LILAC SEED_第10話

Last-modified: 2008-05-16 (金) 00:37:06

12月14日AM:7

 

キラとシグナムは6時半に公園で落ち合うことを決めて、昨夜は別れた。
事情も目的もわからない、異色の騎士たち。

 

剣の騎士、シグナム。
鉄槌の騎士、ヴィータ。
湖の騎士、シャマル。
楯の守護獣、ザフィーラ。

 

ただ、感じることは四人が全員、真っ直ぐなことだけだった。

 

まだ暗く、肌寒い公園に彼女は姿を現した。
昨日の騎士甲冑ではなく、一般人とかわらない服を纏って。

 

「待たせたか?」

 

キラは緩やかに首を振った。野宿なのだ、待つも待たないもない。
静かに立ち上がり、キラはシグナムと向き合った。

 

よくみれば、美人である。
年のころは自分と同じくらいにも見えるが、纏う雰囲気はあきらかに違った。
それも彼女の魅力なのだろう。

 

「主にも承諾を取った。是非ともお前を招きたいと言っている。
悪い話ではないと思うが?」

 

そう言ってシグナムは手を差し伸べた。
悪夢への入り口か、それとも幸福への架け橋か

 

是非もない。

 

躊躇いもない。

 

キラは彼女の手を取った。

 

Interlude out

 

AM:6:30

 

「うん、私はかまわへんよ?そんなら朝ごはん追加やな?」

 

無垢な笑顔を浮かべて車椅子をキッチンへと滑らしていく主を見送りながら、ヴィータは傍らの騎士に視線を上げた。

 

「信用できるのかよ?そのキラってやつ」

 

「シャマルも人格には問題ないと判断した。頭もよく回る、味方としてなら心強い」

 

剣の騎士は断言した。彼女がそう言うのならば、間違いはないだろう。
ヴィータ自身一度はその少年と刃を交えたこともある、あれが人を騙し欺くような奴だとは思えない。

 

しかしだ、正体不明AAランクの戦闘能力を誇るとなっては別だ。
自身の力やロストロギアを制御できず、暴走しては主はやてに危険が及ぶ。そのことも含めた上で、そのキラ・ヤマトが信用に足る人物なのかを見極める必要がある。

 

だが、はやてはいたく彼のことを気に入っているようで、無碍に追い出すことは出来ないだろう。
その時は、自分達が制御法を教導する必要がある。

 

「そいつに関しては、シグナムとシャマルに一任する。私は蒐集に専念するからな」

 

「ああ」

 

戦闘能力は確かなものがある。一介の魔導師など比べるまでもなく、彼の戦闘センスは秀でている。
だが如何せん、埋められないものもある。

 

魔力量。

 

あの青年の魔力量は白い奴の四分の一。
その差は、瞬間出力に比例し、致命的だ。

 

生き残ることに関しては、青年は誰よりも優秀だろうが、純粋な魔法戦闘になれば、負けはせずとも絶対に勝利はない。

 

任せるなら後方支援、回復か――――

 

Interlude out

 

「いらっしゃい、キラさん」

 

「お邪魔します」

 

玄関先で迎えられた青年は少女に対して頭を下げた。
薄いベージュのセータに身を包む、栗色の髪をボブカットにした少女は黄昏に浮かぶ記憶に合致する。

 

「改めまして、八神はやて言います。よろしゅうな」

 

「久しぶり、真逆本当に呼ばれるとは思ってもみなかった」

 

他愛のない会話を交わしつつ、彼は玄関へと入る。
そのまま土足で上がろうとして

 

「ああ、あかんよ。靴はちゃんと脱いでってな?」

 

慌てたように振り向くはやてに咎められた。

 

「あ、うん。ごめん」

 

「もしかして、キラさん日本初めてなん?」

 

「まあ、ね。行くあてのない一人旅だから、君が招待してくれたことはとても有り難い。
―――ありがとう」

 

もう一度、深々と頭を下げる。
ぱたぱた、と腕を振って頭を上げてください、と彼女は言った。

 

