『PHASE 09:ギフトの「G」』
gift
① 贈り物、プレゼント
② 才能
アスラン・ザラがデュランダル議長と面会できたのは、すべてが終わった後であった。あるいは、始まった後というべきか。
地球連合はプラントとの戦争の扉を開き、初っ端から核を撃ち込むという暴挙に出た。
対するプラントは核兵器を暴走させる秘密兵器『ニュートロン・スタンピーダー』によって、核兵器を爆破させ、連合軍を壊滅させた。
両者共に、決して軽くない被害をもたらした第一戦はこうして終わった。
デュランダルが沈痛な面持ちで口を開いた。
「想定していなかったわけではないが、やはりショックなものだよ。こうまで強引に開戦され、いきなり核まで撃たれるというのはね……」
アスランはデュランダルの言葉を黙って聴く。戦争が避け得ないものとなるだろう、という覚悟はできていた。
だが実際戦争が起こったとなると、ショックは大きい。これでカガリたちの努力も無駄に終わった。
だがへこたれているわけにもいかない。戦争が止められぬ以上は、戦争を終わらせる努力をせねばならない。
「この状況で開戦するということ自体、常軌を逸しているというのに、そのうえこれでは……これはもう、まともな戦争ですらない」
まともな戦争というものがあるかどうかはともかく、実際ユニウスセブン落下の大被害を考えれば、呑気に戦争などしている場合ではあるまい。
それでも戦争をするということは、それで大きな利益を得る者がいるということだ。
(もっとも、連合軍を操るブルーコスモスのコーディネイター敵視は、もはや狂信だ。利益など度外視であってもおかしくはない……父が最後に、ナチュラル抹殺にすべてを投じたように)
アスランは父のことを思い返しながら、冷静であることができた。父の罪や、父を止められなかったことへの自責の念がなくなったわけではない。
だが、その念はカガリやユウナ、ウェザーたちの覚悟を思い起こせば、その苛烈さの前に吹き飛ばされてしまう。
今は過去への悔恨よりも、未来への闘志が意味を持つのである。
「それでプラントは……今後どうしていくおつもりなのでしょうか?」
デュランダルはアスランの冷静な態度に、内心首を傾げた。
(ミネルバでの彼を考えると、もっと動揺し、精神的に付け入る隙を見せると思ったのだが……これではこちらに取り込むのが難しくなりそうだな)
そんな内心をおくびにも出さず、デュランダルは答えた。
「そうだね……市民は報復を叫ぶだろうし、この流れは変えられまい。それでもできる限り戦争を早期に終わらせる努力はするつもりだが、終わらせるまで踏みこたえるのは難しいだろう」
「なればこそ、オーブとの協力をお願いしたいのです」
「ふむ……本当にオーブはプラントと組むのかね? 地球連合と組むほうがよほど勝ち目はあるだろうに」
「確かに……しかし地球連合に味方すれば、勝利したところで待っているのは大西洋連邦の支配です。それに、アスハ代表暗殺事件によってオーブ国民は皆、地球連合と組むことに反対しております。現状ではあなた方と組むことが、残された道なのです」
デュランダルは頷く。
「オーブの力を得られることは、我らとしてもこの上なくありがたい。しかし……一つ我侭を言わせてもらえないかな?」
「と……申しますと?」
「英雄と名高いアスラン・ザラを一人……ザフトの方で借り受けたい」
「なっ!?」
デュランダルは多少強引にでも、アスランをザフトに取り込むことにした。完全に取り込めなくてもかまわない。
『計画』達成のために使うことができれば、充分である。
「君は前大戦の英雄だ。その君がザフトにつけば、士気は大いに上がるだろう。戦争を早く終わらせるためにも、ザフトに入ってほしい。それに……私も志を同じくしている人間が、近くにいることは好ましい」
アスランは突然の勧誘に頭を混乱させたが、こう答えるしかなかった。
「それは……私の一存で決められることではありません」
「うむ。だがオーブでは君の力を発揮しきれまい」
確かにアスランは現在、軍人ではない。
カガリやユウナが手を回してくれれば軍部に入れるだろうが、元からオーブ軍にいた者たちと、プラントからの余所者である自分の足並みがそろうかは疑問だ。
