GUNDAM EXSEED_B_34

Last-modified: 2015-06-26 (金) 13:56:27

オーブの支配は露骨なものとなっていた。もともとクラインの人間と親交の深かったオーブの首長家はアスハを主導として動いていたが、ある日アスハの当主が男児を出産、父親は最後まで知れなかったという。
そのようなスキャンダルもあり、アスハ家は没落。かといって他の家が台頭することもなく、のんびりと時間が過ぎたのがオーブである。
現状は永世中立を謳いながらも金のある国にこびる蝙蝠国家となり下がってしまった。
「そういうわけです」
クリスが地球連合から借りたオーブへ向かう船の中でノンビリとオーブについて説明をしていたのだった。
「ま、タフな指導者がいない国はこうなるって見本ですね、公国からも地球連合からも技術を色々と吸い上げられてますし」
クリスはノンビリと語る。
「一応フラガ家もオーブにはお世話になったらしいんですけど、まぁ僕の祖父とかの代のことなので関係はないですね」
薄情だなぁ、とジェイコブ三兄弟が思う中、セインだけはボンヤリと海を眺めていた。アッシュは、ナイロビでの戦い以降のセインの様子に心配を抱いていた。
「少し、いいか?」
アッシュは席から立ち上がると、セインの隣の席へと移った。セインは、なにか曖昧な感じで頷くだけだった。
やはりおかしいとアッシュは思った。ナイロビの市街戦がセインにとって初めての戦場になるわけで、それにショックを受けたのかもしれないと、アッシュは思った。
「一応、僕はきみやジェイコブ達の保護者兼監督役だ。この間の戦闘で何かあったのなら、少し話しをしてくれないか。ストレスが溜まっているのなら、話して少しでも解消になると思うんだが?」
セインはそう言われても、穏やかに笑うだけで、首を横に振るだけだった。この態度もアッシュを心配させた。アッシュが知る限りセインと言う少年のメンタルはそれほど強くないはずだったが、ナイロビでの戦い以降、妙な精神的な強さを得ているような気がした。
アッシュは我ながらおかしな考えだと思ったが、セインの精神に何か良くないものが巣食っているような不安を感じるのだが、それを明示するものが何も無い以上、アッシュはセインに対してそれ以上追及することは出来なかった。
余計な追及はセインに対して余計な不安、ストレス、プレッシャーなどを与えてしまうかと思ったからだ。
「無いなら良いんだ。余計なことを聞いたかな?」
「いいえ」
セインは穏やかに笑っている。アッシュの胸には不安が募って行った。
「もし、何かあったら気にせずに行ってくれ、きみ達の面倒を見るのも僕の仕事だから遠慮せずにな」
はい、とセインは言ったが、やはりアッシュは少しセインがおかしいと思うのだった。しかし、追及することはせずにセインの隣の席を離れ、自分の席へと戻って行った。
アッシュが自分の席に座ると、隣では姫が窓に張り付いて海を見ている。
「楽しいですか?」
「はい!」
アッシュが尋ねると姫は元気よく答える。どうやらこちらは心配はいらないようだとアッシュは思った。
戦争に巻き込まれたというにタフな少女だとつくづく思う。だが、この少女のおかげで地球連合がクランマイヤー王国の後ろ盾になってくれることは確実になったのだから、アッシュとしては頭が下がる思いもあった。
できればセインもこのくらいのメンタルならば心配せずに済むのにとアッシュは思った。そんなことを考え、少し休もうと席に体を預けて時、不意に大柄の人影がアッシュの席の横に立った。
アラン・マイケルズ中佐だった。マイケルズ中佐は地球連合の代表の駐在武官となったようで、アッシュたちがこのままクランマイヤー王国に帰るまでついてくるということだった。
大柄で角刈り、無愛想な男というのがアッシュのマイケルズ中佐への印象だった。

 
 

