「大丈夫ですか、はやてちゃん」
「平気や、ちょう疲れただけやし」
心配げなリインにはやては笑みを返す。だがリインの表情は晴れない。
どうやら地上本部での会議が思いの外、はやてにダメージを与えてしまっているようだ。
先日起きた第二研究所襲撃、そしてCE大使アスラン・ザラの重傷。その責は真っ先に本局と機動六課に来た。
真っ先に現場に駆けつけていながらまんまとロストロギアを強奪されたことと、CE大使、アスラン・ザラに瀕死の重傷を負わせてしまった。
その事実を受け止めつつも、はやてとて黙っていたわけではない。以前より指摘していた地上本部の行動の遅さ他諸々のこと、言うべきことは言いはなった。
とは言え責を負うのはこちらになるだろう。一番の責は現場にいた自分達にあるからだ。
隊舎の通路に設置されているガラス壁の前に立ち止まる。映っている自分の顔はなるほど、確かにいつもと違い覇気も元気もない。
これではいけない。そう思い、はやては軽く二、三度頬を叩き気合いを入れる。先程より幾分かマシになった表情を見て、はやては六課のオフィスへ。
中にはいると部屋の左隅に端末を操作するレイの姿が見える。右隣はシンの席なのだが、彼の姿はない。
こちらの視線に気が付いたのか、レイは端末を操作する手を止めて、立ち上がり、敬礼する。
「お疲れ様です。八神部隊長」
「お疲れ。ところでレイ、シンはどないしたん?」
「シンはハラオウン執務官とスカリエッティ、アズラエルの捜索に出ています。何かご用でしょうか」
「いや、そういうわけやないけど……。シン、ここのところずっと捜索についてへん? 隊舎への帰還も遅いみたいやし、体の方は、大丈夫なんやろうか」
先日捕らえたソキウス二人――それぞれイレブン、セブンと名乗った彼ら――から今回の黒幕についての情報が聞き出せた。
主犯は二人。一人はフェイトと深い因縁を持つ広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。もう一人はシンやレイと同じCEの人間、コーディネーターを迫害する組織”ブルーコスモス”の元首魁、ムルタ・アズラエル。
「問題はありません。ああ見えてもシンの奴はタフですから。それにお忘れかもしれませんが自分達は元軍人。体調の管理もそれになりにはできます」
「だといいんですけど……」
心配そうにリインが言う。
そう言われても心配しないことはない。働き過ぎと言うこともあるのだが最近、シンの笑ったような顔は見たことがないのだ。
早朝、または深夜に見かけるにしても険の籠もった表情で、目つきもガラスの破片のような鋭さと、脆さを感じさせている。たまの会話も口数が少なく、こちらへの態度もそっけない。
それに――
「そう言えばレイ、アスランさんの見舞いには行ったん?」
「事件の翌日、顔を見せた一度きりだけです」
席に座り直し、再び端末を操作し始めたレイは興味なさげに言う。
「シンは?」
「一度も行ってないでしょう。事件から毎日奔走したり報告書を書いたりなど、忙しそうですから」
やっぱり、と呟きため息をつくはやて。以前から思っていたが、彼はアスランと会うのを避けているふしがある。
明日にも時間を作って強引にでも連れていこうか――そう思ったときだ。
「見舞いに連れていこうというのは止めた方がいいですよ」
こちらの思考を呼んだかのようなレイの言葉にはやては驚く。
「どうしてですか?」
「ルナマリアから多少は二人について聞いているのでしょう。そういうことです」
レイが言い、リインは押し黙る。
「確かに聞いとるよ。でも……」
アスランがシンを気にかけているのは、ただの上官と部下、というものではない。
むしろそれはもっと近しい関係――友人に対するものだ。
それに前回、一月前のクラナガンでも命を救われたのだ。見舞いや礼の一言はあって当然だろうに。
「シンにとって、アスランはいろんな意味で、特別なのです。ザフトの先輩として上官として、オーブにいたオーブの理念を持つ者として」
