LSD_第05話

Last-modified: 2011-03-19 (土) 20:29:07

「――以上です」
 ミッド地上本部。そこにある講堂の舞台にはやてとなのははいる。
 講堂内は扇状に広がっており、階段状に横に並ぶ長机には管理局の陸、海、空の上役の
者達の姿がある。
 週に一度、六課の成果を報告するためはやてはここに訪れている。今日もいつもと同じ
ように報告後、上役達からのさまざまな質問にはやては一つ一つ丁寧に答えていく。
 そんなはやてを端の席に座る六課の後継人の一人であるクロノ・ハラオウン提督、そし
てその後ろにいるアスラン・ザラが満足そうな笑みを浮かべている。
 会議が終わり上役達が講堂を出て行くのを見送ったあと、細かな片付けを局員に任せ、
二人も講堂から出る。
<ふぅ、とりあえず今日も平穏無事に終わったね>
<せやね。まぁ最初と違って目に見えた成果を上げとるわけやし、陸のお偉方もそうそう
文句はつけられんはずや>
 地上本部の廊下を歩き、念話で会話する二人。目の前にある十字路を右に曲がりしばら
く歩くと本部内に設置された喫茶店が見えてくる。
 店内に入り、奥の席へ。そこには一足先に到着していたクロノとアスラン二人の姿があった。
「お疲れ様。はやて、なのは」
 カップを置き、クロノが言う。はやて達は返事を返し彼らの対面――なのははクロノの、
はやてはアスラン――に座る。
「六課の方は話に訊いていたが、なかなか上手くやっているみたいだな」
 ウェイトレスに注文したところでクロノが言う。
「当然や。108部隊の局員達は皆頼りになるし、なのはちゃん達が一緒なんやで。上手
くいかないはずがあらへん。
 それにしてもクロノくん、久しぶりやなぁ。最後にあったのは三ヶ月ぐらい前やろか?」
 六課が結成されてからこうしてクロノと会うのは初めてだ。多少嫌みを込めて言うと、
クロノは苦笑いを浮かべる。
「僕の方も色々と忙しいからな。気にはしていたが、余裕がなくてな」
                                                ・ ・ ・ ・
「それでも連絡の一つは欲しかったなぁ。私はともかく部隊長二人が――特にスターズの
隊長が連絡くれんことに時々愚痴ってたなぁ」
「は、はやてちゃん!」
 顔を真っ赤にしてなのはが抗議の叫びを上げる。しかしはやてはそれを無視して、
「ちょうど明日は休日や。少しでもええからフォローしておくんやで」
「ああ、そうするよ」
 頷き、クロノは微笑を浮かべてなのはへ視線を向ける。それを見てなのはは頬を染め、
縮こまってしまう。
「――ああ、なるほど。二人はそういう関係なのですか」
 なのはの様子を見て、納得したかのような声をアスランは上げる。なのはの顔がゆでタ
コの如く、赤くなる。
 なのはが落ち着くのを待ってから、アスランが口を開く。

「先の強奪犯との戦いでの報告は聞きました。しかしCEの魔導士達がこうも絡んでいる
とは……同じ世界出身として恥ずかしい限りです」
「気にせんでください。彼らは必ず捕まえます」
「はい、よろしくお願いします。何か我々にできることがあれば遠慮なく言ってください。
協力は惜しみません」
 真摯の籠もった言葉にはやては胸が温かくなる。これまで数回しかあったことがないが、
本当にアスラン・ザラは真面目で正義感溢れる人だ。
――そう、血気盛んなどこかの誰かさんとは、大違いや
 思わず数時間前の会議での、とある出来事を思い出し、はやては表情を硬くする。
「はやて、どうした?」
「……え、いや。別に。なんでも」
 こちらを見るクロノが怪訝そうに声をかけてくる。内心が表に出ていたようだ。はやて
は慌てて笑みを浮かべるが、
「そういえば八神さん、シンは元気にやっていますか」
 アスランが発した言葉にはやては笑みのまま、固まる。はい、元気でやってますー、と
返事を返そうとするのだが、何故か上手くいかない。
 そして脳裏に浮かぶは口汚く自分を罵倒するシンの姿――
「……あいつ、何か問題を起こしたのですか?」
「…っ。い、いいえっ!?」
 咄嗟に否定の答えを返すが、声が裏返ってしまっていた。アスランの眉がさらに深く潜
められる。
――しまった……
 怪訝の色を強めた視線をクロノが向けてくるが、はやては黙秘を貫く。だがその視線が
はやてからなのはに移ると、
「アスランさん、シン君は元気でやっています。でも……今日、ちょっと、ありまして」
 あっさりとクロノの視線に屈したなのはが口を滑られる。
「何がです!?」
 ずい、と身を乗り出してくるアスラン。不安全開の顔だ。
 はやてはため息をつき、話し始めた。

