G-Seed_?氏_第二話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:42:37

「また、修行か? 熱心なことだな」
 身体から湯気を立ち上らせながら、廊下を闊歩するドモンを目に留め、ミナは呆れたように嘆息した。
「当然だ。一日休めば、修行のための身体に戻すのに半日かかる」
「やれやれ・・・。『千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする』と大昔の剣豪が言ったそうだが、お前はそれを地で行く男だな」
 言いながら周囲に素早く視線を走らせ、誰もいないことを確認すると、ミナはゆっくりとドモンに歩み寄り、ドモンの高密度に筋肉が凝縮された腕を取った。
「お、おい?」
 柔らかな指で直接肌に触れられ、ドモンは赤面する。
 人類史上有数の格闘の達人であるドモンも、こと異性との関係においては、白帯同然であった。 根本的に女性との触れ合いというものに対する鍛錬が絶望的に不足しているのである。
 超絶的な力を持ちながらも、どこか不器用な所があるドモンは、ミナにとって今の所、一番興味がある人間であった。
「何を赤くなっている? 前も言っただろう、技術者達がお前の話しを聞きたがっている。何と言っても、あの機体は途方も無いテクノロジーの集積体だからな。なのにお前と来たら、毎日毎日修行修行と・・・」
「だから、俺は機体に使われる技術については、何も知らんと言っているだろう。そういうことは、みんなレインがやってくれていたんだ」
「では、その女について私に話せ。貴様ときたら、あちらの世界についてもろくに話をせん。心配するな、茶ぐらい入れてやる」
 強引に引きずられながら、
「まだ修行が残って・・・」
 ドモンは抗議の声を上げた。
「ほう? 私が直々に入れてやる茶が飲めんというのか。そうかそうか。あちらの世界では、異性と交際関係にある男女は、他の異性と話は禁じられているわけか。これはなかなか興味深い」
「そんなわけはないだろう!」
「では、どんな風になっているのか話してもらおう」
「分かった! 分かったら、この手を話してくれ」
 唐突に手が離れ、ミナが居住まいを正し、ドモンはたたらを踏みそう似る。
 次の瞬間、角から一人のソキウスが現れた。沈着冷静なソキウスには珍しく、焦りの表情が明確に表れている。
「どうした? 何か火急の用か?」
 先ほどまで浮かべていたどことなく悪戯っぽい表情はどこかに姿を消し今は、凛とした威厳を感じさせる女帝の顔になったミナが訊いた。
「ユニウス7が・・・。ユニウス7が地球へと動き始めました!」
 ミナの顔色が変わった。
 ただならぬ緊迫感に。ドモンは、汗が急速に引いていくのを感じていた。
 
 *         *

「こ、これは・・・」
 カガリ・ユラ・アスハは、金色の瞳を大きく見開いた。
 ミネルバのメインスクリーンに投影された映像の中で、テロリストの中心とおぼしき人物が、声明を発している。
「無惨に散った命の嘆き忘れ、偽りの世界で笑うナチュラルを我等は許さぬ! 我等コーディネーターにとってパトリック・ザラのとった道こそが唯一正しき道! 我等はパトリックザラの遺志を継ぎ、ナチュラル共に裁きを下すために集った! 恐怖に震えて祈れ! ナチュラルども! 謝罪も哀願も最早意味はない! 貴様等にできるのはそれだけだ!」
 パトリック・ザラの名前に、隣にいたアスラン・ザラがビクリと身体を震わせた。血の気の引いた顔で立ち尽くすアスランに、カガリはかける言葉がない。
「考えうる最悪のケースだね、これは。・・・艦長!」
「分かっております、議長。ミネルバはこれより、現場へ急行致します」
「うむ。急いでくれたまえ。ジュール隊は精鋭だが、事態は一刻を争う」
 デュランダルとタリアのやり取りを聞いたカガリは、ハッと我に返る。
同時に、国主としての優先順位を忘れていた自分に歯噛みした。
「姫、なにぶん、コトがコトですので――」
「分かっている! 私に構わずユニウス7に向かってくれ」
 カガリを降ろしている暇はない、と言いかけるデュランダルの言葉をカガリは遮った。
「ただ、私にも職務がある。通信機の使用を許して欲しい。国許の行政府の人間と話ねば・・・」
「代表、ではこちらへ」
 ミネルバのクルーに導かれながら、カガリはチラリとアスランに視線を送った。アスランは、拳を震わせながらうな垂れていた。その鎮痛な横顔に胸が痛んだ。しかし、カガリは無理矢理アスランのことを頭から締め出すと、前を向き直った。
 今彼女は、一人の少女でいるより、元首でいなければならなかったのである。