「アッシュ摂政閣下、少々問題が」
マイケルズ中佐は申し訳なさそうに、小声で言う。アッシュとしてはそうか、問題か、いつものことだなと思うようになっていた。地球に降りてから、問題以外に出会ったことは無いぞとアッシュは思った。
「それで、なんですか中佐、問題というのは?」
「オーブが地球連合の艦隊の入港を拒否しているのです」
そうか、それは大問題だ。オーブのマスドライバーを使わないと無事に帰れないぞ。とアッシュは思った。
「理由はなんですか?」
「オーブはクライン公国と同盟関係にあり、地球連合とは敵対関係にあるとの表明がありました」
アッシュはそういうニュースは一度も聞いてないと記憶を掘り起こしてみる。
「クリス、マイケルズ中佐、オーブとクライン公国が同盟を結んだというのは本当か?」
アッシュが尋ねても二人とも首を横に振って知らないという態度を示す。
つまりは密約ということか、面倒な。オーブともあろうそれなりの規模の国がやることじゃないとアッシュは思ったのだった。
「地球連合の上の方はなんて言ってるんですか?」
「“卑怯な密約を行ったオーブに軍事的な制裁を”とのことです」
好戦的な人間が多すぎないか?とアッシュは思うが、それが地球連合の選択なら仕方ない。だが悪いが、クランマイヤー王国はこの件には関わりたくないし、関わることもないだろうとアッシュは思った。だが――
「我々の乗っている艦隊および艦船が先頭に立って、オーブ攻略に臨めとのことです」
アッシュはマイケルズ中佐の言葉に耳を疑いたくなった。こちらには一応、他国のVIPが乗っているんだぞ。
そんな船を戦闘に出すなど正気とも思えない。どうやらクランマイヤー王国は現状、地球連合にとっては鉄砲の弾と同じようなものなのかもしれないとアッシュはゲンナリする思いだった。
「悪いが、この船は戦闘には参加しないし、我々のMSも自衛のためくらいにしか動きませんよ?」
「それで充分だと思います。私の方から艦隊司令部に連絡を通しておきます」
そう言うとマイケルズ中佐は足早に去って行った。
「なに、また戦争するんですか?」
ジェイコブが席から身を乗り出してアッシュに尋ねる。アッシュはウンザリした様子で答えた。
「ああ、そうだよ。パイロット全員、ノーマルスーツに着替え、戦闘準備」
了解!という掛け声とともにジェイコブ三兄弟とセーレ、そしてセインが席から立ち上がり動き出し、船内の格納庫にある自機のもとへと向かった。
アッシュはこの時、見逃していた、セインの顔に狂気じみた笑みがあったことに。
セイン達は機体に乗り込む。大まかな整備は、クランマイヤー王国からついてきてくれた整備士がしてくれたので、機体の挙動に関して心配は無かった。しかし、ブレイズガンダムのコックピットの中のセインには別の心配事があった。

 
 

「戦場、戦場、洗浄、洗い流す?血で血を洗い流そうか?」
(よい心がけです、神の愛の道は常に赤くある必要があるのですから)
「はい」
セインは足りるのか分からなかった。それが心配だった。自分が歩く道を赤く洗うにはどれくらいの血の量が必要なのか、道の幅も長さも分からないぞ。と混乱がセインの頭を襲った。
「痛い痛い痛い痛い痛ーい!?」
猛烈な頭痛がすると同時に脳味噌の形状が変わっていくような感覚がセインを襲った。
誰が悪いのか、自分が悪くないのは確実だし、悪いのは敵だから敵を殺して、自分の強さを見せつけて最強になれば頭が痛くなくなって、幸せが来て。僕は誰にも怯えず、脅かされず、全てを手にできるんだ。セインの頭の整理がつくと同時に頭痛は収まった。
アッシュの声がセインの耳に届いた。
「全機出撃、船を守ることを第一に!前へ出ようとはするな!」
それじゃ、なにかどうしようもないじゃいかとセインは思った。格納庫の扉は開いている。アッシュさんの言うことを聞こうか?聞かなくてもいいか、とセインは思い、ブレイズガンダムを格納庫から、船外へと飛び立たせたのだった。
セインが求めていたのは、とにかく敵の血だったのだ。