 108隊舎のメンテナンスルームにシンはいる。108部隊と本局の整備班の目の前あ
る二つの透明の円柱には、真紅と灰色の羽根の形をした飾り――”デスティニー”、”レ
ジェンド”が収まっている。
 コンソールを叩くのを止め、二人の整備班員は何やら話している。しばらくして話が終
わり、二人はこちらを振り向く。
「とりあえずメンテは終了しました。しかし……」
 108隊舎の整備局員が口ごもり、本局の整備局員が付け加える。
「デバイス本来の機動モード”デスティニーモード”の完全修復はできていません。以前
と同じ3形態の使用が可能となっているだけです」
「はや――八神部隊長の話では何とかなると聞いていたんだが」
「すみません。あなたのデバイスは思った以上に複雑かつ、高度に構築されていまして…
…」
 専門家達の情けない答えにシンは舌打ちしかけるも、

「わかった。それじゃあ”デスティニー”を本局で直してくれ。それまではあんた達の用
意したデバイスで間に合わせる」
 言ってシンは本局メンテスタッフから十字架の形をしたデバイスを受け取ると、メンテ
ルームを後にする。
 休憩場でコーヒーを呑み、一息つく。
「ふぅ……」
 思わずため息が漏れる。と、視界の端に二つの人影が入り、視線を向けると、
「ナカジマ三佐。それにギンガ…」
 ここ108部隊の部隊長ゲンヤ・ナカジマとその長女ギンガ・ナカジマの姿がある。
 休憩中なのか、二人は飲み物を購入するとシンの横に座り、話しかけてくる。
「元気がねぇな。どうした」
 ”デスティニー”について話すと、ギンガは眉を潜めて、
「そうですか。直らなかったんですか」
「ああ、本局行きだよ。まぁ直るまでの間、本局メンテスタッフが用意してくれたデバイ
スを借りられたわけだが」
 言ってシンは二人に借りたデバイスを見せる。
「前回のメンテ時に取った”デスティニー”のデータを元に造ったそうだけど、大丈夫な
のか少し不安なんだよ」
「そういやぁメンテスタッフの奴が言ってたな。お前さんの魔力や魔法は強力すぎてデバ
イスそのものにも大きな負担をかけるってよ。
 で、そのデバイス。微調整はしたのか」
「いや、今からするつもりだけど…」
「なんだけど?」
 デバイスをノーマルモードへ変化させる。白銀の十字架は近代ベルカ式の騎士が使う一
般的なポールランスに姿を変える。
「俺のデバイス”デスティニー”は武器が本体って言うことはないからさ。偏見みたく思
われるかもしれないけど、なんか凄く貧弱そうに見えるんだよ。コレなんか、魔力を全開
にした途端穂先から砕けていきそうな、そんな感じ」
 ”インパルス”、”デスティニー”などザフト製のデバイスでも特に強力な、または特
殊な魔法や能力を付与されたデバイスは彼らがまとうバリアジャケットや騎士甲冑がデバ
イスの本体となっている。そしてデバイスのコアも手の甲や体の中心、または背中など様
々な場所に設置されている。
「こんなデバイスで、あのアッシュ・グレイと渡り合うことになったらって思うと……ど
うしても、なぁ」
 ため息をついて、槍を元の十字架に戻し、左手に持っていた空き缶をゴミ箱に投げ入れ
る。甲高い音を立ててゴミ箱に収まる空き缶。
「そういやぁ、そのことで何やら八神の奴と揉めてたようだな」
 シンの真紅の瞳が細まる。
「あいつから、聞いたんですか」
「いんや、ちょうど通りかかったところでお前さんと八神が激しく言い合いしてるのが聞
こえてきたのさ」
「………会議室なのに防音処置はされてないんですか」
「まぁ、あそこは第二会議室だしなぁ。最低限の処置はしてるが、まぁそれだけおまえさ
んたちの声がでかかったって事だ」
 からからと笑うゲンヤ。
「……はやての奴は甘すぎる」
 数時間前の捕縛を強調するはやての顔を思い出し、シンの表情が険しさを増す。

「あいつはあくまでアッシュを捕まえることに拘ってる。そんな悠長なことができる相手
じゃないのに」
 あの男の強さ、「リジェネレイト」と言う魔法のやっかいさ。それは実際戦ったシンや
フェイト達が一番分かっている。
 戦っていないとはいえ、交戦映像を見ているはやてがあの男の異常さや強さ、恐ろしさ
をわかっていないはずがない。非殺傷設定だの、捕縛だの、そんなぬるい考え方が通じる
相手ではないのだ。だというのに、あいつは――
「じゃあ、お前さんはどうするべきだと?」
「決まってる。捕まえる必要なんかない。――見つけ次第、倒すべきだ」
 シンは躊躇無く、断言した。