 *         *

「あれが、ユニウス7か・・・」
 風雲再起の背でドモンは独白した。
 ミナの話では、あれが地球に落ちれば甚大な被害が出るという。異世界の事には干渉しないつもりであったが、何億もの人間が死ぬとなれば話は別だ。
「しかし、あれほどの巨大なもの、お前でもどうにかなるものか・・・」
 ミナの声が頭に響く。
「どうにかならなくとも、どうにかしてみせる!」
 この未曾有の危機を救えずして何がシャッフル同盟か! 何がキングオブ・ハートか!
 それに、ドモンにはある確信があった。確認はしなかった、いや、できなかったが、間違いないと思っていた。何と言っても自分の身体に関することだ。ファイターである自分が、自己の身体について間違うはずはない。
 自分の確信が正しいのなら、

 ――何であろうと砕けるはず! 

「ゆくぞ! 風雲再起!」
 ドモンの雄叫びに答え、風雲再起が無音の静寂の中で、声にならぬ嘶きを上げたその時、ドモンの目にMSの群れが映った。

*         *

「MS接近! 速い・・・。何だ、あの形は?」
「うろたえるな! コケ脅しよ」
 僚機を叱咤し、ぎらりと刀を抜き放つと、
「惰弱なクライン派の犬どもに、今の俺をどうにかできると思うな!」
 サトーは吼えた。
 
 ――いってらっしゃい、あなた
 
 ――はやくかえってきてね。とうさん!

 ぎりっとサトーの奥歯が音を立てた。
「我が妻と娘のこの墓標! 落として焼かねば世界は変わらぬ!」
 おそらく妻と娘が自分を見守っているに違いない。そうでなければこの土壇場に来て・・・。
 今の自分なら、何機の新型機がこようと負ける気がしない。
「全て叩き斬ってくれる!」
 刃を振り立て、サトーのジン・カスタムは目の前の光輪を背負ったMSに突進した。

 *        *

「馬鹿な・・・」
 驚愕と絶望を込め、サトーは叩き折られた己が剣を見つめた。周りには戦闘不能にされた仲間のMSが漂っている。
 
 ――わずか数分。わずか数分ですべてが終わってしまった。

「なぜだぁぁ!?」
 近場に漂う刀を引っつかみ、サトーは目の前のMSに袈裟懸けに叩きつけた。
 光輪を背負ったMSがいきなりメインカメラから消失。咄嗟にバーニアを噴射。
「がぁっ!」
 背後から衝撃。
 直撃は回避したものの、背骨から胸まで突き抜けるような衝撃がサトーを襲った。赤いランブが幾つも灯り、損傷を申告する。
「影すら追えぬとは・・・」
 あの機体の速度は、明らかに人の限界を超えている。
「ぬがぁぁ!!」
 戦力の圧倒的差を感じつつも、サトーはなお屈せず、機体を捻り様、横薙ぎぎを放った。
 遠心力とGによって意識が飛びかけるほどの高速機動からの斬撃。
 しかし、太刀筋が敵の胴に到達する前に、敵の足がいきなり巨大化。
 またも衝撃。
 機体が後ろに吹き飛んで行く。メインモニターがブラックアウト。メインカメラが頭部ごと吹き飛んだのだ。
 敵の右腕がサトーのジンを掴むと同時に、機体が急速停止。ぎしりとシートベルトが軋み、サトーの頭部は目前のコンソールに叩きつけられた。
「殺しはせん。東方不敗は活人の拳。・・・選ばせてやる。プラントに裁かれるのがいいか! 地球連合に裁かれるのがいいか!」
 接触回線から若い男の声が響く。サトーは敵の物言いに違和感を覚えた。
この男の口ぶりは、軍人の物ではない。
「貴様・・・。何者だ?」
「大勢の罪無き人間を殺そうとした者に、名乗る名は無い!」
 サトーの胸で、激情が沸騰した。
「罪がない!? 罪が無いとぬかすか、貴様ぁ! 我が妻、我が娘を奪ったナチュラルどもに罪がないとぬかすかぁ!」
「何っ・・・」
「もう忘れたか!? 二年だ、わずか二年の間に、ここで散った命の嘆きを忘れたというのか! 流石ナチュラル! 人面獣心の鬼畜どもよ!」
 
