RePlus_小ネタ2_前編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 14:07:01

「バンドですか?」
「そうだシン!バンドだ!」
 端末を片手に先日納品したばかりに愛車の人工知能を調整しながら、シンは、駐車場に飛
び込んできたヴァイスに目を向けた。
 非番のヴァイスは、アロハシャツにジーンズと実に夏だと分かり易い格好で、反論は許さ
ないばかりと捲くし立てる。
 これでも一応男の子。
 機械やスポーツは嫌いでも無いし、ローンとは言え少ない給料から始めた買った大きな買
い物である。
 それなりの愛着も有り、こうして暇を見つけては細部を弄くって遊んでいた。
 真夏の太陽は、シンの白い肌に優しい物では無かったが、日に焼け薄らと赤く染まった肌
は、いつもの病的な白い肌よりも幾分か健康的に見え生命力に溢れていた。
 滴る汗も普段なら倦厭するようなむせ返るような熱気も、今は何故か心地良かった。、
「はぁ…別にいいですけど」
「残念だがシン。お前に拒否権は認められなっ…っていいのか?」
 まさか二つ返事で引き受けてもらえるとは思わず、ヴァイスは目を白黒させながらシンを
見つめている。
「意外だ…てっきりもっとごねるかと思ってた」
「思ってった…ヴァイスさん」
「うん、あぁすまん。やる気を無くさせるつもりで言ったわけじゃ無いんだ。悪かったな」
「いえ」
 シンは、微苦笑しながら鞄の中に端末を仕舞い、スポーツタオルで汗を拭う。
 炎天下の中作業していただけあってシャツも汗臭く、タオルはシンの汗を吸い込みジット
リと湿り気を帯びている。
「でも、何で急にバンドなんか?」
 シンにして見れば最もな疑問である。
 理由が無ければ音楽をやっては行けない事にはならないが、管理局員の実働部隊は全員須
らく忙しい身の上だ。
 いや、趣味程度にバンドをやるのは構わないが、本格的にやるとなれば話は別だ。スタジ
オやメンバー募集等やらなければならない事は山程あし、そもそも十分な練習時間が取れる
とは思えない。
 まさか、バンドマンに転職するつもりで無かろうかと、妙な勘くぐりもしてしまうと言う
物だ。
 だが、ヴァイスはシンの疑問に答える事は無く、まるで、鷹のように鋭い目で辺りを慎重
に窺っている。
「その前にだ…今日はティアナとスバルは居ないのか?」
「俺、ランスターとナカジマといつも一緒に居るわけじゃ無いですよ…」
「部隊長と姐さんは?」
「さぁ。朝から見てないですから本局に顔出してるんじゃ無いですか?」
 シフトの影響で本日シンは非番だ。
 ティアナとスバルは待機任務に付いているはずだし、多忙なはやては本局に出向いている
のだろう。
 そうなると、必然的に護衛役のシグナムもはやてに同行して本局行きだろう。
 ヴァイスは人の話を聞いているのかいないのか。油断無い視線で周囲を見渡し、慎重に吟
味するようにシンを覗き込んでいる。
「余計に好都合だ」
 ヴァイスは、満面の笑みを浮かべ両手でシンの肩を力強く叩き続ける。シンは、肩の痛み
に顔を顰めながら、風向きが妙な方向へ吹き始めたと喉を引き攣らせた。
「まぁそれはいいや。シンは、どんな楽器が弾けるんだ?」
「一応…ベースを少し」
「ナイスだ。これで俺と被らずに済んだ…まぁいい。話は後だ。取り合えずお前汗臭いから
シャワー浴びて、三十分後に第二予備会議室に集合だ…いいな」
「はぁ…」
 シンは、何とも言い難い不可思議な顔を浮かべ、ヴァイスは、変装のつもりなのかサング
ラスをかけ全力疾走で駐車場を後にする。
「恥ずかしいのか?」
 別にバンド、音楽を演奏する事は変な事では無い。
 ザフトも義勇兵の集まりと言えば一応軍隊だ。何故か従軍経験者は、音楽が趣味の人間が