『――なるほど』
 通信用の魔法陣の向こう、頷くレイ。
 今日、隊舎になのはとはやてが不在のため、フェイトは隊舎から離れるわけにはいかず
こうして魔法でレイと連絡を取っていた。当然業務の合間にできる時間を使用してだ。
 会話の内容はレイの容態や体調、そして今日の会議のことだ。
『確かにシンの言うことは分かる。俺は直接の面識はないがシンの口調からアッシュ・グ
レイがどれだけ危険な男なのかは推測できる。
 倒すというあいつの判断は、俺たちから見れば間違っていないだろう』
「でも私達管理局はそういうわけにはいかないよ。いくら危険人物だからっそんな物騒な
真似を、そう易々とするわけには」
『では君はどうなんだ? アッシュと交戦した君はどう思う?』
「それは……」
 返答に窮するフェイト。フェイトは会議の場でははやての意見に消極的賛成の立場だっ
た。
 あの男、アッシュ・グレイは非常に危険だ。強さや「リジェネレイト」と言う魔法のこ
とだけではなく、何より本人の性質が。
 シンの言うことも、フェイトから見れば間違っていないように思った。だが、自分達は
彼ら、犯罪者を断罪する立場ではない。
「やっぱり、捕まえるべきだと思う」
『そうか。どのみち六課としては捕縛する方針なのだろう? ならその通りに動けば良い
だけだ。
 ただ一つ、シンがアッシュ・グレイを殺さないよう注意しておけば問題はない』
「!?」
 思わずフェイトは机から身を乗り出す。
『あいつがそう言ったのなら、ほぼ間違いなく言ったことを実行する。命令違反や罰則な
どではシンを止めることはできはしないからな』
「人ごとみたいに言わないで! 間違って殺しでもしたらシンだけの問題に留まらないん
だよ!?」
 クロノ、リンディのハラオウン提督に聖王教会の騎士カリム。これだけに大物が後ろに
いるとはいえ、今だ六課設立に反対する意見も彼らの影響力に迫る程に強い。
 あくまで管理局として成果を残さねばならないのに、いかに危険とはいえさしたる罪の
経歴もない人間を殺めてしまえば、それは格好の六課への糾弾材料になってしまう。

「下手をしたら、六課設立の話まで無くなってしまうかもしれないんだよ。それに……!」
 アッシュを殺したシンも、ただではすむまい。裁判にかけられ経歴なども調べられれば、
彼を庇ったアスラン・ザラにも累が及ぶはずだ。そして今目の前にいるレイにも――
『そうだとしてもあいつは止まらない。むしろそんな理由で止めようとすれば、かえって
あいつは怒るぞ』
「どうして!?」
 シンとて、今六課が非常に微妙な立場であることが分かっていないはずがない。そして
六課設立にはやてがどれだけの強い想いでいるのかも――
『簡単なことだ。一時の夢と君達の命を引き替えにはできないからだ』
 当たり前の事実を言うかのように、淡々とレイは言葉を紡ぐ。
『どんな高潔な信念も、気高き理想も、抱くべき人が死んでしまえば何もならない。例え
今回そうならずとも、生きていればいくらでもチャンスはあるだろう。
 俺がシンと同じ立場でも、きっと同じ事をする』
「レイ…!」
『君だって知っているだろう。シンがそう言う人間だと言うことを』
 レイの言葉に、フェイトは何も返せない。
 六課の中でシンとレイの二人は誰よりもアッシュ・グレイの危険性を感じ取っており、
特にシンは彼を倒すためならば手段など選ばないだろう。
 先の戦いでの戦いぶりと負傷が、それを何よりも物語っている。
『あいつを止めることは、君には、いや六課の面々にはできない。大切な誰かを失った喪
失の痛み、悲しみを知っている君たちはな』
 自分達の事情を知るレイははっきりと、ゆっくりと、染み渡るように言う。
「でも……私達を守って、その為にシンが犠牲になれば、私達は悲しいよ!?」
『だろうな。……だから難しい』
 レイの頷きには苦渋が混じっている。誰よりもシンを分かっているが故の、苦さだ。
『とはいっても説得するのはほぼ不可能だ。ならばシンがそうしないよう見張っておくし
かない』
 だがまだ問題はある。と言ってレイは表情を厳しくする。
『実際の所、そこまで――捕縛するまでアッシュ・グレイを追い詰めることができるのか
どうかだ。奴には”リジェネレイト”がある』
「……うん」
『だがそれがあろうとなかろうと、見たところ今の君たちでは捕縛どころか互角に渡り合
うこともできないぞ』
 いかなる負傷も瞬時に回復する”リジェネレイト”に加え、アッシュ個人の戦闘能力の
高さ。それを考えれば、そう言う答えになるのは当然だ。
 仮にフェイトがリミッターを解除して戦っても、彼を捕縛まで追い詰められるかと問わ
れれば、肯定も否定も、どちらの返事は返せない。
 戦闘において、魔力や魔法、スピードを除いた部分――アッシュの身体能力や経験、技
術、そして戦意――と自分と比べれば、明らかに彼は自分よりも上を行っている。リミッ
ター解除してそこで、互角に渡り合えるかもしれない――そう思ってしまうほどにアッシ
ュは強いのだ。
 先の戦闘を思い出す。ヴィータとシグナム、そして自分。三対一という圧倒的な不利な
状況にもかかわらずアッシュは怯む気配を微塵も見せず、むしろその状況を楽しんですら
いた。
 そして自分達3人の怒濤のような攻撃をかわし、時には食らいつつもそれと同等の苛烈
かつ、強烈な攻撃を幾度となく放ってきた。

