GUNDAM EXSEED_B_18

Last-modified: 2015-04-26 (日) 13:34:02

セーブル解放戦線のアジトに帰ると、セインは思わぬ歓待を受けた。セインがエース2人を相手にしていたため、解放戦線の被害が抑えられたからだ。
「きみは活躍したんだよ」
クリスに言われるとセインはむずがゆい気持ちになってきた。もはや、先ほどエース2人相手に死にそうになっていたことなど忘れていた。
「まだまだです」
「そんなに謙遜しなくてもいいのに」
クリスはおだてた。だが、セインはクリスの意図に気づかず、ただその言葉をそのまま受け取るのだった。
セインは、活躍の礼がしたいということで、すぐにアルマンドの部屋に呼ばれた。
なんというか目まぐるしい一日だと思った。ここまで全く休みなしだ。それでも呼ばれたからに行くしかない。セインは気づかぬ内にセーブル解放戦線の一員となっていた。
「良くやってくれたな、感謝するぜ」
部屋に入ると同時にアルマンドが感謝の言葉を述べるが、態度自体は横柄な感じにセインは感じた。
「この調子で、恭順派の奴らをぶっ潰す。で、早速だが作戦を思いついた」
やはり休みなしかとセインはウンザリした気分になって来た。が、それ以上に最悪な気分になる言葉がアルマンドの口から発せられることを、セインはまだ知らない。
「死体を奴らの基地にぶん投げて入れようと思う」
セインは、え?となった。アルマンドが何を言っているのか分からなかった。
「恭順派の奴らは、所詮はビビりの集まりだからな。死体が降ってきたら戦意喪失間違いなしだ。良い作戦だろ?」
何を言っているんだ、この男は?セインはアルマンドの常識を疑った。そして、それは表情に表れていた。
アルマンドはセインの疑いの表情の意味を取り違え、セインにとってさらに気分の悪くなることを言うのだった。
「心配すんなよ。死体は俺らに従わない市民どもだ。何十人かぶっ殺せば、様子見してる市民共も、俺らに付いた方が良いってことに気づく。一石二鳥って奴だ」
市民を殺す?戦いとは無関係の市民を?セインは、やはり、アルマンドという男が何を言っているのか分からなかった。
セインは説明を求めるように部屋の隅に立つ、クリスを見るが、クリスはアルマンドの作戦にウンウンと頷く様子を見せていた。
「ちなみにこの作戦の原案を考えたのはクリスだ。詳細を考えたのは俺だがな」
そう言ってアルマンドは自慢げに笑う。セインは愕然としており、アルマンドの笑い声さえ耳に入ってこない。セインは、クリスが考えたということが信じられず、クリスの方を見るがクリスは涼しい顔をしていた。
そして、クリスはセインに言い聞かせるように穏やかな声と柔らかな笑みを浮かべながら説明するのだった。
「セイン君、敵の戦意を砕くというのは戦いに勝つには重要なことなんだよ。人間の心はそんなに強くないから、ショッキングな光景でも見せれば簡単に心は弱る。そして心の弱った兵隊は弱く、打ち破るのは容易い」
クリスは説明するが、セインが聞きたいのはそういうことではない。
「民間人を殺すってどういうことなんだっ!?」
セインは怒鳴るが、クリスは首を横に振り、仕方ないという表情をしながら言う。
「現状、この戦いは様子見を続けている市民を味方につけた方が勝つような情勢になっているんだ。市民を味方に付けるためにためには多少の犠牲はしかたない。こちらに従わないとどうなるかという見せしめという名の犠牲だよ」
ふざけるな!とセインは思う。
「そんなことをして、クリス、キミは何とも思わないのか」
セインは激しく言葉をぶつけるが、クリスは涼しい顔をしていた。
「僕は戦術アドバイザーだ。クライアントの意向に沿ったやり方をするだけだよ」
「まぁそういうことだ。俺は派手好きだし、煩わしいことが大嫌いなもんでな。こういう方向性で行くように頼んでんだ」
アルマンドは平気な顔で言いのけ、クリスも同様に平気な顔をしている。こいつらは民間人を虐殺することを何とも思っていないとセインは確信し、そしてセインは理解した、こいつらはクズだと。

 
 