多い。シンは、無趣味な人間だったが、終戦後連合ザフト治安維持軍に派兵された際、連合
側の兵と仲を取り持ってくれた上官に徹底的に教え込まれたのだ。
 たった三ヶ月の付き合いだったが、それなりに楽しかったし、戦ってばかりの灰色の記憶
に僅かばかりだけ色を取り戻してくれたのは感謝していた。
 苦い思い出となるが、あのラクス・クラインですら連合との開戦当初は歌姫としてザフト
のプロバガンダに起用されていたのだ。
 音楽に貴賎は無い。
 ベタな考えだがシンはそう思っていた。

「おっ来た来た」
「お疲れ様です」
 シャワーを浴び、着替えたシンを出迎えたのは意外な人物だった。
 アロハシャツのヴァイスは分かるが、黒いTシャツにハーフパンツの出で立ちとあからさ
まな部部屋着のグリフィス・ロウランが微笑を湛え、机の上のキーボードを弄っていた。
「グリフィス補佐官!」
「僕も非番だから別にいいよ、アスカ君。それに君とは歳も近いし、プライベートじゃ気何
か使わなくていいよ」
「わ、分かりました」
 年齢は似たような物だが、まだ少年のような風貌を残したシンに対して、グリフィスから
感じる圧倒的な大人の雰囲気は一体何なのだろう。
 まるで、遥か年上の大人から窘められたような気分になる。 
 これがパイロットと指揮官たれと教育を受けた人間の違いなのだろうか。
「さて、これで一応の面子は揃ったな…まぁ二人共座れよ」
 ヴァイスがイカにもな表情、悪い顔で二人に着席を促す。シンとグリフィスは、苦笑しな
がら、やや諦めたような表情で席についた。
「さて、有志諸君等に集まって貰ったのは他では無い…二人共これを見て欲しい。出来るな
ら穴が開くほど埋まる程見て貰っても構わない。何ていうか眼力だ眼力!」
 シンは、流石にそれは無理だろうと顔を引き攣らせ、横目でグリフィスに助けを求める。
 しかし、流石はやはての補佐官であるグリフィス。
 部下の性格を熟知している。
 ヴァイスの熱論を聞き流し、ヴァイスが手渡したチラシの内容をゆっくりと噛み砕くよう
に見つめている。
「新装開店オープニングイベントですか…」
「イグザクトリだシン」
 チラシには、ライブハウス兼バーのようなお店で、改装記念にバンドマンを募ってイベン
トを開催すると書いてある。
 場所はシンも良く行くショッピングモール内で見知った場所だ。確か近くにある大学の学
生や銀行のOL達の社交場になっていたはずだ。
 ライブハウスと聞けば、年配のご老人達は眉を潜めるが、件のライブハウスは到って健全
な物で、世紀末救世主伝説に出てくるようなアナーキーな場所では無い。
 確かにあまり品の宜しく無い輩は居るのは居るが、何かあればライブハウス側が雇ったガ
ードマンがすぐさま飛んで来る仕組みになっていた。
「趣旨は分かりましたけど。これ来週ですよ。今からじゃまともな練習時間も取れませんし
出ても恥かくだけだと思いますけど。趣味で音楽を演奏するのは僕も賛成です。でも、そん
なに急がなくても良いと思うんですが」
「俺もそう思いますよ。まだ音も合わせて無いから何とも言えませんけど」
 二人の実力は分からないが、シンは素人に毛が生えた程度の実力で取り合えず演奏出来ま
すと言ったレベルなのだ。
 会議室の隅立てかけているのは、恐らくヴァイスのギターなのだろう。色褪せ具合からも
随分と使い込んでいる印象があるが、果たして以下ほどの物だろうか
「駄目だ…俺達には時間が無い」
 有無を言わさぬ迫力で二人に迫るヴァイス。
 その瞳は、爛々と輝き眼球の奥に炎が猛っているのが見える。
「このオープニングイベントには、綺麗処で有名なウィンベイド商事の秘書課と皆様が招か
れる事になっている。一応管理局員と言えば世間でエリートで通っちゃあいるが、実情は給
