Lnamaria-IF_395第00話

Last-modified: 2013-10-28 (月) 02:52:34

/プロローグ

「――ルナ」
と、母さんと話していた父さんが、弱々しい声であたしを呼んだ。
あたしは、涙をこらえきれずにくしゃくしゃになった顔を隠す余裕もなく、父さんのベッドに寄った。
弱ってるのは自分なのに、蒼白い顔に柔和な表情を浮かべて、
「ルナは、いつからそんなに弱くなったんだい?」
父さんは言った。
「あたしはっ、弱くなんか……ッ!」
「なら、笑って父さんって呼んでくれよ」
「ぇ……」
「ほら、いつも通りに笑ってみせて」
あの時のあたしは、きっと父さんの望んだような、いつものあたしの笑顔にはなれなかったと思う。
「ぅ、あ、はは……父さん、あたし……笑えてる、かな?」
「うん。それでこそ僕達のルナだ」
それでも満足げに言う父さんのせいで、あたしはその無理やりな笑いすら保てなくて、父さんに背を向けた。
母さんがあたしを抱き締めてくれる。
「――メイリン」
「ひ、ぐす……っ」
メイリンは、父さんの呼びかけに応じることもできず、椅子に座ったまま泣き顔を上げた。
「メイリン。泣かないで、なんて言わないけれど」
「ひぐっ……お父、さぁん……」
「けどね、流した涙の分だけ、大きくならなきゃ駄目だ。周りに甘えることなく、いつか自分で泣き止んだ時、お前は大きくなるんだ」
「うぅ……ぁ、うぁああああん――!」
ガタン、と椅子が倒れ、メイリンは父さんベッドにすがりつき、慟哭した。
母さんの腕を抜け、あたしはメイリンの顔を抱く。
泣き声がくぐもってもなお、メイリンの心の底から溢れる悲しみはせき止らなかった。それどころか、次第にあたしもメイリンにすがるような形で嗚咽を漏らし始めていた。
母さんは、
「――シャルロット」
父さんに呼ばれて、再びベッドのそばに寄った。
「こんな身体だったこと、謝らないよ」
「当然よ、あなた」
「けれど、お礼は言わせて貰うよ」
「えぇ……、あなた……」
「ありがとう、シャルロット」
「こちら、こそっ……――」
後にも先にも、あたしが母さんの泣き崩れる姿を見たのはその時だけだった。


あたし達の父さんは、重い病気にかかっていた。
第一世代コーディネイターとて、万能ではない。遺伝子操作の過程の何らかの要素や、成長の過程のそれで、例外などいくらでも産まれ得るのだ。父さんは、その例外だったのだろう。
先天的にあらゆる病気の因子を取り除いたはずなのに起こった発病。大金をつぎ込んだのにと両親にも疎まれ、周囲からも忌避された。
手を差し伸べたのが黄道同盟の末端メンバーだったあたし達の母さんであり、二人の間に生まれたのがあたしとメイリンだ。

父さんの病気は、本来プラントが持つ医療技術なら、まず間違いなく治るはずだったそうだ。――理事会の搾取政策さえなければ。
コーディネイターの国ゆえに、医薬品も医療器具も、その材料となるものすら輸入されることはめったになく、数少ない医薬品はS2型インフルエンザのワクチン開発の為になくなったらしい。
治らない病気によって、出来損ないのコーディネイターと蔑まれることもやはりあった。
それでも多くの人は父さんに同情した。父さんも、ただそれに甘えることはせず、母さんに協力して黄道同盟の早くからのメンバーとして独立に尽力した。

大戦が始まる頃には、父さんは既に病状の進行によって同盟の活動から身を退き、養生していた。
しかし病弱な身体で無理をしすぎたせいか、マンデルブロー号事件の前後から整い始めた公衆衛生の体制も、父さんの病気を治すことはできなかった。
71年9月。かつての朋輩同士の抗争を止めることも、連合の攻撃からプラントを護る手伝いも出来ずに、父さんは自分の無力を嘆いていた。
そして、そのまま終戦条約の締結を見ないまま、息を引き取った。

それから少しして、あたしはザフト入隊を決めた。
メイリンも、自分の意思で同じ道を選んだ。
あたし達の両親は、プラントを愛していた。そして、プラントに住む人々を愛していた。
あたしも、自分が生まれたプラントを、愛おしく思っていた。
母さんはあたし達姉妹の入隊を止めなかった。

メイリン。メイリンはあたしの可愛い妹。――ちなみにあたしは可愛くない。
彼女は早産だった。だからか、あたしと生年月日が一年も離れていない割には見た目も中身も子供っぽい。
あたしはメイリンが大好きだ。本当はこの愛すべき妹を軍人になんてさせたくなかった。
けれど、あたし達のような若いコーディネイターが国と同胞を愛するゆえにとるのは、大半がザフトへの入隊という道だった。

そして――。
一期に十名が上限であるザフト・レッド。あたし腕は今、トップエリートの証であるその赤い軍服の袖を通っている。
あたしは笑っている。よどみのない笑顔で、プラントを護る一員として胸を張っている。

プロローグ/

戻る】 【