レイが淀みなく端末を動かすと幾つかの青が赤に変わり、マップに新しい青や緑が点火する。
「アスランがミネルバにいたときも、シンは反発ばかりしていましたが反面、僅かな敬意と憧憬をも持っていまし、なんだかんだ言いつつも、シンはシンなりにアスランを認めていました」
よく見ればその点はアズラエルやスカリエッティの拠点と思われている場所だ。赤はすでに探索が終了した場所で青は拠点と思われる場所、緑は新しく発見された拠点と思われる場所だ。
「そうであるからこそシンは、自分達を裏切ったアスランを許せないのでしょう。理由はどうであれ彼が俺達を裏切ったのは事実。
少なからずアスランのことを認めていたシンにとって、その裏切りの痛みはそう易々と消せるものではないのです」
側面に開かれたウィンドウを見つつ、レイはミッド全域のマップに三色の光を点灯させていく。
「気にかけることを止めはしませんが、過剰な干渉はシンを怒らせるだけです。特に、この問題に関しては。シン自らが動くのを、待つべきかと」
釘を刺すかのようにレイは言う。
しばらくしてその作業が終わると、彼はこちらに振り向き、
「昨日までの捜索結果のデータを送っておきます。後で目を通しておいてください」
言って、彼は立ち上がる。「休憩に行ってきます」と告げて颯爽とオフィスから出て行く。
それを見送って、はやては自分のオフィスに戻り、席に着く。
「はやてちゃん……」
改めて考えると、二人は非常に複雑な関係だ。レイの言うとおり、関係が修復するのは時間もかかるだろうし、自分達ではどうしようもないのかもしれない。
「……せやけど」
レイの言う通り、シンはアスランを恨み、憎んでいる。だがそれ以外の気持ちも間違いなくあるのだ。
はやては思い出す。血溜まりに伏すアスランのそばで、泣き崩れそうな表情で何度も何度も地面を叩きつけるシンを。そしてそこにはアスランに対する強い疑念の他に、彼が傷ついた事への悲しみがあったことを。
戦争という状況、互いに抱いた正義故にすれ違い、刃を交えてしまった二人。アスランはともかく、シンをこのままにしておけばアスランとの和解がないように思えてならない。
なんとしてでも説得して、彼とアスランを引き合わせなければ。きっと正面から話し合えば、少しは進展があるはずだ。
「でも、どうしたものやろか……」
考え込んでいると、目の前にウィンドウが開かれる。姿を見せたのは隊舎のメンテチーフだ。
伝達事項を聞き、はやての脳裏に妙案が思い浮かぶ。――が、
「いや、それはさすがにあかんな」
うんうんとはやては頭を悩ませる。とふとリインがこちらを見ていることにはやては気が付く。
「リイン、どうしたん?」
「……はやてちゃん。一つ、聞いてもいいですか?」
「何や?」
「前々からずーっと思ってたんですけど、はやてちゃんはどうしてそんなにシンさんのことを気にかけるですか?」
「……どうして、って……」
いきなりの問いに、はやては思わず黙る。それで何かを勘違いしたのか、リインは何故か不安全開な顔で、
「も、もしかして、その、はやてちゃんは、シンさんのことが」
「え? あはは。そんなんちゃうよ」
笑いながら優しくリインの頭を撫でる。
「そうやねぇ、どうしてやろ」
言われてみて気が付いたのだが、出会ってから今まで、自分は彼のことについて色々頭を悩ませている。気にかけている。改めて考えてみるが、よくわからない。
友人だから。そう言う説明はつく。たがそれだけではないような気がする。
シン・アスカという人間は、不思議な存在だ。戦いにおいてはなのは達と同等以上に強く、頼りになる。だが元軍人とは思えないほど怒りっぽく感情的になりやすい。あまりにも喜怒哀楽がはっきりしているせいか、たまに自分よりも年上なのに、年下のような印象を感じることもある。
かといって不快に感じることはない。態度や言葉からはひたむきな真摯さしか感じられないからだ。とても真っ直ぐで、不器用なのだろう。
「…って、何考えとるんよ。私は」
