RePlus_第七幕_後編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 14:16:24

「ちっ…この馬鹿共め」
 端末には粉々に砕かれたボーンソルジャーと息を付くフェイトが映りこんでいる。
 フェイトは、疲労困憊で倒れこんだシンと茫然自失なキャロを抱え、足取りも軽く暗闇へと消え
て行った。
その様子を端末越しとは言え、スカリエッティは苦々しく見つめ、両膝を思い切り叩いた。
「流石童の考えた作戦じゃ…きっちり失敗しよったな」
「爺…お前ちゃんと見てたか。途中までキッチリ計画通りにいってたじゃねぇか。フェイト・T・
ハラオウンが邪魔しなけりゃ問題は無かったんだよ。こいつの介入は考えてなかった。只のラッキ
ーパンチだ。老木になりすぎて目まで腐ったか?」
 特徴的な赤い瞳を爛々と輝かせ、スカリエッティはアンビエントに怒りの視線を送る。
「腐っとるのは童の頭の中じゃ。ラッキーだろうがクッキーだろうが、負けは負けじゃ。そもそも
、不確定要素っちゅうか、有り得ない可能性を捨て置く考え方は関心せんの。覚えておけよ童。商
いには、往々に有り得ない話が良く起きるもんじゃ。引っ張られるなとは言わんが、頭の片隅にで
も置いておけ。質量兵器が禁じられて七十余り。時代と共に生きてきた老人の"あどばいす"じゃ」
 アンビエントの人を食ったような笑いが、スカリエッティの勘に障るが失敗は失敗である。スカ
リエッティにもう打つ手は無く、ドクターに救援を頼むしか手は残されていない。
(ムカツクな)
 そう思うが、今回の不手際を起こしたのはスカリエッティの方にある。出来る事ならば、自分の
手で事態を打開したかったが、もう四の五の言ってられない。。
 今、シン・アスカを失うわけには行かない。スカリエッティは、断腸の思いで上着から携帯電話
を取り出し端末と接続する。通常回線から守秘回線に切り替える途中、ふと、どうでも良い事を思
い出した。
「前から聞きたかったんだが…爺さん。アンタ一体幾つなんだ?」
「な、い、しょ、じゃ」
「死ねよ・・・腐れ爺」
 おぞましい迄の苛烈な怒りを飄々とした態度で受け流すアンビエントに、若干本気目の殺意をぶ
つけるスカリエッティだった。

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
第七幕"オーシャンダイバーズ-Deep Striker"後編"

「さて、作戦概要を説明します」
 フェイトから齎されたデータを参考に、はやてが発案した作戦は一つだけだった。
即ち超長距離射撃による敵炉心目掛けた、高密度多重弾殻魔力砲弾による一点撃破のみ。
それと同時に、管理局からは、高位魔道師の広域魔法による波状攻撃も立案されたが、六課側が
問題有りと指揮権限で却下したのだ。
火力によって問答無用で押し切る事も有効だが、周囲に与える影響は勿論の事、それを選択した
場合中に取り残されたシン達の命はまず無い。
 ディープホエールの魔法を滑らせる体皮を突破する為には、拡散してしまう広域魔法よりも、収
束突破する砲撃魔法の方が効率が良いのだ。
 なのはのSLBが作戦には最も理想的と言えたが問題は出力だ。
 魔力制限をかけられたなのはのSLBでは、本来の威力とは程遠くディープホエールの体皮を貫
ける程の威力は期待出来ない。数を揃えれば良いわけでは無く、一撃で目標を機能停止に追い込む
強力な火力と貫通力が必要なのだ。
 少ない時間ではやての中で目を点けたのがケルベロス弐型だった。
 聖王教会から齎された情報は正確で、はやてはすぐさま行動を開始し、研究所の実質的な支配者
であるレジアス中将が動き出す前に、はやては、騎士カリムに助力を願い、聖王教会経由が管理局
上層部に横槍を入れている隙に電光石火の情報戦を仕掛ける事に成功していた。
 情報を制するのは世界を征する。
 はやては、裏工作に逸早く気づいたレジアス中将の辣腕に下を巻いたが、今まで培ってきた"コネ
"と"人脈"を最大限活用し、実際にはタッチの差だったがケルベロス弐型の徴発権限を中将からもぎ
取ったのだ。
 結局巨大な組織において、最後に生きてくるのは個人の実力では無く、コネと権力が重要と言う
事で、はやては、未だ管理局が自分の理想とは程遠いと嘆息しながらも、協力してくれたカリムや
ハラオウン親子に頭を無言で頭を下げた。
 元々、デスティニーの研究解析を指揮していたのははやてだったが、約一ヶ月前に中将がはやて
から半ば強引に指揮権を奪った件もあり、体外的には貸し借り無しと言う形で落ち着いた。
 どう考えてもいらぬ敵を作った感はあったが、はやては、今は作戦成功まで考える結論を保留し
た。
 はやては、表情を引き締め、リインフォースⅡと共に輸送ヘリからディープホエールの狙撃地点
であるアシタカヤマ山頂の展望台に降り立った。
 山頂付近とは言え標高もあまり高く無く、距離も数キロ程度しか離れていない上に入り江からは
丸見えだ。
 狙撃ポイントとはしてあまり立地条件が宜しく無い。
 だが、ディープホエールをおびき寄せる為の入り江が一望する事ができ、ケルベロス弐型を設置
出来る場所などそもそも限られている。
 リインフォースⅡが地形データや測量結果を下に、最もベストだと判断したのがこの場所だった。
 既に現地職員達の手で人払いが済んでいるのか、辺りは機材を運ぶトラックの音とヘリのロータ
ー音しかしない。
 大型の輸送ヘリがケルベロス弐型の狙撃システムをピストン輸送し、決して広く無い展望台は整
備員達が動き回り、まるで、月末のオフィスの用にごった返している。
 そんな中を、下界の喧騒とは無縁とばかり月明かりがケルベロス弐型の異様を照らし、その下で
六課隊員達が厳しい顔付きで待機していた。
 制服姿のはやてが、厳しい瞳で影達に厳かに告げる。
「では、まず、不特定生物群第六号"ディープホエール"の武装隊との交戦データと解析結果を踏ま
え判明した敵の詳細を知らせておきます。ディープホエールの体皮には特殊な粘液がコーティング
され、魔力を"弾く"性質を持っています」
「弾くですか、主はやて」
「そうや、シグナム。薄く引き延ばされ皮膜処理されたAMFと考えても問題無いわ。魔力を表層
面で掻き消すと同時に受け流す性質を備えてる。それが、武装隊の人らには滑ったように見えたん
やろな」

