KtKs◆SEED―BIZARRE_第24話

Last-modified: 2009-06-08 (月) 06:06:14

 『PHASE 24:炎と氷』

 
 

 戦闘とすら言えない茶番劇が行われた後、ミネルバはマルマラ海沿岸の港、ポートタルキウスに停まっていた。

 

「ひでえもんだな……」

 

 ポルナレフの呟きを聞き、シンは破壊された艦首に視線を向けた。
 陽電子砲発射の直前に破壊された艦首は、溜まった分のエネルギーの暴発により、相当な被害を受けていた。
 資材はすぐに送られ、修理がなされるという話だが、時間はかからざるをえないだろう。だが、直るのならよい。直らないものもある。

 

「……………」

 

 桟橋に並べられた黒い袋。それは、フリーダムの艦首破壊によって死んだクルーたちが入れられた死体袋(ボディバック)。もはや戻ることのない仲間たち。

 

「シンよお。お前、あの中に知り合いはいたか?」
「……いえ。親しい相手は」
「そうか……俺はいたよ。嫁さん亡くして一人で子供育ててる奴もいたし、恋人ができたばっかで散々惚気ていやがった奴もいた。逆に単身赴任中に女房寝取られて、自棄酒飲んでた奴もいたし、ナチュラルの俺のことが嫌いで見下した目で見てきた奴もいた」

 

 人懐っこい陽気なフランス人は、この艦のクルーのほとんどと付き合いがあった。
 親しかった者もいた。嫌いだった者もいた。けれど死んでもいいような者なんて、一人だっていやしなかった。

 

「あのペ天使野郎は、あいつらを殺した。そして、野郎はそれを気にしちゃいねえ。あいつとやりあって、チャリオッツを斬られた時にわかったんだよ。あいつは強いし上手いが、殺意や気迫っつーもんがねえ……」

 

 今まで戦った強敵たちから感じた鋭さが、フリーダムには欠けていた。
 殺さないというのならそのために、殺そうとする以上に必死の気迫や鋭さというものが出るはずなのに。

 

「あいつが俺たちを殺さなかったのは、殺人の罪を犯したと思いたくないっていう、『逃げ』のためだ。それとも、殺さない自分に酔っているのか。とにかく、あいつの戦いには切実さが無い。だから、本当は殺したことにも気付かない。
 もし、気付いていたとしても、『残念だったが仕方なかった』『二度と繰り返さない』そう言って、上っ面の涙一つも出して片付けちまうんじゃないかね」

 

 ポルナレフは吐き捨てるように言う。戦場においてもなお人を殺さない。生命を尊ぶ、賞賛に値するはずの行為。だがポルナレフは賞賛などする気にはなれなかった。

 

「あの野郎は、口ではなんだかんだ言って、本心では……ひょっとしたら自分でも本心に気付いていない間抜け野郎なのかもしれないが……命を重く見てないのさ」

 

 それは、本当の意味で強く優しく、命を尊ぶ者たちを知っているからこそ、感じ取れる差異。

 

「あいつらは、そんな野郎に殺された……俺はぜってー、許しはしねーぜ」
「はい……俺もです」

 

 シンは強く強く頷いた。そしてふと、この場にいない男のことを思い起こす。奴に名指しされた彼のことだ。

 

「隊長は……どうするでしょうね」
「アスランか。様子からして知り合いだったみたいだしな……けどよぉ、だからこそ」

 

 怒りの表情から心配そうな顔になり、ポルナレフは言う。

 

「はらわた煮えくり返ってるって感じだったぜ。ありゃあ」

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

 アスランは艦長室で、タリア・グラディスと顔を合わせていた。

 

「あの艦の行方を?」

 

 グラディス艦長は、やや緊張した声で言葉を返した。アスランの顔は平静を装いながらも、空中に効果音が浮かび上がりそうなほどの気迫を孕んでいたからだ。

 

「はい。艦長もご存知と思われますが……私は前大戦の時、あの艦、『アークエンジェル』と共にザフトと戦いました。あのMS『フリーダム』のパイロットも、『アークエンジェル』のクルーも、私がよく知る人間です」

 

 公式には認められていないが、アークエンジェルの一派の尽力によって、かつての大戦は終結した。
 それがある程度の事情通ならば誰もが知っている真実だ。そして、大戦を終わらせた伝説の英雄の一人が、ほかならぬアスラン・ザラなのだ。
 だがその英雄の仲間が、自分たちを傷つけ、混乱をもたらした。アスランにとっては到底、黙って見ていられる事態ではない。

 

「だからこそなおさら、この事態が理解できません。彼らの目的は、私を、というよりは、オーブという国をプラントと連合の戦争から外したいということのようですが……あのような行為は、オーブとプラントの関係を悪化させることになりかねません」
「だから探したいと? 傷ついたこの艦を離れてまで?」
「確かに、捜査などについては私より適任の者がいるでしょう。しかしながら……彼らと話し、解決の道を探し、場合によっては……」

 

 一瞬、アスランの顔から平静さが剥がれ、怒りが噴き出る。

 

「殴ってでも止めてやるのは、私の役目です」

 

 拳をきつく握り締めて言う彼に、タリアは冷や汗を浮かべた。怒りの対象が自分でないとわかっていても、恐ろしい。

 

(もっと甘い人間だと思っていたけど、厳しい覚悟を持っているようね)

 

 タリアは少しアスランを見直した。甘い人間が嫌いというわけではないが、戦士としてはやはりこれくらい覇気のある方が頼もしい。

 

「……いいわ。わかりました。あなたの離艦を了承します」

 

 ザフトを裏切り、かつての仲間と合流してしまう不安があったのだが、この様子なら大丈夫だろう。
 アークエンジェルが敵にならないことを願いながら、タリアはアスランを送り出す。相手の力も問題だが、平和をもたらした英雄の敵にはなりたくなかった。
 それに……アスランの心が傷つかないためにも。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

 一方その頃ドナテロ・ヴェルサスは、バルトフェルドと共に情報提供者の住居を訪れていた。

 

「……こんな所で情報が手に入るのか?」
「こんな所だからこそ、ですよ」

 

 バルトフェルドの言葉に、ヴェルサスは慇懃無礼な調子で答える。
 バルトフェルドの言う『こんな所』とは、ある新興宗教の本部だった。戦中に宗教がはやることは、歴史的に見て珍しいことではなかった。
 テロが繰り返され、火種がそこら中に転がり、ついに爆発したこの乱世、人によっては何かにすがり付きたくなっても無理はない。
 ここはそんなうちの一つで、噂ではかなり過激な行為もしているということだった。この間もザフトが開放したばかりのディオキアで、爆弾テロが行われたが、それがこの教団によるものだという噂もある。

