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Lyrical DESTINY StS_第21話

Last-modified: 2008-06-14 (土) 18:02:48

彼らは夜天の主の元に集いし騎士だった。
主ある限り、彼らの魂に尽きることなどないと言われていた。
その身に命がある限り、彼らの魂はその者の元にあった。
彼らの主・・・八神はやての名の元に。
それが、守護騎士の誓い。
騎士の誇りを捨ててでも守りたいと、思える人だった。
だから、死なせたくなかった。
今なら願える。
歴代のどの主よりも・・・この人に出会えたことを、仕えられたことを誇りに思う。
そして、ありがとう。
この命、お返しいたします。

 

ミッドチルダ全域に雨が降っていた。
まるで空が何かを悲しむように・・・涙するように。
雨の一粒一粒が、大粒の涙のようだ。もし、空に問いかけられたのなら、
言うのだろう・・・何か、悲しいことでもあったの?と。

 

「うぅ・・・」
はやては頬に落ちる雨の冷たさに目を覚ます。
「あれ?」
自分は殺されたのでは?と、自分が目を覚ましたことを不思議に思うはやて。
鮮明に思い出せる痛みを、その感触を思い出せるのに・・・傷跡はない。
魔力も充実していて、本当は今さっきのことは、
自分が転んで気絶した拍子に見た夢だったのでは、と思う始末だ。
だが・・・現実はそうではない。
ためしにはやてはあたりを見渡す・・・視界に入るのは荒れた大地。
そして、一人悲しみが映る背中を向ける烈火の将、シグナムの姿だった。
「シ・・・!」
彼女を呼ぼうと、声を出そうとするが・・・今、ソレをしてはいけないような気がして、
はやては言葉を飲み込み、ただその背中を見つめた。

 

すると、はやての身体から白い小さな光がゆっくりと体外に出てくる。
ソレは、リインフォースⅡだった。
「はやて、ちゃん?」
どこかまだ寝ぼけたように意識がはっきりしないリインは
現状を把握せんとはやてに質問をしようとしていた。

 

雨が・・・決して交わることのない大地と空をつなげる手段だとするのなら、
このやりきれない自分の無力感を、雨は剥ぎ落としてくれるの力すら持つのだろうか?
シグナムはただ、空を見つめていた。
目が覚めるような蒼は見えず、ただ灰色に染まった空・・・
空は私の心を映し出しているのだろうか?
主が目を覚ましたとき、私はどう事実を伝えるのだろう?
世界が寛大ではなく、ただただ・・・無情である伝えるのか?
そんなこと、とうに知っているのかもしれないが、きっと・・・主は涙するだろう。
教えてくれ・・・私はどうしたらいい?折れることを許されない私は、
この行き場のない想いをどうしたらいい?教えてくれ・・・ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。

 

ヴォルケンリッターはシグナムを残し、はやての中に還った。
はやての損傷した身体を、自分たちで補ったのだ。
騎士と守護獣の最後の顔は、笑っていたが・・・涙も流していた。

 

「くっ!」
何を思っても、残るのは後悔。
何に対してか?ソレは、自分の無力さ・・・無力なのだ。
彼女の手で行えるの事は、あまりに少ない。

 

「シグナム!」
はやてはしばらくして、どうしようもない焦りを感じていた。
ソレは、シグナム以外の・・・ヴィータやシャマル、ザフィーラがいないこと。
別件で動きシグナムが自分の傍にいてくれていた・・・なぜか、そう思えなかった。
自分は取り返しのつかないことをしてしまったのでは?自分の執着がとんでもない結果を
もたらしてしまったのではないか?その不安は留まることがなかった。

 

「主・・・」
低い声。辛さを押し隠してようやく言葉にしたのだろうシグナムは
はやての顔を見ることにすら恐怖を感じていた。
「何が・・・あったん?他の皆は?どうして、私は生きて・・・?」
聞かないで欲しかったが、シグナムはぐっとこらえ、事実を口にしようとする。

 

ただ、雷が一筋・・・空を照らした。ソレと同時に、シグナムの瞳から・・・今まで
耐えていたものが決壊するように、涙が溢れてしまう。
泣くまい、決して泣くまいと、心に決めても、はやての顔を見てしまっては
耐えられるものではなかったのだ。

 

「な、なにが・・・あったん?」
そう口にしたはやてだったが、少しは察しがついていた。
確かに、死んだと言う感覚があったのに、今生きている・・・夢、という言葉では片付けられない感覚だった。
だからこそ、シグナムにそう問いかけたのだ。