「ご飯まだやろ?すぐに用意するから待っててな」

 

そのまま、どこか上機嫌にキッチンへと消えていった。
やはり、明るく強い、いい子だ。

 

「貴方達がどうして護ろうとしているのか、納得できました。
――――いい子ですね」

 

「ああ、私達を道具と見なかった初めての主だ」

 

感慨深く呟く彼女の横顔。

 

それが何を意味するのか。
雪の降る夜に後悔することをまだ知らない。

 

Interlude out

 

気付けば、もう夕暮れ時。
世界を染め上げる茜色は、美しくも血の色に似ていた。

 

護れなかった、あの血溜りを思い出す。
血溜りに沈む白い手、爆風から護ってくれた白い手。
酷い、頭痛と胸を苛む鈍痛に、彼は枕に顔を埋めた。護ると誓ったのに、護れなかった自分に憎悪と憤怒を感じて。

 

「ラクス―――」

 

手に残ったのは、ただ温もりの記憶と、銀色の形見だけ。

 

失ったものは余りにも大きく、得たものはただ嘘で塗り固められた家族という名の括り。

 

世界は余りにも残酷で、哀しみに満ちている。

 

だから、生きているのは八つ当たり。
世界に対する、最後の抵抗。運命なんかに、翻弄されてたまるか

 

Interlude out

 

夜の居間に二人の女性が座っている。
剣の騎士と湖の騎士。ともに、日中の訓練を見てきた二人である。

 

「戦闘のほうはどう?」

 

「耐えうるレベルではない、ヴィータと打ち合ったと聞いていたが、あれでは話にならん」

 

優美にシグナムは紅茶を口に運ぶ。しかし、シャマルは表情は暗かった。

 

「魔力量は、そんなにたいしたことはないけれど」

 

「けれど?」

 

聞き返すシグナムに、シャマルは静かに口を開く。

 

「生物学的に異常なの。回復能力はヴォルケンリッターなみ、身体能力も常人の遥か上を行く」

 

それは、古代ベルカで行われていた人造魔導師製作計画の結果なのか。

 

「確証はないけど―――それに、あの指輪は間違いなくロストロギア」

 

アドゥヴル・アルハザード(創造主たち)の関係者か?だがそれにしては―――」

 

魔力量のなさが腑に落ちなかった。
古代の遺産ならば、人造魔導師は合法的に認められていたはずだ。

 

だが、それを可能性を落とすことのない要因もあったことも確かだ。
魔法の習得技術、素質があったとはいえ、初めて魔法を使ったのはヴィータとの戦闘だと言う。
際立って、異常だった。

 

そも、魔法とは科学であり、技術だ。
技術である以上、一定の適正は必要であるし、新たな技能の習得にも多大な時間を要する。

 

その、常識の理をキラ・ヤマトは覆す。
教議された回復魔法はものの一時間で基礎を固め、その半刻後にはカートリッジの作成を完全にモノにしていた。

 

それを可能にしていたのは、彼の瞳。
紫色の宝玉の輝き。

 

彼の瞳は、魔力の流れを識別している。
そのためか、行使される魔法を先読みして、回避行動をとるという。もっともシグナムのように身体強化型ならば、魔力を読むだけでは対応できるはずもないが

 

動体視力はヴィータ以上。停滞から始動までの切り替え速度はシグナム以上

 

「それでも、実戦は無理だ」

 

彼が執務官と同様に戦えたのは、彼の技能ではなく、ロストロギアの可能性からだ。
指輪がなく、戦闘に介入したものならば、一撃の下に切り捨てられる。
二人とも、それを理解しているから、彼を後方支援に回したのだった。

 

「キラ・ヤマトは主の傍に置いておく、監視は任せたぞシャマル」

 

「はい」

 

いざとなったときは理解している。
彼が最後の砦になるということは。
彼が信用を裏切るとは、万に一つとして思えない。

 

「それまで、私が鍛え上げる」