LSD_第06話

Last-modified: 2008-05-04 (日) 05:31:49

「んー、いい天気だなぁ」
 シンの頭上に広がる水色の空に輝く太陽。相変わらず日差しは強いが、昼を半ば過ぎた今の時間と晩夏ということもあってほどよい日差しだ。
 首都クラナガンでアッシュとの戦いより一ヶ月あまり、その期間は大した事件も起きずその戦いで怪我を負ったシンも回復し、こうして元気になっている。
「この時間帯だと日向ぼっこにちょうど良いなぁ? レイ」
 隣に座る親友に声をかける。腕を組んだ姿勢で目を閉じ座る彼はしばらくして目を開き、
「ああ。悪くない」
 頷き、再び目を閉じる。表情はいつも通りだが、だいぶリラックスしているのがシンには分かる。
 二人がいるのは病院の屋上だ。周りには自分と同じ入院患者やその世話をしている看護師、またはその知り合いなどの姿もちらほら見える。
 最近の見舞いは病室内ではなく、屋上が多かった。軽い散歩ができる程度に回復しているという話なのだが、レイは変わらず病室におり魔導書を乱読しているらしい。それを訊いたシンは見舞いに来る度にレイをこうして屋上や病院の庭に引っ張っている。
 涼しい風が吹き、心地よさにシンはうとうとし始める。
 その時、耳朶に聞こえる屋上の扉が開く音。うっすらと目を開けて見ればなのはとルナの姿がある。
「やっぱりここにいたんだ」
「シン、元気してる? レイも調子はどう?」
 気楽な様子で挨拶する二人。いつもどおりルナが会話のペースを握り、話は進む。
「さて、二人にいいお話があります。それも二つほど」
「いい話? なんだよ」
 互いの近況や雑談が一段落したところでかしこまって言うルナに、シンは眉を潜める。
「一つはレイの退院許可がそろそろ出る事よ。テロメラーゼ導入によって順調にテロメアは延長していってるみたいで、あと2、3日様子を見て検査、それがクリアされれば許可が出るって」
「本当か!?」
 思わず立ち上がるシン。それを見たなのはが微笑して言う。
「うん。今日朝方に連絡を受けて、ついさっき詳しい話を聞いたから。間違いないと思うよ」
 微笑みながらなのはが言う。隣でルナが「まぁ当分の間は投薬や通院しなきゃいけないけど……」と呟いているが、些細なことだ。
「そっか……。やったな! レイ」
 シンの声にレイは反応せず数秒ほど硬直する。それから自分の掌を見つめ、顔を上げる。
「……ああ」
 そこには隠しきれない喜びに溢れた笑みが浮かんでいる。感情をここまで面に出すレイを見て、シンはますます嬉しくなる。
「それで、もう一つのいい話はなんなんだよ」
「せっかちね。まぁいいけど。――六課の事よ。近日中に正式に機動六課設立が認可されるそうよ」