それを考えれば、確かにザフトの方がアスランは腕を振るえるだろう。
「このことは、後でオーブ政府に伝えるつもりだ。無論受け入れられなくても、手を組まないなどと馬鹿なことは言わない。しかし、君に知っておいてほしかったのだよ。君が求められているということを」
そしてアスランはデュランダルにうながされ、軍施設の中を進むうちに、ひとつのゲートの前に出た。そしてそこにいたのは、
「ポルナレフさん!」
「よっ、兄ちゃん。元気してたか?」
ユニウスセブンで別れたポルナレフだった。
「え、ええまあ、そちらこそあれからどうしたんです? 左腕を切断されたと聞きましたが……」
「敬語でなくてもいいっつーのに、まあいいや。で、これか?」
そう言ってポルナレフはひらひらと『左手』を振る。
「ついてますね」
「まあいろいろあってな。それより」
ポルナレフはカードキーを差込み、ゲートを開けた。
「これは……」
ゲートの開いた先に現れたのは、一体のMSであった。二つの角と目を持った、インパルスなどとの同型機。
戦闘機型のMAへ変形する機能を備えた、大気圏内での空中戦を得意とするMS。
「ZGMF-X23S『セイバー』」
デュランダルの声が格納庫に響く。
「この機体を君に託したい」
「え……しかし私は」
「たとえ君がザフトに来てくれなくても、だよ。志を同じくする君に、力ある存在でいてほしいのだ」
力。確かに再び混乱の渦に飲み込まれようとしているこの世界で、力は必要だ。だが、真に必要なのはこのような力だろうか。
「我らが誤った道を行こうとしたら、この力でそれを正してほしい」
果たして、この力は道を正すことができる力なのか。
そもそも正しい道とはなんだろう?
愛とか正義を願う気持ちを持つあまり、間違った道に迷い込むこともある。
それが正しいのか誤った道なのか、どうやって「二つ」を見分ければいいのか? 誰が教えてくれるというのか?
愛する気持ちゆえに、愛する者を傷つけてしまったら、どうやってそこを抜け出せば良いのか? 誰もがそういう「状況」にある。
「タダでくれるってんだから貰っとけ貰っとけ」
アスランの葛藤など気にもせず、ポルナレフが相変わらずの軽い調子で笑って言う。タダより高いものはないのだ。
「ん? 待てよ、兄ちゃんがいらないとなると、持ち主不在になるな。で、代わりにこいつを使えるような有能でかっこいい男といえば……やっぱ断れ」
「ポルナレフ、君にはもうグフがあるだろう。それもやたら改造した」
デュランダルが呆れた様子で突っ込む。
「それはそれ、これはこれです」
悪びれずに言うポルナレフをもはや無視して、デュランダルはアスランに顔を向ける。
「急な話だ。すぐに心を決めてくれとは言わんよ。だが君にできること、君が望むこと、それは君自身が一番よく知っているはずだ」
穏やかに言うデュランダル。そんな彼を信頼できるか否か、見極められない自分がまだまだひよっこであることを、アスランは感じていた。
デュランダル、ポルナレフと別れ、ホテルについたアスラン・ザラは困惑の極地にあった。
その原因は、今、彼にしがみついている彼の知人にとてもよく似た少女の存在である。
「えーと、君……」
「ミーアよ。ミーア・キャンベル。でも、他の誰かがいる時はラクスって呼んでね」
そう、彼女はミーア・キャンベル。アスランばかりでなく、およそこの時代の誰もが知る人間、ラクス・クラインに瓜二つの顔の持ち主であった。
デュランダル議長の話では、彼女はラクスの身代わりであるという。『救国の歌姫』ラクス・クラインの声と姿とカリスマをもって、平和を訴えるために。
正直アスランとしては複雑な心境だった。友人の身代わりが勝手に立てられたこと、人々を騙していることを思うといい気分ではない。だが同時に、混乱と暴走を沈めるためには仕方ないとも思う。
ウェザーの言うとおり、目的が手段を正当化するとは思わないが、ユウナを認めてからのアスランは、多少は綺麗でないやり方も受け入れるようになっていた。根はいまだに清廉潔白な石頭であるが。
そうして話すうちにやや強引に彼女に誘われ、アスランは彼女と夕食を共にすることになった。
