Fortune×Destiny_第30話

Last-modified: 2007-12-04 (火) 10:36:51

30 バルバトス再び

 

カイルと揉めてから一晩が経った。
今日の13時にはラディスロウはダイクロフトに向けて突撃する。
その前にソーディアンチームは全ての晶術の使用法をマスターし、準備が終わっている。現在は休息中だ。
物資保管所に戻ったシンもあれこれ作業に付き合わされたが、高度な専門分野には専門の研究員が対処している。
主な仕事は機械操作と重い荷物を運ばされることだ。
そんな作業も午前2時には終わり、7時間半の睡眠を十分に確保できた。遅い朝食と軽い準備運動で体のスイッチを入れ、突入作戦のためのコンディションを整える。
「さてと、今日はベルクラントの嵐が予想されるでしょう、逃げ回る準備をお支度ください、か? どうせ突入されたらベルクラント乱射するんだろうな。
少しでも早く被害を少なくするためには……ってそれをしたらいけないんだな。」
シンは自分の考えに苦笑する。あくまでも歴史改変阻止のために来ているのだ。被害を少なくしたら歴史を変えてしまうことになる。
しかし、被害を多くさせるわけにもいかない。それこそ歴史が変わってしまう。被害の程度を歴史の範囲で収める、というのは被害拡大を阻止するよりも難しい。
勿論自分で被害が足りないからとベルクラントを発射するわけにもいかないのだが。
「全く、俺たちも無茶をするよなあ、本当に。」
シンは猫のように伸びをし、ハロルドの姿を探した。彼女もダイクロフトに突入し、ベルクラントを封じる仕事があるのだ。
「……すぅ……くぅ……。」
ハロルドはまだ仮眠ベッドで寝ていた。口紅とアイシャドーを取り去った寝顔は、驚くほど幼い。
普段の性格と149センチという低身長も相まって子供にしか見えない。
「まあ、あれだけ散々仕事してたんだし、疲れるのも無理はないか。」
彼女が起きるまでそこで待つことにした。無防備な姿を観察するのもまた、楽しいことである。しかし。
「……はっ!」
ハロルドが目覚めたらしい。彼女はシンが自分を見ていることに気づいたようだ。
「おはよう、ハロルド。今日は決戦だな。準備を整えて……。」
シンはそれ以上言えなかった。ハロルドから凄まじい殺気を感じたからだ。
「ハ、ハロルド?」
「裁きの時来たれり、還れ虚無の彼方!」
シンはブロックワードを口にされて抵抗できない。その上、彼女は本気で詠唱している。
「エクセキューション!」
「ああああああああ!」
闇の魔法陣を生み出す上級晶術がシンに直撃し、彼はその場に倒れこんだ。
「あううう……。」
「あたしの寝顔観察するなんて、1000年早いわ。身の程を知りなさい。」
「俺の寝てるとこ見てたくせに……。」
「なんか言った? ラッキースケベ。」
「うう……。」
少しでもハロルドが可愛らしいと思った自分が馬鹿だった、とシンは思い、ふらつきながらも立ち上がってラディスロウに向かうことにした。

 
 

