SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_長編第7部(仮)_第01話

Last-modified: 2010-09-26 (日) 00:50:06

 コズミック・イラ74年5月、プラント最高議長ギルバート=デュランダルが倒され、
ラクス=クラインとその一派がプラントを掌握した時、多くが大戦の予兆であると考えた。

 

『テロリストが権力を簒奪しただけの、暫定政府ですらない無法の状態。暴徒の集団』
『彼女に政治や経済などわからない。幼稚な思想による地球への介入が始まるだろう』

 

 彼らの憶測は一部間違っており、一部正しかった。
ラクス達の勝利はクライン派の支援によって実現したものであるが、
そのクライン派は地球連合やオーブの有力者によって支援されていたのである。
彼らには戦後の計画があり、そしてラクスは彼らの考えた通りの政治を行った。
急激な軍縮によって財政を圧迫していた戦費を削減し、地球の企業を次々に誘致する事でプラントを、
設立された当初の目的へと強引に軌道修正させたのである。

 

 二度の戦争によって疲弊していたプラントの人々の生活水準はたちまち回復し、
それと引き換えにプラントは政治上の発言力を急激に失っていった。
ラクスは名君として讃えられながらも次第に政務から離れ、
ライブコンサートやチャリティ活動に勤しむようになった。
ラクス達は、権力など求めていなかった。
自分達にとって不愉快な出来事が無くなれば、それで構わなかったのである。

 

 しかしデュランダルが倒れてから半年後、自分達の政府に何が起こったか気付いたプラントの人々は
一斉に売国奴ラクスとその一派の抹殺を叫んだ。
信じて裏切られたゆえの怒りと憎しみは凄まじく、イザーク=ジュールを筆頭とした反クラインの勢力は
瞬く間に勢いを増した。
言葉も歌も、もはや用を為さなかった。

 
 
 

「いけません、キラ!」
 アプリリウス・ワンの専用ドック。メンテナンスベッドに横たわるストライクフリーダムに
覚束ない足取りで歩み寄ったザフトの白服を着た男が、桃色の髪を持つ女性に引き留められた。
振り返ったキラ=ヤマトは、落ちくぼんだ目をラクス=クラインに向けた。
彼の肌は張りを失っており、髪は枯れ葉のようだった。
「でも……僕が行かないと。僕が行けば、彼らの注意を引き付けられる!」
 言葉とは裏腹に、ラクスの力にすら抗えなかったキラは彼女の腕の中で崩れ落ちる。
彼の身体は今、放射線の過被曝によって引き起こされるありとあらゆる症状に蝕まれていた。

 

キラの乗るフリーダムがシン=アスカのインパルスによって撃墜された折、
キラは爆発寸前のエンジンを停止させて核爆発を防いだ。
しかしコクピット付近にレーザー対艦刀を突き立てられた事によって放射線防護が一部破損し、
キラの肉体は汚染されたのである。
 スーパーコーディネイターの頑健さをもってしても治療の施しようもなく、
メサイア戦の後、病状は悪化の一途を辿っていた。

 

「ラクス……これは責任なんだ。僕は、此処で……」
 ドック全体が揺れ、遠くで部品が崩落する音が響いた。
イザークの率いる部隊が、アプリリウス・ワンの議事堂まで押し込んできたのだ。
「全ての責任は、このわたくしにあります! どうしても行くなら、このわたくしも……!」
 背後の足音が2人の言葉を遮った。少年の面影を残す男は黒髪、紅の瞳、白い肌の彼は
無表情のまま、キラとラクスの横を通り過ぎる。

 

「生き延びろよ」

 

 その男シン=アスカは、彼らの方を見ずに言葉を発した。視線はメンテナンスベッドに
横たわるもう1機のモビルスーツ、インパルスに向けられている。

 

「アンタ達が持っている全てを捨てて、生き延びろ。
 ストライクフリーダムもエターナルも 此処に置いていけ。
 1隻だけシャトルが残ってる……それで逃げるんだ」
「シン……?」
「オーブにだけは逃げ込むなよ。アスランはジュール側についたからな。
 俺は時間を稼いでやる。さっさと行け」
「待ってくれ!」
 静脈が浮き出た右手で、キラがシンの肘を掴む。
シンはその手を振りほどき、弱りきったキラの身体はタイルに叩きつけられた。惨めなその様子を嘲笑する。
「ざまを見ろ。……どうしてこんな短い時間で此処まで追い込まれたと思う?
 アンタ達に忠誠を誓うクライン派はどこへ行った? アンタが戦えない身体になったのが悪いんだよ、
 キラさん。ジュールがいきなり動き出したのは、俺がアンタの不調を教えてやったからさ」
「僕がっ……君の家族を、殺したからか? あの女の子も、殺したから……っ?」
 胸を打ったのか、激しくせき込みながらキラが訊ねる。笑いと共にシンが肯定した。
「俺は今、すごく良い気分なんだ。アンタの力に媚びへつらってた馬鹿共が、
 無力なアンタを罵って自分達が正義だとわめいてる! そしてアンタはもう長くない。
 そこのピンク女を残して死ぬ! 家族に死なれた俺のように! ステラに死なれた俺のように!!」
 キラを助け起こしたラクスが、青ざめた表情のままシンの言葉を聞く。
紅の瞳に危うい光を宿したシンが、2人に背中を向けた。ヘルメットを被り、バイザーを下ろす。
「……必ず生き延びるんだぞ。良いな」