「いよっ、元気してたか?」
「……三日前に会ったばかりでしょうに」
ポルナレフの軽い言葉に、サングラスを掛けた女性がため息をつく。
彼女の名はサラ。ミーア・キャンベルの付き人の一人である。
「あなたは見るまでもなく元気そうね。もっとも、元気でないあなたというのが想像もつかないけど」
「そりゃひどいな。こう見えても俺は繊細で傷つきやすいんだぜ?」
冗談めかしてそう言うポルナレフだったが、サラは何も言わず、フウと息をついた。
彼女は知っていた。この快活な友人に、実際繊細な面があることを。
「んで、あのお嬢さんはどうした?」
「ミーア・キャンベルはアスラン・ザラと食事しているわ」
「ほ、あの兄ちゃん、そう手が早いとは思えなかったが」
「ミーアの方から誘ったそうよ」
ああそれなら、と納得したようにポルナレフは頷く。
「それなら、後はお若い二人に任せて、私たちも優雅にディナーと洒落込みませんか、レディ?」
「………そうね、久々だしね」
彼女は薄く微笑んで了承する。それは冷たい美貌と、完璧な作り笑顔を持つ彼女にとって、非常に珍しい本物の微笑みであった。
「私、元々ラクスさんのファンだったんです。彼女の歌も好きでよく歌ってて、そのころから声は似てるって言われてたんですけど……」
ミーアは純粋な喜びを顔に浮かべて話している。アスランは彼女に対してどう振舞えばいいのか、決めかねていた。彼女は何を思って、『他者の身代わり』を演じているのだろう?
「そしたらある日、急に議長から呼ばれて……」
「それで、こんなことを?」
「ハイ!」
「……それでいいのか? 自分ではない、他の人間になってしまって」
赤の他人で、声も顔も同じなど普通ありえない。声が元々のものだとすれば、その顔は作り変えられたものなのだろう。
「……いいんです。ミーアは別に誰にも必要じゃないけど、ラクス様はみんなに必要だから。だから、みんなのために私が役に立てるのなら、嬉しいんです」
アスランは何も言えなかった。否定することも、励ますことも、したくはなかった。
「でも、ありがとう。アスランは思ったとおり優しい人ね。先生みたい」
「……先生?」
「ええ、私をラクス様にしてくれた人。その人も、本当にそれでいいのかって、優しく訊ねてくれたの」
「フゥ~、あまりこういった仕事は……させないでほしいものですわ~~」
彼女はデュランダルに言い放った。優美な顔が迷惑そうに歪む。
顔を左右に振ると、後頭部でまとめられた長い髪もそれに合わせて揺らめいた。
「私は医者ではありません。フ~~、こういった仕事をさせるのは~~、私に対しても、医者に対しても~~、侮辱することになります」
「そう言わないでくれ……君の力がどうしても必要だったんだ。今、彼を失うわけにはいかなかったのだよ」
ジャン・ピエール・ポルナレフ。歴戦のスタンド使いであり、教官として、多くの新兵から支持を受ける人物である。
ナチュラルであるというネックがあるが、実力と人望からすれば一つの隊を任されてもなんら不思議ではない。
いずれはより高い地位につけ、より働いてもらうつもりなのだ。こんな序盤で戦線離脱されるわけにはいかなかった。
左腕を付け直さなければならなかった。
だから、彼女に依頼したのだ。どんな名医にもできない、あの腕を『繋げる』ことのできる彼女に。
元々、自分を好いていない彼女の機嫌を、損ねるとわかっていても。
デュランダルは彼女に頭を下げる。しかし彼女は、反省がないと判断した。
「言っておきますが、フ~~、私がその気になれば、いつだって『貴方のラクス』は宇宙から消えることになる……それは忘れないように、フ~~」
ゆったりと、低血圧っぽい話し方をするが、そこには確かな迫力が篭っていた。
「ああ……わかっているとも」
彼女の脅し文句にデュランダルは頷く。ミーア・キャンベルの整形をやってのけたのは彼女だった。
ミーアの顔も、髪の毛も、目の虹彩も、指紋も、すべてラクス・クラインのものへと変えたのだ。
「運勢に干渉せず部品を変えただけですから、能力を持続させる『口紅』は必要ないですけど……フ~~、私が能力を解除したり、死んだりしたら~~、確実に彼女は元の彼女に戻りますわ……フ~~……私としてはそちらの方が、彼女にはいいと思うのですけど……フ~~~……」