 中空にウィンドウが出現し、ディープホエールの”詳細”なデータが投影される。
「作戦は簡単に言えば、待ち一辺倒。目標が狙撃地点に入ると同時にこれで狙い撃つ」
「…これって…ティア」
「そうね…アスカのね」
 ティアナとスバルが何とも言えない表情を浮かべ、ケルベロス弐型を見上げる。
あの時は炭化した本体の方にばかり目が行っていたが、この銃は間違いなく鉄の巨人の物だ。
 ケルベロス弐型は、デバイス化されているとは言え、ミッドチルダでは禁止されている質量兵器
の類だ。
 巨大な砲身は見る者を萎縮させ、身に秘めた圧倒的な殺傷能力を引鉄一つ引くだけで赤ん坊でも
行使出来た代物なのだ。
 ティアナは、恐る恐るケルベロス弐型に触れると、金属のひんやりとした感触が下腹に直に伝わ
るようで思わず身震いしてしまう。
「ケルベロス弐型の魔力充填時間は六百秒。その間は皆にはどんな事をしてもでも、ディープホエ
ールの攻撃からケルベロス弐型を護ってもらわなあかん。目標の陽動に戦力の大多数を割くから、
魔力充填中はケルベロス弐型は殆ど無防備になるはずや」
「でも、それならチャージしてから撃てば問題無いんじゃ」
「やろう思っても技術的にな…砲身が多分もたへん。皆見たら分かるように、ケルベロス弐型は野
戦仕様やあらへんし、ロールアウトしたばっかりのピカピカの新人さんや。その上、運用試験も済
んで無いから、信用性ゼロでどんなトラブルがあるかもわからへん。魔力を充填し始めれば、この
場で最も魔力密度が高くなるのはケルベロス弐型や。こちら側の切り札が、向こうにとってみれば
逆に格好の獲物に早変わりと言う訳や」
 沈黙に耐えかねたエリオが発言するが、はやてにやんわりと諭される。
「しかし、主はやて。そんな危険な物をアスカやテスタロッサの救出に使うのですか」
「ディープホエールが自壊するタイムリミットは刻一刻と迫ってる。目標が自壊した場合、周辺地
域の与える被害は全くの未知数や。何も起こらへんかもしれんへんけど、いつかの空港火災のよう
に大災害を起こす可能性もある…当然中のアスカさん達諸共な…高位魔道師達による波状攻撃も誘
爆の危険性の点から言えば同じ事や」
 ゴクリと喉を鳴らしたのは果たして誰だったか。場は静まり返り誰も発言しようとしない。
「…おびき出す方法はあるんですか」
 エリオは、場の空気に呑まれまいと、自らを鼓舞するように発言する。
「当然ある。目標は、崩壊する体を食い止める為により魔力を求めてるのは分かってる。なら。餌
を用意したれば食いつくはずや」
「じゃあ、シン君達が飲み込まれたのは」
「フェイトちゃんは現役のS級魔道師。アスカさんもキャロまだ未熟とは言え、その身に眠ってる
内在魔力は素晴らしい物がある。三人ともディープホエールにとっては、目の前にぶら下げられた
人参宜しく格好のご馳走やって事や。私達が狙われんかったのは、陸に居たか居なかった…それだ
けやろな」
「じゃあ、工場の人たちが吐き出されたのは」
「単純に魔力を混めたカードリッジの方が餌として好ましかったって事だと思われますですぅ。恐
らく…同じ魔力を持つ物でも、純度の高い方を好んでいるだと思います」
「なるほど…では、その特性を利用しておびき寄せると」
「そうや、シグナム。現在武装隊がロストロギア"レリック"を使用し、ディープホエールをこの入
り江に誘導中。もう二、三時間で接敵するで」
「レリックを…はやてちゃん、正気?」
 聞いてないとばかりに、なのはは、無言のまま厳しい表情ではやてを見つめる。
 なのはの懸念も当然の事で、もし、途中でレリックをディープホエールに捕食されるような事が
あれば、作戦云々の問題では無い。

「魔力代替物として、これほど高密度高純度の物は他にはあらへんし、餌として一級品。誘導役に
は、武装隊一個中隊を付けた。彼等の腕を持ってすれば、それ程難しい任務やとは思わへん。彼等
には、レリックを入り江に誘導完了すると同時に、即座に作戦領域を離脱して貰うように言うてる
しね」
「分かった…はやてちゃんを信じるよ」

