SCA-Seed傭兵 ◆WV8ZgR8.FM 氏_古城の傭兵(仮)_第08話

Last-modified: 2009-06-28 (日) 23:11:26

黒と紺で塗装されたガーティ・ルー級――正式名ガーティ・ルー級六番艦デメテル。

 

C.E.74年、レクイエム攻防戦の折レイ・ザ・バレル駆るレジェンドの突撃ビーム機動砲による
艦橋への攻撃によって撃沈した一番艦ガーティ・ルーの戦闘データなどを元に
新興企業タルタロス・コーポレーション(以下TC)主導のもと、アクタイオン・インダストリー、
アドゥカーフメカノインダストリー等の軍事企業各社共同による機動兵器ならびに戦闘艦の総合改修計画
―通称「タルタロス・ユニオン」の一環として徹底的な改良が施された新造艦。
外観こそ一番艦とあまり変わらないが、艦橋前面への陽電子リフレクター発生器装備や
カタパルトの「本来の用途」以外への使用機能の追加、武装のマイナーチェンジなどが施され、
戦闘能力、航行性、居住性などの全てが飛躍的に向上している。

 

「イザーク・ジュール、か……」

 

その艦橋の中央に位置する席に腰を下ろしていた初老の艦長が、低く息をついた。
鼻梁を貫くように走った古傷が苦々しげに歪む。
艦長の呟きに横に立った若い副官の顔が険しくなる。
「レッドアイ機の着艦確認。後部装甲ハッチ、ロック完了しました」
「デッキ内にエア充填開始……完了。オールグリーン」
艦長の呻きに気付く訳も無く、各々が担当するシートに腰掛け、画面を見つめる士官達が口々に報告する。
苦虫を噛み潰したような表情を消し、艦長が口を開く。
「ミラージュコロイドを展開しつつ百八十度回頭。ダミーバルーン放出後、本艦はこの宙域を離脱する」
渋みのある声が艦橋に響き、士官達が復唱すると同時に
デメテルの艦体が出現時の逆回しのようにぼやけ、消えていく。
やがて完全に背景に溶け込み、レーダーからも姿を消した。

 

「ミラージュコロイド展開完了、ダミーバルーン放出開始」
「低温ガス推進機構、正常に稼動中です」
「よし、コンディションオレンジからイエローに移行。
 領空からの完全離脱を持ってグリーン1に移行する。各員、それまで警戒を怠るな」
飛ばした指示への復唱を聞き、艦長が再び息をつく。
制帽を被り直した副官が、険しげな表情を崩さず口を開く。
「正直なところ、私はもう一つの任務には反対でした……いくら立証に必要とはいえ、ザフトを……」
この艦に迎え入れる等、と言葉を続けた副官に艦長が視線を向けた。
続きを、と促す。
「私は、レッドアイについては好意的に受け止めていると自分では思います。
 彼は確かにコーディネーターですが、彼はまだ人間です。
 ですが……ザフトは訳が違います。奴らの危険性は、艦長も理解なさっておられるはずです。
 奴らが何度地球を、我々を滅ぼしかけたか……それ以前に、この数ヶ月前にも奴らは」
「そうだ。奴らは再びNジャマーを投下し、またも数億の命が奪われた……よくわかっているさ」
言葉を続けようとした副官を片手で遮り、
噛み潰した苦虫の数が倍になったような表情で艦長が重苦しく言う。
「大尉、君は確かエイプリルフール・クライシスで家族を失ったんだったな……」
「……はい。妹を……」
「すまないな……君の気持ちはわかる等と傲慢なことを言うつもりはない。だが……」
「――ええ、これは任務で、私たちは軍人です。それを放棄するわけには行きません……
 妙な事を言って申し訳ありません、中佐……」
はっとしたように副官が言い、艦長に向き直った。

 

前を見る艦長の形相が更に歪んでいた。
収まらない痛みに、耐えるように。
「気にすることは無い。私も……あの戦争で甥と妻を亡くした」
そう呟く艦長の手はきつく握り締められ、爪が掌に食い込んでいた。

 

「だからこそ、この戦いを勝利に繋げる為に必要ならばどんな任務であろうと私は行う……
 これ以上、私のような人間を生まない為にも…
 …ああ、こんなことを言う時点で既に傲慢だな、私は」