 

「だからこそ……様々な人間との関わりがあり、情報も集まるというものです。ただ、さっき説明したとおり、情報提供者である『教祖さま』と会えるのは私だけですから」
「……わかっている」

 

 バルトフェルドは不承不承ながら頷いた。ヴェルサスはバルトフェルドの内心を感じ取り、ザマミロ&スカッとサワヤカな笑いを出さぬよう我慢する。

 

「ヴェルサスさま、教祖さまがお呼びでございます」

 

 教団の信者の一人だ。つばのない、てっぺんの尖った長い帽子を被り、裾が膝の下まである宗教服を着ている。手には紙の束。教団が収集した最新情報をプリントしたものだ。

 

「わかりました。……それでは行ってきます。貴方はこちらの情報に目を通していてください」

 

 信者から渡された情報を受け取るバルトフェルド。彼の敵意を含んだ眼差しを背中に受けながら、ヴェルサスは謁見の部屋に入る。
 そこには『教祖』が一人、あぐらをかいて床に座っていた。床にはたくさんの紙が散らばっている。
 紙の多くは地図であった。世界地図もあったし、狭い地域の詳細な地図もあった。航空写真や建築物の間取り、海図、気象図もあった。

 

「はいや、久しぶりじゃのう、ヴェルサスよ」

 

 さきほどの信者と同じ服装をした男。妖精のように尖った耳が特徴的だ。まだ30代半ばという歳であろうが、物腰は老人のように年月を感じさせもした。
 それもそのはず……ヴェルサスの記憶が確かなら、この男の年齢は80歳を迎えているのだから。

 

「中々盛況のようだな。あんたの教団は」
「40年前ほどではない……まだまだな。せっかく、こっちの世界にきてあの頃の肉体に戻れたのだ。立場もあの頃と同じ、いやそれ以上になりたいものだが」

 

『ボヘミアン・ラプソディー』の能力によって、この世界に引き込まれた魂は、この世界での実体を得ることが出来る。
 そしてその実体は、魂の望んだ時期の肉体となるらしい。
 これはヴェルサスが実際、多くの復活者を見て結論付けた法則である。
 たとえばセッコは、死ぬ前に鼓膜が破れていたようだが、蘇ったときには再生していた。自分だって重傷であったはずなのに傷一つなかった。
 そして目の前の男にとって死んだ当時の老人の姿ではなく、30代の頃に戻りたいと強く願っていたのだろう。

 

「そうなりたかったら、俺に協力してもらおう。高い金を払っているんだからな」
「くく……その金は【一族】とやらから持ち出したものではないのか? 今回持ってきた金や情報も【クライン派】とやらのおかげじゃろう?」
「出所なんか関係ないだろ? いいからあんたは情報を渡せばいいんだよ」
『イイゼ、教えてヤルぜ!』

 

 急に新たな声がした。

 

『アンタのラッキーカラーはイエロー、薔薇ノ花束ハ吉。あとピンクのモノには要注意だゼ』

 

 いつの間にやら、空中に謎の物体が浮かんでいた。一見すると東洋の龍(ドラゴン)のような形だった。
 上半身は透明な球体の中に入っており、下半身はひし形を底辺とした四角錐となって、球体の外に突き出ている。

 

「はいやッ! お前はしゃべるな!『龍の夢(ドラゴンズ・ドリーム)』!」

 

 男は顔をしかめて、その奇妙なドラゴンに怒鳴る。

 

『オレはアンタの手下ジャネーッ! 勝手にしゃべるゼッ!』

 

 だがドラゴンは意に介さない。

 

「お互い、言うこと聞かない奴には苦労するな……ケンゾージジイ」

 

 彼の名はケンゾー。
 かつて3万人の信者を従えたカルト教団の長だった男。34人の男女を殺し、懲役280年の刑を受け刑務所に入れられた男。『ドラゴンズ・ドリーム』のスタンド使い。
 栄光を取り戻すために戦い、敗れ、こちらの世界に来てからも、彼は栄光を諦めてはいなかった。

 

「ふん……まあいいじゃろう。確かに教団としては出すものさえ出せば文句は無い。お前さんの運命の流れを見てやろう」

 

 そしてケンゾーは一枚の海図に赤ペンで印をつける。アークエンジェルが隠れている地点だ。

 

「ふん……まだ大丈夫じゃろう。気の流れがやや不安定だが、敢えて招き入れぬ限り敵対者は近づくまいよ。そういう気の流れじゃ」

 

 ケンゾーの持つ特殊な力。その名は『FENG SUI(風水)』。占星術やタロットカードのような占いとして有名だが、占いではない。
 東洋人によると、この自然界には山や谷から発生する『風』や『水』のエネルギー、『気』の方角を知る事によって、人生の決定の時『進むべき道』がわかるという。
 たとえば、『土地』や『家』の方角が凶だと、住んでいる人の健康や財産、家族の幸福も打撃を受ける。
 戦乱の時代では『城』の風水を見て、どの方角から城を攻撃すれば陥落させられるかわかったというし、逆に城の弱点方角に神社などを建て、凶のエネルギーを沈めれば、城はより強固な守りとなる。
 つまり『風水』とは、未来を知り対策を立てるための占いではなく、よりよい未来を呼び寄せ、生み出すための技術なのである。

 

「俺の目的は達成できるんだろうな」

 

 その力に目をつけたヴェルサスは、ケンゾーと取引し、教団のために協力する代わり、目的達成への未来を指し示すよう、要求したのだ。

 

「せっかちじゃのう。安心せい。貴様の目的が何かは知らぬが……お前を取り巻く気の流れはお前を成功へと導くともよ。お前が『何時』『何処』にいるべきか、教えておこう。お前が幸運と出会える時間と場所をな。ただ……」

 

 ケンゾーは何枚かの写真を出し、

 

「キラ・ヤマト、ラクス・クライン……こやつらの運ぶ気は強すぎる。強い気はお前を成功へと導くが、強すぎる気はお前を枯らす。目的達成のため、こやつらを操ることにしたお前の判断は間違いではないが……お前自身が耐え切れねば、身を滅ぼすぞ?
 聖杯を捜し求めたアーサー王や、不死の霊薬を手に入れようとした始皇帝のようにな」