 

「しかし、コード:ブレイズかぁ、アレってガチ失敗作だよね」
ロウマはバルドレンの研究室でバルドレンと菓子を食いながらとジュースを飲んでいた。
「失敗作ではないぞ。成功する可能性が限りなく低いだけじゃ。まぁコード:ブレイズを発動させた段階で、七割は死ぬがな。脳味噌の構造を電磁波やら何やらで無理矢理変えるからの。普通は耐えられんわい」
バルドレンはがははと笑っている。ロウマはこのジジイの無駄遣いに多少ウンザリしている。
「ある程度、リミットが来たら強制的にコード:ブレイズでしょう?それが無かったら超性能のMSで済むし、羽クジラの“ギフト”の無駄遣いだよ博士。ブレイズガンダムに積んである“ギフト”は俺も欲しかったのに」
プロメテウス機関の会議でくじ引きをやった結果、羽クジラの“ギフト”の使用権がバルドレンに移り、バルドレンはそれを使ってブレイズガンダムを作ったわけだが、ロウマとしては、その使い方は無駄も良いところだと思う。
「まぁ、ええじゃないかい。今度ワシが使用権を持っておる“ギフト”を一つやろう」
そう言われても、ロウマは、えー、としか思えなかった。バルドレンが持っている残りの“ギフト”は大したものではないからだ。
「まぁ、いいけど、もらっておくよ」
何も無いよりはましだとロウマは仕方なく後で貰おうと思った。
ロウマはこのままバルドレンとつまらない話しをしていても良いとも思ったが、そう言えば気になることがあったので、リモコンを操作し、研究室の壁面のモニターをつけた。すると映っているのは、オーブである。
「なんじゃ、観光番組か?」
「ジジイと青年で仲良く、観光番組みるわけないでしょうが、そもそも、ここテレビ映らないじゃない」
そうじゃったかのう、とバルドレンが考え込む間、ロウマは適当にモニターを操作する。そろそろ戦争が始まる頃だと思ったからわざわざこうやってモニターで見ているのだ。
ロウマとしてはオーブがさっさと落ちて、1抜けしてくれるといいと思った。そろそろ半端な国の出番はお終いで良いと思っているからだ。
そうしてモニターを見ていると、不意に目が留まった物があった。

 
 

「おお、ブレイズガンダムじゃのう」
俺が言いたかったのに、このジジイはと、ロウマはイラッと来たのでリモコンを投げつけた。リモコンはバルドレンの頭に直撃するが、対して痛そうでもなく、気にしてもいなかった。
「コード:ブレイズで生きていたなら中々の素材じゃが、同じパイロットかの?」
ロウマは何も言わなかったが、多分同じパイロットだと思った。無意識の小さな挙動がこの前に見たブレイズガンダムと同じだからだ。
セイン・リベルター君、少しは面白くなってきたかな、とロウマは口元に笑みを浮かべた。

 

