ハーヴェストが怪しい人物を見つけてから十五分後、作戦を行う大通りにいたスピードワゴン、重ちーのもとに、すぐに駆けつけられる場所にいたオーブ兵士、五名が到着した。
「ユウナ・ロマ・セイランも期待以上にしっかりやってくれたようだな」
いろいろな報告を聴くに、パニックは起こることなく、統率の取れた行動は取れているようだ。ユウナの迅速な行動のおかげだろう。
(これで軍部もちったぁセイラン家を見直してくれるといいんだが)
アカツキを渡して以来、ユウナのことが結構気に入ったスピードワゴンはそう思う。
「動ける人数が五人ってのは少ないが、まあ仕方ないか」
ないものねだりをしても意味はない。サブマシンガンを主武器として、拳銃、防弾服、ヘルメットなどで武装した兵士たちだ。
まだ若く、扱いづらそうだが、今はこれ以上は望めない。
ちなみにスピードワゴンと重ちーも大体同じ格好である。ただスピードワゴンはヘルメットではなく、いつもの帽子を被っているが。
「よーし、それでは諸君は今回、スピードワゴン(SPW)隊として行動してもらうぜ」
「「「「「了解しました」」」」」
五人が敬礼をして答える。しかしその声に高揚感がない。中にはいかにも険悪な目つきをしている者もいる。
スピードワゴンという指揮官に信頼を抱けないのか。上官を信頼できないとなれば、士気も上がらない。すなわち作戦の成功率に影響が出る。
(とはいえ軍人でもない俺を信頼しろって方が無理だよな……しょうがねえ、これでやるしかねえな)
スピードワゴンは諦める。いっぱしの軍人である以上、命令無視や勝手な行動を取ることもないだろう。そう思いたい。
そしてスピードワゴンは説明を始めた。
「いいか。今回、ある手段で潜入した敵を捕捉することに成功した。敵にその方法がばれる危険があるため、現在はマークを外しているが……敵がこの大通りを通過してシェルターに向かっていることはほぼ確実だ。
俺たちは立ち並ぶ店の隙間や、街路樹の陰などに身を潜め、敵の来訪を待つこととする……」
――――――――――――――――――
「ちっ」
野性的な顔立ちをした我の強そうな男が舌打ちをする。
下級氏族の一人であり、四人の氏族仲間と共に、SPW隊に組み入れられた隊員の一人、ワイド・ラビ・ナガダである。
「どうした。不満そうだな」
長髪の男が煽るような声で話しかける。下級氏族の一人、ファンフェルト・リア・リンゼイだ。
「はっ、あのユウナの野郎に命令されて、あんな軍人でもない奴の下につくんだぜ? 気分がいいわけねえだろ?」
「命令は命令だ。それに、この任務にはオーブの未来がかかっている。文句を言っている場合ではあるまい」
黒い肌をした、実直そうな男、ガルド・デル・ホクハがワイドをたしなめる。
「しかし……彼はいったい何を考えているのでしょうか?」
眼鏡をかけた理知的な顔立ちの男、ホースキン・ジラ・サハトがいぶかしげな声をあげる。
「この蔓延している生物兵器を駆除するためには、生物兵器をばらまいた連合軍の刺客が持つワクチンが必要……と説明されました。そのために万全を尽くすのはわかります。しかし、あれはなんです?」
と、鼻をほじっている重ちーに蔑むような目を向ける。
「あんなどう見てもド素人の子供に、何をさせようというのです? しかも我々は、『指揮官殿』が刺客を捕らえることがうまくいかなかったときの、援護のためにいるらしいのに、捕縛方法を説明しないというのはどういうことか」
スタンドの存在は極秘事項である以上に、そう簡単に理解してもらえるようなものでもない。ユウナにせよアスランにせよ、認める以外にない状況であるからこそ受け入れられたこと。
下手に説明すればからかわれていると思われるのがオチと思い、スピードワゴンは説明しなかったのだが、それがホースキンの不信感を煽っていた。
「大丈夫かな……」
小声とボソリと言ったのは、サース・セム・イーリア。五人の下級氏族の子息の中で、特に大人しいというか、内気な人間である。
体格も小柄で、肉体的な戦闘能力にも自信がなかった。
「安心しろ。俺がフォローする」
サースの兄貴分的な存在であるガルドがそう言って励ます。だが、サースの顔から不安の影は消えなかった。
――――――――――――――――――
(……妙だな。静かすぎる)
チョコラータは首を傾げた。いくら一般市民がシェルターに閉じこもっているとはいえ、活動している軍人たちが多くの事故を引き起こしていてもいいはずだ。
だが、少し前から、爆発事故や悲鳴などの音がまったく聞こえない。
(早くも気づかれたか……?)
