Lyrical DESTINY StS_第26話

Last-modified: 2008-10-20 (月) 00:47:02

あの日から、僕は戦った。
人を殺したんだ・・・この手は人の血で汚れている。
きっともう、何かをする資格なんてないと、思っていた。
けど、世界は厳しくて、そんな僕にまた戦え、と言ってきたんだ。
CE74、ようやく戦争は終わった・・・けど、僕は守る存在になった。
けど、そのあと僕が感じていたのは、苛立ちだったのかもしれない。
戦争は終わっても戦わないといけない・・・守るものがあっても、意味を感じれない。
そんなとき、世界を変えるきっかけが訪れた。
少しだけど・・・うちにある懺悔の鎖が、ゆるんだ気がした。

 

魔法という文化、それを学んで気づいたことがある。
この魔法という力は・・・その真髄はやはり、守ることにはない。
この力もまた、人を殺める力につながるのだ・・・本当に。

 

当時、アスランの紹介でこの時空管理局に入局した僕は、武装隊に入った。
実力も認められ、当初から与えられた階級は二等空尉。魔道士ランクSを
与えられたわけで、武装隊で活動するうちにもすぐに一等空尉の階級を与えられた。
浮かれていたのかもしれない。
うまくいきすぎることに・・・そして、力を使いこなしているという驕りがあった。
忘れていたんだ・・・力というモノの怖さを。
それが、僕の過ちだった。

 

僕はすぐに、三等空佐に昇進し、一個部隊を任された任務。
管理世界で、最も安全とされていた世界で起きた密輸事件。
それを解決するために、僕の部隊は配属された。
そこで僕たちは罠にはまり、僕以外の魔道士は全員・・・殉職した。
もともと、部隊の人たちとあまりうまくいっておらず、連携も完ぺきではなかった。
そこを突かれ、一人、また一人と・・・墜ちて行った。
魔道世界での初めての敗北。戦術的勝利は収めたものの、戦略的勝利は皆無だった。

 

まるで、世界に何かを見せつけられた気分だった。
その敗北は僕に絶対的なまでの屈辱を与え、そして僕は自室に閉じこもってしまった。
そんな僕の所に、慰めにでも来たのか、アスランが現れた。
「キラ・・・」
「アスラン?」
その任務以来、キラはずっと部屋に引きこもっていた。
精神的ダメージを拭えない、精神的には弱い管理外世界の魔道士、
という烙印すら・・・今のキラには押されていた。
「らしくないじゃないか?」
アスランは近くにあったソファに腰掛け、少し笑いながら言う。
「・・・」
だが、キラは答えない。それどころか、ずっと明かりのついていない天井の電灯を見つめているだけだった。
「ミスは誰にでもある・・・それをどう、活かすか・・・それが、大事だろ?
今のお前を見たら、ラクスならきっと怒るぞ?」

 

ラクス、という言葉にキラが少し反応する。
「・・・怖いんだ」
「え?」
「僕は、隊長だった・・・曲がりなりにも。
だから、最低限の責任としてその家族に、会わなくちゃいけない。それが、怖いんだ」
キラは震える自分の体を必死の思いで止めようとするが、震えは止まらない。
それどころか、より一層、震えはひどくなるばかりだ。
「キラ・・・」
「今度こそ、誰も死なないで・・・何かを成せるって!そう信じたんだ!
安易だって言われても、僕はそれをこの世界で理想とした!なのに・・・なのに!!」
嗚咽・・・こぼれ伝う涙が、キラの喪失感を訴えている。
この時ほど・・・こんな姿を見せるキラの姿を見て、弱々しいと思ったことはない。
アスランは胸中、とても複雑な気分だった。
だが、それでも、目の前で涙しながら崩れ落ちそうな親友をアスランは立たせなければならなかった。
死んでいった者の遺族への・・・せめてもの礼節、それだけは守らせなくてはならない。
「キラ、今のお前に、俺の言うことは辛いかもしれない・・・だが!」
そこまで言うと、アスランの言葉を無視してか、それともわかったのかキラは立ちあがった。
「わかってる。ここでうずくまることは、さらに罪だってこと・・・うん。わかってるんだ」
眉間にしわを寄せながら、キラは己のなすべきことを理解していた。
それだけでも、アスランはキラの前に来たかいがあったというものだ。

 

