RePlus_第六幕_前編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 12:38:23

オーブ首長国連邦
モルゲンレーテ社第七技術開発室 

 伸び放題の無精髭にぼさぼさの髪。彼はもう何日も自宅に帰っていなかったが、一
人身の彼は、その事を別段苦にする事も無かった。ただ、お気に入りの女優が出演し
ているドラマがキチンと録画されているかだけが気掛かりと言えば気掛かりだった。
 草臥れた白衣をはためかせながら、モルゲンレーテ主任技術者である彼は、冷えた
インスタントコーヒーを喉に流し込んだ。
 社員の間のでも、泥水と称されるだけあって、味、濃く、風味と彼が今まで飲んだ
コーヒーの中では最低の質だった。かの有名な砂漠の虎"アンドリュー・バルトフェル
ド"の煎れた珈琲は絶品だと言う。
 コーヒーでは無く珈琲。決して"泥水"なのでは無い珈琲をだ。本人にお目にかかれ
る機会はまず無いだろうが、いつか砂漠の虎ご自慢の珈琲を飲んで見たいと思う彼だ
った。
「ったく。MS配備に力入れるなら、現場で働く人間の福利厚生もちゃんとしろって
んだ」
 くしゃくしゃに丸めた紙コップを屑篭に乱暴に投げ入れる。その拍子に飛び散った
コーヒーが、彼の白衣の染みを作り機嫌がより一層悪くなる。
「あっ先輩おはようございます」
「おはよう」
 仏頂面のまま、たった一人だけの彼の部下に挨拶する。天才児だが何だか知らない
が、僅か十四歳の若さで、この誇り高きモルゲンレーテに入社して来た天才"美"少年
だ。流れるようなブロンドの髪と地中海を彷彿させるサファイアブルーの瞳は、見て
いるだけで吸い込まれそうになる。自分と同じだけ働いているはずなのに、彼の美貌
は損なわれる事無く、むしろ労働の喜びを感じているのか、ここ半年で彼の人形のよ
うな容姿は、生命力溢れた人の美しさに変貌を遂げていた。
「…お前、また徹夜しただろ」
「ははは…すいません先輩」
 白い肌に薄っすらと残る隅の後に気が付き、仕事熱心であろう部下に口を出す。
「工程は"まだ"そんなに詰まって無かったはずだがな。デスマ突入前に倒れられると
困るから、最低でも二時間は寝といてくれよ」
「わっかりました」
 屈託無く笑う部下を見て、彼は深い溜息を付く。こういう時は年相応で困る。放っ
ておけば、眠る事も忘れ仕事に打ち込む癖に、天使のような笑顔で決まって事を有耶
無耶にしてしまうのだ。
「それで、お前何作ってるんだ?」
「え、いや、これは」
 彼は、印刷した冊子の束をミッシェルから強引に取り上げる。
「なんだこりゃ、論文か?」
「もう、先輩酷いですよ急に!」
「なになに?SEEDについての考察?」
 SEED。
 Superior Evolutionary Element Destined-factor
 優れた種への進化の要素である事を運命付けられた因子と言われ、過去二回の大戦
を終結に導いた自由の剣キラ・ヤマトもSEEDの保有者だと言う。
 現在判明しているSEEDの保有者は、キラ・ヤマト、アスラン・ザラ、ラクス・
クライン、カガリ・ユラ・アスハ。そして、元ザフトレッド、ギルバート・デュラン
ダルの懐刀シン・アスカ。
 だが、彼は三週間前の戦闘でMIA認定を受けたと聞く。
「返して下さい!」   
 自分を無視する彼に業を煮やしたのか、机の上に立ち、彼から強引に論文を取り返
す。
「まだ、出来て無いんですから…見るならせめて完成品を読んで下さい」
 頬を赤く染める部下に、妙な気分を覚えながら彼は自身のデスクに座る。始業時間
まで幾許か余裕がある。もう一度泥水を啜ろうかと思ったが、流石朝から二杯も泥水
を飲むのは健康に悪そうだった。
 彼に仕事中毒の気は無い。仕事はメリハリ良くが心情であり、残業はともかくとし
て始業時間になるまでは、決して仕事をしないのが彼の信念だった。
 "何故SEED"は生まれたのか。
 論文の書き出しは、こう始まっている。MS工学が専門で、遺伝子工学には門外漢
の彼だが、興味が沸く文言だ。SEED誕生に関する学説は諸説あるが、どれも正解
には程遠い気がする物ばかりで、彼の知的好奇心を満たしてくれるものは無かった。
 始業までの暇つぶしには持って来いに思えた。

「なぁ…」
「なんですか先輩?」
「SEEDって何で生まれるんだ?」
 椅子の上に正座した部下が、彼の方にくるりを向き直る。
「最初のSEED発現者と言われる、スーパーコーディネータであるキラ・ヤマトは
、戦闘中にSEEDに目覚めたと記録されています」
「ああ、あれか。戦闘における極度のストレス化において、本来眠っていた力が目覚
めたとか何とか」
「はい、それです。僕もそれが一要素である事を認めていますが、それ"だけ"は無い
と思っています」
「ほう」
「元々キラ・ヤマトは人類が持てる英知を結集して創造され、高い知能と優れた運動
性を備えています。本人が幾ら否定しようとも彼は人類の究極系の一つです」
「まぁ…な」
 人をまるで機械か何かに例えるの物言いに彼は思わず眉を潜める。
「彼がSEEDに目覚めるのは、ある種必然だと言えます。優れた種への進化の要素
である事を運命付けられた因子と言う位ですから、元々優れた種として創造された彼
がSEEDを持っていても不思議ではありません。では、何故アスラン・ザラやラク
ス・クライン。ナチュラルであるはずの我らがアスハ代表が何故SEEDを持ってい
るのか。それには、幾多の仮説と実証データが」
「すまんが結論だけ言ってくれ」
 このまま喋らせ続けると、仕事が始まってまで続けそうながした彼は、部下の話を
強引に打ち切る。仕事が始まれば私語は一切しない、余計な事も考えない。それも彼
の信念だった。
「もうせっかちですね。つまり…SEEDって感染(うつ)るんですよ。ナチュラル、
コーディネイター関係無く」
「なに?」
 思わず胸ポケットから出したタバコを取り落とす。
「最初の一人がSEEDキャリアとするなら、恨みや怒り。愛や恋と言った強い感情
が、SEED感染を促すんじゃ無いかって事です。この場合キラ・ヤマトのSEED
が最初の一人と仮定してます。現にキラ・ヤマトに近しい人間からSEEDを発症し
ていますしね」
「発症って病気じゃあるまいし」
「そうですか?僕はそれに近いモノがあると思いますけど」
「いやいやいや。それにしても話が突飛過ぎる。中抜けが多すぎて結論が破綻してる
ってそれ」
「先輩が端折れって言ったんじゃ無いですか。もういいです。詳しい事は、書きあが
ってから読んで貰えれば。とにかく、僕の仮説じゃSEEDは感染るんです。SEE
D保持者の持つSEEDは、強い感情に契機に他者と繋がり、その人の遺伝子を長い
時間かけて書き換え、SEED保有者に相応しいように調整していきます。生物が子
孫を残るメカニズム通りに、SEEDも自分の子を増やそうとするんですよ」
「そんな風邪や何かじゃあるいし。それにお前馬鹿か?その理論で行くと、いつか人
類は全員SEED持ち、しいてはスーパーコーディネータになるかもって事だぞ」
「はい、そうかも知れませんね」
 あっ気らかんと告げる部下に流石の彼も鼻白む。研究者たる者、まず疑うは己の常
識と思い込みだが、それが無さ過ぎても研究は完成しない。常識とか禁忌とか、固定
観念を無理やり無視した部下の仮説は、彼にとって突飛すぎた。
「ぶっとび過ぎだ。まだ世界中でコーディネーターとナチュラルの火種が燻っている
って言うのに、そんな論文発表したら、仲間内から大バッシング食らうぞ!」
「別に構いませんよ。僕子供ですから、その辺の調整はエリカさんに任せます。でも
、先輩。それって素晴らしくありませんか?全人類が"恋"によって進化するなんて」
 言い換えれば、憎しみで進化する事も有りえるでは無いか。薄い氷のような微笑を
浮かべる年下の部下に彼は寒気を覚えた。