 

 部下を動員し、聖杯を見つけ出すことには成功しても、最終的に反乱を起こされ、国と自分自身を滅ぼしたアーサー王。不死の霊薬を求め続け、各地に調査隊を派遣したが、逆に毒性のある水銀を飲んだために命を縮めた始皇帝。野望を求めて滅び去った前例たち。

 

「一緒にするな……俺は必ず、俺の『聖杯』を手に入れる! 手駒ごときに滅ぼされてたまるものか!」

 

 飢えた獣のように浅ましくも恐ろしい、貪欲な目つきで、ヴェルサスは宣言した。そんな彼に『吉』と『凶』の方角を指し示す、風水の化身ともいうべきスタンド、『ドラゴンズ・ドリーム』は語りかける。

 

『俺は中立ダカラ、誰の味方でもナイ。ダケド忠告ハしておく。『風水』ハ運命の流れヲ見るコトガできる……ケド所詮運命は人の手ニハ余るモノダ。利用スル程度ハトモカク、支配スルコトなんかデキネー。油断ハしないコトダヨ』
「……それこそ、言われるまでも無い。お前らこそ潰れないように気をつけるんだな。お前らが、気の流れを変え、良い気を呼び込むために行っている、建築物やらの破壊行為……すでに噂がたってるぜ。いくら風水でも、軍隊の物量には敵わねえ。注意することだな」
「吉の方角にいくためには、多少の凶は覚悟せねばならん時もある。結局、危険を冒さずには何もできぬよ」

 

 話していると、ドアを強く叩く音がした。

 

「やめてください! あなたは教祖さまとの対面を許されておりません!」
「緊急事態なんだ!! どうしてもヴェルサスに知らせなければ!!」

 

 バルトフェルドの声だ。酷く慌てている。
 ヴェルサスは目で問うと、ケンゾーは許可した。周囲の地図をしまうと、

 

「よろしい入りなさい」

 

 そう声をかけた。すぐにドアが乱暴に開かれる。

 

「ヴェルサス!! これを!!」

 

 やけに興奮した様子のバルトフェルドが、一枚の紙をヴェルサスに突きつける。さっき信者から受け取った情報だ。

 

「なんだ? 何かまずいことでも……」

 

 顔をしかめて書面に目を通すヴェルサスだったが、やがて目を見開き、徐々に顔色が変わっていく。

 

「……戦闘に乱入した?」
「そうだ! 昨日のことで、まだマスコミには流れていないらしいが……」
「……戦闘に乱入した?」
「あ……ああ、どうやらアスランが乗っているミネルバと、連合軍の戦いに飛び込んで……これではアークエンジェルは世界中を敵に回すことに……」
「……戦闘に乱入した?」
「ちょ……ヴェルサス?」

 

 茫然自失の態で、同じ言葉を繰り返すヴェルサス。不穏な空気を感じたバルトフェルドは、恐る恐る彼の名を呼びかける。

 

「……………ふう」

 

 息一つついた途端、ヴェルサスの膝が折れ、その場に崩れ落ちた。

 

「ヴェ、ヴェルサスぅ!?」
「は、ははは……」

 

 虚ろな笑いをあげる男に、バルトフェルドは肩を掴んでガクガクと揺さぶる。

 

「なあ……人生ってなんだろうな?」
「しっかりしろ! 帰って来いヴェルサス!! 俺を一人にするんじゃない!!」

 

 唖然としたケンゾーと信者が見つめる中、バルトフェルドは最も危険な男と認識する相手を、必死で復活させようとするのだった。

 

『自分ダケ無傷ノまま、手駒とシテ他者ヲ操るというコトは、実のトコロ本当ニ難しいコトなんだよネ』

 

 地上の騒動を尻目に、ドラゴンズ・ドリームは呑気そうに空中を漂っていた。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

 ヴェルサスが辛い現実に耐えかねている頃、また別の場所で一人の男が動いていた。

 

「アークエンジェルがねぇ……一体何のつもりなんだろうな」
『こちらもさっぱりわからん。オーブ代表をさらった時から警戒はしていたが、やはり無視できない危険要素だろうな。
こちらはこのままミネルバとの戦闘を続行することになるだろう。従って、お前に負担をかけることになるが……』
「水臭いことを言うなよブチャラティ。ちゃんと来るべき時のための戦力は増やしておくさ」

 

 アバッキオはブチャラティと近況報告と打ち合わせをし、通信を切った。

 

「と、いうことだが、どうだい……影の軍神さまのご意見は?」
「妙な呼び方をするな。私の名は、ロンド・ミナ・サハクだ」

 

 振り向くアバッキオの背後で、長く美しい漆黒の髪をした、獅子の如く壮麗な女性が薄く笑う。
 その身に纏う戦士の空気は、アバッキオの教官、レナ・イメリアのそれに勝るとも劣らなかった。

 

(レナに初めて会った時は、彼女ほどの女傑がいるとは思いもしなかったが……『白鯨』のジェーンといい、この女といい……まったく、男なんてか弱いもんだぜ)

 

 ため息が出そうになるのを押さえた。

 

「私もキラ・ヤマトたちの行動には驚いている。他者の信念を否定するのは私の主義に反することだが……周囲へ及ぼす影響を鑑みると、歓迎できる事柄ではないな」
「要するに気に食わないってことだろう」

 

 アバッキオが眉をしかめる。どうもアバッキオはこの貴族的で心身の強すぎる女性のことが好きになれない。些細なことでもつい文句のようなことを口にしてしまう。

 

「そう噛み付くなレオーネ。私はお前たちと仲良くやっていきたいのだ。私も、この下らない戦争は早く終わらせたいのでね」

 

 軽く受け流すミナ。アバッキオも自分の態度を大人気ないと感じ、気を取り直して言う。

 

「この間、話した以上のことはまだ何もない。しかし……戦況も結構煮詰まってきている。連合が不利の状況でな。
だから多分もうじき……ジブリールの野郎がブチ切れる。暴走をやらかすだろうさ」
「その時こそ、我々の立ち上がる日なのだろう? わかっているさ。だがだからこそ、キラたちの行動は問題だ。彼らはクライン派を味方にしているし、『ターミナル』の援助もある」

 

『ターミナル』とは現状に疑問を抱く各国の有志からなる地下組織の呼称である。
 元々は有事に備えて様々な組織にスパイを送り、情報収集をする、情報屋グループであり特定の陣営に与するものではないが、近頃はクライン派に飲み込まれつつあるという。
 ブチャラティたちの尽力で築かれた、各国首脳、軍部の反戦派、レジスタンスグループらによるロゴス打倒の結束。
 しかしその中にもいるかもしれない。クライン派が。