だが、現実はそんなに甘く、優しいものではなかった。
キラとアスランが訪れた遺族たちの対応は、本当に・・・罵詈雑言をただぶつけるだけだった。
「あなたがもっとしっかりしていれば!」
「どうしてあの人が死ななきゃいけないの!?」
「お前のせいであいつは死んだんだ!!」
「入ったばかりの管理外世界出身者が小隊長など・・・管理局の質も落ちたものだな!」
さまざまな言葉がキラに向けられ、キラは必死にただ頭を下げてそれらを受け止めていた。
後ろから見ていたアスランにはそれが辛く、目をそらしてしまう。
その一瞬、時代は起きたのだろう。
遺族の一人である女性が棒のようなものでキラの頭を殴りつけたのだ。
「ぐっ!」
たまらず悲鳴を上げるキラ。
だが、抵抗はしない。むしろ、好きなだけやれと言わんばかりだ。
それが、キラの覚悟なのだと理解したとき、アスランは女性から棒を取り上げていた。
「・・・アスラン?」
額から流れる血が目に入ったのか、右目を閉じている。
ポタ、ポタ、と滴る血がその場の空気を溶かしていった。
「あ・・・わ、わたし・・・」
女性も我に返ったのか、自分がしたことを理解し、そして・・・その場に崩れた。
「キラ、お前が殴られる理由はない」
「え?」
アスランが言った。その言葉の意味をキラは理解できないでいる。
「罵詈雑言・・・仕方のないことだ。
彼らにはそれを言う権利はある。だが、傷つける権利は、どこの誰にもありはしない」
心で納得などできなくとも、それが・・・定められたものだ。
アスランは厳しい表情で、キラを守るように前に立ち、そして遺族たちをにらんだ。
「キラに責任があるように、死んだものにも、責任はある。そして、そのことで
言葉以上ノモノ。暴力を彼にぶつけようとするのなら、俺は、あなた方を許しはしない」
それが、アスランの理論であり、感情だった。
だが、キラはそれを否定するように、アスランの肩を後ろから引く。
「キラ?」
「いいんだ・・・」
そして、懐から自身のデバイス、フリーダムを取り出し、それを銃型の形態に
変化させ、それを遺族たちに渡そうとした。

 

「・・・あなたたちのその感情が、僕への憎しみなら・・・僕は甘んじて受け入れます。
殺したいなら、そうしても構わない。あなたたちには僕を討つ理由がある」
揺らいでいるその瞳から感じられる優しさ。
そして、その瞳を持つ青年がとっている行動は、遺族たちを失笑に導いた。
「簡単に死んだら、意味がないじゃないか?アンタは背負って行けばいいんだ。
進んで進んで、進み切って、それで無残に死んでしまえばいい」
遺族の男が言った。
それに同意するかのように、他の遺族たちもキラをじっと見つめた。
この回答が何を意味するのか・・・それは、キラを許すということだった。
死んだ者たちの死に報いるために、戦え。それは、辛い。
だが、それを背負ったキラはもう逃げることはできないのだ。
自由な死を失くした青年が、この時からたどり着くべき場所は“無残な死”というゴールになってしまったのだから。

 

─Dポイント─

 

「はぁ・・・はぁ・・・」
息を切らしながら、キラはビルの陰に隠れ、ガジェットの動きをうかがっていた。
熱センサーを備えているガジェットにそんな行為自体は無意味なのだが、
発見されたときカウンターを狙えるように、準備を整えているのだ。
しかし、ガジェットはいまだ、キラを発見していない。
それは、キラのもう一つの隠れ蓑・・・いたるところに魔力弾の
デコイを作ることにより、ガジェットの察知を遅らせているのだ。
「いつまで持つ・・・かな」
息を整え、キラはその手に持つ二つの銃型デバイス、フリーダムに呟いた。
(持って2分程度、かと)
「そっか。けど、まだ大丈夫だ・・・」
実際のところ、キラは余裕がなかった・・・何せ、他のガジェットとは違い、
キラとアスランの相手をするガジェットは対コーディネイター用にカスタム化されているのだ。
しかし、なぜそんなカスタム機がキラとアスランにだけ配られているのか?
それは、おそらくコーディネイターという存在を否定するかのようなシステム、
CPUが組み込まれているのだろう。
「・・・来る!?」
爆発音が響く。
どうやら、キラの張ったすべてのデコイが破壊され、キラ自身が発見されたのだろう。
少し土埃にまみれたガジェットのモノアイが、キラを映す。
ガジェットはキラを発見し、認識すると同時に胸部の魔力砲を展開し、放つ。
放たれる一発が、やはり他のガジェットより精度が高い・・・間違いなく当たれば即死だろう。
「それでも!!」
だが、キラは諦めるということを知らない。
そして、よけずキラはガジェットの魔力砲をすべからく弾き落とす。
「機械になんか、負けてられないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それには、ガジェットも驚いたようで、動きが鈍っていた・・・そこへ、キラは胸部へ、一撃入れた。
ゆらついたガジェットにさらに、一撃。
「これで、ラストォォォォ!!!」
キラの手に二つの銃が現れ、それが一つとなる。
(カリドゥスEX)
今までのキラの砲撃とは比べ物にならないほどのエネルギーが相乗し、ガジェットを一気に貫き・・・撃墜した。
「はぁ!はぁ!・・・よし」
これでDポイントも無事突破と、喜ぼうとしたのもつかの間、やはりキラの前にもあの男は、現われた。