カビの習性にはいずれ気づかれると思っていたが、この早さは異常だ。機械で調べることができないカビの異様さに対し、もっと混乱するのが普通だろうに。
(この冷静な対応は……もしや、スタンドを知っている……オーブにもスタンド使いがいる……?)
「この先は平地……罠があるとすればそこだな。さて……どうするか」
スタンド使いがいるとすればそこに配置されているだろう。危険ではあるが、後顧の憂いをなくすため、ここでまとめて始末しておきたい。
「……攻めるとするか」
チョコラータはそのために必要なものを探し始めた。
――――――――――――――――――
(来た……)
スピードワゴンをはじめ、SPW隊の七人は、大通りを歩む人影を視認した。夜闇ゆえに細部はわからないが、服装はオーブ軍人のものではない。
(だが……いやに無防備だな。平地ではカビが活性化しないという弱点をわかっているだろうに……罠をまったく予想していないのか?)
「重ちー、もうちょっとだ……もうちょっと待て……」
スピードワゴンは釈然とせず、重ちーへの攻撃命令を即座には出さなかった。
(もう少し……街灯の光に照らされて、姿がしっかり見えるまで近づけさせてやる……)
だが、その慎重さをワイドは、『ビビッた』と判断した。
(ちっ、今がチャンスじゃねえかよッ!)
ワイドはサブマシンガンを構え、敵の足に狙いをつける。上部への攻撃は地に伏せてかわせるが、下部への攻撃に対し空を飛ぶわけにはいかない。
(ワクチン奪取の手柄は俺のものだッ!!)
そして引き金は引かれた。
轟音と共に、一秒数十発の弾丸が放たれた。弾丸は目標物の足をえぐり、いや、砕き散らし、吹っ飛ばした。相手は道路に倒れこみ、ピクリとも動かなくなる。
「へっ、なんでえ。呆気ねえぜ」
ワイドは嘲笑を浮かべて、隠れていた場所から顔を出した。
「オラオラ、生きてるか? 生きてるならワクチンを出しな。今なら命だけは助けてやるぜ」
それを見たスピードワゴンが通信で勝手な行動をしないように命令するが、ワイドは止まらない。それどころか、ガルドを除いた他の面々も姿を表してしまう。
(くそッ! まずいぞ! やべえ空気だ!!)
勝ったと思えたときが一番危険なのだ!! いつの間にかエイジャの赤石を付けていたカーズのように!!