「…!?」
「本当か」
 喜びと驚き。二重の衝撃のあまりシンは声が出ない。レイの冷静な言葉が代弁する。
「ええ、昨日の地上本部での会議でそう言う結論になったってアスランが言ってたわ。まぁ今までの成果を考えれば当然だわ」
 言ってルナはくるりとなのはへ向き直り、
「改めて言わせてもらうわね。六課設立おめでと、なのは」
「ありがとうございます。でもそれはルナマリアさんにシン君、レイさんの協力があったおかげですよ」
「ルナやシンはともかく、俺は特に何もしていないと思うのだが」
 そんなことはありませんよ、と言葉を切ってなのはは視線を遠くに向ける。そこは修復作業中の公道が見える。
「あそこでシン君やフェイトちゃん達がアッシュ・グレイを撃退できたのも、レイさんの協力があってのことです」
 にこりと笑みを返すなのはにレイは何も言わない。照れている事が分かるシンは小さく笑みを浮かべる。
「ところでシン、レイ。分かってるとは思うけど六課設立後は一度CEに帰ってきてもらうわよ」
「わかってるよ」
「ならいいわ。――さて、ここからが本題。
 二人ともCEに帰った後、どうするのか考えてる?」
 斬り込むような問いかけに、思わずシンは黙ってしまう。
「単刀直入に言うわ。軍に戻ってきてほしいの。もちろん二人とも私と同じ”フェイス”扱いよ」
「なんだと……!?」
 またアスランの下で戦わされるのか。大戦時、ミネルバでの様々な出来事を思い出し、瞬間的に憤りが芽生えるシン。
 だがその反応は予想どおりだったのか、ルナは両手を前に出し、
「まぁ聞きなさい。先の大戦から3年経過してるけど、CEが平和と言ったらそうじゃないのよ」
「どういうことです?」
「以前CEで起きた二度の大戦について話したわよね。そうなった経緯や理由も」
 頷くなのは。それを見てルナは話を続ける。
「私達も色々頑張ってはいるんだけど、ブルーコスモスやら何やら、反抗勢力ってのがまだいるの。
 私達が管理局や聖王教会のような組織と協定を結んだように、そいつらもCEの外に存在するテロ組織なんかと手を組んでいるみたいなのよ」
「戦争が、起こりそうなのか……?」
「そこまで深刻じゃないわ。今はコーディネーター、ナチュラルの問題についても少しずつではあるけど改善の兆しはあるし」
 言い、そこで初めてルナは深刻そうな色を表情に浮かべる。
「でもやっぱり小さいいざこざはあるのよね。個人から組織、大なり小なりとも。
今は私達が動いたり、管理局の協力もあって何とか平穏は保たれてるわ。アスハ代表やラクス・クラインも踏ん張ってるし」
 忘れられない名を聞き、シンは気が高ぶるのを感じる。
「けれどそれがいつ崩れるかは分からない。だから二人の力が欲しいわ。ザフトのエースだった二人の力が」

 

 普段の明るいのとは一変した真面目な声。それが事態の深刻さを否応なく感じさせる。
「悪いが俺は戻るつもりはない。やりたいことができたからな」
 レイの言葉にルナになのはだけではなく、シンも驚く。
「CEに戻った後、俺は管理局に所属しようと考えている」
「……レイ!?」
 予想もしなかった親友の言葉に、シンは叫びじみた声を発してしまう。
「すまないシン。勝手に決めてしまって。だが管理局には俺の目標とする人がいる。その人と肩を並べられるようになるまでCEに帰るつもりはない」
 語るレイの声からは固い決意が強く感じられ、シンは何も言えなくなってしまう。
「誰よ、その目標とする人って」
「フェイト・T・ハラオウン執務官」
 きっぱりというレイにシン達は皆、固まる。
「ま、まぁ、そう言うなら無理強いはできないけど……。で、シンはどうなの? 今後どうするのか、考えてる?」
 いち早く硬直から復帰したルナは何故か頬を赤くして引きつった笑いを浮かべる。隣にいるなのはもルナ同様頬を赤くし、そわそわと妙な素振りを見せている。
「俺は……」
「その様子じゃ、考えてなかったみたいね」
 言われ、シンは思わず言い返そうとするが、何故か言葉が出てこない。
 思い描いた未来。そのイメージが何故か浮かんでこないのだ。
「まぁ結論を急げとは言わないわよ。でも私達ももう少ししたらCEに帰るから、それまでに答えをちょうだい。
 そうね、六課設立の認可が下りる頃までは、いると思うから」
 しばらくして二人が帰った後、ベンチの手すりにシンは拳を叩きつける。
――あれから三年も経っているというのに、あいつらは一体何をやっているんだ!?
 予想もしなかった故郷の惨状を知り、思わすシンは心中で己を撃ち倒した敵を罵った。

 
 

 午後、シグナムからの訓練の誘いを断り、シンは一人部屋にいる。
 必要最低限の物品しかないがらんどうの部屋の隅、設置された机の椅子に体を預けるような体勢をしている。
 そんな彼の周りには無数のウィンドウが開いている。表示されているのはCEの情報と映像だ。
「なんだよ、これ。ルナが言っていたよりも、酷いじゃないか」
 目の前に映っているウィンドウには魔導士同士が激しく打ち合うものや、戦闘により被災した人達が嘆く姿がある。
 CEの情報を集められるだけ集めてみたが、その内容は予想以上に酷いものだった。
 終戦後、プラント議長となったラクス・クラインとアスハの呼びかけにより二分化されていた世界は一つになろうと動き始めた。ザフトと連合も統合されCE統合軍に。連合の傘下だった国でコーディネーターが住まうことを禁止していた国にも、コーディネータの移住を許可。また逆にプラントにもナチュラルが住むことも。
 コーディネーターを敵視していたブルーコスモスが壊滅的なこともあって、また戦後の悲惨な状況、そして管理局の介入などが手伝ってか、ナチュラルとコーディネータの融和政策は当初は上手くいっていた。