 

「・・・あなたは、一度死にました」
一瞬の戸惑いと、その後に決意を以て、シグナムは口を開く。

 

─数十分前─

 

ベルカの魔方陣がはやての・・・はやての持つ魔道書を中心に広がっている。
ソレを囲って、ヴィータ、シャマル、ザフィーラは静かに佇んでいた。
「・・・ヴィータ、やはり私が!」
シグナムは最後までそう何度も言った。その気持ちを消せなかったのだ・・・自分が
残って守りきるという誓いは立てられても、紅の鉄騎の・・・幼き感情と生真面目さを
持つヴィータにソレを強いることが、辛かったのだ。
「いいんだ!あたしは・・・アンタにはやてを任せるって決めたんだ!
はやてだけじゃない・・・他の若い奴らもだ!」
ヴィータはシグナムのほうは向かなかった・・・ずっと空を仰いでいる。
もし空が晴天だったのなら、これほど辛い事はなかっただろう。
今は、雲がただどこまでも空の蒼さを隠しているからこそ、
その暗さに自分の心を同化するような気分になれた。
ヴィータは、必死に堪えていたのだ。

 

「シグナム・・・ヴィータちゃんも騎士よ?騎士の決意を曲げさせるものじゃないわ!」
辛さを隠している、と思える冷たく醒めた言葉がシャマルの口から出る。
ザフィーラも無言ではあったが、その表情には深い悔恨と、静まり返った戦士の闘志があった。
四人の騎士はそれぞれがはやてを守るため“だけ”に集った・・・そして、はやてと
初代リインフォースから新たな道を掲示された・・・“人のように生き、人のように死ぬ”
それが、彼らにとってどんなにありがたいことだったかは言うまでもないだろう。
彼らは許されたのだ・・・たった一人、偶然に資質を持って選ばれた
最後の夜天の王によって、彼らは永遠から解放された。

 

思い返せば、いつも戦っていた。
時代にあわせ、場所にあわせ、その剣を、身体を、誇りをかけて戦った。
夜天の書に込められた想いすら、もう記憶に名残なく、最初の主のことすら覚えていない。
否、どの主のこともこの先、記憶によみがえることはないだろう。
今の主ほど、すばらしい主がいるものか・・・今の主・・・八神はやては
ヴォルケンリッターにとって、度し難いほどの慈愛を持った最高のマスターだった。

 

「・・・ならば、もう少しだけ・・・会話に付き合え」
割り切ろうとするシグナムは、せめてもの償いに彼らとの会話を望んだ。
「なぁシグナム、今なら言えるよ。今までのこと・・・色々と悪かったな」
「何を言う・・・お互い様だ」
「んだよ、少しは素直に受け取れって・・・あたしにとって、アンタは最高のリーダーだったよ」
もう、涙を流すことに抵抗がなくなったのか、ヴィータは潤んだ瞳でシグナムを見る。
「はやてには無理させないでくれよ?
きっと無理するだろうけど・・・お前に止めて欲しい・・・はやては変なところで頑固だからな」
流れる涙そのままに、ヴィータは笑みを浮かべる。
そのしぐさだけ見れば、歳相応らしさが現れていた。
「この剣に誓おう」
レヴァンティンを持ち、ヴィータの前に片膝をつく。
「・・・その誓い、成就させられること、願う」
嗚咽がよりいっそう際立つ。
「シグナム、ヴィータちゃん・・・」
シャマルもすでに表情を崩し、涙を瞳にためていた。
「シャマル、お前にも世話になった・・・そして、迷惑もかけたな」
「いいえ、そんなことないわ。あなたはあなたのやることをしてきただけじゃない」
「・・・ああ、そうだ。その上で私は迷惑をかけていたんだな」
「もう・・・いいっこはやめましょう・・・この戦い、必ず勝ってね!
どちらの思いも馳せて、互いに新たな理解の一歩が踏みしめられるように」
未来を見据えた言葉。
自分たちの時間は止まるが、その未来を託すかのような想いは、まさしく騎士として、神々しきものがあった。
「・・・テスタロッサの父、か。ふっ・・・巨大な敵だ」
「勝てる?」
少し意地悪な、だが、シグナムの胸中を探るには最適な言葉をシャマルは口にする。
「勝つさ。例え、彼と戦うのが私でなくとも・・・心で勝とう。
だが、もし許してくれるなら・・・お前たちが消えた後、少し泣かせて欲しい」
偽りなく、強がることなく、シグナムはそう告げた。
その想いが、決して叶わないことだと思わず、真っ直ぐ進むことを彼女は決めたのだ。
「・・・ふっ」
ザフィーラは彼女たちを見守るだけで、後は鼻で一笑いしていた。
「なんだザフィーラ?」
「いや・・・少し、思い出を漁っていた」
「らしくないことを言うんだな?寡黙なお前が」
ザフィーラは多く語らない。それは今までも同じだ・・・だからこそ、些細な違いや言葉が彼を表す。
通じる何か・・・それは主への想いだ。それが同じだから、友と呼べる。