 
 

 議事堂前の戦闘は終息していた。
同盟国内の治安介入という名目で派兵されたオーブ軍は完全にイザーク側へ付き、
キラが最早戦える状態ではないと知った防衛部隊も続々と投降あるいは寝返って
かつての仲間を追い散らしていた。
まるで半年前のメサイア攻防戦を彷彿させる光景だったが、疑問を唱える者は誰もいない。
 赤く塗装されたルナマリア=ホークのスラッシュウィザード装備のザクウォーリアが
ビームアックスを構えて周辺を警戒し、3機のドムトルーパーが崩壊した市街地をホバーで走り回って
残党が潜んでいそうな場所をランチャーで吹き飛ばしていく。
ディアッカ=エルスマンの乗る黒いガナー装備のザクウォーリアが、長大なオルトロスを肩にかけた。

 

『よし、議事堂の地下へ突入するぞ。キラ=ヤマトとラクス=クラインは、出来れば……』
『ジュール隊長! D5ハッチからモビルスーツが1機発進しました! インパルスです!』
『俺の指示を待て! 攻撃するな! シン=アスカかもしれん!』
 白いグフイグナイテッドに乗るイザークがそう命じたと同時に、廃墟となった議事堂に
フォースシルエットを装備したインパルスが着地して地響きを起こす。
舞い上がった埃の中で、緑のツインアイが淡く光った。その場に集まったMS隊が、一斉に武器を向ける。
『……イザーク=ジュール。随分派手にやりましたね』
『シン! ……おい、武器を下ろせ!』
 白いグフがビームソードの切っ先を地面に向けると、他の機体も次々とターゲットロックを解除した。
ルナマリアの赤いザクも長柄の斧を下ろす。
コクピット内でその様子を眺めていたシンが、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんです? イザークさん。俺はアンタ達の敵でしょう?」
『ハッ、馬鹿を言うな! お前の情報が無ければ、ここまで上手くいっていたかどうか……
 戦争は物量が重要というが、象徴となるエースの存在は無視できん。ザフトでは特に、な』
 イザークの言葉を聞き、シンは空を仰ぎ見た。
スクリーン投影された青空を、ディンやMA形態のムラサメが飛び交っている。
ザフト機の中にはパーソナルカラーのMSもあり、シンはそれに乗るパイロットも幾人か知っていた。
皆ラクスとキラに忠誠を誓い、自由と平和のために戦う筈だった者達ばかりだ。視線を正面に戻す。
「そうですね。キラ達に心酔していると自称していた連中も、ストライクフリーダムが
 出られないと知ったら、次々に逃げ出していきましたし」
『ああ。お前は敵どころか功労者だよ、シン。よく屈辱に耐えてくれたな……
 ヤマトとクラインを拘束あるいは始末した後は、望むままの地位に就くと良い。
 勿論実力は問うがな、軍事関連の職位なら、誰もケチはつけん筈だ』
「ハハ……本当ですか。有難うございます」
 イザークの小さな笑い声に、シンも笑い返した。

 

『シン、無事で良かった。またこれで、一緒に戦えるね』
「……ルナ」
 赤いザクに乗るかつての戦友の言葉に、シンは目を細める。
そして、おもむろに彼女の機体をロックしてトリガーを引いた。
インパルスの右腕が跳ね上がり、ビームライフルの銃口が光を放つ。
間一髪のところでコクピットへの直撃を避けたザクが、右腕ごとビームアックスを失って後ずさった。

 

「良い回避だ。いつのまに腕を上げたんだか」
『し、シン! どうして……っ?』
『何のつもりだ!?』
 狼狽したイザークとルナマリアの声に、シンは低く笑う。
再び自分に向けられるMSの武器を見て笑みを深めた。

 

「何のつもりって、それは無いでしょう……イザークさん、アンタはこれで自分の欲しい物を手に入れた。
 デュランダル議長を裏切った時から、ずっと欲しがっていた物をね」
『あの時、俺は!』
「言わなくて良いですよ。プラントの為にやったんでしょう。信じてます」
 笑いながら手を振り、シンは一度口を噤んだ。言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「ま、プラントの為ってのが俺にはピンと来ないんですけど。
 とにかくアンタは自分が正しいと思ったことをした。此処に集まった人達もそうでしょう?
 俺もそうなんですよ」
『……本気、なんだな』
 シンが頷いて、笑みを消した。
平和をもたらす一助となるデスティニープランを提唱したデュランダルの為に戦い、
負けた後はオーブの慰霊碑の前でキラ達の為に戦うと言い、
彼らの幻想を打ち砕く助けをして自分なりの復讐を遂げ、
彼らの敵に銃を向けるこのシン=アスカは、こういう形でしかケリをつけられない男なのである。

