EDGE_第14話

Last-modified: 2010-09-19 (日) 15:38:19

【輸送船-船内】

 

「でぇりゃああああぁぁ!!」

 

スバルの剛拳がガジェットⅠ型を貫き、爆散させる。
その瀬戸際に後ろに飛び退き体勢を整えて一息つく。

 

「もう粗方片付いたかな?」
「そうね、後は貨物室あたりかしら」

 

後ろでクロスミラージュのカートリッジを変えているティアナに訊く。
しかし、そのちょっとの違いにスバルは気付いた。さすがに長年一緒にいた経験からか
機嫌の雰囲気をつかみとっている。

 

「どったの? ティア?」
「……さっきのあの男の態度に腹がたっただけよ…」
「?」

 

訊かれたからか、今度は少しムスッとして答える。
あの男とはもちろん、アスランのことである。
戦闘開始になったときにそういえば彼がAMFの未経験者だということを思い出した。
そして、その身を按じ通信をして指示をだしたというのに彼は――
『馬鹿にするな…』とムキになった子供のようなことを言い、通信を切ってしまったのだ。
何を言ってるんだと思い再通信したがが一向に繋がらなかった。というか恐らく彼が着信拒否にでもしたのだろう。
一方的な言動、理不尽な態度、それが彼女を苛立たせ今にいたる。

 

「まったくもって自分勝手ね…」
「まあまあ、アス兄にだってプライドとかあるんだから…」

 

スバルが宥めるがふんっと返され苦笑するしかなかった。
まあ、あれからとくに大事の連絡もないから、なんとか乗り切ったようだ。
――しかし、どうやって解決したというのだろうか。
小さな疑問が浮かぶがエリオとキャロがいるということを思い出しすぐに納得する。
きっとあの二人がうまくアシストしてくれたのだろう。

 

「じゃ、次いくわよ」
「りょ~かい!」

 

文句なら後で言える。今は任務に集中することに切り替え、ティアナは表情をいつものに戻した。
そして二人は貨物室に向かう。

 

その頃、嫉まれているアスランとライトニングの二人は機関室にきていた。
本当はそのままレリックのある貨物室に向かうのが当たり前だが、ここはこの船の心臓部。
とても大切な部分であるので先に制圧することになったのだ。
ガジェットが何体かいたがすぐに撃破し、今は異常がないか確かめているところだった。
エリオとキャロは残機がいないか辺りを見回っている。フリードも小さくなっており
天井近く飛んであたりを見回していた。
今は船が止まっているのでエンジンは動いておらず、静けさを漂わせている。
アスランはエリオとキャロの見回りの終わるのを待ちながら、ここの端末を操作していた。
画面を操作しながら各動力の様子を調べているのだ。
全てのエンジンが異常なしとわかるとふぅ、と溜め息をはき安堵する。
二人が手を振り戻ってきたので、それを見てアスランは通信をいれる。

 

「こちらフェイス0、機関部を制圧した。エンジンは無事だ」
〈こちらロングアーチ。ご苦労様です。次はそのままスターズと合流してください〉
「今二人はどこに?」
〈レリック反応のある貨物室に移動しています。恐らくはガジェットもそこに集中していると思われます〉
「了解。すぐに向かう」

 

ルキノからの通信を切ると二人に向き直る。

 

「二人がさきに貨物室に向かった。俺達も急いで合流するぞ」
「「はい!」」
「く~~!」

 

元気に返事すると急ぎ足で三人と一匹は目的の場所に向かう。
その時にエリオは、先程から気になったことを歩きながら横のアスランに訊く。

 

「…アスランさんって、昔もこんなことをやってたんですか?」
「なんだ、いきなり?」

 

突然の質問に意表を衝かれたがなんとか平静に返す。

 

「あっすいません!……いや、えっと、随分慣れてるみたいですから…」

 

そう、エリオが気になっていたのは彼の対応力の凄さだ。
自分は六課に入って1ヶ月あまりで初任務に出され、緊張とピンチのパレードだったというのに
アスランは数日で初出動。訓練も僅かしか受けてないというのに、この落ち着きよう。
緊張感の欠片も感じていないといった様子だった。
当たり前のようにすいすいと行動し、それどころか自分達への的確な指示をだしているのだ。
疑問に思わないわけがない。
アスランはそれを察したのか少し視線を泳がせながら答える。

 

「そうだな。此処にくるまではずっと同じようなことをしてた…」
「同じようなこと…ですか?」
「ああ…」

 

低い声でどこか暗い瞳でアスランは虚空を見る。
キャロはそんな瞳が少し気になり、質問を投げかける。
純粋無垢であり、興味津々な年頃であるがための何気ない質問だった。