 

「ヴォルケンリッターの誇りと魂・・・全部、お前に託すよシグナム!」
ヴィータからの激励。
「アナタの意思は私たちの意思、迷わないで」
シャマルからの激励。
「大変だが、頑張ってくれ・・・剣として、盾として」
ザフィーラからの激励。
三人の言葉を、想いをシグナムは背負う・・・背負ったものを落とさぬように、しっかりと抱えて・・・。

 

三人は魔力を解放し、その身体をゆっくりと自身の魔力光の小さな粒子へと変えていった。
「「「我が主、願わくば・・・命ある道を」」」

 

その言葉を残し、三人は消えていった。
三人の悔いは奇しくも同じで・・・それは“はやての笑顔が見れないこと”だった。
光の粒子がはやての身体を包むと、欠損した部分、血液がどんどん補われ、
はやてに体温の暖かさ、血と心臓の鼓動が帰ってきていた。

 

話を聞いたはやては、やはり心が絶望していた。
それはリインにとっても同じで、涙が自然と流れていた。
「うっぐ・・・く・・・うぅ!」
はやての嗚咽が、静かに響く・・・彼女は膝を地面につき、
雨で濡れた両肩は力なく、両腕もまた地面についていた。
「わた、わたし・・・のせいで、三人が・・・あぁ!」
「はやてちゃん・・・」
はやての今の姿、三人が見れば悲しむだろう・・・そう思い、シグナムは目を見開く。
だからこそと、はやてに近寄り、はやての襟元を掴む。
「あぅ!」
苦しそうなうめき声を上げるはやて。
「シグナム!」
リインもまた、どうしたのかと言わんばかりに、驚きの声を上げる。
「あなたは立ち止まることなどできないでしょう!?
確かに、あなたが先走り、こんな結果を生み出した!
だが、私たちはソレを咎めない!!アナタとともにある我ら守護騎士だ!
なら、私たちの騎士の誇り汚さぬためにも、あなたは折れてはいけない!私と同じように!!」
精一杯、声を張り上げて言ったソレは、
シグナムがはやてに向けた初めて上下関係を無視したものだった。
「けど!ヴィータや、シャマル、ザフィーラが!!」
「彼らは望みました!あなたの一部となり、アナタを延命させることを!!」
そういわれ、改めて自分の身体に触れるはやて・・・その感触は、
もう自分だけのものではない・・・ありきたりな言葉、もうあなただけの身体ではないと、
ドラマやそういったものでも耳にするが、今ほどそうだと感じたことはない。

 

ああ、なんて罪深い王だろう?ああ、なぜ臣下を犠牲にする道を選んでしまったのだろう?
だが、この騎士の言うとおり、もう止まれない・・・止まれないのだ。

 

「シグナム・・・」
もう一度、シグナムを見るはやて。その眼には悲しみと、もう一つ感情が芽生えていた。
「そうです。あなたのその目、後ろ向きな決意では、勝てない。
必ず生き残るという想いがあれば、戦える!」
敗北した人間は必ずもう一度立ち直る時、恐怖に駆られるものだ。
それは、その敗北をもう一度味わいたくないという人としてごく当たり前の感情だ。
はやてはその感情をねじ伏せて、戦おうとしている。
否、ねじ伏せるのではなかった・・・彼女は、その想いを持たなかったのだ。
その想いとは別に想いがあったからだ。
家族からの贈り物ともいえるそれは・・・はやてに、ただ生き残る戦いをさせるだろう。
「私は・・・戦うよ」
この雨とともに、涙を流しきり、今一度・・・戦おう。
それが、八神はやてという夜天の王の最後の決意だった。

 

─本局・ゲーエン少将執務室─

 

血が各所に飛び散っている。
悲惨な光景が広がっていて、机があった場所は今は破片がしばしば・・・そして、
その奥に晒されるように、剣が一本心臓部を破壊し、壁にゲーエンの体が貼り付けられていた。

