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RePlus_閑話休題_後編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 12:11:39

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
閑話休題"あの日、あの時、あの場所で-RePlus If..."

 そんなこんなで、ティアナが都内のマンションに帰って来た頃には、午後七時を回っ
ていた。帰りに薬局で買った妊娠検査薬の反応は大当たり。ほぼ、間違いなくティアナ
・ランスターは、シン・アスカの子供を身篭っていた。
「うわぁ」
 頭痛を感じながらも、ベットの上で胡坐をかき、頭を抱え困り果てる。
 ベットの上で悩み貫いたティアナだったが、普段の習慣とは怖いもので、いつの間に
か無意識に冷蔵庫の前に張り出された当番表に目を通していた。。
「ああ、今日私か」
 ティアナの項目に夕食当番の文字が躍っている。こういう時は何かしていた方が気が
紛れると考え直したティアナは、慣れた手付きで冷蔵庫の中から食材を取り出し、夕食
の支度に取り掛かった。
 昔は髪を結っていたティアナだったが、今は髪をストレートに伸ばしていた。ヘヤピ
ンで髪を簡単に結い上げ戦闘準備を整える。
 一緒に暮らし始めてからは、家事は完全当番制になっている。余程の事が無い限り、
住人通しで遵守されているルールだった。
 共同生活に必要なのは、規律と規則である。そこを曖昧に濁していては、喧嘩の火種
になってしまう。元々シンが借りたマンションだったが、そう言う関係になって以来何
となく居ついてしまったのだ。
 あまり料理をしないティアナだったが、人間必要に迫られれば案外簡単に覚えるもの
で、料理の腕も人並みに上達していた。
 "三人"の共用エプロンを身に付け肉を炒め始める。真っ赤な柄にアクセントとして、
凶悪な瞳のペンギンが刺繍されている。肉が余っていたが、今は食べたい気分で無かっ
たので野菜炒めに変更する。フライパンからこんがり良い匂いが漂い始め、鼻歌を歌い
ながら仕上げに入る。
「うん、結構いけるじゃない」
 人間現金な物で、上々の仕事ぶりにティアナの頬が緩んだ。
「ただいま~」
「お帰りなさい、はやてさん」
「うん、ただいまやティア」
 もう一品付け足そうと、冷蔵庫の中身を漁っていると、やたらと上機嫌なもう一人
の同居人が帰って来る。昔よりほんの少しだけ髪を伸ばしたはやては、何がそんなに
嬉しいのか流行の歌を歌いながら、やたらと巨大なケーキを机の上に乗せ、ニヤニヤ
と思い出し笑いを浮かべていた。
「ど、どうしたんですかそれ。それに、そんなに嬉しそうにして」
「ん?えっと、実はなぁ…やっぱあかん。アスカさんが帰って来てから話すな」
 語尾に音符マークを付け、ニヤニヤと心ここに在らずといった様子のはやて。時た
ま思い出したようにティアナの方に視線を向けながら、机をドンドンと叩く様は不気
味以外何者でも無かった。
「ただいま」
 タイミングが良いのか悪いのか。ティアナの悩みの原因であるシンが帰宅する。シ
ンは、エリオと共に本局勤務の武装隊に異動し、日々厳しい訓練に身を置いている。
 肉体的にも精神的に成長した後が窺え、しかし、赤い瞳とどこか子供っぽさと残し
た表情は昔のままで、ティアナ・ランスターが知る、実直なシン・アスカそのものだ
った。
「おかえり~」
 嬉しさのあまり"ふにゃふにゃ"に溶けてしまったのか、甘い声を出しながらシンを
出迎えるはやて。