 

 異変が起こり始めたのは戦後から一年半もの時が経ったときだった。鎖国を止め、他の次元世界や管理局からの援助で連合の国々も力を取り戻しはじめたのか、徐々に発言力も高まっていき、プラントやオーブ主体で出した政策に難癖をつけ始めてきた。そしてそれに呼応するかのようにブルーコスモスなどコーディネーターを敵視する組織のテロが散発に起こるようになっていた。そしてその事件のいくつかにはCEとは別の世界の技術や兵
器があったらしい。
 そして事件で一番大きいのは五ヶ月前に起きた事件だ。大西洋連邦の一部がまたも大戦時のような無茶苦茶な難癖をつけて現CEの三首都の一つ、アプリリウスを壊滅させようとしたらしい。もっとも統合軍三大将キラ・ヤマト、モーガン・シュバリエ、エドワード・ハレルソン三名が率いる軍によって半日と経たず犯行に関わった全ての人達が捕縛されたそうだが。
 ルナの言うとおり、CEは平和の輪を結んでいる。しかしそれは何か大きな衝撃が起きれば、あっさり壊れかけないほどの、脆いものだ。先の内乱以降管理局も三首都に武装隊などを置いて、平和の維持への協力をしているそうだが、状況は思わしくない。小さな火種は世界の、あちこちにある。
「こんな状況だってのに、アスランの奴、何でミッドなんかに来たりしてるんだ!」
 怒りを込めて名を呼ぶ。前大戦から幾度となくしてきたことだが、彼への怒りは微塵も収まることはない。むしろ強まっているように思える。
『そんな力で、強制された平和で、本当に人は幸せになれるのか!?』
――あれだけ偉そうなことを言っておきながら――!
 メサイアでの、デスティニープランを否定するアスランの声。彼の言わんとすることも、わからなくもないが今のCEを見ると、議長の示す道が本当に間違っていたのかと、強く疑問に思う。
 デスティニープランが実行されれば混乱は起きただろう。しかし遺伝子の示すとおりに生きていれば人々が争うことなどは、ないのではないか?
 そう思う一方で、やはりそれに反する気持ちもあるのだ。どうして反するのか、はっきりとはわからないのだが。
 何が正しくて、何が間違っているのか――。相反する思いに、シンは悩む。
「レイ……」
 ふと、親友の名を呟き、もう一つの悩みが頭をもたげる。
 昨日、なのは達が帰った後、改めてシンはレイから話を聞いた。そして話を聞き終えた後、シンは一つのことに気が付いた。
 今の自分には進むべき道がないことに。
 いつもの冷静な口調で、自分の進む道を語るレイは隠しきれない熱さ――情熱を感じた。この二ヶ月の間に親友は己が進むべき道を見つけていたのだ。
 それを嬉しく思うと同時に、その事実に気付いてしまったのだ。自分には、それがないと。
「俺は……どうしたら」
 進むべき道。そんなことを考えたことは一体何回あったのだろう。家族を失い、オーブを離れたこと。力を求めザフトに入隊したこと。このぐらいではないだろうか。
 改めて思うといかに自分が誰かが敷いた安易な道を走ってきたか、思い知らされる。そして自分が己が道も決められない子供だと言うことも。
 そのことに自己嫌悪するシン。しかしそう思い、己が進むべき道はなんなのかと考えてみるが――
「わからないんだよな……」
 きっと他の人に尋ねれば大半がこう答えるだろう。その優れた魔法の力を生かした道に進めばいいと。

 

