RePlus_第八幕_前編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 15:19:32

 薄暗い空間に、赤、青、緑のレーザー光線が入り乱れ、ハレーションを起こしそう
な光と音乱舞が世界を埋め尽くしている。かき鳴らされたベースの重低音が、脳と心
を深く強くひき付け、観客は熱に浮かされたように絶叫を上げている。
「皆、最高おおお!」
「イエエエエ!」
「二階席は!?」
「最高オオオオオオ!」
 十代前半特有の甲高い声がドームに響くが、帰ってきた声は性別、年齢問わずに千
差万別だった。それだけで彼女が時の人である事は明白で、彼女の美声とバンドマン
の洗練された旋律は、観客を熱狂と共に夜に溶かしていくはずだった。
 だが、
「キャアア」
 観客の恐怖に歪んだ声と共に、享楽のステージは幕を閉じる事になる。

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
第八幕『瞬間心重ねて-IDOL@MASTER』-前編-

九月上旬
機動六課課長オフィス

「あかん…お金がない」
 はやては、嘯き珍しく片付いた机に突っ伏し執務室で何処か諦めた声を上げていた。
「ノーマネーやリイン…どないしよ」
「お金が無いのは前衛部隊持ちの課の年中行事ですけど、今回はちょっと深刻ですぅ」
 先の作戦で機動六課は、人的損失は出なかった物の端的に言えばお金を使いすぎた
状態にあった。
 大破したケルベロス弐型や指揮車両や輸送ヘリなどの大型備品は勿論の事、細かい
損失を出せばキリが無い状態だ。
 年度の初めに支給された予算など、ディープホエールとの一戦で使いきり、帳簿は
レッドゾーンに首までドップリ漬かってしまっている。
 一応装備と人員の補充は管理局に申請済みだが、これほどまでに大規模な部隊の建
て直しとなればそれなりの時間はかかる。
結局はやての予想通り、機動六課の業務はほぼ停止し閑古鳥が鳴いている状態だっ
た。
 被害で言えばヴォルケンリッター達の被害が一番深刻だった。
 バリアジャケットの構成データをも魔力に代えた決戦に臨んだ為シグナム達は、今
現在ほぼ丸腰であると言ってもよい。
 バリアジャケットが構築出来なければ彼女達は生身と同じだ。加えて、レバンティ
ン、グラーフアイゼンなども耐久限界を超え、とても戦闘に耐えれる物では無かった。
 そんな訳で今ヴォルケンリッター達は、新型デバイス、バリアジャケットの大改修
中の有様を見せていた。
「フェイトちゃんは、なんや裏でこそこそ動いているみたいやけどなぁ」
「お忙しいみたいですね」
「鯨の中で何かあったんかなぁ」
 溜息をつきながら、はやては、冷めた缶コーヒーを口にする。豆から轢いた物でも
無ければ、六課が誇る食堂のオーナーシェフが煎れてくれた物でもない。
 出先から帰ってきた時に駅前で買った缶コーヒーをチビチビ飲んでいるだけの事だ。
 異様に甘い味が舌の上で踊るのをはやては眉を潜め「うえ」と思わず喉を鳴らした。
「気になりますか?」
「なるなぁ…でも、考えても仕方あらへん。時がくればちゃんと話してくれるやろ」
 あれからフェイトは、難しい顔をして考える事が多くなった。
 過去のロストロギア関係の資料と、古代ベルカ王朝の文献を読み漁る日々が続いて
いる。
 はやては、一度六課課長として、何をしているのかと問質した事があったが、困っ
たような、なんとも言えない曖昧な表情をされた後「な、なんでもないよ」と実に分
かり易く誤魔化されてしまった。
 あれでは何かありますと言っているような物だ。
 なんでもないわけでも無いと思うはやてだが、一人前の執務官が一人で隠れるよう
に極秘捜査しているのだ。
 越権行為と言う訳でも無いが、追いかけている案件の特性上もあり、フェイトを信
じそれ以上は踏み込まなかった。
「信用してますですぅ」
「信頼やでリイン。我ら管理局の三人娘。死する時は皆一緒や」
 時代かかった口調でカラカラと笑うはやて。三人の友情は熱いのだと、言わんとし
ている事は非常に良く分かるが、その厚すぎる友情の性ではやて達は実はズーレーで
男に興味が無いとか、最初に恋人を作った者には、他二人から恐ろしい制裁が待って
いるだの、妙な噂が絶えなかったりもする。
 美しいものには何かしらの弊害が伴うの物なのだ。
 実際十九歳にもなって、男の匂いすらしない三人は非常に珍しい存在でもあった。
「それとは別にや…ほんまどうしよう」
「ですぅ」
 無い袖は触れず、無い金は使えない。公務員の特性上アルバイトも出来ない上に、
出来たとしても、零が七桁以上のお金を瞬時に用意出来ると仕事等あるはずも無い。
 一瞬だけお水の花道の考えが頭を過ぎったが、馬鹿馬鹿し過ぎて溜息すら出なか
った。水商売の人間を馬鹿にしているのでは無く、上から少し文句を言われた程度
で憤慨している自分が、極端に言えば人に気持ちよく酒を飲ませる仕事が出来るわ
けが無いと思っただけだった。
「うぅぅうん」
「ですぅぅぅ」
 ピンは、競馬などのギャンブル、キリは、株式の個人投資からマグロ漁船などと
エゲツナイ手段が浮かんでは消え浮かんでは消えていく。