 そのアッシュをものの見事撃ち倒したのは僅かな時間とはいえ本来の実力と魔法を発揮
したシンがいたからだ。彼がいなければ、負けていた可能性すらあり得る。
『”デスティニー”、”レジェンド”そのどちらかが完全に修復されれば俺かシンのどち
らかで何とかできるのだが』
「そ、それは駄目だよ!」
 シンについては先に述べたとおり、もし今のシンに修復された”デスティニー”が渡れ
ば、躊躇無く彼はアッシュを殺害してしまうだろう。それが可能なことは先の戦闘ですで
の証明済みだ。
 何よりそうなってしまえば自分達はシンを止めることができなくなってしまう。
 レイに至っては論外だ。テロメラーゼ導入により、テロメアの延長現象が見られている
もそれも微々たるものだ。今無理をすれば元通りどころか、悪化するだろう。
『ああ。その二つは駄目だな。さて、何か妙案はないものだろうか……』
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。はやてが捕縛に決めたって事は現状で何とかでき
るって事だよ。だから大丈夫」
 フェイトがはやての意見の消極的ながらも賛成だったのはそこにある。はやては規則や
感情だけに固執して動くような人ではない。あの若さで部隊を立ち上げるだけあって指揮
官としては一流なのだ。会議でも、シンとの論争がなければ何かしらの策を説明していた
はずだ。
『……なら、いいのだが』
 いささか納得のいかない表情で、レイは言った。

『どうやらあまり上手くいっていないようですねぇ』
 モニターに映る男は見るだけで不快になるような笑みを浮かべる。
『私が提供したソキウスとあの3人の遺伝子。クローン共は本来の性能を示していたはず
ですが……あなたが奴らを上手く扱えていないのか、それとも管理局の方が上手なのか』
 長舌でゆっくりな、確かな不満と非難を込めた声質が空洞に響く。
『さらに、かなりの性能の良いバケモノを雇ったにもかかわらず、あえなく敗退するとは』
 バケモノ、と言う部分に尋常ならぬ負の感情が込められている。
『どういうことですかねぇ?』
 首を傾ける男。
『弁解のしようもありません。ムルタ・アズラエル様』
 ウーノは黙ってモニターに映る男に頭を下げる。
 ムルタ・アズラエル。次元世界の一つ、CEに現存する組織”ブルーコスモス”の先々
代の首領であり、また今は無き軍需産業複合体”ロゴス”の幹部でもあった。
 公式の記録では六年前の戦争で死亡している男だ。連合軍――彼が牛耳っていた軍事組
織らしい――から脱走した兵達によって倒されたと。
 だが彼は生きていて、今回とあるロストロギアを入手するために自分達に接触してきた。
 確実に手に入れたいようで彼の私兵や彼が所持していた有能な人造魔導士――ブーステ
ッドマンという――魔導士達の細胞までこちらに提供してくれたのだ。
 本来依頼者がそこまですることはないはずだが、それには彼の思惑があるのではないか
とウーノは思っている。