「おいッ! まだ動くんじゃねえ!!」
スピードワゴンが、長年の経験で鍛えた勘で状況のヤバさを感じ、再度命令を出したとき、
ガガアアアンッ
突如、ワイドの目の前でマンホールの蓋が跳ね上がった。
「なぁ!?」
ワイドが反応する間もなく、マンホールは空中でいったん止まり、直後、ワイド目掛けて投げつけられた。
重い鉄の蓋はフリスビーのように回転して、ワイドの脇腹に食い込み、肋骨に亀裂を入れた。
「ごふがぁッ!!」
その衝撃に、ワイドはサブマシンガンを手から離してしまう。そのまま地に膝を着く前に、彼を支えた手があった。だがそれは、仲間のものではなかった。
服装こそオーブ軍人のものであったが、少なくともオーブ軍人に『群生したキノコ』のような髪型をした者はいない。
「さて、これで人質が一人」
微笑と共に呟いたのは、今しがたマンホールの穴から素早く躍り出た男であった。爛々と目を輝かせ、ワイドの肩を掴み、もう一方の手で拳銃を構えていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……四人か。まだ隠れている者がいても、全部で十人はいないようだな」
男はワイドを自分の前に置き、SPW隊が攻撃できないような位置を取っている。
その手際のよさに、ワイドは自分が敵の策にしっかり嵌ってしまったことを悟るしかなかった。
「始めまして。私が君らの敵……名をチョコラータという。ちなみに今、サブマシンガンでなぎ倒された男は、君たちと同じオーブ軍人さ。
カビの発生を防ぐためじっとしていたところを捕まえた。
ちょっと薬で心を壊して、服を取り替えられても文句一つ言えず、歩き回るくらいしかできない廃人にしてしまったけどね」
このとき、午前1時40分。朝日が昇るまでにはまだ多くの時間が必要であった。
(さて、果たしてこの中にスタンド使いがいるのか)
チョコラータは分析する。少なくとも、今人質に取っている男はスタンド使いではない。姿を現している他の三人も行動を起こさないところを見ると違うだろう。
見たところ、実戦経験はない者たちだ。たとえ人質を無視して撃ってきたところで、負けることはない。チョコラータは余裕を持って話し出す。
「誰も動くなよ……一人でも近寄ってみろ。この男の鼻を吹き飛ばす。大事な人質だから殺しはしないが、命以外のものをいくつも失うことになる」
チョコラータはワイドのヘルメットを取り外して放り捨て、防御のなくなったワイドの鼻に、横から銃口を押し付ける。
(近距離型のスタンドなら、この距離では攻撃できない。長距離型ならパワーが弱いはずだから、グリーン・ディで対抗できるだろう)
「さて……君らの中にスタンド使いはいるかね?」
そう言われて、ワイド、ファンフェルト、ホースキン、サースは怪訝な顔をする。その表情を見て、彼らはスタンド使いを知らないことがわかった。
(まだ隠れている者の中にいるかもしれんな……)
「まだ隠れている中にいるのなら……出てきてもらおう」
まず出てくることはないだろうが、見せしめのために鼻を吹き飛ばしておくことにした。だが、チョコラータの予想は外れた。
「その手を離すど」
「……何?」
強い口調の命令に、チョコラータは目を丸くする。
彼の反応を無視して、少年は現れた。軽やかではないが、落ち着いた足取りで。
その右には少年を補佐するように、守護するように、顔に傷をつけた男が力強く立っている。
「聞こえなかったか? その手を離せと、言ったんだど!」
ドワアァァァーーーーーッ!!!
「何ぃッ!?」
少年の背後から無数の小型スタンド、ハーヴェストが現れ、さながら津波のようにチョコラータへ向かう。
「こ、こいつは!?」
大きさはかつて潰したセックス・ピストルズと同程度だが、数が桁違いだ。
「『グリーン・ディ』ッ!!」
スタンドを出してパンチを繰り出すが、数匹潰せたにとどまり、残りの数十匹はチョコラータを一斉に取り囲む。
腕も足も指も押さえつけられ、銃の引き金を引くこともできない。
「戦いは数だどッ!! おらのハーヴェストは無敵なんだどッ!!」
チョコラータを一目見た瞬間、スピードワゴンは背筋が凍りつくような感覚に囚われた。
かつてディオや柱の男たちを見た時のような、あるいはそれ以上に、ドス黒い恐怖の疼きを感じた。
「重ちー、結局お前に任せることになっちまって悪いが、早いとこけりをつけるんだ。こいつは俺が今まで会った中で一番酷い臭いがする……!! ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ……!!」
重ちーもまた、かつて感じた気分を再燃させられていた。自分を殺した殺人鬼に出会ったときの悪寒を。
「わかってるど……オラも得体の知れない汚らわしい気分になって、たまらないど」
その男を見た瞬間、二人の思いは一致した。
『こいつをこの国にいさせておくわけにはいかないッ!!』
「ワイド……早くこっちに来るんだ……そいつはもう動けないから心配いらないど」
重ちーの言葉に、おっかなびっくりという足取りで、ワイドはチョコラータから離れる。
チョコラータに反応がないのを確かめると機関銃を拾い、脇腹の痛みに耐えながらも、必死に走ってスピードワゴンの背後までたどり着いた。
同時に、重ちーが号令する。
「やっつけろハーヴェストーーー!!」
ハーヴェストが一斉に腕を振るう。短い腕での攻撃は弱いものだが、人間の肌をえぐるくらいはできる。
「ケードー脈を、ブッチ切ってやるどッ!」
ザクザクザクザクザクザクザクザク!!
