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Last-modified: 2014-03-30 (日) 00:40:17
 

    閑話窮題「死の天使・前編」

 

―8年前ドイツNERV支部

 

 私はアイツが嫌い。絶対にアイツも私が嫌い。ていうか、確か何回か嫌いって面と向かって言われた事がある。
 背も高くてスマートな体格の癖に薄気味悪い気配を漂わせるアイツ。
 いつも手術用のマスクをして細い目をぎょろつかせながら研究所を闊歩するアイツ。
 そのアイツに今、私は口の中を見られている。問答無用だった。レディーに対するマナーも何もなっちゃいない。
 偶然廊下ですれ違ったと思ったら、行き成り人の顔を掴んで口の中をこじ開ける。太い大人の指が私の舌を押し退け
 口の中を弄り、顔を近付けて中を覗き込む。最初にコレをやられた時は泣いた。本当に今思い出すだけでも悔しい。
 あんな奴に見られるのもそうだけど、たかだか歯科検診でびびってしまうなんて屈辱過ぎ!
 虫歯で怖がるなんてまるで子供じゃない? 何よりこの時子供だったから分からなかったけど
 セクハラモノよね、コレ。ま、訴えた所で却下されるのがオチなんだろうけど

 

「きちんと歯磨きはしているか? 虫歯の一本でもあればお前などすぐ選考から除外してやる」
「子供じゃないんだからそれ位やってるわよ、Dr(ドクトル)」
「……ふん。今回もパスか。命拾いしたな、式波・アスカ・ラングレー」
「どーも。これで気が済んだ? ヨーゼフ博士」

 

 アイツは指を口から引き抜くと酷く残念そうに上げた。当たり前よ。
 虫歯になんてなって、折角のEVAパイロット候補生から外れてたまるもんですか!
 毎日4回10分掛けた上に日本製のモンダミンで仕上げ
 おやつにはキシリトールガムを常用しているのは伊達じゃないわよ。
 アイツは私の名前を呼ぶ。その名をあんたなんかに呼ばれたく無い。
 ママとパパが付けてくれた大事な名前。
 嫌味にもあてつけにもならないけど、私も意地になって自分の相手の名前を呼ぶ。
 それにピクリとも反応をせずばっと手をかざせば、先ほどから後ろについてきていた
 赤毛でそばかすをつけた少女がちょこちょこと近づいてくる。毎度決まった指示なので
 言わなくても解るのだろう。にたにたと私をバカにした様な目で見ている生意気な子。

 

「日本人(ヤーパン)の血の混じった薄汚いガキめ。貴様など人体標本にする価値もない。ネーナ、ハンカチを」
「は~い、Dr」
「あたしのママの悪口を言わないで!」
「キョウコ女史の能力を卑下している訳ではない。血を濁らせた事を言っているのだ。
 まぁ、お前の様なガキにはまだ解るまい」

 

 後ろに立ってた少女ネーナ・トリニティはさっとハンカチを取り出して渡すと、アイツはソレを掴み手を拭いてくる。
 念入りな仕草が私の癪に障る。このやり取りから数年後になるが大学に行ってああいう奴がどういう人間かも解った。
 筋金入りの人種差別主義者(レイシスト)にして純血主義者。
 旧世紀の遺物。否、死滅した筈の天然痘ウイルスみたいなモノね。
 研究所って言うのはサンプルを何でも大事にとっておくものだとは思ってたけど
 あんな人間まで取っておくなんて気が知れないわ、ほんと。
 何より私の中にアイツと同じドイツ人の血が半分以上も混じってるって思うだけで反吐が出る。
 むすっとした表情で私がにらみを効かせていると二人分の足音が耳に入ってきた。

 

「Dr、女の子をあんまし虐めんなよ。紳士の風上にも置けないぜ?」
「アスカ? あんまし、気にすんなよ。ちっと俺達がしくじってな。Drはご機嫌斜めなのさ」
「う、うん。ありがと、ライルお兄ちゃん、ニールお兄ちゃん」
「よしよし、良い子だ。Dr? そんなんだからゲイとかペドコンの疑惑が出るんだ。女の子には優しくしろよ」
「生意気を言うな、ライル、ニール。お前等は目を掛けてやっているとは言え、そろそろ年齢も厳しくなっているのが現実だ」
「「ったく、解ってるよ」」

 