 CEは人造魔導士といった技術には自分達と差して変わらないが、クローンや戦闘機人
といった系統の技術は大きく後れている。おそらくはその技術を欲しているのではないか
と。
 最初に自分達に接触してきて、スカリエッティを数々の賞賛の言葉で褒めた光景を思い
出す。今のように長舌に語られる言葉からは痛いぐらいの強い欲求が感じられた。
「六課についてのデータをごらんになられていると思いますが、バケモノ二匹が六課に協
力しています」
 アズラエルへ通じさせるのと、二人の実力。その二つの意味を込めてウーノは彼の言う
蔑称を使う。
『ええ、知っています。ですかそれを理由にされましても』
「あなたからの依頼されたロストロギア――”メンデルの書”でしたか」
 目的の物の名を出したところで、さらに侮蔑と屈辱の言葉を語ろうとしていたアズラエ
ルは動きを止める。
「あれを入手する計画は整えてあります」
 計画を説明し終わった後、懐疑的に彼は問う。
『上手くいくんでしょうね?』
「ほぼ間違いなく」
 即答したウーノを見て、アズラエルはしばしの間商品を見定めるような視線を向けて、
『期待してますよ』
 言って通信を切る。ウーノはため息をつき、歩き出す。
 研究室の一室に入ると、中には自分と同じ”ナンバーズ”、姉妹達の姿がある。
「あらウーノ姉様。どうなさったの?」
「彼の容態を確認に」
 訊ねてきたクアットロにそう返し、ウーノはコンソールを操作。眼前に映し出される巨
大なカプセル。
 自分達戦闘機人や人造魔導士の回復、治癒能力の促進を高める特殊カプセルだ。中には
アッシュ・グレイの姿が見える。
 六課のバケモノ――シン・アスカとの戦いの後、救出された彼は魔力と体力、傷の治療
のためミッド各地に点在しているスカリエッティの研究施設の一つの治癒カプセルに入れ
られていた。
 傭兵である彼に研究施設のことは教えていない。依頼が終わるまで教えるつもりはなか
った。
 だが先の戦いで予想外の重傷を負った彼を短時間で回復させる必要があったため、やむ
得ず連れてこさせたのだ。
「あらあら。まだ目覚めてないようですね」
「あれだけの傷に身体的ダメージ。完全回復するにはもうちょっとかかるはず」
 クアットロに答えたのは彼女の後ろで砲身を磨いているディエチだ。
「いくら強いからって、所詮は人間ってことか」
 鼻を鳴らしたのはノーヴェだ。
 姉妹達の話を聞きつつ、コンソールでカプセル内のアッシュの状態を確認するウーノ。
「クアットロ、今日明日中には目が覚めると思うわ。そうしたら連絡をちょうだい」
 後ろからクアットロの明るい返事を聞き、ウーノは部屋を出て行く。向かうはスカリエ
ッティのいる研究室だ。
 出口付近に来ると、その横にある倉庫の中に何故かソキウスが二人いる。
「ウーノ様」
 こちらを見たソキウス二人は立ち上がり、見慣れぬ敬礼をする。
 その反応を見て、このソキウスが誰なのか、ウーノは悟る。

「……イレブンとセブンね」
「はい、ウーノ様」
 右のソキウスが頷く。同じ顔と声、仕草を見せる二人に未だウーノはどちらがセブンか
イレブンか分からない。
 セブン、イレブン・ソキウス。この二人は他の有象無象のソキウス達と僅かに違っている。
彼ら二人は人形のような他のソキウス達と違い、たまに声や仕草に、個性のような物
を感じさせるのだ。
 彼らソキウス――アズラエルから受け入れたときには、何でも言うことを聞く便利で使
い捨てが自由な人形と聞いていたのだが、彼ら二人はそれが当てはまらないような気がす
るのだ。
 もっともウーノは彼らを疑ってはいない。意志があるような彼らだが、自分やスカリエ
ッティの指示には躊躇せず従っているしアズラエルの言うとおり”何でも言うことを聞く
便利で使い捨てが自由な人形”なのだ。
 彼らは活動するとき以外、ほとんどがあてがわれた部屋で休んでいる。こんな所にいる
のは珍しいというか、奇妙だ。
 そう感じたウーノは思わず訊ねてしまう。
「こんなところで何をしていたの」
「話を、していました」
「話?」
「はい。僕らソキウスの存在価値と意義について」
 その言葉にウーノはかすかに眉を潜める。ウーノは彼らソキウスがどうして造られたの
か詳しくは知らない。ただアズラエルの所属していた組織がコーディネーターに対抗する
ために造りあげられた存在だとしか。
 沈黙したこちらを見て、左のソキウスが感情のない声で、
「お気になさらないでください。ウーノ様から見れば、大したことではありません」
 言って二人は「では、失礼します」と告げて去っていく。
 その仕草はまるで自身の内情を探らせないかのように見えた。

「ふぅ……」
 重く、疲労がにじみ出るため息を吐き、シンはシャワールームから出てくる。
 すでに時間は深夜に入っている。薄暗い隊舎内を引きずるような足取りでシンは歩き、
部屋に向かう。
 出動も無い日でここまで疲れたのは初めてだろう。それも無理もない。ゲンヤとの話の
後、シンは渡されたデバイスに馴染むべく休憩時間や夕食を除き、ずっと訓練場で体を動
かしていたのだ。
「くっそー……ちょっとやりすぎた」
 予定していた時間を大きくオーバーして訓練したため、体力も魔力も限界ギリギリだ。
早く眠ろう、と言う心に響く声に従うようにシンは一心不乱に部屋を目指す。
「シン?」
 視界の隅に、用意された自分の部屋の扉を見つける。力が抜けに抜けた体の各所に残っ
た絞りかすのような体力を燃焼させて、安息の地を目指す。
「ちょっと、シン!」

