RePlus_閑話休題_前編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 12:01:29
  1. ??:??:??
     さて、と小話を始めましょうか。
    可能性は無限です。
     でも、実際そうなるかは、やってみなければ分かりません。

 0082年 八月中旬
 首都クラナガン ティアナ・ランスター私室。

「あちゃあ」
 色の変わった検査薬を眺めながら、ティアナ・ランスターは深い溜息を付い
た。何となく予期していた事だが、現時に自分の身に降りかかってみると案外
気が滅入った。まだ早いと思っていたが、こうなってしまうと彼に打ち明ける
他あるまい。彼がどんな反応を見せるのか楽しみな面もあったが、その前に片
付けなければならない問題は山積みだった。
「さて、どうするべきか」
 携帯電話を睨み付けながら、ティアナ・ランスターは眉間に皺を寄せていた。
 ティアナ・ランスター、年齢二十四歳。
 夢叶い本局勤務の執務官となって五年。
 あれから実に七年の月日が経過していた。

 魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
 閑話休題"あの日、あの時、あの場所で-RePlus If..."

「うえぇ」
「先輩大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ無いわよ」
 口腔に広がる胃酸の味に顔を顰めながら、ティアナはトイレの洗面台に吐瀉
物を撒き散らした。後輩であり執務官補佐であるジニー・カタクラが心配そう
な視線で、ティアナの背中を摩っている。
「でも、先輩一体どうしちゃったんですか?シャングリラのパスタあんなに大
好きだったのに戻しちゃうなんて」 
「私が聞きたいわよ」
 ティアナは、事務仕事を午前中の内に片付け、自分の補佐官であるジニーを
連れて少々早めの昼食に出掛けた。目的地は、美味しいと評判の洋食屋で、ま
だ正午前だと言うのに店の前には十人程度が列を作って並んでいる。茹だる様
な暑さの中を苦労して並び、店の中に入った時には、もう正午を回っていた。
 汗で肌にへばり付くブラウスは不快だったが、店内は空調が行き届いており
不快感も直ぐに消えた。ウェイターに意気揚々と注文したティアナだったが、
肝心の料理が運ばれてくると何故か喉を通らない。パスタの濃い味付けだけが
目立ち舌を刺激し、飲み込むことが出来ないのだ。そればかりか、セットメニ
ューのサラダにあろうことか、レモンドレッシングを鬼のようにかけ始める始
末だった。

 サラダを芋虫のように食べ続け、無理してパスタを喉の奥に押し込み終わる
と、ティアナに待っていたのは、我慢できない程の嘔吐感だった。結局トイレ
に駆け込み、後輩に情けない姿を晒す事になった。
「やっぱり…この間の合コンのお酒、残ってたんですかね」
「かもしてないわね…全くアンタ達が無理に誘うからよ」
「だって、先輩居ないと男寄って来ないんですもん」
「知らないわよ、そんなの!」
 ジニーも決して器量が悪くない分けでは無い。だが、野暮ったい眼鏡と低い
身長。限りなくおかっぱに近いボブカットが彼女を必要以上に幼く見せていた

「でも、先輩、あの時そんなに飲んでましたっけ?」
「カシスオレンジかカルーアミルクだけよ」
「まさか、ウーロン茶とウィスキー間違えて飲んだとか」
「そんな馬鹿なオチなわけ無いでしょ。って言うか一応お酒なんだから、飲め
ば直ぐに分かるわよ」
「うっそだぁ、先輩、結構味音痴じゃ無いですか」
「納豆にマヨネーズと鮭入れて食べるあんたには負けるわよ」
「あっ酷い。あれ美味しいんですよ」
「マヨネーズの味しかしなかったわよ…うえええっ…」
 再度洗面台に顔を沈めるティアナ。ジニーは困った先輩だなと思いながら、
ティアナの背中を撫で続ける。
「サラダにあんなにレモンをかけちゃう何て…すっぱく無いんですか」
「仕方ないでしょ…何か物足りなかったんだから」 
「先輩…変な病気にでもかかったんじゃ無いですか?」
「ジニー、変な事言わないで」
「昼から休んで病院行った方が…いいんじゃ」
「…かもねぇ」
(変な病気じゃ無きゃいいけど)
 ハンカチで口を拭いながら、ティアナは能天気に考えていた。

「お前、それ悪阻だよ」
「はい?」
 ティアナは、両手に抱えた山盛りの捜査資料を思わず落としそうになった。
寸前に踏みとどまったのは、流石は元六課フォワードであり、現役のAA級
魔道師と言った所か。
「ははは…課長、人が悪いですよ。そんな冗談ばっかり」
「普段食べれた物が急に食べれなくなって、酸っぱい物が欲しくなったんだ
ろ」
「そうです」
「いや、だからそれ悪阻だって。一回病院行った方が良いな。今から有給使
うか?行くのが不安なら薬局で検査薬買って調べてみなよ。最近のは正確だ
ぞ」
「本気…ですか?」
 昼間の件が気になり、世間話がてらに上司であるアスベル・フォールズに
話してみたのだが、ティアナにとっては悪い夢を見ているようだった。何故
か管理局には、女性の管理職が多い。ベリーショートが特徴的なアスベルも
例に漏れずそうだった。
「女なら誰でも通る道だ。とっとと男連れて来て一緒に行って来い」
 からかうような口調で、ティアナの下腹部をボールペンで指差すアスベル。
「それとも、行きずりの男と寝たか?」
「そんなわけ無いでしょうっ!」
 今度は舞い散る書類を気にもせず、力任せにアスベルのデスクを叩くティ
アナ。通り掛かった捜査員が何事かと眉を潜める。