彼女はエステシャン。
名は辻彩。
スタンドは人型のロボットのような姿をした『シンデレラ』。
能力は、人間の体の部品を作り出し、元からの部分と付け替える。
無論。デュランダルに辻彩をどうこうする気はない。デュランダルにとって、彼女は最も敵に回してはいけないスタンド使いだった。
例えば、ポルナレフや形兆が敵に回ったとしても対処できる。彼らの能力はあくまで戦闘用のものであり、戦争を左右できるほどのものではない。
だが彼女の能力、シンデレラは人間の体を変えるだけでなく……手相や顔相などを変えることで運勢すらも変えられるのだ。
今この瞬間、彼女はデュランダルの運勢を剥ぎ取ることもできる。
そうなればデュランダルの政治家生命はおしまいだ。逆に、デュランダルの政敵に幸運をもたらすこともできる。
(政治家という身の上、ルックスは重要な要素の一つ。それを自在に変えられる彼女を、目の届くところに置いておくことは不可欠)
だからこそ、彼女にミーアの整形を依頼した。切り札を与えることで、彩が安心できる繋がりを作ったのだ。
彼女はプロである。客に対して甘くはないが、誠実だ。こちらが裏切らない限り、客であるミーアの不利になるようなことはしないだろう。
総合的には彩優位の関係でもいい。彼女を敵に回さないことがすべてだ。
「そのことはよくわきまえている……君を裏切るような真似はしないよ」
「フ~~、だといいですけど……貴方は好きでないけれど、ミーアさんを悲しませたくはないから……。それにしても惜しい。フ~~……私ならミーアさんを~~、元の容姿を崩さぬままに光り輝かせることができたのに……彼女は今よりもっと美しくなれた……フ~~」
そして、どうやら彩はミーアを気に入っているらしい。本来、顔を別人に変えるなどということを嫌う彼女が、ミーアをラクスの顔に変えたのも、ミーアが願ったからだ。(体型は変えていない。下手に変えると辻彩的に言って醜くなることから、元のままである)
つまり、デュランダルにとってもミーアは切り札になりうるということだ。
ミーア・キャンベル。彼女は知らないうちに、デュランダルの破滅と栄光の両方を兼ねる、双方にとっての人質となっていた。
「乾杯」
「乾杯」
ポルナレフとサラがワイングラスを軽く打ち合わせ、澄んだ音を出す。
「で、調子どうよ。その鉄面皮でアイドルの付き人なんて務まってるのか?」
「あなたが規律命の軍人職に就いているよりは、マシと思っているわ」
気心の知れた者同士の、遠慮のない会話が行われる。
「色っぽい方面はどうよ。黙ってりゃ美人なんだし、世間知らずの新人アイドルとか騙したりしてねえのか?」
「騙すって何よセクハラ野郎」
サラは迷いなく、ハイヒールの踵で、ポルナレフの足を踏みにじる。
ちなみに彼女のハイヒールは、このためだけに踵には軽くて強い特殊合金をあしらった特別性である。 本気でやれば革靴に穴が開く。
声も出せず悶絶するポルナレフを養豚場の豚さんを見るような冷たい目で見つめ、
「この鈍感は……」
と、ボソリ呟いた。
「ん? なんか言ったか?」
「別に……それより、時間があるうちに行っておきなさい。まだなんでしょ」
サラが言うと、ポルナレフの表情が崩れた。悲しみと怒りとが入り混じった歪み。
「今行っておかないと、当分行けなくなる……シェリーの墓参りに」
シェリー。サラとポルナレフの親友の名前。ポルナレフの妹と、同じ名前を持った友の名前。
この世界に現れたばかりで、右も左もわからなかったポルナレフの世話をしてくれた恩人の名前。
優れた科学者であったサラの幼馴染の名前。
ブルーコスモスのテロによって失われた、自分たちの親友の名前。
ポルナレフの表情を見ながら、サラは深く静かにため息をつく。
(生者は死者には勝てないというけれど……)
この男の死者への思いは特に強い。きっと、この男は死者への思いを、克服することは決してできない。彼は命を賭して戦い、必ず復讐を果たすことだろう。
(私の分まで……ね)
彼女の死によって、サラが復讐心の虜囚にならなかったのは、ポルナレフがサラの分までその使命を背負ってくれたからだろう。
