『PHASE 13:フリーダムがやってくる』
「えっ、あいつ、今オーブにいるの?」
短い褐色の髪をした少女、ミリアリア・ハウは驚きの声をあげた。
『あいつ』とは、ミリアリアと同じ時期に共にジャーナリストを始め、1年間行動を共にした友人のことである。
ミリアリアは、前大戦で地球軍として戦った影響から、主に戦場を撮っているが、『あいつ』はスポーツや歌、映画といった、人間の営みの方面を撮っていた。
そういった方向性の違いから、今はコンビを解消し、それぞれの道を歩いている。時々は会って、近況を語り合うこともあった。
「オーブに生き別れになった昔の友人がいるって情報があったんだとさ。それで会いに行ったらしい。連合のオーブ攻撃より少し前だったな」
ジャーナリスト仲間にそう教えてもらい、ミリアリアは物思いにふける。
「オーブ……か」
そう呟いてため息をついた。ミリアリアの故国、オーブ。友人でもある国家元首カガリ・ユラ・アスハは暗殺者に襲われて昏睡状態。
連合とは敵対関係となり、すでに一戦を交えたという。
「こんなときに行くとはね。それともこんなときだからかな……? ま……あいつのことだから無事でいると思うけど……」
自分はこれからどこへ行くのか。ミリアリアは漠然とそんなことを思った。
「そうか……よくやってくれていたみたいだな。ありがとう」
カガリ・ユラ・アスハは力なく微笑みを浮かべ、感謝の意を表した。
彼女が目覚めたのは、チョコラータによる襲撃が終わった後、午前3時のことであった。
それから健康状態を調べなおし、問題なしとの太鼓判を受け取った後、こうしてユウナからこれまでの経過を話してもらっていた。
「それにしても、まったく役に立てなかったな。情けない……」
「それは気にしなくてもいいよ。戦争の準備にしたところで、君にできることなんてないんだから」
「はっきり言うな……」
カガリは苦笑するが、確かにユウナの言うとおり、カガリが起きていてもそれほどやることはなかっただろう。認可を与え、事後の責任を引き受けるくらいだ。
「それよりも病み上がりのところ悪いけど、セレモニーに出てもらわなきゃいけないよ。元気なところを見せて、国民の士気を盛り上げてもらわなくちゃいけないし」
「ああ……お飾りなりに、やれることはしなくちゃな」
「おいおい、ちょっと卑屈になりすぎてないかい? 傲慢すぎるのはよくないけど、国のリーダーたるもの、自信がなさすぎるのも問題だよ?」
ユウナは肩をすくめる。どうもカガリは反応が極端なところがあり、対応が難しい。もう少し落ち着いて欲しいところだが、まあ前よりはだいぶマシになった。
「まあそのうちアスランも帰るだろう。プラントの協力を得ることに成功した使者としてね。彼とイチャイチャしていれば少しは元気になるだろ」
「そういうこと言わないでくれユウナ!」
顔を赤くして抗議するカガリを見ながら、
(……ちょっと楽しいぞ)
と、ユウナは思った。だがすぐに気持ちを切り替えて言う。
「でも真面目な話、こっちの被害も相当なものだからね。これからを乗り切るには、君にも頑張ってもらわないと」
ユウナの表情がにわかに真剣なものになる。チョコラータの殺人カビにやられた者は多く、軍事的にも政治的にも、痛手は大きい。
ユウナの父であり、有能な政治家であるウナト・エマ・セイランも、足を失い入院中である。
一般国民に被害者がいなかったのは不幸中の幸いであったが……。
「まだまだこれからだな」
「まだまだこれからさ」
カガリとユウナは互いに頷き、セレモニーについての話し合いを続けた。
戦いの余波で半壊したアスハの別邸の前で、ラクスは断言した。
「ゆゆしき状況と言わざるを得ませんわ」
ドナテロ・ヴェルサスなる人物がラクスたちに与えた情報。
それは、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルがラクス・クラインの暗殺をもくろんでいるということである。
【一族】という組織にあり、行動する中でそれを知ったヴェルサスは、ラクスを助けるためにかけつけたのだという。