 

「わかっているさ。ちゃんと調査した上で行っている……俺の力はそういうのには便利なんでな。無論完璧に穴がないとは言い切れないが、やるしかないだろう。
ところで、あいつはどうしている?」

 

 アバッキオの言う『あいつ』とは、初めにミナとのコンタクトを取った人間である。
 尊敬できない人間の下につくのが嫌いなため、ジブリール配下である『スリーピング・スレイヴ』には所属していないが、心強い仲間には違いない。
 アバッキオもその能力は認めており、ユニウスセブンが降り注いだ、あの『ブレイク・ザ・ワールド』の翌日に、すぐさま連絡を取り、手助けを要請した。
 そして現在、あいつはミナの要求により彼女のエージェントとして働いているはずだ。

 

「今は留守にしている。有能な人間は忙しいのだよ」
「そうか。まあ上手くやってんならいいさ。俺も忙しい身なんで、出るとするが……ロンド・ミナ・サハク」

 

 彼はミナの目を見て、

 

「あんたのことは正直好きじゃねえが……死んで欲しくもない。まあせいぜいお互い生き延びようぜ」

 

 それだけ言うと、アバッキオは彼女の部屋を後にした。残されたミナはくすりと笑い、
「劾に……ロウ、ジェス、カイト、それにレオーネ、ブローノ、ダイアーか。ナランチャも先が楽しみではあるし、それにあいつも……まいったな。いい男が多すぎて目移りしてしまうではないか」

 

 悪戯っぽく笑うその顔は、不思議なほど女らしく見えた。

 

 次の日、ミネルバを発ったアスランは、アークエンジェルの探索に力を入れていた。
 あれだけの戦艦ならば、どこかに目撃者がいない方がおかしい。
 そう考えて昨日から聞き込みを行っているのだが……まるで成果がない。
(まるで魔法にでも守られているみたいだ)
 アスランはめげずに別の町へ向かうことにした。もう少し大きな町なら、情報も多く集まっているはずだ。そう考えてレンタカーを走らせる。
「!!」
 だがそこで、偶然にも彼は見知った顔を見つけたのだ。
「ミリアリア!!」
 呼びかけられた少女もまた、振り向いて彼の名を叫ぶ。
「え! アスラン!?」
 ミリアリア・ハウ。かつての大戦で、アークエンジェルのオペレーターを務めた、短い褐色の髪の少女。
 キラの友人であり、後にはアスランとも仲間となった。アスランこそが、彼女の恋人、トール・ケーニヒを殺したというのにそれを許して。
(こんなところで彼女と会うとは……偶然か?)
 ともあれ二人はオープンカフェに場所を移し、近況を語り合った。
「オーブの派遣軍としてザフトにね……」
 ミリアリアは難しい顔で言う。祖国オーブの行く末を、気にしているのだろう。
「ああ。そういえば向こうではディアッカとも会ったが…いや、なんでもない…」
 口にした途端、アスランは後悔した。ミリアリアの顔が急速に歪んだからだ。
(彼女とディアッカは仲が良かったと思ったが……上手くいかなかったのか? まあそういうこともあるだろうが……)
 コーヒーをすすって前言を誤魔化そうとするアスラン。
「そ、それはともかく……アークエンジェルについての情報を何か知らないか? ジャーナリストをやっているんだろう?」
「……何かって?」
 ミリアリアが警戒した表情をつくる。だがアスランははっきりと言った。
「あの艦がオーブを出ていたことは知っていたが……先日、戦闘に介入してきて、戦場は相当に混乱した」
「……知ってるわよ。全部見てたもの。私も」
 さすがのアスランもその言葉には驚かされた。ミリアリアはバッグから何枚もの写真を取り出す。それらはすべて、ダーダネルスでの戦闘を撮ったものだった。
 飛び交うビームやミサイル。撃墜されるMS。艦橋を破壊され、煙をあげるミネルバ。そして、アークエンジェルとフリーダム。
 アスランは腹の底からこみ上げる怒りに、表情をしかめた。
「それで、アークエンジェルを探してどうする気?」
 ミリアリアの真っ直ぐな瞳がアスランを射抜く。だがアスランは怯むことなく言い切った。
「話したいんだ。キラやラクス……カガリと。なぜあんな真似をしたのか、それを彼らに聞きたい」
 カガリをさらった理由も含めて。キラは自分をカガリの代弁だと言っていたが、そのことも聞かねばならない。
 このままでは、オーブとプラントの仲が決裂しかねないことになる。
「今はザフトに身を置くあなたが?」
「……ザフトとして、俺がキラたちを攻撃するんじゃないかと、そう考えているわけか」
 アスランはミリアリアの警戒の根を理解し、その上で正直に答えた。
「さっきも言ったように、俺はオーブからの派遣兵だ。ザフトの命令は絶対のものにはならない。そして俺は今、俺個人のために行動している。彼らから、話しを聞きたいんだ。なぜこんなことをしたのか、俺自身が納得するために」
そう語るアスランの目はかつてリンゴォやポルナレフといった、戦士たちと同じものであった。
 相手の命を奪うことも、自分の命を失くすことも、背負いきれぬものを背負う覚悟をした、『漆黒の炎』を宿した目だった。
「……なんか、変わったわね貴方。前はもっとなよっちい気がしてたけど」
 まるで、かつての自分の相棒のようだ。いつも飲み物を手放さなかったり妙なところもあるが、ピンチの時には異常なほどに頼りになった、逞しい彼女のようだ。
「いいわ。私も居場所は知らないけれど、連絡の取りようはある。繋いであげる」
「……感謝する」
 昔の自分への評価に、アスランはちょっと憮然となる。だがこれで、目的達成の光明が見えたのだ。良しとしよう。
 そう考えるアスランに、ミリアリアは話しかける。
「私も長いことオーブには戻ってないから、詳しいことはわからない。FFと会えたら、何か聞けるかもしれないけど……」
 彼女の目は、フリーダムを撮った写真を見つめていた。
「誰だってこんなこと、本当は嫌なはずだものね……きっとキラだって」
 それはそうだろうとも。戦うことは、殺しあうことは、嫌だろうとも。傷つくことは、死ぬことは、失うことは、嫌だろうとも。
 それでも自分はそれをする。度し難い。だが自分で決めた道だ。
 キラもまた決めたのだろうか。それはいい。たとえ自分と道を違えても、ぶつかりあうことになっても、それを非難する気はない。
 問題なのは、何も決めずにただ行動してしまった場合だ。覚悟無く、先を見ず、ただ暴走し、破壊を振りまくというのなら……
(友として、俺が止めねばならない)
 結果として、友を失うことになろうとも。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