ハーヴェストは一斉にチョコラータの肉をえぐっていく。えぐり裂かれて出来るのは、せいぜい数ミリの深さの傷であるが、広範囲にわたってやられると洒落にならない。
「ぬぐうッ!!」
単純にして凶悪な『数の暴力』に対し、チョコラータは焦燥を顔に浮かべた。
「このすっ呆けた小僧がッ!!」
無理矢理グリーン・ディを動かして攻撃するが、やはり一匹二匹を潰すにとどまり、大したダメージは与えられない。
むしろグリーン・ディにまでたかられそうになり、慌ててグリーン・ディを消すという有様だ。
「な、何が起こっているんだ……?」
ホースキンが目の前の光景に唖然とする。いつの間にかガルドも姿を現し、状況を掴みかねた表情で見つめていた。
スタンド使いでもない彼らの目からは、チョコラータの体が勝手に傷ついていくようにしか見えないのだ。
「ぐぅああああ……!」
チョコラータは体を丸め、頭を抱え、亀のような体勢となる。
「そんなに縮こまったって無駄だど、ハーヴェス……」
突然、重ちーの言葉が切れる。そして顔を引きつらせ、脂汗を流し始めた。
「重ちー、どうした?」
「な、なんかおかしいどッ! ハーヴェストが……動かないど!?」
「な、何だと?」
そこにチョコラータの哄笑が沸き起こった。
「うわはははははははははははは!! 所詮、このチョコラータが貴様のようなガキにやられるはずはないのだ……グリーン・ディ!!」
チョコラータに覆いかぶさるハーヴェストたちが、グリーン・ディによってブチブチと潰されていく。
雑草を無造作に掴んで引きちぎるように、2,3匹ずつ手に握り締めて潰していく。
「どぎゃああああ~~~~~っ!!」
「重ちーッ!!」
重ちーの体のあちこちで肌が裂け、血が吹き出る。
ちょっとくらいスタンドをやられても本体に影響のない重ちーにとって、スタンドをやられてダメージを受けるというのは初めてのことであった。
「お、おい、しっかりしやがれッ!!」
「だ、大丈夫、だど。それより」
チョコラータはハーヴェストを潰し終わり、悠然と立ち上がった。
五十体ほどのハーヴェストを潰した後に現れたのは、人型のシルエットをした緑色の塊であった。それは、カビの全身を包まれたチョコラータであった。
カビの間から覗く目玉には、悪意に満ちた幸福感が放たれていた。
「全身をカビで分厚く覆えば、このチビどもの攻撃など肌まで届くことはないし、カビで飲み込んでチビどもの動きを抑えることもできる……もはや貴様のスタンドは通用しない」
下卑た笑みを浮かべるチョコラータの言葉を聞き、ハーヴェストによる攻撃を無力化されたことを理解したスピードワゴンはすぐさま命令を下した。
「撃てぇッ!!」
号令と共に、六つの銃口が火を噴いた。機関銃は二秒に満たない時間をもってして、緑の塊に100発以上の致命的破壊力を叩き込んだ。
だが、弾丸がえぐり取り、バラバラに砕いた後に、人間の死体は残っていなかった。空中に散り、道路にばらまかれた気持ちの悪い緑の破片のみがあった。
「これは……そうか、カビを目くらましにして、本体はマンホールの穴にもう一度逃げ込んだな」
スピードワゴンは黒く口をあけた下水道への穴を睨みながら、次の行動を考える。
(奴はこの後どうする? このまま逃げていくか? いや……奴は重ちーの能力を知った。自分を探し出せる唯一の存在を、ほってはおけないだろう……。どこかから攻撃してくるはず)