ラディスロウでは、内部に避難していた民間人を外に出てもらう作業に追われていた。
これからこのラディスロウごと敵地に向かうのである。巻き込むわけにはいかない。
そんな混雑するラディスロウの昇降口の近くに、目を引く金髪のハリネズミがいた。
「カイル、準備はできたか?」
「あ、ああ。けど、やっぱりカーレルさんのこと言わなくていいのかな。」
「余計なことは言わない方がいいんだ。ハロルドには余計な心配をかけさせてはいけない。
それに、歴史の流れを変えるわけにはいかないしな。」
カイルは黙ってしまった。確かにカーレルにはよくしてもらっている。現にカイルたちが寝泊りしている部屋は本来、カーレルの部屋である。
カーレルが死ぬことが耐えられないらしい。
「俺だってあの人にはよくしてもらってるし、実にいろいろな期待もかけられてる。けどな、それとこれとは話が別なんだ。いいな。」
全く自分らしからぬ冷静な理論である。
コピーされた都合で調整されたのか、それとも成長したのかは彼自身わからなかったが、成長したということにしておきたい。
フォルトゥナによる調整だとは思いたくなかった。
フォルトゥナの目的のために調整されて得たものだとするなら、人格の歪みが激しく、本来の自分と乖離したものとなる。
しかし、そんなに違和感はない。フォルトゥナならそのあたりすらコントロールできるかもしれないが、やはり作られた存在でもプライドはある。
そんな雑念を振り払い、彼は続ける。
「辛いのも知ってるよ。俺だって辛い。多分ジューダスだって、ロニだって、ナナリーだって、それにリアラだってそうさ。敵意でも持たない限り、見知った人間が死ぬのを快く思う人間はいないよ。」
「うん……。」
「けど、それをこの時代の人間に教えてどうする。ハロルドはそんなことで歴史を書き換えるようなことはしないさ。それでも、無用のストレスを与えることになる。そして、それがハロルドにいい結果をもたらすとは思えない。」
真剣だった。少しでもハロルドを傷つけさせたくない。そんな思いがシンにあった。
「シンってさ……優しいんだな。いつも思うけど。俺たちには勿論、ハロルドにも。誰も傷つけさせたくないって。」
「俺は……ただ自分を支えてくれる人間が好きなだけさ。だからいろいろ守りたいんだよ。」
守ることに拘りを持つことは、よいものではない。それのみが目に映り、他のものが見えなくなる。
しかし、彼はそれでも守りたかった。自分の心を支え、繋ぎ止めてくれる仲間を。
「うん、そうだよね。わかった、俺、何も言わないようにする。けど、言ってしまいそうになったらブレーキかけてくれ。俺、多分耐えられないから。」
「わかったよ、そうする。」
そうこうしているうちに正午になった。二人は急いでラディスロウに乗り込み、司令室にいるメンバーに到着の挨拶をする。
「遅れまして申し訳ありません! 第一工兵隊所属シン・アスカ曹長、ただいま到着しました!」
ザフト式の敬礼をするシンの横で、カイルが「気を付け」の姿勢で同じように声を張り上げる。
「お、同じくカイル・デュナミスです。遅れまして、も、申し訳ありません!」
この手の言い回しは慣れていないらしい。ところどころ詰まっているが、こればかりはどうしようもあるまい。
「よし、全員揃ったな。今回はダイクロフトへの突入、そして皇帝ミクトランを討伐することが任務である。
ソーディアンチームの6人は玉座の間へ向かってもらう。ハロルド大佐麾下の工作隊にはベルクラントの機能停止が任務だ。」
演壇上のリトラーの声にも熱が入っている。今回の作戦の重要性が滲み出ているようだ。
「何か質問はあるか?」
リトラーがそう言うと、司令室に沈黙が降りる。そして、ディムロスが口を開く。
「私からみんなに言っておくことがある。皆、必ず生きて帰ってくれ!」
これはディムロスの代名詞といえる言葉だ。兵士たちの命を第一に思い、全員が生き延びることを望む。
前回の作戦の時には聞くことはできなかったが、あの時はアトワイトを捕らえられていたからだろう。
何にしても、本来の調子が戻ったことはいいことだ。
「よし、作戦開始! ラディスロウ浮上!」
リトラーの号令とともに、ラディスロウの操舵士がエンジンを起動する。