「ふざけるな!僕はそんなことに付き合えない。もうアンタたちとは関わりたくない!」
セインは叫び、アルマンドとクリスに背を向けるが、2人はそれを許さなかった。
「いや、きみには関わってもらう。大事な戦力だからね」
「嫌だ!僕はもう、キミ達のためには戦わないぞ!」
セインは言う。だが、こうなることなどクリスは予測済みだった。
「いや、きみは戦わざるおえない。ボスコフ!」
クリスが呼ぶと、ボスコフがのっそりと部屋の中に入ってくる。それだけならばセインは驚きはしなかった。だが、ボスコフはセインを驚愕させる人々を連れてきた。
「ミシィ……」
セインは思わず呟いた。ボスコフはミシィ、姫、コナーズを連れて部屋に入って来たのだ。3人とも腕を拘束され、猿ぐつわをはめられていた。
「コロニーのそばに宇宙船があれば、流石にこちらも気づくし、拿捕するよ。3人には悪いけど、人質になってもらった」
「汚いぞ!」
そう言われてもアルマンドもクリスも涼しい顔をしていた。
「うるせぇガキだ。ちゃんと働けば無事に返してやるんだから、良心的だろうに」
「仕方ない。こういう手を使うのが一番有効だったからね」
やはりクズだとセインは思った。なぜなら2人とも罪悪感などは全くない様子だからだ。
「すまないが、我慢して戦ってくれ、きみがいないと困るんだ」
クリスは穏やかな笑みを浮かべながら言う。その態度がセインは許せなかった。だが、人質を取られている以上、セインにはどうすることもできない。
このままでは虐殺に手を貸すことになるのかと、セインの心が暗く重くなった。だが、その時だった。
「俺はパスだって言っただろうが、馬鹿野郎が」
急にセインの背後で声がし、同時に銃声が鳴り響き、アルマンドの眉間に風穴が開いた。
え?と思い、セインが慌てて後ろを振り向くと、そこには連れていかれたはずのハルド・グレンがいた。なぜ、セインはそう思うことしかできなかった。
ここに至るまでの過程を説明するには数時間ほどさかのぼることとなる。

 

――ハルドは銃を持った男たちに連行され、急ごしらえの牢屋らしきところに閉じ込められた。
閉じ込められた直後にハルドが思ったことは、セインが思った以上に頭が悪いというこであった。行動を起こすにしても考えがなさすぎるとハルドはセインに対してウンザリしていた。
わざわざ関わらなくていい戦いに関わった。これは後々厄介なことになるとハルドは予測できた。現にハルドは厄介な状況に陥っている。だが何とでもなる状況だ。ハルドは取り敢えずことを起こすまで、のんびりとすることにした。
いつのまにかハルドは寝ており、部屋の外の騒ぎで目を覚ました。部屋の外の雰囲気から作戦に成功でもしたのだろうとハルドは思った。
「そろそろ動くか」
別にタイミングを狙っていたわけではなく、何となくそんな気になっただけだ。それと部屋の中に閉じ込められているのが嫌になっただけだ。
ハルドは着ているノーマルスーツの前を開け、上半身だけをはだけた状態にし、アンダーウェアを露わにする。アンダーウェアには拳銃とナイフがホルスターと鞘に入った状態で、アンダーウェアにベルトでくくりつけてあった。
ボディチェックが甘いのは助かると思い、ハルドは拳銃とナイフを抜き放ち、ノーマルスーツを着なおし、前を閉める。だが、それも息苦しいと思いやはり、ノーマルスーツの前は胸元まで開けたままにしておいた。
「さて」
準備は整ったので行動に移すだけだ。とりあえずハルドは部屋のドアを何度もわざとうるさく蹴った。何度も何度も蹴る。すると外から扉が開いた。

 
 