 歩いてきたのは白人で背の高い格好良い少年二人。
 私の”元”憧れの人、ライル・ランディお兄ちゃんとニール・ランディお兄ちゃん。
 二人とも私に優しくしてくれていた。顔も格好いいし、性格も明るくていつも遊んでくれる。
 アイツは二人の言葉が気に入らないのは目に見えて解るが、それでもこの二人にはあまり厳しく当たらない。
 二人が純血のイギリス人だからだ。後、なんかもう一個理由があるらしいんだけど、私は知らない。
 アイツには二人の言う様に少年愛嗜好なのかも知れない疑惑が付き纏っていた。
 私みたいな可愛い女の子にきつく当たるんだから、きっとそうなんだと今でも思っている。
 お兄ちゃん達は私とアイツの間に立って盾の様に立ち塞がってくれる。私は二人が大好きだった。
 なんで、過去形かっていうとあの二人は女の人誰にでも優しいって知っちゃったから。
 フェルト・グレイスとアニュー・リターナー。あんな人達の事なんて知りたくも無かった。
 だが当時の私の憤りの勘定も沸く事は無く、護ってくれる優しい二人に対して、アイツはある言葉を投げかける。
 ソレに対して、息がぴったり合った反論。二人も内心焦っていたのだと今思い返せば解るが当時の私には
 必死に私を庇ってくれる優しい騎士(ritter)に見えていた。

 

「解っているなら、少しは成長を遅らせる努力でもしたらどうだ?」
「出来たら苦労しないぜ?」
「Dr、やっぱそれってペドコン発言じゃないのか?」
「ふつーは俺達位は大人になりたがるもんなのに、子供のままで居ろってのもおかしな話だ」
「まだ、エヴァにも解らんことが多い。しかし、今の段階でシンクロの兆候が見られるのは13から17歳前後の子供でしかない。
 お前等も今年で16だ。いよいよ切羽詰っているぞ? コレでもお前達には期待していたのだからな」
「ああ、俺達が絶対にエヴァを起動させて見せるさ。NERVには拾って貰った恩があるからな」
「そうそう、ネーナ。お前の兄ちゃん達なんかには負けないぜ?」
「な、何よー! にぃにぃ達があんた達なんかに負ける訳ないじゃない! にぃにぃ達がエヴァを起動させるのよ!」

 

 皮肉を込めた口調でニールお兄ちゃんが言えば、ライルお兄ちゃんも続いてアイツに口撃する。
 EVAのパイロットには適正年齢がある。あいつの言う様に思春期のごく僅かな年数。
 それを上がってしまうとぱたりとシンクロの兆候が見れなくなってしまう。
 だから、研究所には何人も私の様な子供が居た。孤児、研究者、NERV職員の子供etc。
 色々な子供が居る其処は全寮制の学校みたいなもので兄弟、姉妹ごと此処に所属している子供たちも居る。
 今まで事の成り行きの傍観者であったネーナも兄達の事を示唆されれば、ムキになって反論する。
 あの子もあの子でDrの腰ぎんちゃくだったけど、まだまだ子供だったのね。

 
 

『Drメンゲレ。司令が御呼びです』
「解った。では、私は失礼する。くれぐれも実験前の大事な素材だ。瑣末な喧嘩などして傷付けるなよ」
「解ってますよ」 
「Dr~いってらっしゃーい」

 

 二人のお兄ちゃんとネーナがやんややんやと言っている間、それを面倒くさそうに見ていたアイツに通信が入った。
 丁度子供の面倒ごとから逃げるチャンスが出来たのだと内心喜んでいたがマスク越しの為その表情は見えなかった。
 Drと呼ばれた男はそのままいかにも幹部階級が居座っている調度品と来客用ソファー。ムダに大きい机のある部屋へと向かった。
 挨拶も僅かに済ませ、その机で黒革の椅子にふんぞり返っている中年の男はかっぷくの良い狸腹を隠すことない。
 とても、軍人とは思えぬ官僚っぷりを見せつつもその男に対して、つらつらと遠まわし気味に管を巻いていった。
 美辞麗句に叱責と責任追及を織り交ぜて、話の本質が見えてこない。やれ、日本での実験性かが
 やれそれに比べて、ランディ兄弟の実験データの数値はと伏線を張り巡らせて行く。

 