ラディスロウは地上軍拠点に接する凍結した海に半分埋もれていた。海面を覆いつくす氷を引き裂き、その全貌が空中に現れる。
潜水艦に大型の艦橋を取り付け、両脇に獣の足のような構造物が存在している。これを用いて浮遊し、高速加速を可能とするのだ。
どうやらダイクロフトもラディスロウが動き出したことを探知したらしい。レーダー士が警告の声を上げる。
「探知! 10時の方角に熱源反応! ベルクラントです!」
リトラーは声を張り上げ、命令を下す。
「構わん、このまま突っ込め! 防御システムを使え!」
「了解! 防御システム起動! 対収束エネルギーバリアの発動を確認! レンズコーティングバリア、オールグリーン!」
ダイクロフトから突き出した剣のような物体、ベルクラントの切っ先にオレンジ色の光が集う。それが細い光の束となってラディスロウに放たれた。
「頼む、効いてくれ!」
思わずシンはそう叫んでいた。ベルクラントのエネルギーはラディスロウの左舷に命中するルートだ。
しかし、途中でエネルギーの束が広がり、さらにコーティングが攻撃をはじいていく。
ベルクラントの攻撃が終わったときには、ラディスロウはほとんど無傷の状態であった。
「よし、次のベルクラントの攻撃までにダイクロフトに突入! やつらのどてっ腹に体当たりをぶちこめ!」
「了解! ラディスロウ最大戦速!」
まずはベルクラントの攻撃を凌いだ。次は内部の制圧である。
「ベルクラントの対策打っといたからよかったようなものの、司令も無茶するわ。シンがアイディア出してなかったら皆死んでましたよ?」
さすがのハロルドもこれには呆れたらしい。ディムロスは半分笑いながら口を開いた。
「ハロルドを呆れさせるとは、ぞっとしませんな、司令。」
「私の墓にはそう刻んでもらおう。」
リトラーはさらりと言い放った。この豪放さがなくては地上軍司令など勤まらないのだろう。
「皆、怪我はない?」
リアラが全員の様子を心配したらしい。ロニはその場で倒れ、カイルはしりもちをつき、シンは片膝をついていた。
「何とか生きてるぜ! ふう、決戦前に死んじまったら恥ずかしくて墓にも入れやしねえ。」
「俺も大丈夫!」
「ここで死んでたまるか。俺にはやるべきことがある!」
3人は立ち上がり、各々戦いの気構えを吐き出す。闘志が漲り、いつも以上の力強さを放っている。
「僕も肩を強く打っちゃいましたけど、大丈夫です。」
ピエール・ド・シャルティエ少佐は色々と劣等感だの何だのと大変だが、そんな気負いが姿勢を崩させたのか、とシンは思った。
今の全力のシンと戦っても、十分にシャルティエの方が強いはずだ。
しかし、ソーディアンチームの中では一番格下であることを気に病んでいる。
シャルティエにはシャルティエの悩みがあるのだ。
再び強い衝撃がラディスロウを揺らす。ダイクロフトの壁面に突撃したらしい。
今度は誰も転倒しなかった。シンたちにとっては天地戦争時代に来て、二度目のダイクロフトの突入だ。
「行くぞ!」
ディムロスの号令と共に、残るソーディアンチームの5人と工作隊の7人がダイクロフトに足を踏み入れた。
既に天上軍の殺人マシンが大挙してラディスロウに迫っていた。新兵器の投入の機会だ。
「フィアフルフレア!」
「サイクロン!」
「プレス!」
「ブリザード!」
「メテオスォーム!」
「ブラックホール!」
ディムロスの火炎、イクティノスの烈風、シャルティエの岩石、アトワイトの吹雪、クレメンテの隕石、そしてカーレルの暗黒が瞬時に百数十体ものマシンを消し去って見せる。
ハロルドの開発したソーディアンの全力が発揮された瞬間だった。ダイクロフトの一室は無人の野と化した。
ディムロスがこちらに向き直り、予想だにしなかったことを言う。
「さて、我々は我々の戦いがある。そして、カイル君、君たちには君たちの戦いが。君たちは君たちの歴史を取り戻すために頑張りたまえ。」
ディムロスはどうやらカイルたちの目的を知っていたらしい。歴史を修正する、という。
「ディムロスさん……!」
「この戦いが終わったら、生きて会おう!」
「はい!」
カイルはディムロスを眩しげに見る。ディムロスはカイルに微笑みかけ、ミクトランのいる玉座の間へと向かった。