「なにやってくれやがりましたかあんたらはァァァァ!!」
 帰ってきた彼はマリューの顔を見た途端、大音量の怒声を叩き付けた。精神的にまいっているせいか、言葉遣いがおかしなことになっている。
「お、落ち着いてヴェルサスさん!」
「今落ち着いていて、いつ我を失えというんだこのアバズレがァァァ!!」
 表情筋を痙攣させるヴェルサスの迫力の前に、浴びせられた罵声への怒りも浮かばずに、マリュー・ラミアスはひたすら彼を宥めようとする。
「ア、アスラン君が、その、キラ君の友達が、ザフトに戻って戦争に参加しているって情報が入ったものだから、いてもたってもいられなくなってその」
「いてもたってもいられなくなったら戦場に飛び込むのかあのガキャァァァア!!」
 もはや何を言っても怒りを煽るだけだ。怯えるマリューを見かねて、バルトフェルドが間に入る。
「まあまあ!! 落ち着けヴェルサス血管切れるぞ!! それでラミアス艦長、キラたちはどこに?」
「あ、そ、そうね、今、温泉に入っているわ」
「……温泉だぁ?」
 そうふざけたことに、このアークエンジェルには温泉がある。ご丁寧に『天使湯』などというのれん付きの、和風の岩風呂が。
「いいご身分だことですねェェェェ!! 偉そうによォォォォ!!」
 引きつった笑みを浮かべるヴェルサスに、バルトフェルドとンドゥール以外のクルーが身を震わせる。
「で、どうする? キラたちと話すかい?」
「いいや結構!! 私は小学校の教師でもサーカスの調教師でもないのでね! 説教だのをする気はないッ! 私はケンゾーからの情報で、行くべき場所に行かねばならないからな。後は任した!!」
 怒鳴るだけ怒鳴ると、バルトフェルドに後のことを押し付け、ヴェルサスは出て行ってしまった。
 本来なら危険人物と目するヴェルサスが何処へ行くのか、しっかり見届けねばまずいのだが……そこまで考えが及ばなかった。
 なぜなら、現在最大の危険人物はほかならぬキラとラクスだからである。
「……それで、なんであんな真似を?」
 バルトフェルドは疲れきった表情でマリューに問う。
「ラクスさんを狙っているプラントに、オーブが利用されている現状を打開するためというのが、キラ君が動いた理由よ。
そして、二つに分かれて戦う世界を止めようとする意志が、こちらにあるということを示すという目的もあるわ」
「……誰もわかっちゃいないだろうなぁ」
 あの行動で、両軍のMSを壊し尽くすという行動を起こして、平和主義を歌ったところで誰が信用しようか。
「……よくよく考えると、なんで私も協力したのかって気になるんだけど……どうもラクスさんと話していると、ペースに引き込まれるというか、呑まれるというか」
 右手で額を押さえるようにして悩むマリュー。
「ここにスピードワゴンさんや重ちー君がいてくれたらねぇ……」
 彼女の言葉に、バルトフェルドは深く頷いた。
 スピードワゴンは、キラたちを子供として扱い、特別扱いもしなければ甘やかしすぎもしなかった。
 彼らの理想論も自らの経験に基づいた反論によって論破し、その上で理想を現実に近づけるための自分の意見を述べていた。
 彼ならラクスに呑まれることもなかっただろう。
 重ちーこと、矢安宮重清は、キラたちよりも年下で、鈍くて抜けているところもあったが愚かではなかった。
 最初にキラの名を知ったときは、なんか嫌そうな顔をしていたものの(同じ姓の人間に酷い奴がいたらしい)次第に仲良くなった。
 MS戦闘と関係ない実生活においては、ただの子供であるキラたちを、むしろ弟分のように見て面倒を見ていたようだ。
 騙されることも多いが、本能で大切な真実を嗅ぎつけることのできた彼がいたら、もう少しマシな現在があったかもしれない。
(でも今更仕方のないことだしね)
 彼らがいない以上、自分が頑張るしかないだろう。ついつい考えてしまう『もしも』を切り捨てているところに、
「艦長、通信が入りました。これは……ミリアリアからです! どうやら、アスラン君も一緒のようです!」
 チャンドラからそんな報告がなされた。バルトフェルドは思わず天井を仰ぐ。
「早くも来たか……なんて言ったらいいのかねぇ」
 アスランへの対応をどうするか考えつつ、バルトフェルドは温泉にいるキラたちを呼ぶことにした。
 フリーダムのコクピット内。本来一人のみが乗り込むはずのそこには、現在二人の姿があった。
 一人はいわずと知れたキラ・ヤマト。もう一人はカガリ・ユラ・アスハである。二人はアスランと会うため、待合場所へと向かっていた。
 キラは、この通信が罠ではないかと疑っている。
 また罠ではなく実際にアスランが来ているとしても、ザフトに協力している彼が騙されるなりされて自分の敵になるのではないかと恐れていた。
 カガリもまた複雑な表情で沈黙していた。
(アスランが来てくれたのは嬉しいけど……)
 やらかしたことを考えると、会うのが怖い。
 カガリは関与していないことではあるが、関係者にはなっているのだ。
 戦闘への介入を知ったときには、月まで吹っ飛ぶほどの衝撃を受けたものだ。
 こんなことをしていいのか、そう言ったカガリへの、ラクスの返答はこうだった。
『まず決める。そしてやり通す。それが何かをなす時の、唯一の方法ですわ』
 なるほど。それは正しく、しかも単純明快だ。だが、
(キラやラクスは、一体何を決め、何をやり通すっていうんだ)
 彼らの目的は戦争を終わらせること。それは確かだ。だがそのために何を決めた?
 局地的な戦闘に介入し、無理矢理終わらせることが世界平和に繋がるのか? オーブがプラントとの協力体制をやめさせてどうなるというのだ?
 大体、自分を誘拐したことの意味は結局なんだったか。一度は説得された気がするのだが、よく思い出せない。
(何をやるのかは決めたとしても、どうやってやるかは、何も決めていないんじゃないか?)
 それはまるで子供の夢だ。王様になりたいとか変身ヒーローになりたいとかそんな感じの。どうやってなるかということをまるで考えぬ、夢想妄想の類。
(わかってるのに、なんでラクスと話していると正しいと思えてしまうのかなぁ)
 相性の問題だろうか。マリューやアークエンジェルのクルーは、カガリ以上にラクスに弱いらしいが、バルトフェルドやヴェルサスは、カガリのようには感じていないようだ。
(こんなんじゃ駄目だ。しっかりしろカガリ・ユラ・アスハ!! またあいつに笑われてしまうぞ!!)
 カガリは自分の頬を叩いて活を入れた。
「カガリ、ついたよ」
 キラが目的地に到着したことを告げる。フリーダムは夕日が差し込む海岸へと降り立った。