 

「どんなことを「悪いが、きみたちには関係のないことだ」

 

だが質問を終える前に彼に言いふせられ、二人はえっ?という表情になる。
アスランは誤魔化すように歩みを早めて、二人より少し前を先導する。
微妙な雰囲気になり、エリオとキャロは顔を見合わせた。

 

(余計なこと訊いちゃったかな…)
(…ごめん。僕が最初に言っちゃったから…)
(ううん、わたしもエリオくんと同じようなこと思ってたからいいよ)

 

念話をしながら謝りあい、暗い顔になる二人。
一方アスランも深い溜め息を吐きたいぐらいに狼狽していた。

 

(勘がいいな…あの二人)

 

子供だと思ってあまく見ていたことと、さっきまでの自分を呪う。
――確かに自分は出すぎた真似をしたかもしれない。
戦士としての素質を表にだし、今だ残っている軍人としてのプライドを思い出して戦っていたのだから。
この身に具わった能力は自然と出るところが恐ろしい。
でも、それだけではない。1番の要因はあの二人にあったからだ。
優秀な“力”を持っているのはわかるが、所詮はまだ子供である。
精神的にもまだ場慣れしていないし、戦い方も隊長たちほど見る目がないが、それでもまだ未熟ことはアスランにもわかる。
その所為で「この危なっかしい子達を護らなければいけない」という想いが、あのような形で出てしまったのだ。
そしてもう一つの心配は、幼い彼らが“力”というものをどう捉えているかだった。

 

六課の主要はレリックという危険物の捜査・回収だが、その間には高確率でガジェットとの戦闘があることをアスランは知った。
初めて戦った唯の機械との戦いは人間と違って恐ろしいほどに単純であることもわかった。
プログラムされた命令どおり動き、敵と認識したものは容赦なく排除する。そこにはためらいも憎しみもない。
平気で自分達を殺そうともする。とても安全であるとはいえない。
――そういった中でこの子達はどういった想いで“力”を振るい、また求めたのだろう。
誰かを守るため? そんなことは局に入るにあたっての絶対の条件である。
そんなことなら、もっと成長してからでも叶うだろうに。
きっともっと別の個人的な何かがあの子達を縛り付けているのだ。
その為にこの歳で管理局に入隊することしたのか。――いったい何のために?
アスランの脳裏に金髪の女性、フェイトが浮かび上がる。

 

(…あの人の為か…)

 

恐らくは当っている。
自分もナカジマ親子に恩返しするために入ったのだ。その気持ちぐらいは分かる。
だが、それでも納得いかない。それも年をとったらすればいい話で、急ぐことではない。
そうなったら、残す理由があるとすればこれしかない。あの子達自身の事情だ。
アスランはまだエリオ達の諸事情については訊いてない。
しかし、なんとなしに察していることはある。
C.Eで戦争中に自分が見てきた、たくさんの“子供”が思い出される。

 

この子達は本来在るはずの“居場所”をなくし、それを得るために此処にいるのではないかと。

 

――だとしたら、……やはりあま過ぎる。
この子達は“力”そして“戦い”の本当の恐さを知っていないから。
アスランは後からついてくる二人を見やり、そんなことを思った。
気付くと自分の所為で落ち込んでいるのがわかったので、はぁと溜め息を吐く。
歩みを止め二人のほうを向く。

 

「どうしたんだ二人とも? 今は任務中だぞ」
「「…はい…」」

 

どうにも暗い。さっきのことがそんなにショックだったみたいだ。
アスランのことを仲間としてもっと知りたかったから、交流としてあの質問をもちかけたのだろう。
だけど血生臭い過去を話したってきっと怯えるに決まっている。
それに、この平和な世界で暮らしている子供に戦争など知って欲しくもない。
この想いがわからない彼らにアスランはしょうがないといった表情で。

 

「…すまない、俺が悪かった。だからそんな顔をするな」
「「え…!?」」

 

二人は今度は逆に驚いた顔になる。

 

「ちょっと嫌なこと思い出して、それで…な」

 

どこか言いにくい感じで謝るアスラン。
その言葉に焦るとエリオとキャロ。

 

「い、いえ! あの、僕達のほうこそ…」
「すいませんでした!」

 

ぺこりと謝罪する二人を見て微笑し、少し考える。

 

「きみたちにも、いずれ話すよ。……だから」
「「はい?」」
「…いや、なんでもない。それより急がないと。あいつ等に怒られる」

 

あっと二人も思い出し我に返る。
会話はそれで打ち切り、三人は先程よりも早い速度で通路を進む。
エリオとキャロの機嫌はさっきより断然よくなっている。なんとなくすっきりしたのだ。
彼が自分達のことを嫌ったわけではないとわかったから。
だが、アスランはさっきの言おうと思ったことを頭の中でずっと漂わせていた。