0075年 七月下旬
時空管理局 第七広域通信会議室

「さて、何か弁明はあるかね…八神課長」
「…ありません」
 暗闇の中で誰の顔も見る事も出来ない。しかし、それは当然の事で、今はやてが、
立っている場所は、多忙を極める管理局上級委員の面々が音声のみで会議を行う専用
施設だ。会議室には、上級委員の数だけ座席があるが、そこに座っているのは人間で
は無く『SoundOnly』と赤く表示された直方体型の念話専用の通信端末デバイスであ
る。
「これは、元上級委員第三席…クロワッセル・S・アンビエントとしてでは無く、ホ
テルアグスタのオーナーとしての苦情だ」
「存じております」
(早速言ってきたかぁ)
 現在の所平静を保っているはやてだが、内面は冬の荒れ狂う日本海の用にささくれ
立っていた。言いたい事は山ほどあるが、ここで口を開いても場を荒らすだけである
。死者、重傷者こそ出さなかったが、怪我人多数とオークションの失敗。参加者の殆
どが政財界の関係者で締められていた事も運が無い。
 解散こそ免れているものの、六課の必要性を疑問視する声も少なく無かった。自分
達六課に必要なのは結果以外何物でも無い。結果を出す事の出来なかった今回の任務
において、六課の失態が槍玉に上がるのは仕方が無い事だ。
 だが、まだ若いはやてに「はい、どうですか」と納得出来る器量があるわけが無く
、さりとて、言い返すだけも立場も実績も無かった。
 結局はやてに出来た事は、怒れる心を抑え付け、貝のように口を噤む事だけだ。
「色々と問題のあった御仁だが、今回の抗議は正当な物だよ。管理局のエースを揃え
て、敵の侵入をわざわざ許すとは…情け無いのにも程がある」
「騎士カリムのお膝元があるとは言え、好きな事をやっていい訳では無いのだよ八神
課長」
 堰を切ったように次々と聞こえてくるう叱責の声。顔すら見せず、文句を言う為だ
けの片手間の会議にはやては苛立っていた。
(ほんまに言いたい放題言ってくれて…)
 恨み節が思わず口に出そうになり慌てて飲み込む。
「何の為にそちらの要望通りの人員と予算を工面したと思っている…全ては予言の事
"も"あるからだ」
「はい…」
(予言の事"も"ね。私達に他になにやらせよう言うんやろな)
 はやての口調が固くなり、表情から感情の二文字が消え去る。はやては、上司の前
にも関わらず、感情を制御出来ない自分に呆れてしまった。
「それでは…下がりたまえ八神課長。レリック、不特定生物群。私にはそれが一本の
線で繋がっているような気がしてならないよ。では、会議はここまでとする各員ご苦
労だった…八神課長にはこれから尚一層奮起を期待する」
 これ以上言っても意固地になるだけだと、声のみの会議の中で一際存在感を放って
いた、上級委員議長の声が消える。それを契機にディスプレイの文字が消え、場を包
んでいた針のような剣呑とした空気が消える。
「そんなん…今更言われんでも…分かってる言うに!」
 誰も居ない会議室で、はやては思わず声を荒立て。

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
第六幕"願いの先に-vestige"

 ティアナは夕暮れが指す中、隊舎横の森でクロスミラージュを抜き、空き缶に向け
て狙いを定める。レーザーサイトが空き缶を照らし、それを合図にティアナの周りを
、幾つもの訓練用サーチャーが滞空し回転し始める。右、左、上下とティアナがクロ
スミラージュの銃口を向ける度にサーチャーが音を立てて消えて行く。
「…駄目か」
夕暮れ時を延々と続く自主訓練。最後のサーチャーを消すと、端末を操作しもう一
度最初から繰り返す。現在ティアナが、サーチャー相手に一呼吸で照準を合わせる事
の出来る数は四つ。それが今のティアナの知覚限界だった。
 肩で息を付きながら、ティアナは前日の任務で自分の中に起こった変化を思い出し
ていた。肥大化し広がる感覚。人間技とは思えない知覚領域の拡大。そして、それに
伴う異常とも言える空間認識能力の習得。手を伸ばせば、そこに何があるのかを瞬時
に理解し、どうすればそれを効果的に運用出来るか思考する。高速化した思考能力は
際限を知らず、シンとスバルの考えている事が手に取るように分かり、二人を自分の
手足のように動かす事が出来た。

「あーもう限界…」
 砂と泥で汚れるのも構わずに、ティアナは地面に寝転がり大きく息を吐いた。そし
て、そのまま木々の間から見える夜空を見上げる。ふと、手元の端末を見ると午後九
時を超えていた。
「うそ…もうこんな時間なの」
 待機任務に入ったのが、午後五時のはずだから、既にティアナは都合四時間もぶっ
続けで訓練していた事になる。
(どうりで疲れわけよね)
 ひたすら自分の体を苛め抜いて見れば、あの時の力が蘇ると思ったが、どうやら目
論見は外れたらしい。明らかなオーバーワークにティアナの体中が悲鳴を上げていた
。全身を襲う激しい疲労は、一日やそこら寝ただけでは回復しないだろう。クロスミ
ラージュを持った両手が痛み足元は覚束ない。あまりの疲労に立ち上がる事は愚か、
もう喋る事すら億劫なティアナだった。
 季節は夏本番。森の中からは、虫の鳴く声が聞こえ、空を見上げれば満天の星空が
ティアナを見下ろしている。昼間の熱気が嘘のように静まり、静か過ぎる森の夜気が
心地よい。
「お腹減ったな」
 クロスミラージュを収め、誰に聞かせるわけでも無く呟く。考えて見れば、正午前
に食事を取ったきり、都合八時間以上何も食べていない。厳しい訓練による過度の運
動量と体の成長期も併せて、若いティアナには空腹は堪えた。
「何してるんだ…ランスター。そんな所に寝転がって」
 どれ位時間がたっただろうか。ふと気が付くと、パック牛乳を左手に持ち、クリー
ムパンを頬張りながらシンが呆れた顔でティアナを覗き込んでいた。
 それはそうだろう。夕食時になっても現れないティアナに、心配して探しに来て見
れば地べたに寝転がって呆けているのだ。不思議がるなと言うか、呆れるなと言うの
が無理だった。
「いくら夏だからって風邪引いちゃうよ、ティア」
 スバルも呆れた様子で、ティアナの事を覗き込んでいる。スバルがつまんでいるス
ナック菓子の欠片が、ティアナの顔にぽろぽろと落ちてくる。普段ならば「アンタい
い加減に!」と怒鳴るティアナだが、今はそんな事を言う気力も無かった。
 人間現金な物で、手の届きそうな場所に食べ物があれば余計に空腹を感じてしまう
。可愛い音を立てて、ティアナのお腹が鳴った。一度鳴ってしまうと、もう空腹の合
唱を止める事は出来ず、最もティアナに止める気があったかどうかは謎であるが。
 シンとスバルは、ティアナのお腹の音を聞き目を丸くする。そして、互いに微苦笑
を浮かべる。ティアナは、その様子を見て頬を膨らませるが、激しい空腹の次には耐
えがたい睡魔が襲って来た。二人がティアナに対して何かを喋っているのは分かるが
、ティアナの耳には何も聞こえて来ない。最後にシンのパンが美味しそうだな思った
時には、既にティアナは意識を手放していた。

