G-Seed_?氏_第十九話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:47:07

「いってぇ・・・」
 一歩踏み出すごとに全身のあちこちから走る痛みに耐えかね、
シンは呻き声を上げた。
 ドモンに手伝ってもらいながら、周天法で治療したが、流石に
一晩で完治してくれるほど甘い怪我では無かったようである。
「大丈夫か? シン」
 気遣わしげに尋ねるレイに、
「大丈夫じゃないけど、大丈夫だ! 泣き言なんか言ってられるか
よ!」
 シンは笑顔で答えようとして、顔をしかめた。表情筋を動かしただけ
で痛い。
「ナンパなんて不埒なことしてるからよ!」
 今度は、刺々しいと形容するのが適当な声が飛んだ。
「ナ、ナンパぁ? 違っ・・・」
「何が違うってのよ!?」
「違うような気がしないでもないと前向きに考えていただけると嬉し
いかなあ、なんて・・・」
 ルナマリアの不当な表現に対し、シンとしては大いに反論したい所で
あったが、ルナマリアの顔に『不機嫌』という文字が大書してあるため、
どうしてもその反論は、迫力を欠いたものになってしまうのだった。
 昨日、ズタボロで帰った時はすごく心配してくれたのに、事情を聞くや
いなや、急に不機嫌になり、今朝になってもこの調子である。
(何だってんだよ!?)
 シンは首を捻り、レイは忍び笑いを漏らした。
 そんな弟子達の様子を苦笑交じりに見渡した後、ドモンは顔を引き締めた。
「よし。では行くぞ!」
 ドモンの掛け声に、
「「「「はい!」」」
 三人は顔を引き締めて唱和した。休日は終わり、またこれから辛い修行の日々が――
「シン!」
 その時、鈴の音を思わせる響きがシンの耳に届いた。
「ステラ!?」
 金髪を揺らしながら、ステラが走り寄ってくる。
 ドモンが首肯で許可を与えると、シンは駆け出した。
「ステラ!」
「シン・・・。よかった。会えたっ」
 息を切らせ、頬を桃色に上気させながら、ステラは嬉しそうに、
微笑んだ。
「どうしたの?」
「これを・・・」
 ステラが差し出したのは、
「もしかして・・・。お弁当?」
 シンは、ステラの手から大きな重箱を受け取った。
「うん。昨日は・・・ダメになっちゃったから・・・」
 ステラの顔に小さな陰影が生まれ、すみれ色の瞳が曇る。
「ごめんなさい・・・。顔、痛い?」
「何でステラが謝るんだよ!? 謝らなきゃならないのは俺の方だって!
ステラのことほったらかしてファイトなんか始めちゃって」
「怒ってない・・・の?」
 ステラが上目遣いにシンを見上げた。
「全然! ていうか誰に怒るんだよ? ファイトでは全力を尽くすの
は当たり前だろ。ステラの・・・仲間だってそうしただけだよ。だから
何もステラが気にする事なんかないって!」
 シンの言葉に、ステラの顔は、雨上がりの空に光が差し込むように明るさを
取り戻した。
「また・・・会おうね、シン。・・・今度は、もっといっぱい・・・」
「うん。次はもっといっぱい遊ぼう、ステラ」
 この時、シンとステラの頭には、互いに敵同士であるという事実など
存在しなかった。せめて今だけは、目をつぶっていたかった。 
シンはステラのすみれ色の瞳を覗き込んだ。こうしていると、ステラ
がファイターであることなど、とても信じられない。目の前のステラは
こんなにも儚げで、今にも消えてしまいそうな妖精のようなのに。
 そっと手を伸ばし、シンはステラの象牙のような白い滑らかな頬に触
れようと―― 
「ステラ―――つ!! そろそろ行くぞーっ!!」
 虚を突かれ、シンは大きく跳びすさった。
 遠くの方に水色髪の――確かアウルとか言う――とかいう少年が、
車の前のボンネットに腰かけてこちらを見ているのが見えた。そして、
運転席には、
(アイツ・・・)
 沸々と胸に湧き上がる衝動をどうにか押さえつけ、シンは傲然と胸を
そらすと、切れ長の目の少年に向かって人差し指を突きつけた。
「アンタは・・・。俺が倒す!!」
 シンの宣言に、数瞬の沈黙を前触れとし、