 

『―だから、それまでは仲間でいさせてほしい』と…。

 

【貨物室】

 

他の部屋よりもっと広い大きな空間。
だがたくさんの荷物がまるで高層ビルのように積まれいて、動ける範囲は狭いものとなっていた。
その中で小さな閃光と弾音が響く。

 

「まったくもうっ!! あいつら何してんのよ!」

 

ティアナが荷物の影に隠れながら、苛立ち声で言う。
そして次の瞬間、半身をのりだし、的である敵に魔力弾を放つ。
しかし、強固なAMFシールドによってそれは無力化される。

 

普通のガジェットⅠ型程度なら一発で破壊できるのだが、相手はそれよりも一回り大きいⅢ型である。しかも二体。
この二つは背中合わせでちょうど部屋の真ん中に位置した場所にいて、そこだけは通路と違いひらけている。
あたりは見やすく絶好の攻撃ポジションに陣取っているわけだ。
周りにはⅠ型も数機、この2機を護る形で漂っていた。
こんな狭い場所ではスバルのローラー戦法が役に立つのだが、それは一体の時のほうが効果的で
一方に気をとられれば、そちらの攻撃も薄手になる危険性があるので
故にその方法はとる事が出来なくなっている。
なのでどちらも硬着状態となって、決まり手がないかぎり先手が打てないのだ。

 

(オプティックハイドで……いや、それだとあたしの援護に気が回らなくなる…)
(ティア~、どうすんの~?)
(うっさい!! さっきからずっと考えてんのよ!)

隣の物陰からスバルが顔を出し、暢気な感じに訊く。
そんなパートナーに煩く答えるティアナ。
いい加減、この状態から抜け出したいのは自分も同じ。だが駒が足りなすぎる。
――あと二人かせめて一人でもいい。誰か来て欲しい。

 

「ティアっ! うえに!!」
「っ…!!」

 

スバルからの声にはっとなり、反射的に転がるティアナ。
その瞬間、今居た場所にエネルギー弾が連射され穴が開く。
上を見るとガジェットⅠがふよふよと浮き、嘲笑うかのようにレンズをこっちに向けていた。
ちっと舌打ちし、ムカつく相手を片付けようと銃口を上に向ける。

 

「ティアナ! 後ろだ!!」
「えっ…!」

 

いきなりの明瞭な誰かの声。
その声に引かれて首を回すともう一機、自分の反対側にいた。

 

(――回り込まれた!? じゃあ、さっきのは…囮!?)

 

まずい、と思った矢先、同時にティアナを狙っていたガジェットは爆散する。
瞬間に見えたのは火球と紅い光弾。
あっというまだった。

 

ティアナは銃を構えたまま呆然とその発射元を探す。――いったい、どこから?
自分の目先の数十メートル離れたコンテナの上に、それはいた。
フリードとキャロ、エリオ。そして自分と同じ銃使いの男、アスラン。
だが、その男の構え姿は訓練で見た以上に、サマになっているように見えたのは気のせいだろうか?

 

三人の登場に反応したガジェット達が一斉にそちら側に攻撃をする。
連射される弾の中をコンテナを盾にして潜り抜ける三人。
ティアナの側まで来て呼吸を整える。以前、彼女は目をぱちくりさせていた。

 

「大丈夫か?」
「え?…ええ、まあ…ありがと…」

 

アスランに安否を気遣われて、戸惑い気味に返す。
だが彼はもう一言何かを言いたげに意地悪い顔をした。
あっ…と自分の先程の失態にやっと気付く。

 

「狙撃者が後ろをとられるなよ…」
「う……うるさいわよ!」

 

気付いた事をダイレクトに言われ、気恥ずかしくなる。
確かに『撃たれる前に撃つ』をモットーにしたガンナーにとって、これはあってはならないミスだ。
今まで訓練中にも何度かあったが、訓練とは“そうならない”ようにするためで、
本番でこんなことをやっては…。
しかもよりにもよってこんなとこで、この男に借りを作るなんて。
自分は一応、彼より先に任務をこなした、云わば先輩みたいなもの?で
新参者にダメ出しを先に告げられるとは。――とにかく…屈辱である。

 

「助かったよ~! アス兄~」

 

反対側でスバルがぶんぶんと手を振っている。
緊張感のない子だと思い、アスランは呆れ顔になりながらティアナに状況を簡単にきいた。

 