「ではグッドマン司令。つまり、あなたはこう言いたいのだな。
 今度ランディ兄弟が失敗したら、次はアスカのみで行くと?」
「ああ、残念ながら君の考える理論は未だ成果を見せていない。
 何より、日本での実験で徐々にシングルでのシンクロは実験成果を上げつつある。
 双子(ダブル)の理論はリスキーな上にトリニティ達の成果が今ひとつでは……ねぇ?」
「………解りました。あの二人でエヴァを起動させてみせましょう! それがダメなら私は此処を去る」
「ふん、アーリア人らしい潔さだと褒めれば良いのかな? ま、御託はいい。結果を早く出してくれたまえ。
 ただし、くれぐれも問題を起こさんでくれよ?」

 

 Drと呼ばれた男は拳を握り締めて、力んだ表情をマスクで隠したまま上司であるその男に啖呵を切って部屋を後にした。
 しかし、ライル・ランディ、ニール・ランディの両名はEVAを起動させる事が出来ず、年齢的に”上がって”しまう。
 そして数日後NERVドイツ支部技術所属Drヨーゼフ・メンゲレは実験データと”その成果”と共にNERVドイツ支部から姿を消す事になった。

 
閑話窮題「死の天使中編」は続く
 

    閑話窮題「死の天使・中編」

 

―4年前人革連のとある研究所にて

 

                ”双子は何処だ!”

 

 時は第四使徒襲来より四年前、人類革命連盟の数多くの地域でこの言葉が踊っていた。
 ありとあらゆる人種の双子が政府から買い上げられた。
 召集された双子は何処ともわからぬ施設に収監されていった。
 それに便乗し双子である事を隠したり、故意に双子と偽って富を得ようとする者まで現れる始末。
 だが、そこは人員は畑で取れるといわれている人革連。
 まさにその力をフル活用した研究がこの場所では行なわれていた。薬物投与に精神操作etc。
 人道、人権などという言葉は既に忘れ去られたアーティファクトの様に此処に居る誰もが狂っていた。
 そんな狂気のゆりかごの中で皮肉めいた口調のままぶつぶつと文句を言い合っている集団。
 アジア系とロシア系の科学者らしき格好の人物達が不満を吐き散らしながら廊下を闊歩している。

 

「あのドイツ人がまた双子で実験をするそうだ」
「あんな気狂いに我々の超兵研究の予算が持っていかれているとなるとやりきれないモノだよ」
「なぁに、あんなやり方ではその内ヘマをするのが眼に見えている。
 エヴァを動かすのに最適なのは我々の超兵だ」
「口だけで動かせりゃ苦労しねぇーよヴァーカ」
「ふん、あのドイツ人の子飼か。生意気な口を利く」

 

 それを立ち塞がる様な位置で仁王立ちになっている少年が1人。
 青い髪に独特の白い生地に黄色いラインの入ったスーツを身に纏っている。
 ぴたりっと吸い付くそのデザインは筋肉の隆起を如実に表していた。
 大人数人など叩き伏せるには充分な程の肉体とそれに伴った自信溢れる表情を見せ付けている。
 その少年の言葉に不機嫌さをあらわにする集団。流石に殴りかかる様なモノは居なかったが
 指を指してやんややんやと罵りあいが始まった。男達は口々に理論だった批判を展開した。
 やれ、途中から入ってきた新参者がだのあれはヨーロッパのスパイだの皮肉と妬み
 様々な負の感情が混ざった罵詈雑言をその少年に向けている。
 少年は面倒そうに足を組み、耳を小指で穿り返しながらも
 一通り反論が終わった科学者達を睨み返す。その視線だけで一瞬怖気づく集団。

 

「ったく、男らしくねぇなさっきからぐちぐちと。手前らの超兵なんざ
 ろくに成果が上げられなかったのが、内のDrが何とか使える様にしてやったんじゃねぇーか」
「ハプティズム兄弟は我々の研究成果だ! それをあの男が横から」
「あぁん? シンクロ率を飛躍的に上げたのは何処の誰のおかげだ?
 そもそも、あいつ等の単独(シングル)での研究成果なんて俺達より下じゃねぇーか」
「なっ……知った風な口を!」
「貴様などあのドイツ人が居なければ此処にも居場所が無いモノを!」
「ミハエル!」

 