 あの日。
 幸せが待っているはずだった。

「妻は・・・。妻は、優しい女だった。仕事で遅くなった私を、文句一つ言わず労わってくれた。本当に楽しそうに笑う、いい、女だった。娘は、スクールへの入学がもうすぐで・・・。私は、新しい靴を買って帰ると約束していた」

 仕事が終わり、靴屋に飛び込んで靴を買って選んだ帰り道だった。
 少し高い買い物になってしまったが、後数時間後には、娘の笑顔が見られると思えば気にならなかった。

「それを、それを・・・」

 爆発するプラントの映像。
 見つからなかった妻と娘の身体。

「許さん・・・。絶対に許さんぞぉぉ!」
 憎悪の炎が駆り立てるまま、サトーは絶叫した。
「だから殺すのか。殺して、貴様と同じ思いをする人間を増やすのか!」
「私がやらねば、私の妻と娘の無念はどこへ行く!? 裁かれもせず安穏と日々を送るナチュラルどもに誰が鉄槌を下す!?」
「そうやって・・・。貴様が、復讐に胸を焼いて生きるのを見て、誰が喜ぶかぁ!!」
 憤怒がサトーの頭を埋め尽くした。
「妻と娘は悲しむこともできぬだ! 死んだ人間は何もすることはできぬ!妻が、娘が、もう一度悲しむことができるようになるのなら、私は・・・。私は・・・」
 サトーの両眼から血涙が溢れ出た。