「私より武装隊の人たちを信じたって。現在進行形で一番危険なのは、レリック運びながらディー
プホエールと戦ってる彼らやし」
「そうだね…ごめん」
まだ納得が行かないのか、それとも前の職場の同僚達の安否を気遣っているのか。
 なのはは、不承不承と言った様子でその場を下がった。
 確かに誰が任務に当たっているから知らないが、武装隊は管理局の凄腕が集められた精鋭部隊だ
。積極的に攻撃を仕掛けない囮役ならば、彼等の実力を考えればお釣りが来るだろう。
「なら、具体的な作戦を説明しょうか。リイン、頼むな」
「はい、ですぅ。皆さん、こちらを見て下さい」
 リインフォースⅡが手元の端末を操作し、前線基地を中心とした周辺地図を表示する。
「今私達が待機している場所。アシタカヤマ山頂展望台がケルベロス弐型の設置ポイントです。こ
こから、入り江内に誘導されたディープホエールを狙撃しますですぅ。尚、設置後ケルベロス弐型
は完全な固定砲台となる為移動は出来ません。各員アシタカヤマの位置にしっかり気を配って下さ
いですぅ。ケルベロス弐型魔力充填完了と同時に目標の機関部を狙撃、敵機能中枢を撃破します。
目標の活動停止を確認の後、遊撃隊が目標体内に取り残されている"かも"知れない民間人救出に向
かいます。以上が作戦行動の一連の流れですね」
「あれ…でも、工場の人たちは全員無事じゃ」
「スバル…アンタねぇ」
 ぽかんとし、頭の上にクエッションマークを浮かべるスバル。ティアナは気まずそうにスバルの
頭を小突いた。
「まぁ…一応組織としての建前もあるし。身内助けるのに為だけに「全力全開!」はやっぱ不味い
やろ」
「…ごめんなさい」
 しゅんとするスバルにはやても思わず苦笑いを漏らす。
 何処の組織も救助に関しては、基本的に身内は後回しにするのが通例だ。
 当然管理局もその範疇に漏れる事は無く、身内の為の部隊を動かす事は殆ど無い。
「それじゃあ気を取り直して…それではポジショニングを発表しますですぅ。まずは砲撃手担当ヴ
ァイス陸曹」
「うぃっす」
「ケルベロス弐型は、ヴァイス陸曹のストームレイダーのFCSユニットを流用してますので、普段と
同じように使って下さい。後、高密度多重弾殻魔力砲弾、以下HDB弾と呼称します。HDB弾は、
地磁気や大気中の魔力流量を大きく変動させます。ですが、弾道計算や誤差修正は、私達通信班が
リアルタイムで修正補助しますので、ヴァイス陸曹は目標をセンター入れてスイッチで問題無いで
すぅ」
「了解」
「次に砲撃補助兼遊撃部隊。ライトニング分隊からシグナム副隊長、エリオ三等陸士の二名。スタ
ーズ分隊からヴィータ副隊長、スバル二等陸士の計四名です。後は直援にザフィーラさんの計五名
で任務に当たってもらいますですぅ」
 暗闇の中「了解」と声が響く。
「そして、砲撃補助。これは、なのはさんとティアナに担当して貰います。両名とも作戦開始と同
時に、陸士武装混成部隊を指揮し目標に向けて魔力弾による波状攻撃を敢行。弾幕を張って時間を
稼いで貰いますですぅ」
「この時シャマルは、ケルベロス弐型の直援に回って貰うとして。こっからは注意事項やけど。本
作戦において管理局上層部は、高町一等空尉の魔力制限を一時的に緩和する処置に踏み切りました
。これにより、高町一等空尉の魔力制限が一等級分緩和されます」
「えっ…本当」
「ほんまや。それだけ上の人達も事態を重く見てくれたと言う事や」
「…出来るなら全部解除して欲しいんだけどな」
「同感や」

 溜息を付きながら苦笑しあう二人。自分達の魔力制限が解除されれば、作戦の成功率は大幅に上
がるだろう。
 ディープホエールが自壊すれば、何が起こるか分からないと言うのに、管理局の勇み足っぷりに
は歯痒いにも程がある。
「では、各部隊の現場指揮者ですが、なのはさんは、武装隊を。ティアナには陸士部隊の砲撃指揮
を執って貰いますですぅ」
「了解だよ」
「ちょっと待って下さい。わ、私が指揮するんですか!こんな大部隊を!」
 しれっと言ってのけたはやてだが、ティアナにして見れば寝耳に水も良い所である。
 大規模な作戦行動になる事は知っていたが、一魔道師として参加するのと、一指揮官として参加
するのではまるで重みが違う。
「そうや。基本的に武装隊の人たちは空の人達やから、陸士部隊の指示は同じ陸士の方が出し易い
やろ色々と」
 確かに空士と陸士では基本的な戦闘方法がまるで違う。
 陸士と空士で基本的に下位互換が成立し、空士は陸士の戦い方は出来るが、陸士は空士の戦い方
は決して真似する事が出来ない。
 地面を這うように戦う陸士と大空を舞うように戦う空士では、そもそも戦闘時の目線からして違
うのだ。
三次元的発想と言うのだろうか。
足元を含めた全方位の全てが戦場である空士にとって、重力に縛られ地面をみっとも無く抗う陸
士は、大空を自由に舞う人間から見れば憐れに思える事だろう。
 空士が陸士を揶揄する理由は、こう言った差別意識が元になっている。
「出し易いってそう言う問題じゃ…それに私は高町教導官のように空を飛べませんし、スバルみた
いに位置保持系の魔法も使えません!」
「ああ、それな。それは問題あらへんから心配せんでええよ。ちゃんと考えてあるから」
「えっ…は、はぁ」
 考えてあると言われても、一抹の不安を拭えないティアナだった。
「まぁ難しく考えなくていいよ、ティアナ。いつもの通り、スバル達に指示出すつもりでやればい
いだけだから」
 狼狽するティアナに見るに見かねたのか助け舟を出すなのは。作戦直前にいきなり大部隊を指揮
しろと言われても心構えは出来ていないだろうし、無理からぬ反応である。
 だが、これから六課は"普通"で無い作戦を普通に行うと言うのだ。
 これ位の常識は鼻で笑って受け流して貰わねば困るのだろう。
 それはなのはがティアナに寄せる期待の表れ以外何物でも無い。
「でも…」
 なのはは、簡単に言ってのけるが、総勢二百名の陸士部隊に指示するのと五名そこそこの六課フ
ォワード陣に指示するのでは規模も練度も違い過ぎる。
 巧く出来るだろうかと思う以前に、出来るわけが無いと思う気持ちが先に出てしまう。
「心配せんでもティアナがやる事は、狙う場所とタイミングを皆に指示するだけや。各部隊の念話
の中継はリインがやってくれるし、ティアナがここやと思ったタイミングで発砲許可を出せばええ。
…安心し。ティア…私は貴方を信じてる…お願いな」
 信じている。
 その言葉でティアナの中で何かが切り替わった。月明かりの下ではやてと誓い合った約束は嘘で
は無い。
 八神はやてはシンを必ず助けるとティアナに誓った。ティアナもそんなはやてを助けると誓った。
 皆の前では決して弱気を見せる事が無かったはやてが、ティアナにだけ見せた弱い心。
 彼女は確かに自分の事を助けてと言った。その思いに答える為にも、ティアナだけしり込みして
いる訳には行かなかった。