どうして気にかけている考えていたはずなのに。いつの間にかシンの人柄を分析してしまっている。
隣で首を傾げるリインに「なんでもないんよ」と告げて、立ち上がる。
「腹が減っては戦はできん。お昼食べにいこか」
リィンの問いに『友人だから』と言う不鮮明な答えをあてがい、はやては食堂へ足を向けた。
今日の捜索についての報告書を書き終えると、シンはベットに倒れ込む。
「本日も手がかりなし……か」
ここ数日、シンは108部隊の調査班のメンバーと、ソキウスの情報を元にスカリエッティやアズラエルがいると思われる場所を探し回っていた。
その過程で幾人かの犯罪者を捕縛はできたが、結果として肝心のスカリエッティらの姿はおろか、手がかりすらつかめないといったものだった。
数十の隠れ家にもおかしいところは何もない。あえてあげるなら隠れ家にしてはあまりにも数が多いぐらいだ。
「くそっ、一体どこにいるんだ」
ムルタ・アズラエルの名前をシンは忘れたことはない。今は亡きロード・ジブリールの前のブルーコスモスの盟主であり血のバレンタインを引き起こしたシン達コーディネーターにとっては仇敵ともいえる人物。
しかしシンが彼の名前を覚えていたのは、それだけではない。オーブ開放作戦――大西洋連邦の故国オーブへの一方的な攻撃――それを指揮していたのが彼だというのを知ったからだ。
ジブリール同様連合首脳部を掌握していた彼は”ロゴス”の一員で、ナチュラルにしてはそれなりの腕を持つ召還士だったという。
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦にて戦死した――ここまではルナから渡されたデータ通りだったのだが。
「待ってろよアズラエル。お前だけは逃がさない……」
アズラエル同様ヤキンにて死亡したはずの魔導士達がどうして今再び蘇ったのかが、これで説明がついた。どういう訳か、生きていたあの男が魔導士達の細胞をスカリエッティに渡し、クローニングにて復活させたのだろう。
――許せない。何があっても、許すわけにはいかない
ステラ同様、戦うための兵器として生き、戦い抜いて安らかに眠っていたのに。再び蘇らせ、しかもまた兵器として扱うなんて。一体どこまで人の命を弄べば気が済むのだろう。
目を閉じて、怒りと共に浮かび上がるのはロドニアの研究所だ。中にはとても人がやるべきとは思えないほど、凄惨なのもが残されていた。
棚に収められた無数の脳、冷たいガラスケースの中にしまわれた子供の亡骸、端末に数多く残されていた子供の入室記録。廃棄処分という、まるでものに対して使うような単語――
「必ず捕まえ、法の場に引きずり出してやる」
尽きることないアズラエルの激憤を胸中で燃やしていると、ふとドアがノックされる。
「…? なんだ、こんな時間に」
すでに時計は深夜を回っている。非常識な奴だ、と思いつつもシンはドアを開ける。
「こんばんは」
目の前にはにこやかな笑みを浮かべたはやてが立っていた。シンは呆気になる。
「……こんな時間に、何のようだよ」
「明日、地上本部に行こか」
「は?」
脈絡もなく言うはやてにシンは口を開ける。
「捜索はお休みや。最近外を回りっぱなしでシンも疲れとるやろうし。気分転換にアスラ
ンさんのお見舞いでもいこ」
「――」
脳裏に一瞬、血まみれのアスランの姿が浮かぶ。
早鐘のようになり出し始める心臓を無視して、シンは言う。
「行かないよ。明日もカルタス達と見回るって言ってあるんだからな」
「それなら問題ないよ。明日シン・アスカはお休みとメール打っといたから」
「なっ……お前!?」
時間も忘れ、シンは驚愕の声を上げるがはやては顔色一つ変えず、
「そう言うわけやから、明日はアスランさんのお見舞いや。何かお見舞いの品でも買っていかんとなぁ」
「行かないって言ってるだろ! 何勝手に話進めてるんだよ!」
「どうして?」
言った途端、はやての表情が詰問のそれへ変化する。
シンが苦手な表情だ。