(その代わり、私は私で目を光らせてあげるから)
デュランダル議長は、どうやら何か大それたこのを企んでいるらしい。
少し前まで、サラもその計画に巻き込もうとしていたようだが、今は鳴りを潜めている。
その計画に、ポルナレフは利用されるだろう。
ポルナレフがいなければ、サラも余裕をなくしていいように操られていただろうと思えるほど、デュランダルは巧みな言葉の使い手だ。
(まして、この単純馬鹿ならやすやすと騙されるでしょうね……)
気をつけなくては。何ができるわけでもないが、デュランダルが何を考えているか、探らなくては。
それには、ミーア・キャンベルの付き人という立場は悪くなかった。
「ジャン。一つだけ言っておくわ」
サラはこの鈍いくせに傷つきやすく、落ち込みやすく立ち直りやすい、暖かな心を持った男に誓った。
「もしもあなたが殺されたら、あなたの仇は私が討つから」
ポルナレフが息を呑む。
「え、いや、だってそりゃ……」
「まさか女は仇討ちをしてはいけない、なんて男女差別する気はないわよね?」
ポルナレフは呻いて頭を抱えてしまう。その様を笑って見つめながら、
(そうなるのが嫌なら、無事に生きて帰ってきなさいな。命に代えても、なんて、許すつもりはないから)
悠然とワインを飲み干すのだった。
デュランダルと対談した次の日、アスランは墓地を訪れていた。隣にはイザークとディアッカがいる。
アスランの護衛監視役という任務を受けたのだ。だが、この際はそれだけではない。
この墓地に眠る者たちは、彼ら三人の共通の友人であった。
ミゲル・アイマン、ラスティ・マッケンジー、そして、ニコル・アマルフィ。
アスランたちの同僚。かつてのザフトレッドであった三人。
この墓地は、彼らが生きて、そして死んだことの証明だ。この墓地に遺体はない。遺体は戦場で塵と消えた。
墓は死者のためにではなく、生きている者が死者に思いをはせるために存在するのだ。
「また戦争になるのか……」
かつての戦争における、友の死に様を回想し、アスランは哀しげに呟く。
言っても詮無いことなれど、愚痴りたくもなる。永遠の平和などと高望みはしないが、まさかたったの2年でまた戦争とは。
「しかたなかろう……無抵抗というわけにはいかん」
イザークが苦々しげに吐き捨てる。
「今更立て直すのは無理だ。どうしようもない部分は壊してから、新たに打ち立てるしかねえさ」
その言葉を口にしたのは、アスランでも、イザークでも、ディアッカでもなかった。
「ポルナレフさん……」
「よお、奇遇だな」
銀髪の男は、今までの赤い軍服ではなく、肩を露出させたラフなシャツと、長ズボンの私服姿だった。
「どうも兄ちゃんとは縁があるみたいだな……えーと、お前たちは?」
ポルナレフはイザークとディアッカの二人に目を向ける。
「この二人はイザーク・ジュールとディアッカ・エルスマン。ユニウスセブンの破壊作戦の指揮をとっていた隊の隊長と副隊長です」
「ああ、あの時の。俺はジャン・ピエール・ポルナレフ。ザフトでは白兵戦と剣技の教官をしている。よろしくな」
「イザーク・ジュールです。お噂はかねがね」
「ディアッカ・エルスマンです。なんでもかなりの剣の腕とか」
イザークは生真面目に、ディアッカは薄く笑みを見せて挨拶をする。簡単な自己紹介がすんだところで、アスランが口を開いた。
「あなたも墓参りに?」
「ああ……友人のな」
「やはり……戦争で?」
無礼な質問をしてしまったと、アスランは言った側から後悔した。だがポルナレフは気にした様子もなく、答えた。
「いや、テロだ」
ポルナレフは語る。自らの過去を。
――――――――――――――――――
破壊された屋内。
積み重なった死体。
そして、原型をとどめぬ彼女の残骸。
「シェリィィィーーッ!!」
喉が破れて血を吐きそうな叫びをあげる。だが彼女が答えることはない。
自明の事実を認められずに彼女の体を揺さぶるポルナレフに、一つの影が近づく。この惨状をつくりあげた、邪悪の影。
「うわあああぁぁぁぁッ!!」
今度は悲痛の叫びではなく、激情の怒声が、大気を震えさせた。
