FateinC.E73_第05話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 17:50:49

「このような事態に代表を巻き込むことになってしまい、まったくお詫びのしようもない」
 ミネルバの、士官用の居住室の1つ。
 頭に包帯を巻いた状態のカガリに、デュランダルは真摯な表情でそう言った。
「いや、私としても、このまま災禍が広がるようなことは看過できない」
 カガリは険しい表情で言う。
「ご理解いただき、ありがとうございます」
 デュランダルは硬い表情のままそう言った後、いくらか表情をほころばせて、
「戦闘発生までまだ間があるかと思います。よろしければこの艦をご案内しようと思いま
すが、いかがでしょうか?」
 と、言う。
 傍らに立っていたタリアが、それを聞いて、顔色を変えた。
「議長!」
「これから戦場にお連れしようというのだ。乗っている艦がどういうものかは知っておい
ていただいていいと思うがね」
 デュランダルはタリアの顔を見てそう言ってから、カガリに視線を戻す。
「もっとも、すべてを教えるというわけには行きませんが」

「ねぇねぇ聞いた?」
 バルディッシュのチェストフライヤーの上に座り込んだフェイトに、ルナマリアが声を
かけてきた。
「なんでしょう? ルナマリア」
 暇をつぶしていたわけではなく、制御部をノートパソコンと接続し、そのキーボードを
叩いていた。ドラグーンのデータはフェイト自身にしかいじれない。その手を止めて、話
しかけてきたルナマリアの顔を見る。
「今、ミネルバにあのカガリ・ユラ・アスハが乗っているんですって」
「!」
 ビクッ、と、フェイトは瞬間的に、表情を険しくする。
「オーブの英雄って言われてる人でしょ? フェイトも知ってるわよね」
「う、うん……それは……」
 表情が引きつるのを必死で堪え、目を泳がせる。
「自らモビルスーツで戦ったこともあるって言うし、あ、ひょっとしてフェイトの言って
るオーブのエースパイロットって、カガリ・ユラのこと?」
「なのはをあんなのと一緒にするなっ!!」
 ルナマリアは軽い様子で言ったのだが、フェイトは反射的に大声を出してしまった。
 あわてて、口を押さえる。
「あんなの……なのは?」
「な、なんでもない、ごめんなさい……忘れてください」
 ルナマリアに手を振りつつ、俯いて肩を落としながら言う。
「え、でも……」
「それに」
 ルナマリアがさらに何か言おうとした途端、フェイトのちょうど真後ろから別の声がか
けられた。
「!」
 驚いて声を出しかけるのを、フェイトはどうにか堪えた。
「随員はどうやら、あのアスラン・ザラらしい」
 フェイトが振り返ると、そこにレイが居た。ルナマリアもその顔に視線を向ける。
「アスラン・ザラ!? って、あのジャスティスの?」
 ルナマリアが好奇心を露わにした表情で、レイに聞き返す。
「本人はアレックス・ディノと名乗っていたがな、途中でカガリ・ユラが確かにそう読ん
でいた」
「へぇ……でもどうしてヤキンの英雄がオーブなんかにいるのかしら」
 ルナマリアが笑いながら言う。
 フェイトは2人から視線を離し、格納庫を見回していた。シンの姿を探す。
「正規軍を、その保有装備、それも機動兵器ごと脱走して非合法組織に参加していた人間
が、ペナルティもなく自国に戻れる道理なんかない……」
 片隅でヴィーノと話し合っているシンを見つけつつ、つぶやくようにそう言った。
「え?」

