今はもう遠いあの日。
誓った愛と、自分たちの能力。
まだ、こんなはずじゃないことが起こる前。
絶望を知らぬ、暖かい日々。
しかし、絶望は、やってくるのだ。
その瞬間というものが。
─数十年前・ミッドチルダ研究所─
綺麗に整った研究所。
そこで行われるのは、新型の魔力炉を研究している科学者たちの姿があった。
その中に、白衣を着たラウルの姿があった。
「この回路は、まとめるよりバラバラにつなげたほうがいい・・・こっちは3から8まで省略を」
「わかりました。伝達係数の設定は?」
「そこは後で・・・システムの設計は専門の人に」
「了解」
設計図を片手にラウルは指示を繰り返す。
この時のラウルは新型魔力炉の設計主任を務めていた。
「ふぅ・・・忙しいことこの上ないな」
あまりの忙しさにため息をつく。
ラウルは若くして主任を任されるまでになるほどの優秀な人間だった。
天才・・・と呼んでも差支えがないほど、ラウルは誰からも慕われ、
その人当たりのよさからも彼についていくことに異存があるものはいなかった。
魔道士としてもその実力は当時でSランクを
軽くオーバーし、日々武装隊からのスカウトが来るほどだった。
だが、彼はソレを断っていた。
元々、戦いなんて好きでもなく、たとえ犯罪者であり、
捕えるためとはいえ痛みを与えることに抵抗があるのだ。
ラウルは自身が天才と呼ばれることさえ、少し嫌悪していた。
どんなに優秀でも、自分は人間だ。
そのことを忘れた事は今まで一度もない・・・だが、自分が優秀であるという認識もあった。
ソレを鼻にかけるつもりはないが、認めないと心が傲慢になりそうで怖かったのだ。
そんなラウルにも、良き理解者はいた。
「ラウル、こっちも手伝ってくれないかしら?」
同じ白衣を纏った黒髪の美しい女性がラウルに話しかける。
「あ、ああ・・・どうしたんだい?」
他の人とはどこか違う空気で話す二人。
「どうしたの?ボーっとして?」
女性はよくよく、ラウルのことを見ていた。
ラウルもそういわれ、少し動揺し頭をかく。
「いや、少し考え事を・・・それで、なんだい?」
ギアを切り替えて、科学者の思考を用意するラウル。
「ええ・・・個人的な相談なんだけど・・・
今、私が設計中の魔力炉の設計図・・・見てくれないかしら?」
女性はそう言って、一つのデータチップを差し出す。
ラウルはすんなり受け取り、「後で目を通すよ」といって懐にしまう。
女性は笑顔でそのままラウルから離れて行き、自分の持ち場へと戻った。
そんな女性の背中を見て、ラウルはどこかうれしそうだ。
ラウルにとってその女性は特別だ。
なぜなら、他の科学者とは違い・・・自分を対等に見ていてくれたから。
もちろん、自分の方が優秀だと思う。
しかし、そんな優秀、不優秀など関係なく、
その女性はラウルをしっかりと見て、気さくに話しかけてくれた。
優秀な人間の悩みでもある・・・“孤独”を女性は消してくれているのだ。
それが、このときのラウルにとってどれだけうれしいことだったか
・・・きっと、誰も理解はできないだろう。
数日後、ラウルは女性を探した。
見せてもらったデータの感想を言うためだ。
だが、研究所内ですぐに見つかるはずの彼女の姿がどこにもない。
「どこ、行ったのかなぁ?」
珍しくきょどっているラウルに他の科学者たちが笑いながら問いかける。
「どうしたんすか主任?」
「挙動不審でおもしろいっすよぉ?」
指摘されて、むっと思いつつも、そうかな?と考え込む辺り、科学者である。
話しかけてきた科学者たちに女性のことを問いかけてみると、
帰ってきた返事は忌引き、というものだった。
なんでも、その女性の両親が死んだらしい。
ソレを聞いたラウルは走っていた。
仕事なんて関係ない。
ただ、大切な人を失った人間には誰かがそばにいないとダメだと、そう思った。
女性の傍にはもう誰かがいるかもしれない。
だが、もしいなくて一人で崩れている彼女がいたら、ソレは辛すぎる。
そう思って、ラウルは走ったのだ。
たどり着いた場所は・・・喪服を着た何人もの男女がそれぞれ立っていた。
その中心に、喪服を着て、涙一つ流していないその女性の姿があった。
強かった。
自分が先ほどまで考えていたことが、彼女への侮辱にならないか、不安にさえなった。
しばらくしてから、喪服を着た者たちは出て行く。
きっと、用がすんだ。
ラウルはそう思い、中に入っていく。
葬儀に白衣の科学者が入っていくのもどこか、変だがそんなことを彼は気にしていなかった。
中に入れば、大きな写真が二つ・・・その前に、女性はいた。
「あ・・・」
なんと声をかければいいのか・・・何を言ってやれば、彼女は?