 執務室では、口と眉をへの字に曲げたはやてとリインフォースⅡが唸り声を上げ
るなんとも摩訶不思議な光景が展開される中、昔ながらの童謡の内線着信音で治ま
った。
「八神部隊長。管理局上級委員のウォルター・ライスさんからお電話入ってますけ
ど…どうしますか?」
「はい?」
 困惑気味のシャリオの声が響き、それ以上に困惑したはやてが頓狂な声を上げる。
 なんと言うべきか。
 はやての特大の悩みに対して、天の助けは意外な方向から差し伸べられた。

「アルバイトですか」
「そうだ、アルバイトなんだがね。やって見る気は無いかね、八神"一佐"殿」
(一佐なぁ)
 ライスからはやてに差し出された物は、一杯の紅茶と一枚の昇進通知だった。
 ライス曰く先の事件の功績を認められた故の昇進だと言うが、鵜呑みのする程は
やては子供では無い。
 腹に二癖三癖ある人種の言うことだ。話半分ではなく三割程度に聞いて置かなけ
れば、後々何かをさせられるか分かった物では無いのだ。
 大体、一応管理局の籍を置いている公務員の癖にライスのやっている事は一々派
手過ぎる。
 管理局の公用車を自費で賄ったり、大手を振って政治家との付き合ったりするの
も日常茶飯事だ。
 今だって、クラナガンでも有数の五つ星のホテルのスィートを借り切ってい、自
分の自宅兼オフィスにしている。
 一公務員が出来る代物では無い。むしろ、法と倫理と守る管理局員の職業意識が
欠如しているとしか思えない。
 と、言っても辞令書は管理局正規の手続きで発行された物であるし、一介の佐官
であるはやてに辞退など出来るはずも無かった。
 恐らくはやての昇進は、ライスの推薦なのだろう。自分よりも遥か上の人間の推
薦を断ればどうなるか分かった物では無い。
 そもそも、首都クラナガンの中心部に聳え立つホテル"ブルー・マズリカ"の最上
階の最高級スィートをワンフロア全て貸しきる、ウォルター・ライスとは何者なの
だろうか。
 ライスが所属する管理局上級委員の立ち位置は少々特殊だ。入れ替わり立ち代り
も激しく、欠番はあるが、最大総数十二名で構成される第三者機関出身のご意見番
と言うのが、公的な身分だが実情はそうではない。
 管理局への多額の出資金を出し、合法的に管理局運営に口を出す事の出来る一個
人の集合体組織、つまり、スポンサー達の集まりだ。
 その中でもウォルターライスの序列は第一位。序例自体に優劣は存在しないが、
製鉄業等に始まり、ライスが経営する会社は各種産業多岐に渡る。
 その収益率は凄まじく、ミッドチルダの経済は彼一人が動かしていると言っても
過言では無いといわれている。
 流石に眉唾物だろうが、彼の経営手腕は神の手を称される程見事な物で、政財界
に強い基盤を持つのも確かだ。
 当然ライス上級員が、管理局に入れる金額は莫大な物で、彼の資本が無くなれば
次元世界全土の管理局運営に支障が出るといわれている程だ。
「内容に寄りけりですが」
「是非選んでくれるとおもっているがね」
 紅茶の甘い香りが鼻腔をくすぐるが、値踏みされているようなライスの視線が酷
く落ち着かない。
「任務内容は実に簡単な物だ。一ヶ月の間じゃじゃ馬の警護をしてくれれば良い。
八神課長を含め、オーバーS級の三人を有する機動六課にとって簡単過ぎる仕事か
も知れないな」
 もう年齢は五十を超えていると言うのに、張りのある肌と活力に満ちた瞳は、三
十代も通用するのでは無いかと思うほどの若々しさだ。
 ライスの紅茶一つ飲む姿も一般人とは違う、何処か洗練された気品のような物を
感じる。
「後…非常に遺憾なのだが、これは管理局の正規の任務では無く、私一個人が君達
に以来する仕事だと認識して欲しい」
 渡された資料には、十代半ばを思わしき少女が微笑んでいる。目も覚めるような
金髪ロールに、地中海の海を彷彿させるサファイヤブルーの瞳。何処からどう見て
も完全無欠のお嬢様がそこに居た。
 手に持ったエレキギターとマイクを除けばだが。
 アズサ・サニーサイドアップ。
 あまりテレビを見る時間が無いはやてでも知っている、今売り出し中のアイドル
だ。お気楽なバラドルでは無く、歌手活動も精力的で本格派でならす彼女の歌は有
名で、車の中でラジオをかければほぼ間違いなく彼女の声が流れてくる。
 確かクラナガンヒットチャートにも常連のはずだった。