 

 白い機体のハッチが開き、鳥形ロボットのトリィが飛び立つ。キラとカガリが岩場に足をつけると、見知った顔が近づいてきた。
「キラ!」
「ミリィ!」
 友人たちは、互いに名を呼び合った。
「ああもうホントに! 信じられなかったわよ、フリーダムを見た時は! オーブ首長をさらってオーブを飛び出したっていうのは聞いていたけど」
「だろうな。私だって信じられないもの。それで……アスランは?」
 カガリは頭痛がするかのごとく眉間にしわを寄せて尋ねる。
「あそこよ」
 ミリアリアが空を指差した。キラとカガリが見上げると、そこにはフリーダムと対照をなすかのように紅い機体が飛んでいた。
「あれが……アスランの?」
「マスコミで宣伝はしていたけど、どんなMSに乗っているかは知らないでしょ? セイバーっていう名前だそうよ。意味は『救世主』……兵器にしちゃ、ご大層な名前よね」
 呆れたようにミリアリアが説明しているうちに、セイバーは降り立った。
 ハッチが開き、アスランが姿を見せる。ラダーに乗って降りてきた彼は、こわばった顔で口を開いた。
「キラ……カガリ……」
「……アスラン」
 互いに友の名を呼び合うが、そこに喜びの響きはなかった。次にカガリが口を開く。
「アスラン……心配をかけてすまない。連絡も取れず、すべきことは何もできずに、挙句こういう破目になってしまった」
「……いや、無事でよかった」
 申し訳なさそうに言うカガリの様子に、アスランは内心ほっと安堵する。
 やはり先日のカガリの代理と称して放たれたキラの言葉は、カガリの意思を反映してはいなかったようだ。
「大丈夫だよカガリ、きっと取り戻せるから」
 カガリが何を悔いているのか、まるでわかっていないキラが言う。
 アスランはそんなキラの様子に、やはりこれは駄目かもしれないと思いながらも問い掛ける。
「それでキラ……なぜあんな真似をした? あんな馬鹿げた真似を」
 努めて冷静に言うが、声音の底に怒りはグツグツと煮え立っていた。
「おかげで戦場は混乱し……無意味な犠牲も出た」
 ミネルバの艦橋が破壊されたことで出た何人もの死者。何をなすことも、残すこともできずに、犬死した犠牲者たち。
「君こそ……なぜまたザフトにいるの?」
 アスランの問いに答えることなく、キラが問い返す。
「オーブとプラントは連合に対抗するために手を結んだ。オーブの人間である俺が、ザフトの手助けをすることは別に不思議じゃないだろう」
「そもそもオーブが戦争をすること自体がおかしいんだ。それは理念に反する。ウズミさんの遺志にも背くことじゃない?」
「理念に反していると俺は思わないが……たとえ反していたとしても、連合に対抗することは正しいと俺は信じている。
 理念や信念というやつは、生きるうえで確かに重要だが、そのためにもっと大切なものを忘れては意味が無い」
 カガリは無言で頷き、同意を示した。だがそれにキラは気付かない。
「……でもそれで? 君が今はまたザフトにいるっていうなら、これからどうするの? 僕たちを探していたのは、なぜ?」
「やめさせたいと思ったからだ! もうあんなことは!」
 アスランは切り裂くような声をあげた。
「あんなことで戦争を終わらせられるものじゃあない! 戦争を終わらせるのは戦争をする者たちが、もうここまでにしようと話をつけることだけだ!
 だからデュランダル議長も連合に対話を呼びかけている……そこにあんな混乱を持ち込んでどうするというんだ!」
「……本当にそう?」
「何?」
 キラが鋭い声で、責めるように更に問う。
「プラントは本当にそう思ってるの? あのデュランダル議長って人は? 戦争を早く終わらせて、平和な世界にしたいって?」
 アスランはいぶかしげな表情になる。だが思い当たることがあり、キラに言葉を返す。
「まあ、精錬潔白な人間とは言えないかもしれないな。何か企んでいるふしもあるし、油断はできない。
 ラクスの影武者を仕立ててまでプラントの総意をまとめたりと、手段を選ばないところもある。
 だがそれでも……戦争を終わらせるには、彼と協力するのが早道だと俺は思う」
「……オーブにいた本物のラクスが、コーディネイターに殺されそうになったとしても?」
「!!」
 さすがにこの言葉にはアスランも驚愕し、言葉を失う。視線をカガリに送り彼女に確認する。
 カガリは目で頷いた。少なくともラクスが襲われたのはバルトフェルドも認める事実なのだ。
「殺されそうとはなんだ? 詳しく聞かせてくれ」
 アスランは驚きをねじ伏せ、冷静さを維持する。
「オーブで、僕らはコーディネイターの特殊部隊と、MSに襲撃された。狙いはラクスだった。だから僕はまた、フリーダムに乗ったんだ……彼女もみんなも、もう誰も死なせたくなかったから」
 キラは哀しさと、そして怒りを宿した表情を見せた。
「彼女は誰に、何で狙われなければならないんだ。それがはっきりしないうちは、僕にはプラントも信じられない」
「……言いたいことはわかった。ラクスが狙われたというのなら、それは確かに、本当にとんでもないことだ。だが……」
 アスランは考えをまとめながら言う。
「それを議長が計画したという証拠は?」
「それは無いけど、でもラクスの偽者を出したり、状況的にはどう見ても」
「ラクスへの襲撃はそれからもあったのか?」
「いや……無いよ」
「追っ手をかけられたことは? でなくともプラントが何らかの動きを見せたことは?」
「……無い。何が言いたいんだい?」
 キラの疑問に、アスランは答える。
「もし議長がラクス襲撃の主犯であるとしたら、一度の襲撃で諦めるはずがない。ラクスの死亡が確認できるまで行なうはずだ。
なのに一度きりで他の反応も無いというのなら、その襲撃はそんな計画的なものではなく、突発的なテロである可能性が高い」
 心を乱さず、冷静に考えることでキラのペースに呑まれまいとする。戦士としての覚悟が、生半可なことでは動じない精神を、アスランに与えたのだ。
「プラントにだって色々な思いの人間がいる。ユニウスセブンの犯人たちのように。その襲撃のことだって、議長のご存じないごく一部の人間が、勝手にやったことかもしれないじゃないか」
 キラは自分の耳が信じられないというふうに、驚きの声をあげた。
「アスラン?」
「そしてたとえ……議長が犯人であり、何かよからぬことを企んでいるとしても、それはお前の行動と関係ない。あんなことをしていても、議長がもくろんでいるかもしれない企みを、探ることも潰すこともできない」
「それは……でも……」
 キラは戸惑う。なぜアスランは自分に賛同してくれないのだろう? 自分の行動をこうも批判するのだろう? 同じ、平和を求める友のはずなのに。