「あんなぁ、シン。うち、今日なぁ」
「せめて着替えて下さい…八神部隊長。制服…皺になります」
 矢継ぎ早に猫撫で声を上げながら、シンに抱きつこうとするはやて。そんなはやて
をシンは苦笑い出迎えた。
「そうやな、うん…そうやな。焦る事無いもんな。ちょっと待っといてな、シン」
 スリッパで廊下をパタパタと鳴らしながら部屋へ戻る。普段に比べ随分上機嫌なは
やてに、シンは、不思議そうな顔でしながら、リビングのソファーに上着を無造作に
置きネクタイを緩めた。
「ちょっと…アスカ。はやてさんに、あんな事言うんなら自分もちゃんとしなさいよ」
「悪い」
「もう…」
 ティアナは文句を言いながら、シンの制服を皺にならないようにハンガーにかける
。この辺の仕草が手馴れすぎていた。
「携帯、途中で切れたけど、今日なんだったんだ?」
「ああ…あれね」
「何か仕事で問題でも起こったのか?」
「ううん・・・その、問題と言えば問題なんだけど、問題で無いと言えば問題で無いわ
けで…って言うか長年の勝負に決着が着いちゃったかもと言うか…その…あははは」
「なんだそれ?」
 ティアナは、頬を赤く染めながら両手をブンブンと振って否定する。珍しく歯切れ
が悪く言い淀むティアナに、シンは訝しげな視線を送る。いつもティアナならば、悪
い事も良い事も関係無くズバズバ言ってのけるのだが、今は問題を先送りしているし
ているようにしか見えなかった。
「…本当に何かあったのか」
「な、なんでも無いわよ」
「なんでも無い事無いだろ、ランスター。今まで勤務時間中に電話なんか掛けて来た
事無いだろ」
(鋭い…)
 親しき仲にも礼儀有り。公私は分けて然りである。自分も忙しいがなら、相手も当
然忙しいと思え。勤務時間内のシンとティアナの連絡方法は専らメールで有り、それ
も緊急時以外は殆どやり取りは行って来なかった。
 ティアナに息がかかる程、顔を近づけるシン。シンの赤い瞳にティアナの顔が映り
こむ。それだけで、ティアナの体温が爆発的に上昇し、シンの顔をまともに見る事が
出来ない。
「と、とにかく、先にご飯食べよ、ねっ。ア、アスカもお腹空いてるでしょ。今日は
結構自信作なのよ」
「確かに腹は減ってるけど」
「でしょでしょ。はやてさん来たら食べよ」
「ん…ああ」
「お待たせ~」
 シンも釈然としない表情のまま食卓に着く。涼しげなキャミソールとローライズの
ジーンズに身を包み、着替えが終わったはやても続いて席に着く。
 食事は恙無く進み、何かに悩み続けているティアナと変なスイッチが入ってしまっ
たのか、上機嫌過ぎるはやてが対照的だった。食事の量にしても、箸が進んでいない
ティアナ。ご飯三杯もお代わりするはやて。二人に何か重大な出来事が起こったのは
明白だった。
「二人とも、ちょっといいかな」
 最初に口火を切ったのは、はやてだった。来たとシンは心の中で身構える。
「今日実は病院行ってんな」
「病院…はやてさん、どっか悪いんですか?」
 ティアナは、はやての言葉にギクリと驚き、肩が踊り額に冷や汗を掻く。何だかと
ても、嫌な予感がしたティアナだった。
「ううん、違うでシン。まぁ詳しくは、これちょっと見てな」
 リビングのテーブルにデンと鎮座するケーキ。ウェディングケーキ真っ青の大きさ
だ。シンは、はやてに何処で買ったと言うより、どうやって持って帰って来たのかを
聞きたかった。
「シン、開けて見てな」
「あ、ああ」
 ケーキの梱包を恐る恐る解くシン。箱を開けた瞬間、デコレーションされたケーキ
の中央の板チョコの上に"八神はやて御懐妊(ハート)"の文字がシンの目に飛び込んで
来る。