敵だ敵を探さなきゃ、セインはアッシュの言葉を無視して、機体を飛び立たせ、オーブの本島に迫る。
「敵だぁー!」
セインのブレイズガンダムは本島への上陸を阻もうと洋上で防衛体制を取る艦船を見つける、そこへ向けてビームライフルのチャージショットを放つ。強力なビームは一撃で艦船を貫き、沈める。
その瞬間、セインの頭がすっきりとする。そうか、やはり。これで良いとセインは確信して、辺りの艦船を沈めるために、ひたすらに強力なビームを撃つ。
しかし、それを見過ごしておくほどオーブ軍も甘くない。オーブ軍の量産型MSであるM4アストレイがブレイズガンダムに襲い掛かる。
セインのブレイズガンダムは敵の放ったビームを回避しながら、別の沈めていない敵艦の甲板上に飛び移る。
「飛び回るなよ、面倒だなぁ」
セインはブレイズガンダムの上空を飛び回りながら攻撃の機会を狙ってくる、M4アストレイに辟易としていた。
とりあえず、狙って一機を落とすことにした。ブレイズガンダムのビームライフルからビームが発射されるが、セインはまだ、敵の動きの軌道を読み切れていなかったのか、ビームはM4アストレイの脚に直撃した。
「違うな、こうじゃないか」
セインは呟きながら、脚を失った機体にもう一度狙いをつけて引き金を引く。ブレイズガンダムのライフルの銃口から放たれたビームは、コックピットに直撃した。
(よい行いですよ)
「はい」
セインが頭の中の声と会話していると、セインの感覚では、それを邪魔しようと三機のM4アストレイがブレイズガンダム迫ってくる。
セインはつくづく邪魔だと思い、ブレイズガンダムのゼピュロスブースターのミサイルを突撃してくる三機の間に撃ち込み、煙幕のように爆発させた。
三機は直撃することなく爆発したミサイルに戸惑っていると、ミサイルの爆煙からブレイズガンダムが飛び出し、すれ違いざまに一機のM4アストレイの胴体を真っ二つに切り裂き爆散させる。
「あと二機」
セインのブレイズガンダムはビームサーベルを抜いたまま、敵に接近し、そのコックピットを貫いた。
セインはふと面白いと感じた。クライン公国のMSのコックピットをビームサーベルで貫いた時と感触が違うような気がしたからだ。
そう感じたので、セインは仲間の仇とばかりにビームサーベルを片手に突っ込んで来たM4アストレイの攻撃を軽く躱すと、そのコックピットをビームサーベルで貫いた。
やはり感触が違うと思い、セインの口元に笑みが浮かんだ。
「僕は、こっちの方が好きだな」
セインはコックピットを貫かれ、墜落していく、M4アストレイの姿を見ながら呟いた。

 
 

アッシュたちは船上で待機しながら、セインの戦いを見ていた。
「セイン強いなぁ、いつの間に腕を上げたんだ?」
ジェイコブが無邪気に言うが、アッシュとしてはそんな気分ではいられなかった。アッシュはどちらがマズイのか考え始めていた、機体かパイロットか、アッシュは機体の方だという思いが強かった。
アッシュから見てセインという少年は、無茶はするが本質的には臆病で、メンタルが弱いはず。それが急に変わって、命令を無視して戦場に飛び出し、あれほど堂々と戦えるようになるとは思えなかった。
おそらくブレイズガンダムに何か原因があるとアッシュは思った。ただでさえ出自が怪しい機体だパイロットをおかしくさせる何かが積まれていてもおかしくないとアッシュは考えた。
とりあえず、この戦闘だけは様子見だ。これ以上、セインをあの機体に乗せることはアッシュには抵抗があった。

 