 

その光景は誰もが見たわけじゃない。
だが、なのはとアスランは現場に来ていた。
「ひどいな・・・やったのは、シンか?」
「いえ、“赤い翼”の魔力痕ではなく・・・ラウル・テスタロッサのものが検出されています」

 

アスランはラウルのことをあまり知らない。ただ、シンに力を与えた人物だという認識があるだけだ。
「・・・あの人、フェイトちゃんのお父さんに・・・なるのかな?」
アスランの横にいたなのはが不安げに口を開く。
ソレもあったか、とアスランが顔をゆがめる。
「そう、なのかもしれない・・・フェイトに護衛はつけないのか?」
「一応、スバルとティアナにお願いしといた・・・はやてちゃんも来ないし、何があったんだろう?」
なのはの一言にただ、頷くアスラン。
「利用した者の辿る末路、か」
部屋を見渡し、アスランは自分の世界での出来事・・・戦時中にあった
父と慕う先輩の血が舞う司令室のワンシーンを思い出していた。
父が凶行に走り、ソレを血を流しながら止めた当時のフェイス隊長。
「アスラン君?」
ふとしたなのはの問いかけに、アスランは現実に戻る。
「・・・こんな部屋を見ると、自分が愚かだったときのことばかり思い出すよ」
「ソレって・・・」
アスランはCE出身の中で唯一、六課の隊長陣たちと
交流が深かった・・・当然、なのはとも、自身の過去について語っている。
「まぁ、今は今って言う考え方もするんだが・・・シンが目の前に現れるたびに、
自分の中の何かが壊れそうになる」
シンのことだけではない・・・次々と散ってしまう、自分が知る仲間。
「けど、今は頑張るしかないよ」
ほかに言葉をかけようにもなかったが、なのはは今かけなければ、
アスランがこの先、何かあれば壊れてしまいそうで、少し不安だった。
かくいう自分も、それほど強いわけじゃない。
怖いのだ・・・次の瞬間には、また大切な人が殺されてしまうのが。
双眸に映る信念も、次の瞬間には壊れてしまっているかもしれない。
どれだけの決意があっても、それは保証がないのだ。
「私たちは自分が信じたものを、貫き通す強さを持たなきゃいけない
・・・悲しむことも必要だけど、悲しむだけじゃきっと何も解決しないから」
なのはのその言葉はただ、アスランに向けただけではなく、自分に対しても叱責として与えていた。
アスランもそれが自分に対してだけではないとわかっていたので、
なのはの言葉にただうなずくだけで、それ以上は何も言わなかった。
ただ、二人も決して後悔なく生きてきたわけじゃない・・・
ただ、その人生の道を、悲劇が多く、また救えないものが多かった。
人より、優れたものが、魔法の才か、人間の限界を超えた能力か、だった。
優れているとはいえ、人間であることに変わりはないが、それでも嫉妬や羨望は彼らに吹き付ける。
それは、今後も変わらないだろう・・・それが後悔となることも。

 

「そういえば、君の小隊・・・スターズだったか?君にしてはお粗末な育て方だな?」
「え?」
話題を変えられ、その内容が訝しる内容であったので、思わず素っ頓狂な声を上げるなのは。
「フロントアタッカーであるスバルとセンターガードであるティアナ。
どちらも若く、また階級にそった強さは備えている」
賞賛の言葉とも取れるが、なのははソレを口にしない。
「だがな・・・スバルはともかく、ティアナ・・・あいつは、少し昔の俺に似ている部分がある」
自身の過去の愚かしさの肯定・・・だが、今はそんなところに
なのはは拘らず、あえて、そのティアナへの不満を問うた。
「どうして、ティアナが?」
確かに、他の者たちよりいっそう脆い部分も見受けられる。
だが、その根底にある彼女は、ただ努力家で、優しく絆を大事にするように思えてならない。
「彼女の中にある遺族への想い・・・あれは、強すぎる」
「遺族・・・それは仕方ないよ、だって・・・唯一、絶対だと思う人のことを
罵倒され、辱められ、役立たずだと吐き捨てられたんだよ?それを許容はできないよ」
自分には割り切れない・・・ソレをティアナは正式な形で
証明しようとしているのだから、咎めるべきことでもない。
「その業が・・・新たな、ラウル・テスタロッサを生むのかもしれないな」
「!?」
予想だにしなかった言葉に、なのはは驚きの表情を浮かべる。
「世界と人間はそういうものだと、俺は思う・・・それが、俺自身の思い込みなら、
救われるが・・・そうならなかった結果が俺の歩いてきた道だ」
第72管理外世界は血にまみれていた。
人種差別という結果が・・・人を殺し、殺させた。
今でこそ、平定の道を歩いているが、やはり、真実は血にまみれているのだ。
「アスラン君・・・」

