SCA-Seed傭兵 ◆WV8ZgR8.FM 氏_古城の傭兵(仮)_第14話

Last-modified: 2010-03-30 (火) 00:11:18
 

「爆音が止んだ……?」

 

蛍光灯の白い光が照らす部屋――地下シェルター内の一室で、
地上から聞こえて来る爆発音と衝撃に怯えた子供たちを励ましていた三十過ぎの中尉が顔を上げた。
そのまま電子ロックが施された地上に繋がる扉に目をやる。
恐怖に顔を引き攣らせ、何人かはべそをかいている子供たちに笑顔を見せて
軍服のポケットに収まっていた通信機に手を伸ばし、スイッチを入れる。
「こわいの、おわったの? もうお外にでてもいいの?」
最年少の少女が声を震わせながら呟いた。
その頭を撫でながら、耳に当てた通信機の音声を聞き取ろうとする中尉。
「……ちょっとわからないな……見てくるよ。君たちはここに居てくれるかい?」
最年長の少年に顔を向けて言い、少年が頷くのを確認して扉に向かう。
扉の脇のテンキーに手を伸ばし、パスワードを入力する。表示が赤から緑に切り替わった。
よし、と呟き扉を開く。
その次の瞬間、後ろで最年長の少年が叫んだ。
「駄目だ! 待って!」
何か問題があったかと中尉が振り向く。
その横を、最年少の少女が泣きながら駆け抜けた。
ぎょっと振り向いた中尉の目に、入り口への階段を一目散に駆け上がる少女の白い足が映り、消える。
「なんてこった……君たちは絶対に動くな!」
苦虫を噛み潰したような声で後ろに向かって叫び、中尉も階段に向かって走り出す。
その耳に、シェルターの入り口が開く機械音が聞こえた。

 
 

陽光が照らす滑走路を機体の所々から火花を散らし疾走するバクゥハウンド。
アブソーバーがいかれたのか、歩行の振動がそのまま伝わってくるそのコクピットで口元を歪める男が一人。
ぶつぶつと何事かを呟き、その瞳は真っ直ぐに正面のモニターに映し出されている
小型建造物を見据えている。
一匹でも多く……殺す……
狂気染みたその言葉の通り、男は体当たりを掛けようとしていた。
砲手を担当していたもう一人のパイロットは、眉間に開いた弾痕から血と脳漿を流して死んでいる。
コクピット周りには大した損傷は無いのに何故死んでいるのかと男に尋ねれば、

 

“投降しよう等と発言したので処刑した”

 

と返ってくるだろう。
男にとってナチュラルに投降することは、彼らが信奉する存在への裏切りであり万死に値する悪だった。
そして男にとって、「下賎なナチュラル」を一人でも多く縊り殺すことこそが正義だった。
ナチュラルどもに……死を……!
よりにもよってナチュラルの操縦するウィンダム三機に連携を取られ機体を半壊させられたと言うことに
プライドを傷つけられ、元々極端なプラント至上主義者だった男は
そのどうしようもない屈辱を非戦闘員のナチュラルを殺すことで晴らそうと、
周囲で最も近くにあった建造物へと目をつけたのだった。
戦闘続行可能なモビルスーツからパイロットが離れたのを確認してそれを実行に移した辺りは
冷静のようだが、建造物を破壊した後のことや、そもそも突っ込んだバクゥハウンドと自分がどうなるかは
全く考えていない。
まるで目の前にぶら下がった餌に向かって闇雲に突っ込む空腹の獣のようだ。
事実、建造物まであと七十メートルほどまで迫り、破壊と殺戮を妄想し顔を歪める男の顔は、
ヒトというよりも獣に近かった。
あと十秒もしないうちに、四足獣型のモビルスーツという大質量が突っ込んだ建造物――
地下シェルターへの入り口は完膚なきまでに破壊されるだろう。
そしてその衝撃は地下部分にまで伝播し、中にいる人間を惨たらしく殺す。
……おお? こりゃあ……
建造物がシェルターだとは知らない男が、ますます笑みを深くする。
入り口が開き、中から小さな影がが出てきたのだ。
その正体が小さな少女であると見抜き、更に速度を上げるバクゥハウンド。
まず、一人ぃっ!
全開の笑みを浮かべ、男は前方へとバクゥハウンドを跳躍させた。

 
 