「彼女が何か?」
「先日から立て続けに起きている連続爆発事件を知っているか?」
「ええ、まぁ。管轄は違いますが耳には。爆破物の特定すら出来ていないとか」
 科学と魔法がバランス良く発展してミッドチルダでは、およそ犯罪捜査の検挙率
は非常に高い。
 鑑識などの科学捜査に比べ、科学で捜査不可能な現場も魔法でなら十分に検証可
能だからだ。
 細胞一つと言わず、極端な話事件現場に居る事実があるだけで、犯人は尻尾を掴
まれる可能性がある。
 だと言うのに、現場捜査員は、最近首都を賑わす連続爆破事件の手がかり一つ得
ていないと言う。
 幸いまだ死者は出ていないが、最初の標的となった無人の公園から、最新の現場
はオフィスビルの屋上が爆破されている。
 このままでは、いつか人の居る場所が爆破される懸念が、捜査本部の焦りを募ら
せていた。
 科学でも魔法でも特定できない爆破物。そんな物が人の行きかう大通りで爆破さ
れれば大惨事は免れない。
「結構。では、ワールドレコードドームの爆破事件の件は知っているかね?」
「WRDが!?」
 WRD-ワールドレコードドーム-。
 首都クラナガン近郊に建設された、全天候型多目的ドームでスポーツ、イベント
と用途に事欠かない。
 先月落成式が終わったばかりで、まだ法人にしか開放されていないと聞く。
「昨日の事だがアズサが、WRDでファンクラブの限定ライブを行った。実に腹立
たしい事だが大入り満員だったよ。全くあんな小娘の何処がいいのか」
 ライスは盛大に嘆息しながら、苛立たしげに紅茶を一気に飲み干す。先程までの
クールな態度は也を潜め、忌々しそうに生の感情をむき出しにしている。
「幸いにも死者は出ていないが、観客の一人が腕に火傷を負った」
「…先の爆破事件とアズサさんの事件が関係あると」
「そうだ。爆発の規模の割には軽症だったようだがな。どちらにしても、事件は事
件だ」
「犯行声明、脅迫状などの類は?」
「まだ出ていない。よしんば出ていたとしても、あのじゃじゃ馬が堪えるとは思え
んな。誰に似たのか知らんが、奴の心臓はチタン合金製も裸足で逃げ出す強度だ」
「お詳しいんですね。アズサ・サニーサイドアップに」
「詳しいさ。真に遺憾だがその辺りのにわかファンよりもずっと詳しい自身がある
さ。一佐、もう一杯飲むかね?」
 ライスは何を考えているのか、瞑目した後ゆっくりとソファに体を預け溜息
を付く。
「いえ、遠慮しておきます」
「W&Wの新茶なのだがね。勿体無い」
 ならば、もう少し香りと味を楽しめと喉まで出掛かったが、はやてはぐっと我慢
して耐え切った。百グラム、"ピー"クラナガンドルもする高級茶葉を湯水のように
飲まれては、普段泥水のような安いコーヒーばかり飲んでいるはやてには、実に酷
な話だった
 しかし、はやては、先刻からライスの態度に違和感を覚える。
 自費でアイドルを救おうというのだから、それなりに面識はあるだろうが、ライ
スの態度からは個人の使用以上の含みを感じるのだ。
「まだ、マスコミには伏せさせてはいるが、コンサートに参加した観客全てに緘口
令を引くことは不可能だ。ネットも監視させ情報も削除させてはいるが、人の口に
戸口は立てられぬ。漏れるのは時間の問題だろう。全くあのじゃじゃ馬娘め、手ば
かりかけさせよって」
 ライスは、苛立たしげに"じゃじゃ馬"と繰り返している。
 どう考えても普通の態度ではない。冷徹で有名なライスがこうも雑な感情を爆発
させるアズサ・サニーサイドアップとは何者なのだろうか。
 はやては、アイドルのアズサでは無く、アズサ個人に興味を覚えた。
「しかし、じゃじゃ馬娘ですか」
 どんな因果があってライス上級委員が、アズサの警護を言い出したのだろうか。手
渡された資料には多額の契約金が記されている。これだけあれば遅れ気味の六課の現
状を十二分に立て直す事が可能だ。
「前金は、君が判子を押せばすぐさま全額キャッシュで振りこまさせてもらう。当然
管理局経由で公的に補充されるわけだから、暫し時間はかかるが来週中には問題なか
ろう」

 言ってはなんだが、押しも押されぬ大社長のライスが、売れっ子とは言え只のアイ
ドル無勢にわざわざ私財を投入しなければならないのか。
 それも、輸送ヘリが数台変えるような値段をだ。
 愛人、世話を頼まれた友人の娘、隠し子等、はやての中で疑念は尽きず、いっその
事自分の娘だと告白された方が納得出来そうなものだった。
「親の言う事も聞かず、家を飛び出した娘などじゃじゃ馬で十分だよ」
「えっ、娘…ですか」
 変化球どころか、あまりに直球な真相にはやては思わず唖然とする。
「おかしいかね。アズサ・サニーサイドアップは、私の娘だ…ファミリーネームが違
うのは防犯上"仕方なく"妻の名乗らせているだけだ」
 別に可笑しい事など無い。ライス程の年長者ならば、家庭の一つや二つ持っていて
も当然だ。
 疑うはやての方がどうかしていると言える。
 だが、写真の中で微笑む少女としかめっ面で紅茶を煽る上官が、どうにも結びつか
ないはやてだった。