 

 ………それほどに、デュランダル議長に心酔しているのか。自分たちより、議長のことを信じているのか。

 

「……ともかくその件は俺も調べてみよう。なんだかんだであの人も胡散臭い人だしな」
 胡散臭くない政治家というのもピンとこないが。
「だが、お前たちはオーブに戻れ。そして大人しくしていろ。どうやら聞いた印象じゃ、今回のことは考え無しの暴走だったようだ。
これがお前たちでなければ問答無用で捕まえているところだが……腹立たしいことに、俺はお前を親友だと思っている」
 明確でない状況証拠から、議長が悪人であるとキラは思い込んでいる。悪人である議長が束ねるプラントと、オーブが手を組むのはまずい。
 だからオーブの派遣兵である自分を止めるために乱入した。ついでに戦闘もやめさせることにした。そういうことらしい。
 実に単純思考で無計画な行動だ。呆れるしかない。とはいえ、こんな馬鹿な真似をしたとはいえ友は友だ。
 復讐心に燃えるシンやポルナレフには悪いが、許せないと思う反面、見逃してやりたい気持ちもある。
「今回だけは……今回だけは見逃す。だからオーブに帰り、カガリを返して、後はユウナたちと相談して動け。今の彼は信頼できる。
自分だけの考えで動くと、いいことにはならないだろうからな」
 だから最後に一度だけ、あの甘ったれた自分になることにした。これはザフトにいる新たな友たちへの裏切りとなるが、キラたちにもまた義理がある。
「カガリ……これでどうだ?」
「……アスラン」
 カガリは目に涙をたたえていた。嬉しさのあまりに顔が歪む。ここで、アスランがキラを撃ったとしても、それは仕方ないかもしれないと思っていた。
 少なくとも、ここでキラを殺してもアスランは罪に問われまい。キラは現在、一級のテロリスト同様なのだ。
 だが見逃してくれた。愚かなことをしたとはいえ、カガリのたった一人の肉親を。
 ありがとう。そう言おうとした時、
「でもそれじゃ、君はこれからもザフトで……またずっと連合と戦っていくっていうの?」
 キラがそう口にした。アスランを責めるように。
「連合が戦うことを望むなら、そうなるな」
「……いくら守るためだからって、戦争には違いないんだよ? それでも、アスランはそれが正しいことだっていうの?」
「じゃあ無抵抗で殺されることが正しいことだと?」
「それは……でもアスラン、わかってはいるけど、それでも僕たちは戦わせたくないんだ……」
 本当にわかっているんだろうかと、アスランは疑問に思う。
「オーブだけじゃない。戦って……撃たれて失ったものは、もう二度と戻らないから」
 それだけは、聞きたくない台詞だった。
「それがわかっていて! なんであんな真似をしたんだ!!」
 炎を吐くかのような苛烈さで、アスランの口から声が飛ぶ。
「お前がミネルバを撃ったために何人も死んだ! 何人も悲しんだ! 殺したことを言うなら、俺の手だって血に汚れている。責めることができる立場じゃない!
 だが……だがお前はあまりにも、あまりにも……」
 怒りと悲しみが混在し、言葉が出ない。とにかくアスランは、キラの他人事のような態度が許せなかった。
 一方、キラは目を見開き、衝撃を受けていた。どうやら自分の攻撃で、命が失われたとは考えていなかったらしい。
 しかしやがて、悟ったような切ない表情を浮かべた。
「そう……うん、僕にも罪があるのはわかったよ」
「何………?」
「けど、だからもう、本当に嫌なんだ。こんなことは」
 キラは本当に、ぞっとするほど綺麗な眼差しをアスランに向けた。
「撃ちたくない……」
 まるで生命のいない毒の湖のように澄み切った、綺麗な眼差しだった。

 

「……撃たせないで」

 

 その言葉を聞き届け、アスランは深くため息をつき、そして言った。

 
 

「……わかったよ」

 
 

 キラの顔に、満面の笑みが踊った。やはりわかってくれたのだ。幼い頃からの親友は、自分の気持ちを、願いを、理解してくれたのだ。もう怖いものはない。
「……アスラン! わかってくれたんだ」
「ああ……」
 アスランは、今にも抱きつきそうな様子のキラに、
「お前は、何もわかっていないことが、わかったよ」

 

 ドゴッ

 

 正拳をくらわした。

 

「ゴフッ!?」

 