この道には他にマンホールはない。少なくとも視界に届く範囲には。こちらの目の届かないどこかから地上に出てくるということだ。
「円陣を組め、上下左右、油断せず気を引き締めろ。必ず攻撃してくるぞ! そのときがチャンスだ、蜂の巣にしてやれ! いったん逃げたってことは、正面から機関銃と戦うほどの力はないってことだからなぁ!!」
SPW隊はすぐさま行動する。これで、どこから攻撃してきても、誰かが対応できるはずだ。
(しかし相手はスタンド使いだからなぁ~~、常識が通用するかどうか)
スピードワゴンはそう思いながらも、恐怖心を表に出そうとはしない。士気を落とさないために。そして更に、
「重ちー、ハーヴェストは使えるか? 奴がどこにいるのか、探してくれ」
「ハァッ、ハァッ……やってやるど」
傷だらけで荒い息をつきながら、重ちーははっきりと言い切る。
「おい、何やるのか知らねえが、こんなに怪我したガキに無理させる気かよ!!」
ワイドがスピードワゴンを責める。どうやったのかはわからないが、自分を救ってくれたらしい重ちーに無理をさせたくなかった。
普段の態度から誤解されやすいが、ワイドは悪い人間ではない。
自己中心的であることは確かだが、仲間の犠牲に心を痛めないほど非情ではなかった。
「気にしなくていいど……今は、この程度の傷で、まいっている場合じゃないど……」
だが重ちーは、毅然としてハーヴェストを発動させる。
「このオーブはオラ達の暮らす国だど……あんなうすら汚らわしい奴の、勝手にはさせないど……!!」
スピードワゴンと出会ってから、『この世界』のあちこちを旅したが、この国にいる期間が一番長く、その分、知人や友人も多くいた。
「ハァッ! ハァッ! オラ達が……この国を守るど……この国に住んでいるみんなを、守るど……!!」
「重ちー……お前……」
ワイドは、何か熱いものが胸のうちに生まれたのを感じた。
(くそ……チビで太ったガキのくせに……なんかちょっと……グッときたじゃねえかよ……!)
「焦らしやがるぜ、クソ野郎……ッ!」
ワイドがたまらず吐き捨てる。
(くそっ!! こういうのは嫌いだぜ。いつ襲ってくるかわからない状態で待つっていうのは、精神的にくる……)
苛立つワイドにスピードワゴンが声をあげた。
「落ち着きな……そろそろだろうからな……」
「なんでそんなことがわかるんだよ?」
重ちーは少々見直したワイドだが、スピードワゴンに対してはまだ反抗的だ。
だがスピードワゴンは気にせずに説明する。
「これは、ウィル・A・ツェペリという、昔の戦友から教わったことだ。『戦いの思考』……『相手の立場になって考えろ』。もしも俺が奴だったら、重ちーをほっておくことはできねえ。攻撃を破ったとはいえ、いまだに奴にとって最も脅威であるのは重ちーだからな」
初めて聞いたときは、邪悪な敵の思考など考えるだけでおぞましいと思ったが、今にしてみれば重要なことだと実感できる。
「そして、重ちーは奴を見つけることができる。そして奴はそのことも感づいているだろう。ハーヴェストが遠距離操作系だとわかれば、探索の役割ができる可能性は高いと連想するだろう」
SPW隊の面々は、ハーヴェストや遠距離操作系といった単語を理解できないものの、ひとまず黙って話を聞き続ける。
「だからどこにいるのかばれる前に、急いで攻撃しようとするだろう……だからそろそろ」
ザサッ!!