「で、私達にお鉢が回ってきた。そういう事ですかはやてさん」
「うん、まぁそんなとこ。ティア達やと年齢も近いし、相手さんも気兼ねせえへんや
ろと思ったんや」
 クラナガン中央を横断するように出来た七十二号線をシン達を乗せたはやてのジー
プが軽快な走りを見せている。
 普段大型トラックが仕事の為に大挙して来る為に、渋滞の名所である七十二号線も
 流石に真昼間なだけあって空いている。普段は二速、三速の間で延々一時間はノロ
ノロと走らされるのだが、渋滞とは無縁の道路状態に気を良くしたはやては、意気揚
々をクラッチを切り替え速度を上げていく。
「でも、凄いよねシン君。あのアスザちゃんと会えるんだよ。私今から心臓ドキドキ
だよ」
 助手席に座ったスバルが、身を乗り出し興奮した様子で喋りだす。
「スバル…あんたねぇ。何度も言ってるけど遊びじゃ無いのよ」
「分かってるよティア。でも、感動しない?あのアズサちゃん生で見れるんだよぉ。私
昨日緊張で寝られなかったんだもん」
 アズサに"生"で会える事が余程嬉しいのだろうか。もう、興奮を隠すつもりも無いよ
うだ。
「ふぅ…まぁ今回ばっかりは、アンタに同意したげるわ。私もちょっと緊張して寝られ
なかったもの」
「でしょ。やっぱりそうだよねぇ」
 やたらとテンションの高いスバルと苦笑しながらも何処か上の空とは言わないが落ち
着き無いティアナを見て、シンの頭の上に疑問符が立ち並ぶ。
 どうやら本日の護衛対象のアイドルの話をしているようだが、あまりテレビを見ない
、見たとしてもニュースと天気予報だけのシンには少々難易度が高い話題と言えた。
「なぁ…盛り上がってる所悪いんだけど…このアズサって子そんなに凄いのか」
「「「えっ」」」
 その時、確かに場の空気が変わった。華やいだ空気が薄れ、代わりに冷えた鉄のよう
な硬質な空気が辺りに充満し、シンは、二人からまるで異星人か何かのような珍妙な視
線を送られてしまう。
「あ、アンタ、アズサ・サニーサイドアップ知らないの」
「信じられない…シン君、それ正気なの!」
「し、知らないから聞いてるだろ」
 シンは、二人のあまりの剣幕に思わずたじろいでしまう。シンは軽い気持ちで聞いて
みたつもりだったが、以外にもアズサ・サニーサイドアップの影響力は凄かったらしい
。スバルは兎も角、あのお堅いイメージのあるティアナまでもが、シンがアズサを知ら
ない事に驚愕しているのだ。
 どうも、アズサを知らないと、ミッドチルダに住んでいて、彼女を知らないのはモグ
リだと告白しているとようなものらしい。
 実際ミッドチルダに住んで数ヶ月のシンは、モグリなのだがそれでは拙いようだ。
 そもそもシンのアイドル像など、ミーア・キャンベル以上の物では無く、イメージが
ラクス・クラインと直結している為にどうにも相性が悪い。
 アイドルが嫌いなのでは無く、その後ろにアスラン・ザラやキラ・ヤマトの影がチラ
ホラと見えてしまい、純粋な気持ちで見る事が出来ない。
 つまり、ぶっちゃけて言えば苦手なのだ、アイドルが。

「俺そんなにテレビ見ないし…仕方ないだろ」
「確かに…アスカ、あんまりテレビ見ないけど」
「それでも、あれだけ四六時中流れてるんだよ。知らないって言われると、驚くよシン
君」
「そんなになのか…」
「うん」
「俺結構遅れてる…のか?」
「中距離のトラック競技で三周くらいね」
 それは何か致命的では無かろうか。こんな人生を送っていても人並みの感性と一般常
識を備えていると自負しているシンには、二人の反応に些か傷ついた。
「何処で流れてるんだよ」
「ラジオもそうやけど、テレビつけたら大抵ながれてるよ」
「ぶ、部隊長は知ってるんですか?」
「うん。知ってるけど…どうかしたん?」
 シンは運転席から聞こえてくる声に愕然とする。
 普段忙しくてテレビはニュースしか見ていないと公言するはやてにも裏切られ、シン
は 自分が孤立無援の世間知らずなのだろ自覚した。
「…そんなにしょ気る事無いじゃない。ほら、食堂で良く流れてるでしょ」
 完全にしょ気てしまったシンを見て苦笑したティアナは、シンに助け舟を出す。
「ああ…アレか。ってあれをこの子が弾いてるのか!?」
 シンが困惑するのは無理も無い。写真に写ったいかにもお嬢様風の容姿とエレキギター
と重いベースがかき鳴らす攻撃的な音楽がどうしてもかみ合わないのだ。
どうにも食堂のシェフがアズサのファンらしく、最近は日がな一日最新アルバムをか
けているのだ。
 その影響かどうか知らないが、最近シェフの作る定職は激辛風味が増えた。辛いとロ
ックだと言う事だろうか。
「嘘だろ…アイドルって、こう、フリフリの衣装着て歌って踊れるんじゃ無いのか?」
「歌うし踊るだろうけど」
「フリフリはあんまり関係無いんじゃない?」
「えっ…ローラースケートとかで壇上を滑るんだろ…」
「見たこと無いけど」
「私も…無いわね」
 ローラーブレードで大空を爆走するスバルに言われたくは無いとシンは思う。
「な、なら、ピンク色のモビルスーツに乗って歌うのは?」
「「…それは…ちょっと」」
 一応あれがアイドルの世界標準だと思っていただけに、シンのショックは大きい。
「う…え…」
「ねぇシン君」
「アスカのアイドルって」
「イメージ古いよシン君」
「ふ、ふるいのか」
 シンの頭上に金ダライがカツーンと小気味良い音を立てて落下する。
 遅れているだけならば、弁解のしようがあったが、自分の抱くイメージが古いと言わ
れてしまえばどうする事も出来ない。
 不貞腐れるように俯き、窓ガラスに体重を預けながら、なにやらブツブツと意味不明
の言葉を囁くシン。どうやら、古いと言われた事が余程ショックだったようだ。
 はやては、その様子を見て苦笑するも、額に脂汗をかきながら、少しシンの趣味が分
かってしまう自分もヤバイのかと脂汗を流していた。