 

なのはもまた、その瞳に映る過去の痛みが、どれほどのものかを理解できずとも
察することで、哀れみに似たものを乗せた視線をアスランに送る。
「頑張ろう!」
その後、ただ一言で、アスランの背中を叩き、なのはは飛び切りの笑顔をアスランに向けた。
アスランも一瞬、面食らったが、なのはの言ったことに、笑顔でああ、と返した。

 

─本局医務室─

 

ゲーエンの殺害ということもあって、戦力のそぎ落としがあるかもしれないと
いうこともあり、エリオとキャロもフェイトと同じ病室で眠っている。
エリオはまだどうにか回復の余地があるが、キャロのダメージは深刻なものだった。
グラウの攻撃により右肩を貫かれ、肺にダメージを受け、リンカーコアにも多大な負担をかけてしまっていた。
生きていることが不思議と思えるフェイトとは違い、まだ救う事はできるが・・・もう、魔道士として戦う事はできないだろう。
だが、ソレもまたいいのかもしれない。キャロは痛みと引き換えに
誰かを傷つけて守るという行為から外れられる。
彼女は戦うには幼く、優しすぎる・・・彼女の覚悟が、これを招いたというのなら、
例え傷が癒えて、戦う場所に戻ろうとしても他の誰かがソレを止めるだろう。

 

そんな三人の警護をしているのが、スバルとティアナであった。
どこか不機嫌そうな顔を浮かべながらも、ティアナは課せられたことを全うせんと意識を集中させていた。
スバルもそのことを指摘せず、今はティアナの意向に任せようと決めている。
「うぅ・・・」
そこに、小さなうめき声・・・エリオのものだ。
「エリオ!?」
スバルは反射的に振り向き、エリオの顔を見やる。
「あ、あれ?スバル、さん?」
「そうだよ!もぉ!心配したんだから!!」
「えと・・・」
エリオはどこかまだ寝ぼけていて、はっきりとしていなかったが体中の痛みがエリオを完全に覚醒させる。
「っっ!」
「まだ動けないよ!安静に!」
スバルの制止に素直に従い、エリオは深くベッドに沈む。
「・・・現状はどうなっているんですか?彼らは?」
「先日、第97管理外世界で戦闘があったわ」
スバルに代わって、ティアナが口を開く。
スバルではそんな説明が苦手だからと、そう思ったからだ。
「ソレって・・・なのはさんたちの?」
「そうよ・・・そこで、レリック・ヒューマンと戦闘。管理外民間人への魔法文化露呈。アンドリュー・バルトフェルド少将の戦死・・・ホント、色々あったわよ」
「人が、死んだんですね」
エリオは悲しげに目を伏せる。
その悲しさが伝わり、また理解できるスバルとティアナはよりいっそう辛かった。
彼らは機動六課として、戦ったJS事件・・・だが、それでも
彼らは戦うには若く、失うには経験が足りなかった。
失う痛みは、自身の手足を失うより、身体を貫かれるより痛いときがある。
その痛みが怒りに変わり、誰かを傷つける剣となる。
そして、誰かに新たな痛みを与えるのだ。
それが・・・憎しみの連鎖だ。
「それより、聞いたわよ?アンタのストラーダの第四形態のリバウンドの話」
「あ・・・えと、別に黙っていたわけじゃ」
気まずそうに目線をそらすエリオ。
「それにしたってね!アンタが一人で頑張ってどうすんのよ!あたしたちはチームでしょ!」
そんなティアナの言葉に反応し、スバルはふっと笑う。
「なっなによ!?」
「ううん!いつものティアだって思ってえ!」
いつものやりとり、そんな感じが戻ってきたと思い、
スバルは安堵の思いとともに、自然と笑ってしまったのだ。
「イタタ、そういえば・・・キャロは?」
「傷が深いわ・・・できるなら、戦線復帰はもう考えてほしくないほどにね」
そう言われ、エリオは少し表情を暗くする。
あの時、自分に力があれば、守れるだけの力があれば、とそう考えるエリオ。
その光景がまざまざ、エリオの脳裏にかける。
「僕が・・・もっとしっかりしていれば」
と、口にしたときエリオの額にティアナがデコピンする。