 だが何故か途中で扉への距離が縮まらなくなる。右肩に誰かの手が置かれているのに気
が付き、そちらを振り向くと、
「……はやて」
 彼女の顔を見た途端、昼間の会議のことを思い出しシンの顔が歪む。
 はやてとはあの会議の後、一度も会っていない。
「なんか用か」
 刺々しい言葉を出すと、はやての表情も硬くなる。
「なんか用かって、シンは一体こんな時間までなにしとるの」
「訓練とデバイスの微調整だよ。使用申請は出しておいただろ」
 突き放すように言うとはやては眉を潜める。
「申請書に表記されていた使用時間はとっくに過ぎとるよ。今何時やと思うてるの」
 う、とシンは唸る。はやては仕方がないと言ったような表情でため息をつき、
「デバイスの微調整は終わったん?」
「……まぁ、とりあえずはな」
 ぶっ続けで行ったぶん、必要最低限には使えるようにはなった。もっとも結構な無茶を
したのでメンテが必要だろうが。
「この間の怪我が直ってからそう時間もたっとらんのに無理したらあかんよ」
「わかってる」
「本当に大丈夫なん? 部屋まで一緒に付き添おうか?」
「大丈夫だって。そんなに心配するなよ」
「今のシンの顔色見れば、誰だって心配するよ」
 シャワー中、鏡を見たときに自分でも酷いとは思っていたが、面に出ている疲労の濃さ
は相当なものらしい。
「明日は休みなわけだし、体をゆっくり休めるよ。それよりお前こそ、こんな時間まで何
してるんだ」
「仕事や」
「…またかよ。俺のことよりもお前の方は、大丈夫なのか」
「平気や。慣れとるし」
 口調や声質はいつもと変わらない。本人の言うとおり慣れているのだろう。
 だが月明かりに照らされた面からは隠しきれない疲労の痕が見え、頬も妙に青白く見え
る。
――今のはやてを見たら、リィンやシャマルは泣くかもなぁ
「……まぁ、ほどほどにしてさっさと休めよ。お前が倒れでもしたら、みんな大騒ぎだぞ」
 しかしはやてはそれに答えず、
「シン、明日の休みのことなんやけど、午後から一緒にクラナガンに行かん?」
「……は?」
 会話と全くつながりのない唐突な申し出に、思わずシンは呆けた声を出す。
「午前中は私の方にちょう仕事があるし、シンもその間に体を休められる。どうや?」
 そう言われてもシンは言葉を返せない。いや、そもそも何故誘いを受けるのか分からな
い。昼間喧嘩した相手をなぜ誘うのだ。と、いうかお前は休みでも仕事をするのか。
 瞬時に浮かぶ無数の疑問。とりあえず一つ一つぶつけてみる。
「何で俺を誘うんだ? せっかくの休みなんだ。なのはやフェイト、シグナムたちと一緒
にいたほうがいいんじゃないのか」
「それそそれでええと思うけど、あの子達もいろいろと用事があるみたいやし」
 シンは眉をひそめる。おかしい。なのは達はともかく、仕事ならばともかくシグナムた
ちが、はやてよりも自分の用事を優先することなどありうるのだろうか。
「……お前、明日休みなのに仕事するのか。いくらなんでも――」
「ちょっとした資料整理や。たいしたことあらへんよ。で、どうや?」
 はやてを見る。笑みを浮かべるその姿はいつもの彼女だ。何か企むような、隠している
ような様子は伺えない。
 昼間の言い合いを引きずっている様子もない。
――はやての中では、アッシュのことはもう終わったことなのか? だが俺は――
「シン?」
「あ、ああ」
 昼間のことを訊こうとするが上目遣いでのぞき込まれ、口を噤む。何故か、噤む。
 先程ああ言ったものの、シンは明日も丸一日訓練に費やそうと考えていたのだ。
 休んでなどいられない。少なくともアッシュ・グレイを止められるほどにならない限り
は。
 断ろう、とシンは思うがもし拒否の返事を返したら、どうして断るのかとか、明日は何
か用事があるのかとか、色々と事細かに聞かれそうだ。
 普段でさえシンは隠しごとはあまり得意ではない。今の状態で問いつめられれば本音を
零してしまう可能性は十分にある。
「……わかった。付き合う」
 観念のため息をつき、シンは答えた。