只人の目には見えぬ騎士の剣が、人影を幾重にも切り裂いたはずだった。が、
「がふぅっ!?」
吹っ飛んだのはポルナレフの方だった。腕に抱いたシェリーごと、背後の壁に激突する。
「な、何ぃ……?」
「面白い……お前は殺さずにおいてやろう……」
影は口を開いた。
「近頃、同じことばかりやっていて退屈している……こういう遊びも悪くない」
人影は、ポルナレフに背中を向け去っていく。
「待ちやがれッ!!」
ポルナレフが追おうと立ち上がると同時に、天井が砕け、瓦礫が落下する。その瓦礫は、ポルナレフと人影の間を完全に閉ざしていた。
「ブルーコスモスに身を置き……お前の復讐を待つとしよう。名前も教えておいてやる」
人影は、瓦礫の向こう側から己の名を告げると、ポルナレフが瓦礫を斬り砕くよりも早く、その場から姿を消していた。
その後、ポルナレフはサラのつてで議長に紹介され、ザフトに入ることになる。
――――――――――――――――――
「そいつはその後、指名手配されているが足取りはつかめていない。ブルーコスモスはそのテロを行ったことを否認しているしな。テロリストといっても、実際は連合軍の暗殺者のようなものなのだろう。もし、お前たちが奴の情報を得たら、教えて欲しい」
「そいつを……どうするのですか?」
アスランの質問は、答えの決まりきった愚問というものであったが、ポルナレフはしっかと返答した。
「殺す」
その答えを聴いた三人は、ケツの穴にツララを突っ込まれたような気分を味わった。
「おれは誓ったッ! 我が友の魂の尊厳とやすらぎは、そいつの死で償わなければ取りもどせんッ! おれの手でしかるべき報いを与えてやるッ!」
彼はそのためだけにザフトにいるのだと、三人は理解した。
ユニウスセブンのテロリストのように暴走こそしていないが、だからこそ真っ直ぐで強烈な意志があった。
「ですが、その復讐によって、今度はあなたが復讐される立場になるのではないですか?」
止められないとわかっていても、アスランは口にした。
かつて、復讐を志した者として、復讐が人を幸せにするとは思えなかったからだ。
「承知の上だ」
ポルナレフは一瞬の戸惑いもなく言った。
そんなことはすでに……経験済みだ。たとえ悪であれ、愛する者はいる。息子の仇を討とうとした、あの老婆のように。
しかし修羅道に落ちようと、復讐を諦めるという選択肢は存在しない。
「復讐なんかをして失った友が戻るわけではないと知ったフウなことを言う者もいるだろう。許すことが大切なんだという者もいる。
だが、自分の友人を殺されてそのことを無理矢理忘れて生活する人生なんて俺はまっぴらごめんだし……
俺はその覚悟をしてここにいるッ! 復讐とは自分の運命に決着をつけるためにあるッ!!」
ああ、と、アスランは理解した。
彼と自分は、そもそも違うのだ。
復讐の対象が友人であったという違いがある。死を覚悟すべき戦士という立場の違いもある。だが何より、想いが違う。
かつて、自分はニコルを殺したキラを討とうとした。それを自らに課せられた罰と考えて。
しかしそれは、復讐によってその罪から楽になるための行為だった。
だがポルナレフは、罪悪感や義務感から復讐を求めているのではない。自分のためではなく、失われた友のために生きている。
それを自らの不幸とも思わず、人生を友のために捧げ、それを自分の運命と受け入れている。
復讐を果たすまで、自分の人生や運命などないものと覚悟している。
『覚悟』。今まで何度、その言葉を思い知らされたことか。そしてこれからも思い知らされるのだろうか。
アスランは認めるしかなかった。
復讐のための人生。それは決して幸福にはなれないだろうが……無価値なものではないのだと。
なぜなら自分は、彼の姿に感動していたのだから。
プラントと連合の様子を見ながら、オーブは備えていた。来るべき敵に。
「やれやれ……プラントは生き延びてしまったか……」
オーブ宰相、ウナト・エマ・セイランは息子ユウナを前に呟いた。
「プラントが敗れていれば、すべてわかりやすく終わったろうに」
確かにプラントが滅びていれば、国民がどう言おうが大西洋連邦と組む以外の選択肢はなくなり、当初からの彼の望みどおりの展開となっただろう。