 少年の言葉に研究者達はネジ巻きを忘れた玩具の様にぴたりっと静止した後、わなわなと拳を振るわせる。
 最初は子供のからかい程度に感じていた研究者達もある人物の名前を自ら挙げて罵声を返す。
 青い髪の少年ははき捨てる様に言葉を返していく。
 一触即発の雰囲気の中、今にも殴りかかりそうな態度の少年を見つけた
 褐色肌の青年は少年の名前を呼び、静止を促す。
 研究者達のため息と安堵に近い声が漏れる中、ミハエルと呼ばれた少年は
 罰の悪そうな顔を向ける。それを見て科学者達はその褐色肌の青年へと矛先を一斉に向ける。
 その青年もまた独特の白いスーツを纏っていた。
 此方もやはり筋骨隆々と言った感じでミハエルよりも威勢と危なっかしさは無いが
 それでも目の前のもやしと肉饅頭の群れを一蹴するには充分に見えた。

 

「すいません。うちの弟が生意気な事を。ほら、ミハエルも頭を下げろ!」
「だってこいつらDrの事を!」
「いいから! 本当に申し訳ありません」
「育ちが知れるぞ、ヨハン・トリニティ!」
「狂犬には首輪をしっかり付けておきたまえ!」
「何処の馬の骨かも解らんから親の顔も見れんな!」
「全くだ! 躾けがなっとらん!」
「んだぁとごるぁっ!」
「ミハエル! もう行くぞ!」

 

 ヨハン・トリニティと呼ばれた褐色肌の青年は大人の対応を見せる。
 それに気を良くしたのか、大人気なさを体を張って表現していた研究者達も
 散々に捨て台詞を吐き散らして去っていく。
 その負け惜しみに釣られたのか怒鳴り声で怒りを露にするミハエルの手を引っ張って行くヨハン。
 ミハエルは途中でヨハンの手を振り解いてずかずかと不機嫌そうに歩調を合わせていた。
 最近のミハエルが苛立ちを隠せず、だれかれ構わず噛み付いているのをヨハンは知っていた。
 こうやって注意するのも今週で何度目になるか数え切れない程の頻度。
 ミハエルのあからさまな態度の変化に兄であるヨハンは手を焼いていた。

 

「ミハエル。今日は何があったんだ? Drの悪口で怒るほど好いてたとは思えんが」
「兄貴も知ってるだろ。今日もDrはあの双子の実験に掛かりきりだ。
 俺やネーナもようやく適正年齢になってシンクロの兆候が見えたっつーのによ!」
「また、そのことか? 仕方ないだろ。俺が年齢的に上がってしまった事もあるし
 いよいよヨーロッパでソロでのシンクロの成功が見えつつある。
 Drとしてはどうしても双子(ダブル)でのシンクロを成功させたい様だし」
「だけどよ、兄貴! あの二人だって年齢ギリギリ。
 そろそろ上がっちまう年だ。だっつぅーのに俺やネーナを差し置いて!」

 

 トリニティと名を冠するDrヨーゼフ・メンゲレの人体実験成果ミハエル・トリニティ。
 彼の苛立ちは実にシンプルだった。彼等はEVAを動かす為に生きていると同義。
 しかし、肝心の起動実験に関してはかなり長い期間お預けを喰らっていた。
 4年前、ドイツ支部から転属し、設備も実験成果も乏しい人革連所属の此方の支部へと移った。
 当初、左遷に近かったが待遇ではあり、不安も大きかった。
 だが、ヨハン・トリニティによる実験成功と革連の作り出した”超兵”と呼ばれる
 強化兵の起動実験への修正の評価は彼の予算にも顕著に見られた。
 順番的にも成果的にも、既に成果を上げているトリニティの次候補である自分や
 妹のネーナが優先的に起動実験に割り当てられる筈。
 研究機関に勤める誰もがそう思っていたが、見事に予想を裏切られる形となっていた。
 その当たり前だと思っていた展望と現実のギャップがミハエルを苛付かせていたいた。
 ヨハンはその弟の態度に自分の無力さを感じていながらも何とか宥めようとする。
 幾ら実験での成果を上げたとしても、起動出来なかった事が
 弟と妹への期待と感心を奪ってしまった事への自責の念は
 その研究所に所属する人間の想像より遥かに重く圧し掛かっていたのだった。

 

「心配するな。Drはちゃんと考えているよ。今度出向が決まったんだ」
「な? 兄貴だけかよ?」
「ああ、ゼーレ直轄のダミープラグとかいう奴の研究機関だそうだ。
 開発が大分難航してるらしいからな。実験と研究成果が活かせるらしい」

