LOWE IF_592_第00話

Last-modified: 2011-02-23 (水) 16:35:26

彼女はコーディネイターに未来がない、そう言った。ならば、未来なきコーディネイターは何処へ行き、何処へたどり着くというのだろうか。
違う。未来は存在する。コーディネイターにも、ナチュラルにも。生きとし生けるものとして生まれたものには全てに等しく、その権利は与えられている。
愛は偉大だ。そう、『彼女』は考えていた。幾ら進化しても、幾ら何処へ行こうとも、愛の形は変わらない。
愛し合うことはやめられない。そして、その愛こそ、人が、いや生き物が根本的に持つ大切な力だ。
戦いを止めた彼女らを否定はしない。それはいいことだ。しかし、愛し合うことさえ、否定する彼女を、『彼女』は否定したかった。
『しかし、ひどい有様ですわね』

場所はヤキン・ドゥーエ。先ほどまで連合とザフト、そしてラクス・クライン率いる三艦同盟の決戦が行われていた。
その結果は両者痛み分け。連合もザフトも主力部隊を失い、戦闘どころではなくなった。
そして…今はすでに死んだMS達、死んだ兵士達の墓標がデブリとして存在しているだけだった。
そんな中、背中のウィングが一部桃色に装飾されている一機のジンと、オレンジカラーのゲイツが人命救助任務についていた。
人命救助、といえば聞こえがいいが、実際には哨戒と後始末が主任務だ。

『それだけ激戦区だったことさ。俺たちが生き残ったのも、結構運が良かっただけなのかも知れないな…』

その光景を見て、オレンジカラーのゲイツが暗い声を出す。数々の戦場を潜り抜けてきた彼だが、この惨状は耐え難いものだった。
それに対し、ジンのパイロットのほうはというと。

『…も、申し訳ございません隊長、ちょ…うぇ』
『いい、吐け吐け。好きなだけ吐け。こんな惨状、俺だって吐きたくなる』

…暫く表記し難い声が続くので我慢して欲しい。とりあえず、出すものを出したジンのパイロットは気を取り直して周りを見渡した。

『だが、ここまで来るとナチュラルもコーディネイターもないな。まるで、お互いを滅ぼしあおうとしていたようだ。そんな戦いに、皆巻き込まれちまったのか…』

悲しみだけが残る。ここには、人の業がただ虚しく漂っていた。戦争だとかそのような言葉だけでは済まされない。あまりにひどい惨状。
そんな光景にゲイツは敬礼を送った。ここに眠る人の魂に対し、ただ安らかにと。ジンもそれに続く。

「私達は…いえ、もう何も言えません。大事なのはこれから戦いが起こらないようにする事。死んでいったものは帰ってこないのですから…
後悔する事は出来る…けど、大切なのは反省する事…このような悲劇は二度と起こらないよう…」

ジンのパイロット席で、パイロットは涙を流しながら死んでいった者たちを思った。だがしかし、幾ら願おうとも彼らは還ってこない。
大切なのは、これから彼らのために何が出来るか、生きているものたちのために何が出来るか。
少しでも、少しだけでも笑顔を守る。彼女はそう、決意した。

『…そうだな。じゃないと、あいつらに顔向けすることができないな…。…そろそろ、戻るか?ラクス』

頷いた男は、ジンのパイロットの事をラクスと呼んだ。その名は、平和の歌姫と名高いことで知られている、あのラクス=クラインと同じ名だった。
ラクスと呼ばれたパイロットはバイザーを上げ、涙を拭って言った。

「花、持ってきたんです」
『ああ?ああ、趣味で栽培してたあれか…。手向けるのか?』
「…これくらいのことしか、できませんから、私は…」
『…卑下するなよ。それも、死者にしてやれる立派な行いだ。ラクス、皆に代わり死者への贐をしてやってくれ…』
「わかりました、ハイネ隊長」

ラクスはハイネのゲイツに対し敬礼をし、バイザーを降ろしてゆっくりとコクピットの扉を開いた。
そして、座席の隣に添えていた花束を手にし、少しの間祈りをささげた後、それを戦場にへと手向けた。
ハイネも敬礼してただ黙祷した。祈りはただ、無限の宇宙へと広がっていった。
「どうか…安らかに…」
『…さあ、そろそろ帰還するか。皆待ってるぞ』
「ええ…では帰還を…?ちょ、ちょっと待ってください?」