「三ヶ月やって!」
 微笑むのはやての顔を見た瞬間、シンの頭の回線がダース単位でショートした。瞼
の裏で火花が散り、意識が徐々に遠のいて行くのを感じる。三人一緒に住んでいる以
上、それ相応の事は致している。
 それは、否定しない。
 互いの行為に関しても不干渉を決めて、公正なルールと意思を尊重しあっている。
 シンも一応常識人だ。自分の私生活と仕事を天秤に掛けた上での決まり事だと思っ
ている。当然アレな時は、細心の注意を払うのは忘れていない。 
(な、何で)
 記憶を穿り返して見ても、アレを使うのを忘れた時など一回も無かった。はやても
シンの気持ちを汲んでか、アレを使う事を拒否した事など一度も無かったのだ。
(ふ、不良品か)
 穴とか、忘れたとか、妙な単語がシンの頭の中を巡り続ける。
「あっ…」
 大体の月日を計算し、ある一つの出来事がシンの脳裏で膨れ上がる。
 シンの首は、錆びた金属のようにギギギと音を立てながら、はやての方に顔を向け
る。
「うん…多分、あの時♪」
 顔を赤く染めるはやて。当時の状況を鮮明に思い出したシンの記憶が爆発しそうに
なる。
 白い肌。
 全身を溶かすような熱を持った空気。
 シンの目に飛び込んで来る二人の女性。
 落雷にも似た衝撃が脳髄を刺激し、体全体を毒を持った甘さが包み込む時間。。
「あ、あ、あ、あ、あ」
 当事者である二人を前にすると、当時の状況がより鮮明に現実味を帯びて再現され
る。シンは、その記憶のおかげで脳がぶっ飛んでしまい、壊れたテープレコーダーの
ように同じ言葉を繰り返している。
 確かにそうである。あの時は何を考えていたのか、いや、何も考えて無かったに違
いない。
 当時の状況を思い出すシン。あの日は、珍しく三人揃っての非番だった。はやてが
ゲンヤから貰って来た馬鹿みたな値段の高級酒を三人で飲み、ベタな恋愛映画を見て
いたのだ。容は、二人の女性の間で主人公がオロオロする他愛も無い話だ。結局主人
公は、ヒロイン二人に振られてしまい、田舎で再起をかける所で物語は終わっている
。三人共自分達の境遇と映画の主人公に妙な共通点を見つけながら、映画に見入って
いた。
 そして、その内に妙な雰囲気になってしまい。
「わあああ」」
 大声を出しながら頭を掻き毟るシン。今更若気の至りと言うつもりは無い。無いの
だが、あの時の自分はおかしかった。普段なら決して使う事も無い言葉が堰を切った
ようにポンポン飛び出し、思っていてもしないような事を次々と行動に移してしまっ
た。
 恥ずかしさと自分の"痛さ"の板挟みになり、臆面の無くフローリングの上を転がり
回る。よくよく思い出して見れば、あの時は確かにアレを使っていない。時期的にも
ばっちり符合する。
「テヘっ♪」
 舌を出し、はにかみながら、照れに照れまくる八神はやて年齢二十七歳。実は、三
十路に片足突っ込んでいたりする。
 転がるのを止めたシンだが、心の動揺は抑える事は出来ない。
 一先ず落ち着こうと、冷蔵庫から麦茶を取り出し飲み干す。冷たい麦茶が喉を駆け
抜け、幾分が気持ちが落ち着いて来る。
 いつか、こんな時が来ると思っていた。問題を先送りにし"選ぶ事"をせず、微温湯
の中で浸かり続ける"日々"がいつまでも続くはずが無いと。

 だが、こうなった以上は責任を取らなければならない。
 選択の時が来てしまったのだ。
「ランスター」
「うっぷ」
 真面目な顔したシンを尻目に、突然口を押さえ洗面所に駆け込むティアナ。その様
子をシンは呆然と見つめ、はやては、溜息を付きながら付き添った。
「ごめん…アスカ。多分私も…かも」
 洗面所から青い顔をして出てきたティアナを見て、麦茶を吐き出しながら、今度こ
そシンの精神は限界を超えた。