「……わかった。じゃあ、俺とエリオが一体の方に行く」
「あんたまでいってどうすんのよ? あたしとキャロと一緒に、後方からエリオとスバルの援護を…」
「だからギリギリまであの二人の援護をする。ここからの視界じゃどこからガジェットが飛び出てくるかわからない。
 それにどっちかがあの触手に捕まったら面倒だ。すぐに助けられる距離でないと…」
「う…それはまあ、確かに…」
「迷ってる時間はない。いくぞ…」

 

釈然としないが確かに正論だ。
ところが、ティアナはあることに気付く。

 

「…あれ? あんた…AMFは?」
「ん?…ああ、きみのおかげでなんとかなった」
「……へ?」

 

自分のおかげとはどういうこと?
訳が分からずポカンとなるティアナ。だがとりあえず今は、目先のことに集中しないといけない。
そう切り替え、クロスミラージュを握りなおす。

 

〈よしっ! エリオ、スバル…行くぞ!!〉
〈はい!〉
〈うん!〉

 

合図を送り一斉に飛び出す3人。それを発見し、すぐさまガジェットⅠ型の群れが空中から総攻撃をする。
後ろからオレンジの魔力弾が放たれてガジェットの弾を追尾して、相殺しあう。
キャロのケリュケイオンからも細かな魔力弾が出て、ガジェット本体を狙い、減らしていく。
アスランも左右に動きながら、相殺しきれなかった攻撃を銃で撃ち落す。
Ⅲ型との距離も狭まってくると、二機は同時に長いアームを伸ばしこちらの動きを止めようとする。

 

「うっ…」

 

エリオが歯噛みし、槍で受け止めようと構える。

 

「エリオ! そのまま走れ!」
「…!! は、はい!」

 

アスランからの声に止めようとした足をそのまま前に出す。アスランは両手甲からサーベルを出し、
それに魔力を被せる。そして、両腕を思いっきり振るう。

 

『Bassel boomerang』
「はあぁ!!」

 

放たれた二つの魔力刃がエリオに近づいてきたアームを切り裂く。

 

「わぁーーー!! アス兄、こっちも援護~~!!」
「…ッ!!」

 

もう一体の方の触手は健在のためスバルを狙い、3つの砲門からレーザーも放射される。
ウイングロードで空中へと逃げ、シールドを使い右往左往するスバル。

 

「くっ……ファトゥム!!」

 

そう叫ぶと、ウイングロードの下に大鷲のような紅いリフターが現れ、レーザーの盾になる。
おお、と驚くスバル。だが次の言葉でもっと驚くことになる。

 

「―――スバル、それに乗れ!!」
「え…?」
「いいから、早く!」
「う、うん…」

 

戸惑いながら、それに飛び乗る。その瞬間
ローラーが包み込まれるようにガッチリと固定され、紅かったリフターの色が空色に変わる。

 

『a control of Mach caliber』
「…へ? な、なに?…どうゆうこと!?」
「落ち着け! 制御下がきみのデバイスになっただけだ」

 

アスランは再び銃を撃ちながら、エリオの援護に回る。

 

「それを盾にして、一気に突っ込め!」
『…なるほど。了解しました。いきますよ、マスター』
「え…ちょ…」

 

相棒は納得したようでスバルの了解なしに急降下し、敵に突っ込む。
当の主人はバランスがとれず、風に引っ張られるように体が仰け反る。
迫ってくるレーザーの嵐。が、すぐにリフターを持ち上げ、裏面を盾にしてなおも接近する。
無駄だとわかったガジェットは今度はアームを伸ばす。

 

「わあーーーっ!! マッハキャリバーー!! まえ、まえーー!!」
『大丈夫です―Griphon braid』

 

このままだとぶつかると思い喚くスバル。
だがマッハキャリバーは使える装備データをジャスティスから転送されていたので、それを活用する。
リフターの両翼がピシッと鋭くなり、なだらかに回転してアームを切り刻む。
そして、スバルの攻撃範囲に入ると、固定されていた足が解除される。

 

『今です! マスター!!』
「う、うん…よっしっ!!」

 

勢いよく飛びけり、空中で姿勢を整えてカートリッジをロードする。
ナックルに環状魔方陣が纏い、スピナーは高速で回転。左手で光弾を出して、思いっきり右手を引き絞る。
スバルの最大にして最強の必殺技、彼女のきっかけともいえる魔法。

 

「ディバイィィン…」

 

光弾と一緒にグローブがガジェットを貫く。その瞬後、

 

「バスタァァァァーーーーーーーッ!!」

 

膨れ上がった魔力の奔流が機内を駆け巡る。
びきびきと音を立てて装甲にひびが入り、青い魔力光が漏れ出す。
腕を引き抜き、再びフォトゥムに乗りかうスバル。
その後、耐え切れなくなったガジェットⅢ型は終に、爆散する。

 

