Lnamaria-IF_第09話

Last-modified: 2013-10-28 (月) 02:19:39

「状況は?」
「はい、補給は既に完了。全てのクルーは所定の位置についています」
「カーペンタリアとの連絡は?」
「駄目です、通信妨害が激しくレーザーでもカーペンタリアにコンタクト出来ません」
「……やむを得ないわね。命令は来ていないけど、出港するわ!」

 ミネルバは整備が終わるや否や、休憩もそこそこにオーブから出航した。
情勢などから、これ以上留まるのは危険だとタリアが判断したためである。
事実、オーブだけでなく赤道連合の首脳部も大西洋連邦との同盟を結ぶ方向で話をまとめつつあり、
できるだけ早くカーペンタリアに逃げ込むのは不自然な事ではない。
しかし、アーサーには少し気にかかる点があった。

「艦長……あの通信を信じるのですか?」
「…………」

 アーサーが言っている通信とは、『砂漠の虎』と名乗る男からの謎の秘匿通信。
その内容は、連合軍が近々宣戦布告し、同時にザフトの一大基地であるカーペンタリアを包囲。
更に悪いことにその艦隊の一部が、近々オーブに入港するという物だった。

「あの情報が事実ならば、確かに一刻も早く出航するべきでしょうが……」
「……情報の真偽はともかく、あまりこの国に長居出来ないのは事実よ。
 休息を取れていないクルーには悪いけど……」

 アーサーの発言はもっともである。砂漠の虎と言えば、かつてザフトで名指揮官として謳われた男の名。
なぜその男がオーブにいるのか、偽者だとしてもなぜその名を使うのか、疑問は尽きない。
もっとも、この国に長居するのは危険なのも事実だ。だからタリアも出航を決めたのである。
まだ不安げな表情であるアーサーにハッパをかけつつ、タリアは各区域に指示を出していく。
オーブ領海の境界線に到達するまでは、まるで平時のような静けさで何事もなくミネルバは進んだ。
……到達するまでは。

 ルナマリアは伸びをしながら艦内廊下を歩いていた。
大見得を切ったはいいもののシンの訓練は苛烈極まるもので、
はっきり言って赤服最下位のレベルではついていくのにも一苦労だ。……もっとも。

「だからって、訓練を止める気なんて起こせないけどね」

 呟きながら手首を回すと、いい感じに骨がなる。
何か飲み物を取ろうと立ち上がった途端、いきなり警報が響いた。

『コンディションレッド発令。コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機にて待機せよ!』
「……レッドって、いったいなに!?」

 思わず驚きが声となって出たが、だからといって誰かが説明してくれるわけでもない。
赤い軍服を整えて、格納庫へ走る。
慌しくクルーが動き回る廊下を走り抜けて到着すると、そこでは出撃準備を始まっていた。
ノーマルスーツを取り上げながらも、脇でもう準備を終わらせつつあるショーンに問いかけた。

「ねぇ、どういうこと!?」
「連合の艦隊が待ち伏せしてるんだとさ。大方オーブが情報を売ったんじゃねぇの?」
「待ち伏せって……どれくらい?」
「さあな、いっぱいだとよ!」

 ショーンは吐き捨てながらコクピットへ上がっていく。呆然としたものの、気を取り直してルナマリアもコアスプレンダーへと駆けた。
ユニウスセブンの時は、シンが先に到着して待っていたのだが……。

「……いない」

 あいつのまじめな性格ならいっつも先に来そうだけど、と疑問には思ったものの、今は他にやることがある。OSを起動し、ブリッジとの回線を開く。

「状況は!?」
「空母4隻を含む地球軍艦隊が、そして後方には自国の領海警護と思われるオーブ軍艦隊が展開中よ」
「タ、タリア艦長! 四隻……ですか!?」

 てっきりメイリンが応答すると思っていたルナマリアは驚いた。
その口調、そして何より――艦長が直接一パイロットに話しかけるということが、事態が切迫している事を示している。

「でも、こちらが急いで出航したおかげでまだ完全に包囲されてはいない。
 まだ陣形が整っていない左から突破するわ。ザクは空を飛べないし、あなた一人で突破口を開いて頂戴!」
「は、はい。それと、まだシンが……」
「……今回、彼は軍医から出撃を止められたわ。
 前回の出撃みたいな事になりかねないから、カーペンタリアでちゃんとした治療を受けるまで出撃禁止だそうよ」
「え、えっ?」