「それで、逃げて来たと」
「すまん…エリオ」
 机の上でグッタリ身を伏せるシン・アスカ年齢二十五歳。数多の戦場を駆け抜け、
幾多の修羅場を渡り歩いた凄腕魔道師の姿はそこには無く、香ばしいヘタレ臭を匂わ
せた情けないシン・アスカが存在していた。
 気力と体力を根こそぎ奪われたのか、今のシンならば誰と戦っても負けるんじゃ無
いかと思う程、消耗し切っていた。
「でも、おめでとうございます、シンさん。赤ちゃんが"同時"に"二人"も出来るなん
て、おめでたいですよね」
「ありがとう、キャロ…でも、悪意を感じるのは俺の気の性だよな」
 ドンと大きな音を立てて、シンの前にぶぶ漬けが大盛りで差し出される。
「気のせいじゃありませんよ、シンさん。不潔です」
 妹のように可愛がって来たキャロに軽蔑の視線を向けられるシン。キャロの言葉が
、心にグサリと深く突き刺さる。そのままキャロは、肩を怒らせながらキッチンの奥
に引っ込んでしまう。
「すいません、キャロ機嫌悪いみたいで」
「みたいなだな」
 はははと乾いた笑いを漏らしながら、シンは盛大な溜息をついた。弟分であるエリ
オは、シンに同情の視線を向ける。昔は大人しく引っ込み思案なキャロだったが、歳
を重ねると共に自己主張する回数が増えていった。意外にも独占欲と嫉妬心が高く、
エリオが同僚の女性と口を聞いただけで、機嫌を損ねてしまう時すらある程だ。
 そんな時、決まってエリオもシンのマンションに逃げ帰り、シン達に相談に乗って
貰うのだった。
 実を言えば、今シンが住んでいるマンションも、武装隊に転属になった時に家賃の
節約を考え、エリオを二人の名義で借りたものだった。
 だが、いつの間にか、はやてやティアナが居座るようになり、居心地の悪くなった
エリオは下の階に住むキャロの部屋へと転がり込んだ形となる。
「すまない…二人の邪魔だとは思ってるんだが、俺も少し考える、いや、状況を整理
する時間が欲しいんだ」
 シンの悩み自体は不純極まり無いものだ。互いに適齢期とは言え、結婚前の女性二
人と関係を持ち、あろうことか、そのままズルズルと関係を続けていたのだ。普通に
考えれば、倫理観を激しく逸脱した行為は褒められたものでは無く、訴訟沙汰になっ
てもおかしく無かった。

 ぶぶ浸けを胃にかき込みながら、シンは真剣な面持ちで答える。
「シンさん。別に無理して食べなくても」
「いや、折角出されたんだから、食べないと悪いと思って」
「食べたら出て行け何ですから、食べない内は、ここに居てもいいんですよ」
「…なるほど」
 真夏だと言うのに、エリオは、煮立った日本茶を一気に喉に流し込む。因みにミッ
ドチルダでは、空前の日本食ブームの真っ最中。
 シンとエリオも違法な過激派輸入業者の取り締まりに追われている。
「で、どうするんですか」
「責任を取るさ」
「いえ、だからどうやって」
 妙に落ち着き払った態度のエリオ。その様子を見るとシンよりも年上に見える。
「どうしたら…いいと思う」
「シンさん、自分の事何ですから」
「とっとと出てけ!って言うか二人のとこに行きなさい!」
 悩み続けるシンにキャロの怒りが早くも爆発する。
 キッチン飛んで来たフライパンを避けながら、シンは一目散に逃げ出した。

「さて、どうするか」
 一人では無くまさか二人同時とは。予想外過ぎる事態に、シンの処理能力はオーバ
ーフロー寸前だ。責任と取ると言っても、問題は責任の取り方であり、どちらを立て
ても角が立ち、双方上手く纏める方法が思い浮かばない。
 ああだ、こうで無いと悩みながら、部屋のドアの前を行ったり来たり繰り返す。
「考えても仕方ないのかもな」
 とにかく、二人と話し合う事が肝心だと意を決して部屋へと戻ろうとする。
「シン!アスカアアアア!」
 エアロックが開き、ドアが開いた瞬間、体ごと砲弾のように弾け飛んできたヴィー
タが拳打と蹴打がシンに襲い掛かる。
「ちょっと待っ!」
 あまりに唐突な襲撃にシンは対応出来ず、殆ど無防備な状態でヴィータの攻撃に晒
された。人体急所を的確に捉えたヴィータの攻撃でシンは、一瞬で意識が刈り取られ
、廊下にボロ雑巾のように転がった。
 シンをしこたま殴り付けたヴィータは、取り合えず気が済んだのか、シンの首根っ
こを捕まえズルズルとリビングへと引き摺って行く。
 周囲に与える被害を考え、アイゼンを使わなかっただけ、少しだけ成長の後が伺え
た。
「シグナム、下手人だ」
「ああ」
 ドンとフローリングに突き刺さるレヴァンティン。後数ミリずれていれば、シンの
頚動脈が大変よろしく無い状況に陥ったところだ。シンの首筋で照明に反射しキラリ
と光り輝くレヴァンティン。
「し、師匠」
 シンが恐る恐る顔を上げると、騎士甲冑に身を包んだシグナムが、不機嫌を隠す事
無く鋭い視線のままシンを見下ろしていた。
「私が何を言いたいか…分かっているな」
「な、何となく」
 シグナムから不可視のプレッシャーが開放される。
「よかろう。なら、歯を食いしばれ馬鹿者があああ!」