「…はい!」
 顔を引き締め背筋を伸ばし堂々とした態度で敬礼するティアナ。
(ねぇ…ティア…さっき部隊長…ティアの事ティアって呼んだけど…何かあったの)
(…内緒よ)
(むぅ、なにそれ)
(はいはい。剥れない剥れない。作戦終わったらアスカと一緒にアイス奢ったげるから、ねっ)
(私食べ物ばっかりで釣られないよ……約束だからね)
(はいはい)
(五つだからね)
(五つでも六つでも幾らでもいいわよ)
(むぅ)
 スバルは、何だかはやてに親友を取られた気がして気が気では無い。本人は気が付いていないが、
頬を膨らませ剥れてしまっている。
ティアナは、可愛く拗ねてしまった年下の相棒に忍び笑いを漏らし、作戦へ向けて気持ちを切り
替える。
「さて、最後のポジション。魔力充填作業は私八神はやてが直接担当します」
「はやて?」
 てっきり専用のカードリッジがあると思っていたのだろう。
ヴィータが、理解出来ないと言った表情で呆けた表情ではやてを見つめる。
それを見たなのはが「ああ、やっぱりそう思うよね」と頭を抱える。
「さっきも言った通り、この子は産まれたばっかりの新人さんなんやで。当然カードリッジ何か無
いし。戦艦からコード繋いで充電するわけにもいかへんやろ…そうなるとほら」
「ほらって…主はやて…」
「私が直接ビビビって魔力込めるしか無いかなぁって…やっぱあかん?
「「「あ、あほかああ」」」
 気まずい沈黙が流れ、深夜の展望台に六課の面々初め、主にヴォルケンリッターの怒声が響き渡
る。
「な、何考えてるんですか、はやてちゃん!小さなカードリッジに魔力込めるとは訳が違うんです
よ」
「心配せんでも一回試したから」
「そう言う問題じゃありません。カードリッジ一つ作るだけでも、物凄く疲れるんですよ。こんな
大きなデバイスに魔力込めたら、文字通り体力と魔力を根こそぎ持っていかれますよ…」
「…まぁだからその、出来れば一発で仕留めて貰わないと…私壊れてまうかなぁって…あっ何か今
の発言エッチっぽいね」
「はやて…ちゃん…」
 無理におどけてみせるはやてには、もうシャマルの言葉も届か無いのだろうか。
恐らくそうなのだろう。
補助専門の魔道師のシャマルだからこそ理解出来る。
はやてがやろうとしている事は無謀以外何物でも無い。
そもそもカードリッジの魔力封入作業は幾つもの工程に分けられ、それぞれの作業が細緻を極め
た儀式なのだ。
 カードリッジを握り魔力を込めるだけならば誰にもでも可能だが、誰にでも加工出来る"魔力"と
して封入する為には熟年の職人を思わせる技術が必要だ。
 魔力等級が高ければ、良いと言う物では無い。
 過剰な魔力供給は確実にはやてのリンカーコアを傷つける。
 魔力供給の制御を誤れば、最悪の場合、八神はやての魔道師としての命は終わる事になるかも知
れない。
 元々プログラム体である自分達は構わない。
 この命がいつ尽きようとも、主の為ならばいかほども躊躇わない。
 だが、はやて自身はどうだろうか。
 疑問に思うが、幾ら説得を試みてもシャマルの言葉はもう届かないのだろう。そう確信出来るだ
けのはやてから決意を感じる。
 シャマルが何より不安に思っている事は、はやてが作戦を成功させる事を露ほども疑っていない
事だ。
 はやては、シンもフェイトもキャロも、全員助けて問答無用の大団円に持っていくつもりなのだ。
(いつからこうなったんでしょうか)
 果たしてシャマルが知る八神はやては、こんな少女だっただろうか。
 一度言い出したら聞かない所は同じだが、今のはやてはシャマルの記憶の中にあるはやてと根本
的に違うような気がしていた。
「せやから、考えようによっては、作戦で一番危険なのは、ヴァイス君と私って事になるかもね」
「マジっすか」
 シャマルの憂鬱を他所にミーティングは進んでいく。
 はやての言葉に思わず本音が出るヴァイス。自分が誤射しなければ問題無いのだが、考えて見れ
ば敵はより高純度の魔力を求めて来るのだ。
 はやて程の魔道師が、その身に宿る全魔力を開放すれば、ディープホエールは、まず間違いなく
自分達を狙ってくるだろう。
 ヴァイスはディープホエールの異様を思い出すと、思わず胃が痛くなった。
「なのはちゃんとティアは、向こうに各部隊の責任者待たせてるから、フォーメーションの確認を
お願いな。それ以外は別命あるまで待機しておいて下さい…では、一旦解散です」
 月明かりの下で静かに敬礼の音が響いた。