 
 

「ああ、シン君。」
今度はカーレルがシンの方を向く。シンは口を開くことが出来なかった。
開けばカーレルがこの戦いで死ぬだろうことを、口にしてしまうかもしれない。
「ハロルドのこと、頼んだよ。」
「カーレルさん……。」
「兄貴、あたしはこんなのに守られるほどやわじゃないわよ。さっさとミクトラン斃してきてね。」
「ああ、帰ったらまた話そう。」
カーレルはそう言い、ディムロスの後を追った。
さらにイクティノス、シャルティエ、クレメンテと続き、最後にアトワイトがミクトランの元へと向かう。
「さあ、俺たちも行こう。どうせバルバトスはベルクラントの制御室にいるはずだ。俺たちの仕事は歴史改変阻止なんだ。」
「シンの言うとおりだ。ここで僕たちが失敗すればそれでおしまいだからな。」
シンとジューダスのツッコミコンビの重苦しい言葉が7人全員に伝わったらしい。
「それじゃあ、行くか!」
7人は駆け出していた。
ジューダスを先頭にし、素早く前に出て来たマシンの注意をひきつけ、シンやカイル、ロニなどの破壊力の大きい攻撃を炸裂させてスクラップの山を築き上げていく。
破壊し切れなかったり、ダメージを与えられない位置にいる敵をリアラやナナリー、ハロルドが晶術と弓で仕留めていく。
集団戦の連係は完璧だ。ソーディアンチームほどではないが、工作隊にしては凄まじい戦闘能力である。
「リアラ! フィアフルストームを頼む! ナナリーは龍炎閃! ハロルドはディバインセイバーだ! ジューダス、一度下がってくれ! それは俺が行く!」
シンはデスティニー形態でも使用できる飛行能力を使って戦況を確認しつつ、上空から攻撃を仕掛けている。
卑怯だろうが何だろうがこれがデスティニー形態である。
「穿風牙!」
アロンダイトを核にした黒い片刃の大剣──表面にもAlonditeの銘がある──を突き出し、風の槍を放つ。しかし、それだけでは済まさない。
「ぶっ壊れろ!」
黒く変色した衣を身に纏うシンが口汚く罵ると、異様な迫力がある。
彼は右手首を捻って峰を下向きにし、左手を峰に添えて切っ先をメイガスに向けると、カマイタチを伴う暴風が大剣の先端から吐き出される。
暴風抉空という名を持つ追加特技だ。かつての乗機デスティニーの装備では、高エネルギー長距離ビーム砲に相当する。
その破壊力がそのまま受け継がれているらしい。メイガスどころか周囲にいたマシンもまとめて撃砕された。
「シン、何か怖いよ?」
カイルは他のメイガスや大きな蜘蛛のような形状のマシン、プロトタイプに斬りつけながらぼやく。
「戦闘中だけさ、闇の形態だからな、ちょっと怖いかも。」
彼が見せた笑顔はいつもどおりのものだ。しかし、一度敵のマシンを瞳に映すと、狂いはしないが容赦なく破壊していく。
「大爆掌! 爆撃炎斬!」
大爆掌は血飛沫の騎士が使っていた技だ。
デスティニー形態で使用できる技の全ては、かつてシンが戦ったことのある血飛沫の騎士が使用していたものとなる。
炎症を引き起こすこの技は、機械相手には爆風で吹き飛ばすだけの技に過ぎない。
そこで追加特技を用い、火炎を纏った斬撃で追撃を行う。熱を帯びたアヴェンジャーが溶断された。
「どうだ!」
大剣と化して破壊力を増しただけでなく、核となるアロンダイトの破壊力が大きいため、軽く薙ぎ払っただけで殺人マシンが弾け飛んでいく。
その上、デスティニー形態の攻撃力が高まっていることもあるが、何よりもシン自身の戦闘能力が伸びていることがこの異常な攻撃力の最大の要因だ。
経験、持ちうる最強の形態、新たな武器、そして守る意志。全てが噛みあい、極限まで戦闘能力を高められたシンを止められるものなど、この場にはいない。
「守れないことが悔しかった……俺はアロンダイトで仲間を傷つける物全てを薙ぎ払ってやる!」
着地し、全身を捻って渾身の一撃をプロトタイプに叩きつけた。たったそれだけでプロトタイプのボディが抉れ、火花を散らして爆発する。
「はああああああ!」
さらに闘志が血光の翼へと昇華し、背後にいる味方を覆い隠す。
「俺の後ろに続け!」
浮遊し、マシンガンを撃つマシンの攻撃を左の手の甲から放たれる闇の膜で受け止め、穿風牙を放った。狙いがそれたらしく、マシンガンしか破壊できない。
しかし、カイルとジューダスが血光の中から飛び出して、浮遊するマシンを切り裂いた。この血光には視界封じの効力もある。
狂気が姿を変えたものとはいえ、その赤い輝きは妖しい美しさすら感じさせる。

 
 