心の中で思考をめぐらせるも、答えが見つからず、途方にくれようとしていた。
そんな時・・・女性は口を開いた。
「私ね、二人のこと・・・好きだったんだ」
過ぎたことを受け入れようと、無理やり自分を納得させているような声
・・・そんな声を聞きたいわけじゃないのに、ラウルは拳を握ることしかできなかった。
「だから・・・こういう日が来てもいいように、覚悟してた」
「・・・だから、悲しくないとでも?」
つい、聞いてしまった。
「・・・・・・・じゃない」
「え?」
先ほどよりトーンが下がり、聞こえにくかったため、聞き返すラウル。
後に・・・聞き返しておいて良かったと、不謹慎ながらラウルは思っていた。
振り向く女性・・・綺麗な黒髪が揺れ、その女性の表情が伺える・・・その表情は、涙で濡れていた。
「そんなわけないじゃない!悲しくないわけ・・・悲しいわよ!」
弱音・・・彼女が弱音を吐く瞬間を、ラウルは初めて彼女の心に触れた気がした。
そして、気がつけば、女性を抱きしめていた。
「悲しいなら泣くんだ・・・一人で泣いてもいいし、傍にいてもいいなら
私がいる・・・私は君のことが好きだ。だから、一人で泣かせたくない!!」
「ラ、ラウル?」
女性は、起こる起こる事実に思考が追いついていかなかった。
だが、理解できる。
今、うれしいことを言われたんだと。
そして。
「・・・」
ラウルは。
「あ・・・」
女性の名を呼び、優しく、その唇を奪った。
「好きだよ・・・プレシア」
その女性こそ、プレシア・テスタロッサなのだ。
アリシアとフェイトの母であり、後のPT事件の発端でもあった。
二人は仲睦まじく、研究所でももてはやされるほどだった。
しかし、仕事とプライベートはきっちりしている二人は、それほど気にしてはいなかった。
さほど時間をおかず、二人は結婚。
ラウルはテスタロッサの性を名乗ることにした。
理由は、大好きな両親のことをプレシアが忘れずにいるため。
そのラウルの心を汲んで、プレシアも了承した。
程なくして、二人の間には子供が生まれた。
名はアリシア・テスタロッサ。
残念ながら、この子はラウルの面影よりプレシアの面影の方が強かった。
少しがっかりしたが、それでもラウルはうれしかった。
親になるということに。
だが、幸せというものはどうしてなかなか続かないものだ。
数年がたち、プレシアが別の技術主任を任された際・・・魔力炉開発のもの。
そこに、アリシアも行っていたそうだ。
ラウルはそのとき、別の場所で作業していた。
どうして、そこに自分はいなかったのだろうと、どれだけ後悔したか・・・。
聞いてしまったのだ。
プレシア・テスタロッサが次元航行エネルギー駆動炉ヒュウドラ開発において、
失敗し・・・娘であるアリシア・テスタロッサが死亡している事を。
そして、プレシアは追放され、ラウルは彼女の居場所すら突き止められなかった。
だが、どうしても見つけたかった・・・だから、自身の年齢を止めた。
ラウルはプレシアを見つけるために、一つの罪を犯した。
ソレは、自身が持つ最強の叡智“賢者の書”により
自身をすべての時間枠から外し、痛み以外から解放されること。
ラウルが新暦75年になっても若い姿なのはそのためだ。
しかし、ラウルは新暦65年に再び自身を時に戻した。
悲しい事実・・・プレシアの死を知ったからだ。
「プレシア・・・私は、君を見つけることができなかった・・・
このまま、時とともにこの身を土に返すよ」
PT事件はさほど秘匿がかかるほど事件ではなく、一般人でも知ることができた。
だが、ラウルは一般人ではない。
一応管理局に所属していた。
だから、知った。
プロジェクトFのことと・・・娘の劣化コピーの存在、フェイトの存在を。
「世界は・・・残酷なんだな」
ポツリと呟いたラウルはその場から姿を消した。
その後もラウルはひしひしと止まっていた時間を取り戻すように歩いていた。
自身の人生を。
なまじ優秀すぎるから、他にとりえがなくなってしまい、またどこかの研究所に務めることにもなった。