 

金色の長いウェーブのかかった髪が風になびく。昔は仮面をつけていたが、今はそれもない。
キラにとっては忌むべき存在である彼もまた・・・善悪を超えた存在になっている。
だから、改めて彼の名を口にした。
「・・・ラウ・ル・・・クルーゼ」
「やぁ、久しいな。キラ・ヤマト」
クルーゼもキラを前にしてはずいぶんと余裕だった。
「何が望みなんですか?」
「・・・救済、と言えばいいのかな?」
「救済?」
「そう。失った少年が、戦い続けてまで求め続けたはずなのに、ついに
最後まで迎えられなかった救済。それを彼に与えたいだけ、なのさ」
クルーゼの言葉は、どこかおかしい、とキラには思えた。
「つまり、シンを・・・救う、と?」
「ああ。そのためのデウス・エクス・マキナだからな」
彼の言葉を、正直に受け入れることはキラにはできなかった。
キラは、一度クルーゼの仮面を見ている。嘘にまみれ、己の欲望で凝り固まった仮面を。
「・・・それは、シンのため・・・だけのものなんですか?」
だから、そんな言葉を彼に言ったのだが・・・彼は少し含んだ笑いをしてから、こう言った。
「ラウル・テスタロッサは、9の犠牲を以て、1を救う。これを悪だと言うか?キラ・ヤマト」
決まっている、悪だ・・・そんな自分の中で出ている答えをキラは口にできなかった。
「・・・」
「言えないだろう?君もまた、シン・アスカを知っているのだから・・・」
悲劇ゆえに戦ったザフトのエース。悲しみに打ちひしがれる暇すら与えられなかった悲しい少年。
その赤い瞳で見つめる未来は、決して明るいものじゃなく、血にまみれたものでしかない。
「そう・・・言いたいのか、あなたは?」
怒気に満ちたキラの言葉。だが、クルーゼは何も言わず不敵な笑みを浮かべたままだ。
「なら、君に救えるのかい?シンを!」
今度はクルーゼが少し語気を荒くする。
「君は彼に何をしてやれた?君が何をできた?
シンは・・・失うことしか知らない哀れな子供だ。かつての私のように・・・」
クルーゼは唇をかみしめ、悲痛な言葉でそれを表現した。
そう、クルーゼもまた悲劇に満ちているんだ。造られた命・・・弄ばれた命なのだ。
「でも・・・それでも、あなたは生きているんでしょう!?」
「ああ、そうだ!かつては、この命・・・ただ、復讐のためにあった!
私を造り出した者たちを殺し、私のオリジナルの息子であるムウを憎んだ!!世界を疎んだ!!!」
そうすることでしか、自分を許容できなかったから。
そうしなければ、狂ってしまいそうだったから。
「だが・・・」
クルーゼは、つきものがとれたような顔をする。
「それでも、私は出会ってしまったのだよ、キラ君」
「!?」
キラはクルーゼと、1度しか顔をあわせていない。そんな彼が、今している表情を信じられなかった。
とても優しい・・・何かを守ろうとする戦士にしか見えなかった。
とても、自分たちの世界を壊そうとしていたとは思えないんだ。
「あなたは・・・」
今までとは違う感情で、キラはクルーゼを見ていた。
「救うことが罪だと、悪だというのなら、私はそれを甘んじて受けよう。
しかし、引かないよ?此度もまた、君と私は敵同士だ」
今度こそクルーゼは構えたが、キラはなぜか構えられなかった。
震える手を抑えることができないのだ・・・それほど、今のクルーゼとキラは戦いたくなかったのだ。
「僕は・・・」
「君は、散れ・・・そして、今こそ紡ごう我が愛機、ヒロイック・プロヴィデンスのすべてを!」
(フルドライブ・・・フォルム・ヒロイック・プロヴィデンス)
静かに魔力がクルーゼの体を通り抜けていく。

 