「おい、うるさ――」
やって来た男を部屋の中に引きずり込む、やられた男の方は訳が分からない力で体を投げ飛ばされ混乱している。
「1人でけっこう。ありがたいね」
そうハルドは言うとナイフを男の首に突き立てた。どうやら1人で見張りをしていたらしい、2人いたら片方が部屋に引きずり込まれた時点で、加勢に加わってくるからだ。
男は即死だった。ハルドは別に何も思わずナイフを引き抜き、男の服でナイフの血をぬぐう。
さてここでどうするかとハルドは考えた。この男の服を借りてもいいが、ノーマルスーツのままでも充分に活動は可能だ。着替えたら、わざわざまた着替えに戻らなければいけない手間を考えると、このままでいいかと結論付け、部屋から出る。
すると、タイミングよく別の兵士と遭遇した、ハルドは相手が声を出すより速く銃で始末した。銃には消音機が着けてあるので、音はしない。
ハルドは殺した男の銃は拾わなかった。消音機も何もついていないので、音が鳴る武器は嫌だったからだ。
そしてハルドは適当に施設内を歩き回る。そして目につく兵士は殺して回った。取り敢えず視界に入ったら即、殺しであった。
アルマンドという男の人望を考えれば、そんなに多くの兵士は集められないだろうというのがハルドの見解である。多くて百数十といったところだろう。
ハルドがそれを全員殺すのは不可能だが、こういう集団は頭を潰せばすぐに瓦解する。ただ、そうなるには面倒なのが1人いるとハルドは考えていた。
クリスティアンとかいう小僧である。実質的なこの組織の支配者はあのガキだ。どういうつもりで、こんなゴロツキを操っているのかしらないが、それなりに痛い思いをさせて反省をうながさせてやろうと思っていた。
と考えている内に、ハルドはナイフで2人を殺していた。楽な相手たちであった。ハルドの見立てでは街のチンピラが銃やMSに乗って粋がっているだけだ。おそらくクライン公国恭順派というのも同じような集まりだろう。
そういうふうに考えていると絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
「うーん、女か」
どうして、こういうチンピラはやることが決まっているのだろうかとハルドはウンザリする気分だった。
取り敢えず声の聴こえたほうへ向かい、適当に部屋を開けるとコトはまさに真っ最中だった。とりあえずハルドは汚いものを見せている男の脳天を銃で撃ちぬき、同じようにしていた2人も撃ち殺す。
そして女は無視で、さっさと部屋から出ていく。助けた後は面倒なので関わりたくないのだ。中にはつけあがって、ついてくる奴がいるから無視に限る。ハルドは経験から答えを出し、さっさと女のいた部屋からは離れたのだった。
ハルドが目指す先は決まっていた。アルマンドの部屋である。あの手の馬鹿はああいう部屋から動かないものなので、そこまで行けばいい。その途中、目についた兵士を、息をするように簡単に殺しながらハルドは進んでいく。
そんなふうに進んでいくため、ハルドの通ったあとは死体の道が出来、血の川が流れていた。そんな惨状を作り出してもハルドの心はピクリとも動かない、ハルドという男は殺すということに完全に躊躇いのない生き物なのである。
そして全く無感情に兵士を殺しながら進んでいき、ついにアルマンドの部屋に辿り着いた。だが部屋の中はもめているようだった。
セインの怒鳴り声が聞こえてくる。中から外の音は聞こえなさそうだが、外からは中の声が聞き取れるというのは欠陥構造ではないかとハルドは思った。
そしてそんなことを思っていると、巡回の兵士に見つかったが、問答無用に先制攻撃で眉間に一発、相手を見ずに当てた。相手を見なかったのはハルドは現在、聞き耳をたてる作業に忙しいからである。
中からは「人質」という声が聞こえる。多分、人質は姫、ミシィ、コナーズあたりだろう。
人質を取った理由は、この組織が非人道的な作戦でもやろうとしているから。そのせいでセインが作戦の参加を渋った。というところだろうとハルドは考えた。
これでセインが自分の浅はかさ、どういう組織か分からずに加わるとひどい目に合うということを、最低でもそれだけは学習して欲しいとハルドは思った。

 
 