「どうして行かへんの? 今回の事件でシンは二度、彼に助けられとるんよ」
「そ、それは……」
純粋な疑問の声と、こちらを探るような視線がシンに向けられる。
一瞬脳裏に浮かぶ理由。しかしそれを無視して、思いついたいい訳をシンは言う。
「……誰も助けてくれなんて、頼んでない。それに人をまとめる立場にあるあいつが現場にしゃしゃり出てくるから――」
「本気で言っとるの、それ」
はやての声が低くなり、こちらの発した言葉を遮る。
「…!」
こちらを見るはやての顔が固くなる。向けられるはやての冷え冷えとした怒りに、シン
は息を呑む。
怯みかけるシンだが、こんな時間に突然部屋を訪れ、しかも最も話題にしたくないことを触れるはやての無神経さにみるみる憤りがわき起こり、
「だったら、どうだっていうんだ!?」
怒りまま怒鳴りつける。はやての顔に驚きと怯みが走るがシンは構わず言葉をぶつける。
「大体あいつはいつもいつも余計なことしかしない。あいつの行動で俺がどれだけ苦しんだか、お前にわかるのかよ!」
そう、ミネルバにいたときも、今回のこともそうだ。いつもいつも余計なことしかせず、言っていることも無茶苦茶な男だった。
そしてとうとう自分達を裏切り、挙げ句の果てに敵となって、自分が持っていたもの、全てを打ち砕いたのだ。
「何も知らないくせに、知ったようなこと、言うなっ……!」
言い終えて、シンは大きく息を吐いて、はやてを見る。
彼女は何故か何故か気遣うような表情だ。だがこれ以上何か言われるのはご免だ。さっさと話を打ち切ろう。
「話は終わりか? だったらもう――」
「……シン、何をそんなに怖がっとるの」
はやての発した言葉に、シンは絶句。しかしすぐに噛みつくように言い返す。
「怖がる? 俺が、一体何を怖がってるって言うんだ!?」
「アスランさんと、会うこと」
「な――!?」
今度こそ、シンは絶句して、黙り込む。
わけがわからない。一体どういう理由ではやては自分がアスランを怖がっているなどと思うのだ。
「シンはアスランさんと再会したときも、この間会ったときも、そして今も酷く感情的になっとった。まるで、何かに怯えるみたいに。
彼が絡むと、いつもそんな表情になっとるよ」
「…俺は、怖がってなんか、いない」
怖がる理由など、ない。アスランなんか、怖くない。
「そうは見えへんよ」
「怖がってないって、言ってるだろ!」
「ならどうして私の目を見いへんの?」
言われ、シンは気が付く。いつの間にか自分がはやてから目をそらしていることに。
俯き加減だった顔を上げてみれば、そこには――
――なっ…! アスラン!?
いるはずのない人間の姿が見え、シンは思わず後ずさる。が、よく見れば目の前にいるのはやはりはやてだ。
――何故はやてと、アスランを見間違えたり…
愕然と見つめ返し、シンは思い出す。今、はやてが浮かべている、こちらを気遣うような、しかしどこか悲しげな表情。
大戦中、まだアスランがミネルバにいたとき、幾度か見せた表情だ。マハムール基地で、ミネルバの営倉で。
前大戦最後の戦い、メサイア攻防戦の時も――
「…今のシンは嫌なもの、怖いものから逃げてるようにしか見えへんよ。子供が、自分が間違っていたことを認めたくないような――」
「――うるさいっ!」
更なる追求にたまらずシンは力いっぱい、はやてを押してしまう。驚きの表情を浮かべ、はやては壁に激突。痛みに顔をしかめる。
「あっ…」
動揺しきっていた内心が眼前の光景で瞬く間に冷える。駆け寄ろうとするが、再び内心を探られるのではないかと言う恐怖と、探られた怒りがシンの足を止める。
「……シン」
「っ!」
口を開きかけるはやて。反射的にシンは部屋を飛び出す。
前も見ず全力疾走し、気が付けば訓練場にいた。荒く息をつき、地面に腰を下ろす。
もうわけがわからない。アスランのこと、はやての投げかけた言葉、はやてとアスランが被って見えたこと等々が、迷いを抱えるシンをさらにぐちゃぐちゃにする。
――くそ、こうなるのも何もかも、全てアスランのせいだ!