それは、全身を中から強化していき、そして、グレーの鎧が彼を包み込む。
シックザールとの戦闘よりもさらに密度の増したバリアアーマー、だが、それでいてやはり身動きは軽い。
左腕には攻防一体盾付二連小砲門、右腕には大きめのライフル・・・ユーディキウム・ライフルを担いでいる。
壮絶なる神意を前に、自由という名の翼は、今はどこまでも儚く感じられる。
「っ!?」
咄嗟に後ろに下がるキラ・・・キラはおびえているのだ。ラウ・ル・クルーゼに。
そのキラを、クルーゼは悲しそうに見つめてから・・・細めた眼を見開き、
盾がついている左手から二つの高密度魔力刃を展開し、切りかかる。

 

(よけ・・・なきゃ!)
心でそう思っているのに、キラは動けなかった。体が竦んでいて・・・どうにもできないのだ。
「消えろ!最高のコーディネイター!!」
甲高い声でそう叫ばれ、キラはハッとした。自分こそ、今ここで裁かれなければならないのでは、と。
自分が生きるために、誰かを守るために、奪ってきた命にしてやれるのは、ここで討たれることなんじゃないかと。
罪は必ず償う瞬間が来る。
それは、わかっていたことだが、それがこんな所で来るとは、とキラは一瞬自分を嘲笑った。
もういいだろう、とキラは諦めていた。
その意志が伝わったのか、フリーダムも彼を守ることをしてはいない。

 

「おい!」
「!?」
すると、キラの中に声が響いた・・・そして、気付けば時間すらも止まっている。
「何やってんですかキラさん!」
「・・・」
それは、誰の声か・・・知っているのに、思い出せない・・・思い出したくないのか。
「アンタ、言ったでしょ!いくら吹き飛ばされても、花を植えるって!」
そう・・・確かに、言った覚えがある。
「なら、アンタは倒れちゃいけない人だろ!一緒に戦おうって、俺の手を取ったのなら、救って見せろよ!」
あぁ、そうだね。
救わないと・・・君を救わないと、ね。
その真っ赤な瞳・・・そこから流れる涙は止まってほしい。だって、綺麗な赤だから。
血とは違う、綺麗な・・・赤だから

 

そして、時は戻った。
一瞬、無駄のない動きでキラはクルーゼの魔力刃を瞬時に展開した自分の魔力刃で受け止める。
「何っ!?」
歯を食いしばり、クルーゼの魔力刃をたたき返す。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
たたき返した拍子に、クルーゼは一瞬体勢を崩したので、キラはそこをさらに攻める。
「フリーダム!ライフル!モード・バラエーナ!!」
魔力刃が一瞬でライフルへと姿を変え、そのマガジンに込められる魔力の質、放たれる威力が変化する。
「ちぃ!」
盛大に舌打ちするクルーゼに、キラはためらいなく引き金を引く。
キラとクルーゼの間に間合いはなく、いわば零距離だ。
この距離で、かつクルーゼにはよけるために必要な間がない。今度は彼が冷や汗を浮かべる番だった。
破裂音といってもいい音が周囲に響いたのだが、それにクルーゼ自身、ダメージは受けていなかった。
彼のまとうバリアアーマーもかなり優秀で、ほぼ零距離のキラの魔力弾をはじいたのだ。
「なっ!?」
「人間、痛みが襲いかかろうとする場所に意識をやれば自然と防御力も上がる・・・それを人は本能という!!」

 

クルーゼの拳がキラの顔面に入る。呆けた一瞬を狙われたのだ。
「ぐぁ!」
「君は!」
と、間髪入れずキラのボディに魔力も何も乗せない拳を入れる。
「ぐっ!」
軽く呻くキラ・・・バリアジャケットをまとっているはずなのに、衝撃がそのまま来たような錯覚を覚える。
「君という存在は!」
右、左、と連打がキラの体と顔に決まる・・・クルーゼは両手の武装は今は消している。
ただ、殴っているのだ。
「・・・もう、君も救われてもいいだろうが!!」
その時、その言葉を聞いてキラは気づいた。
目の前にいる男は・・・気づいているのだ。キラ・ヤマトという存在が異端であり、
また存在することがキラを責め立てているということに。
「・・・」
自然と涙が流れていることに、キラは気づけただろうか?
気づけるわけがない・・・今、彼はクルーゼへの憎しみや憎悪のほかに、
かすかにだが・・・何か別の感情があったのだから。
「だから君も!もう・・・受け入れろ!」
だが、だからこそ、そんなクルーゼの言葉がキラを現実に戻し、彼の拳を受け止めた。
「!?」
「受け入れ、られるわけ・・・ないじゃないか!」
ガスッ、と一撃、今度はキラがクルーゼの顔面に叩き込んだ。
それにより、クルーゼは思わず後ろに引く。
「受け入れ・・・られるわけ、ないじゃないですか」
今度は自分の頬を伝う涙を認識し、拭う。
「何?」
クルーゼは心底、キラの言葉を疑問に思った。
今のキラが、「受け入れられない」などという言葉を自分の意思で言えるものか、と高をくくっていたからだ。
「受け入れられない、だと!?君は・・・望んでいたのではないのか!?自らの救済すらも!!」
語気を荒くし、自身の見立てを正当化したいがためか、クルーゼはその手に再び魔力刃とライフルを手にする。
しかし、キラは何も持ちはしない。
「ならば!君はその自分の意地を貫き通して、救われぬまま果てるがいい!!」
振りかざされる刃を・・・キラはじっと見つめていた。