「アンタじゃねえ! スティング。スティング・オークレーだ!!」
 不敵さが結晶したような笑みを浮かべながらスティングが怒鳴った。
「オーケーッ!! 全力で刻んだからな。あんたの名前!!」
 シンも闘志に溢れた笑みで返答。
「何だよ、この暑苦しい雰囲気。たまんねえなぁ、もう・・・」
 アウルは脱力したように肩をすくめ、後部座席に飛び乗った。
「シン・・・」
 ステラに服を引っ張られ、シンは我に返る。一瞬完全にステラのことを
失念していた。
「ご、ごめんね。ステラ」
 どことなく不服そうな顔でステラが頷く。
(友達と遊びに行って、全然かまってやらなかった時、マユがこんな顔
してたな・・・)
 懐かしさと愛しさが入り混じった感情が込み上げてきて、シンはそっ
と小指を差し出した。その意味が分からず、ステラは小首をかしげる。
「ステラも・・・指、出して」
 おずおずと差し出されたステラの指と自分の指を、シンはからめた。
「これはね、俺の生まれた国での約束の儀式なんだ。約束したことを絶
対に守りますっていう」
 そこで一度言葉を切り、
「・・・約束する、ステラ。俺はいつかまた、君と昨日の続きをする」
 そう粛然と言い、シンが優しく微笑むと、ステラは頬を桜色に染めて頷いた。
 やがて、指が離れ、手を振り振り去っていくステラに、シンは大きく手を振って答えた。
「な~んか、熱血してたじゃんか、スティング」
 揶揄するようなアウルの言葉に、
「ああ。似合わねえことしたって思うぜ」
 スティングは苦笑した。だが、不思議と後悔はしていなかった。
あの黒髪の少年を向かい合っているとこう、熱くなるものが・・・
(・・・って、これじゃますますアウルの言う熱血じゃねえか!)
 小さく舌打ちし、スティングは隣の助手席に座るステラに笑い
かけた。
「よかったな。会えて」
 ところが、スティングの予想に反し、ステラはどこか鋭さが混じる
目付きをし、
「・・・ステイング、今日の訓練の時、相手して」
「なっ・・・」
 スティングは思わず目を白黒させる。その様子がツボだったらしく、
後部座席に座っていたアウルは、堪えきれずにぷっと吹き出した。
「笑ってんじゃねえ! アウル!」
 スティングが怒鳴りつけても、アウルの笑いは収まらない。
 そのまま言い合いを始める兄貴分達から視線をはずし、ステラは
ぬけるように青い空を見上げた。
ステラの視線の先には白い雲が一筋、青いキャンパスに白線を
描いていた。
「こんな、こんなに・・・」
 シンは目を丸くした。
 お重の中には、所狭しと『お握り』がひしめいている。シンの目が
懐かしさで細められた。オーブにいた頃はよく食べたものだ。
 後ろに座っていたレイが、物珍しそうに『お握り』を眺めながら
「ライスボールか? シン」
 尋ねてきた。
「その黒いものは何だ?」
「ああ、『海苔』だよ。・・・一つ食べる?」
「いいのか?」
「いいよ。たくさんあるから」
「では、頂こう」
 シンは、レイに一つ渡した。
 ルナマリアにもと思ったが、地雷原に踏み込んで行くのはあまり賢明
とはいえない気がしたのでやめておいた。
(月のモノってやつ?)
 ルナマリアが聞けば鉄拳と蹴りが飛んできそうなことを考えながら、
シンも一つを手に取った。形はふぞろいだが、作成者の苦心がしのばれ
る出来だ。シンは、小さく笑みを浮かべた。
「ツナか・・・。うん、美味い」
 レイの感想を聞いて、シンは相好を崩した。何だか自分が褒められた
ようで嬉しい。
「いただきます・・・」
 一口食べて、シンは舌の上に妙な味が広がるのを感じた。
(あ・・・甘い!?)
 思わず、シンは断面を覗き込んだ。そこには――
「・・・ライスとマーマレードジャムというのは、あまり良い組み合わせ
ではないと思うのだがな。美味いか、シン?」
「まあ、なんていうか・・・。複雑な味だよ」
 シンはお重にズラリと並んだお握りを見渡した。どうやら、地雷は思
わぬ所にも敷設されていたようである。
 苦笑しつつ、シンは目を閉じて、ライスと海苔とマーマレードジャムの混合
物を口の中に放り込んだ。