SCA-Seed傭兵 ◆WV8ZgR8.FM 氏_古城の傭兵(仮)_第15話

Last-modified: 2010-06-26 (土) 23:39:00

シェフィールドが襲撃されてから数日が立った日の明け方、水平線から朝日が昇るころ、
ドーバー海峡の水面下を航行するいくつかの影があった。
二百メートルを優に超える艦体に、四本のドライチューブを備えた潜水艦だ。
その居住区の一室で机に向かい頬杖をつきながら指令書を読む野戦服の男。

 

「……ボズゴロフ級レーニア、シャスタ、フッドは戦闘部隊の発進後沿岸へ苛烈な砲撃による
 圧倒的支援を行い、MS隊は発進後、砲撃により動揺した警備網をすり抜けテムズ河を遡上し
 ロンドンクレーター付近に上陸。現地の部隊とともに愚鈍なナチュラルからなる防衛部隊を殲滅し
 華麗にターゲットを奪取……」

 

まとめてみれば非常に簡単な内容が、ナチュラルを卑下する表現によって膨れ上がっている。
自分に言い聞かせるように同じ内容を読みあげていた男が、不安でならないといった表情で溜息をついた。
「本当に上手くいくのか…?」
「ええ、間違いありません。前回のように司令官が無能で部下も無能ならばともかく、
 今回は部下の方はまともです」

 

背後から聞こえた声にぎょっとして振り向く男。
足音も気配も無かったはずのそこに、今回の任務にあたって本国から配属された若い男が立っていた。
「何時の間に……」
「隊長殿の様子を見に来ただけですが? しかし無用心ですねぇ。これだから無能なんですよ、貴方は」
呆然と呟く野戦服の男に侮蔑をこめた視線を送り、嘲りも露に言う若い男。
「要らぬ心配をしているようですが、今回は私と“例のブツ”がいますから。
 下劣なナチュラルなどに遅れはとりませんよ」

 

――一年前の貴方のようには。
暗にそう含み、機械的なまでに整った顔に嘲笑を浮かべる若い男。
この男が配属されてからの数週間で慣れに慣れた嘲りを無視して、野戦服の男は思考をめぐらせる。
『“例のブツ”か……外観はザクだが……一体何なんだ』
数週間前、若い男と合流した際にレーニアの格納庫に納められたザクタイプのモビルスーツ。
若い男と、彼に同行してきた整備員たち―
―ツナギではなく白衣を、工具の代わりに書類を携えた姿は整備員というよりも何かの研究員に近い―
―以外の人間には周囲に近付くことすら許さず、整備を行う際は関係者以外を叩き出し、
不用意に近付こうものなら即座にスタンガンや小銃を突きつけるほどの警戒ぶりだ。
正直なところ、この部隊を指揮する野戦服の男にとっては不安要素の一つに他ならなかった。
また、その異様な警戒の仕方以外にも、野戦服の男はある疑問を抱いていた。

 

「……なあ、ひとつ聞きたいんだが」
「なんです? 戦力についてなら着任時に全て説明しましたが。それ以外に何か?」
相変わらず慇懃無礼な若い男の目を見据え、一息ついてこの数週間で降り積もった疑問を口にする。
「あの機体なんだがな……パイロットは誰なんだ? 合流してから一度も見ていないが」

 

ぴしり、と若い男が一瞬硬直した。
「……貴方には気にしないで結構なことです。
 貴方はただ命令を実行すればそれでいいのですからね。私の地位をお忘れで?」
胸元に留められた白と桃色の翼が黒ずんだ青い球体を包んだようなデザインの徽章―
―「地球圏守護騎士団」の所属であることを示す紋章―をことさらに示し、
若い男が野戦服の男の二の句を封じる。
苦虫を噛み潰したような表情で押し黙った野戦服の男に背を向け、入り口のドアを開き出て行く若い男。
十メートルほど歩いたところで、その背中から呟きがもれる。

 

「……そう、捨て駒の貴方たちには関係の無い事柄です。
 バーサーカーの実戦テストとターゲットの回収を兼ねたこの任務の意味を知る必要は無い」

 

嘲りを深くした声で呟き続ける若い男。
よく通る声に狂気が垣間見えた。

 

「全ては、ラクス様のために」

 

その言葉を最後に、狂信者は口を閉じ、バーサーカー……
ある意味では、今のプラントの狂気の結晶のようなある“システム”を搭載した機体が収められている
格納庫へと足を進めた。

 
 
 
 

同時刻。ロンドン・クレーター周辺、宿泊施設内。
臨時の応接室として使用されている一室に、シン、コニール、アビーの姿があった。
三日間の休暇を終え、シェフィールドで合流した傭兵部隊のメンバーとともに
昨日の夜中にシェフィールドを発ち、一晩輸送車両の硬めの座席に揺られた疲れが見える。
朝日が昇る前にロンドン・クレーターへと到着し、それと同時にこの部屋にいる三人以外は
それぞれに割り振られた部屋で休んでいる。

 

「ふあ、あ」
自分の右に腰掛けたコニールの欠伸を背景に四杯目のブラックコーヒーを飲み干したシンが、腕時計を見る。
現在時刻、六時十八分。
先ほど王室近衛隊のメンバーらしい初老の男にこの部屋に案内され、
「詳細を説明するのに人を呼んでくるから三十分ほど待つように」と
指示されてから既に四十分が経過していた。
左に座るアビーはPDAに集中している為か入室してから一言も喋らず、
キーボードを叩く指先と画面の推移を追う目以外は微動だにしていない。

 

「……ちょっと、遅いな」
「準備に手間取ってるんじゃないの? 私たちがついたときまだ寝起きだったとか。
 慌てて資料かき集めてるとかさ」
シンの呟きに目をこすり、欠伸を交えて答えるコニール。
シャワー浴びてたり優雅に紅茶でブレックファスト食べてたりしてねー、と軽く続いた直後、
コンコン、と二度、扉がノックされた。
自分の発言に耳を済ませていたのか、とコニールがソファから飛び上がった。
アビーがPDAを閉じる。

 

『失礼しますぞ、レッドアイ』
重低音の問いにシンがどうぞ、と返した後、一瞬の間をおいてドアノブが回り、
通路から筋骨隆々とした大男が身を屈めて入ってきた。
ソファに腰掛けたシン達を一瞥して、視線を下げる。
応じて会釈を返し、ソファに座りなおす三人。
が。

 

「レッドアイ、及び随伴の方、立っていただきたい」
渋い顔をして、大男が言った。
疑問を顔に浮かべたシン。
その目が、大男に続けて入ってきた物々しい装備の兵士を視界に認めて見開かれた。

 

「……どういうことです?」
傭兵の間で都市伝説のように囁かれている「だまして悪いが」かと、
瞳に剣呑な光を宿して腰の後ろに手を回すシン。
ピン、と部屋の中の空気が張り詰める。
その顔に、次の大男の言葉にもっと驚いたような表情が浮かんだ。

 

「陛下、どうぞこちらへ」

 

前と両脇を兵士に固められて入室する小柄な少女。
ハシバミ色の視線がシンを捉え、にこ、と微笑んだ。
がば、とばね仕掛けの玩具のように立ち上がる三人。

 

「お久しぶりですね、レッドアイ」
鈴のような声で、少女――セラフィーナが笑った。

 
 

護衛についていた兵士が入り口を固め、
すとん、とセラフィーナがソファ――机をはさんだシンの向かい――に腰掛けた。
すかさず横に立った大男が懐から取り出したファイルを机に置き、口を開く。

 

「では、話を始めましょうか」

 
 

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