「ストラーダ!!」
「ジャスティス!!」
『Yer』
『OK』

 

こうなれば残す一機のほうは絶望的となる。エリオはカートリッジをロードし、ブースターをかける。
アスランは両腰の筒を引き出し、連結させる。

 

『Ambidextrous・halberd』

 

両方の筒先から細長い魔力刃が形成され、さらにジャスティスからの魔力配給によりその太さは拡大。
アスランは高く跳躍し、ガジェットの上空から突き刺しにかかる。エリオも驚くべき速さで突撃し、勢いは止まない。
どちらを標的にするかガジェットは混乱するが、その迷いはすぐに終わる。上下同時に刃が装甲を貫き
機械はその機能を完全に停止したからだ。残る最期の抵抗は爆発。だが、その時には二人は居ず、すでに退去した後だった。
閃光がはしり、残骸が回りに飛び散る。

 

「やったぁぁーーー!!」

 

ガジェットを倒した瞬間、スバルが歓声を挙げた。まだ早い、かとアスランは思ったが
辺りに飛んでいた他のガジェットもティアナとキャロが全滅させてくれたようだ。

 

(終わったのか…?)

 

アスランは何の予兆もないことを察すると、気の抜けたようにコンテナにもたれ掛かる。
久々の戦いはこうも、あっけないものだと何故かしら思ってしまった。――どうしてなのだろうか?
離れた所にいるティアナとキャロを見ると、キャロがケースを抱え、喜んだ顔をしていた。
どうやらレリックも無事に回収できたようだ。ティアナはロングアーチに連絡をいれていたが
その顔はやはり、やり遂げたという良い表情をしている。そして一番喜んでいたのが――

 

「やったぁー!! やったよ♪ アス兄!!」

 

フォトゥムに乗ったスバルが降りてきた。運動神経のいい彼女だから、もう慣れてしまったのだろう。
まるでスケボーを操るかのように着地する。

 

「あぁ面白かった~~」

 

その様子は新しい玩具をもらった子供のようだった。
援護のために貸した自分の魔法は、意外と好評。まあ別にいいだろう。
近くにいたエリオも本来の子供のような笑顔をむけ、近寄ってくる、

 

「アスランさん、援護助かりました! ありがとうございます!」

 

お礼を言ってくるエリオに対して、アスランは微笑んで「ああ…」としか返すことができず自分に戸惑う。
心の中に靄がかかったようにどうもすっきりしない。喜ばしいことなのに…
――本当にどうしたのだろうか?

 

【海上―ヘリ内】

 

数十分後、後始末も無事に終わり、あとは他の部隊の管轄となったので六課一同は船をあとにしていた。
レリックを乗せたヘリは我が家に向けて帰還している最中である。その中でちょっとした賑わい。

 

(はあ!? それじゃあアスランって、実戦で多重弾膜が使えるようになったってこと!?)
(はい…僕達を助けにきてくれた時には、もうバンバンと…)

 

ティアナが船内で疑問に思っていたことを念話でエリオに訊くと、驚愕する答えが返ってきた。
自分はあのスキルを得るのにとても時間が掛かったというのに、それを魔導士になって半年にも満たないアスランが
たった数分で覚えたというのだ。
信じられないといった感じでアスランに視線を向けるが、彼は先程からずっと窓の外を見て
何か思いつめているような表情をしていた。
スバルは憧れのなのはさんと何やら団欒しているし、キャロもフェイトと和気藹々で会話していた。
歓喜の場の中、なぜか彼だけが浮いて見える。
それを同じく感じたのか、なのはがスバルとの会話を中断し、アスランに声をかける。

 

「アスランくん?」
「…」
「アスランくん!」
「え…? あっ…はい!」

 

余程考えに耽っていたのか、反応が鈍い。皆も心配そうに視線を向けた。

 

「どうしたの? さっきからずっと変だよ」
「ああ…えっと、その…別に」
「どこか負傷でもしたの?」
「いえ…どこも…」

 

怪我はない。だが、ずっとさっきから馴染めない感覚に悩まされているのだが
それが何かわからない。

 

「ならなんで、そんな暗い表情してるの?」
「……そんなことは…」
「そうだよ! せっかく任務成功したのに~~」

 

隣のスバルも気にかけて言葉を発するが、それがある記憶を呼び覚ますかのように頭に響く。

 

――『作戦、成功でしたね』

 

あっ――と驚いたようにスバルを見る。
彼女もその視線にびくっとなった。

 

「えっ?…どしたの?」
「!…いや、すまない…。――確かに…そうだな…」
「……アスランくん?」

 

顔を伏せて考え込むアスランに、再度疑問をなげかけようとしたが
彼は顔をあげて答える。ちょっと晴々した表情で

 

