LILAC SEED_第06話

Last-modified: 2008-09-23 (火) 17:41:38

新暦65年12月18日

 

首筋に感じる研ぎ澄まされた殺気に少女フェイト・テスタロッサは身を翻した。
蒼天を引き裂く閃光が砂塵を巻き上げる。

 
 
 

砂塵の熱気をの向こう、十字を模した翼が熱砂の上に降り立つ。

 

――――勝てる

 

慢心や油断などはない、それでも彼女は彼を目前にして勝利の自身をみなぎらせた。
不確定要素があるにしても、敵勢力で最強なのは間違いなくシグナムだ。
それ以上の実力でないことは、クロノの戦闘映像で確認済みである。
寧ろ、デバイスの性能も向上により、シグナムとも互角とはいかないが食いつけるまでには実力も上がった。
速度はこちらが圧倒的。戦闘技術ならば及ばないが、保有魔力の差で捻じ伏せられる。

 

「バルディッシュ」

 

〈Get set〉

 

「シグナムさんの元に行かせる訳にはいかない、君は此処で足止めする」

 

「やれるものなら」

 

「set SORDstriker」

 

唇が動く。砂塵に落ちる一片の薬莢、彼の武装が変貌する。
翼をたたみブーメランを背負い、黒光りするライフルが蒼い対艦刀へと、楯は取り回しを考慮して小ぶりへと。

 

〈Schwert Gewehr〉

 

もう一度、薬莢が吐き出される。実体剣と柄とを繋ぐように奔る魔力刃。
認識を改める。
目前に立つ彼の威圧感と緊張感はシグナムと相対した時と遜色がまるでない。

 

彼が余りに巨大な対艦刀を下段に構える、フェイトも右半身を前に出し、バルディッシュを背後へと回す。

 

「――――シグナムさんから話は聞いているよ… 強いみたいだね」

 

「貴方も…だから、手加減はできません」

 

本能的に悟った、魔力の絶対量など問題などではない。
こっちの出力に疑問が残る結界も障壁もあの刀の斬撃力の前には無意味であろう。
手加減などしていたら、こちらがやられる。

 

言葉を切り、二人は視線を絡めあう。
幽かな揺らぎすらない彼の構え。

 

――――動けない。

 

金色の熱砂が肌を焦がす。
じりじり、と照りつける灼熱の太陽が明らかに体力を奪うというのに、彼の集中は切れることはない。

 

刹那、フェイトの一瞬の集中の途切れに彼が疾走を開始する。
一瞬遅れてフェイトも動く、まだ取り戻せる遅れ

 

薙ぎ払うような対艦刀の一閃。
掬い上げる金色の魔力刃。

 

一瞬の交錯の後に距離をとる、フェイトは確信した。
機動性は圧倒的にフェイトが上だ。
着地とターンはほぼ同時、残像すら引き連れてフェイトは彼の背後へと回りこむ。

 

キラが振り向くが既に遅し、フェイトの光刃は振り下ろされた。

 

「―――――!?」

 

だが、金属音。驚きはフェイトのもの。
左の篭手のような楯が柄を押しとどめている、瞬間フェイトの強化された動体視力は浅く握りかえられる刀を捕らえた。

 

バルディッシュを流し、その回転のままに対艦刀をフェイトへと叩き込む。

 

「―――、っ!」

 

ジャケットの裾が裂けた。血がにじむ。
だが、彼もまた予想しえなかった射撃に目を見張る。

 

〈Plasma Lancer〉

 

爆炎。
バルディッシュによる自動弾丸射出。
技御硬直を狙った、不意打ち…確かに金色の弾丸は彼を捉えた。

 

〈Assault Form, road cartridge〉

 

「無傷――――」

 

舌打ちが無意識に漏れる。
同時に対艦刀から薬莢が飛び出すのが見えた。

 

「Superior lanze――――」

 

彼を取り巻く紫電を纏う雷撃の刃。
バルディッシュがカートリッジをスロットに叩き込む。
左腕に魔力を集束、砲撃に匹敵する斬撃を打ち崩すためにフェイトは更に圧縮する

 
 