 途端にルナマリアが不安げな声を上げたが、タリアは調子を変えずに続けた。

「彼にはブリッジで他のクルーのフォローに回って貰っているわ。
 必要となったら彼から直接通信を送らせるから、あなたは自分を信じて戦いなさい!」
「は、はい!」

 通信が閉じて、モニターに写る人間が変わる。見慣れた妹の顔。だが、その表情も不安に満ちている。

「お姉ちゃん……頑張ってね」
「……頑張るしかないでしょ、この状況じゃ。それに、シンとも約束したからね」
「?」
「なんでもないわよ、こっちの話。ルナマリア、コアスプレンダー出るわよ!」
「あ、うん!」

 声と共に、コアスプレンダーと各シルエットが射出、フォースインパルスの形態をとる。
目の前に映るのはまず、九機の制式スカイグラスパー。その背後には、大量のMSと、艦船。
対して、こちらは最新鋭艦とブレイズザクウォーリアが一機。まともに戦えば、結果はどうなるかは明らかだ。

「でも……やるしかないのよ! シンの力になるって決めたんだから!」

 そう……シンが怪我をしたのは、元々自分のせいなのだから。
怯えそうになる自分を叱咤して、ルナマリアは機体をスカイグラスパー隊へと突っ込ませた。

 ミネルバ隊と、連合艦隊の戦闘。
命がけ(もっとも命がけでない戦争など無いが……)のその戦いを、軍本部にいるユウナはでまるで映画でも見るかのように眺めていた。

「こりゃあいいねぇ……いいデータが取れそうだ。
 ま、せっかく修理してあげたんだ。せいぜい頑張ってもらうかな」

 これでワイングラスでも片手に持っていたら、家でくつろぐポーズと何の変わりもないだろう。
もっとも、周りの兵士はそんなユウナに目を向けずに勤勉に働いているが。

「後は、連合の新型だけど……」
「これはどういうことだ、ユウナっ!?」
「ん?」

 突然の大声に、ユウナは大して驚いた様子も見せずに振り向いた。
そこにはユウナとは対照的に、怒りの感情をむき出しにして立っているカガリがいる。

「ミネルバが戦っているのか!? 地球軍と!」
「ああ、そうだよ。予定通り、オーブの領海の外でね」
「予定通り……!?」
「もちろん。これならいいデータが取れそうだ。
 貰ったデータには正規軍とのデータは無かったからね」
「貰った……やっぱりあの話は本当だったんだなっ!?」

 言うや否や、カガリはユウナへと詰め寄った。しかし、ユウナはそれを気に介する様子は無い。

「あの話って何の話かな? 心当たりが多すぎて見当がつかないよ。
 『お願い』のことかい? それとも、連合にこっそり告げ口したこと?
 もしかすると、艦を使ってオーブ領海から締め出していること?」
「お前っ! あの艦は……!」
「ザフトの艦……つまり、まもなく盟友となる大西洋連邦の敵だ」
「だがっ……」
「国はあなたのおもちゃではない!」

 なおも食い下がろうとするカガリに、ユウナは今まで見せなかった強い調子で声を出した。
思わず怯んだカガリに、ユウナは更に言い放つ。何の容赦も、温情もなく。

「いい加減、感情でものを言うのはやめなさい!」
「…………!!!」

「さっきからチョコマカと、カトンボみたいにっ!」
 
 インパルスのライフルが、一機のソードスカイグラスパーを撃ち抜く。
しかし、ランチャースカイグラスパーが320mm超高インパルス砲・アグニを放った。
いかにインパルスといえど、アグニの直撃には耐えられない。回避運動をとる。
だがその隙に、残りの数機が脇を通り抜けてミネルバへと向かっていく。
追おうにも、既にMS隊の先鋒がこちらに迫っていた。ここで背を向けるのは自殺行為だ。

「くっ……ショーン、お願いっ!」

 叫ぶや否やライフルを連射する。エネルギーをケチるだけの技量もなければ余裕も無い。
一機のダガーL・ジェットストライカー装備が落下していくが、もう一機がサーベルを抜いて目の前に迫る。
咄嗟に盾をかざすものの、体勢が悪すぎた。押されている……!