 こめかみに青筋を浮かべ、烈火の如く怒り狂うシグナム。自分の家族を傷物にされ
たのだ。そりゃ怒るよなと、シンは、吹き飛ばされながら考えていた。
「シグナムはシグナムでシンの事を気にいっとったからなぁ」
「混ぜろ、シグナム!」
「混ざれ、ヴィータ」
「ぐえ」
 蛙が潰されたような声を上げるシン。二人共手加減するつもりの無いのか、シンを
蛸殴りにしている。
「シグナム副隊長って…やっぱり、そうなんですか」
「そうですねぇ。弟みたいに可愛がってましたし。何だかんだと言っても、あの無茶
な特訓に付いて来たのって、アスカさんだけですしね…最近会って無かったから、寂
しかったみたいですよ」
「どうやろねぇ。当人もよう分かって無いんちゃうかな。今のシグナム見てると、昔
の自分見てるみたいでむず痒いってのが本音なんやけどね」
「それ、なんとなく分かるかも」
 女性陣は女性陣で既に話し合いは済んだのか、アイスティーを飲みながらゆったり
歓談している。
「まぁここじゃ設備も無いですから、ティアナさんの検査は、明日六課隊舎でと言う
事で」
「お世話かけます。シャマル先生」
 ティアナの検査日程まで着々と決まる中で、ヴィータとシグナムにひたすら折檻さ
れ続けるシン。家族の云々と言うより、殆ど私怨混じりの折檻だった。
「ほら、シグナム、ヴィータ、その辺にしとき。それ以上やると、幾らアスカさんで
も死んでまうで。特にシグナム。レヴァンティンとと騎士甲冑まで持ち出してからに
…ほんまに困った子達や」
「ご、ごめん…はやて」
「申し訳ありません、主はやて」
 まるで、母親のように二人を嗜めるはやて。妙に堂の入った貫禄は命を宿した女性
の証なのだろうか。
「ちょっと、アスカ…大丈夫」
「な、なんとか」
「やめてよね…もう、アンタ一人の体じゃ無いんだから」
 ティアナのさり気無い言葉にシンの心音が跳ね上がる。二人の体には、自分の血を
分けた命が宿っているのだ。
 確かに、もう自分だけの体では無いが、そんな事を急に言われると、どう答えてい
いのか分からなかった。
「いいわよ、別に無理に結論なんか出さなくても。今更なんだから、無理に形に嵌め
る事も無いでしょ」
「しかしだな。世間体とかあるだろ…例えば近所付き合いとか」
「はいはい…アスカは難しく考える必要なんか無いわよ。私は、今のままでも十分幸
せなんだからね…アンタはそうじゃ無いわけ?」
 シンを真っ直ぐを見つめながら、嘘偽り無い本心を告げるティアナ。
「言うなぁティア。シン、当然私も幸せやで」
(か、勘弁してくれ)
 事の最中ならともかく、幾ら本人達を目の前にしているとは言え、気後れ無く愛の
言葉を囁ける程、シンは精神的に強く無い。うろたえ、動揺するシンを満足そうに見
つめるはやては、少し楽しそうだった。
「でもなぁ…何かこう、アレやな」
「アレって何ですか…」
 げっそりとし、シンはソファーに寝転がったままピクリとも動かない。はやては、
顎に手を添えて静かに黙考する。
「うん…シンが、私に対して敬語が抜けへんのと、ティアを未だにファミリーネーム
で呼ぶのは癖やから仕方無いにしても…ほら、一応三人の関係が新しい展開を迎えた
んやから、ちょっと変化を加えても良いと思うねん。簡単に言えば呼び方変えるとか
な」