互いの魔力変換資質は雷。
稲妻と紫電が天を焦がし、砂塵を巻き上げる。

 

「Plasma Smasher―――!」
「Lightning―――!」

 

 フェイトが砲撃を放つ。彼が刀を薙ぎ払う。
雷鳴を轟かせる砲撃は、鋭利な斬撃の応酬によって彼まで届くエネルギーの全てを喪失した。だがそれを代償にしてフェイトは接敵を試みる。

 

〈Blitz Rush――――Haken Form〉

 

〈Trace a traget〉

 

「Haken Saber――――!」

 

追撃が迫る、が今度の斬撃魔法は掻き消されない。高速機動で回避行動中の彼の懐に潜り込んだフェイトは早々に見いだした彼の魔法の欠点にほくそえむ。

 
 

全方位遠隔斬撃魔法。
幾重にも織重なった雷刃の洗礼、その速度破壊力共にチャージシークエンスに合わず凄烈だ。
また、プラズマスマッシャーが掻き消されたことから同程度の魔力が込められているのならば砲撃に対しては無類の強さを持つ。
だが、形状が無数の刃だ。
ハーケンセイバーのように集束斬撃魔法に対しては相殺するしかできない。

 

「―――ち」

 

彼が後退するが、遅い。
大きな刀では立ち回りにも不都合が出る、なにより離脱速度よりもフェイトの斬撃が明らかに早い。

 

「――――もらった!」

 

確固たる一撃。躱しようも、防ぎようもない一撃。
あっけない閉幕に、フェイトはかすかに安堵した。

 

「―――それでも、」〈―――acceleⅠ,Drive〉

 

だが、彼は自ら前へ出た。
コンマ一秒の激突を更に短縮する。

 

「――――!」
「負けるわけにはいかないんだ―――!」

 

バルディッシュの魔力刃が彼を捕えることはない、だが振り抜かれた金色の戦斧は、彼を柄で殴打し―――
瞬間、振り抜かれた一蹴はフェイトを捕え吹き飛ばす。

 

「――――くぅ」
「――――ぐぅ」

 

吹き飛ばされ、砂塵に激突する瞬間に体制を立て直した彼は追撃迫る少女の姿に歯がみする。

 

――――キラによる少女の戦力分析。
高機動による殲滅一撃離脱の戦法をとる、速度は明らかに少女が上。目では追えても体が反応しなくては意味がない。
電気資質、変換効率も劣っているが、スペリオルランスは有効。
自身の損傷、先の攻防で右上腕の骨が折られた。この戦闘中では死んだも同然。

 

対するフェイトによる青年の戦力分析。
反応速度は目を見張るものがある、速度でごまかしてはいるが、クロスレンジの優位性は青年にある。
先の一蹴はとっさに防御が間に合ったもの左手に微かに痺れが残っている。

 

振り下す戦斧の軌跡に、青年は距離を取ろうと離脱する。
一閃が金色の砂を巻き上げ、フェイトは砂塵を突き抜けて追いすがる。

 

「逃がしません――――!」
「――つぅ」

 

繰り出される斬撃は速度に乗り青年に急迫する。
片手で対艦刀を操り、全てを捌く技量には舌を巻く。
それでも、彼は敵である。

 

「はああああ―――――!」

 

バルディッシュを気合と共に振り抜く。その刃は青年のジャケットを裂き、肩に食い込み青年に苦悶の声を上げさせた。
だがしかし、避けられないと悟っていたのはなにも少女だけではない。
右肩を犠牲に得た絶好の好機に、キラは対艦刀を少女に向けて薙ぎ払った。

 

だが、その刃は空を切る。

 

「―――――!?」

 

驚愕の直後、背後から衝撃に背負っていたブーメランが弾き落とされ、キラは地面へと錐もみしながら落下する。

 

少女は刀が振り切られる寸前、肩に食い込んだ戦斧を起点に刀の軌道上から逃れたのだ、その動作の延長線上に背後からキラへと鋭利な一蹴を叩き込んだのである。

 

――――なんて軽やか…
――――なんて判断力…

 

それこそ、幾戦もの経験の賜物であろうが、キラにとって絶望的すぎる。

 
 