 しかしシンはそれを受け入れることはできない。シンにとって魔法とは”力”でありそれ以上の意味はないのだ。
 幼い頃から優れた魔法資質を持っていたシンだが、魔法のことが好きなわけではなかった。もし家族を失わなかったら、プラントに渡っていたとしてもザフトに入ることはなかっただろう。
 家族を失い、大切な者を守るための力を欲したために――自分の身近にあった”魔法”を”力”にするためにザフトに入ったのだから。
 確かに自分は優れた魔法の才を持つ。それを生かした道に進めば間違いなく大成するだろう。――だが、それは自分が望んでいる道ではない。
 そもそもシンは戦後の生活に特に不満はなかったのだ。アスラン達に発見されなければああしてレイと共に静かに暮らしていくことも悪くないと思っていた。
 だからシンは六課設立の後CEに戻り、正式に軍を抜けて他の世界で平和に暮らすつもりだった。――レイが心替えをしていなければ。
――CEに戻るべきだろうか? 未だ戦火が収まらぬ故郷へ。いや、しかしあそこは一度捨てた世界、もう二度と戻らないと誓った場所。今更戻るなど……
「俺は……どこにいけばいい?」
 呟き、椅子にさらにもたれかかる。――と、その時ドアが誰にノックされ、一瞬動揺したシンはバランスを崩し、
「どわぁ!?」
 椅子から転げ落ちる。派手な転倒音がし、その一拍後、ドアがスライドする。
「シン、どないしたん!?」
「いつつ……なんだ、はやてか」
 転んだときにぶつけた頭をさすりつつ、シンは入ってきたはやてを見る。
 血相を変えていたのは一瞬、シンの様子を見るやほっとした表情になる。
「なんや、椅子から転げ落ちただけなんか。大きな音がしたから何事かと……」
「悪いな驚かせて。で、なんか用か?」
「あ、うん。今からミッド地上本部に行くんやけど一緒にどうや?」
 シンは眉を潜める。管理局のミッド地上本部にどうして自分が連れて行かれるのかが理解できない。
「ちょうシンに会いたい人がおってな。シンの都合がよければって言ってたけど、ああ見えても忙しい人やから」
「……アスランか」
 シンの言葉に前回の苦い記憶を思い出したのか、はやては首を振り、名を告げる。
「六課の後継人。リンディ・ハラオウン総務統括官とクロノ・ハラオウン提督や」

 
 

「それじゃあ入るよ。失礼の無いように頼むな」
「わかってる」
 いつもとは多少元気のない様子でシンは答える。一瞬どうしたのかと思ったがその思いは心の隅に置き、扉の前に一歩踏み出す。
 扉がスライドして、中に入る。室内に置かれている横長のソファーには友人と恩人の姿がある。
「お久しぶりです。リンディ・ハラオウン統括官」
「ええ。お久しぶりね八神はやて二佐。いえ、はやてさん」
 敬礼をするこちらに対し、リンディは最初に対面したときと何も変わらない暖かな笑みを浮かべる。

 

「それとクロノ・ハラオウン提督も」
「僕の方はついこの間、会ったばかりじゃないかな」
「一ヶ月前の話ですよ? それだけ時間が経てば”お久しぶり”です」
「それもそうだな」
 苦笑を浮かべるクロノ。そしてその視線は隣のシンへ行く。
「時空管理局提督、クロノ・ハラオウンだ」
「本部総務統括官、リンディ・ハラオウンです。初めまして、シン・アスカさん。
 あなたのご活躍の程は八神二佐の報告書や伝聞で聞いています」
「……初めまして」
 いささか面食らった表情を浮かべつつも、シンは挨拶する。
 彼の視線はリンディに注がれている。おそらくは管理局本部の高官がこれほどまでに若く、朗らかな様子に驚いているのだろう。
「性が同じですけれど、お二人はご姉弟ですか。八神二佐からは親子と聞いていましたが……」
 二人と握手をかわしたシンはリンディのなごみの気に触れたせいかそんな頓珍漢なことを言ってしまう。
 二人は一瞬呆気になり、次の瞬間、
「あら、姉弟ですって! いやだわシンさん。お上手ですね」
「……とてもそうは見えないだろうが正真正銘、リンディ・ハラオウン統括官は僕の母親だ」
 リンディは歓喜の、クロノはそんな母を見て何やら複雑なそうな表情になる。
「え……母、親。………って、ことは、親子??」
 こちらを向くシンはこれ以上ないほどに大きく目を見開いている。
「来る途中、説明した通りや。とてもそうは見えへんけど」
「…………」
 シンの発言で一気に場が和み、会話から警護や階級着きの呼び名が無くなる。
 シンもリラックスしたようでいつものような態度で二人に接している。
 六課の状況を細部まで説明し終えた後、湯飲みから手を離し、リンディは真剣な眼差しでこちらを見る。
「時空管理局本局所属、特別捜査官八神はやて二佐」
 厳しさのみがつまった声に、思わずはやては身を固くする。つい先程まであった朗らかな空気が一瞬で霧散する。
 内心の不安や動揺を必死に押さえ、はやてはリンディを直視する。立ち向かうように、抗うように。
「かねてより設立が懸念されていた新部隊”機動六課”ですか、先日の本部議会において。――正式に設立の認可がおりました」
「……え」
 こちらの呆けた言葉にリンディは険しさを消して、にこりと微笑む。
「リンディさん、それって――」
「はい。機動六課設立の正式な許可が降りました。地上、次元、空。全ての部門承諾の上での認可です」
 いつもの声でそう言われ、はやては思わずほっとため息をつく。
「何驚いてるんだ。認可が下りるって話は聞いてたんだろ」
 呆れたようなシンの声にはやては思わずむっとする。と、そこへリンディの小さな笑い声が。
「そういうシン君もはやてさんみたいな顔してたわよ」
「いや、俺は別に…。そんな」

