Lnamaria-IF_523第48話

Last-modified: 2008-04-09 (水) 22:42:00

「ミリィ、何だって!? まだ艦長達が残ってる?」
「ええ、そうよ。艦長は……艦長達は……」
ミリアリアの声が泣き声に変わる。
「ブリッジ! 総員退艦じゃないんですか!?」
『ええ、そうよ。これからアークエンジェルはジェネシスに突撃をかけます! アーガイル少尉、ケーニヒ少尉は予定通り、救命艇の護衛をお願いね♪』
そう言ってマリューはウインクした。その笑顔は、トールの脳裏に焼きついて終生離れなかった。
「……了……解!」


「まだアークエンジェルは戦えます!」
「ああ、ああ。戦えるともさ。ひよっこどもはさっさと退艦しろ!」
老人が、若者の尻を脱出艇の方に蹴り飛ばす。
「……なんだ? お前さんもまだ退艦しとらんかったのか。さっさと行け! マードック!」
「おい、でも、爺さん達は?」
「なぁに、モビルスーツの予備機が転がっとるだろう。あいつらは残してってもらうぞ。対空砲火の真似事くらいは出来る」
「おいおい、でも、まだアークエンジェルは戦うんだろう? だったら人手が……」
「そうとも、まだこの艦には働いてもらう。それは老人に任せて! さあ、行った行った!」


「……駄々っ子の連中は全て追い出しました。そろそろ行きましょうか、艦長殿!」
「ええ、行きましょう」
座席からずり落ちそうになるマリューの身体を、ブリッジに上がってきた老軍曹が支える。
「機関長、いいぞ! やってくれ!」
『あいよ!』


救命艇がアークエンジェルから離れる。マリューはアークエンジェルを加速させた。


「突っ込んで来るつもりだぞ! なんとしても止めろ!」
「モビルスーツ隊はどうした! 予備部隊全て出撃させろ! 防ぐんだ!」
ジェネシス管制室を怒号が飛び交う。
ザフト軍のモビルスーツが慌ててアークエンジェルの方へ向かって来る。
だが……多少の被弾はあるものの、アークエンジェルは、マリューは止まらない。


アークエンジェル不屈の魂を象徴するように、損傷を受けた右足部ブリッジで二機のストライクダガーがビームライフルを放っている。
「くそう、年寄りに寄ってたかって!」
「昔取った杵柄を見せてやる! これでもミストラルの技能オリンピック選手だったんじゃ!」
「この年になってこんな真似をするとは思わんかったわい! 長生きした罰かのう」
「はっはっは! 儂の腕もなかなかのもんじゃろうが! ほい! 一機撃墜したぞ!」
「ふん、余所見してると――」
――衝撃が走る。
爆炎が晴れた時、アークエンジェルの右足部が消滅していた。二機のストライクダガーと共に――


アークエンジュエルのブリッジにも衝撃が伝わる。構造物が、ぼろぼろと落ちる。
「……っつう! 大丈夫!? 軍曹!?」
「…………ちくしょう、艦長……あと……少し……」
マリューを支えてくれていた老軍曹は鉄塊に胸部を押しつぶされ、死んだ。
彼女はキッ、とスクリーンを睨み付ける。
「ザフトのくそったれども! 私の後ろに地球百億の人々の姿が見えるか!」
支援砲火がアークエンジェルの周囲を包み込む。


「なぜだ!? なぜ沈まん! なぜ落とせん!?」
「だめです! もうだめです!」
「間に合わん! 総員衝撃に備えろ!」
ジェネシスの管制室に居る者は、ザフト決死の攻撃にも関わらずまるで不死のアキレスの様に、こちらへ突撃してくるアークエンジェルに恐れを抱いて、衝突の時を覚悟する。