「さてと、ベルクラント制御室に到着ね。」
天上軍も地上軍の突入を予想してメイガス、アヴェンジャー、プロトタイプ他、数多くのマシンを配置したはずだ。
さらに、バルバトスが引き連れてきたアラストルを配備されている。
だが、時の流れは激しく、さらに増援として未来からやってきたカイルたちを加えた地上軍が圧倒的優勢である。
最早天地戦争の勝敗は決した。地上軍の勝利だ。とはいえ、油断できない。相手はあのバルバトスなのだ。
ディムロスが違和感を覚えるほど強くなっていたことを見る限り、エルレインによって強化されていることも考慮に入れておかなくてはならない。
最悪の場合、単独で突撃し、歴史の流れを変えることすら行う可能性もある。
「待っていたぞ、カイル・デュナミス。そしてシン・アスカ。」
やはりバルバトスは制御室で待っていた。ベルクラントを収束砲で狙ったのも、おそらくはこのバルバトスであろう。
記録を見る限りは収束エネルギーで攻撃したというものはない。正史ではラディスロウのコーティングが機能したからだろう。
だが、歴史を改変するべく彼は一点集中による攻撃を選択した。
その目論見はシンによって看破され、ハロルドの手により防いだ。大筋の歴史は変化していない。
「バルバトス! もう天地戦争の決着はついた! 歴史の改変はこれで終わりだ!」
カイルははっきりと叫ぶ。大筋さえ変わらなければいいのであれば、これで修正は成ったことになる。しかし。
「歴史……? そんなことはどうでもいい! 俺の望みはただ一つ、お前たちと戦うことだ!」
バルバトスの目は狂気で満ちていた。闘争本能のままに強者と戦い、そして闘争本能の飢えを癒す。今の彼の目にはそれだけが映っていた。
「本能のままに戦うなんて、サルでもできるわ。あんたはサル以下ね。」
「ほほう、だが今歴史を変えたいのは他ならぬお前のはずだぞ!」
「やめろ、それを言うな!」
シンは思わず叫んでいた。それを言わせてしまえばハロルドに迷いが生じてしまう。だが、バルバトスは続ける。
「お前の兄、カーレルはミクトランと刺し違えて死ぬ。それが今ある歴史の流れだ。しかし、今玉座の間に向かえば助けられるかもしれないぞ?」
「バルバトス……!」
シンは大剣と化したアロンダイトの柄を握り締め、血光を放ちながらバルバトスに斬りかかる。
「そうだ、その憎しみに満ちた目だ! 俺をもっと楽しませてくれ!」
バルバトスはシンの攻撃を斧で受け止め、力ずくで弾き飛ばそうとする。
しかし、そこでシンはソード形態に入れ替え、自分の周りだけ重力を増やしてその場に留まってみせる。
「余計なことを……未来を知って苦しむのは……俺だけで十分だったんだ!」
シンはデスティニー形態に戻り、大剣で薙ぎ払う。再びバルバトスは斧で受け止めた。
「お前の事情など知ったことか。俺はなあ……戦いを楽しみたいのだああああああああ!」
バルバトスは鋭いバックステップを踏み、恐ろしく早い詠唱を完了させた。
「破滅のグランヴァニッシュ!」
地のエネルギーが足元に出現し、7人全員を打ちのめす。さらにバルバトスはシンに向かって斧を振り下ろした。
「ぐっ……ちっ!」
しかし、シンは転がって攻撃をかわし、素早く立ち上がってアロンダイトを構えた。その刹那。
「うっ……ぐああああああ……!」
彼は左手で頭を抑え、顔を顰める。仲間たちにはシンが頭痛に苛まれているのだと思った。しかし。
『どうして助けてくれないの……?』
『苦しい……こんな苦しみがなければ……。』
『君はそんなことをして……誰も助けられない……。』
シンがデスティニー形態を初めて使ったときに聞こえた声。その正体はシンの力の源である結晶体に含まれる「願望の声」だった。
前述したように、この結晶体は半分が戦う者の意思から、もう半分が人々の願望からできている。
デスティニー形態では狂気を体外に放出してしまうため、インパルス3形態のように狂気に取りつかれることはない。
しかし、その代償として残る半分が活性化され、願望の声が聞こえてくるようになってしまうのだ。
それも、シンが戦う意志を強く滾らせたときに声が強くなる。
マシン相手のときはそれほど強くはなかったが、バルバトスという強敵を前にし、戦う意志を強めてしまったために彼を苛む。

 
 