 あの日からずっと、復讐だけを糧に生きてきた。
 自分に残っているのはそれだけだった。

「うぐおぁぁ!」
 生きているバーニア、スラスターを全開。
 ジンが身を捩る。
 狂おしいほどの思いを込めて、サトーは機体を操作した。

 終わるわけには行かない
 妻の、娘の無念を晴らさずには死ねない

 敵の手が緩み、拘束がほどけた。
 好機!
「死ねぇぇぇ!」
 半壊したサブカメラに映った不鮮明な画像を頼りに、握り締めていた刀を構え、サトーは渾身の刺突を放った。
 ずん、と鈍い衝撃から右腕から伝わり、ジンが震えた。
「当たった・・・・だと」
 サトーは呻いた。
 確かに、刀は敵のMSに突き刺さっている。
 だが、サトーは違和感を覚えずにはいられなかった。
 この敵が今の攻撃を避けられなかったはずはない。サトーの戦士としての経験がそう言っている。
 まさか。
 わざと受けたというのか?
「お前の悲しみは、俺にも分かる」
 男の声がまた聞こえてきた。
 深い湖の如き静けさをたたえたその声には、深い悲しみがこもっていた。
「確かに、死んだものは返ってくることはなく、過ぎ去った幸せは2度と戻らない」
 ドモンの胸に母親の面影が浮かぶ。
 デビルガンダムを巡る陰謀に巻き込まれ、死んでいった母。ろくな孝行もできぬまま、死なせてしまった。
 伝えられなかった言葉も、してあげられなかったこともキリがないほど思いつく。
「だが、お前の周りには本当に誰もいなかったのか? 兄弟は? 友は?」
 レインの顔が浮かぶ。
 憎しみに囚われ、周りをみる余裕をなくしていた自分を支えてくれたレイン。
 キョウジの顔が浮かぶ。
 残った少ない命を賭けて自分を導いてくれた兄、キョウジ。
「そして・・・。どんな理由があろうと、怒りのままに力を振るい、直接関係の無い誰かを傷つける。それは・・・。それは、ただの八つ当たりだぁぁ!!」
 轟音と共に衝撃が付きぬけ、サトーのジンはユニウス7に叩きつけられた。
全てのカメラが死に、機体が完全に機能を停止。生命維持装置のみがかろうじて動いている状態だ。
 動けない。
 だが、機体が動いてもサトーは動けなかったであろう。
 男の拳は、サトーの心を貫いていた。拳から伝わってくる悲しみが、眩しいほどに純粋で熱い思いが、凍てついていたサトーの心に熱を送リ込み、一陣の烈風となって憎悪の炎を吹き払った。
「私がやろうとしたのは・・・。ただの、八つ当たりか・・・」
 暗いコクピットの中で、サトーはとめどなく涙を流した。

 ゴッド・ガンダムのコクピットの中、ドモンもまた泣いていた。
 刃の一撃がすべてを教えてくれた。身が切り裂かれるような悲しみ。喪失感。
憎悪・・・
 自分とて、レインが殺されたら、友が殺されたらどうであろう? 怒りを押さえることができるだろうか? ドモンは考えずにはいられなかった。

「むっ・・・」
 ドモンは多数の気配を感じ取り、顔を上げた。MSの編隊が押し寄せてきている。おそらくは、このコロニーを砕こうとする軍の者達だろう。
 自分の立場、やろうとしていることを説明しても、信じてもらえるとも思えない、そしてその暇もない。
「貴様等、その男を連れてそこから下がれ!」
 ジンのパイロット達に警告を送り、ドモンは機体を移動させた。
 ドモンの視界に、ユニウス7の底面部分が映った。見れば見るほど超重量の物体である。
 しかし、
「悲しみと憎しみをこれ以上、絶対に生ませはせん!!」
ドモンの咆哮と共に、ゴッドガンダムから光が天頂に向かって立ち昇った。遠方から見れば、光柱がいきなり出現したように見えたであろう。

「石破・・・」
 ゴッドガンダムの両掌の間に眩い光が生まれた。
「ぬうっ・・・」
ドモンの顔が歪む。
 荒れ狂う津波のようなエネルギーが猛り狂い、制御の檻を噛み破らん暴れ狂う。

 ――やはりか

 この二月の修行で力が更に増したと思ったのは錯覚ではなかった。限界を極めたつもりでいたが、まだその先があろうとは。
 これならば・・・。

 ――やれる!

「天・驚・拳ぇぇん!!」
 膨大な光の奔流が怒涛となってユニウス7を吹き飛ばした。
「まだまだぁ!」
 

 ――欠片一つ残さぬ!

 「超・級・覇王・電影弾!」
 渦巻くエネルギーの塊となったゴッドガンダムは、一直線に突き進みユニウス7を欠片の一つまで粉々に粉砕した。

 *        *

「・・・おい、イザーク。俺達、夢でも見てんのか?」
 ディアッカ・エルスマンが呆けたように呟き
「集団幻覚の方がありえる話だ。というより幻覚でなければありえん」
 イザーク・ジュールが目を見開いたまま、混乱に満ちた言葉を発した。
 ユニウス7破砕の命を受けて、現場に急行してみれば、そのユニウス7をただの一機のMSが吹き飛ばしたのだ。
 夢としか思えない、ありえぬ光景。
 誰もが白昼夢をみたように身じろぎ一つできぬ間に、白いMSは馬の形をしたMSに騎乗すると、見るまに闇の中へと消えていったのであった。