「……すいません。どうやら今になって緊張してきたみたいで…」
「……へ?」

 

一同唖然。さっきからの緊張感が一気にゼロになった。
たったそんだけのことであんなに神妙にならなければいけなかったのか。
だけど、彼にとっては確かにそうかも。
最初は緊張してないと言っていたけど、本場にでて段々と積み重なっていったのだろう。
終わったいま、それが解けて身にしみているのかもしれない。
思わず吹き出す人たち。

 

「なぁんだ。やっぱり緊張してたんだ~。アス兄の強がり~~」
「そんなことならちゃんと言ってくれればいいのに、心配したんだよ?」
「…ええ、はは…」

 

おちょくるスバルに笑みを浮かべるなのは。他の人達もせきを切ったように笑い出す。
再び、和やかになるヘリ内。
だが一人だけ“作り笑い”で誤魔化すアスラン。

 

(そうか…なるほどな…)

 

心の中でわかった本当の理由に、アスランは自分を嗤(わら)う。
任務は確かに終わった。―――何の犠牲もなしに。
それが不思議に思えたのだ。自分にとって。

 

いい例がさっきの言葉で思い出せたある戦果。
『ローエングリン突破作戦』
――ザフトは、ガルナハンの住民を助け出すために、作戦を用いてそれに挑んだ。
シンの活躍で見事に作戦は成功し、住民達を解放することができた。
そして、住民達は連合に反抗し、今まで受けてきた酷い扱いを返すように、兵士たちを処刑。
その光景は戦っている自分達と同等に見えた。だが、戦うということはそういうものだ。
勝利を収めても、その後ろには多くの人の犠牲があり、戦う度にその屍を築かなければならない。

 

―――このように、アスランの考えていた戦いの図式はいつも同じだった。
『一方が勝てば、負けたいま一方が苦しみを嘗める』――太陽のように日が当る所もあれば、同時に影も作り出す。
戦争にでていた自分にはそれが当たり前で、それしか味わったことがない。
だから今、どちらの犠牲もなしに得た勝利がアスランにとって信じられないでいたのだ。
信じたいのは当たり前だが、幾度も戦ってきた自分には馴染めないモノなのかもしれない。
それが悲しくて、また初めて味わう本当の勝利にアスランは涙を堪えた。

 

【六課周辺―コンビニ】

 

隊舎に戻った六課メンバーのうち、スバルとアスランは近所のコンビニに来ていた。
それはもちろん、スバルに何でも奢る約束のため。時計は既に10時を回っていたため食堂も閉まっている。
今度にしようかと言ったが
任務を終えて動きまくった彼女の腹は限界だったので、そんな選択肢はないといった感じでスバルはナックルを構えた。
その形相に恐れを覚えたアスランはすぐに了解し、コンビニに連れてこられた。
そして今、彼の顔は少し青ざめている。なぜかといえば―

 

「…なあ、まだ買うのか?」
「え~~…だって何でも買ってくれるって言ったのアス兄じゃん!」
「それは…まあ、確かに…」

 

――だからと言ってこれはどうなんだ…?
そう思い、アスランは両手に持った籠を見る。右には何箱もの弁当、左にはサンドイッチや飲み物、デザートといったところだ。
これらが籠の限界ギリギリまで詰め込まれているのだ。だが、スバルはそれでも満足しないのか今度は惣菜コーナーに
手を伸ばしていた。これはもう一つ籠がいると思い、アスランはレジに籠を預けた。
ぽいぽいと商品を籠に投げるスバルだが、そのコントロールは抜群でどんどんと積み重なっていく。
げんなりとなるアスランは自分の財布を見る…。
実のところ彼は管理局に入ったばかりで初任給もまだである。ゲンヤからいくらかは生活費として
支援を受けていたが、恐らくは…いや、今此処で確実にそれの大半がなくなるだろう。
一応、返す気ではいるのだが、この分だと分割しなければいけなくなる。そう思うと気が重い。
……だが自分の恩人の娘に使うのだから、そんなに悪い気もしない。

 

「んーっと、じゃあこんだけ!」
「………」

 

こんもりと盛った籠を見てアスランは誓う。
――今度からはもう少し甘く、机仕事を手伝ってやろう…。
数時間前の自分の頑固さを呪った。

 

コンビニを出た後、二人は六課に続く堤防を歩く。
スバルの手には飲み物やデザート類の入った袋、アスランの両手には主食類。
最大にまで膨れ上がったビニール袋は、いまにも破けそうだ。
さっきのコンビニの店員の表情が心に痛い。
だが、アスランはそれよか今後の生活のほうが心配で痛いと思った。
――給料日まで節約しないと…。そうしなければ自滅する。
はあ、と溜め息をつく。その原因であるスバルを見るが満足げに鼻歌を歌っていた。