ついに、ズズ……と言う重い衝撃と共に、アークエンジェルの左足がジェネシスの開口部へ突き立つ!
ザフトにも骨のある奴がいるのだろう。支援砲火による被害に構わず一隻のナスカ級が全速でアークエンジェルに向かって来る。
マリューはちらっとそちらを見たが、すぐにジェネシスに視線を戻す。
「遅かったわねぇぇぇぇぇ! ローエングリン、発射ぁぁぁ!!!」
マリューの手が発射ボタンを押す。
伝わってくる衝撃が、ローエングリンがジェネシス内部を喰い破ってくれている事を伝えてくれる。
次の瞬間、ナスカ級が爆発しながらもアークエンジェルの艦橋にぶち当たった――!
(マリュー! 会いたかった!)
「ああ! あなた!」
マリューの最期の言葉は、マリュー本人以外は、誰も聞き取ることはできなかった。しかし、マリューは死の瞬間、確かに感じていた。眼前で微笑んでいる、亡き恋人の姿を――




「ジェネシスが!」
「ああ!? 崩れる!」
一般のザフト兵に取っては、ジェネシスが地球を狙っていたなど知らず。ただ、ザフトの最終兵器が破られた事だけは誰の目にも明らかだった。
そして――地球軍の攻勢はヤキン・ドゥーエ要塞本体に向かう。


「おい、今出て行ったの、シホ・ハーネンフースの隊じゃないか?」
「そうです。もう少し、休憩すればいいのに。あんなんじゃ、潰れてしまいます」
ニコルが心配そうに答える。
「なんせジュール隊は隊長が逃げちまったからなぁ。その分突っ張ってるんだろう」
「……このままじゃあ、負けてしまいますね」
パック飲料を取りながら、二コルは言った。自分達も、もう、何回目の出撃だろう。覚えていない。
「今だって負けてるけどな」
皮肉っぽくディアッカが答える。
「でも……このままじゃあ、プラント本国まで滅ぼされてしまいます!」
「じゃあ、何かいい案でもあるってのか?」
「賭けですけどね。ジェネシス付近に、地球軍のドミニオンの存在が確認されています。国防産業連合のムルタ・アズラエル理事が陣頭指揮を取っているという情報です」
「それで?」
「この艦に試験的に搭載されている機能を使います。ブリッツに搭載されていたミラージュコロイドを――。今まで使う機会もなかったですけどね。艦長も呼んでください。ひょっとしたら負けずに済むかもしれません」




「……マリュー・ラミアスか。いい女だったのにな」
アズラエルはぼんやりマリューの事を思い出していた。
「アークエンジェルからの脱出艇は、無事収容されたのですよね?」
「ええ。イシダミツナリに収容されたのを確認しております」
地球軍の攻撃はジェネシス破壊の成功に伴ってヤキン・ドゥーエ要塞本体に矛先を向けている。
ジェネシスを巡る攻防戦で主力を失ったザフトの反撃は弱い物となりつつあった。
ハルバートンに任せておけば、大丈夫だろう――
アズラエルはドミニオンの損傷の激しさを鑑み、他の損傷艦と共に後方に撤退していた。
――!
突然ずずっ――と艦に衝撃が走る。
「何事だ!」
「わかりませ――なにぃ! 突然本艦の下方に敵艦が現れました! ナスカ級です! 接触されましたぁ!」
「なんだとぉ!? なぜ今までわからなかった!」
「第14ブロック外壁、破壊されました!」
「第14ブロック、監視カメラ! ザフトが! ザフト兵が乗り込んできます! 武装しています!」
「当たり前だ! 戦争中だぞ!」
「銃器は持っていない模様! おそらく炭素クリスタルのトマホークを持っております!」
「さすがに宇宙船内で銃撃戦をやるほど馬鹿ではないか。 こちらも白兵戦用意!」