 

『全機!シン=アスカのインパルスを撃墜しろ! ……また会おう、シン』
 通信が切断され、ロックオンアラートが鳴り響く。
 大量の赤い三角形がレーダーに映し出されたメインモニターの前で、シンは呟いた。
「はい、必ず」

 
 

 上空のムラサメ隊から放たれたミサイルをかわし、ドムトルーパーのギガランチャーをビルの残骸で
防いだインパルスが、スラスターを全開させジグザグに動きながらビームライフルを連発する。
シールドを構えた白いグフが猛然と突き進み、ビームを受け止めながらソードを振り下ろした。
バックステップでその斬撃を避けたインパルスの左肩を、黒いザクによるオルトロスの砲撃が掠めて
装甲を溶かす。

 

「そうだ……これが、俺の望みだ」

 

 ザウートの砲撃に足を取られ、姿勢を崩したところにゲイツRのレール砲を右膝に受け、
PS装甲が一部ダウンして片足が灰色になった。
空中を飛び回るディンの機銃掃射を受けてシールドに弾痕が刻まれ、ビームライフルを撃ち返す。
1機が墜ち、2機目の左腕が爆ぜたが、トドメを刺す前に白いグフが射出したスレイヤーウィップに
ライフルを絡め取られた。
爆発四散する武器を捨ててビームサーベルに持ち替え、インパルスが後ずさる。
コロニーの内壁を背負った状態で追い詰められ、サーベルの切っ先を自らの敵に向けた。

 

「皆を痛めつけて……大勢殺して。復讐も……」

 

 2発目のオルトロスが、インパルスの足元を狙って放たれる。
アスファルトを削り高速道路の支柱を粉砕する光の奔流をサイドステップでかわし、
跳んだ先にギガランチャーの砲弾を3発撃ち込まれて、右足が故障し転倒した。
立ち上がろうとするも、雨あられと叩き込まれるビームと実体弾に
再度打ち倒されて頭部の半分を破壊される。
壁にもたれながら構えたシールドがあっという間に弾幕で削り取られ、
どこからか撃たれた長距離ビームで左腕ごと持っていかれた。
片方だけ残ったカメラアイが弱々しく瞬く。

 

 連続した被弾に、コクピットは赤い警告灯で染め上げられた。衝撃と機内の煙に視界が
ぼやける中、シンは無表情で青空を見上げる。スクリーンに映った偽りのそれ。
まばゆい太陽の光は再現できない。澄み切った青と、白い雲。

 

「俺は……幸せ、だ」

 

 赤いザクの両肩に装備されたビームガトリングの掃射を浴び、壁に押し付けられたインパルスの機体が
穴だらけにされてのたうち回る。関節部分や破壊された箇所から黒煙を上げ、
フェイズシフトダウンしたインパルスが崩れ落ちた。

『あー……無力化したっぽいぜ、イザーク』
『パイロットの死亡を確認する。ディアッカ、援護しろ』
 右手部のドラウプニルをスクラップになったインパルスへ向け、白いグフが近づく。
オルトロスの狙いを定めつつ、黒いザクが続いた。

 

突如周囲に閃光が満ち、一瞬の轟音と共に内壁に巨大な破口が生まれる。
高速道路の残骸や地面を構成するプレートが剥ぎ取られ、宇宙空間に吸い出されていった。

 

『全機後退しろ! くそ、何が起きた!』
 内壁の破壊部分に艦砲が撃ち込まれたか、大爆発が起きて視界が完全に塞がれる。
緊急用のシャッターが降り減圧が収まった時、インパルスの残骸はどこにも見つからなかった。

 
 
 
 

「彼は、目標を達成したと考えています」

 

 輝く地球、月、デブリ海そしてプラントコロニー群の3次元映像が浮かぶ以外は全く光源のない部屋に、
女性の声が響き渡る。黒い人影が、ほっそりとした指先を宇宙に浮かぶ砂時計に向けた。

 

「彼は、自らの役目は終わったと考えています」

 

 その指先から新たな光が生み出され、中空に浮かぶグリッドとなる。
紅の瞳で射殺さんばかりにこちらを睨みつける、黒髪と白い肌の男が映し出された。

 

「彼は、倒すべき敵も守るべき友もいなくなったと考えています」

 

 男の映像の隣に、モビルスーツの姿が表示される。翼も長大な武器も持っていない簡素なデザインだが、
インパルスではない。その両手に、生身の人間が持つアサルトライフルに似た銃器が携えられた。

 

「彼は、間違っています」

 
 

――機動戦士ガンダムSEED 逆襲のシン・アスカ――

 
 

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