「ま……だっ!」

 思わず乱射したCIWSは、幸運にも相手のメインカメラを破壊した。
怯んだ相手の右腕を蹴り上げて、そのままゼロ距離でライフルを放つ。
だが安心する暇もなく、ビームの雨がインパルスを襲った。回避が間に合わず、右腕がライフルごと吹き飛ぶ。

「うっ……メイ! チェストフライヤーとブラストシルエット、スタンバイしといて!」

 そう言ってルナマリアはインパルスにシールドを掲げさせ、そのまま突っ込ませた。
インパルスの最大の特徴は、戦闘中にさえその各パーツを交換できるその汎用性。
それは同時に、傷付いた箇所をすぐに交換できる整備性の高さも生み出している。
だが、それも無限ではない。何より、コアスプレンダーとパイロットには代えは無い。
それでも……だからといっても退ける状況でもない。

「たああああああっ!」

更に降り注ぐビームの雨をシールドで受けながら、尚も前進。
そのまま先頭にいたダガーLに体当たりをかけ、更に脇にいた新型機・ウィンダムにシールドを投げつける!
新型の数はダガーLに比べ少ない――ざっと半分。ならば、その機体に乗っているのは小隊長のはず、それからつぶせば!
それがルナマリアの狙いだった。シールドはそこそこの質量があるため、衝突すればじゅうぶんな打撃となる。
撃墜するまではいかなくても、怯ませることはできる。……もっともこれは彼女オリジナルの考えでなく、シンが教えたことだ。
ウィンダムが体勢を立て直す前に、インパルスは左腕でフォールティングレイザーを突き立てた。
そのままもう一機のウィンダムへそれを投げつける……しかし。
投げつけられたウィンダムはそれを盾で受け止め、すばやくライフルを発射した。
頭部が破壊され、更にフォースシルエットも小破したインパルスは途端にバランスを崩し、海面へ落下する……!

「メ、メイッ、射出お願いっ!」

落ちる前に、インパルスはフォースシルエットを外し、でたらめな方向へ発進させていた。
思わずウィンダムやダガーLがそちらに目を向けた隙に、なんとかルナマリアは合体を完了させた。

「さすがは新型、ってことね……」

ブラストインパルスは、飛べない。
ホバー移動ならできるが、モビルスーツ相手の海上戦ならフォースが一番向いている。
だが、フォースシルエットはもう無い。

「やれる事をやるだけよ!」

既にレーダーは新たな機体を捉えている。
これ以上増援が来たら勝ち目が無い。方法はただ一つ、目の前で通せんぼをするモビルスーツ隊四機をすぐに落とし、
そのままミネルバの足の速さを活かして逃げる。それしかない……!
ブラストインパルスは、その全砲門をモビルスーツ隊に向けた。

 ミネルバの周囲を、スカイグラスパーとモビルスーツ隊が飛び交っている。
一見ミネルバが圧されているように見えるし、実際苦戦しているのだが、連合としても状況は思わしいものではなかった。

「フィニアスの艦はどうした!?」
「現在急行中、あと一分はかかるかと!」
「ううむ……」

 連合軍の旗艦のブリッジ内。そこでは、指揮官とおぼしき中年の男が唸っていた。
理由はたた一つ、これだけの大規模戦力がその力を発揮できていないことに尽きる。
ミネルバの出航が予想以上に早かったこと、そしてミネルバの船足が速いことで、未だに全ての戦力が戦闘に参加できていない。
だがそこに、朗報――ミネルバにとっては逆だが――が入る。

「ザムザザー、発進準備完了しました!」
「よし……出撃後はあの艦の行き先を塞ぐことを優先させろ!」
「はっ!」

 安堵のため息を吐いた男は椅子に沈み込んだ。まるで、もう勝ちが決まったかのような態度だ。
そのままリラックスした様子で、軽く笑みを浮かべながら脇の副官に話しかけた。