「ここですか」
「そうやぁ。シャナルプロダクション。業界最大手でお笑い、アイドル俳優声優となん
でもござれの起業百年の老舗や」
「へぇ」
 シャナルプロダクションの本社ビルは、地下三階から地上七階建ての都内の一等地に
燦然と輝く白亜の宮殿のようだった。
 応接室では無く社長室に通されたシン達は、張りのよいソファーに身を降ろし出され
た珈琲とケーキに舌鼓を打っていた。
「へぇ…ここが社長室なんだ」
 社長室は、飾られている調度品一つ取っても瀟洒な物で、何気ないレイアウトからも
老舗の風格を感じる事が出来る。
「豪華って言うより、気品溢れるって感じですね」
「アスカさん…今何を考えたのかな?」
「い、いえ、別に」
 書類の山がうず高く詰まれたはやての執務室とは雲泥の違いだと、流石にそれを面と
向かって言う勇気はシンには無かった。
 何分位待たされただろうか。ソーサーに注がれた紅茶がもう無くなろうとした頃に、
仕立ての良いスーツに実を包んだ恰幅の良い男が社長室に入って来た。
 男は、好々爺のような微笑を浮かべ、扇子片手に入ってくる様は日本で言う七福神の
一人のような印象を受けた。
「機動六課課長八神はやて、以下三名。アズサさんの護衛任務の為に着任致しました」
 はやてに促されるように、シンは立ち上がり社長に向けて敬礼する。
「これはご丁寧にどうもですぅ。一応私シャナルで社長やらしてもらってる。カーティ
ス・マクガランいいます。ぶっちゃけ、名前負けしてますんで、社長と呼んでくだはり
ますか。ささ、立ち話もなんですからお座り下さいな」
「は、はぁ」
 カラカラと自嘲気味に笑うカーティス、社長にはやては、毒気を抜かれてしまい苦笑
いを浮かべ着席する。確かに、カーティスと言う名前はイケメンを彷彿する類の名前で
あり、恰幅の良いオジサンでは名前負けするのは否めなかった。
「噂の機動六課。いや、皆さんお綺麗ですね。うちの事務所で働いて見る気ありません
か?まとめて面倒みまっせ」
「ありがとうございます。しかし、私達の本分は法と倫理を守る魔道師なので、いつか
機会があれば」
「袖にされてまいましたわ」
 今まで何度も言われて来た、お決まりの社交辞令が社長の口から出る。
 お世辞は物事を円滑に進める為の潤滑剤のようなものだ。これは、はやてが女故のお
約束のようなもので、この程度でセクハラだパワハラだと気を揉んでいては話は始まら
ない。
 社長は大声で苦笑し合った後、少しだけ表情を引き締め、はやてに視線を送る。
「しかし、こまりましたな。機動六課の実働部隊は女性ばかりと聞いていたんですが。
男の方が混じってるやないですか?」
(当たり前だよな)
 社長の当たり前の指摘にシンは、苦笑いを漏らす。
 仮にもアイドルであり、年端もいかない少女を二十四時間身辺警護するのだ。常識的
、倫理的な面から見ても男性よりも女性が警護に当るのは望ましいのが当然の事だ。
 もし間違いでもあれば、冷たい言い方をすれば商品価値が下がってしまう故に、社長
の言っている事はごく自然な事と言える。
「社長。やっぱり、俺よりも部隊長とかの方が良いんじゃないでしょうか」
 自分よりも頭、腕共にキレるはやてが近くに居たほうが、アズサの安全は保証される。
 自分で言って情け無くなるが、シンの本文は魔力弾が飛び交うドンパチで有り、要人
警護などデリケートな任務は苦手なのだ。
 シンとしては当然の疑念を口に出したつもりだったが、何故か社長の歯切れが悪い。
 まるで、はやてがアズサの身辺警護に付く事を嫌がっているようだ。
「や、そのな、アスカさん。仮の話やけどな。八神はんが、アイドルやるんやったら…
年齢がな。容姿は完璧やねんけど…後五歳程若う無いとな。売り筋っちゅうのがありま
すんや。その点の両隣のお嬢さん方やったら、そないな心配全くあらへん。思いまっし
ゃろ?でも、こっちの都合で護衛は三人用意して貰わんと困りすんやで」

「思いますって言われても。俺より部隊長の方が適任だと思いますけど。俺達はアズサ
さんの身辺警護に来たわけですから、年齢は関係無いんじゃ」
「あーまぁ、そりゃそう思うんやけどな…h」
 社長は、チラチラとはやてに懐疑的な視線を送り、小さく「年齢がなぁ」と時折溜息
を付く始末だ。
 隣に居たティアナは、その様子に、はやてのこめかみに青筋が浮かぶのを見て顔を青
くする。社長がシンに同意を求める度に青筋の数が加速的に増え、場の空気が重くティ
アナに圧し掛かっていくのだ。
 正直勘弁して欲しいと思うティアナだった。
 仮の話しとは言え、確かにはやてが、マイク片手に歌って踊るのは少々無理があるか
も知れないとティアナは思うが、それは単純に配役の問題では無いだろうか
 そもそも、シンの言うとおり、自分達はアズサを守りに来たのだ。マイクを持って実
際に歌って踊るわけではあるまいし、そんな懸念や心配はされてもティアナは困ると思
った。
 一応二十四時間警護になるのだから、何かの間違いでメディアに露出してしまう可能
性も無きにしあらずだったが、写真写りやスキャンダル性を気にしてるのだろうか。
「部隊長は、女優とか似合ってそうな気がしますけど」
「あ、アスカ!いい、ややわぁ!」
 はやてに背中を叩かれもんどりうつシン。
 照れるはやての言葉と何処かズレた答えを出すシンに、それはそれでどうかと思うテ
ィアナだった。