 何処かで何かが鳴っている。普段は一日の始まりを告げる目覚ましの音も、全身疲
れ果てぐったりとしていたティアナには、耳障りな音以外何でも無かった。
 ベットの中でもぞもぞと動きながら、眠りを妨げる元凶を探す。しかし、その手は
見当違いの方向を向き、空を斬るばかりだ。いつもは必要以上にキチンとしているテ
ィアナだが、存外朝は弱い方だったりする。
「ティア、ティア」
 スバルは、そんなティアナの行動を半ば呆れながら見つめ、小さく忍び笑いを漏ら
す。大体夏だと言うのに、布団を頭まで被って暑くないのだろうか。ごそごそと目覚
まし時計を探っていたティアナだが、いつの間に力尽きたのか、再び夢の中へと戻っ
てしまった。スバルは、苦笑いしながらティアナの体を揺すり続ける。
「起きて、もう四時だよ」
「うぅ」
 くぐもった声と共にティアナの瞳が薄ら開く。力なく手を伸ばし、先刻から鳴りっ
ぱなしの目覚ましを漸く止める事に成功する。
「あぁ…ごめん…おきた」
 ぼさぼさの髪。腫れぼったい瞳。低血圧の性か目つきも三白眼のように歪み、無言
で目覚ましを睨みつけている。もし、ティアナに恋人が居たならば、今の表情を見て
しまえば百年の恋も冷めてしまう事だろう。
「練習行けそう?」
「行く…」
「はい、じゃあこれトレーニング服」
「ありがとう…」

 ティアナは、半分寝ぼけたままスバルから練習服を受け取り、その場で着替え始め
る。パジャマを一気に脱ぎ捨て下着姿になると汗の匂いが気になった。寝汗が不快で
今すぐシャワーを浴びたかったが、どの道早朝訓練で汚れるからと割り切り、下着の
上から濡れタオルで体を拭き始める。
「さて、じゃあ、あたしも準備しよう。シン君"待ってる"し」
「そうね」
 ティアナ達が、本格的にチームを組み始めてから、日々の厳しい訓練の他に全員参
加の早朝訓練前にミーティングとウォームアップを兼ねた訓練を行って来た。
 一人で黙々と孤独に訓練を続けるよりは、チームで励まし合い切磋琢磨しながら励
む方が余程健康的である。効率やメンタル的な面からも一人より二人、二人より三人
で練習した方が何かと都合が良いのは当然の事だ。
「ん…待ってる?」
 ティアナは、スバルの言葉尻が気になり首を傾げる。当然の事ながら、シンの部屋
があるのは男子寮。ティアナ達の部屋があるのは女子寮である。隊舎に向かって左側
が女子寮で反対側が男子寮。隊舎の構造上待ち合わせには、正面玄関もしくはロビー
が適していた。起きて十五分程で身支度を済ませ、ティアナ達がロビーに着くと、仏
頂面のシンがソファーに座って雑誌を読んでいるのが朝のひとコマなのだ。
 確かにシンが、ティアナ達より遅れて来た事など記憶に無い。確かにいつも待たせ
ているのはこちら側だが、今のスバルの一言がティアナはどうにも気になった。スバ
ルから手渡された練習着に袖を通す。洗濯したての練習着からは良い匂いがした。
 ふと、ティアナの視界の隅に妙なモノが写る。
 もう、随分と見慣れてしまった赤い瞳がティアナの目に飛び込んでくる。ティアナ
と同じ六課の練習着に身を包んだシン・アスカが、壁にもたれ掛り無言のまま激しく
狼狽していた。首を明後日の方向に曲げ瞳を閉じながら、ティアナとスバルから必死
になって視線を逸らそうとしている。しかし、薄ら開けた瞳が悲しい男の性だった。
 ティアナが、まず最初に感じた事は何故だった。
 そして、自分の恰好を考える。黄色のブラとショーツは付けているが、ほぼ全裸と
言っても良い。
「何故彼が自分達の部屋に居るのだ」と初歩的な疑問に始まり、果ては裸を見られる
と結婚しないといけないだったっけかと、論理が無茶苦茶な方向に跳躍し始める始末
だった。
「なんで、アンタが…ここに」
 あまりの事態にティアナの口調は、呂律が回らず狼狽している。空回った思考は暴
走し、体を隠す事も忘れその場に立ち尽くす。何故か心臓が爆発しそうな程高鳴り、
これ以上頑張られると本当に爆発するのでは無いかと錯覚しそうになった。
「…ま、待ってくれ…俺はナカジマにだな…いま準備してるから上がって…待ってっ
て」
 茹で上がった思考と暴走する本能の中で、ティアナの僅かに残された理性がシンに
対して的確な指示を下す。
「あっシン君居たんだったっけ」
(今更過ぎる、ナカジマ!)
 ああ、ごめんと手を合わせるスバル。
「問答無用…」
 シンの必死の弁解も今のティアナは聞く耳を持ち合わせておらず、羞恥と怒り顔を
紅潮させ、備え付けの椅子を大上段に振りかぶる。
 はやて譲りの明王を背後に浮かべ、その表情はまさに戦鬼の如く。怒りに燃え上が
った瞳には、尻餅を付きうろたえるシンが写っていた。
「待ってくれ、誤解」
「アスカのエローーー!」
「人の話を聞けえええ!」
 脳裏に元上司と思い浮かべながら、早朝の隊舎にシンの絶叫が響き渡った。

「全く…幾ら入って良いって言われたからって、堂々と部屋の中で待ってるなんて信
じらんないわよ」
「あはは…ごめん、ティア。でも、気付かないティアもどうかと私思うな」
「アンタが一番の原因でしょうが!」
「ティア!ギブ!ごめん、本当にギブ!頭割れちゃう」
 顔を万力の用に締め上げるティアナの必殺のアイアンクローが、スバルの顔面に襲
い掛かる。その横で顔中に真新しい痣を拵えたシンが、何時にも増して仏頂面で不貞
腐れていた。
 疲れ果て寝てしまったティアナを部屋まで運んだのが夕べの事。軍隊生活が長かっ
たシンにとって同僚とは言え、異性の部屋に入る事の特別性を失念していた。いや、
それ以前にプライベート空間に対する感覚が鈍っていたかも知れない。
 まぁそれは良しとしよう。ここはミネルバやドミニオンでは無いのだ。向こうの世
界の常識を持ち込むのは吝かでは無い。