 みぞおちを突かれ、息をもらすキラ。不意打ちをくらってその痛みと苦しみに、膝を落とした。
「もう、お前にカガリを任せてはおけないな。連れ帰らせてもらう」
 言えばキラは邪魔するだろうから、先に無力化させてもらったのだ。
「そ、そんな、なんで、ゴフッ」
「言葉でわかりあえなければ、力によって解決する。お前がやったのと同じことだ」
 冷たく見下ろすアスランに、キラは本当にわけがわからないという顔をしていた。なぜ親友がこんな『暴挙』に出たのか、まるでわからない。
「な、何をしているのよアンタ!」
 それまで黙って見聞きしていたミリアリアが、血相を変えて怒鳴る。
 だが急に飛び掛ったりはしない。戦闘能力の差はわきまえているようだ。
 とはいえ、いよいよとなれば身を犠牲にする覚悟で挑んでくるかもしれない。
(キラより覚悟ができている)
 まだまだ甘いし弱いが、それでもミリアリアの方がキラよりかはマシだろう。少なくとも、彼女は『命』が好きだから。そのために、カメラマンになったのだから。
「キラ。お前は、命を失わせるなと言っておきながら、命を何もわかっていない。わかっているなら、自分が殺したと知って、そんな薄っぺらい態度ではいられないはずだ」
 ミリアリアに注意をしつつ、アスランはキラに言葉を突きつける。
「な、何を言って……」
「戦争がお前の精神をすり減らしてしまったのか……多くの者を守れず失ってしまったからか……今のお前は希薄だ。
 言うことに本気が感じられない。『氷』のように『熱』が無い。世間一般で正しいと言われることを、そのまま理解もせずに言っているだけのようだ」
「アスラン! あんた何言って」
 ミリアリアの文句を無視し、アスランはカガリに目を向ける。
「カガリ。俺と一緒に行こう。オーブに戻るんだ」
「こんな話、聞くんじゃないわよカガリ! アスラン、こんな乱暴なこと」
「ミリアリア!!」
 そこでカガリが叫んだ。ミリアリアは驚いて振り向く。
「な、何よ? カガリ」
「ごめん!!」
「え?」

 

 ドゴシュッ!!

 

 カガリの右ストレートが、ミリアリアの顎を貫いた。
「ウゲッ!」
 ミリアリアは脳を揺さぶられ、呻きを残して意識を失った。
「「な?」」
 アスランとキラが呆然とした声を出す。カガリは二人の呆気にとられた視線を感じ取りもせず、気絶したミリアリアを肩に担いだ。
「ミリアリアも連れて行っていいか? このままだと彼女、きっとアークエンジェルに乗ってしまうから」
「あ、ああ」
「よかった! じゃあ行こうアスラン!!」
 熱い表情で言われ、
「え、あ、うん」
 アスランは子供のように頷いた。カガリの行動の早さに驚いていたのだ。
(ここまで自発的に行動してくれるとはな……)
 予想外だが、好都合だ。そして、セイバーへ乗り込もうと足を向ける二人に、
「ま、待つんだ、アスラン……カガリ……」
 キラがなんとか立ち上がろうとしながら声をかけた。
「君たちは……戦争を、続けるつもり、なのかい? 人を殺すなんて……」
 アスランは厳しい表情で首を振り、
「この世に絶対の正義とか悪とかはないだろう。ましてや戦争なんて、どっちの陣営も自分を正しいと思っている。
 それをわかった上で、俺は俺が正しいと思った道を行くだけだ。友と共に戦い、大切なものを守る道を。そのためなら、人殺しだって恐れない」
「そ、そんな」
「間違っていると言うなら、それでもいいさ。さっきも言ったが一度だけは見逃す。
 これ以降もあんな馬鹿な真似をするというのなら、今度は俺が相手だ。
 だが断言してもいい。お前じゃ俺には勝てないよキラ。お前には『漆黒の殺意』がない。死をも背負おうという覚悟がない」
「人を、殺す覚悟なんて……僕は、いらない!!」
 キラが怒りに燃えて叫ぶ。だがアスランはあっさりとそれを受け流し、
「殺す覚悟じゃない。自分の人生を生きる覚悟だ。誰から何と言われようとも、自分の生き方を背負う覚悟だ」
「力だけじゃ、何も、できない……」
「力だけなのはお前の方だ」
「そんなこと……」

 

「喋っている暇は無いだろう!!」

 

 メメタァ!!

 

 カガリの右足が、キラの股間を風切る勢いで蹴り上げた。つま先が深くめり込む。やはりこの血を分けた兄弟の行いに、相当の怒りを抱いていたようだ。
「グブッッ!!?」
 キラの体はわずかに宙に浮き、岩場に倒れこんだ。口からは白い泡を吐き、虚ろな目でピクピクと悶絶している。
「グズグズしていると、他の人間も来るかもしれないだろう! 早く出るんだ!!」
「ハイッ!!」
 思わず敬礼してしまいそうな勢いで、アスランは答えた。その顔はいくらか蒼ざめて見えた。

 

 そしてアスランとカガリは、気絶したキラを残し、ミリアリアを担いでセイバーに乗り込むと、ミネルバへの帰路についた。

 

 友情に結ばれた英雄二人の再会と、決裂は、こうして幕を終えたのだった。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

 その頃、アークエンジェルでは、
(うまくやっているかねぇ、カガリは)
 バルトフェルドがことの展開を気にかけていた。
(ちゃんとアスランと一緒に行けるといいが)
 彼はカガリに、アークエンジェルを出て、アスランと共にミネルバへ行くように言ったのだ。
 アスランの突然の行動に、カガリがついていけた理由がこれである。
 このまま黙っていてはキラの行為が、カガリの意思ということになってしまうかもしれない。
 そんなことになればオーブはおしまいだ。プラントとの協力は絶たれ、連合とは敵となり八方塞となる。
 ここまでキラたちが暴走してしまった以上、一刻も早くカガリを解放する必要がある。
 だが彼女にはキラやラクス、ヴェルサスやンドゥールの目が光っている。そう簡単に脱出できるものではない。
 だがここに絶好の機会が訪れた。ヴェルサスの留守中にアスランがやってきて、外で話がしたいという。
 そこで罠ではないかと匂わせると、キラは案の定、自分一人で行くと言ってきた。そこでカガリが共に行くと言い出させたのだ。
 予想通りキラは断らず、二人で行くことになった。
(キラ以外に邪魔者はいない、逃げるには最高のチャンス)
 アスランと協力すれば、キラを無力化することもたやすいだろう。ついでにできればミリアリアも連れて行くように言ってある。
 アークエンジェルにこれ以上の巻き添えは不要だ。
(これが成功すれば……)
 バルトフェルドはコーヒーを口にする。
「ようやく、俺も役に立てるというものだ」
 戦争が始まってから、キラの暴走を止めることもできず情けない限りであった。だがここでようやく、意味のあることをなせるのだ。
(カガリを逃がすことで、ようやく)
 だが、自分は最後までキラに付き合うつもりだ。キラにフリーダムに乗るように言ったのは自分だ。襲撃を受け、やむにやまれずとはいえ、責任はある。
(こいつらのことは俺が見ているから……カガリ、アスラン、そっちはそっちで頑張ってくれよ。しっかし……)
 最後の一滴まで飲み干しながら、バルトフェルドは苦笑した。

 

(ヴェルサスの奴、今度こそ逝っちまうかもしれないねぇ)

 
 

TO BE CONTINUED