 キョトン、として、ルナマリアはフェイトに視線を向ける。
「どうやらフェイトはあの2人にあまりいい印象は持っていないようだな」
 レイは困ったようにいい、軽くため息をつく。
「そうなの?」
「いえ……その……」
 顔をルナマリアのほうに戻しつつも、フェイトは言い澱む。
「人それぞれ事情がある、あまり問いただしてやるな、ルナ」
「え……あ、うん……」
 それだけ言うと、レイはチェストフライヤーを軽く蹴って去って行った。
「ねぇ、変なことついでに聞くんだけど」
「えっ?」
 ルナマリアの声に、フェイトは反射的に顔を上げる。
「フェイトって、レイの事も苦手だったりしない?」
「う……苦手ってわけでもないん……ですけれど……」
 視線はルナマリアに向けたまま、少し俯き加減になる。
「確かに、時々何考えてるかわからない事あるわよね、アイツ」
 レイのさって行った方を見渡すようにして、ルナマリアは言う。
「ルナマリア……けっこう言いたいこと平気で言いますよね……」
 フェイトの引きつった笑みが、血の気が引いたような感じになる。フェイトはなぜか、
少し悪趣味なぬいぐるみのウサギと巨大金槌を連想した。
「レイさんの場合は、ええと、別に悪い人ではないと思いますし……苦手というのとは少
し違うんですけど、どういうわけか、彼がそばに居ると、落ち着かないんです」
「ふぅん……」
 ルナマリアはそう言って、おどけた様に口を尖らせた。
「……ZGMF-1600(シックスティーン・ダブルオー)、ゲイツBDはもうご存知ですね」
 デュランダルの、通る声が聞こえてきた。
「それと、ZGMF-X56S、インパルス。私は専門外なので詳しい事はご説明できませんが、
技術者に言わせると、これは最も効率のいいモビルスーツのシステムなのだそうですよ」
 キャットウォークの上に、デュランダルとタリア、それにカガリとアレックスが居た。
「嬉しそうだな、議長は」
 カガリが、攻撃的な口調で言った。
 フェイトは、直接見えない角度に、チェストフライヤーのエレベーター型ハンガーの影
に隠れた。
「嬉しい、というのとは少し異なりますがね」
 そう言いつつも、デュランダルの表情は自信ありげに綻んでいる。
「争いがなくならないから力が必要なのだといった、だが、それなら今回のこの事件のこ
とはどう説明するのだ! あの3機の新型モビルスーツの為に、貴国が被ったこの損害の事
は!」
 左のこめかみに青筋が浮きかけるのを、キーボードから手を離して押さえる。
「そもそもなぜ必要なのだ! 我々はともに手を取り合って歩んでいくと、誓ったのでは
ないのか!」

 私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、周囲の評価はクール、実は温厚、……それ
でも……我慢には……限度ってものが……
「さすが奇麗事は────」
「誓っていません」
 誰かがぶっきらぼうに言いかけた言葉を、フェイトの凛とした声が遮った。
 振り返ったカガリに、チェストフライヤーのハンガーから見下ろし、険しい視線を向け
る。
「なっ!?」
「ユニウス条約は講和条約ではなく停戦条約です。戦闘行為を停止したというだけで、プ
ラントと地球連合の戦争は正式に終結したわけではありません。再開しうる戦闘に備える
のは戦争当事国として当然の義務です」
「お前は……」
「国家元首の立場でありながら、そんな事も理解していないのですか、貴女は!」
 呻く様に言いかけたカガリの声をすっぱりと遮る。
「しかし……」
「そもそも! ユニウス条約でのオーブの立場は大西洋連邦の一部、それをいち主権国家に
戻したのは、カナーバ暫定議長以下、プラント側の代表の手腕です。その恩を忘れてプラ
ントの政策を批難するとは、オーブは独立主権国家であることよりも、大西洋連邦の走狗
であることを選ぶという事なのですか?」
「それは……っ」
 カガリは反射的に怒鳴り返そうとするが、詰まり、言葉が出てこない。
『目標接近。搭乗員はブリーフィングルームに集合してください。グラディス艦長、艦橋
へお戻りください』
 わずかに間をおいた後、艦内にその放送が鳴り響いた。
「差し出がましい事を、大変失礼いたしました。然るべき処分は、後ほどお受けいたしま
す!」
 フェイトはそう言って、チェストフライヤーを蹴って、その場を去って行った。
「フェイト」
 近寄ってきたシンは、驚いたように目を円くして、信じられない物を見るような顔をし
ていた。
「シン」
「フェイトがあそこまで言うなんて……思わなかった」
「……常識の問題、何で誰も教えなかったのか不思議なぐらい」
 フェイトはそう言って、それ以上言及する事を避ける。シンから視線を離した。
 フェイト自身はオーブという国にそれほど思い入れがあるわけではなかったが、シンは
生粋の“元”オーブ人だ。
 一方。
「申し訳ない。彼女はオーブ出身と聞いていたのですが、まさか代表にあんなことを言う
とは」
 険しい表情をしつつ、デュランダルは言う。
「いや……」
 カガリは俯いてしまい、ボソりと言っただけで黙りこんでしまった。