 大体からして、訓練中に疲れ果て寝てしまうこと自体異常なのだ。普段冷静なティ
アナが、己の限界を見誤った事が自体、シンには信じられなかった。魔道師とって休
息も大事な訓練の一つだ。つい先日、シンもシグナムから注意されたばかりだ。疲れ
果て眠ってしまったティアナを見てなお尚更自覚した。
そんなこんなでティアナを心配したシンは、抜き足差し足、おっかなびっくりな調
子で部屋まで様子を見に来たのだ。スバルに「ちょっと待ってて」言われ二人の部屋
に快く通されたまでは良かったが、蓋を開けてみればこの様である。
 大人しく普段通りロビーで待っていればと思ったが、ティアナが元気過ぎた事に胸
を撫で下ろして良いか迷うシンだった。
「で、私の考えてる事なんだけど…」
 ティアナは、スバルの粛清が終わり満足したのか、平静を装いながら"いつも"通り
にミーティングを開始する。「ティアナ。あれは事故、そう不幸な事故よ」と自己暗
示を必死にかけた結果だが、頬を僅かに朱に染めている為台無しだった。
「短期間で現状戦力をアップさせる方法。巧く出来れば、私達のコンビネーションの
幅もぐっと広がるわ」
「それはワクワクだね!」
 頬と額を押さえながら、だが、瞳は好奇心と向上心に溢れたスバルが答える。シン
もスバルに同意見だ。ガジェットに加え不特定生物群が姿を現し始めた現状を考える
と戦闘能力の向上は急務だと言えた。いつまでも半人前気分で、隊長達に甘えている
わけにはいかない。それに、常に戦いに身を置く魔道師達に取って、任務とは死と隣
合わせな物だ。強くなる事に越した事は無い。
「じゃまずは…と。その前にアスカ…ちょっとこっち来なさい」
 目を細め重圧を放ちながらシンに手招きするティアナ。まだ、殴り足りないのかと
、その場で慄くシンだが、シンが動くよりも早くティアナがシン目掛けて飛んで来る
。ティアナとの身長差から必然的にシンを見上げる恰好になる。
「今朝の事だけど…まずは心配してくれてありがとう…それから、部屋まで運んでく
れた事も」
「あ…ああ」
 てっきりクロスミラージュで殴打される物と身構えたシンだったが、ティアナから
出た言葉は感謝の言葉だった。意外にしおらしい態度にシンは安堵する
「でも、それ以外は迅速且つ的確に忘れない」
 ワンモーションで抜き放ち、シンの喉元で怪しく光るクロスミラージュ。
「sir…yes,sir」
 バルディッシュ並みの発音の良さだった。

 訓練施設屋上。
 東の空から昇って来る朝日を背後に教導隊の制服に身を包んだなのが、シン達に本
日訓練内容を指示していた。
「じゃあ引き続き個人スキルね。基礎の繰り返しになるけど…ここはしっかり頑張ろ
う」
「「「はい!」」」
 その隣に控えたヴィータとシグナムが、妙に元気の良い三人を前に目を丸くする。
「アスカ達元気がいいじゃねぇか。なんかあったのか?」
「分からん。だが、男はあれ位元気があったほうが良い。そっちの方が、こちらもヤ
リガイがあると言うものだ」
 ひそひそと声で頷き合い、早くも騎士甲冑に着替えたシグナムが、レヴァンティン
片手にシンに向けて不適な笑みを浮かべている。
 その様子を見たヴィータが、またかと深い溜息を付く。
(…殺りがいなのか遣り甲斐なのか…はっきりしてくれよったく)
 フォローする身になれと、ヴィータは、最近性格が変わったのかシン相手の訓練で
はやたらと"ヤル気"を見せるようになったシグナムに再度溜息をついた。
 これは教導であって、決して根性試しの類では無いのだが、どうやら剣の騎士は、
その辺の境界が曖昧らしく、教えて導くの概念がすっぽりと抜け落ちているように感
じる。
 確かに殺られる前に殺れ。斬られる前にぶった斬れを地で行くシグナムの訓練は、
自身の好戦的な性格も相まって苛烈その物だ。
 基本的に一本取るか否かの勝負。取れたらもう一本。取れないともう一本。これを
ひたすら延々と繰り返し続ける。随分無茶な訓練に思えるが、やって見ても案外無茶
で、大抵の人間は、根を上げて逃げ出すか、気絶したフリをして場をやり過ごすのだ。
(まぁ…本当に気絶するまでヤルのは、あの馬鹿なんだけどな)
 ヴィータは、シンに気の毒そうな視線を送るが、当の本人は気づいた様子は無かっ
た。

「ティアナもっと早く!」
「はい!」
 なのはの指示の元、ティアナは魔力弾を精製射出する。。
(私は急いで技数を増やさないといけない。幻術は切り札にならないし、中距離から
撃ってるだけじゃ、それが通用し無くなった時に必ず行き詰る)
「次」
 橙色の魔力弾が、次から次に現れるターゲットを貫いて行く。姿勢を変え体勢を変
え、どんな角度からも的確にターゲットに照準し撃ち貫いて行く。
(それに今はアスカが居る。アスカが加わった今、中距離射程はあいつの独壇場だ。
私のメインはあくまで精密射撃。それしか出来ないから駄目なんだ…行動の選択肢を
もっともっと増やさないと)
 ティアナの決意と共に集中力が加速し、なのはが折りを見て増発したターゲットが
尽く破壊されて行く。
(もっと、遠くからでも、もっと強い威力の魔法を…そして…もっと強くならないと
…きっと)
 橙色の魔力弾が、ターゲットを撃墜する度にその思いが強くなって行く。凡人であ
る自分は、いつか、シンとスバルに置いて行かれるかも知れない。その事を考えると
何とも言えず不安になるのだ。
(私は強くなりたい)
 兄の無念を晴らす為にも、シンとスバルに置いていかれない為にも強くありたい。
強さへの偏執的な感情を抱えたまま、ティアナはクロスミラージュの引鉄を引き続
けた。
 