狂気と違って願望には属性はないために制御装置は意味を為さない。
しかも、狂気ならば戦いの際のストレスを消し去ってくれる。
しかし、この願望の声からはストレスしか感じられない。
内容の大部分はエルレインが作り上げる世界でしか手に入らないようなものばかりだからだ。
そして、人間が存在する限りこの「声」は送り込まれてくる。フォルトゥナの力を使うシンの、最大の壁だ。
「どうした、勝手に弱ったか? なら断末魔の悲鳴くらいは……!」
「させるか!」
カイルがシンの脇から飛び出し、下からバルバトスに斬りかかった。
カイルは閃光衝を使って体格を生かした攻撃を仕掛けるが、それもバルバトスに受け止められた。
「カイル・デュナミス! お前も俺を楽しませてくれる! さあ、俺の渇きを癒せ!」
激しい咆哮が制御室の中に満ち、バルバトスの狂気が放たれる。カイルは一度離れ、刺突奥義を放った。
「空破! 絶風撃!」
突風を伴うカイルの突きがバルバトスに刺さったように見えた。しかし、鋼の筋肉がその攻撃を受けていた。
確かに腹に当たっているのだが、傷一つつけられていないのだ。
「そんな!」
「カイル、下がれ!」
ロニが代わって突撃する。ロニはカイル以上にバルバトスに対して敵意を剥き出しにしていた。恩人を殺した仇敵。それがロニの思いだ。
「バルバトス、てめえは絶対に生かしちゃおけねえ!」
ハルバードが唸りを上げ、バルバトスに向けて振り下ろされる。バルバトスはそれを斧で受け止めた。
「ほほう、お前はあの時俺が人質に取った……ククククク、それが今では俺に牙を剥けるようになったか! 楽しい限りだ!」
「ふざけやがって……スタンさんの敵は、俺が取る!」
「下らぬ、何とも下らぬ。俺は闘争本能のまま英雄と呼ばれる強者と戦い、そして奴は敗れた。それだけだ!」
「俺を人質に取ったからだろうが! どこまでも人を虚仮にしやがって!」
激しい鍔迫り合いに、素早く乱入する影がある。ジューダスだ。彼もまた、バルバトスを討つべき理由をもつ人間だ。
同じくエルレインによって蘇らされ、そして、友だった男を殺し、他の仲間だった者たちも傷つけた存在。
普段なら冷静に対処する彼も今日は様子が違った。
「月閃光! 散れ!」
シャルティエが光と闇の三日月を描き、バルバトスに命中する。だが、やはりかすり傷しかつけられない。
「お前もか、ジューダス。いや、リオン・マグナス!」
「僕はお前を許さない。裏切ったとはいえ、スタンは僕を仲間として扱ってくれた。そして、カイルも僕の仲間だ。これ以上、仲間を傷つけさせはしない!」
リオンにとってはカイルは姉の息子なのだから甥である。
しかし、彼はリオンとしての自分を捨てた。カイルのことは仲間である、と認識している。
それをカイルもわかってくれた。そもそも肉体年齢が一歳差しかないのに「叔父さん」と呼ばれるのは抵抗があるが。
「そんなものに絆されるから望みを叶えられないのだ! 欲するものを求めて何が悪い!?」
「そんなもの、僕はほしくない! 僕の願いはスタンが叶えてくれた。僕は、過去を断ち切る!」
ジューダスはカイルと同様にバルバトスの下から抉りこむように斬りかかる。しかし、バルバトスはロニを力ずくで振り払うと、ジューダスの剣戟を受け止めた。
「ちっ!」
「まだ終わっちゃいねえぜ、バルバトス! 戦吼爆ッ破!」
ロニがジューダスに気をとられたバルバトスを蹴り上げ、さらに獣の頭のような形状の闘志そのものを気の塊として放つ。さすがのバルバトスもこの攻撃で姿勢を崩したらしい。
「今だ! シン、動けるか!?」
ジューダスは幻影刃のすり抜けを行いながらシンに言う。シンは頭をさすりながらアロンダイトを構えなおした。
「問題ない!」
どうやら収まったらしい。闘志を滾らせ過ぎるとまた「声」が聞こえてしまう。
自分を抑えながら彼は穿風牙、そしてロニとジューダスが後退したのを確認して追加特技である暴風抉空を放った。
「ぬぐっ!」
「今だ! 爆炎剣!」
カイルが再びバルバトスに向かっていき、斬撃と足元から吹き出る火を使って攻撃する。バルバトスがさらに仰け反った。しかし。
「ここまでやるか。だが、まだまだだあああああ! 微塵に砕けろおぅ!」
体勢を立て直したバルバトスが斧を一振りすると、蛇のようにのたくる闇が放たれた。
ジェノサイドブレイバーだ。カイル、ロニ、ジューダス、シンの前衛四人が纏めて弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
リアラとハロルドは回復晶術を使い、グランヴァニッシュで受けたダメージをお互いに回復しあっていた。
しかし、このままではカイルたちが危険だ。
「ハロルドは攻撃して! 私はカイルたちを回復するわ!」
「ラジャ!」
「あたしが抑えてみる!」
ナナリーは急ぎ弓を引き絞り、バルバトスに向けて矢を放つ。
しかし、そんなことでこの狂戦士を抑えることはできなかった。
「術に頼るか雑魚どもが!」
詠唱を開始したリアラにエアプレッシャーが襲い掛かる。強烈な重力場に耐え切れず、彼女は倒れてしまう。
「回復だあ!」
急ぎロニが回復晶術の詠唱を開始するが、その間にハロルドにエアプレッシャーが襲い掛かる。
さらに、バルバトスはカイルやジューダスを弾き飛ばしながらロニをも斧から放たれる衝撃波で打ちのめす。
「わっ……!」
「のわっ!」
ジェノサイドブレイバーのダメージが色濃いシンの瞳に映ったのは、倒れたハロルドにバルバトスが近づいている状況だった。
このままではハロルドが断裁されてしまう。
「まずはお前から血祭りだ、ハロルド・ベルセリオス!」
「させるかああああああああああ!」
飛行能力を最大威力で開放し、倒れたハロルドを抱えて飛び去ろうとする。
しかし、タイミングがずれた。バルバトスの斧がシンの左肩に命中する。
「ぐあ!」
右手に持った大剣がハロルドに当たらないようにするのが精一杯だった。右肩から滑るように転倒し、床に叩きつけられる。