「じゃあ、お互い頑張ろうぜ。絶対にブルーコスモス盟主の首を取ってやる!」
「ディアッカ、僕はそんな事のために行くんじゃありません! 交渉しに行くんです!」
「ははは。それは早い者勝ちって事で。行くぜ!」
ディアッカは工作部隊が繋いだ穴からドミニオン艦内へ入って行く。ニコルも続く。
ドミニオン艦内へ入ってしばらくすると、地球軍兵が見えた。
「ははは! コーディネイターの恐ろしさを見せてやるぜぇ!」
ディアッカは、天井にジャンプして、そこを踏み台にジャンプ、敵兵を襲うといったトリッキーな動きで敵兵を打ち倒した。
コーディネイターがナチュラルに恐れられる理由、その第一は平均的にナチュラルより肉体的に優れている事が上げられる。
ディアッカ達は、その能力を縦横に発揮してドミニオン内部へと侵攻して行った。


「……やっと突破できた――。くそ、さすがにここまで来るとナチュラルどもの壁が厚いぜ、まったく」
「おい! 通路の反対側から敵が!」
「――ここは俺達に任せろ! ニコルは先に行け!」
「で、でも!」
「いいから先に行け! お前はブルーコスモスの盟主に会って、交渉でも何でも、好きにしろ!」
「……わかりました! 無事で! ディアッカ!」
二コルは駆け出した。
ディアッカは向かって来る地球軍兵に向き直る。
「さあ、ここから先は通さないぜぇ! ナチュラル共!」


……二コルは重い体に鞭打ちながら歩いていた。
ブルーコスモス盟主はどこにいるのだろう? 地球軍の艦艇がザフトの艦艇と同じような配置なら、高級士官はブリッジに近い部屋を与えられているはずだった。それともやはりブリッジにいるのだろうか?
二コルは個室――高級士官の部屋らしき部屋の開閉ボタンを片っ端から押して歩いた。だが、空室ばかりが続く。
このままじゃあ、ブリッジまで行かなくちゃならないかもしれないな。自分はそこまで辿り着けるだろうか?
不安と共にまたある部屋の開閉ボタンを押した。
――! 扉が、開いた。


「こんな所にまでようこそ」
部屋に入って来たザフト兵を見て前に出ようとする次郎と三朗を押しとめて、アズラエルが言う。
「ご用向きは何ですか?」
この人がブールーコスモス盟主……メディアの報道などで見知った顔。二コルは目的が達せられたのを知った。
「わかっていると思いますが、あなたの行動は監視カメラで見ていました。どうも艦の上層部に御用のようですのでね、指揮の邪魔をしないために暇になった私がわざわざ出向いて来てあげたと言うわけです。お礼に気の利いた台詞でも聞かせてくれるんでしょうね?」
ニコルは必死に力を振り絞って答える
「……和平を……そうでない時は……」
苦い物が混じる声でニコルは続ける。
「そうでない時は、そうでない物を。少なくとも、一方的に膝を屈するためにここへ来たのではありません。ナチュラルとコーディネイター、共に手を取り合ってこそ、人類は先へ行けると信じます……」
限界だった。ニコルの膝が崩れ落ちる。意識が……くそ!
「……この状態で、言うじゃないか。救護室へ――。この者に免じて、戦闘を止めさせましょう」
『戦闘を止めよ! 戦闘を止めよ! アズラエル様の命令である!』
その声を聞きながら、ニコルは意識を失った。
もし、その艦内放送が一分遅れていれば、この世からニコルの知り合いがまた一人減っていた事だろう。
ディアッカは血だらけのまま立つ事もできずに壁に寄りかかって座り、死神が己の足首から手を離したのを感じながら、周りを取り囲んだ地球軍兵が近寄って来るのを見つめていた。




C.E.0072、最も激しかったこの戦いの場所を取ってヤキン・ドゥーエ戦役と呼ばれるこの戦争は、終結に向かった。ヤキン・ドゥーエ要塞が地球軍に占領された後、地球軍はそれ以上の進軍を止め――同日、地球連合とプラントとの間に終戦協定が結ばれた。






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