潮する。

 

(なら此処でできることをしないと…そうしなければ俺は…)
「ほらっ行くよ、アス兄!!」
「えっ…ちょ!」

 

スバルが唐突に彼の腕を掴み、引っ張りだす。全員訓練場に向かおうとしていたのにアスランがまた気後れしていたせいだ。
アスランにとってはせっかくの覚悟の決めが台無しになってしまい、スバルの行動に驚いた。
――まったくどうしてこの子はこんなにも無邪気なんだろうか。自分のペースが何度も乱されてしまう。

 

「お、おい、スバル!」
「へっ?なに?」

 

ぐいぐいと引っ張っていく彼女にアスランは不安交じりの声をだして呼ぶが
振り向いた表情からもなに一つとして悪意は感じられない。惚けた顔だけがそこにあった。…もう呆れるしかない。

 

「…いや、なんでもないよ…」
「?」

 

前ではくすくすと笑っているなのは達。今の自分の姿ってどう映ってるのだろうか。
“年下に先導される兄貴”。なんかいやなレッテルがはられた気がした。
こんな可笑しなことになれば皆笑うしかない。そう、自分も。

 

アスランは先程の黒い笑みではなくて今度は白い微笑を静かに浮かべた。