と、コクピットの扉を閉めようとしたラクスは何かに気がつき、急いでコクピットに戻ってそれを探そうとする。
ハイネもラクスの異変に気がつき、彼女の元へと戻る。

「確かこの辺りに…!ハ、ハイネ隊長!こ、これ…!」

ラクスはモニターをよく見て、数多くある残骸がある中一つを拡大した。そしてそれをハイネの下へと送る。
ハイネも最初は何事かと不審に思いながらそのモニターを見たが、それを発見した瞬間顔色が変わった。

『ん?…こ、これは…フリーダム…?そうか、うちの新型と戦って行方知らずになっていたと聞いていたが…こんなところにか…』

ラクスとハイネは自分の機体をフリーダムの残骸らしきものの許へと急いだ。
近づいてみると、やはりそれはザフトのMSのはずだったもの。そして、キラ・ヤマトが乗っていたといわれていた、あのフリーダムだった。
どうやら大層損害を受けているらしく、殆ど機能は失っているらしいが、それでも危険はある。

「ラクス、こいつは無人だ。核の暴走の危険性もある。お前がしようとしていることはわかるが、さっさとここを離れたほうがいい」
『でも…こんなところで…どこかにいるはずなんです…彼が…あ、いましたわ!』

この宙域から離れようと急かすハイネに対し、ラクスはそれを無視してある方向にへと単身飛んでいった。

「うわ!あのバカピンク!全く、入隊時から思い立つと周りが見えなくなるのは相変わらずというか何と言うか…」

ハイネは呆れつつラクスの後を付いて行った。彼女が自分達の部隊に入ってから、勝手気ままな行動をしては怒られていた。
最近では軍人としての心を持ち、わきまえてきたと思ってきたが、やはり根本的なことは直らないらしい。
仕方ない、と諦め、苦笑しながら彼女に付き合うことにすることにしたハイネだったが、ラクスのジンの手の上でぐったりしているものを見て表情を一変させる。

「…全く、とんでもないものを見つけちまって…」
『ハイネ隊長!』
「俺たちの任務は何だ?ラクス、言ってみろ」
『え?…えっと、人命救助と辺りの哨戒任務…ですわ』
「はい正解。ということで持ち帰り決定だな。生きているんだろ?」
『え、あはい!生きてますわ!』
「んじゃさっさと回収して戻るぞ!こんな所他のザフト兵に見られてみろ、処刑どころの始末じゃない!」
『了解ですわ!』

覇気のある返答をしたラクスはそそくさと外に飛び出して、回収しようとした『それ』を通り越して、ゲイツを足蹴りして戻りつつ、
『それ』を回収してコクピットの中へと戻っていった。

「よかった…本当に良かった。無事で何よりでしたわ…」

ラクスはゆっくりと『それ』を抱きしめて、そして名を呼んだ。

「キラ様」

キラ・ヤマトは浅い呼吸をしながら、ラクスのジンの中で気を失っていた。
 彼は夢を見ていた。とても、心地の悪い夢だった。
自分が地球をバックにただ宇宙空間を漂っているのだ。それだけだったらどれだけ気分のいいことだったことか。
しかし、浮かんでくるのは先ほどまで戦っていた男のセリフ。

『正義と信じ、解らぬと逃げ、知らず!聞かず!』

不愉快だ

『この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者達の世界で!』

不快だ

『まだ苦しみたいか!いつか!やがていつかはと!そんな甘い毒に踊らされ一体どれほどの時を戦い続けてきた!?』

黙れ

『もはや止める術はない!地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる争いの狼煙となる!』

御願いだ、もう

『それだけの業!重ねてきたのは誰だ!』

いやだ

『君とてその一つだろうが!』

…もう、いやだ。僕は、疲れた。
フレイもいない。クルーゼは倒した。僕はもう、何もする事はない。

『僕達は…どうして…こんなところへ…来てしまったんだろう…』

僕の問いに答えてくれる人は、いない。
ああ、向こうから、迎えが来た。
帰れる
これで
帰ることが出来る
楽園へ――――

「が、残念ながらまだ帰ることは出来ない」

急に、誰とも知らない男の声が、夢の中に混じり、キラは現実へと戻っていった。
「…ここは?」

ゆっくりと目を覚ましたキラ・ヤマトは、見慣れない天井と見慣れない人物に半分驚き半分落胆の表情を浮かべながら、
その見慣れない男に声をかける。男はかけていた眼鏡の位置を直しつつ、無表情のまま答えた。