「緊張してるん」
「部隊長?」
「二人の時は、はやてさんな。はい、りぴーとあふたーみー」
「はやて…さん」
「はい、おっけい」
 ミィーティングを終え、簡易テントの下で鋭気を養っているィアナの元に、騎士甲冑を着込んだ
はやてが声をかけてきた。
 珍しいと言うべきか、ティアナは、はやてのバリアジャケット姿を今日初めて見た。
 背中から左右二対の漆黒の羽が生え、白と黒を基調とした甲冑姿のはやては、夜の闇に良く映え
る。騎士杖シュベルトクロイツが、月の光に反射し美しく黄金色に輝き、微笑を浮かべさえする夜
天の王の戦装束は美しかった。
「準備終わった?」
「はい…今し方」
 ティアナの足には、見慣れない足甲が装着されている。白と青のツートンカラーで構成され、部
分的ではあるが、シンのバリアジャケットに良く似ていた。
「それには、アスカさんの十八番って言うか殆どオリジナル魔法やね。この足甲は、設置圧操作と
摩擦係数操作の魔法が入ってるデバイスや。魔力を通すだけでティアナの足に自動的に魔力付加さ
れる。これで海面を滑る事が出来るはずや」
 ティアナにしてみれば、設置圧と摩擦係数を操作しただけで、どうして海面を歩く事が出来るの
か不思議だったが、実際に試して見ると足甲は問題無く動作した。
 設置圧操作の魔法は、海面を歩くと言うより、滑ると言った感じで、ローラースケートの感触に
近いものがある。
 足甲は重心操作で駆動するのだが、クロスミラージュの補助もあってか操作性も悪くない。
 これならば、十分に実戦に耐え切れるはずだ。他の陸士達も同型のデバイスを携帯し、作戦に備
え待機しているはずだ。
 ティアナは履き心地を確かめるように、地面を何度も踏みしめ腰元のクロスミラージュに手を伸
ばした。
 普段は差して感じる事も無い、クロスミラージュのズシリとした重量感。
 自分の指揮で作戦の成功率が左右されると考えると、胃が重くなるようだった。
「その…」
「うん?」
「随分無茶な作戦を立てましたね」
 はやては、ティアナの隣に座り微動だにしない。ただ黙って月とティアナを交互にチラチラと除
き見ている。ティアナの方が沈黙に耐えられないのだろうか。
 先ほどから、落ち着かない様子でそわそわしている。
 緊張しているのはティアナも同じだが、総指揮を取り全責任をその見に背負うはやての重圧は想
像する事すら出来ない。
 何か話題をと考えたティアナだが、口から出たのはよりにもよって作戦の事だとは、自分の堅物
さに思わず呆れてしまった。
 短くなった髪を左手で弄り、気の効いた事を言おうと頭の中で必死に考える。
 しかし、焦れば焦る簿度気の効いた事とは正反対の言葉しか出てこないのだ。
「心配せんでええよ」
「はやて…さん?」
 はやては、ティアナの狼狽具合に苦笑しながら一人静かに立ち上がる。
 月光を背に微笑を浮かべるはやては、同性から見ても背筋が震える程美しい。
「三人は助ける…私の命の代えても…な」
 ティアナに微笑みかけるはやての笑顔は淡く儚い。
 夜天の王は、触れれば壊れてしまいそうな脆弱な笑みを浮かべ、はやての悲痛とも言える決意に
ティアナは何も言い返す事が出来なかった。

全身に力が入らず、意識が定まらない。
 限界を超えて酷使した体は、一時の休息を寄越せと雇用主にストライキを起こしていた。
 だた、感覚だけは研ぎ澄まさるように、脳の覚醒状態は未だに続いているようだ。
 空気の滞留。
 血液の流れ。
 全身の汗腺から湧き出る微量の汗。
 本来ならば知覚するだけで、脳が処理限界を超えそうな事象がシンの頭に流れ込んでくる。
(体が熱い)
 全身を襲う疲労感と酷い頭痛に苛まれながら、まるで、卵から生まれ出る雛鳥のようにシンは
ゆっくりと目を覚ました。
 今までSEEDを自発的に発動した事は数あれど、立てない程疲弊した事は久しく無い。
 体内に生まれたリンカーコアがSEEDに影響を及ぼしたのか、元々このような現象だったのか。
 元々シンが"SEED"と言う言葉を知ったのは、敗戦後治安維持軍に出向してからの事だ。
 新兵検査を受けた際、モルゲンレーテ系列の技術者にレクチャーを受け、大まかな概要だけは
知る事が出来たがそれだけだった。
 キラ・ヤマトやアスラン・ザラに聞けば何かしら分かったかも知れないが、既に彼らは地球権
を治める中心人物となっており、一兵士にしか過ぎないシンとは立場も身分も違い過ぎた。
 結局彼らからSEEDの事を尋ねる機会は終ぞ訪れなかったが、シンにとってはどうでも良か
った。
 シンに取ってSEEDとは、道具以外何物でも無く、その身に宿った稀有な素質と言う自覚す
ら無い。
 精々生き残る為、戦い続ける為の便利な道具程度の認識でしか無かった。
 当時、いつ死んでも構わないと思っていたシンに取ってはどうでも良い事だった。
 "生"の実感を掴めない代わりに"死"に対し鈍感になったシンが、戦う才能を開花させたのは運
命の皮肉だろうか。
 本人が斜に構え、現在を否定し、鬱屈した思いを掲げようとも、シン・アスカの類まれなる戦
士としての資質は彼を裏切らなかった。
 幾度と無く死線と超え、どんな困難な戦場から生還する彼は、まさに兵士の鏡であり、理想的
な戦士、例え錆付き折れていようとも平和の為の"剣"であった。
 生きる事は地獄である。 
 しかし、シンの持つ資質が死ぬ事を許さない。
 絶望と言う死に至る病すら彼に安息を与える事は無かった。 
 だが、今はどうだろうか。
 昔程、絶望していない。
 昔程、悲しんでいない。
 では、昔程、戦えているだろうか。
 答えはまだ得ていない。
 只、子供のように頑張ろうと誓った。護ろうと一緒に誓ってくれた仲間が居る。
 それだけだ。
 それだけだと言うのに、今の自分が悪くない。
 そう素直に思える自分が居る。 
 不思議だった。
 あれ程鬱屈し疲弊した心が、今はそれ程重く感じ無い。
 何故だろうか。
 何故と自らに問いただす程に、誰かの顔が浮かび消えて行く。
 水面に落ちた飛沫のように、壊れた映写機の断片的に断続的に続き、しかし、極彩色の煌きを
放ち散っていく。
 頭の後ろに感じる柔らかい感触を感じ、シンの意識は次第に現実へと浮き上がって行った。