「悪いわねぇクロスミラージュ…あんたの事も結構酷使しちゃって」
 整備用の布でクロスミラージュの全身を磨く。支給されて三ヶ月も経過して居ない
のにクロスミラージュの体には、無数の細かい傷が刻まれていた。それは、なのはの
訓練の苛烈さもさる事ながら、ティアナが個人で積んで来た鍛錬の証でもあった。
「明日の模擬戦が終わったら、シャーリーさんに頼んでフルメンテして貰うから」
『Thankyou』
 ティアナの相棒が、文句の一つ言わずいつのも調子で答える。ティアナはそれを聞
いて思わず頬を緩めた。
「ただいま~ティア、はい!」
「ありがと」
 手にジュースを抱え、自販機まで飲み物を買いに行っていたスバルが戻ってくる。
ティアナはスバルが放り投げた缶を受け取り、プルタブを開け、一気に飲み干す。甘
さと冷たい感触が喉を通過する感触は心地よい。
「明日の模擬戦いけるかな…」
 不安があるのか、スバルは、机に腰掛けたままティアナに視線を向ける。
「成功確立は巧く行って五十パーセント」
「あ、そんなにあるんだ。なら、きっと大丈夫!」
 流石のティアナも成功確立が三割を切る策を、あの高町なのは相手に弄する事はし
ない。無茶と無謀が違う物だし、そんな作戦は実戦は愚か模擬戦ですら通用しないだ
ろう。
「でも、アンタは本当にいいの」
 直ぐに気持ちを切り替えたスバルと対照的にティアナの表情は冴えない。
「なにがぁ?」
「アンタの憧れのなのはさんに…ある意味…逆らう事になるから」
 ティアナは、緊張の為か無意識にアルミ缶を握りつぶす。明日やろうとする作戦は
、もしかしたら、安全に人一倍気を使うなのはの逆鱗に触れる事になるかも知れない
。不安なのは、ティアナも同じだ。明日試そうとする事は、訓練を重ねても成功率は
五割台のまま。正直模擬戦とは言え、使う事を躊躇うような数値だ。
 しかし、それと同時に、だからこそやって見たいと思うのも、ティアナの素直な気
持ちだった。模擬戦の相手は、遥か高みに存在する高町なのは。今の自分達が何処ま
で通用するのか、これまでの訓練の成果を試す相手としては的確この上無い。負けて
当然の相手だ。その辺りはある意味気楽なものだ。
「私は、怒られるのも叱られるのも慣れてるし。逆らってるって言っても、強くなる
為の努力だもん。ちゃんと結果出せば理解してくれるよ…なのはさん優しいもん」
「そうね。それに直前になって止める何て言ったら、アスカ怒り出すわね、きっと」
「そうだよ!だから、明日はなのはさんに対して、私達の全部出し切ろうよ!」
「ええ、そうね。明日頑張りましょ」
 模擬戦に闘志を燃やし続けるスバルを見て、ティアナは優しく微笑んだ

「さぁて、午前中の総纏め。分隊毎に模擬戦やるよ。まずはスターズからやろうか…
三人共バリアジャケット準備して」
 最近メキメキと腕を上げて来た、フォワード陣の成長を見るのが楽しくて仕方ない
のか、中空に浮遊したままなのはが楽しそうに告げる。
「エリオとキャロは私と見学だ」
「「はい」」
 ヴィータに連れられ、エリオとキャロが訓練場を後にしシン達三人だけが残される。
一陣の生ぬるいが風が拭きシンの頬を擽る。これからシンが挑戦するのは、あの管理
局のエースオブエース"高町なのは"。
 出力制限をかけられているとは言え、なのはの戦闘経験や魔法技術を考慮するとシ
ン個人との実力差は計測不能。
 だが、それ故に分かりやすい。力に目覚めて約二ヶ月。そろそろ自分がどれ位強く
なったのか試したい時期でもあった。
(やってやるさ!)
 唇が乾き、戦場とは違う独特の緊張感が漂って来る。
「やるぞ、ランスター、ナカジマ!」
「ええ!」
「うん!」
 デスティニーが起動し、シンの体が赤い光に包まれる。光の本流が収まると、そこ
には、白い外套、赤と青の鎧を身に纏いアロンダイトを構えたシンが姿を現す。
 前から暖めてきた特訓が今日漸く身を結ぶ。シンは昂ぶる心を抑える事もせず、赤
い双翼をはためかせ、大地を力強く蹴り大空へと飛翔した。

「もう模擬戦始まっちゃってる?」
 錆びた扉が軋んだ音を立て、フェイトが大急ぎで廃ビルの屋上に駆け上って来る。
「まぁな」
 なのはの桃色の翼が大空に羽ばたき、その後ろを橙色の魔力弾が追いかける。スバル
のウイングロードを避けながら飛翔し、時折赤い魔力光が光った。。
 模擬戦の様子を双眼鏡ごしに観戦していたエリオとキャロは、フェイトの到着によう
やく気が付く。フェイトは目でエリオ達を制し模擬戦の方へ意識を集中させた。他人の
訓練を見るものいい勉強になる。特にシン達は今伸び盛りで彼等から学ぶ事も多いはず
だ。
「おっクロスシフトだ」
 ティアナの周囲を二十を越える魔力弾が滞空している。足元に展開された魔法陣が回
転し、ティアナの魔力に呼応するように魔力弾が光り輝く。
「クロスファイヤー!シュート!
 中空に滞空するなのは目掛けて、ティアナの魔力弾が襲い掛かる。
「なんかキレが無いな」
「コントロールは良い見たいだけど」
 確かにヴィータとフェイトが言う通り、ティアナのクロスファイヤーには、威力と精
度こそあれど速度が感じられない。あれでは、なのはに避けられるか、同程度の威力の
魔力弾をぶつけられ相殺されるのが関の山だった。
「ん?」
 ティアナの魔力弾を避けるように飛翔するなのはの前に、スバルのウイングロードが
弧を描きながら現れる。マッハキャリバーが唸りを上げ、スバルが、猛スピードでウイ
ングロードを疾走している。
「幻術じゃ無い、本物!」
(速い!)
 このままでは激突する。なのはは、魔力弾を瞬時に精製射出する。四発の魔力弾がス
バルに襲い掛かるが、スバルはプロテクションで防御する。魔力同士が干渉し合い、魔
力光が光り輝き四散する。 苦悶の声を上げながら魔力弾に猛攻に耐えるスバル。しか
し、その中でも速度を落とす事をせず、激突必死の危険なタイミングでの突撃になのは
は眉を潜めた。
「リボルバー!」
 スバルのガントレットが唸り上げ高速回転する。白煙と青色の魔力光を吐き出し。渾
身の一撃をなのはに向けて打ち放つ。
『Protection』
 桃色の魔力盾が展開され、スバルの拳打を受け止める。魔力が干渉し合う中、スバル
の拳打がなのはの魔力盾を打ち抜こうと更に威力を上げた。
「シン君!今!」
「上から!」
 赤い双翼が煌き、シンが最大戦速でなのはの直上から太陽を背後に突撃して来る。
「この!」
 なのはは、プロテクションを展開したままレイジングハートを奮い、振り向き様にシ
ンに至近弾をくらわせる。
「があああ!」
 そして、回転の勢いを殺す事無く、スバルにレイジングハートで打突をお見舞いする。

「わああああ!」
 砲撃魔道師であるなのはから、打突技が出る事など完全に想定外だったのか、二人は
そのまま無防備に空と地上に吹飛ばされる。シンの背中の双翼が羽ばたき、空中で何と
か体勢を整える。地上に飛ばされたスバルも、ウイングロードの上に着地し疾走を始め
る。
(この子達の攻撃が速い…ううん、鋭い!)
「こら、スバル!アスカ君!駄目だよ、そんな危ない機動!試験だったら減点!」
「すいません!でも、これは試験じゃ無いんで!」
「次はちゃんと防ぎますから!」
 危ない事をやった割りには、案外素直に謝罪する二人。なのはは、謝れば済む問題で
は無いと思いながらも、先刻から姿を見せないティアナに気がついた。一息付く間も無
く、なのはの頬に赤い光点が明滅する。
「レーザーサイト!」
 廃ビルの屋上何かが光、クロスミラージュを構えたティアナが砲撃体勢に入っていた