本当は今回のことでもっと学習して欲しいことはあるが、セインは頭が悪いので無理だろうとハルドは諦めたのだった。
さて、そろそろいいだろうか?セインも色々と反省したことだろうし、助けてやるか、そう思いハルドはドアを蹴り開けた。
「俺は、パスだって言っただろうが、馬鹿野郎が」
これはセインに言ったつもりだが、セインは分からないだろうとハルドは思いながら、椅子に座っているアルマンドの眉間に銃弾を撃ち込んだ。
直後、クリスティアンという名のガキが叫ぶ。
「ボスコフ!」
色白の大男が銃をこちらに向けるが遅すぎるとハルドは思った。ハルドは相手の銃を撃ち、弾き飛ばす。すると大男は即座に肉弾戦に移るためにハルドに突進してきた。
「お、意外に素早い」
が、それでも遅い。ハルドは身を低くし突っ込んでくるボスコフという名の大男に全力の左フックを叩き込んだ。
ハルドの師匠直伝の打撃である。拳は見えない速度で撃ちだされ、拳は直撃したボスコフの顎を粉砕し、首が本来向かない方向まで回転しかけ、床に倒れ伏す。完全に昏倒していた。
「お!」
ハルドは意外だと思った。生半可な鍛え方だと首が180度以上回転し、即死なのだが、この男は耐えた。多分一生体に何らかの障害を抱える羽目にはなるだろうが死にはしないだろう。
「ボスコフ!」
クリスティアンが叫ぶ。頼りにしていた男が一瞬で戦闘不能に陥ったことは予想外だったようだ。端整な顔に焦りが浮かび、クリスティアンは胸元に手を入れる。ハルドはおそらく銃を出すのだろうと思った。そして銃を人質に向けるつもりなのだろう。
おそらくそれがベターなのはハルドも間違いないと思う。だが、一番のベストは土下座してさっさと謝ればいいのだ。
それで許されるとは普通は思わないが、ハルドは許す。ハルド自身は別にそれほど嫌な思いをしたわけでもないのだから謝れば許すだけだ。
だが、それは常識の範囲外である。普通の人間の感性では、謝って許されるとは思わない。
これが聖クライン騎士団のロウマ・アンドーだったら、「ごめんね」と言ってハルドと仲直りで終わるが、普通はそう思わない。
クリスティアンもそう思わず、銃を抜こうとしているのだ
とりあえず、ハルドはクリスティアンを一瞬で殺せたが、少し待ってみた。そしてやはり銃を抜き、人質に突きつけようとしたが、それより速く、ハルドが銃を撃ち、クリスティアンの持つ銃を弾き飛ばす。
「どうすんの?」
ハルドはとりあえず聞いてみた。
「降参です」
クリスティアンは素直に手を挙げた。
「そうか、じゃあ、少し俺とお話ししようぜ」
そう言うと、ハルドはクリスティアンの服の胸元を掴み部屋から引きずりだそうとする。
「これは、あの、もしかして?」
クリスティアンが端整な顔を青ざめさせながらハルドに尋ねる。
「うん。子どもには見せらんねぇから、別室でな♪」
ハルドはにこやかな顔で答え、次にセインの方を向く。
「お前は人質の解放。そのあとは俺が良いって言うまでなにもすんな。この部屋でおとなしくしてろ」
ハルドはそれだけ言うと、部屋から出ていった。クリスティアンは引きずられながら言う。
「ここには警備の兵も――」
言おうとした瞬間、廊下の光景をみて、クリスティアンはサーっと青ざめた。死体の道ができており、血の川が流れていることに。
「1人でやったんですか?」
「うん」
ハルドはたいしたことではないといった様子で答えた。クリスティアンの方は、自分は終わったと思った。
「じゃ、ここでお話ししようぜ」
ハルドは適当な部屋を見つけると、そこにクリスティアンを引きずり込んだ。
「俺はわりと拷問とか好きだぜ」
ハルドは急に物騒なことを言いだし始めた。クリスティアンの方は完全に震え上がっている。

 
 