「起きた?アスカ君」
 焦点の合わぬ瞳が次第に実像を結び、赤い瞳がシンを覗き込んでいるのが見え始める。
(覗き込んで見える?)
 妙だなと、シンは自身の言葉をゆっくりと反芻すると、自分が置かれている状況が理解出来た。
頭部に感じる柔らかい感触はフェイトのフトモモで、覗き込んでいる優しそうな顔は当然フェイ
トの物だ。
 額に添えられている手は、恐らく彼女の物だろう。
 ならば、ここから導き出される解は至極単純な物だった
 シン・アスカは、フェイト・T・ハラオウンに膝枕されている状況なのだ。
「う、うあああ!」
「はい、まだ駄目。アスカ君も結構重傷なんだよ」
 動揺し大声を上げ慌てて飛び起きたシンの頭をフェイトの両腕が捕らえ、フトモモの上に押さ
えつける。
 その細腕のどこにそんな力が秘められていると言うのだろうか。
 後頭部に感じる柔らかい感触と甘い香り。
 そして、万力のように額を押さえつけるフェイトの膂力にシンは天国と地獄を僅かながら垣間
見ていた。
 結局アレやコレやと妙な攻防戦の末に、シンは、フェイトに押さえ込まれ膝枕の位置に甘んじ
ていた。本当は気恥ずかしので、直ぐにでも逃げ出し気分だったが、フェイトがそれを許さない。
「俺一体…どうなって」
 ボーンソルジャーと戦っている時の記憶がどうにも曖昧で、シンは困惑仕切った声を上げる。
 勝ったのか、負けたのか。それすらも記憶に無い。
「大丈夫…皆無事だよ」
 シンの意図を読み取ったのか、フェイトが気遣いの視線を送ってくる。
(そりゃそうか)
 シン自身馬鹿な事を聞いているのは十分自覚している。実力で遥かに劣るシンが生きているの
だから、フェイトが死ぬはずも無い。
 フェイトが生きていれば、キャロに危険が及ぶ事など有り得ないのだから、これでは順番があ
べこべである。
 シンは苦笑しながら、視界の隅に小さな寝息を立てているキャロを収めた。見た感じ何処にも
怪我は無く健康そうだった。
(良かった…)
 シンは心の底から安堵し息を付いた。
 キャロはマユでは無い。
 それはシン自身キチンと分かっている。
 悲しい話だが、死んだ人間はもう蘇らない。
 しかし、シンがキャロにどんな思いを抱いているにせよ、小さな子供が死ぬ光景は二度と見た
く無いのだ。
 焦げた肉の匂いも、千切れ飛んだ手も、絶叫を上げる自らの声も、その全てがシンに取って最
大級のトラウマなのだ。
 例えあの場でフェイトが間に合わなかったとしても、四肢を失くし、命を断たれる事になろう
とも、キャロだけは逃がすつもりだった。
「…アスカ君が頑張ったおかげなんだよ」
「そんな…俺なんか…まだまだです」
「自分を過小評価し過ぎ。後、自分を必要以上に卑下しちゃ駄目だよ。アスカ君が居なかったら、
あの人数でしょ。私だけじゃ対処出来なかったんだから」
「でも、俺がもっと強ければ」
「はい、ストップ。ストイックな態度は嫌いじゃ無いけど。イジケ虫君は私嫌いだな」
「別にイジケて何か」
「はいはい」
 不貞腐れるように視線を切るシンにフェイトは忍び笑いを隠せない。
 シンは、器量も悪くない。血の様に赤い瞳も見方によっては、神秘的な輝きを秘めていると言
っても問題ない。