「あんた、毎度ながら無茶するわね……!」
さすがのハロルドもこの状況では余裕はないらしく、口調がやや深刻なものになっているようだ。
左肩から血が流れる。シンは右腕で庇ったハロルドから離れつつ、左腕をだらりと垂らしながら立ち上がった。
「俺は……約束した。カーレルさんがハロルドを守れない間は俺が守ると。もう二度と約束を守れない人間にはならない。なって……たまるもんかあああああああああ!」
刀身の長さが2メートルを越える長大な剣を片手で振るい、バルバトスに挑む。闘志を滾らせたが、今度は「声」に勝るほどの気迫で押し返した。
「でやあああああああああ!」
シンは大剣で3度斬りつけ、さらに腰で大剣を構えて飛翔能力に任せて突撃する。
「閃翔牙!」
シンの思いが伝わったのか、血光の翼が拡大し、さらにシンの姿が多重にぼやけて見える。デスティニー形態最大の特徴である分身能力だ。
本体がどこにあるのかがわかりにくく、さらに拡大した翼が後ろの光景を覆い隠して戦況判断を鈍らせる。
デスティニー形態の真の恐ろしさは技の破壊力ではない。この残像と翼による戦況撹乱がその真骨頂だ。
「ぬう、この程度の目晦まし!」
しかし、バルバトスはシンの突撃を受けて突き飛ばされる。
「この程度の目晦ましに引っかかって、攻撃しあぐねているのは誰かな!?」
シンの左肩の傷が消えた。ハロルドがキュアを使用したのだ。血光の翼を拡大させてバルバトスの視界を塞いでいる間に詠唱したからだ。
「貴様ら……!」
視界を塞がれてはバルバトスが得意とする行動封じの晶術も使えない。
「おっと、次は……!」
シンは翼を広げて後退する。リアラの詠唱が完了したのだ。
「氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ! インブレイスエンド!」
バルバトスの頭上に巨大な氷の塊が出現し、押しつぶしにかかる。
バルバトスの斧が氷を粉々に砕いたが、さらにシンが食い下がった。
「ふっ、はっ、せいっ!」
今度は左足のスライディングタックル、続いてコサックダンスでもするかのように右足を繰り出し、そのまま左足を軸足にバルバトスの足元を払う。
同時に剣を元のサイズに戻しながら鞘に収め、右手に生み出した闇をよろついたバルバトスに叩きつける。
「闇縛掌!」
完全にバルバトスはペースを狂わされていた。金縛りに襲われ、身動きが取れない。
「今だ!」
シンは血光の翼を広げて後退する。今度はハロルドの詠唱が完了した。
「聖なる意志よ、我が仇なす敵を討て! ディバインセイバー!」
バルバトスの周囲を取り囲む電撃が現れた。さらにそれが包囲網を狭め、バルバトスにダメージを与えていく。
「おのれ……!」
「おっと、させない! 大爆掌!」
火の力を宿した左の掌がバルバトスの右肩に当たった。表面にしか効果がなかったが、それでも炎症を引き起こすことに成功する。
「今だ、閃光衝! そこだ!」
カイルの剣が光を纏う突き上げを放ち、バルバトスの姿勢がさらに崩れた。そこに再びリアラの晶術で回復したジューダスが突撃する。
「双連撃!」
シャルティエと短剣の4連攻撃を受けた。ダメージ自体は少ないが、連続攻撃の嵐が止むことはない。
「牙連閃!」
先程までなら耐えられたこの攻撃すら、最早持ちこたえられない。恐るべき力を持っているはずのバルバトスが、完全に防戦一方だ。
「とどめは任せろ! 空破特攻弾!」
ロニが回転しながら頭から突っ込んでくる。バルバトスは斧で防ごうとしたが、ダメージが色濃いせいか斧を弾かれた。そして。
「我が道突き進む、スパイラルドライバー!」
一度後退したロニがさらに回転の勢いを強めて突撃した。激しい衝撃を受け、ついにバルバトスは片膝をついた。
「どうだ!」
「駄目だ、ここでは……もっと相応しい舞台でなくては……。」
バルバトスはダメージを受けながらも自らの周囲に闇を生み出し、そこから離脱しようとする。
「待て、バルバトス!」
「神の眼の前で待つ……必ず来い……。」
シンが穿風牙を放とうと構えたが遅かった。バルバトスはその場から姿を消していた。
「逃がしたか……あ……ぐああああああああ!」
それまで押さえ込んでいた「声」が再び脳髄の奥で火が着いたように暴れだす。
シンは形態を解除し、アロンダイトを鞘に収めたが、まだおさまらない。
「うぐっ……!」
「シン、大丈夫?」
ハロルドが心配そうに自分の顔を覗き込んでいる。シンは無理矢理笑顔を作り、ハロルドに言う。
「らしくない……ハロルド。それより、ベルクラントを封印しなくては……。」
「あんたのその言い方、恋人かなんかと勘違いしてない?」
「保護者代理と言ってくれ……。カーレルさんの依頼だし……。」
散々願望の声を聞かされているのによくも口を開けるものだ。
ハロルドにはシンのコンディションはわからないが、苦痛に苛まれているのはわかる。
その状況で減らず口を叩こうというのだから並大抵のことではない。
「まあ、いいわ。あんたの言う通りね。ちゃっちゃとロックしないとね。」
ハロルドはコンピュータのコンソールに向かい、キーを入力し、プログラムを作り上げていく。
「ハロルド、今から行けば間に合うかもしれない! カーレルさんのところに!」
カイルがついにたまりかねて叫ぶ。ハロルドは座してカーレルを死なせるつもりだ。
確かに歴史の改竄を防ぐ姿勢は立派だ。だが、実の双子の兄を見殺しにするようなことが、カイルには耐えられなかったのだ。
彼にも血の繋がらない兄弟姉妹が大勢いる。この場にいるロニもその一人だ。カイルにとってはロニを見殺しにするようなものである。
「あんたアホね。歴史修正に来たのに歴史を変えちゃ駄目じゃない。あたしは未来を知りたいとは思わないし、知ろうとも思わない。」
ハロルドはあっけらかんとそう言い、さらに続けた。
「あたしはただ前に進むだけよ。自分を信じてね。」
カイルは沈黙せざるを得なかった。