「身贔屓かもしれんがね、私はこれからの主力はああいった新型のモビルアーマーだと思っている。
 ザフトの真似をして作った蚊トンボのようなモビルスーツよりもな」

 それに副官が答えるより早く、新型モビルアーマー――ザムザザーが艦を揺らした。

 ミネルバのブリッジがそれに反応したのは、数十秒が経過してからだった。

「アンノウン接近……これは?」
「光学映像出ます!」

 バークとメイリンの操作で、そのアンノウンがモニターに映し出される。
そこには、誰も予想していなかった異形がいた。
映っていたのは人型からは程遠い、しかし艦にしては小さく戦闘機にしては大きすぎる謎の機体。

「な、なんだこれは!?」
「モビルアーマー……対艦用の新型?」

 慌てふためくアーサーとは対照的に、冷静に敵を分析するシン。
シンの方が副長に向いているのではないかと場違いなことを思いつつも、タリアはすぐに指示を出した。

「あんなのに取り付かれたら終わりだわ。アーサー、タンホイザー起動。あれと共に右前方の艦隊を薙ぎ払う!」
「は、はいぃ! タンホイザー起動! 射線軸コントロール移行! 照準、敵モビルアーマー!」

 相変わらず慌てながらも、しっかりとアーサーは指示を出していく。
それに合わせタンホイザーが動くのはいつもの事で、当たり前の事だ。しかし……

「あの姿勢は……?」

 シンが言ったのは、ザムザザーの不可解な姿勢のことだ。
機体上面を全て前面に向けるほどの極端な前傾姿勢は、まるで陽電子に自ら当たりに行くような……

「……まさか!」
「ってぇぇぇー!」

 思わずシンが声を上げる。そう、彼は敵の意図に気づいたのだ。
しかしその時には既にアーサーの号令が響き、陽電子砲が発射されていた。
陽電子の奔流が海水を巻き上げ、蒸発させながらザムザザーに突進する。
本来なら、その奔流はザムザザーを飲み込み、その後ろにいる艦まで破壊するはずだった。
だが陽電子の奔流はザムザザーにぶつかると同時に、単なる爆発とは違う衝撃が海水を吹き飛ばす。
そして、その衝撃が収まった後……海水の雨を浴びながら、まるで何事も無かったかのように、それは再び目を光らせた。

「タンホイザーを……跳ね返した?」
「……くっ」

 ミネルバクルーのほとんどが思わず息を呑んだ。
当然だろう。陽電子砲は艦砲としては最大の火力を誇る、言わば切り札である。
それを……こうもあっさり防がれるとは。
しかし、いつまでも呆けている暇は無い。こうしている間にも、ザムザザーは艦へと迫っている。
険しい表情になりながらも、タリアは命令を下した。

「取り舵20、機関最大、トリスタン照準、左舷敵戦艦!」
「でも艦長、どうするんです? あれ……」
「貴方も考えなさい! マリク、回避任せる。メイリンはインパルスに通信、呼び戻して!」
「は、はい!」

 普段冷静なタリアも、苛立ちを隠せずにアーサーを叱り付けた。
そのまま矢継ぎ早に操舵士、通信士と順に命令を出していく。最後に向き直ったのは、シンだ。

「シン、あなたは敵を解析して!」
「か、解析……ですか?」
「ええ。インパルスがどんな戦い方をすればあれを落とせるか考えて。
 どんな思いつきでもいいから、閃いたら言いなさい、いいわね!」
「は、はい!」

 通信がルナマリアに入ったのは、その後すぐだ。
もっとも、陽電子砲が止められたのは彼女もはっきりと見ていた。

「どうやって落とせっていうのよ、あんなの!」

 自棄気味に叫びながらも、ケルベロスを放つ。
斜線上にいたダガーLは素早く左に回避運動を取ったが、それでも右腕を焼ききるのに十分な威力をケルベロスは有していた。
損傷したダガーLが後退していくのを援護する形で、残りの三機がバックパックのミサイルを放つ。
ルナマリアはブラストインパルスを急停止させてそれを回避した。

「これ以上相手してる余裕は無い、か……」

 ルナマリアは、思わず唇を噛んだ。
ここでこのまま戦っていたら、ザムザザーを見逃すことになってしまう。
だが……あれと戦いに行くためには、今戦っている相手に背を向ける必要がある。
要するに、そのままミネルバまで行かせるということだ。

「ショーン、聞こえてる? 悪いけど……」
『また追加かよ!? ったく、勘弁してくれ!』

 ショーンの口調は焦りと疲れに満ちていた。
艦の上というろくな足場も無い状態で、多数の敵と戦っているのだから無理も無い話だ。
ルナマリアは謝りつつも、ザムザザーの進路上へ向かう。
敵も追うよりは艦に向かった方がよいと判断したのだろう、攻撃をする様子は無い。