 

「い、いた!」
「馬鹿ねぇ!アンタはそんな責任感みたいなもの、背負わなくていいの!」
「そうだよエリオ!エリオはまだ、子供なんだから!」
まだ10歳の彼に、スバルとティアナは声を揃えてそう言った。
それは、自分たちが守られる立場だった時、守る立場の人の気持ちを考えたときに湧いた感情。
「・・・そう、ですね」
エリオも、納得がいかなかったが、納得できてしまった。
ふと、笑いがこぼれ、傷の痛みが少しだけ心地よく感じれてしまう
・・・この居心地の良さが、エリオはたまらなく好きだった。

 

「・・・フェイトさん、早く起きないかな?」
スバルがそう口にすると、エリオとティアナがやるせない顔をして頷く。
「嫌よね、人が死んだり、傷ついたり」
「人が死ぬのが、イヤかい?」
「!?」
医務室の扉のほうで声がし、スバルたちは振り向く。
そこにいたのは・・・先ほどゲーエンを殺害したラウルだった。
言葉に冷たさが残るものの、ラウルは家族に見せる表情と同じものをスバルたちに見せていた。
「ラウル・・・テスタロッサ!」
その名に少しの畏怖と警戒心を込めてティアナが呼ぶ。
だが、ラウルはそんな事はお構いなしに歩を進め、二人の間を通り、フェイトの前に立つ。
「フェイト、アリシアのまがい物・・・」
静かな殺意が浮かぶ。
「まっ!」
気づいたスバルが制止の言葉を叫ぼうとするが、止まるわけもなく
・・・いつの間にか出現させた一本の剣をラウルは大きく振りかぶっていた。
「その魂・・・プレシアの元へ行け!!」
大きく振られた刃は気味の悪い音を立てて、血しぶきを舞わせた。
ソレを見て、絶望するあまり、目を伏せてしまうスバルとティアナ。
だが・・・気づく。
その血が、ラウルの標的としたフェイトのものでないことに。
「ぐ・・・」
腕が一本・・・床に転がる。
フェイトは突き飛ばされ、その腕の横に、噴出した血は彼女の寝間着を汚した。
「なっ・・・んだと?」
ラウルの前にはフェイトをかばい、その腕を犠牲にした・・・長く、後ろで縛った綺麗な
ハニーブラウンの髪、翡翠の魔力光・・・腕の痛みでその整った顔は歪んでいるが、
その表情には決心のようなものが見られた人物・・・ユーノ・スクライアだ。
「ユーノさん!!」
幼い声が響く。
おそらく、ユーノとともにフェイトの見舞いに来たのだろうヴィヴィオが泣きそうな顔でそこにたっていた。
「庇い、自身を散らすのですか?」
ラウルは少しの敬意をはらって、剣を収め、ユーノを見る。
「そんなに恰好のいいものじゃありませんよ・・・ただ、死なせたくない。
そして、フェイトはまだ必要ですから」
「すでに人間として破損しているその子が何の役に立つと?
後悔にさいなまされる前に、引導を渡すのは、私の役目だ」
滴る血が僅かに気分を害するも、ユーノは痛みをこらえ、息を整える。
「否定される痛みを・・・アナタは知らないのですか?」
「・・・つまり、フェイトが否定されて、どれほど悲しむか、と訴えたいわけですか?」
科学者特有といってもいい分析癖をラウルはここに来て、初めてかもし出す。
今まで彼は、にわかに人間染みていた。
科学者ももちろん人間だが、それでも感情より理論を取る・・・だが、ラウルは逆だというイメージがあった。

 

ユーノはラウルの言葉に無言で頷き、さらに彼の回答を待った。
「・・・・・・許しは請わない。ただ、どこまでも辛いことを与えたことの事実も
否定はしない。私はただ、幸福を壊す管理局を壊すためだけに存在するんだ」
ラウルの髪が綺麗な金髪から、色が抜けていく・・・もはや美しいと
見える白髪へとなり、その目の色が漆黒の黒となった。
「これが、私の真の姿・・・“賢者の書”に選ばれたラウル・テスタロッサが、人の枠を
越えた存在へとなる。私は、ラウル・テスタロッサでありながら、トウジ・センベルでもある!」
トウジ・センベル・・・“賢者の書”に宿る賢者の魂。そして、ラウルが崇拝する唯一の力の結晶。
言葉と同時に、スバル、ティアナ、ユーノにバインドがかかる。
「くっ!」
「止めさせない・・・これは、けじめだ。娘を守れなかった私の」
ラウルの瞳には少しの悲しみと、深い愛情が込められていた。
ソレをユーノは気づけていただろうか?
「・・・僕にアナタを止められる力はない。だから、後は本人の意思に任せる」
「?」
何が言いたいのか、とラウルは問いかけたが、ソレは頭の中だけにとどめた。
ユーノの目が、覚悟を決め・・・すでに背水の陣と決め込んでいたからだ。