階段を上り終え、中に入ったときに中尉が行ったのとは逆の順番にスイッチを操作して
シェルターの扉を開いた少女。
眩しい陽光に目を細めて外へと出る。
その瞳に映ったのは――轟音を立てながら、こちらに向かってくる巨大な何か。
涙のあとを残した頬に笑みを浮かべながら歩み出た少女は、次の瞬間、再び表情を強張らせた。
「ひっ――」
幼い少女は、それが何かわからなかった。
だが、それが自分へと不可避の死をもたらすことだけは、本能で理解できた。
恐怖で頭の中が真っ白になり立ちすくんだ少女めがけて、それは跳躍する。
後ろから、ようやく入り口へ辿りついた中尉の叫びが聞こえた。

 

何故かゆっくりと山なりの軌道を描いて来るそれに縫いとめられた少女の視界の端で、何か赤いものが動く。
スローモーションの世界の中で急に現れた赤は、少女に向かって跳んでくる何かへと、真横から突っ込んだ。
少女に迫っていた何かは空中で赤に激突され、姿勢を崩しながら横へと軌道を変え、落ちる。
それが滑走路と接触した轟音が響き、世界は通常の速さへと戻った。

 

何か――バクゥハウンドとともに落下した赤いウィンダムが起き上がり、腰からビームサーベルを抜く。
仰向けになってもがくバクゥハウンドのコクピットへとそれが振り下ろされる瞬間を最後に、
少女は意識を失った。

 
 
 

『――で? 本当に大破させちまったのか、シン』
「……ごめん、ヴィーノ」

 

戦闘終了から数時間が経過し、沈み始めた太陽の朱色の光が差し込む基地の通信室。
モニターに映し出されたヴィーノに頭を下げるシン。
その頭には軽く巻かれた包帯に、赤いものが滲んでいる。
空中に跳び上がったバクゥハウンドを何とかして止めようと、
その横腹にウィンダムのショルダータックルを決めた際、ヘルメットを外していた為に出来た傷だった。
それ以外にも軽い脳震盪や細かい擦り傷が無数にあるが、どれも軽いものだった。
無茶をした割にシン本人はその程度の怪我ですんだが。
『送ってもらったデータ見たけどさ。右腕部全壊に全身のアクチュエーターに中から重度の損傷、
 全身の装甲劣化にフォビドゥンパック大破、か……』
「……治るか?」
『……治るには治るけどいっそ新品受領した方が良いくらいだな。でも、それは無理だろ?』
「ああ、予算も無いし……なにより愛着があるしな」
言ってから、いててと傷を押さえるシン。
仕方ないな、と肩をすくめるヴィーノ。
『お前、結構クセ強いからなー。やっぱ修理だな』
時間掛かるぜ?と画面越しにジトッとした視線を向けてくるヴィーノに、シンが苦笑する。
「……悪いな。これから二週間は仕事で別の機体に乗るからさ。その間に済ませといてくれ」
『二週間であれ全部やれ、と……うわ、また徹夜だな』

 
 
 

「陛下、シェフィールド基地の件なのですが」
「ええ、聞いています。レッドアイの御蔭で何とかなったのですよね?」
シェフィールドと同じ夕日の中、何時ものように山のような書類に向かっていた女王に大佐が報告していた。
気のせいか昨日の数倍に増えたような書類の山に埋もれそうになりながらも
黙々と仕事を続けるセラフィーナが返答する。
「はい。幸いにも人的被害は皆無、とのことです。しかし、レッドアイが……」
ぴと、と女王の手が一瞬止まる。
「……レッドアイが、どうかしたのですか?」
作業を再開し、書類にサインしながら女王が聞いた。
「敵部隊の最後の一機を処理する際機体が大破し、レッドアイ自身も軽傷を負ったとのことです」
「そうですか。困りましたね……依頼は行えるのですか?」
曇りそうになる表情を押し殺し、表向きは平静を保ったまま女王が言った。
作業のペースは変わっていない。
「はい、それについては問題ないと本人から確認を取っております。
 機体についてもレイヴンの物を貸与する予定でしたので、問題は無いかと存じます」
直立不動の姿勢を崩さず報告を続ける大佐に感づかれないように安堵の息をつく女王。
心なしか、作業のペースがぐんと上がった。

 

「それと……陛下、例の件なのですが」
「……ええ、どうでしたか?」
声のトーンが下がった男に、女王が怪訝な顔を見せる。
「やはり、式典に乗じて来るようです。ルートなどはまだ把握できておりませんが」
そう言って、大佐は脇に抱えていた資料を女王に恭しく差し出す。
「なるほど……予想通りですね。……」

 

“極秘”と赤字で記されたそれを一瞥して、女王は溜息をついた。

 
 

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