 
 

7人は玉座の間に向かうことにした。ソーディアンチームの様子が気にかかる。
途中で降伏した天上軍兵士が呟いていた。
「俺たち、この後どうなるんだ……。」
ナナリーは彼らに聞こえないように言った。
「死にはしないさ……ただ、辛い流刑生活が1000年ほど待っているだけでね……。」
ナナリーの先祖は天上人である。
カルバレイスの人間のほとんどは天地戦争時代に敗北した天上人が、そのまま住み着いたものなのだ。
それを知っているナナリーは表情を暗くせざるを得なかった。シンはそれを見て口を開く。
「ナナリー、あれが正しい歴史なんだ。それにあれがあったからナナリーはここにいる。だから元気出してくれよ。」
「ありがと、シン。あんたの言うとおりだよ。」
ナナリーの顔が少し晴れたようだった。
ラディスロウから制御室に向かった道を逆行し、さらにソーディアンチームが辿った玉座の間へと足を踏み入れる。
それでは最終決戦が行われていた。
「はあっ!」
カーレルのソーディアン・ベルセリオスが長い金髪の、どこかナルシスティックな顔立ちのミクトランの腹部に刺さった。
「うぐおおおおおおっ……だが、私とて天上の王と呼ばれた男だ……無駄死にはしない……!」
ミクトランは最期の力を込め、手にした剣でカーレルの胸を刺し貫いた。
激しい出血と激痛に耐えながら、それでもカーレルはソーディアンから手を離さない。
「ぐっ……離しはしない……!」
渾身の力を振り絞り、さらにベルセリオスを深々とミクトランの腹部にめり込ませた。
「がはあっ……!」
ミクトランの体から力が失われ、ずるりと床に倒れこむ。天上王と謳われた暴君ミクトランの最期だった。そして。

 
 

「兄さん!」
ハロルドが同じように転倒したカーレルに駆け寄る。
しかし、最早晶術を持ってしても助かることはないことが、回復晶術を扱えるハロルドにはわかった。
「はは……変だな……これは夢か……ハロルドが…………いつもなら兄貴って……。」
「喋っちゃ駄目! 傷が広がる!」
「どうした……ハロルド……泣いたりして……また……誰かに苛められたりしたか…………?」
ハロルドの濃いアイシャドーが涙で溶けている。目の周りが薄い隈取でもしたかのように黒ずんでいた。
「喋っちゃ駄目だってば!」
「あん……し……ん……しろ……にいちゃ……んが……まも……って…………やる……から……な……。にいちゃ…………んはずっと……おま……いっ……しょ……だ…………。」
最期の瞬間まで妹のハロルドを心配していたカーレルは、息を引き取った。
「にいさ……にいさあああああああああん!」
生まれる前からずっと一緒にいたカーレル。いつも自分を守ってくれたカーレル。自分の半身とも言えるカーレル。
その双子の兄が、もういない。
シンは自分がマユを失った時のことを思い出しながら、沈痛な面持ちで子供に還ったように泣きじゃくるハロルドを見守ることしか出来なかった。

 
 
 
 

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