 

「あっ! ねえ、あそこで食べようよ」
「ん…?」

 

何かを発見し、指をさすその方向を見るとベンチがあった。
帰ってからでもいいだろうに、と思ったがスバルが空腹の限界なのを思いだし了承する。
その証拠にさっきから彼女の腹からぐうぐうと音がしているのだ。聞いてるこっちの方がつらい。
はしゃぎながらベンチに座るスバル。アスランもゆったりと腰を下ろし、袋をスバルの隣におく。
彼女は即座に手をつっこみ、3箱取り出す。飲み物もすでに準備している。

 

「いっただっきまぁ~~す♪」

 

静かな夜の堤防に大きな声が響く。そして、スバルはものすごい速さで箸を動かし次から次へと食べ物を口に放り込む。
それはまさしく擬音で表すと、もぐもぐではなくばくばくの方であった。
アスランは呆然としてそれを見ているが、やがて苦笑し目の前の海に視線を移す。
朝に見る海も綺麗だが、夜の海もまた月の光になどに反射して違った風景を作り出す。
――地球にいた時はそんな自然の神秘に心を奪われたときもあったな。
最近の思い出を懐かしく感じながら、アスランはこの風景をまた“明日”も見れたらいいなと何となしに思った。
……“明日”?
自分で思ったことにふ―と疑問を感じ、そして同時に背中が冷えるような感覚に襲われた。

 

(…ああ、そうだ…。これは、やっぱり同じなんだな…)

 

瞬時に理解するアスラン。
さっきの戦争の勝利と管理局での任務成功。これはまったく違うものだったが、他に一つだけ同じものがある。
それは“明日”も今日と同じように誰も“かけず”に過ごせるかということだ
今日の戦いで任務の危険度もわかり、ガジェットの恐ろしさも知った。
死人が出てもおかしくない任務。幸い、今回は全員無事ですんだが明日も同じような任務がきたら、その時はどうなるだろう。
今日のように笑いあうことができるのだろうか。
――否、そんなことは誰にもわからない。
戦争と同じで“戦い”というのは何が起こるのかは、全く予想できない。これだけは確実に同じだ。
例えばもし、“明日”誰かが居なくなったら、彼らはそれに耐えれるだろうか。
そして、昔の自分のようになったりは…

 

「あれ? アス兄、食べないの?」

 

思考の途中。スバルの声によって戻されるアスラン。
視線を向けると再び、唖然となった。
スバルが手に持っているのはサンドイッチ。既に弁当は終わったようで、視線を下げれば足元に空箱のタワーが完成していた。
ものの数分で完食したみたいだ。この子はどんな胃袋をしているのだろう…。
呆れ顔になって苦笑するアスラン。

 

「俺はいいよ。見ててお腹一杯になったから…」
「え~~ダメだよ。ちゃんとご飯食べないと。明日も訓練あるんだから」

 

そう言ってサンドイッチの一つをアスランの膝の上に乗せる。

 

「それに今日、頑張ったのってほとんどアス兄なんだし」
「いや、俺は……」

 

皆けっこう奮闘しただろうと言おうとするが、彼のもどかしさに苛立ったスバルは

 

「もう! いいから、食べる!」
「わ、わかった…」

 

どっちが年上なのか、わからないみたいに叱られた。
包装を解き、サンドイッチを口に入れるのを確認すると
それでよし、といった感じにスバルは自分の分を再び食べ始める。
その幸せそうな表情を見たアスランはしばし、さっきの考えを中断し自分も食に集中した。

 

……数分後。
ビニール袋の中にはゴミばっかり。
――全部食べ終えることができたのはなんでだろう?
アスランは疑問に思った。
それは9:1の割合でほとんどスバルが食べたからである。
もうなんて言っていいかわからないが、とりあえず呆れるしかほかない。
ゴミの袋をまとめ、近くのゴミ箱に捨てに行くアスラン。スバルは大量の食後のためベンチ待ち。
捨てに行く最中、もしかしてとアスランは思った。

 

(まさか…ギンガも大食いだったりとか? いやいや、それはないかな…普通に食べてたし…)

 

普段、おしとやかな彼女がまさか、そんなことだったりは信じたくなかった。
もしそうだったら、ゲンヤさんがとても可哀そうに思えたからだ。
……だが、彼は知らない。彼女は大食漢のような性格をアスランに知られないために、実は控えめにしてたということを。
そしてそれは後々、知ることになる。

 