「後方より不明艦接近!」
 ────ガーティー・ルー艦橋。
「速度、熱源パターン、先程のZAFT新型艦と推測されます」
 オペレーターが報告する。
「追い付いてきましたな」
「ZAFTも今回に限って、ずいぶん冴えてやがるな」
 険しい表情で言うリーに、ネオは毒つくように言いつつも、仮面に覆われたその口元で
どこか楽しそうにしている。
「前方斜め上方の資源衛星跡に接近、ギリギリまで寄せて姿をくらませ!」
 ネオは怒鳴り口調でそう指示する。
「アンカーを使って慎重に行け! ぶつけたら元も子もないぞ!」
 ガーティー・ルーは、小惑星帯から衛星軌道上に牽引されてきた資源用天体の遺棄物に、
接近していく。
 ワイヤーアンカーを撃ち込み、慣性で周回する。
「デコイ発射!」
 進路を変更しつつ、ミネルバとの直線を天体が遮った瞬間、自らのレーダーリフレクシ
ョンや熱源パターンを模写する、小型の飛翔体を発射する。
「仕掛けますか?」
「デコイにかかるか、様子を見てからだが……」
 リーの問いに、ネオは口元を歪ませながら言った。
「どうするか……っ」
 ────このままバイバイするのも考えなければならないが、できればあの動きのいい
新型の、対戦データだけでももう少し取りたいところだ……
 ネオはそう考えながら、メインスクリーンに映し出される推定相対位置を睨む。
「ダガーLを1体拝借させてくれ」
「はっ、かまいませんが……」

「パターン照合、ボギー01と推測されます。距離、21000」
 男性オペレーターの声が、タリアに報告してくる。
「格納庫! インパルスと、レイ機で先制します。準備を」
『了解!』
 艦長席のコンソールに、マッド・エイブス整備班長の応答が返ってくる。
「失礼するよ、タリア」
 艦橋に、デュランダルの声が聞こえてきた。タリアは反射的に振り返り、そこで驚いた
表情になる。
「議長! その……」
 デュランダルは、背後にカガリと、アレックスを連れていた。
「代表にも戦闘に立ち会っていただこうと思ってね」
「私は構いませんが……」
 そう言いつつも、タリアは困惑げな表情で、カガリとデュランダルの顔を交互に見た。
「代表はヤキン・ドゥーエでの英雄でもあらせられる。貴重な意見も聞けるかと思う」
 デュランダルは持ち上げるように言うが、カガリは憮然とした表情のままだった。
「了解しました」
 タリアはそう言うと、艦長席に座りなおし、姿勢を正した。
「ブリッジ閉鎖」
 ブリッジが装甲帯にスライドし、直接照明は映り込み防止のために消える。
 ほぼ同時に、中央航空機用フライトデッキの扉が開く。
『気をつけてね、シン』
「あ、うん」
 通信用ディスプレィに映るフェイトが言う。シンはしっかりと頷いた。
「シン・アスカ、コアスプレンダー行きますっ」
 ガイドLEDが格納庫側から前方に向けて次々と点灯する。リニアカタパルトが作動し、
コアスプレンダーを宇宙(そら)へと打ち出す。
「レイ・ザ・バレル、ゲイツBD出るっ」
 左舷MSデッキからも、灰白色に塗られたゲイツBDが、同様にリニアカタパルトから射出
された。
 レイは強化スラスターを吹かして飛ばしていき、合体を終えたインパルスと合流する。
インパルスはブラストシルエットを背負っていた。
 2機の後を、さらに2機、ゲイツFRが追う。
 一方、中央デッキへのエレベーターの前に、もう1機のコアスプレンダーが発進待機状
態になっていた。
『シルエットの準備は?』
「アサルトデバイスでお願いします」
 艦橋からたずねてくるメイリンに、コクピットのフェイトはそう答える。
『了解』
 そう言って、メイリンからの通信は途切れた。
 軽くため息をつく。そして脳裏に浮かんだ。レイよりもさらに強烈なプレッシャーを与
える、紅いMA。
「シン、無理しないでね」