「でも、実際問題アスカさんは男性でっしゃろ。職人が全員女性や言うから六課にお願い
したんです。いざ言う事もありますから、間違いが起こってからでは正直こっちも困りま
すわ。いや、別にアスカさんを疑ってるわけやあらしませんねんで。念の為、世間体言う
奴ですわ」
「部隊長…社長さんもこう言ってますし、やっぱり俺任務から外れた方がいいんじゃない
でしょうか」
「そうは言ってもなアスカさん。この手の任務は男手があった方がええやろ。ティアナと
スバルが仲間が危険な目にあってもええの?」
「それは…嫌ですけど」
 まだアズサの事件との関連性はまだ不明だが、資料で読んだ謎の爆発物の脅威がシン達
に降りかからない保証は無く、任務の性質上むしろ護衛対象よりもティアナ達が被害者に
なる可能性の方が高いのだ。
「ほな、"我慢"して任務に付きなさい。シン・アスカ三等陸士」
「了解です」
 はやての真面目な顔付きに思わず敬礼したシンだが、我慢と言う響きに表しようの無い
不安を覚える。
 そもそも、自分が男であるが故にここまで話が揉めているのだから、自分以外の誰かが
代役を務めれば問題無いのだ。幸いにして層が厚い六課だ。はやてがしなくとも、なのは
かフェイトが変われば問題無いように思えるが、どうにも嫌な予感が拭えないシンだった。
(それが駄目な理由でもあるのか?)
 どんな事でもやるつもりのシンだったが、二人のどうにも腑に落ちない点が多すぎた。
「そやから、男の人はこまる言うに八神さん。事前にお知らせしたはずやのに…人の言う
事聞いてはりました?」
「ふっふっふ…社長さん。心配ありません。手は考えてあります」
「ほほぉ。自信満々でんな」
 はやては、社長の独特の言葉使いにテンション、波長が合うのだろう。いつにも増して
テンションが高い。シンは、何処か突き抜けたテンションに「見覚えがあるなぁ」と感じ
る一方、背筋を這い回る悪寒に顔を引きつらせた。
 はやての言った先刻の"我慢"と言う単語が頭にこびり付いて離れないのだ。
「なぁ…ランスター、ナカジマ。部隊長は何をするつもりなんだ」
 顔を青くするシンに対して、ティアナとスバルは、はやてのする事が何となく分かった
ようで、ティアナは気の毒そうだが僅かに頬を赤く染め、スバルはワクワクとした瞳をシ
ンに向けてくる。
「な、なんだよ、二人共」
 シンがたじろぐ間も、はやては満面の笑顔をシンに向けている。
「呼ばれて飛び出て三千里!我は求め訴えたり、もといカモンシャマル!いや、流離いの
愛戦士スマイリーシャマル!かむひああや!」
 悪巧みでテンションがついに振り切ったのか、突如はやての足元に大型の魔法陣が展開
させる。光の粒子が社長室内に充満し、ぼかんと実に間抜けな音を立てて、シャマルが転
送されて来た。
(デ、デバイスも使わず口頭詠唱で転送魔法を…さすが部隊長)
 予想される未来にシンは、全力で現実逃避しながらも、はやての実力に思わず唸ってし
まう。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャじゃーんです。愛戦士スマイリーシャマル、万物の礎、
美の探究者としてここに顕現ですぅ!」
 濛々と煙が立ち込める中、魔法陣から砲弾のように飛び出したシャマルは、中空で宙
返りし、身を包んだ白衣を翻し、ウインク一つでシン達の前に颯爽と姿を現す
 手には大型のトランクと、何故か大量の化粧道具が握られている。
「シャ、シャマル先生?」
「ノンノン、アスカさん。私は美の探究者スマイリーシャマルです。貴方の知るプリティ
ガールのシャマルとは別人です」
 満面の笑みを浮かべるシャマルに、シンは、やはり、ディープホエールのプラズマ砲の
当たり所が悪かったのだろうかと自問し暗澹たる気持ちになる。
「一体…俺に何を…」
「決まってるやろ」
「決まってるじゃないですか」
 にこりと得体の知れない凶悪な微笑みを浮かべる二人にシンは、本能的な恐怖を浮かべ
思わず後ずさる。
「な、なにを」
 シン自身自分が何をされるのか薄々感づいてはいたが、それを口にする事自体シンの男
としての"誇り"が拒絶していた。
「観念しいや、アスカさん。優しいぃしたるから」
「大丈夫、初めてじゃ無いんですから。後は慣れです慣~れ」
 はやてとシャマルのワキワキと不気味に動かす手と不適に笑う表情が無ければ、慈愛を
含んだ声に騙された"かも"知れないシンだが、二人から感じる得体の知れない重圧にやっ
ぱりそれは無理だと改めて考え直す。
 ワキワキと動かす手の速度を速めだすはやてとシャマル。
 二人は、シンとの距離を徐々に縮めながら器用に退路をふさいで行く。
 三人の様子を好意的に見れば、カバディでもしてるような感覚だが、どう考えても小動
物を仕留めようとする肉食獣にしか見えない。
 シンは、ティアナとスバルに援護の視線と念話を送るが、耳朶を染めたティアナと期待
に胸を膨らませるスバルに、ガン無視されて凹んでしまう。
「納得出来るかああ!」
 社長室にシンの絶叫が迸るが、完全防音の社長室では残念ながら正義の味方は現れなか
った。