 

 それでもヨハンはそういった顔を見せる事はなかった。長兄としての責任感か。
 否、正確には兄だの妹だのと言う序列も名義的なものである実験成果ではあるのだが
 社会適合を目指した精神の変化なのかもしれない。
 ヨハンはミハエルにもネーナにも一度もそういった不安要素を見せる事は無かった。
 今もこうやってヨハンはミハエルを宥める為に両肩に手を添えて親の様に諭している。 
 物語的な視点で見れば、明らかに兄がよい判断をされていないのはミハエルにも解る。
 恐らく、ヨハンもそれは感じられているだろう。
 だが、それでも心乱している事が良いことにならないという共通認識の構築にヨハンは勤め
 それもミハエルも渋々受け入れるという形になっていた。
 不服だと顔にでかでかと書いているミハエルの表情を見てもヨハンは言葉を続けていく。

 

「良いか、ミハエル? 俺が此処を出るとなるとネーナを護ってやれるのはお前だけだ
 ”何かあったらお前がどうにかするんだぞ?”」
「あ、ああ」
「今日みたいに嫌でも頭を下げなきゃならん事が多いかも知れない。
 いや、それだけですまない事だって起きうる。だが、ネーナにとって支えはお前だけだ。
 ミハエル、この意味が解るな?」
「兄貴……もういっそ」
「Drへの義理立てはコレで済ませた事になっている。だから、お前達は上手くやれ」

 

 数ヶ月後、実験中の事故によりヨハン・トリニティは死亡したと書類上報告される。
 2年後、ミハエル・トリニティをダミープラグ研究施設への出向が決まる。
 それを知った当人が暴れ、警備隊との乱闘に発展。
 同実験成果ネーナ・トリニティと共に脱走を試みるが捕縛され
 その時に受けた傷が原因で意識昏倒。
 その後、病院へと運ばれるが翌日に死亡と書類上報告される。
 両名とも信仰宗教を持たなかった為葬儀は行なわれなかった。
 同年ネーナ・トリニティはEVA起動実験に成功し
 現在も人革連施設内で実験が続けられいると報告されている。
 また、人類で始めてEVAへのシンクロを成功させたのは
 AEU空軍所属の一人の少女である事をネーナ・トリニティは意図的に知らされてない。

 

― 同時刻、NERV北京支部EVA起動実験場

 

「Drメンゲレ」
「何かね! 私は今、いそが――」
「ネルフ本部より冬月副司令がご到着されました」
「なっ! 早く通したまえ!」
「わしを気にせず、作業を進めてくれたまえ」
「ようこそ、プロフェッサーコウゾウ・フユツキ」

 

 手術マスクで顔を隠す男が陣頭指揮を取り、データを打ち込まれる音が狭い制御室の中で響いている。
 目の前には巨人の姿……否、それは人と呼べるかどうかも怪しいものであった。
 手も途中までしかなく、下半身は丸ごと無い。まるで牛の精肉途中の様な形で吊るされている肉塊。
 それに何本もコードがつながれており、十字架の様な台に巨体を括り付けられていた。
 巨大な水槽に浮かぶそれはホルマリン漬けを彷彿とさせ、不気味な印象を与えている。
 自動ドアが開けば、二人の警護兵に挟まれる様な形で老人が1人入ってきた。
 最初警護兵の声を掛けられた男は不機嫌そうに声を荒げたが、続く名前には声色を変えて
 諸手を上げて歓迎するという言葉を体で表現するかの様に老人を中へと通していった。

 

「まさか、NERV本部の副司令殿が着て頂けるとは恐悦至極。研究者冥利に尽きます」
「本来は赤木博士や司令自ら来たかったのだが人革連は中々人の出入りが厳しい様でね。
 まぁ、視察という仰々しい形ですまないと思っているよ」
「はははっ。まぁ、ソレもまた人革連らしさと言う奴ですよ。私も最初は戸惑いました」

 

 冬月と呼ばれた老人は促されると僅かに頭を下げた後
 禍々しい肉塊を見上げながらそのマスクの男へと声を掛ける。
 マスクの男Drメンゲレは笑い飛ばしているがこれは皮肉であった。
 専門知識を持つ司令や赤木博士では見ただけで何か技術や情報を盗まれるかもしれない。
 そんな器の小さい懐疑心、この男の隠遁めいた性質、人革連の方針全てが合致した所為で
 兎角、此処の情報は本部へと届く事は少なかった。今回の視察が承認されるのも時間が掛かっていたし
 冬月も冬月で恐らく自分一人ならどうとでも言いくるめられると思っている評価を感じ取っていた。