 
 
 

小型艇を背に立つシンたちの正面、セーフティシグナルの下にあった扉がプシュという音を立て開き、
照明が絞られた通路から連合の士官服を纏った女性が硬い足音と共に姿を現した。
通路の重力は1Gに設定されているらしい。
「お疲れ様です。艦長からご案内するように言われております」
女性仕官が外見通りの硬い声で言った。短く切られた髪が揺れる。
その言葉にシンが頷くと、無言で背を向け歩き出す。
それに倣って歩き出したシンを、イザークとディアッカが慌てて追った。

 

「……やはり、俺が……」
無言で歩みを進める女性仕官とシンの後ろで、イザークが呟く。
その顔色は悪い。青白いを通り越し、紙のようになっている。
今にも倒れそうな元上司に、ディアッカが顔を向けた。
「イザーク……そんなに気に病むな。お前のせいじゃない。悪いのは……」
「ええ、連中です」
ディアッカの言葉を引き継ぐように、前を向いたままのシンが言う。
その声は、未だ震えが混じっている。
シンの台詞を引き継ぐように、先頭を歩いていた女性仕官が喋りだす。
「今のプラントの政治構造のせいとも言えますね。
 上層部の意向と少しでも差異が生じれば、それは即座に粛清の対象となります」
まあ、必ずしも殺害される訳では無いようですがと続ける女性仕官の淡々とした声に、
イザークがまたも凍りついた。
それを全く気にせず、女性仕官は言葉を紡ぎ続ける。
「……正直なところ、今のプラントに政治というものが存在しているかどうかすら怪しいですがね……
 ああ、話しているあいだに……」
言葉を締めくくった女性仕官が立ち止まる。
エレベーターの扉が、女性仕官の肩越しにシンの目に入る。
「ここからレッドアイとは別行動となります。レッドアイは艦橋で艦長に報告を。
ジュール氏とエルスマン氏は私についてきてください」
無感情に言葉を言い終わった女性仕官が右を向いて歩き出す。
それに続くイザークとディアッカを見送り、シンはエレベーターのボタンを押した。
天井近くに設置されたウィンドウに光が灯り、扉が開く。

 

「ジュール氏ならびにエルスマン氏は、先にこちらにご案内するようにとのことです」
やはり無感情のまま、女性仕官がある扉の前で立ち止まる。
治療室と表示された扉。横に赤い十字のランプが灯り、
白い壁とあいまって寒々しい雰囲気を醸し出している。
「医務室だと……? 俺もディアッカも怪我はしていないが……」
イザークの呟きを無視して女性仕官が扉へ近付き、懐からカード状の身分証を取り出した。
ランプの下に備え付けられたテンキーに女性仕官がパスワードを打ち込み、リーダーに身分証を通す。
ピー、という小さな音ともに電子ロックが解除され、
これまでの幾つかの扉のようにプシュという音を立て扉が開いた。
部屋の中から溢れ出した白く冷たい光が、薄暗い通路を照らす。
どうぞ、と部屋の中を示す女性仕官に従い、イザークとディアッカがその中に足を踏み入れる。

 

「……なんだ?」
薄暗い通路から慣らしもせずに明るい室内へと入ったイザークの目が眩み、よく見ることができない。
目を閉じ、瞼に指先を押し付けグリグリとマッサージを行うイザークの肩にディアッカの手が掛かった。
「イザーク。覚悟は決めろ」
その声からいつもの軽薄な気配は姿を消し、底冷えする程凍りついた深い悔恨を滲ませている。
正常な視界を取り戻したイザークが、改めて正面を向く。

 

「……どういうことだ」
開かれたイザークの口から、感情が抜け落ちた声が漏れる。
ただ呆然と、頭に浮かんだ単語を吐き出したような言葉が。

 

イザークとディアッカの前には十数の寝台が設置されていて、
その間を縫うように医療スタッフが動き回っている。
いや、それはたいした問題ではない。
問題は、その上に横たわっているものにあった。
医療用のためか白で統一されたその無機質な寝台の上に寝転ぶ人間達。
一様に血の気の引いた蒼白な顔色で、稼動する生命維持装置が無ければ
生きているか死んでいるかさえわからない。