 

「ねぇ・・・バーン?」
「なんだ?メルクーア?」
バーンとメルクーアは、二人空を飛んでいた。目指す先は、ゼウス・エクス・マキナだろう。
「もう!意地悪ね・・・」
「君こそ、さ。で、なんだ?フレイ?」
意地悪く笑うと、バーンは・・・トールは、フレイを見てそう言った。
「このまま、あそこに行くのって命令違反よね?」
「ああ、そうだな。それがどうしたんだ?」
「ううん、いいのよ。私たちは“人間として当たり前”の行動をとっているんだから」
人間として当たり前、それはつまり自分たちを人間だと主張したいのだろう。
たとえ、周りの人間が否定しても。
「そうだ、俺たちは友達を助けに行くだけさ」
無邪気、といってもいいのか、二人はとても自然に笑っていた。
彼らが目指しているのは、キラがいるDポイントだろう。
「けどさ、あいつも水臭いよな!言ってくれれば、俺達もついていくのによ!」
「仕方ないわ。キラの性格と、歩んできた道から見たら、キラにそんな選択できるわけないもの。
それに、皆にはまだ言ってないでしょ?私たちのこと」

 

「・・・そうだったな。けど、ゲーエンのおっさんがいなくなった今、俺らは
もう誰に従うべきでもない。自分の力を、自分の正しいと思ったことに使う。
それが俺らの・・・一般人から、こんな風になっちまった俺らの選んだことだろ?」
戦う力がなかった二人が得た力・・・それが、戦いの力。
しかし、その持たされた力もまた、自分たちの意思がなかった時にもたらされたもの。
「そう・・・俺はバーン・メテオールから、力を受け取った」
「うん。私もメルクーア・トラバントから受け取ったわ」
あの日に・・・。

 

自分たちに自我がもたらされたのは、本当に意外なことだった。
肉体の中、その肉体の、根源的な部分に記録されたそれが、
当時その肉体を支配していたバーン、メルクーアと接触したのだ。

 

「なぁ、お前誰だ?」
バーンという人物は本当に荒荒しくて、敵さえ撃破できればいいと考えるような野蛮人だった。
けど、俺に語りかけてきたとき、あいつは困っていた。
「お前のことに気づいてから、俺の人を攻撃する手が震えるんだよ!まるで・・・すがる物を失くしたように!」
彼は苦しんでいた。人として歩いていける道をつぶされたことに気づいたからかもしれない。
「・・・苦しいのか?」
だから、トールはそう尋ねた。尋ねた瞬間に、彼はギョッとしたが・・・それでも返答を待った。
「苦しいんだよ。自分にあるはずのない感情がうずくようでよ」
「それが・・・生きるってことじゃないのか?」
明確ではないが、あながち間違っていない答えをトールはバーンに与えた。
「生きる、か」
「お前は生きてないのか?」
トールの言葉に、バーンは悲しそうに目をそらす・・・やるせないものだ。同じ顔の人間のそんな顔を見るのは。
「・・・生きている、と胸を張っていられないから・・・俺は戦うんだ」
切実な言葉に、トールはバーンのことを思わず憐みの目で見てしまう。
「なら」
「あ?」
「なら、俺に体をもう一度・・・俺はお前で、お前は俺だ!なら!歩く道も同じだ!!」
手を差し出す。
バーンは少しの間、その差しのべられた手を見つめつづけ、自分の中で何か納得できたのか、トールの手を取る。
この時から、トールとバーンは一つの存在となったのだ。

 

そして、同じようなことはフレイとメルクーアにもあった。
彼女らの出会いは、メルクーア自身が予感をしていたのか、また戦闘事態にも
あまり気が進んでいなかったらしく、あっさりとその肉体をフレイへと返上した。

 

「俺たちは、もう一度だけ、生きようと決めた。他の奴らはどうか知らない」
「けど、私たちには目的があるから・・・キラたちがこの世界にきた時から」
トールとフレイも罪を償わなければならないのだ。
あの日、CE71の戦争のとき、死んでしまったという罪・・・それを晴らすために。

 