道の脇の茂みがざわめいた。
「そこかッ!」
ファンフェルトが、反射的に銃を撃つ。だが、手ごたえはなく、茂みから『ソレ』は飛び出した。
「なっ、なあっ!?」
彼は恐怖の色を浮かべて叫ぶ。
飛び出してきた『ソレ』は人間の腕……だけだった。
「うおおおおおおっ!!」
混乱しつつも撃ちまくるが、冷静さを欠いた攻撃は、機敏に跳ね回る『右腕』を捕らえることはできない。
至近距離まで近づいた右腕は、ファンフェルトの脇腹へと貫き手を食らわした。
「ぐぶほっ!!」
右手は丈夫な防弾服をも突き破り、深々と突き刺さる。ファンフェルトは一度大きく震え、意識を失った。
「お、おのれ!!」
その光景に、唖然としていた隊員たちは我に返り、ファンフェルトの右隣にいたホースキンが銃口を向ける。
だが右腕はそれを敏感に察知し、ファンフェルトの体から離れたかと思うと、ファンフェルトの背後に回り、盾とした。それを見てホースキンは引き金を引けなくなる。
右腕はその隙に円陣の外に飛んでいき、ナイフなど近距離攻撃の射程から離れた。
「ファンフェルトッ! ちくしょうッ!!」
ワイドが叫び、右腕に対しサブマシンガンを乱射する。だが右腕は大地を掻きながら機敏に移動し、逃げ回る。
そうやって引き付けておきながら、
バザッ
右腕の反対側から挟み撃ちにするために、もう一つ敵が現れる。『下半身』。
「うああああ!」
サースが怯えて悲鳴をあげる。手が震えて、引き金を引くこともままならない。
下半身は『重荷』を乗せていないためか、信じられない速さで走り、サースに肉薄する。
「あ、ああ……!!」
サースは動けない。蛇に睨まれた蛙のように、恐怖に完全に飲まれてしまっていた。
そんな彼に、下半身の蹴りが放たれる。
グリーン・ディとほぼ重なって放たれる蹴りは、武術的な問題を超越し、強烈な一撃を可能とした。
ドグシャアッ!!
下半身は思い切り蹴り上げた。だが、その相手はサースではない。
「ぐッ!!」
蹴り上げられたのは、サースをかばったガルド・デル・ホクハだった。
蹴りの衝撃は致命的なものではない。致命的なのは、『上げられた』ということ。
ほんの数十センチ、ガルドの体は宙に浮いた。そして、上昇が転落へと転じたとき、彼の体をカビが襲った。
「ぐううううッ!!」
爆発的という言葉がふさわしい速度で、カビはガルドの全身を覆っていく。
落下して道路にぶつかっただけで、ガルドの体に罅が入った。
「ガルドぉぉぉぉッ!!」
サースが絶叫する。だが、そんなものに絶望を覆す力はない。
「サース……生き延びろよ……」
ガルドはそう口を動かし……それが精一杯であった。
全身をカビに覆われたガルドは、もはや親にもわからぬほどに無残に朽ち果て、およそ、その高潔な精神とは不釣合いの死を遂げた。
「あ、ああ、あああああああッ!!」
サースはそのあまりにも残酷な死に様に理性を保てず、狂ったように悲鳴をあげ続けた。
その無防備な様を、チョコラータの下半身が見逃すはずもなく、続けて蹴りを浴びせようと右足を後ろに引く。
「くそうッ!!」
だが蹴りが再度放たれる前に、スピードワゴンは帽子を投げた。
『異常事態』に耐性があるゆえにとれた迅速な行動であった。
回転した帽子の縁が、右足に突き刺さる。スピードワゴンの帽子の縁の中身は、鋭利な刃物になっているのだ。
右足の肉を切り、骨まで達して鈍い音を立てる。
もしも下半身に声が出せたならば、苦痛の声をあげていただろう。
下半身は攻撃を諦め、左足で地を蹴ってスピードワゴンたちから距離をとる。
帽子が右足から離れると同時に、傷口から血しぶきが飛び散る。
だが、道に着地したときには、傷口は塞がっていた。傷口にはカビがわいている。
「カビで傷を塞いでいるのか……!?」
よく見れば下半身や右腕の断面も緑のカビで塞がっている。
「あのカビを使って、切り離された腕を動かしてやがるのかッ!!」
そんなことが可能なのか? いや、もともと尋常の相手ではない。
実際、そうやっているからには可能なのだろう。どれほど狂ったやり方であっても。
ザガッ、ザガッ
下半身と右腕は、サブマシンガンの攻撃を避け、また茂みへと逃げていった。
(あの右腕や下半身をいくら相手にしても、奴に致命傷は与えられねえ……あの野郎、柱の男並みの化け物だぜ)
スピードワゴンは、ファンフェルトを地面に寝かせているホースキンに目を向ける。