 

 狼狽えた声にリンディの言葉が真実と悟り、はやては半目を向ける。そっぽを向くシン。
「まぁ、良かったじゃないか。おめでとうはやて」
 苦笑を浮かべたクロノが割ってはいる。はやては姿勢を正し、二人に向き直る。
「ありがとうございます。リンディ・ハラオウン統括官、クロノ・ハラオウン提督。これからも六課の後継人として協力の程をお願いします」
 正式な機動六課の部隊長として、歓喜と感謝の意を込めてはやては頭を下げる。それにやや遅れてシンも頭を下げる。
「一部隊を率いることは簡単なことではないわ。ましてあなたのように若輩の身なら尚のこと」
「でも君ならきっと上手くいく。僕らはそう信じている。それは忘れないでくれ」
 微笑を浮かべ言う二人にはやてはもう一度深々と頭を垂れる。
「ところで話は変わるけど、シン・アスカ君」
「え? はい」
 唐突に話を振られ、シンは素っ頓狂な声を上げる。
「話によるとあなたは六課設立まではやてさん達に協力していると言うことらしいわね。CEに戻った後のことは何か考えているの?」
 一瞬のうちにシンの表情が戸惑いと困惑に変わる。リンディから視線を逸らし、シンは俯く。
「……いえ」
「そう。ならもしあなたが良ければ――」
「管理局への誘いなら、今は考えるつもりはありません。当然CEの統合軍への復帰も」
 絞り出すような、しかしはっきりとした声でシンは断定する。
「……統括官。相変わらず性急すぎますよ」
 気まずい沈黙を破ったのはクロノの呆れの声だ。
「すまないシン・アスカ。昔から統括官はどうも優秀な魔導士を見るとスカウトしたくなるようで。今の話は忘れてくれていい」
「あ、ああ」
「まったく、物事には順序というものがあるでしょう。どうしてあなたはそう率直に――」
「ク、クロノ。あなただってさっきは勧誘してみるのも良いかもしれないって言ってくせに。母さん一人を悪者にするのね? ああ、なんて冷たい息子なの――」
 和やかに揉めるハラオウン親子を見てはやては苦笑。圧迫感から解放され、はやてはその発生源に視線を向ける。
 シンは俯いたまま重苦しさを増した表情で黙っている。軽い冗談でも口にしようとしたはやてはその様子を見て思わす、
「シン……どないしたん?」
 声をかけるとはっとしたような表情になり、顔を上げる。
「いや、別に」
 短く答え、再び押し黙る。なんでもないようにはとても見えないがシンから漂う暗く、危うい空気と雰囲気がそれを許さない。
「本当に、なんでもないから」
 視線に気が付いたのか、シンはそう言って大きく息を吐き出すと安心させるように笑みを浮かべる。やはりどこか無理をしたような笑みだったが、はやては今はそれ以上の追求を避ける事にした。

 
 