「はは、はは、はは、楽しいぃなぁぁ」
(喜びに打ち震える素直な心を持つことが重要ですよ)
「はい」
セインのブレイズガンダムは既にオーブの本島に上陸していた。セインの頭にチラッとオノゴロ島という名前が思い浮かんだが、
セインはどうでも良かったので、シールドを構えながら、ビームライフルをアサルトモードに変え、高速連射されるビームで敵の機体をズタズタに引き裂いていた。
「うん、これもいいな」
セインがズタズタになって崩れ落ちる敵をみたら、これも良いと思えてきたので、今度はこうやって殺そうという気分になってきた。その時だった。どこからか飛来してきたビームがブレイズガンダムのビームライフルを貫き、破壊した。
「あ」
セインはとても悲しい気持ちになった。これでは上手く殺せなくなると思うと急な悲しみが襲ってきたのだ。
(あなたに悲しみを与える者は無数にいます。あなたは全てを打ち払わなければなりません)
「そうだ、ぶっ殺してやる。僕のライフルを壊した奴」
セインの思考が悲しみから急に怒りへと変わり、自分を攻撃してきた機体を探そうとすると、急に機体に衝撃が走り、ブレイズガンダムが弾き飛ばされる。
「なにかいるな」
セインの頭は怒りから冷静な状態に切り替わった。そこで、ようやく敵らしき物の姿を視認した、透明だが僅かに背景に対して歪んで見える何か。形はMSのようであった。
セインは、とりあえず、そこに向かってゼピュロスブースターのミサイルを斉射した。するとやはり煙の中に透明な何かが浮き上がって、しかもそれがブレイズガンダムに突っ込んでくる、
セインはブレイズガンダムにビームサーベルを抜かせると、透明な何かに向かってビームサーベルを振るった。その直後、ビームサーベルは何かに受け止められた。
「多少はできるな」
通信で敵の声が聞こえた。それと同時に敵のMSが姿を見せる。
機体はM4アストレイに似ているが、メインの装甲は黒く塗られ、各所の露出しているフレーム部分は金色のMSだった。さらに装備もセインが見たことのないものが各所に取り付けられていた。
「M4アストレイゴールドフレームと言ったところだ。まだ天(アマツ)を付けるには至ってない取るに足らない機体だよ」
そう言いがらも黒と金のM4アストレイはビームサーベル受け止めた状態から、反撃に出た。背中のバックパックからサブアームが伸びると同時にそこからビームサーベルが出力され、ブレイズガンダムに襲い掛かる。
セインは良くないな。と思い、機体を大きく後ろに後退させる。

 
 

「下がったな。少しでも賊をオーブの国土から追い出せたので、良しとするか」
黒と金のM4アストレイは優雅に構えを取る、セインはその態度に気に入らないものを感じたのでブレイズガンダムを動かそうとした。その時である、ブレイズガンダムの頭部が何かに打撃された。
目の前の機体が何かをしたのは明らかであった、黒と金のM4アストレイが左腕を横に払った瞬間に打撃の衝撃が襲ってきたのだから。
「我が名は、アルバ・ジン・サハク!サハク家を継ぐ者にして、オーブの盾なり!」
うるさい奴だとセインは思い、機体を動かす。その瞬間、再び見えない打撃が襲ってきた。しかし、ブレイズガンダムの動きを止めるほどの威力と衝撃ではない。
「なるほど猛獣の調教は、鞭だけでは駄目か、ならば」
ブレイズガンダムはビームサーベルを片手に突進する。対して黒と金のM4アストレイは後ろに下がりながら、左腕を振るう。セインはその瞬間、機体に何かが引っかかったような気がしたが、無視をした。
しかし、それが失敗だった。直後に、ブレイズガンダムに電流が奔り、コックピットまで電流は流れ、パイロットを襲う。
きついとセインは思ったが、元々正常な思考が出来ている状態ではなかったので、考えることはさほど難しくなかった。
(苦痛も道のひとつですよ)
「はい」
セインが思い至ったのは鞭状の武器である。技術的な原理は不明だが、多分そうだと思ったので、ビームサーベルを抜き放つと機体の周囲をやたらめったに振り回した。すると何かが切れ、電流は止まった。だが、敵の攻撃が止まるわけではない。
「隙ありだな!」
黒と金のM4アストレイは右腕のシールドから刃をスライドさせて、突進していた。シールドからスライドして伸びている刃はビームサーベル並の長さがあった。
セインはマズいと思った。思考に対して機体の操縦は追いついてくれなかった。そして刃が走る。刃は装甲を切り裂き、ブレイズガンダムの右腕を切り飛ばした。
セインはボンヤリと宙を舞うブレイズガンダムの右腕を見ていた。あれ、僕の腕だよな。何か他人事のような気がした。
セインは自分の右腕があるかを確認してみた。触ってみると確かにある。では、あの宙を舞っているのは誰の腕だ?考え、セインは自分の腕だと思い至る。
「ああああああ、腕、腕で腕ぇぇ!?」
セインは訳が分からない。頭が混乱していた。自分と機体どっちが自分なのかの境界が分からなくなっていた。
黒と金のM4アストレイは右腕のシールドから伸びる刃を悠然と構えながら、腕を失い呆然としているブレイズガンダムに近寄ってくる。
「オーブも昔は最新技術の宝庫だったんだがな。今では、この刃のような何でも斬れる剣といったような訳の分からん物に頼るようなっていてな。少し恥ずかしいよ」
声が聞こえるが訳が分からない。バリアがあったのに何で切れるんだ?そもそも僕の腕はどっちだ、飛んでったほうか、それともこの身体に付いてるほうなのか、くそくそくそくそ、頭が痛いんだよ、腕が痛いんだよ、もう嫌だ。
殺してやる、僕をイジメる奴は、僕より強い奴はもういらない、この世界にいらないから、ぶち殺してやる。