そして・・・非公式の研究所にも出入りするようになった。
そこで、ラウルは一つのプロジェクトを推奨した。
それが・・・“プロジェクトD”と呼ばれるものだ。
そのプロジェクトに関わったものの中に、ジェイル・スカリエッティの名もあった。
が、当時のラウルはそんな一研究者に過ぎない彼を気にかけることはなかった。
スカリエッティという人間を理解するまでは。
だが、ラウルが彼を知るのはまだまだ先だった。
─新暦69年─
歳は取ったが外見があまり変わらないことを少しだけ気にしながらも、
ラウルは煙草をくわえて研究データを見ていた。
そんな時、彼にある話がまわってきた。
「・・・レリック・ヒューマンの作成?」
「そうだ。とある管理外世界の人間がよきパーソナルデータを持ってきてくれてな。
ソレを使い、11人のレリック・ヒューマンを造って欲しい」
この時、ラウルの指示を出していたのはゲーエン・アードリーガー准将(後に少将)であった。
「・・・人を造る事ができるのは神だけですよ」
ラウルは神を信じるものとして、ソレを拒否するような言葉を口にする。
「ならば、貴様が神になればいい」
なんと、無茶なことを言うのかとその場にいる全員がゲーエンの言葉に対しそう思った。
「私はそこまで傲慢になれません・・・ですが、時間がかかりますよ?」
なぜこんな返事をしてしまったのだろうか、とラウルは思った。
その想いが後の後悔につながることを知らずに。
ラウルはデータを受け取った。
信じがたい、というわけでもないのだがそのデータに載っていたのは
質量兵器に登場するパイロットたちのデータだった。
だが、驚いたのはそのデータの主たちが年端も行かない少年少女だったこと。
ラウルは手を出すべきかを迷ったが、結局は計画に参加した。
そうして、研究に時を置いている間にラウルは一人の重傷を負った男を見つけた。
その男はラウ・ル・クルーゼ。
彼の遺伝子データを調べたとき、ラウルは驚いたものだ。
何せ、今自分たちが研究しているレリック・ヒューマンの
元になるデータの人間たちと同じ世界の住人なのだから。
名前もどことなく似ている。
だから、ラウルは彼を助け、その身体に宿した呪いから解き放ったのだ。
最初の家族の出来上がりだった。
そして、ラウルは今まで自分が優秀だからということで思いついた考えをラウに口にした。
「なぁ、ラウ・・・どうしてこの世界には持つ者と、持たざる者がいるんだと思う?」
自分は持つ者だが、持たざる者でもあった。
そういう考えがあるからこそ、その問いが生まれたのだ。
ラウからは明確な答えなど返っては来なかった。
ソレも当然だろう。
知識だけは誰にも負けないと自負できる自分に出せていない答えがどうして他人に出せるのだろう。
だが、ラウルは時がその疑問を解決してくれるかもしれないと期待を抱いてもいた。
時は少したち、ラウルの参加するプロジェクトは完成しつつあった。
培養ポッドに入る少年少女たち。
気づけば、その内の一人の少女にラウルは問いかけていた。
「自由が欲しい、かい?」
なぜ、問いかけてしまったのか?
情が移った?
済ますならそういう言葉だ。
弱弱しい少女の姿に、ラウルは・・・気づいてしまったのだ。
自分が愚かな人間だということに。
そんな考えを持っている間に、一人の少年が彼の元に降り立った。
ラウと同様に重傷だ。
助けに行こうと、近づいたが・・・その少年の鋭い瞳に足を止めてしまう。
傷ついた少年の目は何よりも悲しかった。
だが・・・どうしてだろう?ともに歩きたいと・・・思えてしまった。
ああ・・・どうして、どうしてだろうプレシア。
私はこんなにも悲しい目をした少年を受け入れたい。
だが、受け入れる事はきっと罪につながるだろう。
そして・・・私は戦うんだ。
守ることのできない守護者という題目と。
そのために、生まれてきたんだよ。
なら、どこまでも走るよ。
君が生きた証は私の中にあるのだから。
願わくば、我が内にある望みが叶うことのないよう。
「守れる守護者がいることを願おう」