「では予定通り、管理局地上本部の第一遺失物研究所へ行ってもらうわ」
 目の前に並ぶ者達、クローン魔導士にソキウス、そしてアッシュ・グレイを見渡し、ウーノは言う。
 それぞれいつも通りの様子だ。イレブン、セブンは声をそろえて返事を返し、クローン魔導士達はふて腐れた子供のように視線をどこかへ向けて、だらけた姿勢を取っている。
「指揮は私やクアットロするからその通りに動いてちょうだい。――いいわね?」
 そしてアッシュ・グレイ。昨日のように正気を欠いていない彼は小さく鼻を鳴らすだけだ。
 研究所の図面に警備体制、目的の物の場所、侵入、脱出経路。一通り説明し解散を告げる。
 彼らが去った後、斜め後ろにいたクアットロが、
「やれやれ。扱いにくそうな人達ですね~」
 言葉の割に少しも困った表情を浮かべす言う妹。
「能力的には問題ないわ。先日のような暴走はもう起きないでしょうし」
 先日起こったアッシュ・グレイの暴走。シン・アスカより受けた傷が完治し目覚めた彼は赤の色を目の前にした闘牛のように正気を欠いており、その衝動に突き動かされるように研究所を飛び出していった。
 さすがにオーバーSクラスの魔導士だけあってその暴れっぷりも凄まじかった。止めようとした妹たち――セッテ、ノーヴェ、チンク――をあっという間に行動不能にして飛び出していったのだ。
 しかし驚いたのはそれだけではない。飛び出した彼を押さえるべくイレブン、セブン、ガジェット。さらにはトーレに久方ぶりに帰還していたドゥーエを駆り出し、連れて帰ってきたときだ。
 アッシュは正気に戻っていた。それも管理局――敵の手によって。
 アスラン・ザラ。CEと呼ばれる世界出身の魔導士でその世界においては最強の一人と目されている人物で、正気を欠いていたとはいえあのアッシュを捕縛寸前まで追い詰めた男だ。
「今回は六課といえどこちらの動きを捕らえることはできないはず。施設の警備も不自然でないように弱くしてあるわ。
 さすがにここまでお膳立てしたのだから、目的の物は取ってきてもらわないと」
 六課に関わりのあるアスランが相当の実力者であることは彼が六課に接触した時に調べていたので知っていた。だがあれほどとは思いもしなかった。
「そうですねわ。これで失敗なんかしたら、あの人達」
 アスランが六課に加わってないことに、ウーノは安堵した。あれだけの実力者がもし六課にいたらこちらの保有する戦力で止めるのは至難の業だ。
 シン・アスカとレイ・ザ・バレル。アッシュとの交戦映像を見る限り、シンはアスランと比べ各所に差があった。四年もの間実戦から離れていた者と、戦い続けていた者との差なのだろう。この程度ならこちらが保有する人造魔導士達で何とかなるレベルだ。
 だからといって、決して油断できる相手ではない。これ以上手間取っていると最悪、ドクターの研究や予定にも支障が出てくることも考えられる。
「あの人達、いらないと思います。ウーノ姉様は、どう思いますか?」
「同意見よ。帰ってきたと同時に始末するべきね」

 

 クアットロの無邪気で残酷な問いに、ウーノは平然と返す。
「まぁそんなことはないから無用の心配よ。もう時間もないから私達も準備を始めましょう」
「はーい、わかりました」
 陽気に返事する妹を一瞥して、ウーノはモニタールームへ足を向けた。

 
 