『特訓成果!クロスシフトC!行くわよ二人とも』
「「オオ!!」
 作戦開始の報を念話で受け、ウイングロード上に構えた二人が雄叫びを上げる。シン
は、ヴォワチュールリュミエールを最大戦速まで引き上げ、赤い双翼が咆哮を上げる。
スバルのマッハキャリバーが白煙を上げながら弾丸と化しなのはに向けて突撃する。
 なのはは、レーザーサイトが照準されているのにも構わずシンとスバルに狙いを定め
る。間髪いれず背後から飛来したティアナの魔力弾を避け、アクセルシューターで迎撃
する。わざわざ速度を落とし、威力と精度に魔力を割いたのは時間差攻撃を狙っての事
だろうか。
(その割には攻撃が単調…ううん、浅はか過ぎる)
 まだ策を練っている。そして、それこそが本命であるとなのはの直感が確信する。な
のはの勘が正しい事を裏付けるように、シンとスバルの動きが急激に変わる。これまで
散発的にしか展開され無かったウイングロードが、なのはを撹乱するように縦横無尽に
展開され、一見無秩序に見えて規則性を持った展開の仕方になのはは気を引き締める
 大回りするように、ウイングロードの上をシンが双翼を煌かせ疾走しているのが見え
る。
「でりゃあああ」
 ガントレットが唸りを上げ、なのはに向けて再度放たれる。風が巻き上がり、スバル
の魔力波となのはの魔力弾が干渉し合い魔力が四散する。
 なのはは、弾かれあうように距離を取る。そして、着地を狙い済ましたように、ティ
アナの魔力弾とシンの紫電一閃が牙をむく。
 個が全となり、全が個として機能している。ここまで統制され過ぎた連携は、一長一
短で身に付くものでは無い。相性が良かったと論じる事は容易いが、これは努力に裏打
ちされた物に他ならない。
「だけど!」
 なのは、シン達の攻撃を軽やかに回避し遥か天空へと舞い上がる。
 それ故になのは口惜しいと感じる。今迄、シン達のから想像する事も出来ない程の高
密度の連携だ。恐らく、魔道師等級がA級同士の連携でもこれほど鮮やかなには行くまい。
「これじゃ駄目!」
 なのはの瞳に怒りの色が宿り、レイジングハートが唸りを上げる。確かにシン達の連
携は素晴らしい。素晴らし過ぎて目立った荒が見つからない程だ。シンが、ティアナが
、スバルが、三人が互いを信頼し、互いの欠点を補うような動きを見せ、なのはの攻撃
を巧みに避け防ぎ攻撃を加えて来る。
 一見すると美しく非の打ち所の無い連携に見える。だが、それには致命的な欠点が存
在する。原点が違うと言えば良いのだろうか。
 シン達の連携は、互いしか見えていないのだ。
 三人が三人の為だけに編み出した三人だけの連携。これはシン達だけで完結してしま
っている連携だ。そこに、エリオやキャロは愚か、自分達隊長の影すら見る事が出来な
い。そんな"我侭"な連携を覚えさせる為だけに指導しているわけでは無いのだ。
 言い換えれば、シン達は高速道路上で周囲の車などお構いなしに、好き勝手に走って
いるだけに過ぎない。周囲が見えていない戦い方は、必ずと言って良いほど、いつか周
りを巻き込み大事故に発展する。
 飲酒運転の本人達は気持ち良いが、周りはそうでは無く、危なっかしくて見ていられ
ないのが実情だ。本来模擬戦とは、訓練の一環だ。訓練で学んだ事を模擬戦で確認し実
戦に臨む。古臭く幼稚だと言われようが、それこそが教導の根幹だとなのはは思ってい

 模擬戦で好き勝手にする為の訓練では無い。
 ましてや"喧嘩"でも無い。

「アクセルシューター」
『Allright』
 レイジングハートから桃色の魔力弾が放たれ、砲撃体勢に入っていたティアナに命中
する。なのはの予想通り、屋上でクロスミラージュを構えていたティアナは幻術。魔力
弾に貫かれた幻術は大気に四散しなのは改めて標的をシンとスバル絞った。。
 当然、ティアナの存在が気になるが、今対処すべきは、目前に迫るシンとスバルだ。
二人共B級とは思えぬ程に一発一発の攻撃が重く鋭い。魔力も良く練れているし制御に
問題無い。皮肉にも、なのはの指示通り基礎を疎かにしていない証拠だ。
「シールド!」
『Yes,master』
 スバルは、接近する魔力弾を、シールドを展開し強すぎず、弱すぎず、滑るようにい
なして行く。
「デスティニー、ヴォワチュールリュミエール」
『OK』
 背中の双翼が輝き羽ばたく。扇上に伸びた双翼が炎を灯し、なのはの魔力弾を悉く迎
撃していく。
「ディバインバスター!」
「紫電一閃!」
 風と炎が巻き上がり、三日月型の斬撃波とスバルを相手を螺旋の流れに巻き込まんと
する魔力波がなのはに襲い掛かる。
 大気を揺らす魔力の本流は、激流の如くなのはの行動半径を確実に削っていく。まる
で、なのはを一地点に誘い込み釘付けにしようとする攻撃には、ある一つの意図が透け
て見えてくる。
(範囲外からの超々射程砲撃)
 高威力砲撃魔法の使用には、莫大な魔力充填時間が必要になる。恐らく幻術によって
姿を隠したティアナは、何処かで息を潜めながら魔力をチャージしているのだろう。
 シンとスバルは、ティアナのチャージ時間を稼ぐ疑似餌であると同時に、なのはと狙
撃ポイントまで誘導する役目を担っている。
(なるほど…良く考えてる)
 シンの斬撃とスバルの拳打を避けながら、心の中で感嘆の声をあげる。出力制限を掛
けられているとは言え、なのはの魔力等級は現在AA級。魔法の威力防御力共に瞬間的
な威力では、まだまだ新人達には負ける事は無い。
 だが、魔力の十分なチャージ時間とカードリッジの装填数さえ揃えば話は別だ。機動
力でなのはに拮抗する二人に迎撃を任せ、自らは幻術を使用し姿を隠しトドメを指す。
 人によっては狡すっからいと責める戦術だが、今ある戦力を上手に利用した戦い方だ
。その点については、ティアナ達を褒めて良いと思うなのはだった。
「くっ!」
 シンの斬撃とスバルの拳打が、なのはのバリアジャケットを掠め大気が焼け唸る。
 出力制限を掛けられたままでは、その内に対処出来なくなると踏んでいたなのはだが
、その事態がこうも早く訪れるとは思っても見なかった。なのは、包囲網を強引に突破
する為、飛行経路を直角に変更する。
「させるかああ!」
 スバルが、ウイングロードをなのはの進行方向に何重にも敷き詰める。なのはは、激
突の瞬間に翼をはためかせ、道では無く壁と化したウイングロードをギリギリで回避す
る事に成功する。
 今まで、移動手段にしか使って来なかったウイングロードを障害物に使うとは。スバ
ルの意外性と想像力には舌を巻く思いだった。
「ここは…」
 廃ビルが重なり合うように聳え立った訓練場の丁度中央部。ここから、廃ビルが放射
上に訓練場全体に広がるように敷設されている。突然シン達の攻撃が止み、スバルがウ
イングロードの上でガントレットを構えている。
「…チキンゲームでもするつもりなのかな」
 丁度なのはと同距離の空中に止まり続ける二人。シンは無言のままカードリッジを装
填する。大砲のような轟音が鳴り響き、アロンダイトの刀身が赤熱化した。
 シンは、アロンダイトを正眼に構え、スバルはクラウチングスタートのままマッハキ
ャリバーが唸りを上げ始めた。
 "来るなら来い"
 言葉こそ上げていないが、二人の目がその事実を如実に告げている。
「いいよ。受けて立つよ」
 加えて言うが、模擬戦は喧嘩では無く訓練である。
 しかし、今の二人を見るに、そんな事も忘れてしまっているようだ。模擬戦の意味を
完全に履き違えてしまった二人に、なのはの堪忍袋の尾がついに切れた。