 
 

「……コード:ブレイズ……!」
セインは静かに、だが力強く言葉を発した。
その瞬間、ブレイズガンダムの関節部から赤い不可思議な粒子が炎ように吹き上がる。
「なんだ!?」
アルバは目の前で敵の機体が異様な状態になっていくのを目の当たりにし、危険を感じていた。
ブレイズガンダムは左腕にマウントされていたシールドを捨てると、黒と金のM4アストレイに突進する。
だが、その速度は先ほどの比ではなかった。アルバはその目で見たが、スラスターから噴射されているものも、通常の推進剤の炎ではなく、炎のように吹き上がる赤い粒子だった。
「猛獣ではなく、怪物か」
ブレイズガンダムは左拳で殴りかかる。武器が無い以上はそうするしかない。アルバのアストレイは右腕のシールドで防御したが、その左拳の威力は尋常ではなかった。
受け止めたはずなの黒と金のM4アストレイは大きく吹き飛ばされ、その衝撃で機体にダメージが生じる。
「相手にしたくないな」
アルバは戦士でもあるが、それ以前にサハクの家を継ぐものである。ここで怪物と戦って命を落とすことは許されない。アルバは即座に撤退を判断した。黒と金のM4アストレイはブレイズガンダムに背を向けると急ぎ去って行く。
「逃げるな、逃げるなよぉ、僕の腕はどうすんだ!くっつけろ、くっつけろよぉ!」
セインのブレイズガンダムは左腕を黒と金のM4アストレイに向けて追いすがるような姿勢だった。
「逃げるなら死ね、死んでから逃げろ!僕より弱いんだろ、逃げるんだから、僕が強いんだから、僕の言うこと聞けよぉ!」
セインがそう叫んだ瞬間だった。ブレイズガンダムの左手、武器にエネルギーを供給するコネクターから赤い粒子が漏れ出し、球体を形成する。
「燃え尽きて、消え失せろ!」
ブレイズガンダムの掌に生まれた赤い球体が、黒と金のM4アストレイに向けて発射された。回避できたのはまさに偶然だった。赤い球体は、黒と金のM4アストレイの横を通り過ぎて遥か彼方に着弾すると大爆発を引き起こした。
アルバは後ろを振り返らず、懸命に逃げた。あんな攻撃が何発も飛んで来たらオーブは終わりだと思った。だがその心配はいらなかった。
「ちくしょう、痛いよ、痛いよぉ、何なんだよ、ちくしょう、ふざけんな!」
セインのブレイズガンダムの左腕は赤い球体を発射した瞬間に崩壊していたのだった。セインのブレイズガンダムは、両腕を失い、地面に倒れながら、ジタバタと子どものように暴れもがいていた。
「……セイン君、この機体は……」
もう無理だとアッシュは思った。セインには悪いが、秘密でセインのコックピットの音声をアッシュは拾っていたのだ。口外はしないし、そもそもできるものでもない。
ただ、アッシュはセインをブレイズガンダムに乗せておくわけには行かないと思い、キャリヴァーでブレイズガンダムのいる場所に降り立っていた。
ブレイズガンダムの戦闘も見ていたが、マトモな戦い方ではない。それに、最後に放った赤い球体。あの威力にオーブ軍は戦意喪失といった感じだった。
おそらく近いうちに、オーブからの降伏声明が発表されるとアッシュは思った。戦闘は終わったのだ。