「やはり、君は天才だ・・・そして、究極の人間だ」
クルーゼは自分の目の前で起きていることに、驚きと感動の声を上げた。
はっきりと殺意を込め、振りかざし、おろしたはずの魔力刃は・・・キラの命を奪うことができなかった。
そう、キラは両手でクルーゼの魔力刃を白刃取りしていたのだ。
「僕はまだ死ねない・・・そして、甘受する気も・・・ないっ!!」
そのまま腰部にあるクフィアス魔力砲を展開し、クルーゼに放つ。
「ぐぁ!」
その拍子に自分に向けられた魔力刃を力任せにたたき折り、捨てる。

 

「今の砲撃・・・非殺傷設定だったな。君はこんな状況でも私に不殺の意思を貫くのか?」
残念そう、と言えばいいのか、クルーゼの表情はそう言った感情を表していた。
「命は、何にだって一つだから・・・それに、これ以上僕はもう背負えませんよ」
吹っ切れたような顔をしているキラにクルーゼはまた笑いをこぼす。
「そうかい。なら、君は今度こそ私を倒してこの先に進むというのだね?」
「ええ。それが今僕ができることだから!」
キラは前を見た。
今目の前に広がる光景が、いつだったか、ひとつのことを決めて飛んだ空と同じ色をしていた気がする。
だが、それもすぐに痛みに変わった。
「ガハッ・・・」
何かが、キラの体を貫いていた。
クルーゼは何もしてない、というより彼の体を魔力刃が突き出てきたほうがおかしいのだ。
「キラ君!?」
当然、彼との決着を望んでいたクルーゼも慌てる。
そして、キラの体を貫いた張本人が・・・声を上げた。
「解き放ってあげたいのなら、何も言わず、ただ死を与えるべきです・・・ラウ」
シックザール・クンバーン。
解散されたばかりの特殊戦技隊隊長を務めていた男が、仮面を外し、素顔でそんな残酷な言葉を言い放ったのだ。
「グッ・・・やはり、君・・・は!!」
キラは振り向いて、シックザールを見た。
目の前のクルーゼと似ているな、と呑気に思ってから意識を手放してしまう。
そのまま重力に従い、キラの体は落下していき、そこにはクルーゼとシックザールの二人が残っていた。
「こちら側に、来るというのか・・・?」
問いかける言葉に少しの期待と怒りを込めてクルーゼは彼に問うた。
するとどうだろう・・・彼はクツクツと笑いだす。
「何を言っているんですか?俺はずっと、博士の往く道・・・シンを救うこと以外、歩いていません」
思わず、冷や汗が頬を伝っていた。クルーゼは今目の前にいる少年にかすかな恐れを感じたのだ。
しかし、そんなやりとりはすぐに終わりを告げる。
風を切る音とともに、シックザールに向けてブーメランのようなものが迫る。
「ふんっ」
シックザールはそれをものともせず、ただ弾く。
ブーメランはそのまま一度主へと帰ろうとしているのか、再び風を切り回転して宙を舞う。
「・・・何の真似だ?」
左腕でそれをつかんだ人物は、少し息を荒くしながら・・・シックザールを睨んでいた。
「お前こそ、何の真似だ?」
「俺は自分のなすべきことを果たしたまでだが?」
表情も変えず、ただそれが当り前であることのように語るシックザールに彼は、トールは怒りを込み上げた。
「それが、キラを攻撃した理由か?」
「彼には・・・個人的な感情を優先した。
彼がいつまでもこの世界に渦巻く業に振り回されてはかわいそうだろう?」
その言葉を聞いた時、トールは理解を拒んだ。
キラがかわいそう?そんなことを今まで一度も感じたことがないからだ。
「あいつは、必死に生きている。俺達と同じに!!」
左手に掴んでいたブーメラン、マイダスメッサーが光を放つと形状を変え、
それがシュベルトゲベールへと変貌していた。
そして、その体にもバリアジャケットをまとい、背中には四枚の羽が現れていた。
「エールストライク・・・古い、な」
シックザールはそんなことを呟き、自身もまたバリアジャケットを装備した。

 

ラウと同じようなそれに、トールは後ろにいるクルーゼをもあわせて、やはり似ているな、などと思った。
「行くぜ!!」
トールが叫び、シックザール・・・レイも魔力刃を構え、受けた。

 

二人が戦闘に入ったころ、下・・・キラが落下した場所には、戦闘力では敵わないフレイが向かっていた。
そして、キラを発見するとフレイは声をあげてキラのもとに走る。
「キラ!大丈夫!?ねぇ!キラ!」
彼女は必死に呼びかけるが、返事はなく・・・それどころか、心音がどんどん小さくなっており、体温も下がっていた。
「キラ!!」
だが、呼びかけにキラは応じない・・・応じられないのだ。
「キラ・・・お願い、目を・・・開けてよ。私、あなたに・・・謝りたいんだから!!」
フレイの瞳から涙が溢れる。
分かっているのだ・・・このままでは、ただ絶望を掴むしかないことに。