ゴミを捨て、ベンチに戻るアスラン。
近くまできたら、座っているスバルの異変に気付く。
こっくり、こっくりと頭が上下して、目をゴシゴシと擦り、虚ろになっていた。
満腹感と疲労で猛烈な睡魔が押しよせてきたのだろう。かなり眠そうである。
微笑みながら近づくアスラン。

 

「スバル、こんなとこで寝るなよ」
「んー…だい…じょうぶ…」

 

どこが、と言い返したいが今の彼女の様子は別物でかなり面白い。
いつもこの少女を特徴づけている覇気がまったくないため、まるで小さい猫に思えた
このまま放置しておけば、そのまま眠ってしまうだろう。
しかし、そんなわけにもいかず、アスランは彼女の手をひっぱり無理やり起き上がらせる。
だが足元がとても不安定で、ふらふらとしている。

 

「ほら、隊舎までもう少しだから」
「う~…」

 

アスランが励ましてくれるがとにかく――眠い…寝たい。
意識の中の睡魔との闘いは、既に一方的な状況であった。
スバルはぼーっと目の前にいるアスランを見る。
似通った髪の色、そして瞳。それが自分の姉の姿と重なる。
そういえば優しい姉は、こんな時いつも助けてくれた。――思い出す懐かしい記憶。
その記憶がスバルの昔の本能を蘇らせる。
――この人も優しいから、頼んでみよう。
ちょっとした我侭。しかし、何故かそれが叶う自信があった。

 

「アスにぃ…」
「ん?…なんだ?」
「おんぶ…して…」
「………は?」

 

いきなりの言葉に戸惑うアスラン。今なんて言った?
目の前の少女はもにゃもにゃと繰り返す。

 

「おんぶ…」

 

スバルは一言喋って、棒が倒れるようにアスランの胸にもたれかかった。
慌てて受け止めるアスラン。

 

「お、おい!」
「ちょっと…だけ…」
「……」

 

もう喋るのもダルいのか、辛そうに瞳を閉じる。
アスランはため息を吐いたあと、仕方ないな…と言って苦笑する。
少し彼女を離して、後ろを向き腰を低くする。すると直に吸い付くように背中にスバルが乗っかる。
腰を上げるが、思ったより彼女は重くなく、むしろ軽く感じた。
――さっきあんなに食べたのにどうなってるんだ? 
不思議に思いながらよっこいしょと持ち上げる。
スバルは落ちないようにしっかりと肩に手をかける。アスランも膝を抱える。

 

「んー…あったかい…なぁ…」

 

すりすりと背中に頬ずりをしてきたので、こそばゆく笑いを堪えるアスラン。
注意するとすぐに止めてくれたが、今度はいっそう体を押し付けてきた。
女性ということもあり多少、緊張するが彼にとってはまだ幼く見えるスバルはそんなに気に掛かるほどではない。
15歳だと言っていたが、同じ歳頃のメイリンと比べるとまったく違う。
わんぱくで、落ち着きがない。……ギンガも大変だったろうに。

 

「落ちるなよ?」
「うん…」

 

だけど、こんな妹がいたら世話を焼きたくなるのも当然だ。
むしろ毎日が楽しくなるかもしれない。そう思うとナカジマ姉妹やホーク姉妹が羨ましく感じる。

 

(俺にも兄妹がいたら、どんな風になってたんだろうな…)

 

一人っ子の自分には到底わからないが、恐らくはかなりの心配性になっていただろう。
そんなもしもを想像して、微笑むアスラン。
やがてゆっくりと隊舎に向け歩き出す。
背中からは規則正しい寝息が聞こえている。どうやら寝入ってしまったようだ。
星空を見ながらアスランはさっき考えていた事をまた、思考するが…

 

「アスにぃ…」
「……え?」
「ありがと……」

 

その言葉に悩んでいたことが一気に消え去った。
スバルはむにゃむにゃと口ずさみ、再び寝息を立てる。

 

「寝言、か…?」

 

何のありがとうなのか、わからないが何故か心地よく感じた。
アスランはふっと微笑すると。スバルを抱え直す。

 

――今はそんなこと考えなくてもいいか。

 

食べることや寝ることがスバルの幸せならば、自分はそんな彼女の些細な幸福を“明日”も迎えれるように
しっかりと護ってやらないといけない。もちろん彼女だけではなく、ティアナやキャロ、エリオもだ。
それが今の自分が精一杯できること。そして、ゲンヤやギンガへの恩返しのために。
必死になるのはその時がきた時だけにしよう。平和なこの時間は気にしなくていい……だから今は――

 

「ゆっくりおやすみ……スバル」

 

それだけ呟いてアスランは歩くペースを遅める。少女が安心して眠れるようにと。
静かな夜、綺麗な星々と月が二人を照らしていた。