 

「しかし、大事な実験日を覗きに来た様で申し訳ないよ」
「お気に為さらず。何せ、プロフェッサーは歴史の目撃者になります。
 今日この日を持って人類が初めてエヴァを起動させる日のね!」
「そうかね? まぁ、確かに驚嘆に値するよ。エヴァ仮設伍号機。
 聞こえは良いが、AEUがしぶしぶ人革連に差し出した不良品。
 いや、肉の残骸から此処までやるとはね」
「指定の材料が無ければ出来ないのが三流。あり合わせと既存の方法で何とかするのが二流。
 自分で材料から方法まで作ってこそ一流ですよ」

 

 嬉々とした表情はマスク越しにでも解るほどだった。それで漸く冬月にも合点がいった。
 この男には復讐心の様なモノが原動力なのだと。学会や以前のNERVドイツ支部での成果も
 否定されていた男がそれらを見返す為、そして見せ付けて認めさせる為。
 この男の話し口調の節々から垣間見える居丈高な態度は
 それらの巨大な自尊心から来るのだろう。今回も冬月が本部から探りに着たのではない。
 自分からこれを見せてやっているのだと言うつもりなのだ。
 ユニオン、AEU、そして人革連といがみ合う陣営からバランスを考えて
 与えたお為ごかしだったこの廃棄物に何か心情的肩入れをしているのかも知れないと
 安易な推理が冬月の頭を過ぎっていた。その思考を中断させる声がオペレーターの1人から上がる。

 

「ハプティズム兄弟、準備出来ました」
「Dr何時でもいけます」
「おーい、準備出来たぞー」
「宜しい。では、ハプティズム兄弟によるエヴァ仮設伍号機の起動実験を開始する」
「はいっ!」
「おぅっ!」
「今回はA-1からE-4までだ」

 

 準備完了の合図と共にDrメンゲレの指揮でオペレーターのコンソールを叩く音が一斉に始まる。
 専門用語のやり取りによる指示の応答が飛び交う中
 通信画面から顔を出したのは頭にパッチとコードを何個もつないだ少年二人だった。
 やや緑がかった黒髪の少年二人。肌が微妙に浅黒いなど
 他にも特徴はあったが冬月の視界に入った彼等の印象は瓜二つと言う言葉だった。
 まるで合わせ鏡に映りこんだかの様なその容姿のにかよりに目を疑い
 クローンではないかと錯覚するほどであった。映像と声が二人ともずれていた事から
 漸く二人が全く違う個体だと言う事に気付かされる。
 1人は大人しそうな雰囲気で丁寧な口調で通信を返し
 もう1人は子供の様な粗雑で乱暴な態度とふてぶてしさを持っており、性格は全く似ていない。
 冬月は目の前に居る男がかねてから言い続けていた一つの理論と目の前の状況が附合していった。

 

「双子(ダブル)の理論か……Drメンゲレ。
 私は正直な話、人革連の出すデータをあまり信用していない。本当にそれは可能なのかね?」
「ええ。そもそも、単独(シングル)でのエヴァのシンクロは非常に不安定だ。
 一対一でエヴァと対峙しお互いにそれを摺り合わせるには才能と資質が問われる」
「それを解消するのが双子(ダブル)と言うのかね?」

 

 冬月の言葉にメンゲレはその言葉を待っていたと言わんばかりに目を大きく見開いていた。
 それはこの男が長年に渡って独自の研究路線を推し進めていたEVAとのシンクロ方法の事である。
 正式な名義ではないのだが一卵性双生児を用いた用法である事から
 双子(ダブル)と言う名称が浸透しつつあった。逆にそれに釣られる形で
 一人でシンクロ実験を行なう事が後付で単独(シングル)と呼ばれる様になっていた。
 無論、好き勝手にしている様に聞こえているが実際にそれなりの成果を出している。
 パイロットを二人も揃える事と選別に時間が掛かる事から日本のNERV本部では行なう事が無く
 もっぱら機体の技術で一歩で遅れていたAEUや人革連で行なわれていた手法であり
 この男がその理論の第一人者であった。