「早く落とさないと、ミネルバが……」

 インパルスを移動させながら、ルナマリアは呟いた。
そう、ただ落とすだけでは駄目なのだ。
ミネルバが包囲されるまでに、あの新型を落とす。それが具体的にいつまでかは分からない。
ただ、もう残り時間が少ないというのだけは確実だ。
歯噛みしながらもモニターを見つめる。画面の中では、ザムザザーが少しずつその姿を大きくしていた。
ルナマリアは迷わなかった。すばやくロック、そしてレール砲を放つ。 
だがやはり、その弾丸は前傾姿勢になったザムザザーにあっさりと弾かれた。
それどころかお返しとばかりに、ケルベロスと同等以上のビームを放ってくる。
なんとか寸前で回避したものの、脇で起こる小さな水蒸気爆発に一瞬バランスを崩しかけた。

「なんて火力とパワーなのよ、こいつはっ!?」

 そう呟くルナマリアの額には汗が滲んでいる。
多数の戦闘機やモビルスーツとの戦闘で、彼女の体力はかなり消費されていた。
そして、それはインパルスも同様だ。既にエネルギーは残り30%を切っている。
他のシルエットと比べエネルギー消費が大きいブラストでは、そうそう持つとは思えない。
短期決戦を挑むのがベストだが、墜とす方法が分からなければ挑みようが無い。
かと言って、方法を考える余裕も敵は与えてくれなかった。前腕部のクローを展開し、海面スレスレを飛びながら突っ込んでくる。
左に跳んで避けたが、ザムザザーは通り抜けざまに後腕部の砲を発射していた。
咄嗟にシールドをかざしたものの、強烈なビームの奔流に耐え切れずシールドが融解する。
幸いインパルス自体は装甲の表面が溶けただけだが、もう後が無い。

「いちか……ばちかっ!」

 ルナマリアは呟くと同時にキーを叩く。
緑色だったブラストインパルスの色が抜けていき、グレー一色に染まる。
要するに、フェイズシフト装甲を切ったのだ。

「機動と火器だけに、電力を回せば!」

 もちろん、これではどんな攻撃でも致命傷となってしまう。
しかし、グズグズしている暇は無く、エネルギーも無い以上、これしか彼女には思いつかない。

 そして、後が無いのはミネルバも同じだった。
ザムザザーのいる方向に突っ込むわけにもいかず、かといって足を止めれば追いつかれるだけ。
結果として、ミネルバは少しずつオーブ領海に近づきつつあった。

「ザクが被弾! 武装がビーム突撃銃しか残っていません!」
「CIWS、30%が破壊されました!」
「各員、怯むな! 生きている火器はランチャー装備のスカイグラスパーに集中、足を止めないで!」

 悪い報告ばかりが続々と入ってくる。それでもタリアは命令を出すのを止めない。
彼女が艦長である以上、最後まで諦めるわけにはいかない。
しかし、そのブリッジに更に状況を悪化させる声が入った。

「ザフト軍艦ミネルバに告ぐ……」

 静かな男の声に、一瞬ミネルバのブリッジが静まり返る。
発信源は公海と領海の境界線ギリギリで待機していた、オーブ軍の艦。

「貴艦はオーブ連合首長国の領域に接近中である。我が国は貴艦の領域への侵入を認めない。速やかに転進されたし」

 あくまで機械的な調子で、その声は続く。
静まりかえったブリッジで、すぐさまタリアは指示を出した。

「マリク、足を止めないで! 針路そのまま、ギリギリまで逃げなさい!」
「し、しかし艦長!?」
「今転進したら確実に沈むわ!」
「は、はい!」

 一瞬動きを止めかけたミネルバだったが、すぐにまた今までと同じ方向に動き出す。
その報告を受けたオーブ海軍一佐・トダカは、乗艦のブリッジでため息を吐きながら呟いた。

「以前国を灼いた軍に味方し、懸命に地球を救おうとしてくれた艦を討て、か。
 こういうのを恩知らずって言うんじゃないかと思うんだがね、俺は。
 ま、政治の世界にはない言葉かもしれんが……」
「は、はぁ……」