「ここはザフト所属ローラシア級戦艦スターフィッシュ号。君は漂流中のところを我々のMS部隊が救出したのだ」
「そうです、か…ありがとうございます…」
「敵に礼を言うのか、君は。まあいい。戦況は痛み分け、和平交渉もすぐに行われるだろう。今は、その体を癒すといい。
脳には異常はなさそうだが、度重なる戦いで体がボロボロだからな」
「…そうですか。でも、ラクスが待ってるから…帰らなきゃ…」
「動ける体ではないぞ?動かしてみろ」
「え?あ、はい…ぐっ!ったた…!」

ザフトの医療スタッフに言われたとおり体を動かそうとした時、キラの全身に電撃のような激痛が走った。
体を起き上がらせる事はおろか、頭を起こそうとする動作でさえ激しく痛む。キラは大きく息を吐いた後、ベッドに倒れこみ、諦めたような表情で言った。

「…治療のほう御願いします」
「よろしい。大人しくしていたまえ。こう見えても私は気道によるツボ押しの達人だ。本当は全治2週間のところを三日で治してやる。痛みを伴うがな、フフフ」
「え…あ、あの…」

まるで、火曜日のサスペンスの包丁のように眼鏡と医療スタッフの指が光った気がする。キラは今まで感じてきたどの恐怖よりも恐ろしいものを見た気がした。
そして、ここに来た事を多少なりとも後悔していた。
が、それは一本の内線電話によって安堵に代わった。

「ち、もしもし」
「(あ、この人舌打ちしたよ…絶対SだよS…)」
「おお、君達か。ああ、彼か、起きたぞ。生命力は高いらしい」
「(はあ、誰かは知らないけど、僕を救ってくれてありがとう、ザフトのひ)」
「ほらこの通り、ぬぅぅん!」
「t派gvウィ亜あべしhうぃあpw0あうをあいhw;あおひでぶ!!」

腹を刺された。完全に油断していたキラはもはや叫びになっていない叫び声を医療室中に響き渡させた。
個室だったが、その声は隣の部屋にまで響いていたらしく、他の負傷兵が彼の部屋に向かって合掌をしていた。

「ひっく…痛い…こんな、こんなのって…やめてよね…」
「男がこの程度で泣くな。それより、君を助けたパイロット二人が面接したいといってきた。この分だと動かなければ問題ないし、もう一撃すれば上体くらい動かせるようになるが」
「い、いえ!これで十分です、十分ですからやめて「遠慮するな」ち、チバァァァあhpgjをあhbんわ;いんw;!」

本日二度目の悲鳴がスターフィッシュ中に響き渡った。

さて、激痛は伴ったがともあれ、上体を動かせるようになったキラは、ぶつくさといなくなっている医療スタッフへの愚痴をこぼしながら、適当な雑誌を取って暇を潰していた。
「やめてよね、あんなのツボ押しじゃなくってツボ刺じゃないか。僕はレバ刺しかっての。絶対あの人SだよS。Sが医者になるって間違ってるよ。
大体この体が動いたら…いや止めておこう。こんな事言って突然現れては僕のツボを押すなんて良くあるオチじゃないか…」

もしかしたら遠距離からも押してくるかもしれない、と何となくとてつもない事を考えつつ、彼は待ち人を待っていた。
本当ならば、今はオーブに帰って、両親に会って、戦争とは無縁な場所でゆっくりと過ごしている頃だろう。
だが、今はそれが出来ない。ここがザフトの船の中である以上無理は出来ないし、というより無理をすればある意味頭を吹き飛ばされかねないし、
それにこんな体では無理する事もできない。
彼に出来るのは、ただ待つことだけだった。

「…まだかなぁ」

雑誌の内容もそんなに興味を表すようなものではなく、すぐに飽きてしまった。
と、そんな待ちぼうけしている彼のいる部屋に、来客を継げるベルが鳴った。どうやら現れたようだ。