 地上本部での会合の後、時間も時間だったので流れでシンとはやてはハラオウン親子と一緒に地上本部地下のレストランで夕食をご馳走になった。リンディが言うには設立記念と言うことらしい。
「ハラオウン提督はともかく、リンディさんはなんだか役職とは随分違う印象の人だな」
 二人と別れ、本部のヘリの発着場へ歩く最中、シンが言う。
「印象って?」
「本局の統括官、っていうぐらいだから。なんか、こう、びしっとって言うかきちっと言うか…」
 シンの言いたいことが解り、はやては苦笑。確かにリンディの外見やその物腰を見れば大抵の人はシンと同様の感想を抱くだろう。まぁ、リンディの仕事をしているところを見れば、その印象も変わるだろうが。
「まぁ、何にせよ。六課設立の認可が下りて良かったな。いつ正式稼働する予定なんだ?」
「その辺はカリム達と話さなあかんから……準備やら、何やら入れて早くて来年の冬、いや春かなぁ」
 現在六課メンバーは自分を含めフォワードチームの隊長、副隊長しかいない。他の主要人員はさわり程度に話はしてあるが、彼らを所属させられるかは彼らが現在所属する部隊や部署との話し合いが必要だ。
「まぁ、色々大変だろうが頑張れよ」
 投げるようにシンが言う。少しむっときたはやては思わず、
「そう言うならシンも六課に所属せえへん? どうせやることもないんやろうし。暇やろ?」
 言ってはやては自分の失言に気付く。機嫌のよさそうだったシンは瞬く間に仏頂面になる。
「……ゴメン」
「…別に。本当のことだしな」
 言ってシンは足を速め、前に出る。
 しばし無言のまま二人は歩く。しばらくすると何故かシンが足を止める。
「シン、どうし――」
「アスラン……!」
 はやては驚く。自分達の前で地上本部の高官と話すアスランをシンは怒りの形相で見つめていたからだ。さらに名を呼んだその言葉にはいつにないほど強い怒りと憎悪が感じられた。
 彼はそのままの表情でアスランに歩み寄る。唐突なシンの変化に驚き、後を追いつつ、はやては念話でアスランに呼びかける。
<アスランさん! 目の前を! シンが!>
 こちらの念話に眉を動かすアスラン。シンに――その怒りの表情にも――気が付いたのか、アスランは高官に「失礼」と告げてシンの方へ。
 対峙する二人。アスランが口を開こうとしたその時、シンが言う。
「あんた、何やってるんだ」

 

「……いきなり何の話だ」
「CEの現状を、ルナから聞いた」
 シンが言うと、アスランが目を見開く。そしてすまなさそうな表情になる。
「シン――」
 口を開こうと下アスランを、またもシンが遮る。
「あれだけ言いたいこと言ってて。ラクス・クラインにアスハ、それにキラ・ヤマトまでいて、あの有様かよ」
 一方的な非難にアスランは表情を歪めるだけだ。
「ホント、何やってるんだよあんた達。――なぁ!」
 俯くアスランの胸ぐらをシンが掴みかかる。はやてはさすがに慌てて二人を引きはがす。
「シン!」
 叱責をこめて名を呼ぶも、シンはこちらを見ようともせず、ただアスランを睨む。
 乱れた襟を正さず、アスランは悲しげな瞳でシンを見つめ、言う。
「……すまない、シン」
「っ! 謝るぐらいなら、さっさと何とかしろよ!」
 粛々としたアスランの謝罪にも、反発するようにシンは叫ぶ。
「シン、ええ加減にし! すみませんザラ中将、このお詫びはまた後日」
 強引にシンの手を引いて、はやてはその場を離れる。抵抗されると思ったが意外にすんなりとシンは従う。
 騒ぎを聞きつけ、集まっていた人達の波をかき分け、発着場に着く。手を離し、はやてはシンに向き直る。
「シン、一体何やっとるの! なんであないなことを……」
 シンは僅かに唇が尖っているも、先程のアスランのようにすまなそうな表情だ。
「……悪い」
 先程とは別人のような様子で謝り、彼はヘリの元へ歩き出す。
 そのしょぼくれた様子を見て、はやても叱責の言葉を噤んでしまう。
 ヘリに乗り込み、しばらくの間二人は無言。だがはやては意を決して話しかける。
「シン、一体どうしたん? さっきといい会合の時と言い、様子がおかしいよ」
 唖然となるシン。僅かに俯くも、小さく「そうだな」と呟く。
「CEの現状を聞いて、アスランがここにいることが無性に腹が立って、つい」
「アスランさんやって理由があって今ミッドにおるんよ。CEのことを気にかけていないわけじゃ」
「わかってる。さっきのは、俺が悪い。――わかってる」
 話を終わらせるようにシンは言い、黙り込む。しばらくしてぽつり、とシンは呟く。
「六課設立の後、どうするかについて考えてる」
 言ってシンはこの後どうするつもりだったのかを話す。
「レイもそうすると思ってた。だから管理局に所属するって聞いたとき、驚いた。でもレイから理由を聞いたとき、納得した。レイにとって、それはきっと一番良いことなんだって思った。
 でも……俺には、それがないんだ……」
 シンは続ける。自分が他者に引きずられて、安易な道に乗っかっていることに。
 自分の未来を、進むべき道を、レイの体を理由にして決めていたことに。
「CEの状況については少し私も聞いてる。それは理由にはならんの?」
 しかしシンは首を振る。
「戦う理由にはなると思う。でも俺が望んでいる事じゃない、と思う」
「じゃあ、シンは何を望んどるの?」
「それが、わからないんだよ……」