 どう答えるか脇で困っている副官をよそに、トダカは続けて命令を発した。

「砲はミネルバの艦首前方に向けろ。絶対に当てるなよ!」
「司令! それでは命令に……」
「知るか。俺は政治家じゃないんだ」

 副官の意見を、トダカはあっさりと切り捨てた。
多少躊躇いながらも、副官は言われたとおりの指示を出していく。
果たしてオーブ艦隊から主砲が発射されたが、それは全て海面に着弾した。
しかしミネルバにとっては、脅しとして理解するには十分すぎる砲撃だ。

「オーブが、本気で……!」

 そう呟くシンの表情は苦々しい。
これ以上進む事は不可能だ。タリアも思わず唇をかみ締めていた。
最早万事休すか――そんな重苦しい雰囲気がブリッジを包み込む。
だがそこで、突如シンが大声を上げた。

「艦長、ルナに通信を繋いで下さい! それと、タンホイザーの準備を!」
「シン!?」
「一つだけ、策があります!」

 そう言って、シンはその「策」を話し出す。
「策」にいきなり反対したのは、やはりアーサーだ。

「ちょっと待て! 少しでもタイミングや軸がずれたら、やられるのはインパルスだぞ!?
 だいたいもう一回タンホイザーを撃ったら、間違いなく壊れる!」

 もともと、タンホイザーは連射が効くようには作られていない。アーサーの言う通り、今もう一度撃てばそれが限界だ。
だが、シンは迷い無くそれに答えた。

「副長、あの新型を落とせなかったら間違いなく沈みます!
 それに……ルナならきっとできる!」
「だが……」
「いいわ、シン」

 まだ反論しようとするアーサーを、タリアは話を打ち切らせることで黙らせた。
それは、シンの「策」を実行するという意志表示でもあった。

 海面が、爆ぜる。
既に何回目になったか、ザムザザーのビームがインパルスを掠めた。

「まだ……まだっ!」
「ちょろちょろと、既に勝機もあるまいに! 砲撃手、よく狙え!」

 ザムザザーの機長が思わず唸りながら命令をとばす。
ザムザザーの操縦は複雑化されており、動かすためには三人のパイロットを必要とするのだ。
もっとも苛立ってはいても、ルナマリアのような焦りは彼らには無い。
たとえ墜とせなくても、時間さえ稼げば彼らの勝ち。だからこそ、無理に突っ込んではこない。
ルナマリアは、フェイズシフト無しのインパルスで攻勢に出るという無茶を強いられていた。
右腕にライフル、左腕にラケルタ・ビームジャベリンを構えたブラストインパルスが再び跳ぼうとする――
メイリンからの通信が入ったのはその瞬間だった。

『お姉ちゃん、聞こえてる!?』
「メイ? どうしたの?」
『あのね、シンが「策」を考えたの。だから、よく聞いて』

 続けて、メイリンはシンが言った「策」を伝えた。
その口調は不安に包まれていたし……事実、その「策」は不安になって当然のもの。
妹を少しでも元気づけるように、ルナマリアはいつも通りの様子で言った。

「分かったわ。うまく位置取りが出来次第、そっちから撃って」
『お姉ちゃん……大丈夫だよね? 味方に撃たれて死んじゃうなんて、やだよ』
「大丈夫よ。大丈夫になるように努力するから!」

 そうはっきりと言い切って、再びインパルスを駆る。
ミサイルランチャーとレール砲を時間差で放ちながら、目指す位置――地球軍の艦隊のいる方向へ動く。
今までのような闇雲な攻撃でなく、敵を「策」に嵌めるための動き。
もっとも、敵も間抜けではない。すぐに動きが変わったことに気づいた。

「ふん、コーディネイターめ。何か策でも弄すつもりか」
「機長、どうします?」
「乗ってやれ。大方こちらの弱点でも見つけた気なのだろうが、それが間違いだということを思い知らせてやれ!」
「はっ!」