 

(フレイ・・・)
すると、彼女の中のもう一人の人格・・・メルクーアが語りかけてきた。
彼女の心はレリックと共にあるのだ。
「な、何よこんな時に!?」
(残念だけど、その子はもう助からないわ)
「!?」
最も受け入れたくないことを、彼女はフレイに言い放つ。
こんな時だからこそ、非情にならなければならないということだろう。
「そう、ね・・・そうかもしれない」
(なら・・・)
「死なせないわ」
(!?)
納得してくれたのか、とメルクーアは思ったあとに、フレイはそれを裏切る言葉を発する。
「死なせないわよ。だって・・・ようやくまた巡り合えたんだもの」
巡り合えた奇跡、それを喜ばずにはいられなかったのに、感情を殺しあくまで任務を優先した。
だから、こんな別れは・・・受け入れない。
「私のレリックを・・・キラに移植するわ」
(そんなことをしたら、あなたは!?)
レリックはレリック・ヒューマンである彼女にとっていわば生命線。
摘出、または破壊されれば彼女の生命維持は途絶え、ただの人形となり果てる。
(あなたはこんなところで死を望むの!?)
メルクーアは納得ができないでいた。
生ある今を捨て、死ある昨日へ戻るとフレイは言っているのだ。
それがどれだけ残酷なことか、と・・・メルクーアははてにその感情をキラにさえぶつけようとしていた。
だが、フレイは・・・。
「好きだから」
ただ、一言、そう呟いた。
(フレイ・・・)
「この人だから。キラだから、私は・・・」
そっと胸に手を置くフレイ・・・レリックを摘出しようとしているのだ。
(・・・馬鹿な女ね)
メルクーアはそっと笑って、そう零した。
本当に、人間って馬鹿だなぁ・・・と、最後にフレイに言い、その意識を閉ざす。
「ホント、私ってバカ・・・いつも、気付くのは最後なんだ」
笑いながらに、彼女は涙を流した。
その涙は、いつも後悔の味を出している・・・しかし、その涙は決して無駄ではない。
「ねぇ、キラ・・・私、起きているあなたに言いたかったんだけど、きっと言えないから・・・
今、言っておくね。あなたのこと本当に好きだった。だから、ごめんなさい。
私のせいであなたは戦いに染まってしまった。この先、あなたはまだ戦うんでしょう?
けど、もし、もしも許されるのなら、次に巡り合える世界では・・・恋人で」
言葉を紡ぎ終えると、彼女はそっとキラの唇に自分の唇を重ねた。

 

そして、彼女の体から光が溢れる。
「私の想いが、あなたを・・・守るから」
フレイの心臓部にあったレリックはゆっくりと・・・キラの中に入っていく。
それが作用してか、キラの傷をすべて回復させる。
そして・・・フレイはゆっくりと、目から光をなくし、倒れた。
彼女が倒れると同時に・・・キラは目を覚ました。
「あ・・・れ?僕、は、どうして?」
自分がまだ生きている、という感覚を実感できず、自分がいる場所がどこかすら
認識できないでいたが、それもすぐに改められる。
そう・・・すぐ横に横たわるフレイの姿が目に入ったからだ。
「フ、レイ?」
声が震え、何の冗談だ?と思わず現実逃避をしてしまうが・・・否定したいがゆえに、フレイに手を伸ばすキラ。
そして・・・触れた瞬間に、まだかすかな体温、そしてそれがだんだんと失われていく感覚。
「う、うあ・・・あああああ・・・」
ひどく狼狽し、なぜ彼女が自分の横で死んでいるのか、ともはやキラは壊れそうだった。
だが、それを止めたのは・・・彼の相棒だ。
(マスター)
「え?フ、フリーダム?」
その声に、少しだが我に帰るキラ。
安心したのか、フリーダムはそのまま続ける。
(彼女は、死にゆくあなたに、生きてほしいと願い、自分の生命線であるレリックをあなたに移植した)
「なっ!?」
驚き、自分の心臓部に手を当てる。
すると、心音とは明らかに違う・・・何か別の何かを感じる。
「これ・・・が?」
(レリックです。彼女は自分の命をあなたに託した)
瞳孔が開く・・・キラは、もうこれ以上背負うものか、と決めた途端にまた背負わされたのだ。
だからこそ、彼は立ちあがる。
「・・・フレイ、ありがとう。この命に感謝するよ」
そう言って、キラはもう一度・・・背中の翼を広げた。