料安い、休み無い、忙しいと三重苦だ。その上待機任務が重なれば出会いが無いの四重苦だ
こんなイベントでも無い限り高値の華で有名な彼女達とお近づきになる機会が無い!」
「それって普通に声かければいいんじゃ無いですか?」
「…グリフィス…お前が言うな」
 何やら不貞腐れた表情を浮かべ、グリフィスをまるで親の敵のように見つめるヴァイス。
 確かにグリフィス程の器量で甘い言葉を囁かれれば、大抵の女性はひょいひょい付いて来
そうである。
「兎に角バンドやってるとモテるんだよ。この間飲み屋のお姉さんに聞いたんだ間違いない
。普通に声かけるより成功率は上がるはずだ」
「あぁ…なるほど」
「うわぁ…」

 シンとグリフィスは、熱論するヴァイスに生暖かい視線を送りながら、ヴァイスの考えも
強ち間違いでは無いと考えていた。
 シンもグリフィスも一応学生だった時代がある。当然学園際等で目立ちたがりな男子が即
興でバンドと組み、ギターをかき鳴らす光景を何度も目の辺りにしている。
 演奏の成否は兎も角として、確かにバンドを組んだ男子生徒が学際後モテて居たのは確か
だ。だが、それは学生の頃限定では無いだろうか。
「まぁ分からないでも無いですね。声かける云々以外は」
「そうですね…悔しいですけどモテるの同意しますよ。声かける云々以外は」
「…お前ら結構容赦無いのね…兎に角だ。出場するバンド名をさらってみるとだな、ぶっち
ゃけ学生上がりのバンドや、その辺のご当地老人会の皆様が演奏するジャズセッション等々
地域見溢れる連中ばっかりで腕はあまり重要視されてねぇの。流石に適当にジャカジャカ鳴
らすだけじゃ不味いけど、流行の歌でもそれ也に一曲演奏出来れば後は何とかなるだろう」
「そんなに巧く行きますかね?」
「俺もそう思いますけど」
 グリフィスがヴァイスに懐疑的を向ける中で、シンは年頃の社会人の女性が何を考えてい
るのか、シンに件等も付かない。そもそも同年代の気持ちにすら鈍いシンなのだ。
 年上、それも社会人の女性の思考等想像の外の出来事でそんな物かと納得するしか無い。
 何処かではやてとシグナムがクシャミとした気がしたが、恐らく気のせいだろう。
「やるのは良いですけど。部隊長に許可取った方が良くありませんか補佐官?ほら、練習場
所とか」
「練習は私の部屋でやれば問題無いかと思いますよ。一応士官用ですから一人部屋ですし、
防音も効いてますから回りに迷惑もかけませんし。まぁ完全な趣味の範疇ですから、別に許
可も必要無いと思いますが、シフトによっては纏めて休みを取らないといけない可能性も」
「な、なんですか一体」
「駄目…絶対駄目。部隊長や姐さん。ティアナやスバルに知られるのは絶対駄目」
 グリフィスが言い終える前に、ヴァイスが目に若干ながら涙を浮かべ懇願する。
 肩に置かれた手は弱々しく、まるで、死刑執行を明日に控えた死刑囚のような悲哀を感じ
る。
「しかしですね」
「駄目本当に駄目。スバルと姐さんは…まぁセーフとしてもだ。問題はあの二人だ。あの二
人は…シンが関わると理性が豆腐みたいに柔らかくなって平気で無茶しやがる!耳に入れば
バンドは兎も角、イベントの方は確実に握りつぶされる」
「ま、まぁ…それは分かりますけど」
 ヴァイスとグリフィスは、シンに聞こえないように、声を潜め話し合う。
 背後に怒りのオーラと湛え、阿修羅と化したはやてとティアナが容易に想像出来た。
 二人は身震いしながら、シンを覗き見る。
 シンは最初こそポカンとしながら様子を窺っていたが、やがて興味を無くしたのか、グリ
フィスのキーボードを恐る恐る触り始めていた。
「兎に角だ。バンド自体は賛成なんだろ補佐官殿」
「ええ、まぁ」