「だが、お前に拷問しようとは思わないな。お前はまだ利用する価値がありそうだからな」
ハルドは若干、穏やかな声で言った。するとクリスティアンの表情が明るくなった。その瞬間を狙って、ハルドは右ストレートを顔面にぶち込んだ。
文字通り、クリスティアンは吹っ飛ばされた。地面にうずくまるクリスティアンの顔からは血が尋常ではない量、流れ落ちていた。鼻の骨が折れ、同時に前歯もへし折れたのだ。
「ひどい……」
かろうじてクリスティアンが声を出す。
「意外にガッツがあるな、これだけで心がへし折れると思ったんだがな」
ハルドは歩き、うずくまるクリスティアンの上にどっしりと腰掛ける。ガッとクリスティアンが悶え声を出すが、ハルドは無視する。
「指か歯かどっちが良い?俺としては歯が良いと思うな。ちょうど歯も折れたことだし、もっと折ろうぜ!」
冗談じゃないとクリスティアンは思い、この状況を脱するための方策を考える。自分は頭がキレる方だ。なにか考え付くはず。だが、その前に質問に答えないといけない。
「指でお願いします」
そう言われて、ハルドは怪訝な表情を浮かべる。
「はぁ?なんで俺がお前の言うこときかなきゃならんのだよ。歯、これで決定な」
理不尽すぎるとクリスティアンは思ったが、もう声も出せない。ハルドは立ち上がり、部屋の中から何かを物色しているからだ。
ヤバイヤバイとクリスティアンは人生で最大の危機に出会っていた。どんな時もスマートに生きていた自分がこんな目にあっていることが信じられなかった。
「よし、これ使うか」
ハルドがクリスティアンの方に向き直ると。手に持っていたのはシャーペンとボールペンである。それで、歯に何を?とクリスティアンは思ったが、ハルドの口から出てきた言葉は戦慄するものであった。
「これで、奥歯抜くから」
クリスティアンはハルドが何を言っているのかわからなかったが、危険だと思い逃げ出そうとする。が、再びハルドがクリスティアンの上に座る。今度はどっしりではなく、体重をかけて壊すような感じでズドンといったような勢いで座った。
「ぐえ」
こんな声が自分の口からでるのかと思ったクリスティアン。しかし、そんなことを悠長に考えている余裕は与えられなかった。
「うし、じゃあ、やっからな」
ハルドは倒れるクリスティアンの上に座り、クリスティアンの口を無理矢理あけると、その口の中にシャーペンとボールペンを突っ込み――その後はとても酷いことになったのだった。

 

「おー綺麗な奥歯だな。折れた前歯も拾っておいたから、記念にしろよ」
そう言うとハルドはクリスティアンのポケットに歯を入れてやった。そして、現在の状態では見苦しいので最低限の手当をした。
とりあえず折れた鼻にはバンドを貼って、口の中は消毒して止血した。
「歯医者が儲かるな」
そう言って、ハルドはニッコリ笑いながらクリスティアンの肩を叩いた。
当のクリスティアンは虫の息であったが、命に別状はない。ただ、想像を絶する痛みを味わっただけだ。
「さて、クリスティアンいや、俺もクリスと呼ばせてもらおうかな」
ハルドは反応を全く見せないクリスに話しかける。
「お前の頭は役に立ちそうだから、生かしてやってる。そのことの理解はオーケー?」
ハルドが尋ねるとクリスは何も言わず頷く。
「じゃあ、行こうか?」
ハルドがそう言うと、クリスは何も言わずにハルドについていった。

 
 

セイン達は待ちぼうけを食らっていたが、セインは少し安心に思っていた。ハルドが来てくれたのだ、これで何とでもなる。ミシィたちが一緒になってしまったのは問題があるが、きっとハルドが全て解決してくれるだろうと思っていた。
そして、待っていたら、不意に部屋の扉が開いた。そしてクリスとハルドが入って来たが、クリスの様相は一変していた。端整だった容姿が今は、鼻にパッチは当てられているし、前歯は無い。それ以前に生気が感じられない。
大丈夫か?とセインが言おうとした瞬間だった。姫は走り、クリスの元に向かっていった。そしてクリスの前に立つと、心からの心配が感じられる声で言うのだ。
「大丈夫ですか」
たったそれだけの言葉。だが、その言葉を聞いた瞬間、クリスは目に大粒の涙を浮かべ泣き崩れた。姫は泣き崩れているクリスを抱きしめ、頭を撫でる。
「よしよし、つらかったんですね。良く頑張りましたね――こうすると良いってお母さんに教わりました。どうですか?」
クリスは泣くだけで答えない。10歳の女の子に慰められるのもどうかとおもうが、クリスをこんな状態にするまで、ハルドは何をしたんだとセインは恐怖を感じていた。
「あまり人をイジメちゃ駄目ですよ」
姫は泣くクリスの頭を撫でながら、ハルドをキッと睨みつける。その視線に対してハルドは肩をすくめるだけだった。
「私たちを人質にした奴だけど、ああなると可哀想かも」
ミシィも泣き崩れるクリスには同情気味だった。年齢が近いことも同情を強くしていた。
コナーズは言うことはない、ハルドが拷問をして殺さないだけ、かなりマシなことだと思っていた。
セインも今は同情気味である。クズだと思ったがこうなると可哀想だった。
ハルド以外の皆は一様にクリスを哀れに思いながら、その涙が止まるのを待った。話しはそれからでも良いだろうと誰もが思ったのだ。