実際、襲撃した部隊が使ったMS、アッシュはザフト正規軍でなければ手に入らない代物であった。
「彼がなぜ、ミス・クラインを狙っているのか? 現状の彼の立場は、ミス・クラインを敵視するものではありません。しかし、未来においてはミス・クラインと敵対する立場となるとしたら……
前もってミス・クラインを『始末』しておこうと考えるでしょう。動機のない今ならば……怪しまれずに行える」
ヴェルサスは冷静な表情で、講義をするかのように言葉をつむぐ。
「ミス・クラインが邪魔になるような立場になることを、彼が望んでいるとしたら……その立場は、社会や、人々にとって、よからぬものに違いないでしょう」
キラは頷く。ラクスは善良な、平和の歌姫だ。そんなラクスと敵対するならば、それは悪に違いない。
「まあ、暗殺者を送り込む時点で悪には違いないのですがね。しかし具体的に何を企んでいるかは不明です。私も組織の中で探りましたが、突き止められぬままに、組織は崩壊し、情報は失われてしまいました」
本当は議長の計画の調べはついているのだが、今はまだ隠しておく。悔いるような表情のヴェルサスを、キラは慰める。
「仕方ないですよ。僕やバルトフェルドさんを助けてくれただけで、充分すぎるほどです」
「安心してくださいヴェルサスさん。わたくしを支援してくださる方々に、協力をお願いします。きっとデュランダル議長の企みもわかるでしょう」
「……ほほう、それは頼もしい」
そう呟いた瞬間、ヴェルサスの目に野心的な光が灯ったが、気づく者はいなかった。
ヴェルサスが欲しているのは、ラクスが握るクライン派の組織力であった。
それをヴェルサスが使えるようにするためには、ラクスからの信頼と、力を使わなくてはならない状況が不可欠である。それらを得るために、彼は『敵』を用意した。
デュランダル議長は実際、『デスティニープラン』という計画をもくろんでいるし、そのためには手段を選ばず、悪事を働くこともするだろう。
ラクスの偽者まで使っており、まさに『敵役』として申し分ない。
あとは敵との戦いの中で、ラクスたちが振るう力を借り、自分の目的を果たすための道具とする。
無論、そんな簡単にいくはずはないだろう。ラクスたちに正体がばれるかもしれない。目的達成を前にラクスたちが他の勢力に敗れるかもしれない。
だが今回失敗したところで別の後ろ盾を見繕うだけだ。
その場合、立つ鳥後を濁さず、ラクスたちを念入りに始末しておく必要があるが。
コバンザメのように、寄生虫のように。誇りなく、恥も知らず。その行いは決して賞賛には値せぬが、手段はどうあれ最終的に、目的を達成すればよいのだ。
だがヴェルサスはわかっていなかった。彼らの恐ろしさを。
バルトフェルドはベッドの上に横たわっていた。無論、半壊したアスハの別邸のベッドではない。
『アークエンジェル』。大天使の名を持つ、フリーダムと共に回収された伝説の戦艦。彼はそこに運ばれていた。
柔らかなベッドにくるまりながら、しかしバルトフェルドの顔は苦々しかった。
(確かに俺たちは奴らに救われた。しかし……いくらなんでもできすぎてやいないか?)
普通に考えてあの状況で、都合よくマンガのヒーローのように、ジャジャーンと登場して『待ってました!』と間一髪助けがくるなんてこと、あるわけがない。
(それに……そもそも本当に、議長があの部隊を送り込んだのか?)
議長がラクスを狙っているというのは、ヴェルサスが一方的に言っていることだ。アッシュにしても状況証拠以上のものではない。確実な証拠はないのだ。
(だが、俺が奴らを怪しむ決定的証拠もないわけだしな。それに、この怪我じゃろくに動けない。下手に刺激して、こいつらが牙を剥いたら対処のしようがない)
全身に包帯を巻かれた我が身を苦々しく思う。もっとも、いくら万全であっても相手はスタンド使い。どこまで通用するかわからないが。
(キラやラクスはしっかり信用しちまったみたいだし……そうなると頑固だからな。今は様子を見るしかないか……)
「ラミアス艦長。俺は少し眠って体力を回復させる……キラたちについていてやってくれ」