 
 

砂塵を巻き上げて墜落した青年の姿をフェイトは上空から追撃をせずに見送った。
まだ、少女は先程の寒気を拭いされないでいた。
肉を切らせて骨を断つ…右肩を潰されても戦意を失わなかった紫の瞳。それどころか、それを機に反撃に出てくるなど…

 

――――なんて、反応速度…
――――なんて、決断力…

 

それが、少女の足を止めた要因だった。

 
 
 

砂塵が晴れて、青年の姿が露わになる。
右肩から流れ出た血が金色の熱砂を黒く染め上げた。

 

自分がつけた傷だ。
その事実が彼女の心の柔らかいところに突き刺さる。

 

力を持って、幾つもの戦いを切り抜けてきたとしても10歳の少女である。
非殺傷設定がデバイスに掛かっているので、少女は人を殺したことはなかった。だが、青年は死と隣り合わせの戦場を駆け抜けてきていたのだ。心持から少女と違う。
非殺傷でも、篭められる敵意は殺意と等しく、少女に同じものを要求してくる。

 

「―――君は、僕より強い」

 

低くうめくような呟きは疲れたように刀を砂塵に突き刺す彼のものである。
無言でフェイトはバルディッシュを八相に構えた。
狙うのは魔力ダメージによる一撃昏倒であり、この戦闘を終わらせるために宙を蹴った。

 

景色が流れ、射程距離に青年を収め、振り切った。

 

閃光に粉塵がもうもうと垂れ篭める。
――――手応えが、ない!?
驚愕から立ち直る刹那の隙、砂の煙幕が風に流れるのをフェイトは感じ取った。
思考に先んじて本能が全速で離脱を図る――――
だが、今回ばかりは相手の攻撃が早い―――!

 

砂塵に突き刺した刀が跳ね上がる。肩を掠めた。
追撃が迫る、大気を凪ぐ一蹴。だがそれはフェイトを狙ったものではない。疑問の解決よりも先に離脱を優先する少女はその時判断を誤った。
それは、少女がとった明らかな後退。今まで攻め続けていたはずのフェイトの初めての劣勢――――!

 

靴先が刀を捉え、そのままフェイトへと撃ち出した。

 

「―――――つぅ――!?」

 

障壁を砕き左手を掠める、まさに一閃。痛みに目を閉じるフェイトは危うく彼の姿を見失いかけた。俯瞰できる距離まではじき飛ばされていなければ、完全に見失っていたほどの速度だった。

 

少女の背後に迫り、腕が唸りを上げた。
防御に出したバルディッシュにアンカーが絡み付く。

 

「うわ―――!?」

 

そのまま、力で引き寄せられた。
防御と回避はともに不可能―――故に、彼女もまた前へ出る。
雷撃を纏った少女の拳が唸りを上げて青年に迫る。
少女に雷鳴を轟かせる一蹴が放たれた。

 
 
 

刹那、灼熱の太陽がそこには存在していた。

 
 
 

「―――っ、あ――――!」

 

総身を蹂躙する衝撃に吹き飛ばされ少女の矮躯は砂塵へと叩き付けられた。
青年もまた、遠くの熱砂に砂煙をあげて撃ち付けられていた。

 

もうもう、と立ち篭める砂を隔てて彼らは視線を絡め合う。
青年にもう魔力は残っていない、だが少女には体力が残っていなかった。

 

肩で息をし、動かない足を懸命に奮い立たせる少女と、立ち上がるが攻撃手段が残されていない青年。
勝負の結果は、だれが見ても明らかだった。

 

少女の体力が戻る前に離脱しなければならない。
青年は残ったカートリッジで飛翔魔法を起動、青天へと飛び去っていった。

 
 
 
 
 

勝てなかった。負けてはいないが、勝てもしなかった。
フェイトは一人残された砂の上に大の字に寝転がる。
魔力ももうそろそろエンプティ―――逃がしたのか、逃がされたのか…

 

それでも、彼は強かった。
全力で立ち向かい、倒せなかった強敵を前にフェイトは再戦への武者震いに奮えた。