 

そしてしばらくすると、クリスは泣き止んだ。
「失礼しました。お嬢さん」
クリスは精一杯格好をつけて言うが、いままでの泣き姿を見た後では、意味がない。
「元気になったなら、良かったです」
姫はニッコリと笑う。そうするとクリスも笑うが前歯が無いので端整だった顔も今はマヌケ顔だ。
「クリスティアン・フラガです。クリスと呼んでくださいお嬢さん」
「アリッサ・クランマイヤーです。よろしくお願いします。クリスさん」
お互い相手に恭しく一礼を交わす。
「自己紹介が終わったなら帰るとしようかね」
自己紹介を見届けると同時にハルドは言いだす。ハルドとしてはもうこのコロニーにいる理由もないのだ。
「いや、待ってくださいよ!」
ハルドの決定にセインが口を挟む。
「ここで帰ったら、このコロニーはクライン公国の物になってしまうんじゃ!?」
セインは思ったことをそのまま言ったが、それに対してハルドは余計なことをという顔をするのだった。
「クライン公国の物にとはどういうことですか?」
案の定、姫が食いついてきた。これですぐに帰るわけには行かなくなるぞとハルドはウンザリした気分になって来た。

 
 

とりあえずハルドはセーブルというコロニーが現在抱えている問題を説明した。姫にわかったかどうかは分からないが、姫は納得した様子で言うのだった。
「悪い人たちのグループが2つあって、このコロニーを手に入れようと争っている。普通の人達は、悪い人たちのせいで怯えて暮らしているということですね!」
まぁ、合っている?のかとハルドは思ったが、だいたいそんなところだろう。さて、姫はこの状況でどうでるのか。
「ゆるせません!」
姫は憤慨していた。
「偉い人は民の生活を第一に考えるもの!お父さんとお母さんが言っていました!王族は民を守り、民が幸せに暮らせる手助けをするものだって!」
姫の憤慨は頂点のようだ。これは面倒なことになるぞとハルドは思った。そして、その面倒を片づけるのは決まっている。
「ハルドさん!何とかしてください」
ほら、自分だ。とハルドは心からウンザリした気分になった。だが言われた以上はやるしかない。クランマイヤー王家からは姫のお願いを聞くことで金を貰っている身だ。
「それならば、不肖の身ながら、このクリスティアンもお手伝いしましょう」
これにはセインが反応した。
「なんでお前が入ってくるんだよ」
「そんなの決まっているじゃないか、僕はアドバイザーだよ。クライアントが死んだ今、新しいクライアントとして、このお嬢さんを選んだんだ」
何を言う、このクズが!とセインは食って掛かろうとしたが、ハルドがセインの首根っこを掴んだ。
「コイツは若いけどプロ意識はある。クライアントの意向に沿うから、姫様好みの作戦しか立てんよ」
そういうものなのかとセインは思い、クリスを見る。するとクリスは前歯の無い間の抜けた笑みを見せながら言う。
「そうとも、人道主義のお嬢さんがクライアントなら、僕も人道主義の作戦しか立てない。……ところで、姫というのは?」
そういえば説明してなかったと思い、ハルドは小さな女の子がクランマイヤー王国という国の姫であることを説明した。
「へー」
特に驚いた様子も、興味関心もクリスは見せなかった。
「少しは驚いたりしないのか?」
セインが聞くがクリスは涼しい顔をしている。
「いちいちクライアントの素上に驚いていたらプロは務まらないよ」
そう言ってのけるクリスだった。
「まぁいいよ、とにかく策をだせ、クリス」
ハルドに呼びかけられると、若干ビクッとするクリス。どうやらハルドにされたことが相当なトラウマになっているようだったが、気を取り直して案を出す。
「策というほど大層なものじゃありませんが、まずは市民を味方につけましょう」
ハルドらはどうやってという顔をするが、クリスは考えがあった。
「一応、このコロニーの内戦が泥沼になった時のために保護している人物がいます。このコロニーの代表の息子です。世襲も平時は批判が大きいですが、
現状のゴロツキばかりのセーブル解放戦線や公国恭順派よりはコロニーの市民の支持を集められるはずです。そしてこちらが掲げるスローガンは“コロニーの独立と自治を守る”です」
ハルドは首を傾げる。
「セーブル解放戦線との違いを出せないな。恭順派との対立姿勢を明確にする方向性か?」
クリスは頷く。
「実際それでいいでしょう、アルマンドが死んだ以上、セーブル解放戦線は放っておいても瓦解します。所詮はゴロツキの集まりですから。それよりも恭順派に絞ったほうがいいと考えます」