 指示と同時に、ザムザザーがインパルスを追う。ミネルバのいる方向とは反対側へ――
その様子を見て、ルナマリアは小さく息を吐いた。

「まずは、第一段階クリアね」

 だが、まだ安心はできない。むしろ困難なのはこれから――
未だに降り注がれるビームの雨をかいくぐりながら、ルナマリアは再びフェイズシフト装甲を起動させた。
途端に残りのエネルギー残量を示すランプが少なくなっていく。
バーニアなどを全開で使い続けている現状では、一分もすればエネルギーが切れるだろう。
しかし、これが「策」への準備であり、合図でもある。
だからこそ。ザムザザーのパイロット達もまた、異変に勘付く。

「機長! 敵艦、再び陽電子砲の準備を開始しました!」
「なるほど、そういうことか……」

 そう、シンの考えた「策」とは単純明快だ。
陽電子砲を防ぐためには、陽電子リフレクターをその方向に向けなくてはならない。
したがって、防いでいる最中や前後には、弱点である機体底部ががら開きになってしまう。
そこで陽電子砲を防がせることで、その弱点を晒し出させてそこをつく。
もちろん、その弱点をつく役割であるインパルスが陽電子砲に巻き込まれてしまっては話にならない。
そのためには陽電子を防ぐことができるザムザザーの背後――ミネルバとザムザザーを結ぶ直線の延長線上にいる必要がある。
そして陽電子が生み出す高熱や水蒸気爆発に耐えるためには、フェイズシフト装甲は不可欠だ。
最後に、避けられないようにするためには、更にその延長線上に地球軍艦隊がいなくてはならない。
わざわざ敵の誘いに乗り、おびき出されたのは明らかに失策――
それを理解してもなお、機長と呼ばれる男は動じなかった。

「愚かな……陽電子リフレクター展開準備。敵艦に向けリフレクション姿勢。
 主砲を可動させて下に向けろ!」
「はっ!」

 再びザムザザーはミネルバに向き直り、前傾姿勢を取り始める。
それを確認したインパルスは、ザムザザーに向き直る。
今すぐ撃つわけにはいかない。そんな事をすれば陽電子砲に巻き込まれて終わりだ。
ミネルバのタンホイザーが発射され、ザムザザーは再びそれを防いでいく。
大量の海水が熱せられ、局地的な嵐とも言うべき状況が巻き起こる。
サウナさえ比較にならない量の湯気が巻き起こり、視界がほとんど奪われる。
ルナマリアは、その中で必死に姿勢を制御した。
狙うのは、タンホイザーの撃ち終わり、敵がまだ姿勢を回復できていない時。
その時に撃てる姿勢を取っていなくては目も当てられない――!
そして、波が、赤い光が弱まっていく。湯気が少しずつ消えていく。
――チャンスは今しかない!
ルナマリアが、ケルベロスを構えさせようとしたその刹那。

「え……!?」

 ザムザザーの四肢といえる、砲。ずっと前だけを向いており、可動しないと思っていた部分。
それが全て下を、こちらを向いている――!

「まさか!?」

 設計段階でザムザザーの製作者は弱点、陽電子リフレクターがない底部の脆さに気づいていた。
その弱点を補うにはどうすべきか?出した答えは単純だ。
そう――下に回られても、四つの主砲全てを放ち、すぐに殲滅すればよい。

「ロック完了!」
「てぇー!」

 機長の号令と共に、ザムザザーの主砲、副砲が全て放たれる。
手に持って構えるという動作が必要なケルベロスとは違い、ザムザザーの砲は動かすだけでよい。
よって、撃つのはザムザザーの方が断然早い――!
それはルナマリアも気づいていた。だから砲がこちらを向いている時点で、構えずに回避へ動いた。
だが、左右や後ろに逃げては、広く範囲を取って撃ってきた射撃を避けきれない。
何よりせっかく晒した弱点を見逃すわけにはいかない。シンが訓練の際に言っていた言葉の一つだ。

『恐怖に支配されて逃げたり立ち止まったら、そこで負けだ。戦場での迷いは自分を殺す。
 もちろん無謀と勇敢は違うけどさ……チャンスは絶対に見逃さない、っていうのが俺の基本方針だ』

ならば――避ける方向は、前!
バーニアのペダルを限界まで踏みながら、咄嗟にブラストシルエットを切り離す。
その衝撃でインパルスは前傾姿勢となり、更にホバーが消えたことでいくらか海面に沈む。
ブラストシルエットはビームの奔流に撃ちぬかれ、爆発するも――インパルス自体は、避けきっていた。
そしてその手には、ビームライフルとジャベリンがある。