八つ当たり気味に思うも、よく考えれば考えるほど、その思いは正鵠を得ているように思えてくる。
そう、今自分が抱えている迷いは全てアスランが原因だ。そう内心で考えを固めると、シンは立ち上がる。
「いいだろう……会いに行ってやろうじゃないか。アスランに」
明日にでも彼に会いに行こう。そしていい加減、ケリをつけるのだ。今抱えている迷いだけではなく、他の様々なことにも。
「待ってろよ、アスラン」
脳裏に憎むべき男の表情を浮かべる。しかし何故か微笑している姿が思い浮かび上がり、慌てて振り払った。
「くそっ、くそおおおっ!」
荒々しく部屋を歩き回るアズラエル。部屋に鎮座している家具には足跡や拳、また何かをぶつけたような痕が見える。
怒りのまま、体全体に感じるひりひりと焼けるような痛みを感じながらアズラエルは部屋で暴れ、鬱憤を晴らそうとする。
しかしいくら暴れても全く晴れず、逆に沸き上がっているのは裏切ったバケモノ達への激憤だ。
「ぐぅぅぅぅ…」
体の痛みが増し、アズラエルは身を折る。実際、体には何の異変もない。感じているのは幻痛だ。
五年前のヤキン・ドゥーエにて、ナタル・バジルールの裏切りによりアズラエルは死にかけた。アークエンジェルの放った魔導陽電子砲”ローエングリン”により、アズラエルの乗っていた”ドミニオン”は撃墜。アズラエルもそれに巻き込まれて死亡した、と言うのがほぼ全ての人間が知る情報だが――
「人形が! 主人である! このボクに! 逆らいやがって!!」
事実は少し異なる。”ローエングリン”が直撃と同時、アズラエルは転送魔法で脱出していたのだ。アズラエル自身、助かった後で思い出したのだが”ドミニオン”の艦橋には、艦橋が壊されるのを条件に発動する強制転移魔法がかけていたのだ。
ただ直撃は避けたものの”ローエングリン”の余波はアズラエルに酷いダメージを与えていた。全身の半数の皮膚が丸焼けになり、治療にも長い時間がかかった。目が覚めたのは”ブレイク・ザ・ワールド”の直後、動けるようになったのはジブリールが死亡した後のことだった。
ジブリールの死亡に連合、”ロゴス”の壊滅。動けるようになったアズラエルは顔”ブルーコスモス”の戦力復帰に励んだ。だが戦後の最中、そして”ロゴス”というスポンサーを失った状況ではそれもままならず、復帰のめどが立ったのはそれから一年半のことだ。ブルーコスモスである元・連合の士官達に、管理局に敵対する外世界の犯罪、武装組織の協力によって。
「コーディネーターめ! 清浄なる青き世界を汚すバケモノどもめ!」
今回、アズラエルがミッドにいるのはCEのロストロギア”メンデルの書”を手に入れるためだ。アズラエルが所属している組織とつながりのあったスカリエッティの協力で目的の物は手に入れられた。書物に記載されているデータを元にコーディネータ共――純粋な人ならざるもの――の力を封じられる結界の構築も上手くいった。
機動六課という余計な邪魔が入ったことにより多少遅れたものの、ほぼ全てが上手くいっていた。これでソキウス達の裏切りさえ、なければ。
壊すもの、傷つけたものがほぼ部屋になくなり、アズラエルの暴れようも落ち着いてきた。微塵も収まらぬ怒りを内心にしまい込み、ガラスの割れた棚から酒瓶を取り出す。
「ソキウスめ…。所詮アイツらも不浄なコーディネーター。使っていたのが、間違いだったか」
正直、ソキウスの裏切りは予想外だった。自分の命令に躊躇することもなく、淡々と従っていた人形がまさか反旗を翻すなど。
管理局に捕らえられたソキウス共は簡単にこちらの情報を提供しているようだ。ミッドに会った幾つかの隠れ家などはすでに管理局に押さえられている。
「CE、それに組織からの救援は望めないか……。フン、役立たず共め」
自分が管理局に捜索されていることを知らないはずはない。役立たずどもの顔を思い浮かべ、吐き捨てるとテーブルに置いてあった花瓶をたたき割る。ソファーに座りしばらくの間、自棄になったように酒をあおる。
「…まぁ、いい。いざとなったらクローンやガジェットらで時間を稼ぎ、あれを呼び出せばいい」
コップを投げ捨て、アズラエルはウィンドウを開く。怒りに満ちた、ぎらぎらした目で表示されているそれを眺め、
「地上本部が消え去れば、管理局とてこちらばかりに注意していられなくなるだろうし、な」