ユウナはそんな父親に恐れを抱く。プラントには使者としてアスラン・ザラを向かわせている。
連邦と組むということは、アスランを切り捨てるということに他ならない。
ウナトは、最近のユウナとアスランの関係が中々に良好であることを知っているはずだ。
つまりユウナに『もしもの時は友人をも切り捨てる覚悟を決めておけ』といっているのだ。
(まだまだ敵わないな……)
善悪を超えたところに、ユウナは自らの未熟さを感じた。切り捨てる行為にではなく、切り捨てるという責任を背負う覚悟に、ユウナは尊敬を抱く。
「まあ、言っても詮無いことだ。もはやプラントと組み勝算の低い戦いをするか、連合と組み内乱を引き起こすかのどちらかだ。となれば、前者の方がまだマシ……で、準備の方は?」
「対戦闘準備は完了。かつてオーブが焼かれた時の教訓を生かし、国民の避難はより安全に行えるようになっています。無論、100パーセントの安全はありえませんが。一方、ミネルバの修理は完了、戦闘時には大きな助けになるでしょう」
「まだ正式にプラントとの同盟がなされているわけではない。過度の期待はしないようにしろ……次に、アカツキとやらはどうなった?」
「カガリの側近、レドニル・キサカに搭乗させます。我々がカガリ意識不明の状況で好き勝手していると思われないために。アスランを乗せれば最良だったのでしょうが」
「仕方あるまい。キサカも腕は悪くないからな……ウェザーはどうする?」
「使わない手はないでしょう。スタンド能力を駆使すれば活躍は期待できます。そのための新型機能もつけましたし」
「わかった……後は敵を待つのみか」
ウナトはサングラスの奥の目を細める。その視線の先には、まだ見ぬ災厄の姿があった。
怒りに唇を震わせている男がいた。
その名はロード・ジブリール。怒りの原因はもちろん、プラント強襲の失敗である。
ロゴスのメンバーに散々こき下ろされ、侮辱を受けた彼は、その屈辱のすべてをプラントとコーディネイターに向けていた。
「あの人外どもは!!」
核攻撃を防がれるとは思っていなかった。短期決戦ですべてを終わらせるつもりであったというのに。
このままずるずると長引けばユニウスセブンの被害がある分、こちらも絶対優位とは言えなくなる。
「核攻撃を防がれた……防がれたからこそ!! それほどの脅威、あってはならない!!」
今、彼は自分の性質の悪い面のみを表していた。
確かにロード・ジブリールは、前大戦の後、力を落としたブルーコスモスを復興させた有能な人間である。
だが、その精神は子供のそれと変わらない。自分の我侭が通らないことを許せない。
我侭を通すためには、利害すらも視野から外れて冷静な思考ができなくなる。
「プラントへの直接攻撃はしばらくやめだ」
月基地にはまだ兵力は残っている。あそこにいるシュトロハイム少将はかなりの実力者で、部隊の士気も保たれている。
だが、下手に動かしたくない駒の一つだ。彼はブルーコスモスに従順ではない。
彼の力とカリスマの危険性、有用性を考え、連合軍に働きかけて、シュトロハイムをブルーコスモスの一員とすることには成功している。
シュトロハイム自身はブルーコスモスの思想はどうでもいいようだが、連合軍とブルーコスモスの関係悪化を起こさないために、表向きブルーコスモスをして見られることを了承している。
(だが、あくまで軍の命令しか聞かないからな……軍を通して命令することはできるが)
極力、あてにはしないようにしよう。後々、自分が権力を握るためにも、自分の息がかかった者に任せたい。
「とりあえずは、地球の戦力を叩いておくか」
第一目標として、彼が目を向けたのはザフトの新造戦艦ミネルバ。そして、それをかくまうオーブであった。
「オーブはいまだにどちらにつくか解答を出していない。我々につくのならばよし。愚かにもプラントに尻尾を振るというのなら……」
ジブリールは邪な笑みを浮かべた。
「滅ぶしか、あるまい」
ジブリールは一枚の写真を手に取る。そこには彼が選んだ、オーブへの刺客の姿が写されていた。
連合軍に対抗するために、ザフトの地球への降下作戦が始まり、世界が本格的な大戦へと動き出す、一日前のことであった。