「どうぞ」

キラはそのベルに対して答えた。すると、ドアの向こうからまずオレンジ色の髪をした男が現れた。
赤い服、ということはキラの親友アスランやその仲間だったディアッカと同じくトップガンというわけだろう。
キリッとした目だが、どこか柔らかそうな趣だ。

「どうも」

男がベッドの横に歩み寄り、キラに対して敬礼した。

「俺はこの艦のヴェステンフルス隊の隊長を務めてるハイネ・ヴェステンフルスだ。キラ・ヤマトだな?」
「は、はい。そうです」

自分の名前を言われただけで緊張が走る。ある種、クルーゼやバルドフェルドとはまた違った威圧感を持つ男だ、そうキラは感じていた。
キラは少し体を起こし、男の顔を見ながら言った。

「あ、あの…助けてくださってありがとうございました」
「ああ。…俺もびっくりしたよ。相棒がお前さんを見つけた時はな。まあ、今となっちゃあ敵も味方もない。
俺たちの任務も戦闘じゃなくて人命救助だったからな…。然るべき処置の後は、解放される予定だ。俺たちに拾われて良かったな」
「は、はあ…」
「なぁにそんなに緊張してんだよ!ま、気持ちはわからなくはないけどさ。もうちょっと気軽にしてくれていいんだぜ。確かに仲間をたくさん殺したお前さんは憎いが、
憎んでお前さんをここで殺したところで仲間は戻ってこない。ま、せいぜいドクターのツボ押しマッサージに苦しむ姿を楽しませてもらうくらいさ、はは」
「…さすがにそれは勘弁して欲しいですね」
「ははは…ありゃあ痛いからなぁ…ま、ゆっくりしなよ。お互い折角生き残れたんだ。その命、死んでいった奴のためにも大事にしなきゃ、な」
「は、はい!ありがとうございます!」

思いのほか、このハイネという男は話しやすい男だった。気さくで、なにより敵であった自分とこんなにも分かり合えている。
正直に言えば、フレイやムウなど死んでいったものたちの事や自分が殺してしまったものたちの事を考えると胸がつぶれそうなくらいに辛かったが、彼の言葉は優しかった。
彼の言葉によって、救われた気がする。そして、彼自身も死んでいった者たちのためにも精一杯生きようと思った。
その後も艦のことやハイネ自身の武勇伝など、色々と語り合った二人だったが、ある話題に入った時、空気が凍った。

「そういえば、僕を助けてくださった方は二人いるという話を聞いたんですけど…もう一人の方は?」

その瞬間、ハイネの顔が引きつった。まるで凍りついたように言葉を失っていた。
その様子にキラは何か表現しがたい緊張感を感じ問い詰める事もできなかった。
と、ようやく覚悟が出来たのか、静かにハイネが口を開いた。

「…キラ。その、だな…こういう偶然っていうのは、起こっちまうんだな…って今俺は納得しようとしているんだ。
これから起こる事は、あいつにとっても結構迷った選択だったんだ。その、だな…ああもう!!俺が緊張してどうするんだ!」
「え、えっと…」
「兎に角だ!会えば真実を得る代わりに後悔も得る事になる。会わなければ何も知らない幸せを得る事ができる!会うか会わないか、お前次第だ」
「真…実?な、なんですかそれ…?僕が、知らない事…?」

クルーゼは、まだ何かを隠していた?いやクルーゼも知らない事なのか?それに、このハイネの動揺の仕方は何だ?
知ってはいけない事なのだろうか?しかし、知らなければいけない事なんだと思う。何となくだが、そんな気がしてならない。
冷や汗を掻きながらも、息を呑みながらキラは静かに頷き答えた。

「御願いします…。その人に、会わせてください」
「…本当に、いいんだな?」
「はい…!」
「…わかった。じゃあ、入ってきてくれ」

ドアに向かって、真剣な表情のままハイネは催促をした。一テンポ遅れたところで、ゆっくりとドアが開いた。
いや、本当はドアは早く開いていたのだろう。しかし、キラの視線ではスローモーションのように遅く時間が流れていった。
そして、ドアが全て開き終えた瞬間、キラは自分の目を疑った。そこにいるのは自分のよく知っている人。そして、ここにいるはずもない人物。

「お久しぶりですわ、キラ様…」

そこにはまぎれもなく、ラクス・クラインの顔が存在していたのだ。

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