「協力頼む…今度の合コン…キチンと設定するから」
「…ぜ、絶対ですよ」
 ヴァイスの言葉に咳払いしながら、並々なら関心を寄せるグリフィス。彼も一応年頃の男
の子。色恋沙汰に興味が無いわけでは無いのだ。
「オッケイだシン。話は纏まった。早速補佐官殿の部屋で練習だ」
「あ、はい」
 キーボードから慌てて顔を上げるシンの頭をヴァイスが荒々しく撫でまくる。その様子は
二人をまるで兄弟のように感じ微笑ましい物がある。
 微笑ましい光景が目の前で展開されていると言うのに、妙な圧迫感を感じどうにも不安を
隠せないグリフィスだった。

「怪しい…」
「ふぁにが?」
 口いっぱいにスパゲティを放り込み、ふがふがと意味不明な言語を喋っている。
 不思議な事に、そこにはいつも一緒に食事を取るシンの姿は見えず、少しつまらなさそう
な顔をした二人がテーブルを囲んでいた。
「アスカよアスカ。最近怪しいと思わない。今日も食事もそこそこにどっか行っちゃったで
しょ」
「そうだね。最近シン君ご飯食べるの早いよね」
 いつものシンは食べる量こそ多いが、決して早食いの類では無く、一口一口味わうように
ゆっくりと食事を取るのだ。
 だが、ここ最近のシンは、まるで何か急かされるかのように、食事を胃に放り込み二人が
食べ終わる前に席を立ってしまうのだ。
「なにしてるのかしら?」
「ふんふぇんしてるとか?」
「訓練?それなら、私達にも必ず声をかけて来るわよ」
 別段ティアナにしても、シンのプライベートまで縛ろうと言う気は無い。少し寂しいが、
シンにもシンの生活があり、そこに干渉するのは、例え仲間であろうとも筋違いである。
 ティアナは、仲間と言う言葉に暖かくも甘い響きを覚えると同時に寂しさを覚える。
 シンに取ってはティアナは、"まだ"仲間でしかあらず、特別な関係では無いのだ。 
 無いのだが、何より彼女達は苦楽を共にした仲間なのだ。そうだ仲間なのだから、仲間に
隠し事はいけない。そうこれは仲間としてのシンに対する正当な要求なのだ。
 かなり際どい三段飛ばしのセルフコントールを終え、ティアナがシンの部屋へ行こうと立
ち上がろうした瞬間、頭の上から不適な笑みと共に絶対零度の声が響いて来る。
「甘いなぁ…ティアナ」
「ぶ、部隊長!」
「ぶふぉ」
 一体いつからそこに立っていたのか。
 腕を組み天使のような悪魔の背中に阿修羅を備えたはやてが、怒りのままに仁王立ちして
いる。
 ティアナは驚きのあまり思わず過呼吸を起こしそうになるが、寸での所で何とか我慢する。
 だが、はやてはそんな事知らぬとばかりに、テーブルの上に分厚いレポート様子を投げて
寄越す。
「これは?」
「我が親愛なる密偵が寝る間も惜しんで情報を集めてくれた成果や」
 はやての傍で首に小型カメラをかけ、身の丈程もありそうな集音機器を持ったザフィーラ
とリインフォースⅡが煤けた背中を見せていた。
 何が悲しくて浮気調査紛いの仕事しなければならないのかと言った様子だ。 
「こ、これは!」
 コーディネーターも真っ青の速度でページを捲るティアナ。一ページ一ページ捲るに連れ、
眉の角度が急勾配を描き、コメカミに青筋を浮かべて行く。
 ティアナの背後に浮かんでいた小さな阿修羅像は、ティアナの怒りに呼応するように膨れ
上がり、全て読み終わる頃には立派な憤怒の化身に成長していた。
「なるほど…アスカ…ちょっとお痛が過ぎたようね」
「そう思うやろティアナ…ちょっとお灸を据えなあかんあやろ・・・これは」
「賛成です。八神部隊長。ちょっとキツイの一発お見舞いしましょう」
「「ふふふ」」
「「ふふふ」」
「「あっはっはっはっは!!」」
 悪の女幹部丸出しの高笑いに、スバルは一人食堂の隅でガクガクと震え、他の六課職員達
はドン引きしていた。