 

「その通り! 一対一がダメなら二対一にすればよい。
 まず、双子による人間同士のシンクロをさせ”エヴァを人間に合わせさせる”」
「理論は解る。郡れる生物は数の多い方へ流れ、多数の風潮に従う傾向にある。
 今までの単独による個と個の対峙から個と郡による個の迎合を促すだったかね?」
「ええ。何も人間がわざわざ合わせる必要は無い。二つの同一性から世界はそれが標準だと思わせ
 エヴァ自ら歩み寄らせる事に成功すれば、後は一卵性の双子に訓練と多少の調整でパイロットなぞ
 幾らでも量産する事が可能になる。其方の諺にもありましたな? えーと、人は防壁だったか?」
「人は石垣、人は城、人は堀、なさけは味方、あだは敵なりだな」
「ああ、そう。それでしたな。エヴァも数さえ揃えば、強固な城にもなり強大な敵になりえる」
「ふむ。少し諺の意味が違っているが結論は合っているよ」

 

 恐らく説明の為に何度も何度も良い続けていた文言なのだろう。
 まるでトークショーの様につらつらと流れ出る言葉に濁りの無い情報の波へと浴びせ掛ける。
 メンゲレとNERV本部の考えは所謂思想の違いに等しかった。
 単独でのシンクロはあくまで実験過程とデータ取り、EVAと言う巨人との対話を促す為であり
 双子のシンクロはパイロット、機体の量産とその後の戦略的運用を視野に入れていた。
 実際にAEUでは先行量産型の弐号機が開発され、それに合わせた軍隊の運用を検討している。
 それらの事態にNERV本部や長々と語りを聞かされている冬月もあまり良い顔をしては居なかった。
 粗悪乱造の懸念もさる事ながら悪用の懸念も充分にあったから。特にユニオンとの軍事力
 技術力の差を埋めたい人革連や優位性を保ちたいAEUの態度は露骨であり
 それに煽られる形でユニオンもNERVへの予算計上は年々増していった。
 そんな懸念をわざと避けるかの様に誤った意味を引き出してメンゲレは低い声で笑っていた。

 

「ハーモニクス安定! ハプティズム兄弟のシンクロ率、80%を超えました」
「エヴァとの精神回路を開放。エヴァ、同調を始めました!」
「ふふっ、よし、H-3の過程まで進める! 今日こそは起動させるぞ!」
「はい!」

 

 だが、邪に見えるこの男の理念もその裏に隠れる政治軋轢すらも霞むほどこの現場は純粋に見えいてた。
 否、純粋に邪なのかも知れない。この歪んだ人命軽視の実験ですら
 活気と熱意に押されて爽やかな印象を与えてしまう。たとえ、結果と求めていたモノが何でアレ
 人が集い何かを作り上げると言う現場というのはこう感じさせてしまうのだろうか。
 複雑な心情を吐露出来ないまま、冬月はその現場を見つめていた。
 人間同士のシンクロが高められれば、その回路がEVAへと注がれていく。 
 混濁としつつも整列した思念の激流がEVAの脳内へと駆け巡り、自我を喪失していく。
 二人の双子はまだ落ち着いていたが徐々にその意識の葛藤から眉間に皺を寄せ始める。

 

「Dr! エヴァがアレルヤ・ハプティズムとのシンクロに偏り始めました!」
「ちっ、そちらとの精神回路を86%まで絞れ。ハレルヤ! もっと集中しろ!」
「うああっ はれ・・・・・・るや」
「アレルヤ! ちっ、解ってらぁっ!」
「死にたくなければあちらに持っていかれるな」
「くっ、あああっ! うぜぇな! おらぁ、俺達に従いやがれ!」
「映像に変化がありました。モニター開きます!」

 

 呻き声と怒声が通信越しに聞こえ、葛藤が肌に伝わるほどの迫力が木伝わってくる。
 メインの画面がパイロットのモニターから実験施設内の映像へと切り替わる。
 其処には実にグロテスクな光景が映る。肉塊と呼ぶに等しい巨人が居た。
 四肢も揃っておらず、頭部と胸部から人であることがようやく認識できる。
 僅かにそのくくりつけられた腕が動き肩こりを患っているかの様に首を動かしていく。
 悪夢に魘されているかの様に首筋だけがぐぎぎっと何かから逃れる様な動き。
 前にガッガッときつつきの様に首を前後させてその反動で拘束から逃れようとする。
 その反動で施設が揺れ、空気の振動がガラスを震わせていた。