「レイジングハート!撃ち抜くよ!」
『Divine Buster』
 カードリッジが装填され、レイジングハートの光球が光り輝き、桃色の翼が羽ばたい
た。足元に展開された魔方陣が魔力を増幅し、レイジングハートの切先に魔力が収束し
始める。
「今だランスター!」
「行ってティア!」
 なのはが、砲撃体勢に入ろうとした瞬間、なのはの直上、太陽の中からスバルのウイ
ングロードが展開される。砲撃魔法は総じて、発射前後の隙が大きいのが特徴だ。一度
砲撃体勢に入ってしまえば、解除は容易では無い。
「はあああ!」
 その隙を突く様に、ティアナがウイングロードを落ちるように下ってくる。ティアナ
は、クロスミラージュを銃剣形態に変形させ、一直線になのはに向かって突撃する。切
先に展開された高濃度の橙色の魔力刃は、なのはのプロテクションと如何に強固と言え
ど十分に破壊可能なはずだ。
 この土壇場で、バックスによる直接攻撃など奇を衒うにも程がある。
(全く…)
 誰がこんな危険な事を教えたと言うのか。頭を冷そうとか言った問題では無い。なの
は、魔力弾を精製しティアナに向けて発射する。いつもより魔力を込めたアクセルシュ
ーターは、ティアナの意識を刈り取るには十分な威力だろう。
 ティアナに魔力弾が命中し衝撃でティアナの体がよろめく。しかし、魔力弾の耐え切
ったティアナは、健気にもクロスミラージュをなのはに向けて伸ばす。
(なんか、私悪役みたい)
 なのはは、砲撃体勢に入ったまま、片手でレイジングハートを支え、片手で落ちてく
るティアナの魔力刃を掴もうと手を伸ばすが、瞬時に異変に気が付く。
「幻術<フェイク>!」
 落ちてくるティアナの虚像は、なのはを通過し消えていく。
「しまった!」
 一瞬の意識の亡失。途切れた意識を繋ぎ合わせた時には、シンとスバルが既に攻撃態
勢に入っていた。

(ここまでは作戦通り)
 物陰に身を隠し、ティアナはクロスミラージュを構えなのはに照準を向けていた。ギ
リギリまでなのはに気が付かれないように、魔力の殆どを込めた渾身の幻術だ。
 ティアナの幻術は衝撃に弱い。素手で殴った程度の衝撃で消えてしまう幻術は、なの
はのような遠距離型の魔道師には相性が悪いと言いざる得ない。
 それ故にティアナは思考する。
 多重弾殻射撃のように、幻術の上から幻術を加工すればどうか。一層目の幻術を破ら
れても、二層、三層と続く幻術が相手を幻惑し続けるのでは無いか。
 しかし、それには多重連続詠唱と高何度の技術をいくつも必要とする魔法行使は、デ
バイスの補助があろうともティアナの技量を遥かに超えていた。
 シンとスバルが迎撃態勢を整える事を見計らい、三分と言う短い時間内に幻術を作動
させ、なのはに気づかれないように接近させる。
 タイミングの他に運も必要な、実にシビアな作戦だ。だが、それ故にハマッタ時の効
果は絶大と言える。
 ティアナの本分はあくまで精密射撃。いかに威力を込めようが、一発の威力はシンと
スバルに遥かに劣る。ティアナは、最後まで割り切って自分は徹底的に補助につもりだ
った。
 だが、勝負はここからである。
 策を弄し、持てる力の全てを注ぎ込んでも、それで漸く五分の勝負に持ち込める。
「紫電!」
「ディバイン!」
 ティアナの幻術で、なのはの発射が一瞬遅れる。
「一閃!」
「バスター!」
 スバルは、全魔力をガントレットに注ぎ全速力で疾走する。その後にシンが追随し双
翼が光り輝く。
「勝った!」
 ティアナの脳裏に勝利の二文字が浮かぶ。だが、流石管理局のエースオブエース"高
町なのは"。ティアナが必死で作った隙など、意に返していないのか、すぐさま体勢を
立て直しディバインバスターの砲撃体勢を整え、タイムラグを一瞬で帳消しにしてしま
う。
 桁外れの魔法制御技術と戦闘センスに、ティアナの顔から血の気が引いた。
 あれでは、近接戦闘に持ち込もうとする二人より、なのはのディバインバスターが発
射されてしまう。
「駄目!」
 このままでは負ける。非殺傷設定故に命の危険性は無いが、二人が傷つくのは確かだ
った。
 シンは、なのはのディバインバスターに晒されようとする瞬間、ティアナの中で何か
が"弾け"た。
 種が萌芽するイメージと共に体中に広がる圧倒的な全能感。集中力が桁違いに跳ね上
がり、肥大化した知覚領域に眩暈と吐き気を覚え、気絶しそうになるが気力で強引にね
じ伏せる。
 ホテル・アグスタの時に現れた力が、前回よりも明確にティアナの中に具現化する。

「クロスミラージュ!」
 クロスミラージュの答えより早く、ティアナは魔力弾の精製に入る。術式を一足飛び
で飛び越し、残された魔力を総動員し魔力弾精製に費やす。
 一、五、十二、三十五、総計五十発強の魔力弾を一秒に満たない時間で精製する。
(狙いは浅くていい。とにかく、アスカとスバルの援護を)
 魔力が切れかけ、息も絶え絶えなティアナだったが、必死の思いで魔力弾を制御する

「クロスファイヤー!」
 暴走した感覚が、ティアナに世界をゆっくりとした動きで見せている。なのはのディ
バインバスターが、発射体勢に入る。穏やかで優しい色をしているが、桃色の死神がレ
イジングハートから発射される。スピードに優れたスバルが、前に出ていた為に既に回
避不能な機動を見せていた。それに気がついたシンが、ディバインバスターに紫電一閃
を直接ぶつけようと、アロンダイトを振りかざした。
 最早一刻の猶予も無い。
「シューーート!」
 あらん限りの力を振り絞り、最後の魔法を行使する。ティアナの魔力弾は、普段では
考えられない程の猛スピードでなのはに向かって飛んでいく。
 その姿はまさに流星。
 橙色の流星は、シンとスバルを助ける為に空を駆け抜ける。
「あぐっ」
 発射と同時にティアナの魔力が底を尽く。魔力が無くなると、先刻まで神業のように
高まっていた集中力が嘘のように霧散してしまう。なのはのディバインバスターの軌道
を僅かでも逸らせればと、雲を掴む思いで放たれた魔力弾は、その殆どが軌道を外れ制
御を失って爆発する。
 ただ、一発を除いて。
「えっ」
 その時ティアナには何が起こったのか理解出来なかった。ただ、分かった事は自分が
放った魔力弾が、シンに命中した事だけで、轟音を立てて倒壊し始める廃ビルも、膨れ
上がった魔力の本流が空を赤と桃色に染め上げた事が何を意味しているのか理解する事
が出来ないでいた。