 
 

セインをブレイズガンダムの中に入れておくわけには行かないとアッシュは思い、キャリヴァーを降りると、ブレイズガンダムのコックピットを味方の権限で強制的に開けた。
コックピットの中ではセインがすすり泣いていた。
「腕ぇ、腕がないよ、腕が無いよぉ」
アッシュは痛々しくて見ていられなかった。アッシュはコックピットのセインを引きずり出す。
「バケモノめ」
アッシュはブレイズガンダムを睨みつけると吐き捨てるように言い、セインを少し離れた場所、おぶって連れていく。
そして、こんなことをしても意味はないと思ったが、アッシュはセインを優しく抱きしめてやった。意味はないとアッシュは思ったが、効果はあった。セインの目の焦点が元に戻り、現実に帰って来たのだった。
「アッシュさん。僕は……」
「……何も言わなくていい。疲れたろ?少し休め」
そう言った途端に、セインは眠りについてしまった。これだけでも異常だ。
アッシュはブレイズガンダムの存在を考え、クライン公国は何をしようとしているのか、想像がつかなくなっていた。

 

アッシュの読み通り、オーブはほどなくして降伏を申し出た。マスドライバーも無事であり、クランマイヤー王国の面々が帰れなくなるということもなさそうだった。
ブレイズガンダムに関しては大破に近い状態であったが、クランマイヤー王国までしっかりと持って帰ることをアッシュは明言した。アッシュとしてはレビーとマクバレルにしっかりと機体の謎を解明してもらいたかったからだ。
セインについては過労という診断が下された。身体よりも脳の疲労が酷いと医者は言ったが、アッシュとしてはそれもイマイチ信じがたい話しであった。
だが、どのみちブレイズガンダムが関係しているなら、乗せなければ良いだけの話しだと思うことにした。
そしてアッシュたちは小型の宇宙船にMSを積み込んで、マスドライバーで打ち上げてもらうことになった。マスドライバーの運用自体はそれほど難しいという訳でもなく、アッシュらが頼んだら、すぐに打ち上げの運びとなったのだった。
「どうした?」
セインはボンヤリと窓の外を見ているセインに声をかけた。
「少し、変な感覚なんです。腕が自分の腕じゃないような……」
「……気にするな……」
アッシュとしてはそれしか言いようが無かった。
「頭の中に良く分からない声はするし、時々頭が痛いような気がするんです。でも痛くなくて、体と体が切り離されたような気分が」
セインは頭を抱えている。アッシュとしてはどうしようもない。状況によっては病院にいれることも考えるしかないと思った。
「まぁ、宇宙に帰れば少しは気も休まるさ」
アッシュとしてはそれしか言う言葉がなかったのだった。

 

「二回目のコード:ブレイズでも生きてるか。すごいねぇ、セイン君」
ロウマは相も変わらず、バルドレンの研究室に入り浸っていた。
「ふーむ、一回目を耐えられるのは三割だが二回目を耐えた者はおらんしなぁ、これはひょっとするかもしれんぞ」
バルドレンは興奮気味だった。
「三回目のコード:ブレイズが発動されて生きておったら、確保に向かってくれんかの」
バルドレンは両手を合わせてロウマに頼んでいた。
「別に良いですよ」
ロウマとしては断る理由もない。確保したらしたで大変なことになるだろうが、それはロウマの知ったことではなかった。

 
 

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