「ええ、ゆっくりおやすみなさい。隊長」
傍らで看病をしていたマリューにその場を任せ、バルトフェルドは泥のように眠りにつく。しかしその判断を、バルトフェルドは後に悔やむことになるのだった。
「しかし……まずはオーブから脱出せねばなりませんね。オーブはプラントと協力し連合と戦う姿勢でいる……。もしもプラントからミス・クラインの引渡しを迫られたらことです」
ヴェルサスがそう言ったのは、オーブの公的機関により、この部隊がデュランダルの手のものであるか、調査されたら困るからである。
ゆえに危機感を煽り、一刻も早くこの国から立ち去ろうとしていた。
だが、ヴェルサスは思い違いをしていた。ラクスたちは、自分たちの身の安全のみを考えて、議長に対抗しようとしてはいなかった。
議長の未知なる企みから、『世界を護る』ために行動しようとしていたのだ。
「ええ……ですが、その前に一つやることがありますわ」
「そうだね」
ゆえにラクスは待ったをかけ、キラも同調する。そして二人同時に、
「「カガリ(さん)を脱出させなくちゃ(ては)」」
「……カガリ?」
カガリというのは、カガリ・ユラ・アスハのことだろう。情報によれば、キラ・ヤマトの肉親であり、ラクスとは前大戦での戦友でもある。
(確かに……プラントが敵となった以上、それと組むオーブ、ひいてはカガリ代表が危ないと感じるだろう。国から出して安全な場所に移したいと考えるのも……まあわかる)
ヴェルサスはそう判断する。彼には肉親の情などないが、そういうのを大事にする人間がいるのはわかっていた。
「いやしかし……今プラントとの協力が破れれば、それこそオーブは連合によって押し潰されてしまいます。今はプラントと共に連合と戦った方が、オーブにはいいでしょう。プラントとて、この状況でカガリ代表を害するはずがない。
我々は戦況を見守りつつ、準備をしながら時を待ち、デュランダル議長が真の野望を露わにしたとき、世界を救うべく参上すればよろしいかと」
自作自演がばれないように、カガリ救出に反対するヴェルサス。
「いいや、それじゃ駄目だ」
だがキラは断固反対する。そんなにカガリが心配かと思ったヴェルサスに、キラが言ったことは、ヴェルサスの予想を遥か斜め上に超えたものだった。
「オーブは戦争をしてはいけないんだ。それは『理念』に反する」
「……はあ?」
目を丸くするヴェルサスに、理念のことがわからなかったのかと思ったラクスが説明をする。
「オーブの理念……他国を侵略せず、他国に侵略されず、他国の戦争に介入せず……今、それが破られようとしているのです」
「いやそれは……」
ヴェルサスは、ラクスの目を見て反論しようとした時、怖気が走った。
(なんだ? 今、俺はこの女に何を感じた?)
それは、本能的な恐怖。
プッチ神父の宗教的カリスマとは異なる、何か。だが同じように、人を従わせる力の片鱗を、ラクスから感じた。彼女の言葉が、奇妙に頭に染み入ってくる。
「今のカガリさんは間違っています。確かに命の心配はないかもしれない。けれど、このままでは別の物が失われてしまう。ですからこれ以上間違う前に、助けなくてはなりません」
ヴェルサスは息を呑み、搾り出すように声を出した。
「わかりました……では、そういたしましょう」
これからどうなろうと、今はただラクス・クラインと話していたくなかった。
カガリ救出などにまったく納得はしていなかったが、だからこそ今のうちに話を切り上げたかった。
このままでは、『納得させられて』しまいそうで恐ろしかった。
ヴェルサスの賛同に、キラとラクスは無邪気に喜び、救出方法についてあーだこーだと意見しあっている。
それを無気力に眺めながら、ヴェルサスは自分の取っている行動の危険性を思い知った。
(【一族】が危険視したイレギュラー……Aのキラ・ヤマトと、Qのラクス・クライン。甘く見ていた……この俺が、こうも気色悪い恐怖を味わうなんて)
だが今更やめることはできない。既にサイは振られたのだから。
(それでも、それでもこいつらを利用して、俺は幸せになってやるさ。俺にならできる! なんたって俺は……DIOの息子だ!!)