 

もっともイザークから近い位置にある寝台には、茶髪の女性が横たわっている。
ディアッカの除隊後、イザークと共にジュール隊を支えた女性が。

 

「これはいったいどういうことだ!」
状況を理解できず行き場を失った複数の感情が混ざり合った声でイザークが叫ぶ。。
「見てわかりませんか?」
いつの間にか、イザークの立っていた女性仕官が言う。
キッと彼女を睨み付け、イザークが叫ぶ。
「わかるわけが無いだろう!? こんな、こんなことなど……!」
「救出が遅れた、って言えばわかりやすいか?」
荒れ狂うイザークの肩をディアッカが声と共に抑える。
その顔色は悪い。
「……今は眠っているだけです。残念ながら「処置」が施される直前だったらしく、
 プラント謹製の薬物を投与されていた様です」
保護されたときは全員錯乱していて三十分ほど前にようやく落ち着いたんです、
とイザークの形相に怯んだ女性仕官が、無機質な声に僅かに感情を滲ませて言う。

 

「処置?」
女性仕官の言葉に安堵の息を付きつつも、唐突に現れた馴染み無い単語に
眉を吊り上げたままのイザークが訝しげに呟く。
あれを、と女性仕官が並ぶ寝台の向こうにある何かを示す。
ザフトの物と比べてかなり大型の医務室の最も奥、医療器具にしては異様な大きさの何かが、
真新しいシートを掛けられ鎮座している。
正体がわからず困惑するイザークを女性仕官が歩き出し、ディアッカがイザークを伴ってそれに続いた。
全身を生命維持装置に繋がれたジュール隊の隊員と医療スタッフを両脇に見つつ、三人は進む。
幾つかの寝台を通り過ぎ、シートを掛けられた何かの前にたどり着く。
女性仕官がシートに手をかけたのを見た医療スタッフの一人が、慌てて彼女に駆け寄った。
「少尉!、それはまだ解析が終っていません!」
「少し外装を見るだけですし、艦長の許可なら得ています。何か問題が?」
老齢の医療スタッフの制止を冷淡に切り捨て、女性仕官の手はシートのロックを解除していく。
左右五つずつ配置されたロックの片方が全て解除され、べろりとシートがはがされた。
「ひゅう……実物を見るのは久し振りだな」
中身を視界に捉え、ディアッカが皮肉交じりに呟く。
イザークは何度目かわからない驚愕に顔を引き攣らせていた。
「まったく、地球では当の昔に使用も製作も禁止されていると言うのに……」
そう小声で言った女性仕官は氷の表情を欠片も崩さずそれを眺めている。

 

茹でた卵を真っ二つに切ったような形の機械が、そこにあった。
上部を半透明の硬質樹脂で形成し、そこから覗く内部は柔軟な素材で覆われている。
大人が一人寝転がっても十分に余裕があるだろう内部は、柔らかな色合いもあってか、
まるで幼児が眠るゆりかごにも見えた。

 

「ゆりかご、だと……!?」
呆然としたイザークの呻きが、静まった医務室に響いた。

 
 
 

「では、それは確認できたんだね?」
「はい。造船ドックはフル稼働していましたし、機動兵器も同様です……
 開戦準備と見て間違いないと思われます……詳細はこの中に」
デメテルの艦橋で、席に腰掛けた艦長の問いにシンがきっぱりと言い切る。
ポケットから取り出したデータスティックを丁寧に手渡し、一歩下がる。
受け取ったデータスティックをファイルに滑り込ませた艦長が、シンを見据えた。
「ご苦労だったね、レッドアイ……いや、アスカ君」
「はい……そういえば中佐、ジュール隊の人たちは……?」
「……残念だが、矯正処置が施されてしまった者は既に何処かに行ってしまっていて、
 無事だった者もほぼ全員が錯乱していたよ。
 今は落ち着いているが、どうやら薬物を投与されていたらしい……
 …アスカ君。そうなる前に救出できなかったのはこちらの失態だ。君が気に病むことは無い」
一瞬で表情を曇らせたシンを見た艦長―ケーニヒが付け足す。
今のプラントの薬物の異常性は君も知っているだろう、と続け、言葉を締めくくった。
「……はい……すみません……あ、報告は以上です。これより指定区域にて待機します」
幾らか表情が和らいだシンが姿勢を正しながら言い、ケーニヒがそれに頷く。
最後の台詞とともに一礼したシンが、艦橋から退出した。
と、オペレーターがケーニヒに呼びかける。
間も無く領域を完全に離脱できる、と。
ふむ、と呟いたケーニヒが声を張り上げる。
「領域の離脱と同時に推進を通常に切り替える。ミラージュコロイドは濃度を30に。
アルテミスへの帰還ルートはM-02だ。最後まで気を抜くな!」