 陶磁器のように白い肌は、同じ女性から見えても羨ましく映るものだ。  
 性格も少々ぶっきら棒な点を除けば、勤務態度も真面目だし何より誠実だ。
 どうやら昔は相当聞かん坊でやんちゃだったらしいが、今は落ち着いている。
 飽く迄フェイトの個人的な意見だが、男性は少々欠点があった方が好感が持てる。
 何でも出来る人は、それはそれで素晴らしいが世話焼きでお節介な彼女はそれでは物足りない
のだ。
(う~ん。もうちょっと何だけどなぁ)
 幼馴染の親友と期待の新人が熱を上げるのも分からないでも無い。
 シンは、もう抵抗する気は無いのか、瞳を閉じフェイトに体を預けている。だが、体に入った
力を見る限り緊張しているようだ。
 フェイトは、たかだか膝枕程度で大げさなと硬直したシンに苦笑する。やがて、本当に疲れた
のか飽きて眠ってしまったのか。
 シンの体から力が抜け静かな寝息を立て始めた。
(…頑張ったサービスね、アスカ君)
「エリオも最初の方もこんな感じだったかな」と昔を思い出しながら、眠ったシンの髪を撫でる。
 汗と潮気でゴワゴワしていたが、不思議と撫で具合は悪くない。
「・・・さん」
 寝苦しくて起きたのだろうか、寝ぼけた様子のキャロが目を擦りながら、ごにょごにょとなに
やら口篭っている。
「おいでキャロ」
「…はい」
 やはり、寝ぼけているのだろう。キャロはフェイトに促されるままに膝に頭を乗せ、そのまま深
い眠りについて落ちていく。
 膝の上で、穏やかに顔をして眠りこける二人と見ていると、フェイトは自分がズルをして母親に
なったような気がした。
 順調に行けばもう間も無く、はやて達によるフェイト救出作戦が始まるはずだ。
 いや、もしかしたら救出作戦とは名ばかりの殲滅戦が始まるのかも知れない。
 フェイトの予想が確かならば、事は六課だけに留まらず、確実に管理局上層部にまで及んでいる
はずだ。
 あまり悪い想像ばかりしたく無いが、これが現世と今生の別離となるかも知れなかった。
 フェイトは、静かに二人の額に手を当て瞑目する。
(今は信じるしか無い…よね)
 出来うる事は全てやった。よしんば有ったとしても、傷ついた二人を抱えて何か出来るとは思え
ない。
 避けれえぬ結末がもう間も無く迫っているのなら、せめて彼らだけでも助けよう。
 例え自らの命が尽きようとも、フェイトは、一人静かに決意を固めていた。

「クッシュン!」
「風邪かエリオ」
「いえ…」
「カァ…」
 時を同じくして、エリオも来るべき作戦の為に供え一人英気を養っていた。山頂から降りてくる
風は冷たく雲の流れが妙に速い。
月と星がエリオに何か伝えるように、忙しなく瞬いている。幻想的とも非現実的共とも思える曖
昧な空間で、エリオは膝に抱えるフリード体温だけ現実のように思えた。
 幼い騎士から溢れる気は真冬の大地のように冷たく鋭い輝きを秘めている。
養母と同僚で有りガールフレンドが得体の知れない怪物に人質に捕られているのだ。
無理からぬ反応と言える。
 きっと、責任感が強く正義感溢れる幼い騎士は、今無力感に苛まれているのだろう。
(気負っているな)
 そう感じたシグナムだが残念な事に、話すよりも拳で語る方が得意な剣の騎士は巧く言葉を紡げ
ない。
 シグナムとエリオは、ライトニング分隊で部下と上司の関係だが、実はそう面識がある方では無
い。
 フォワード陣の教導は、なのはやヴィータが付きっ切りだし、個人の教導もシン以外相手をした
事が無いのだ。
(困った…)
 シグナムは、シン相手ならばごちゃごちゃ考えなくとも、剣と剣を交えれば大抵の事は何とかな
るのだと思いながら、眉間に皺を寄せる。
 只でさえエリオは多感な時期だ。何気無い一言が、エリオにどんな悪影響を与えるか分かったも
のでは無い。
 長い年月を生きて来たシグナムだが、流石に母親になった経験は無く、どう声を掛ければ良いも
のかと、会話の糸口さえ掴めず、手持ち無沙汰にレヴァンティンを顔の前で弄っている。
 その仕草を見たエリオが静かに忍び笑いを漏らした。
「どうした?」
「いえ…なんでも無いです」
 何が可笑しいのかエリオは、微笑を崩す事無くシグナムを見つめ続けている。
「どうした、言いたい事があるなら言ってみろ?」
「副隊長…変わりましたか?」
「は?」
 シグナムは訳が分からないと言った様子で目を白黒させている。
「なんだ、突然藪から某に」
「すいません。何となくそう思いました」
 エリオは、立ち上がり、崖の方に向かって歩き出す。崖下から吹き上げる風が、エリオの緋色の
髪をかき上げ、空へと昇っていく。