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そしてその日、セレモニーは始まった。
場所は、海を目前にしたハウメアの神殿。白い石で組まれた崇高なる建造物。勝利の喜びと、未来の栄光を祝うのに、ここほどの場所はあるまい。
マスコミがカメラを向ける中、壇上ではスーツを着込んだカガリが凛々しい姿を見せる。
彼女の後ろには、ユウナをはじめとしたオーブの政治家たちが控えていた。
周囲にはオーブのMS、アストレイが守護騎士のように配置されている。
多くの人々が見つめる中、カガリは戦闘の勝利に対しての礼賛と、これからに向けての対応について、演説を始めた。
「あいつがカガリ・ユラ・アスハか……。ミリアリアに話は聴いていたけど、なるほど、結構良さそうな奴じゃん」
かなりの男勝りだという話だが、そうは見えない。自分の友人に比べれば、むしろおしとやかにすら見える。
(あいつらが今の私を見たら、どう思うだろう)
まさかカメラマンになっているとは思っていないだろう。人間を知りたいと思い、始めた仕事だが、思いのほか楽しい。
そしてカメラは『思い出』を形として残せる道具だ。生きるということは『思い出』をつくることと考える自分にとって、これは天職かもしれない。
「写真の一つも撮っておくか」
気分よく彼女は呟く。普段なら政治家の写真を撮るなど趣味ではないが、今回の素材は悪くない。ミリアリアに会った時に見せてやるとしよう。
そうしてカメラを向けたとき、異変は起こった。
海の向こうから、光る点が現れた。点は見る見るうちに大きくなり、その全貌を神殿にいる者たちに見せるのに、さして時間はかからなかった。
空を支配するかのように広げられた、十枚の青い翼。
鋭く天を突く角。
通常のMSとは比較にならない圧倒的武装。
まさにそれは人類戦争技術の結晶。
伝説となった破壊芸術品。
『ZGMF-X10A フリーダム』
「なんだ……って?」
ユウナの呟きがカガリの耳に届く。カガリはといえば、声も出せずに絶句していた。
周囲にいる他の人間、護衛兵やMSですら呆然として動けなかった。そうしている間にフリーダムはカガリの前に降り立つ。
そして、その手をカガリに向けて伸ばした。卵をつまむようにゆっくりと、しかし決して逃げられないほどに力強く。
その動作に、呆然としていたユウナが我に返る。
「何をするだーーッ!」
言葉と共にカガリのもとへ駆け寄るが、距離から言って間に合いはしない。
立ちすくむカガリが、フリーダムの巨大な手に包まれんとした時、凄まじい竜巻が巻き起こり、フリーダムの腹部を押し上げ、その巨体を突き飛ばした。
「なぁっ?」
いきなりの衝撃にキラも面食らう。スラスターを吹かし、宙を飛んで状況を確認する。
竜巻は既に消え、代わりにいつの間にか一体のムラサメが地に立ち、上空のフリーダムへと銃口を向けている。
「さて……カガリ代表から離れたところで、コクピットから降りてもらおう」
ウェザーは、有無を言わせぬ口調で要求した。
「邪魔しないで!」
もちろんキラは突っぱねる。
空気を引き裂き、猛スピードで急降下するフリーダム。
ビームによる攻撃は流れ弾による被害があると考え、接近戦で片付けるつもりなのだろう。
ウェザーはビームサーベルの一閃を辛くもかわし、空中に舞い上がる。
フリーダムが追い上がってくることを確認し、ウェザーはとにかく防御に重点を置いて対応する。
フリーダムを墜とすなどという欲は出さない。そこまでの戦闘をすれば、周囲がメチャクチャになるのは目に見えているし、技量的にも自信はない。
「カガリが避難するまで付き合ってもらうぞ」
ボソリと呟き、ウェザーはスタンドを展開した。空気の層が生まれ、フリーダムの速度が抵抗を受けて鈍る。
「なんだ……オーブの新兵器?」
不可解な抵抗に疑問を覚えるも、キラは無理すれば押し通れると見て、突進する。
実際、宇宙から大気圏に突入できるだけの装甲である。ムラサメに到達することはできるだろう。ムラサメが動かなければ。
黙って斬られるまで待っているはずもなく、ウェザーは攻撃をかわした。
「くっ!」
キラは近接戦闘では倒しづらいと考え、ビーム攻撃に切り替える。しかし、そのビーム攻撃も射線が歪み、当たらない。
「特殊な力場が発生しているのか……?」
そう推測するも、対抗策が見つからない。戦況は膠着していた。
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「うわぁ……えらいことになったなこいつは」
呆れた声を出し、カメラでその光景を撮影する。
上空ではフリーダムとムラサメが戦っている。
いや、戦っていると言うよりは、フリーダムが一方的に攻撃し、それをことごとくムラサメがしのぎ続けているという状態だ。
どちらも相手を倒せぬまま、時は過ぎていく。
周囲には他にも数機のアストレイが飛んでいたが、フリーダムに近づいたアストレイは、一瞬にして武装を破壊され、戦闘不能にされる。