 
 

セインは疑問に思ったことがあるのでクリスに聞いてみた。
「なんで代表の息子を保護しておいたんだ?」
「最初からアルマンドに見切りをつけるつもりだったんで。適当なときに代表の息子を担ぎ上げようと思って僕が極秘に保護していたんです」
最初から裏切るつもりだったのかとセインは理解した。やはりクリスは信用ならないと思った。
「だって、アルマンドにマトモな政治ができるわけないですからね。ちゃんとした人材は残しておきますよ、僕は」
それはもういいから、早くしてくれとハルドは手で合図をする。すると、やはりクリスはビクッとするのだった。
「じゃ、じゃあ手筈に移りますが、やることはシンプルです。代表の息子を連れてコロニーのテレビ局まで行って、電波ジャックを行い、放送をします。
内容はとにかくコロニーの独立と自治の必要性、そしてクライン公国に恭順したら、このコロニーがどんなひどい目にあうかを強調してもらいます。そして市民に立ち上がることを訴えさせます」
本当にシンプルだとハルドは思った。
「それで上手くいくか?」
言われてクリスは頷く。
「多分と言ったところですね、民衆を扇動するために、立ち上がった市民役として、サクラのデモ隊も用意しますから、デモ行進をしている映像も流しましょう。その映像もあれば動く市民も出るでしょう。
デモ行進が上手く行ったら、それを使って恭順派の基地の周囲を囲みます。恭順派は解放戦線ほど暴力的ではないので、民間人への攻撃はできませんので、戦闘を行わず制圧ができます」
まぁ悪くはないかとハルドは思ったが懸念もある。
「恭順派の攻撃目標は?」
「間違いなくテレビ局ですね。代表の息子を暗殺する方向性に移るはずなので、護衛を、えー」
「ハルド・グレンだ」
「代表の息子の護衛をハルドさんにお願いします。ハルドさんの戦闘能力は理解しているので大丈夫なはずです」
クリスはハルドと名前を呼ぶたびに、かすかに震える。よほどトラウマになることをされたんだろうなとセインは思った。
「ただ、攻撃は人だけではなく、テレビ局自体もMSで攻撃してくるので、セイン君はテレビ局の防衛に努めてください」
防衛と聞かされ、セインはえっとなってハルドを見る。
「セインは別に普通に戦ってりゃいいよ。クリス、他に戦力は」
「僕が保護している対象にはコロニーの警備隊もいますので、彼らにも協力を仰ぎましょう。戦力は物足りないですが、それが限界です」
ハルドが少し考え込む仕草を見せ、それから言う。
「デモ行進が上手く行くかで状況が変わるな」
デモ行進が上手く行けば、恭順派の基地を制圧することも可能だが、上手く行かないとジリ貧で負ける戦いだ。
「その辺りはこのコロニーの人々の良心に期待するしかないですね」
そうクリスが言うと、黙って聞いていた姫が言う。
「必死の思いで言った言葉は必ず人に届きます。そして届いた言葉は必ず人の心を動かすんです。お父さんが言ってました」
姫は穏やかな笑みを浮かべている。その笑みを見ると何故か先行きの不安感はなくなり、なんとかなりそうな気になってくるのだった。
「これが人の上に立つべき人間の器というものしょうかね」
クリスは姫の浮かべる笑みと、姫の態度の全てを鑑みて呟いたのだった。

 
 

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