「はぁ」
 シンは、うつ伏せになり、はやての言葉を聞いているのかいないのか、曖昧な返事
を返す。シンの隣でティアナが状況についていけずキョトンとしている。
「うん、だからな、シン。私な、これからシンの事"ダーリン"って呼ぶな」
「な、なん、なん!?」
 慌てて起き上がり、酸素を求める金魚のように、口をパクパクをさせるシン。何故
かつられてシグナムも口をパクパクさせている。冗談を言うような口調だが、頬を朱
に染め上げ、満面の笑みを浮かべたはやては美しかった
「だ、だ~りん!?」
 はやての言葉に目を白黒させるシン。完全に意識が別の領域に次元転移してしまっ
ている。
「うん、そうや!ダーリン♪」
 既に何かのメーターを振り切ってしまったのか、ノリノリのはやて。その様子を羨
ましそうに見つめるティアナ。
「ティアも言って見る?」
「えっ、いや、私は別に…」
「そんな、恥ずかしがらんでも、一回言ったら後は流れやで」
「で、でも、はやてさん」
「ええから、言ってみ」
 ティアナの両肩に手を置き、耳元で囁きかけるはやて。何かこそこそとティアナに
吹き込んでいる。ティアナは逡巡し、やがて、決心が着いたのか極大の爆弾を投げ放
った。
「だ…だ~りん」
「ら、ランスター?」
 シンの脳が今度こそ完全に破壊される。状況を理解する事も出来ず、内から妙な感
覚だけが湧き上がってくる。
「だから、ダーリンよ!ダーリン!さっきから、ダーリン!って、言ってるじゃない!」
 殆どヤケッパチで大声で叫ぶティアナ。耳まで真っ赤に染め、モジモジと恥ずかし
がりながら「だ~りん」と叫ぶティアナは、いつも強気な態度からは想像も出来ない
程に可愛かった。
 はやての笑顔とティアナの照れる様子を見たシンは、顔を逸らしクッションに顔を
埋めてしまう。
(駄目だ…これ以上直視出来ない)
 シンの理性の耐久値は、とっくの昔に限界値を超え、いつ崩壊してもおかしく無い
状態だ。実際ヴォルケンズの面々が、この場に居合わせて居なければ、もっと直接的
な行動を起こしていたかも知れない。
「あかん、ティア可愛すぎや」
「ちょっと、はやてさん、抱きつかないで下さいよ」
 シンの気持ちを代弁したのか、はやてがティアナに抱きつき、やいのやいのとじゃ
れ合い始める。
「おい、アスカ」
「ヴィータさん?」
 顔を上げるとヴィータの幼い顔が瞳に飛び込んでいる。
「さんは必要無いっていつも言ってるだろ…まぁいいけどよ。お前に二人の事まかせ
ていいのか」
「…はい」
 頭を切り替え、ヴィータの問いに静かな気持ちで答えるシン。
「俺の家族と仲間を預けるんだ。下手うったらぶっ飛ばす・・・じゃあすまねぇぞ」
「はい」
 そして、今度は力強く答えるシン。
 戦いの果てに全てを失った自分は、もう一度戦いの果てにれ手に入れる事が出来た
モノがある。それを命を賭して護りたいと思ったシンの誓いに偽りは無い。
 嘘を現実にする。
 遠い昔に誓った約束は、今もシンの胸に生きている。
「分かった、俺からはもう何もねぇよ。さっきは殴って悪かったな。ちょっと、いや
、かなり頭に血が昇ってたんだ。正直言えば、まだ殴り足りねぇんだが、まぁ許して
やる」
「あ、ありがとうございます」
 引き攣った表情を浮かべ、項垂れて正座し見た目十二、三歳の少女に説教される二
十五歳。実に締まらない光景だった。