 

 強い苦悩の色を見せるシン。その時、眼前に”ALEAT”と表示された赤色のモニターが出現する。
「はやて!」
「シンは端末で情報を集めといて」
 言われたとおりシンは手元に端末を展開。コーディネータ特有の反射速度でコンソールを叩き、情報を収集する。
 はやてはヘリの操縦者にハッチを開くよう指示し、さらに飛行許可を本部に求める。
「地上本部の第一遺失物研究所が襲撃にあっているだと!?」
 情報をまとめたシンは、車を停車させたはやてにウィンドウを渡す。ゆっくりと開くハッチから入り込む風に煽られつつ、はやては渡された情報に目を通す。
「六課メンバーに本部への救援要請を。あと私らは本部に一番近い。現場に行くで」
 連絡からすぐに飛行許可がおり、二人はヘリから飛び出す。
 はやては白の光に、シンは真紅の光に包まれ騎士甲冑を装着。宵の空へ飛び立つ。
「シン、”インパルス”の様子は問題ないんか?」
 現在のシンのデバイスは以前使用していた”インパルス”だ。このデバイスはシンが”デスティニー”を受領したときにルナに預けられ、今現在まで使用していたそうなのだが先日の戦闘後、”デスティニー”が直るまでの間使用して良いと、ルナから渡されていた。
「別に問題ない。”インパルス”のことはルナを除けば誰よりもよく知ってるからな」
 言ってシンは前に出る。研究所のあたりから飛んできたガジェットを粉砕し、自分より一足先に研究所が肉眼でも見える距離まで近づく。
 しかし何故か現場に降りない。
「シン、一体どうし」
「おかしいぞ、はやて」
 火や煙を吐き出す研究所。それだけを見れば違和感は感じない。
 隣に並ぶはやてはそれを見て、違和感を口にする。
「周辺への被害が、少なすぎる」
 遺失物第一研究所は管理局本局の保管庫に次ぐ多くのロストロギアを保管しているという話だ。そんな場所に襲撃者が現れたのならば当然警備の局員達も激しく抵抗するはずだ。周辺への被害もそれに応じて大きくなるし、この程度の被害ですむはずがない。
 よく考えれば先程のガジェットもおかしかった。あの程度の数では自分達はおろか、地上本部に所属する魔導士達でさえ突破することは難しくないはずだ。
 不意打ちを受けないよう警戒しつつはやては研究所の前に降り立つ。近くに倒れている――襲撃者と戦ったのだろう――傷ついた女の魔導士をシンが抱き起こし、
「おい、しっかりしろ。一体何があったんだ?」
 声をかけるとその局員は身じろぎしては目を開く。
「わ、かりま、せん……。なんの前触れもなく不審者が現れて……止める間もなく、ぐっ」
 呻き、全身から弛緩する局員。再び気を失ってしまったようだ。
「襲撃があってまだ数分。まだ犯人は中におるはずや。逃がさんようにしとかな」
 言い、はやては結界を発動。ベルカの強固結界、ゲフェングニス・デア・マギーだ。
 他の負傷者を一カ所に集め、治療を施していると念話が届く。
<はやて、シン。今到着したよ>
 フェイトだ。続いてなのは達に地上本部からの救援部隊からも到着の報告が入る。
「はやて、結界を」
「わかってる。シン、犯人の動きに注意してや」
 はやては結界を解除、地上本部からの救援を招き入れる。
 襲撃者が逃げ出さないようシンは研究所へ集中する。同じ指示を受けたのか、なのはやフェイト達も正面以外の研究所の入り口、出口に回り込む。
 しかし数分だっても、何も動きはない。不審に思っていると、シンがはやてに一言告げて研究所へ突入した。