「また…こんな…格好」
「わぁ…シン君綺麗」
「アンタ、本当に洒落にならないわね」
「「ふぅ…」」
 はやてとシャマルは、一仕事終えた事に気分を良くしたのか、やり遂げましたと言わん
ばかりの顔で自信作であるシンを見つめている。
 腰まで伸びた漆黒の髪は、鴉の濡れ羽色と称される程の物で艶やかで美しい。シンの白
磁器の肌が、膝上までカットされた際どい黒いミニスカートとこれまた黒いカーディガン
にコントラストが効いていて良く似合っていた。
 胸のボリュームが些か足りない気がしたが、元々鳩胸気味のシンだ。必要以上の盛り胸
、もとい、バストアップはバランスを壊す恐れがあり今回は見送られたようだ。
「ふぅ…アスカさん、お肌綺麗やから、ファンデーションの乗りが違うわ」
「本当…化粧慣れしてないですから余計にですね」
「…ありがとうございます」
 全身ひん剥かれて無駄毛を余す事無く剃られた上に女の物の服を着せられ、化粧の乗り
が良いと言われても全然嬉しくないシンだった。
「やぁやぁやぁ。これなら問題無いですわ。アスカさん、化粧すると目茶目茶ベッピンさ
んやね。管理局辞めて内で働かへんかいな?最近オネエ系の人材欲しいと思ってたんよ」
「…遠慮します。俺…男ですから」
「いや、いや、男の私から見ても、立派な"女"の子にしか見えんよ。それにしてもベッピ
ンさんやねぇ」
(…俺は…俺は…男なのに)
 女装と言わず化粧と言ってくれた社長の一抹の優しさに感謝しながらも、"女の子"と言
う社長の何気ない一言にシンのガラスの心臓は超振動破壊寸前だった。
 シンの個人的な考えだが、綺麗や可愛いと言った言葉は女性に送られるべき賛辞であり
、男は男らしくと思っているシンには、そんな事を言われても眉を潜め膨れっ面をするし
か抗議の手段が無かった。
「シン君…いいなぁ」
「何がいいんだよ、ナカジマ」
「だって、こんなに綺麗なの…なんかずるいよ」
「ずるいって言われても。毎回思うけど、これどうやればいんだ?」
 シンは、肩口と背中に垂れ下がった髪を面倒くさそうにかきあげる。
 何気ない仕草なのだが、シンのサバサバした性格と合わされば、一枚絵になって可笑し
く無い優雅さである。
 だが、普段からボサボサの髪型で通しているシンにとって、手入れが面倒臭いロングヘ
アーは鬼門以外何者でも無かった。

「駄目…私…変な世界に嵌りそう」
 瞳を輝かせ感嘆の溜息を漏らすスバルとは対照的に、心底から競りあがってくる、何と
も言えない妙なむず痒さにティアナは屈服寸前だったりする。
 本人の名誉の為に言っておけば、彼女にはズーレーや百合等の趣味は全く無い。
 だが、意中の思い人が、美女顔負けの女装姿を目の前に晒しているのだ。一言で言い表
せない、乙女特有の思考回路がスパークし脳裏を駆け巡っている最中だった。
「ほな、社長さん。これで、問題は"クリア"ですね」
「そやな。アスカさんが、男や言うことは変わらへんけど、当面の目標はオッケイですわ」
「…ありがとうございます」
 シンは、両肩をガックリと落とし半ば投げやり気味に返す。
「せやけど、アズサは、我が社の久々の看板ですから警護や言うても、あんまり怒らさん
といて下さいよ。あの子直ぐにヘソ曲げよるやかい。やり難くなるのはお互い面倒やさか
いな。出来るだけアズサの意思は汲んだってあげてください」
「分かっております…それで、社長さん。アスザさんは。面通しはここでと聞いてるんで
すが」
「心配せんでも今来ましたわ」
「はい?」
 完全防音の社長室に響いてくる足音にはやては何事かと頓狂な声と上げた。
「社長!一体これはどう言う事ですの」
 はやての驚きに追随するように社長が溜息を付いた瞬間、ドンと大きな音を立てて社長
室の重厚なドアが開かれ、二十代後半と思しきパンツスーツ姿の女性を従え、件の少女ア
ズサ・サニーサイドアップがシン達の前に姿を現した。
 天然のブロンドヘアーをエメラルドの瞳。肩口で軽くカールされた髪は、髪型だけ見れ
ば水商売の人間のように見えるが、アズサ本人から漂ってくる気品のような空気が、彼女
自身の漏れ出しているように感じる。金髪碧眼は、劣勢遺伝子の塊であると言う学者も居
るが、陽光を反射してキラキラと光る髪と透き通る瞳は、劣勢と言う負の要素は感じさせ
ない。むしろ、何人たりとも触れる事の出来ない神聖さが滲み出ている。
 歌か踊りのレッスンの途中か何かだっだのだろうか。アズサは、Tシャツ姿に、スパッ
ツと実にラフな格好をしていた。
「全く私、護衛等必要ないと言いましたわよ、社長」
「でもね、アズサちゃん。何があるか分からんこのご時勢危ないやろ。犯人は直ぐに捕ま
るやろうけど、念には念をって言葉があるんやし」
「そんな事私知りませんわ。私、自分の予定が乱されるのが一番嫌いなんですの。タイム
イズビックマネー。時は富と名声を生みますわ!一秒たりとも無駄に出来ませんわよ」
「よう分かってます…」
 社長は、アズサの剣幕に気圧されそうになるが、首の皮一枚残った大人の威厳を何とか
立て直す。
「それから"ちゃん"は止めて下さいませんこと!」
「ああ堪忍な堪忍」
 アズサが一括すると、社長は顔を引きつらせ、プロデューサーは「ひっ」と首を潜め涙
声になる。
(お嬢様だ)
(お嬢様よね)
(お嬢様…だよな)
 小さく唸るアズサの様子は、簡潔に言えばお嬢様。
 詳しく言ってもお嬢様。
 金髪碧眼縦ロール(小)。
 ですわ調。
 高飛車な態度。
 大人相手の傲慢とも取れる負けん気の強さ。
 アズサは、国士無双十三面<ライジング・サン>に匹敵する完膚なきまでのステレオタ
イプのお嬢様だった。
「ほな後は、プロデューサーのジュディはんに任せるさかい。後は宜しくお願いしますな」
「しゃ、社長。酷いですぅ」
 社長は付き合いきれんとばかりにプロデューサーに事態を丸投げして、逃げるようにそ
の場を去っていく。後に残された物は、シン同様さめざめと泣くジュディと、全く納得が
いっていない膨れっ面のアズサと不貞腐れたシン。
 そして、状況を必死に整理しようと悪戦苦闘するティアナと目の前の生芸能人に若干興
奮気味のスバルだった。
(頭痛いわ…)