 

「・・・制限、解除」
ユーノは一言呟く。すると、拘束されたユーノの前に一つの光る書物が現れる。
「我、契約し、汝に求む・・・汝、我が命以て、遥かなる癒しを」
鼓動が部屋を包む。
ソレと同時に、翡翠の魔力がユーノを中心に広がっていく。
「こ、これは!?」
広がる光にラウルは触れてはじめてその効果を知った。
「なんの弊害もなく癒す。これが・・・僕が見つけた、僕だけに許された最後の魔法」
光は部屋だけにとどまらない・・・まるで、燃えるように本局全体に広がる。
「自分を犠牲にして・・・救うというのか!?」
ラウルは語気を荒げ、ユーノがしようとすることを咎めるかのように、叫ぶ。
「・・・なのはやはやてには、フェイトが必要なんですよ」
室内に、冷たい空気と暖かい風が吹いた。
ありえない現象は、一つの奇跡。
「ユーノさん!」
スバルとティアナも拘束されながら、その行為が何をするのか・・・
とても不吉な感じがしてならなく、強力なバインドから逃れようともがいていた。
そして、何もわからず、ただ立ち尽くしていたヴィヴィオはユーノを不安の眼差しで見つめていた。
「・・・ヴィヴィオ、君には君にしかできない、
君にならできることがある・・・ソレを見つけたとき、迷わないでね?」
「ユーノ、さん?」
「僕は・・・君のママ、なのはをこの世界に巻き込んだ。なのははそんなことないと
いうけど、僕はよく思っていたんだ・・・なのはが普通の女の子として過ごすIFの世界を」
口元から流れる血は地面に落ち、少し乾き始める。

 

ユーノの表情がどこまでも儚く、死を覚悟した顔だという事は、ヴィヴィオには
理解できなかった。ただ、嫌な感じという子供の直感でそう感じていただけだ。
「わからないかもしれないだろうけど・・・いや、わからなくてもいいのかもしれないな。
さぁ、フェイト、エリオ、キャロ・・・君たちにすべて、託すよ?残酷な僕を許しておくれ」
ユーノの身体からさらに魔力が放出し、その部屋にいた全員の視覚が翡翠に包まれる。
それは、本局すべての人間にも同意だった。
一瞬、視界が翡翠に染まり、その後に体からすべての違和感が消えた。

 

それは、なのはやアスランにも感じられていた。
「・・・え?」
体に錘のように乗っかっていたなのはのダメージが消えていく。
そんな中、なのははユーノの笑顔を目の前に感じた気がした。
「ユーノ、君?」
「なのは!今のは!」
アスランの声でなのはは我に返り、アスランのほうを振り向いて頷く。
そして、二人は走り出し、フェイトたちのいる医務室に急いだ。

 

「・・・愚かな」
ラウルはただ一言、そう呟いた。
その想いを撤回したのは、右頬に痛みが走ったときだ。
「!?」
美しい金色の髪がなびく。黒い戦闘服に金色の魔力刃・・・黒いフォルムが
ソレをさらに引き立て、黄金の輝きにさらに磨きをかける。
地面に一滴の雫が落ち、それが・・・ある人物の涙である事は誰も疑わなかった。
「・・・フェイト」
目の前で涙とともに、とてつもない怒りを感じさせる表情で、彼女はラウルの前に立っていた。

 

「ユーノ・・・ごめん」
フェイトは、目の前で満足げに笑って眠るユーノに・・・精一杯の謝罪の言葉を込めた。
「そうだ。君の所為で彼は死ん・・・」
「黙ってください!!」
「!?」
言葉を遮られ、少し不機嫌になるも、ラウルは平静を保つ。
「想いは心で受け継いで、胸に秘める・・・今は、それでいいんです!」
親友であるなのはの持論・・・もちろん、フェイトもそれを知っていた。
「ソレをするには、管理局という場所は不相応だ」
「なら、変えていきます」

 