「…す、すいません」
 気まずい空気の中で、ティアナは咳払いし小声で話し始める。元々貞操観念が
強い彼女は、不特定多数の異性と関係を持つ事が考えられ無かった。
「…幸い今は重要案件も無い。もう面倒臭いから、書類拾ったら有給やるから病
院行け。これは課長命令だ」
「そんな横暴な」
「復唱は?」
「…ティアナ・ランスター執務官…病院行って来ます」
「はい、行ってらっしゃい」
 ひらひらとハンカチを振りながら、ティアナを課長室から追い出すアスベル。
ティアナは恨めしそうな視線を送るが、アスベルは気にした様子も無く、端末
に向かい構ってられないとばかりに仕事を始める。自分の周りには、どうして
こう我の強い人間が集まるのか、ティアナは、嘆息しながらドアを開けると、
外から同僚達が雪崩のように倒れ込んで来た。
「何やってんの…アンタ達」
「「「いや、その、あの、ははは」」」
 いい歳した女達が、全員この狭いドアに聞き耳立てていたのだろうか。その光
景を想像するだけで頭痛がして来る。
「さっさと仕事に戻りなさい!」
 こめかみに青筋を浮かべながら捲くし立てるティアナ。全員蜘蛛の子を散らす
ように一目散に逃げていく同僚達。
「全く…」
 そのまま自分のデスクに戻り捜査資料と日報を手早く纏め、山盛りの書類と格
闘するジニーを捕まえ簡単に引き継ぎを済ませる。同僚達の追及が来る前に、速
やかに戦線を離脱しなければならない。人の噂とお喋りが大好きな彼女達だ。課
長との会話は、十中八九彼女達の耳に入っただろう。
(拙い…それは拙いわね)
 古今東西女性の恋愛話と言うのは時と場所を選ばない。執務官になってからは
、課内の同僚にも色恋沙汰の私事は殆ど話していない。
 仕事一筋かと思われたティアナ・ランスターに実は男が居た。
 まず、間違い無く噂に尾鰭が付き、翼が付き、角が生える。質問攻めの後には
、ペンペン草一つ生えない荒野が広がるのみだ。
「だけど、その前に…」
 気配を消し、細心の注意を払いながら給湯室まで逃げ延びる。慣れた手付きで
携帯を操作し、意中の番号を選択する。
『はい、もしもし』
 数回のコールの後で聞きなれた声が聞こえてくる。
「あっアスカ?今都合いい?」
『少し待ってくれ…エリオ悪いけど席外すぞ』
「うん」
 ほんの数秒の事なのに、ティアナには刻が止まったかのように錯覚してしまう。
『いいぞ…どうかしたのか?』
「う…うん。アスカ…そのね…実は」
(やばい…私緊張してる) 
 唇が乾き、若干だが声が震えているのが分かった。
(落ち着け…落ち着け…落ち着け、私。センターガードに必要なのは絶対的な平
常心よ。…それにまだそうだと決まったわけじゃ無い)
「あ、ひゃのね」
『はい?』

「ち、違うの、今の無し。ちょっと待って!」
 心の中で手のひらに人の字を書きながら、セルフコントロールに必死なティア
ナ。だが、平静であろうとするが故に、声は上擦り呂律が回らない。バクバクと
高回転型エンジンのように唸りを上げる心臓。大容量のエンジンは、必要以上に
血流を吐き出しティアナの顔を熱で埋める。
(だから、落ち着け…私)
「あ、あのね、もしかしたら、私!」
 勇気を振り絞り言葉を必死で紡ぎ出そうとした瞬間、ティアナの視線が妙な物
を捉えた。給湯室の影から同僚達が、まるで、トーテムポールのように顔を重ね
ニヤニヤ笑っているのが見える。不気味以外何者でも無い光景だが、彼女達は至
って大真面目だった。
 羊の群れを前にした狼のように、瞳を好奇の色で染め上げ、襲い掛かる機会を
今か今かと待ち構えている。
「と、とにかく。今日は早く帰って来て!大事な話があるから!」
『あっ、ああ』
 ティアナは慌てて電話を切り、ジニー達の方に振り返る。比喩では無く、実際
顔から火が出てるんじゃ無いかと思う位に熱かった
「あ、あんた達…何やって」
「先輩…彼氏居たんですか?」
 ジニーが、トーテムポールの一番下から目をキラキラ輝かせながら口火を切る。
「い、いちゃ悪いの」
 羞恥のあまりに我を忘れたティアナは、半ば逆切れとばかりにがなり立てる。
普段冷静沈着な彼女が取り乱す様子は珍しく、その原因が"男"絡みであるならば
、同僚達には垂涎の的だ。
「誰、誰、誰!」
 名前は?年齢は?何処で出会ったか?付き合って何年?どんな人?格好良いの
?矢継ぎ早に繰り出されるマシンガントークは、何か反論しようにも機会は悉く
潰され、さながら誘導尋問のように、ティアナの精神力を削って行く。結局、見
るに見かねた課長が場を治めるまで追求は続いていた。