「覚悟はしとけよ、アスカ。って言うか…シグナム、お前いつまで拗ねてんだ」
「私は拗ねてなどいない」
 腕を組みながら壁にもたれ掛り、ヴィータの問いに顔を背け続けるシグナムは、不
機嫌を隠す事もしない。
「馬~鹿。その態度が拗ねてるって言うんだよ。お前、はやてをアスカに取られたの
が嫌なのか、アスカをはやてとティアナに取られたのが嫌なのかどっちだよ」
「知るものか!」
 ヴィータは嘆息しながら、眉をへの字に曲げ、むっつりとした表情のシグナムの元
へと向かう。
「まぁとにかく…俺が言えた義理じゃねぇが、今日くらいは、自分の素直な気持ち言
っても罰は当たらないだろ」
「素直な気持ち…ですか?」
「一言で済むだろ」
 言えるものなら言ってみろと、シンに挑戦的な視線を送るヴィータ。それに答える
ようにシンは立ち上がり二人の元へと向かう。
「なあ、二人共、少し良いか?」
 ティアナとはやての前に正座しながら、真剣な表情で二人を見つめる。
 ティアナとはやても自然と正座になり、シンの真向かいに座る。
「その、なんて…言えばいいのか分からないんだけど」
 敗戦後からミッドチルダに来て以来、考えて見ればシンはここ一番の大事な時に"
分からない"と繰り返していた気がする。
 今まではそれで良かったかも知れないが、今この瞬間だけは、十八番の"分からな
い"を封印する。
(よし言うぞ…)
「俺は二人のこ、事を…」
「「うん」」
 ティアナとはやての視線がシンに集中する。二人の強烈な熱視線で気圧されそう
になるシン。だが、ここで男として引くわけには行かない。
「あ、あ、愛し」
 心臓が爆発し、体中を血液の濁流が蹂躙する。ただ一言だけ、それが口に出せな
い。単語がブツ切れに飛び出て文章にならない
(落ち着けシン・アスカ。一言、一言だけだ、自分の気持ちを素直に言えばいいん
だ。その間だけ静まれ心臓)
 ゴクリと喉を鳴らし、今まさに言葉を放とうとした瞬間だった。
「ティアアア!赤ちゃん出来たって本当おお!」
 バリアジャケットを着込んだスバルが、最大戦速のマッハキャリバーで窓を派手
にぶち破ながらり現れた。そのまま、シンの後頭部にダイレクトアタックを敢行。
勢い良く吹き飛び壁に激突するシン。
「はやてちゃん、おめでとう!」
「はやて、おめでとう!」
 スバルの割った窓から、なのはやはやてと言った六課の懐かしい面々が次々に顔
を出す。皆、吹き飛ばされたシンに気を配る事も無く、ティアナとはやてを祝福し
ている。
(ああ…もうなんか…台無しだ)
 後ちょっとで言えたのに、と、薄れ行く意識の中で、シンはさめざめと涙を流し
ながら意識を手放した。

「だああああ」
 布団を勢い良く蹴り上げ跳ね起きる。シンは、荒い息を付きながら、落ち着き無
く部屋を見渡す。まだ、日も昇っておらず薄暗い部屋の中は、ひんやりとしていた
。なんだか良く覚えていないが、トンでも無い夢を見た気がした。六課に入隊して
から、厳しい訓練が連日続いている。
 きっと、疲れているのだ。
 夢の内容からシンは、何か六課の女性陣にでもトラウマでもあるのかと自嘲する。
 額の汗を拭いながら、時間を確認しようと、いつも枕元に置いているデスティニ
ーに手を伸ばすと、シンは、暗闇の中"ふにゅ"と柔らかく暖かい何かを掴んだ。
「う~ん、アスカさん」
「アスカの馬ぁ鹿」
「…えっ」
 見知った顔と聞きなれた声。
「そんな馬鹿な」
 暗闇の中に浮かぶ二人のシルエットとマシュマロのような柔らかい感触から手を
放す事も出来ず、シンは頭を抱えてしまった。

 ---夢か現か幻か。

 閑話休題"あの日、あの時、あの場所で-RePlus If..." 
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