中々手出しできず、様子を見守っていた。
「そうか……『そこ』にいるのか。お前は」
彼女は懐かしさに笑みを浮かべる。だがいつまでもこうしていると、流れ弾にでも当たるかもしれない。
正式な再会を楽しみにしつつ、彼女はいったんその場から離れた。
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「何がどうなってる!」
カガリは思わず怒声を放った。
なんだってこんな時にあれが来たのだろう。
あれは間違いなくフリーダムであり、ということはつまり、あれに乗っているのはカガリの兄弟であるキラ・ヤマトである。
その彼が、なぜこんな真似をする? 突然セレモニーに現れ、戦闘を行うなど。
「なんだかわからないけどねぇ! とにかく安全な場所へ」
隣を走るユウナがそこまで言ったと同時に、カガリは急に倒れ込んだ。
(なんだっ)
カガリは足に違和感を覚え、目を向けると、彼女の右足首を地面から生えた『手』が、がっしりと掴んでいた。
「な――」
悲鳴をあげる暇もなく、カガリは手によって地中へと引きずり込まれる。
「カ、カガリィッ!!」
ユウナが彼女の手を咄嗟に掴み、踏ん張った。そのおかげで、カガリは腰まで引きずり込またところで停止する。
だが足首から手は離れず、なおも強い力で彼女を引っ張る。
「くっ、こ、これもスタンド能力かっ!」
カガリがユウナに握られていない方の手で、地面を押して出ようとする。だが相手の力の方が遥かに強い。
どちらが先に力尽きるかの勝負になると思われたとき、カガリの手を掴むユウナの力が急に落ち、カガリの上半身は急速に地面に吸い込まれていった。
「ユウナ!!」
カガリが最後に見たのは、数本の石槍に刺され、血を流して地に伏せる、ユウナの姿だった。
「はい、こちらヴェルサス。カガリ・ユラ・アスハは確保しました。アークエンジェルまで運びます。キラ殿、それまでの援護をお願いします」
ヴェルサスは了承するキラの声を聴きとどけ、通信を切る。
彼はムラサメのコクピットにいた。
膝の上に気絶したカガリを乗せている。背後には半ばコクピットにめり込んだセッコがいた。
カガリをさらってきた功績の褒章として与えられた角砂糖をかじっている。
このムラサメはさきほどセッコに奪わせたもので、元々のパイロットは放り捨ててある。運がよければ助かるだろう。
(ユウナ・ロマ・セイランはどうかな……セッコの噴き出した石槍をもろにくらったからな。まず助かるまい……。奴らのご機嫌を損ねるかもしれんな)
ムラサメはヴェルサスの操縦で飛び上がる。卓越した戦闘をするほどの腕はないが、この程度は簡単だ。そしてアークエンジェルの待つ海へと向かう。
途中、オーブMSを振り切ってきたらしいフリーダムと合流する。追いかけてきたムラサメはフリーダムに翼を破壊され、落ちていった。
「とりあえずは成功か……」
そうは言うものの、先がまったく見えない。ヴェルサスは何の達成感もなく、帰路に着いた。
―――――――――――――――――――――
ユウナは目を覚ました。どうやら病室で眠っていたらしい。しばらく、焦点定まらぬ目で天井を眺めていたが、やがて跳ね起きて叫んだ。
「……………そうだカガリはっ!?」
「連れ去られた」
冷徹な答えに、隣を見ると、ウェザーが座っていた。看病してくれていたらしい。
「ウェザー!! 連れ去られたって……!!」
「ムラサメが一体消えていた。どうやら俺がフリーダムを相手にしていたうちに、別の侵入者が奪って逃げたらしい。おそらくそれにアスハ代表は乗せられていたのだろう。待機していたアークエンジェルにフリーダム、ムラサメが収容され、潜って逃げたようだ」
「くそ!!」
ユウナは感情の高ぶりを抑えきれず、ベッドに拳を打ちつける。
「すまん……俺がフリーダムを逃さなければ……」
深追いは危険であると考えたのだ。もしも向こうが殺す気でかかってきたら、技能の差から考えてまず勝てない。
だが、こんなことなら命に代えても追うべきだった。
「いや……君のせいじゃない。それに、誰の責任かなんて言っている場合じゃない。どうにかしてカガリを助けなければ」
なぜキラ・ヤマトが、ラクス・クラインがこんな真似をしたのかわからないが、どうにか対策を立てなければ。
「あれ……ところで、僕は何で生きているんだ? かなり重傷だと思ったけれど」
「それは彼女のおかげだ」
「彼女?」
ウェザーが目配せする。そこでようやく、ユウナはこの病室にもう一人人間がいることに気づいた。
ウェザーの背後に、壁を背にして静かに立つ女性の姿があった。
カガリのように短い髪、背丈は160センチ強、細い体つきをしている。
顔のつくりは可愛らしいが、浮かべる表情は戦士の強さを感じさせる。
「俺の昔の友人だ。彼女が君の傷を手当てしてくれた」
そして彼女は口を開く。
「感謝しなよ。あんたがウェザーの知り合いとは思わなかったけどさ」
思ったよりも明るい声だった。
「『フー・ファイターズ』、あるいは『FF』……私のことを呼ぶなら、そう呼びな」