 基本的に力技が大得意な六課に護衛任務自体が不適当と言えば不適当なのだが、目の前に
ぶら下がった人参を得る為には、四の五の言っていられる、
 どんな気が乗らない仕事とは言え、ぶっちゃけ選べる身分では無い。
 是が非でも今回の任務を成功させて貰わねば、六課の再建が滞ってしまう。出来る事な
ら、はやて自ら陣頭指揮を取るつもりだったが、社長側から提示された条件なら、主に年
齢とか年齢とか年齢とかで、自分が現場に入る事が不可能になってしまったのだ。
 相手は守るべき市民であると同時にお客様なのだ。
(いいんですか、はやてちゃん…なにか、私とても嫌な予感がすんですけど。ちょっとこ
れまでの任務を毛色が違い過ぎますよ)
(分かってる…でも、動ける人員と条件で一番最適なんがこの三人なんや…周りでフォロ
ーするしか無いやろ)
(ですねぇ)
 はやてとシャマルは、念話越しに苦笑し合い、頭を切り替える。確かに経験した今まで
の任務の性質上から考えても、少々不安の残る人選だが、これからの六課を支えて行く上
でもドンパチだけが取り得でも困るも事実だった。
「始めまして。管理局機動六課課長八神はやてです」
 兎に角一ヶ月に渡る長期任務になるのは確定済みだ。まずは、第一印象が大事なのは何
処の職場も変わらない。はやては、出来るだけ穏便に事を運ぼうと笑顔を絶やさない。
 はやてが差し出した手をアズサは、嘆息こそすれど拒む事無く受け入れた。
「知ってますわ…お父様から聞いてますから」
「ライス上級委員から?」
「精鋭揃いだけど、扱いが難しいと」
 はやてを値踏みするような視線で睨むと、アズサはわざとらしく溜息を付く。
「て、手厳しいですね」
 実際六課は、管理局法を破ったり、透かしたり、穴を付いたり、無茶をやっているのだ
から、酷評と言えど甘んじて受ける他は無いのだが、人から言われるとまた苦笑するしか
無い。
「出来るだけ便宜は図りますので一ヶ月の間はご辛抱をお願いします」
「分かってますわ…宜しくお願いします」
 先刻の握手と言い、アズサの社長に見せた剣幕は也を潜め、はやてに友好的な態度で接
してくる。もう少しグズるかと思っていただけに少々意外なはやてだった。
「意外ですか?」
「いえ、ご苦労お掛けします」
 見透かされたと思ったはやてだが、どうやらそれだけは無いようだ。アズサは、バツが
悪そうな顔ではやてから視線を切る。
「口に出さなくとも分かってますわ。私こんな性格ですから。正直に言えば全然納得出来
ていませんの。でも、決まった物は仕方無いのでしょう。私は社長から。貴女は上司から
。決まった事に駄々を捏ねる程、私子供じゃありませんし、今更私一人が文句を言った所
で始まりませんもの」
 お嬢様と言えば世間知らずが基本だと思っていたはやてだが、アズサは思ったよりも場
慣れしているらしい。納得はしていないようだが、可能な限りこちらの言い分を巧く汲ん
でくれるようだ。年齢よりも世間ずれしていない。
 そう思うはやてだった。
「でも、やる限りはキチンとして貰いますわよ」
「それは重々承知してます、アズサさん。三人とも自己紹介して…」
 内心あの異能者揃いの上級員の娘であるから、どんな無理難題を吹っ掛けられるかと肝
を冷やす思いだったのだが、なんだ、話に聞いていたよりもずっと常識的な娘では無いか
と、はやてはホッと胸を撫で下ろそうとした矢先だった。
「自己紹介は後で良いですわ。まずは彼女達の実力を見せて貰います」
「「「実力?」」」
「そう実力ですわ。」
 揃えて頓狂な声を上げる三人に、アズサは挑戦的な笑みを漏らし微笑み、有無を言わさ
ず引っ張っていく。
「待ってください。アズサさん、まだ早っ」
「善は急げですわ、八神課長」
「ちょっと、部隊長!」
「ちょう~ちょう~」と間抜けな反響を残しあっという間に視界から消えたシン達。
「ごめんなさい、ごめんなさい」とプロデューサーが平謝りする中で、売られた子牛のよ
うに連れられいかれた三人をはやてとシャマルは呆然としながら立ちすくんでいた。