「ホースキン……ファンフェルトの様態は?」
「気を失っているだけです。脇腹の傷も浅い。肋骨に当たって、内臓までは達していないのが幸いしたようです」
命が助かったのはもうけものだが、もはやこの戦いでは役に立つまい。
これでファンフェルトとガルド、二人分の戦力が失われた。
「重ちー、さっきの奴は?」
「ハアー……ハアー……ハーヴェストで追っているど。あの腕と両足の位置はわかるど」
これで不意打ちは避けられる。だが『司令塔』の位置はまだわからない。
「隊長。このままでは我々は敗北します」
ホースキンが冷や汗を流しながら発言する。
「あなたが言うように、敵がこちらの探索方法を知っているとしたら、あの敵は細心の注意を払って、その探索から逃げているでしょう。それでも時間をかければ見つかるかもしれませんが、すでに我々の戦力は3分の2ほどに減っている……。
今はまだサブマシンガンの攻撃力がこちらを有利にしていますが、弾が切れたとき、我々の迎撃手段はなくなります。このままだとそうなることが……理解できますでしょう?」
確かにホースキンの言うことはもっともだ。だが、現状では重ちーが敵を見つけるまで待つ以外に手は思いつかない。
(ジョセフだったら、もっと意表を突いた名案を思いつくのかもしれないが……)
親友の孫であり、彼自身にとっても孫のような存在であった捻くれ者の姿を思い浮かべる。
この体になってから若返った精神が、老け込んでいくような感覚を覚え、ジョセフの姿を振り払う。
そして、もはや声も出ず茫然自失となり、座り込んでガルドの死体を見つめているサースへと歩み寄った。
その光景に、スピードワゴンは既視感を抱いた。
『こ…こんな! こんなこと! 残酷すぎる! お…おっさん! ツェペリのおっさあーーん!』
ガルドの死に様に、戦友の散り様を思い出す。
サースの哀しみは痛いほどに理解できたが、今は呆けていてもらっては困るのだ。
「サース、立ちな」
だがサースは反応一つ見せない。虚ろな目で死体を見つめ続けるだけだ。
スピードワゴンはサースの胸元を掴み、力づくで立ち上がらせる。
「馬鹿野郎!! 悲しんでいる場合じゃねえだろう!!」
スピードワゴンの厳しい声に、サースの目に僅かながら光が戻る。
「う……うう……」
「そんなざまじゃあ、この戦いを生き残れやしねえぞ」
「だって……ガ、ガルドがいなくなったら……僕は……」
サースの目から涙が溢れる。だが、スピードワゴンは許さない。今必要なのは、涙ではない。
「ガルドはもういない!! お前を命と引き換えに救った!! お前が死んだら、ガルドの勇気が無駄になる!!」
激しい言葉にサースの目から涙が止まり、真っ白な無表情となる。
「いいか。お前はもう、軽々しく死ぬことは許されないんだよ。お前には、ガルドの生き方と精神を受け継ぐ……義務と責任があるんだからな!!」
スピードワゴンはサースから手を離す。サースの体は地面に倒れることは無く、立ち上がっていた。
「円陣を組みなおせ。状況は崖っぷちだが、希望はまだある」
SPW隊に命令を下し、言葉を紡ぐ。
「これもツェペリさんから教わったことだ……お前たち、ノミを知っているだろう? あのちっぽけな血を吸う虫だよ。あのノミは、潰されるというのに人間に向かって飛び掛ってくる……さて、これは勇気と言えるだろうか……?」
スピードワゴンは男らしく、見る者の心を盛り上げるような笑みを見せた。
「ノミのそれは勇気とは言えねえなぁ~~」
そして突如声を張り上げ、強く叫ぶ!
「勇気とは恐怖を知ること!! 恐怖を我が物にすることだ!! 人間賛歌は勇気の賛歌!! 人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ……!!
俺たちが今相手にしている敵は俺たちを脅威と見なしていない。生きるか死ぬかという恐怖もなく、勝って当然と思っている。どれほど人を殺せても、このゲス野郎は恐怖を知らねえ……ノミと同類よぉっ!! 勝てないわけがねえ!!」
スピードワゴンの目と声には、まだ絶望に負けぬ熱が篭っていた。
その熱に応え、ワイド、ホースキン、重ちーは敵襲に対して身構える。
そしてサースもまた、銃を握り締めた。
苦痛、悔恨、悲哀、恐怖――――それらは少しも消えてはいない。
だが、ただ一つ、自棄だけは、その目から消えていた。
「生きる……自分のためじゃなく……ガルドのために……」