 

「だぁぁぁぁああああああああああ!!!」
力任せにシュベルトゲベールを振るう。
「ふん!お前に俺は倒せない!」
同じく、魔力刃を構えていたレイはそれを受け止めると、力でトールを押し返す。
「ぐっ!?」
「同じレリック・ヒューマンでも・・・元になる人間が違えば、実力差はおのずと出るものだ!!」
さらに、トールは今左腕一本。シンに切り裂かれた右腕がない以上、不利は必至なのだ。
「むんっ!」
レイは魔力刃を両手に持ち、さらに踏み込んでトールのシュベルトゲベールを弾き飛ばす。
「ちぃ!だけど!」
弾かれた瞬間に、それをカバーするため背中にあった魔力砲“アグニ”を展開し、放つ。
「当たるものか!」

 

レイはすんなり回避し、少し距離をとる。
その間に、トールはもう一度左手にシュベルトゲベールを顕現させる。
「はぁ・・・はぁ・・・レリックを使って、この差。まったく反則だろ」
奥歯をかみしめ、自分の力がまるで通用しないことを歯がゆく感じるトール。
「だけど!引くわけにはいかない!」
今度はアグニを展開したまま、突撃する。
「何をしようと!!」
だが、レイはいたって冷静に対応した。
展開されたアグニの砲を切り落とし、またシュベルトゲベールを弾く。
「くぅ!」
「終わりだ!」
今度こそ、トールの体にレイの魔力刃の痕が入る。
「ぐぁ!」
そのまま、浮力を失い落下しつつあるトールに止め、と言わんばかりに
ドラグーンを展開し、それらを集中して魔力砲撃の魔法陣を展開する。
「さよならだ。バーン・メテオール」
「ぐっ!」
今更回避行動はとれない、などと諦観はしなかった。最後の意地だ。
「残念、お前の攻撃じゃ俺はやられないよ・・・バスター、キャンセラー」
そう・・・砲撃を無力化できるバスター・キャンセラー。それが、トールの切り札でもあった。
「ほぉ・・・だが、そのまま落下すればいくらお前でも無事では済まないだろう?ここで終わりだ」
確かに、その通りだった。
落下を止めるすべはトールにはなく、あとは墜ちるだけだった。
「トール!」
だが、後ろからした声にハッとなり、トールは後ろを向くとそこに地面はなく、誰かがトールを受け止めていた。
「キ、キラ!?」
それはキラだった。蒼い翼を8枚広げて、力強く微笑んでいた。
「大丈夫?」
「あ、ああ・・・フレイは?!」
「・・・」
その反応を察し、トールは目を伏せる。
「そっか。あいつ・・・」
「ごめん・・・」
「お前が謝るな!・・・謝らなくていいから、とりあえず自分が今やるべきことをしろ!俺は大丈夫だから!」
そう言って、無理やりキラから離れ、トールは背中を押した。
「・・・わかった!」
キラもそれ以上は何も言わず、上空にいるレイとクルーゼを見つめなおした。
「キラ・ヤマト・・・」
忌々しげにキラの名を呟くと、レイはドラグーンを自分の周りに浮かべる。
キラも黙ってその光景を見つめ、その後に言葉を紡いだ。

 

「フリーダム・・・フルドライブ」

 

と。

 

やはり、悲しみは広がっていく・・・まるで全てを燃やしつくす炎のように。
しかし、その悲しみに負けない心を持っているから、人は歩きだせる。
自分が何者なのか、など・・・理解しきるのには時間が足りない。
誰かが自分のために犠牲になったのだ、と数えるのもまた苦痛が増すだけだ。
だけど、大切な人の名前くらいは覚えていてもいい。
そうしなければ、自分を許容できない、進めないのならば。
その決意は確かに痛みとして返ってくるとしても。
痛みを持つ自分が、痛みに救われているとしても。
キラ・ヤマトは決意を改めたのだから。
心の十字架に絡まる鎖はほどけることを進めていた。

 

十字架とは、人間が必ず心の中に持つという。
その十字架には、痛みが伴う。
それから目をそらせば、かつては英雄と称えられた人間でさえ、地に落ちる。
だが、落ちたとしても這い上がれば、それは次に進むことができるのだろう。
正義を掲げる彼が、今・・・究極の禁忌に挑もうとしている。
もはや、勝ち負けではないのかもしれないが。
越えなければならない壁は、誰にとっても必要だから。
だからこそ、挑まなければならないのだ。

 

次回 心の“十字架”─赤い正義編─

 

迷うことをやめられないのなら、俺は迷いながら進むさ。