 翌日、シンはレイへの連絡、自分が持っている書籍に目を通して時間を潰した。それで
もできた暇な時間、訓練場に行こうかとも思ったが、シグナムとヴィータ二人が訓練場全
面を使用した大規模な模擬戦闘を行っているようで中には入れず、結局午前中ははやてに
昨日言ったとおりに体を休めることに使うことになった。
 退屈な午前が過ぎ、昼過ぎ。隊舎入り口のロビーにてソファーにだらしなく背をもたれ
させながらシンははやてを待っている。
「……遅いな」
 腕時計を見ると約束の時間からそろそろ二十分は経つ。仕事が長引いているのだろうか
ととも思ったがそれならそれで連絡があるはずだ。
 となると考えられるのは準備に手間取っているのだろう。少なくともそれ以外は思い浮
かばない。
「ゴメン、遅くなったわ」
 聞こえたはやての声にシンは身を起こして彼女を見る。
「遅いぞ。何をやっていたん、だ」
 苛立ちを含んだ言葉の語尾が、一瞬途切れる。
 目の前に立つはやてはいつもの陸士の制服ではなく、かといって騎士甲冑姿でもない。
「その格好……」
「え? なんかおかしい所ある?」
 慌てるはやて。しかしシンはそんな彼女の姿を唖然とした面持ちで見つめ続けている。
 はやては洋服を着ていた。休みなのだから当たり前と言えば当たり前だが、とても新鮮
にシンは感じ、そしてすぐに気が付く。
――そう言えばプライベート時のはやてを見るのは、初めてだったか
 出会ってから今まで、シンが見たはやては陸士の制服か騎士甲冑、そのどちらかを来て
いる姿だけだ。
 しかしはやての着る洋服はなんというのか、とてもよく似合っている。全体的に大人し
めだが、一部が明るい色彩をしている。

 普段見せる若々しくも落ち着いて、どこか幼い少女の鱗片を見せるはやての雰囲気にも
の見事似合っている。
「何やってんだお前ら」
 突如聞こえた第三者の声に呆けていたシンと慌てていたはやては我に返る。同時に視線
を向けると、書類を抱えたゲンヤの姿がある。
「こんな所でいちゃついてると、周囲の注目の的だぞ」
 言われ周囲を見ると、周りにいる隊舎の隊員達に何やら生暖かい視線で見つめられてい
る。
 見渡したあとシンとはやては顔を見合わせ、同時に赤くなる。
「別にいちゃついてなんか…! は、はやて。さっさと行くぞ!」
「え、あ、うん。そ、そういうわけで行ってきます、ナカジマ三佐」
「おう、ゆっくりデートを楽しんでこい」
 からかうような笑みを浮かべてゲンヤが言うと、さらにはやての顔が赤くなる。
「ち、違いますよ! デートやなくて…!」
 さらに弁解しようとするはやてをシンは手を引っ張って連れ出す。後ろで何やら歓声の
ような物が聞こえるが無視して早歩きで隊舎から去る。
「はぁ……。あとで色々と大変や」
 しばらくして手を離すと、はやてがぼやき、シンを睨めつける。
「どうするんやシン」
「どうするって……別に普通に事情を話せばいいだろ」
「それで納得するようなら誤解っちゅう言葉は生まれへんよ……。シンもあとで色々と覚
悟しとき。うちの子達の追及は厳しいよ」
 言われてシンは初めてその光景を思い浮かべる。先程の光景によりあらぬ誤解や噂が生
まれ、それをシグナムたちが鵜呑みにしたとき。
 あの五人が、はやてを心底信頼し、愛している彼女らが聞き、愕然、そして怒りの表情
となりデバイスを片手に自分に詰め寄る五人――
「……はやて。あいつらへ上手い説明しておいてくれ」
「自分でしてや」
 素っ気なく言い歩くはやて。気をとられた理由がそちらにあるとも知らず、何とも勝手
な言い分だ。
 しばしシンも言葉を返さずはやての後に続く。数分で近くのレールウェイ発着場に着き、
切符を買って中へ。
 クラナガン行きのレールウェイ乗り場に着くとシンは空いている椅子に腰を下ろし、何
故かはやてはどこかへ行ってしまう。
 数分後戻ってきたはやてはシンを見て、言う。
「もう問題ないやろ?」
「……何が?」
 突然に問われてシンは首を傾げる。するとはやては頬を膨らます。
「シン、さっき私を凝視してたやろ。それでどこかおかしな所がないか、今見てきたんや」
「いや、別に。さっきもおかしいところはなかったけど」
「じゃあさっき何で私をじっと見とったの」
 睨むはやてに素直に理由を言おうとし、それがもの凄く恥ずかしいことにシンは気が付
く。
「どうしてなん。説明を求めるよ」
 ずい、と迫ってくるはやて。くっつくような距離にはやての顔があることにシンは思わ
ず後ずさるが、間髪入れずはやてはその距離を詰めてくる。
「……!」