「これで……墜ちなさいっ!」

 言うと同時にフェイズシフト装甲を再び切り、全ての電力をビームの発射へ回す。
もう一度撃とうとしていたのか、再び光りだした砲をインパルスは素早くライフルで撃ち抜いた。
爆発が起こり、ザムザザーの姿勢が揺らぐ。
その隙にインパルスはザムザザーに取り付き、その腹をジャベリンで薙ぐ。
結局一つの判断ミスがそのまま命取りとなり――連合の期待を乗せた新型モビルアーマーは、その初戦を黒星に染めた。

「ふぅ……ミネルバは……!?」

 もはやエネルギーも、彼女の体力も限界だ。
いったん帰艦しようとしてミネルバをモニターに映す。だが、ミネルバはそれ以上に限界だった。
タンホイザーは再射により完全に故障したらしく、煙が上がっている。
ザクは既に大破。副砲であるトリスタンやイゾルデも無事には見えない。
いかにミネルバとはいえ、あれでは通常の艦にも落とされるだろう。
ルナマリアは覚悟を決めた。

「メイリン! ミネルバの足はちゃんと生きてる!?」
『う、うん。スラスター周りはまだ大丈夫だよ』
「分かった、デュートリオンビームを照射して! それからソードシルエットを射出準備!
 前方にいる艦を排除して退路を作るわ!」
『お姉ちゃん!? やれるの!?』
「やるしかないでしょ! 早く!」
『う、うん!』

 通信が終わるや否や、インパルスを高く跳ばせてミネルバに向ける。
当たり前のことだが、ルナマリアはデュートリオンビームに関する訓練は全くしていない。
ただ「額にある受信装置でデュートリオンビームを受けることで、エネルギーを回復できる」ということを資料で知っているだけだ。
正真正銘のぶっつけ本番――メイリンが躊躇ったのもそれが原因だ。
それでも、ルナマリアは迷わなかった。

「今まで何回も、ぶっつけ本番でやってきたのよ! これくらい!」

 通信を受け取ったミネルバから、デュートリオンビームが飛ぶ。
すばやく軸を合わせて、額で受ける。赤一色だったエネルギー残量のランプが、途端に増加する。
そのまま一気にバーニアを合わせ、ソードシルエットに先行する形で敵艦へと飛んでいく。
フォース装備と比べるとスピードが遅いことは否めないが、それでも飛距離は十分だ。
前方の艦、三。それだけ潰せば、退路は確保できる。

もう慣れたシルエットとの合体を素早く完了させ、敵艦のうち一つへと落下していく。
敵艦も黙っているわけではない。CIWSやミサイルを発射し防ごうとするが、ルナマリアはそれを無視して突っ込んだ。
ヴァリアブルフェイズシフト装甲に最も多く電力を割いているソードインパルスには、多少の実弾では何の意味も無い。
落下の速度をそのまま活かし、艦橋にエクスカリバー・レーザー対艦刀を衝きたてた。
艦橋が爆発すると同時にエクスカリバーを連結させて、次の目標へと跳ぶ。
ビーム砲とおぼしき主砲がこちらに向いたが、それが撃たれるより先にフラッシュエッジ・ビームブーメランがその砲を切り裂いていた。
そのまま艦に着地し、連結させたエクスカリバーを回転させ、一瞬にして艦橋や砲台を斬りおとした。
そんなインパルスの姿に恐怖を感じたか、残り一つの艦が退却していく。
ビームブーメランを投擲、命中したものの、撃沈までは至らなかった。

「まぁ、これで退路は開けたからいいわね。それに……ちょっと疲れたわ……」

 ルナマリアは緊張が解けた様子でヘルメットを外し、汗をぬぐった。
もう周囲に敵影は無い。後は、ミネルバが足自慢を活かして逃げ切るだけだ。

 こうして、戦いは終わった。
残っていた連合軍はその後ミネルバを追ったものの、追いつくことができなかった。
ミネルバは相当な損傷を負ったものの、辛くも包囲を脱出。
カーペンタリアへ向け、進路を取る。
――しかし、カーペンタリアへ進路を取っていたのは彼らだけではなかった。
砂漠の虎の情報。その情報が真実であったことを、そこで彼らは知る。

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