「今だから言いますけど…会ったばかりの副隊長は、何か冷たそうな雰囲気があって、話しかけ難
かったです」
「そ、そうか・・・」
 エリオはシグナムに背を向け夜空を見上げ話し出す。
 そして、同意するようにフリードが一声鳴き、エリオの肩へと身を降ろす。
シグナムも分からないでも無いと嘆息しながら、夜空を見上げた。
 自分で言ってしまうのも情けない話だが、シグナムも自身が社交的な性格であるとは思っていな
い。
誘われれば飲み会にも顔を出すし、必要とあれば気を利かせたりもする。
 しかし、そこには常にドライな感情がついて周り、彼女が持つ温かみを感じるには、余程深く付
き合わねばならない。
 エリオもシグナムがどう変わったのか、具体的には説明する事が出来ない。
 物腰が柔らかくなったとか、笑う事が増えたとか、取ってつけたような変化は幾らでも口にする
事が出来る。
 エリオが変わったと思った事は、シグナムの心底、もっと深い部分の事だ。
 それを噛み砕いて巧く説明するには経験も知識も足りない。
 だが「変わった」と素直にそう思える事は出来た。
 それは子供ならではの本能にも似た直感が為せる感性だ。
「今はどうだ?」
「少しだけとっつき易くなりました」
「随分な言われようだ」
 シグナムは苦笑いしながら、エリオの頭に手を乗せる。
「…シグナム副隊長」
「…なんだ」
「フェイトさんも、キャロも、当然シンさんは生きています」
「当たり前だ。テスタロッサも付いている、あの三人がそうそう簡単に"倒される"はずが無い」
 倒される。
 死ぬはずが無いと言わなかったのは、果たしてどちらに対する配慮だったのだろうか。
「だから…僕達六課が必ず助けます…いえ…助けて見せます」
 振り返ったエリオの瞳には、雄々しく激しく見る者を圧倒するような雷が宿っていた。
 拳を握り締め、決意新たに高らかに宣言するエリオ。そこのは、もう迷いや気負いと言った負の
感情は無く、只一振りの剣のように静謐な決意があるのみだ。
「そうか」
「・・・はい」
 慰めるつもりが、逆に気を使われたのだろうか。
 この年頃の子供は、大人が思っているよりもずっと成長が早いのかも知れない。そう思うシグナ
ムだった。

「ホッ!セッ!ッハ!」
「スバル…作戦開始前にそんなに気張ると、本番でバテちまうぞぉ」
「張り切るのも良いけど程ほどにしなさいよ」
「了!解!で!す!」
 指揮車両の傍で、なのはとヴィータが止めるのも聞かず、シューティングアーツの基本動作を飽
きる事無く繰り返すスバル。
 拳打から蹴打を放ち、流れるような動作で体を沈めアッパーカットを夜空に打ち上げる。
空手の歩法とマーシャルアーツを足して二で割ったような独特なステップで円を刻み、何かを振
り払うように黙々と打ち込んでいる。
「止めなくていいのか?」
「なんで?」
「何でって…そりゃ」
 作戦前だと言うのにスバルは、全身汗だくで既に一戦交えたような様相を見せている。
「落ち着かねぇのは分かるけど。今からあんなんじゃ本番もたねえんじゃ無いか?」
「空元気も元気の内ってね。何かして落ち着くんなら、それで十分だよ」
 なのはは、足を組み、顎を右手に乗せ、リラックスした様子でスバルを見つめている。
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ、ヴィータちゃん」
「子供扱いすんなよ」
「ごめんね」

 なのは、無意識にヴィータの頭を撫でる。
 ヴィータは口でこそ怒っているが、なのはにされるがままに頭を撫でまくられている。
 作戦時間が迫るにつれ、なのはは不思議な感覚を覚えていた。
 はやては、皆に終ぞ伝える事は無かったが、作戦成功率は概算で8.2%。
 これでも、あらゆる可能性を好意的に解釈した随分緩めの数字なのだ。
 本当の成功率は、見つめるだけで頭痛を通りこし過呼吸を起こす程に壮絶な数字だ。
 上層部が良くコレで認可したのかと思う程不思議な数値である。
 基本的に魔法的解決<力ずく>が好きな管理局において、今回のような魔法その物が封じ手の作
戦は前例が無い。
 前例が無いと動けないのが組織と言う物で、責任の所存含め巡り巡って漸く六課にお鉢が回って
きたような物だ。
「グズグズ考えても仕方無いよね」
「まぁな。とどのつまり、あたし達も力ずくが好きな人種だからな。はやての作戦は、説得云々よ
りも余程分かり易いよ」
「用は成功させれば万々歳だからね。深く考えても仕方無いかなって」
 結局は出た事勝負なのだと、なのはもヴィータも忍び笑いを漏らした。
 なのはにしても、最初は心臓が高鳴るどころでは無く、爆発しそうな程緊張していたのに、今は
台風が去った後のように心は不思議と落ち着き払っている。
 六課の皆を信じていると言えば聞こえは良いが、本当の所、自分自身ですら理由が分からないの
だ。
 高町なのは天才だ。
 弱冠九歳において初陣を飾り、飛翔魔法を手足の扱う管理局のエース。
 頭に血が昇ると過激な行動を取る事が多いが、自他共に認める天才だ。
 だが、天才だからと言って欠点が無いわけでは無い。天才故の欠点。その有り余る才能故に、な
のはは人を"無意識"に格下に見てしまう事が多い。
 自身が犯した失敗を部下に味合わせたくない。
 なのはの教導がしつこい程安全に拘るのはその為だ。
 無論なのは、自分が間違っているとは露ほどには思っていない。
 だが、なのはの考え以上に尊重する気持ちがあるのも確かだった
「なんだろうなぁ」
 フェイト達の生死を掛けた作戦は刻一刻と迫っている。
 だと言うのに、作戦とは別に、極私的な感情が蠢きモヤモヤとした気持ちが晴れない。
 はやてやティアナを見ていると、自分に足りない何かを見せ付けられたようで落ち着かないのだ。
「なんだろうか…これ」
 自問するが当然答えは出ない。
 後になって理解出来た事だが、なのはが、二人に感じていた感情は確かに"嫉妬"だった。
 何処かの誰かの為では無く、特定個人に対する強い感情。
 それは現在のなのはが、唯一持ち得ない"強さ"の形だ。
(強くなりたい・・・)
 いつかのシンの言葉が脳裏に蘇る。
 普段は炎のように苛烈な瞳が、涙で弱々しく揺れ、しかし、はっきりと自分の意思を告げていた。
「そんなのこっちだって一緒だよ」
「なのは?」
 ヴィータが怪訝そうな瞳でなのはを見る中で、当の本人は、口をへの字に曲げ、シンに対して無
言のまま何故か対抗意識を燃やしていた。