「変わらないさ・・・管理局という存在自体が闇になりつつある・・・
ユーノ・スクライアの死すら、責任放棄という言葉も放たれるだろう。
命を懸けて人を救ったのに・・・なぜ咎められなければならない?」
そういわれ、フェイトは回答に困る。
「答えられない・・・からこそ、君たちは散るべきなんだ!!」
「違います!」
ラウルの言葉に、新たな戦意がそう叫ぶ。
その叫びは・・・先ほどまで、ベッドに横たわっていたエリオのものだった。
彼は、ストラーダを構え、両足を地面についていた。
「・・・やはり、先ほどの彼の魔法は・・・“ヘルエンド”、か」
一人得心が言ったかのように呟き、目を伏せる。
彼の言うヘルエンド、とはかつて、聖王の統治時代より昔にあったとされる禁忌の魔法の
一つで、術者の命と引き換えに、おおよそ届く限りの場所にいる者の傷を癒し尽くすという魔法である。
おそらく、ユーノはフェイトのために無限書庫でこの魔法を見つけたのだろう。
「僕たちはあなたたちを止める!絶対に!」
ダメージから回復したエリオは、だめだとわかっていても開放する・・・ドンナー・フォルムを。
そして、いつの間にかキャロも立ち上がりバリアジャケットを纏っていた。
「キャロ!?」
キャロが立ちあがったことに驚いたのは、スバルとティアナだ。だが、エリオとフェイトは驚かなかった。
キャロにも戦う権利があり、義務があるからだ。
それにもう、理屈ではないのだ。
「私も・・・今ここにあるために、戦います」

 

「・・・そう、誰も決して後悔なく生きてきたわけじゃないから!だから戦う!」
フェイトの悲しいまでの言葉。
だが、仕方がないのだ・・・ユーノの死が、彼女を動かす。
この限りない争いの・・・憎しみの連鎖を断ち切るためにも、まずはラウルを止める。
それが、ユーノの意志だと、そう誰もが思っているのだ。

 

だが。
「やめてぇ!」
「!?」
誰だ?とラウルは真剣に声の主を探した。それはフェイトたちも同様に、だ。
幼い言葉を願望のままに放ったのは、ヴィヴィオだった・・・少女の感情が
こもった言葉は、その場の少女から見れば大人たちをその場にフリーズさせた。
「イヤだよ!人が傷つくの!イヤだよ!」

 

─ドクンッ!!

 

激しい鼓動が部屋に響く。
ソレに気づいたのか、ヴィヴィオは目から流れる涙もそのままに、その目を見開く。
(ヴィヴィオ、今こそ・・・戦おう)
「あ・・・」
静かに、ヴィヴィオの足元にベルカの魔方陣・・・少し形状は違うが間違いなく
ベルカの魔方陣が展開されていた。
「ヴィヴィオ!?」
フェイトはその変化に心配になり、ヴィヴィオの名を叫ぶが、すでに少女には言葉は届いていなかった。

 

瞬間、ヴィヴィオの前に二つの白と黒の長剣が現れる。

 

「なっ!?」
ソレを見たラウルはギョッとする。
その剣の存在をラウルは知っていたのだ・・・その存在の意味するところも。

 

「覚醒させるわけには行かない!!」
ラウルの焦ったような言葉と同時に、彼は魔道書を開き、ページを最後のほうまでふっとばす。
「我は穿つ・・・破壊の槍!!」
(グングニル)
とてつもない魔力を込めた魔方陣がラウルの前方に展開、さらにはその魔方陣に
二色の色が加わり、それが交わって回転しながら、ヴィヴィオのいる位置に放たれる。
あまりの魔法詠唱の速さと、発射速度に誰も反応できず、ただソレはヴィヴィオに命中した・・・かに見えた。
激しく嵐のように、室内に虹色の魔力が滾る。
爆煙などすぐに吹き飛ばし、そこからヴィヴィオではない・・・成人男性が顔を出した。
その男は、すべてが純白の鎧を着ており、布も純白、髪も、
その瞳ですらも白く、まさにある名前を髣髴させた・・・聖王、と。

 

時を超え、一つの光は甦った。
それは誰の願いだったか。
しかし、万民の願いを知っている彼は、今降臨した。
解き放たれた思いは、もう蓋をされない。
今はもう遠いあの日、旋風が巻き起きた時代。
だが、めげず、戦いぬいた彼。
今こそ、今こそ、語られるべきその存在は語る。
戦いは、今幕を切る。

 

次回 涙を流す“賢者”

 

戦いと題目づけられようと、それは所詮・・・汚いものでしかない。聖なる戦いと呼ばれようと。