 そのため間近ではやてを直視することになってしまう。
 最初見たときは気がつかなかったが、簡単な化粧をしているようだ。どこかどうなって
いるとはわからないが、いつもは感じない”女性”の香りを漂わせている。
 シンは顔が熱くなるのを感じ、とっさに叫ぶ。
「めっ、珍しい格好をしてたから驚いただけだ!」
「珍しい? ……ああ、そっか。そういえばシンに私服姿なんて見せたことなかったなぁ」
 納得の表情を浮かべてはやては下がる。シンは大きく安堵の息を吐く。
「で、どうや? 似合っとる?」
 笑い、くるっと回るはやて。こちらの気も知らないその様子にシンはむっときて、
「別に。いつもと変わらない」
 つっけんどんに返事を返すと、その頭にはやてのチョップが入った。

「はやて…!」
 シンの顔に迫るはやての姿を見てヴィータが飛び出そうとするが、それを背後からシャ
マルが押しとどめる。
「何すんだよ! シャマ…」
「シッ! 大きな声出しちゃだめです。二人に気づかれちゃいますよ!」
 ヴィータを物陰に引っ張り、リィンとシャマルははっと息を漏らす。そして十数秒置い
て両者はゆっくりと視線を向ける。
 見れば乗り場の椅子に座るシンの頭にはやてがチョップを食らわしている。会話の内容
を聞くと、原因はシンのようだ。
 ともあれ、現状自分たちが危惧した展開にはなりそうもないので、ほっと息をつく。
 昨日の夕食のことだ。明日はどうするかの話題になり、当然シャマルたちヴォルケンズ
ははやてと一緒にいると考えていたのだが、
『明日は昼からシンと一緒にクラナガンに出かけてくるよ』
 その言葉にシャマルたちは仰天した。慌てに慌てる四人──ザフィーラは「そうですか」
と呟いただけだった──をはやてが宥めて、事情を説明する。
 その事情を聞いて、不承不承ヴィータは納得、シャマルにシグナム、リィンも同様だっ
たのだが──
「こんな状況を見逃すわけにはいかないわ」
 自分達にとって最愛の主であり家族であるはやてが、まさか、知り合いとはいえ、付き
合いがまだ一月そこらかという男性と。
 男性と二人っきりで出かけるなど──
「危険だわ…!」
 ぎゅっと握りこぶしをシャマルは作る。それにつられてリィンも、ヴィータも同様のし
ぐさをとる。
 はやては気がついていないようだったが、隊舎のロビーの時や先ほどのシンは明らかに
はやてに見惚れていた。危険だ。
 はやては美人だ。器量も避けれれば性格もいい。スタイルも文句はない。女性としてま
さに理想の形といってよい彼女だが、一つ欠点がある。
 それは自分に向けられる異性の目線に、ひどく鈍感なところだ。それが今まではやてに
男の陰が射さなかった理由だ。
 他者のそう言ったことには鋭い割には、本当自分のこととなるとどうしようもなく鈍い
のだ。まぁ、シャマルたちから見れば、別に問題はないのだが。
 クラナガン行きのレールウェイが到着する。乗る二人にわずかに遅れ、シャマルたちも
乗り込む。

 遠目から、こっそりと二人の様子を伺う。平日の昼過ぎという時間帯だけあって内部に
人の姿はまばらだ。
 そんな中二人は隣に座り、大して距離もおかず談笑している。その姿は一見、どこにで
もいるカップルそのものだ。
「はやてちゃん、楽しそうです……」
 本来なら今日、自分がそうするはずだった光景を見てリィンが寂しげに呟く。
「シンの奴、はやてにちょっとでも妙な真似したらギガントだからな」
 いささか目が据わったヴィータが待機状態のグラーフアイゼンを握っている。
 シャマルも二人ほどではないが、さびしくはあり、心配である。シンの事は信頼できな
いわけではないが、先ほどの様子を見てしまうとはやてに何かしでかしてしまうという可
能性はぬぐえない。
 シャマルとしては、別にはやてが誰と付き合おうが、好きになろうが、文句はない。た
だ半端な男ならば容赦なく交際には反対の立場である。
 はやてより一つ年上のシンであるが、所々で年上とは思えないほど子供っぽいところが
見られる。魔道士としては信頼できても男として信頼できるかといえば、答えは否だ。是
と言えるほどまだシャマルはシンのことを知らない。
 時計を見る。隊舎へ帰るの時刻までまだ五時間はある。
──何も起きませんように
 祈るように思い、シャマルは二人を見続けた。