 最初シンも何が起こっているか理解出来なかった。背中に受けた強い衝撃で、極限に
まで張り詰めた緊張感が切れる。ダメージは大した事は無いが、衝撃で紫電一閃の制御
を失ったのが失敗だった。ディバインバスターに晒されるスバルを助けようと、ヴォワ
チュールリュミエールの制御をデバイスに任せていた事も運が無かった。
 シンの意識とは関係無く、体は猛烈な速度でディバインバスターに肉薄する。思惑通
りに行けば、相殺とはいかなくとも、威力の減殺には成功するはずだった。
『warning』
 突如甲高い声で叫ぶデスティニー。アロンダイトから赤い魔力光が立ち上り、制御を
失ったシンの魔力が暴走し始める。リンカーコアから規定外の魔力を吸い上げ、アロン
ダイトにこれまで宿った事の無い高濃度の魔力が注ぎ込まる。デスティニーの制御機能
に誤作動が誤作動し、アロンダイトの刀身が溶け始める。
 シンから立ち上る魔力量はAA級に匹敵し、尚上昇する様相を見せている。
(いけない!)
 魔力の暴走を間近で見ていたなのはの表情に焦りの色が浮かぶ。今のシンは自身の魔
力を制御出来ていない。内から溢れる魔力を強引に捩じ伏せようとしているが、あれで
は、溢れ出る魔力を抑える所か暴発させてしまうだけだ。
 一瞬の交錯、そして、爆発。
 赤い本流が世界を支配し、大球の魔力が地表の落下した。

「アスカ!スバル!」
 濛々と立ち込める白煙の中で、ティアナは二人の名を叫び続けていた。
「私の…私の性だ!」
 ティアナの表情は、瞳に涙を浮かべ今にも泣き出しそうな程歪んでいる。
 しかし、今は泣いている場合では無い。自分の誤射が原因で、なのはのディバインバ
スターとシンの紫電一閃が誘爆、大爆発を起こし、その衝撃で廃ビルが倒壊し始めたの
だ。
 ティアナは、爆炎の中から桃色の翼が飛び立つのを目撃している。少なくとも、なの
はは無事なのだろう。しかし、問題はシンとスバルの方だ。前方から、なのはの砲撃。
後方からティアナのクロスファイヤーを一発だけとは言え浴びたのだ。幾ら非殺傷設定
とは言え、シン達が受けたダメージは想像を絶するのはず。それに加えて、倒壊する巨
大から零れる大量の破片と爆炎は、二人の命を脅かす事を容易に想像させた。
 声は届かなくとも念話を使えば、少なくともシン達の現状くらいは確認出来たはずだ
。しかし、今のティアナは、そんな基本的な事すら忘れてしまう程動揺していた。

(嘘…嘘…)
 心の中で"嘘"と何度も繰り返す。だが、この惨状は嘘でも何でも無く、ティアナ・ラ
ンスターが引き起こした紛れも無い事実だった。
 降り掛かる火の粉を払いもせず、ティアナは二人の無事を確かめる為に全力疾走で走
り続ける。
 脳と肺が空気を求めて、見っとも無く喘ぎ続けが、今のティアナに取ってそんな事は
些細な事だった。
 鋭敏化したティアナの視力は、自分が放った魔力弾がシンの背中に命中するのを、そ
の眼に焼き付けていた。ティアナの魔力弾が、シンの紫電一閃となのはのディバインバ
スターが激突するよりも幾分か早い着弾。桃色の魔力光を包むように爆発した赤い炎。
それは即ち、シンの紫電一閃が暴発し、なのはのディバインバスターと誘爆した証拠だ
った。
 加えて言うが、シンの紫電一閃は未完成だ。魔法発動の魔力量は問題無いが、魔力制
御が徹底的に下手糞なシンは、魔力を刀身に押し留める事が出来ない。
 今のシンに取って紫電一閃は、暴発の瞬間まで魔力を増幅し、そのまま斬撃波として
使用するのが、正しい使い方なのだ。
『接近戦で紫電一閃を?…そうだな』
『出来そう?』
『…そうだな、試して見るか』
『お願い、なのはさんに勝つには、アスカの力が必要なの』
『分かった』
 早朝訓練の会話を思い出す。
 恐らくシン自身、紫電一閃を本来の使用方法で使う事に一抹の不安があったはずだ。
それが証拠にシンは、ティアナのプランに最初難色を示していた。しかし、迷いを振り
切るかのように、絶大な信頼を込めてティアナの作戦に同意してくれた。そして、それ
を命じたのは他ならぬティアナ自身だ。
 悔やんでも悔やみきれるものでは無い。
「はぁはぁはぁ」
遥か上空、煙った空の中に桃色の翼がはためくのが見える。
 なのはの無事を完全に確認したティアナは更に走り続ける。肺が酸素を求め、脳が立
ち止まる事を要求しているが、構っている暇は無い。ティアナが今直ぐにしなければな
らない事は、一刻も早く二人の安全を確認する事だ。六課やフォワードとしてでは無く
、ティアナ・ランスター、一個人がそれを望んでいる。
 瓦礫の山を越え、火の粉を振払い、爆心地目掛けてひた走る。やがて、白い煙が薄れ
始め、爆心地に差し掛かる。爆発の余熱がそこらかしこで燻り続け、周囲はさながら焦
熱地獄と化していた。
 爆発したのは遥か上空のはずなのに、弾かれた魔力弾が地面を抉るように出来た巨大
なクレーターにティアナのが背筋が冷たくなった。
 土が焼け、大気が焼け、全てが赤く染まっている。
「嘘…よね」
 ティアナの口から思わず本音が漏れる。
 自分のミスを認めたく無いのでは無く、認める事が出来そうに無い現実があった。擂
鉢上に陥没したクレーターの中心に赤い双翼が力なく羽ばたき続けている。
「嘘…よね」
 言葉とは裏腹に、ティアナの瞳は認めたく無い"現実"を確かに捉えている。
 無我夢中で双翼に駆け寄る。熱で髪と手を火傷したが、ティアナは走る事を止めない

「嘘って言ってよ、アスカ、スバル!」
 だが、幾ら心と脳が現実を否定しようとも、今起こっている事実は覆せない。
 ティアナは瞳に涙を浮かべながら叫び続ける。爆発の余熱が凄いのか、スバルを護ろ
うとして展開されたシンの魔法が凄いのか。意識が無いスバルを抱きしめたシンの背中
から、赤い双翼が聳え立ち破片と火の粉から二人を護っている。
「いやあああああ!!!」
 額から夥しい血を流し瞳を閉じたシンを見て、ティアナは叫び続ける事しかできなか
った。