 

艦内放送で流れるケーニヒの指示を聞きながら、シンは自分たちに割り当てられた部屋へと滑り込んだ。
あまり慣れない潜入工作によるMSの戦闘とはまた違う疲れや、精神的な疲労で今にも倒れそうなシンに、
正面から何かが襲い掛かった。
直撃する寸前発達した反射神経でそれ―中身が入った清涼飲料のボトル―を
右手で受け止めたシンに、声がかかる。
「シーン……お疲れー……」
シンと同じ連合製のスニーキングスーツを纏い、これまたシンと同様の疲労が浮かんだ顔で
ソファに横たわる若い女。
「危ないから投げるなよ、コニール……これ、結構痛いぞ」
茶色く長い髪を後頭部で無造作に纏め、スニーキングスーツのジッパーを胸元まで下ろした女―
コニールの台詞に、シンが呆れたように返す。

 

「シンなら大丈夫だろ? 丈夫だし」
「そうそう、隊長頑丈だしなぁ」
コニールの冗談交じりの台詞に、近くに座っていた壮年の男―ガルナハン時代からの同僚だ―が笑い出す。
だが、その男の目の下には大きなクマが居座っていた。
ったく、と顔をしかめたシンに、所々改造されたザフトの制服を着た金髪の女性が近寄ってくる。
「お疲れ様です、レッドアイ……さて、次の依頼ですが……」
「待て待て待てアビー! まだ完全に終ったわけじゃな」
「この長期任務で結構な時間を消費しています。その間にも依頼は入ってくるんですよシン。
 いくら地球連合がバックにいてスポンサーが幾つもあるとはいえ私たちは傭兵です。
 あの古城と地下格納庫の維持費もただではありません。
 依頼を受けて達成しなければおまんまの食い上げです。ですから――」
なおも言葉を続けようとする仕事の鬼状態のアビーを両手で制し、シンがわかったと何度も言う。
シンの行動に多少落ち着いたのか、アビーが小脇に抱えていたPDAを起動した。

 

「予定ではこの艦……デメテルは軍事要塞アルテミスに帰還します。
 私たちはアルテミスから別の艦でアメノミハシラに移動し、
 そこでジュール隊を降ろしてから地球に降下します。
 降下予定地点は大ブリテン島シェフィールド基地周辺で、
 そこで三日間の休養をとることになっています……
 現在来ている依頼で、最も優先度が高いと思われるものを表示しました」
PDAを操作しながら一息で言うアビー。
その言葉の通り、ディスプレイに映像が表示された。
「一番上の……大西洋連合と旧英国政府の依頼か」
その文面を読んだシンが呟く。
「ええ。ロンドン・クレーターで行われるブレイク・ザ・ワールドの追悼式典です。
 一年前に受けた依頼での救出対象だった王室最後の王女―現在は即位しているので女王ですね。
 その方の護衛をレイヴンと共同で行います」
「レイヴン……王室近衛MS隊か……前みたいなことにならなきゃいいけどな……
 待てよ、大ブリテン島ならもっと優秀な傭兵が要るんじゃなかったか?」
「『ムーンオブフレイム』のことでしたら無理ですね。
 BtW当時のように王女が療養滞在しているならともかく、現在は政務に集中しているようですし。
 それに、何故か貴方が名指しされているので……ああ騎士叙任の件ならもう諦めていると思いますよ」
何処か遠い目で呟き、疑問を呈したシンに、アビーが不思議そうに答える。

 

「……わかった、その依頼を受ける。そう上層部に連絡しておいてくれるか?」
「はい……ともかく、お疲れ様でした」
落ち着いたのか、冷静な声で言うシンに、アビーがビジネスライクに答えた。

 
 

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