 

「ハレルヤとのシンクロ率上昇! 70%を超えました! アレルヤもシンクロ率65%突破!」
「待ちたまえ! そんな高いシンクロ率では」
「よく動くでしょう? むしろ、コレの匙加減が難しいのですよ」
「しかし、エヴァに持っていかれるぞ?」
「その為の双子(ダブル)です。片方が飲み込まれそうになれば、もう片方が引っ張り上げる。
 何より二人ともよく鍛えておりますからなぁ」
「むぅ……」

 

 冬月の叫びにメンゲレは何を今更と言う感じで一蹴する。
 単独(シングル)と双子(ダブル)のシンクロの問題は別のベクトルにあった。
 双子(ダブル)の場合はシンクロ率の上昇が抑えられない。
 単独(シングル)が30%から60%前後を標準とするのに対し
 双子(ダブル)の場合は平均常に70%以上をキープしている。故にパイロットの消耗も激しい。
 実験をする度に自我と双子同士の存在の垣根が曖昧になっていく。報告書では聞かされていたが
 目の前の現実を目の当たりにすればそれが虚偽の記載ではない事に冬月は衝撃を受けていた。
 冬月にとって人革連の事なので誇張表現程度に感じていた数値が目の前で凄まじい計上されていく。
 暫くパイロットとオペレーター達の悪戦苦闘が続く。EVAとパイロットの綱引きを機械がサポートしていく。
 お互いの落としどころを探しているのだ。双方が干渉せず、共存出来る距離感。
 双子の引力が強過ぎている故にEVAもそれに急速に近付く度に引き離す。

 

「……起動成功しました! シンクロ率以前70%台をキープしています!」
「でかした!」
「起動させたのか? ……よもやこんな方法で」
「ふはははっ、私は正しかったのだ!」

 

 狭い室内が歓声に沸く。各々の故郷の言語、方言が入り混じり動物園の様な様相を呈し
 喜びの声が耳をつんざく。2004年碇ユイによる初号機による初めてのEVA起動実験から
 約10年の時を経て、ようやく人類はEVAの起動に成功させたのだ。
 呻き傷みから逃れる様に暴れていたEVAの動きがぴたりと静止する。
 満たされる充足感にメンゲレは拳を握り締めて勝利を宣言し
 それに呼応するかの様にオペレーター達の喝采の拍手の音が耳をつんざく。

 

「……! アレルヤのシンクロ率上昇!」
「ふん、まだあがなうか……小賢しい。アレルヤへの精神回路70%まで縮小!」
「くっ、うぜぇな! とっとという事聞きやがれ!」
「まさか、フェイント?!  ハレルヤシンクロ率が急上昇抑えられません!」
「なんだと!?」
「ハレルヤ! どうしたの!?」

 

 オペレーターの声と同時に双子のパイロットの内一人が苦しそうに嗚咽を漏らしていく。
 歓喜に沸いていた現場の空気は一変する。
 情報の集積と現状の確認にその場の人間全てが動いていた。
 モニターに映るのはまるでSF映画のワンシーンの様な惨状だった。
 角砂糖を珈琲に落としたかの様にじわりじわりとハレルヤの体が融けていく。
 着ていた試作のプラグスーツは指先、足先から徐々に立体感を失っていく。
 まるで空気の抜けた風船の様にハレルヤと呼ばれた少年の存在が徐々に欠けていった。

 

「パイロットが融けている? 彼を持っていこうというのか? やはり、この方法では」
「……ちっ。コイツでもダメか」
「は、ハレルヤ! ……渡さない! お前なんかにハレルヤは渡さない!!!」

 

 もう一人のアレルヤと呼ばれた少年の咆哮の様な叫びが木霊する。
 それとほぼ同時、一斉に計器が狂い始め、モニターの映像はそこで一旦途切れてしまった。

 
「死の天使・後編」へ続く
 
 

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  • 2ちゃんは規制を喰らっているので、こちらにコメント。   どうして番外編は阿鼻叫喚の騒ぎばっかりなのか! -- 2010-01-27 (水) 00:17:19
  • 私も本スレはPCも携帯も規制でお手上げで感想も支援もできませんが、楽しんで読んでます -- 名無し読者? 2010-02-08 (月) 18:30:29