SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_SEEDDtheUntold_第01話

Last-modified: 2009-01-22 (木) 21:55:50

「アスラン、本当にやるの?」
「ああ、クライン派のスタッフとも話し合った。医療的な意味での危険は皆無だ」

 

 病室のベッドに、黒髪の少年が横たえられていた。目を閉じ、口元はマスクで覆われ、
胸が規則正しく上下している。ドアが開いて、白衣姿の男達が入ってくる。その背後から、
大きなキャノピーを備えた寝台のような装置がやってきた。

 

「けれど、彼の意思は」
「キラ……シンが今何を考えているか、それは問題じゃないんだ。俺は2度とシンに道を
踏み外して欲しくない。その為には手段を選んでいられない」

 

 オーブ将官の制服を着たキラとアスランは短く言葉を交わし、互いに視線を外し合った。

 

「ラクスはこの事を知らないんだよ、アスラン」
「ラクスも賛成する筈だ。シンの力は危険すぎる。お前も身をもって知っただろう」
「あの時、僕は迷っていて」
「とにかく、シンには導き手が必要だ」

 

 シンの身体がベッドからその装置に移された時、瞼が薄く開いた。紅の瞳が揺れる。

 

「キラさん?……アスラン、これは」

 

 白衣姿の1人がシンのマスクを付け替えた。上半身を起こしてそれを取ろうとした時、
コンプレッサーの低い唸りと共に瞳から焦点が失われる。再び瞼が閉じられ、『ゆりかご』
の上に倒れ込んだ。アスランが呟くように言葉を続ける。

 

「俺は、これがシンにとって最善の道だと信じている。地球連合軍の生体CPUを生み出
した洗脳機械だが、使い方さえ誤らなければ……」

 

 キャノピーが降り、樹脂の表面に光が走った。クライン派の医療スタッフ達が、装置を囲んで
調整を始める。ゆりかごの中でシンの右手が持ち上がり、掌を震わせた後、落ちた。

 
 

 

『3、2、1、マーク!』

 

 海上に浮かぶ2機のMSが、スラスターを使って同時に距離を取る。シュライクを備えた
M1アストレイがビームライフルを向けた直後、ムラサメがMAに変形して急上昇した。
太陽を背にし、それを見上げたM1機内のメインモニターが光量を自動調節する。

 

「さっきも見たぞ、それ!」
『機体性能を活かしているんですよ、アスカ三尉! 今度は勝ちますからね』
「……戦術研究っていう目的を忘れてないか?」

 

 オーブ軍のパイロットスーツを着たシンが、通信回線越しの相手に溜息をついた。
スロットルレバーを押し上げ出力を上げ、操縦桿を引く。
 シュライクのローターユニットが甲高い音を立てて向きを調節し、M1が海上を蛇行す
る。その航跡を追うかのように、連続してビームが突き刺さった。ジェット音と共にムラ
サメがその上を飛んでいく。

 

「無駄撃ちし過ぎだ! ロックしてから少し待て! MA形態も活かせてない!」
『ちゃんと扱えてます!』
「どこが!」

 

 叫び返すと同時に、シールドを胸元へ引き寄せたM1にビームライフルを3連射させた。
旋回しようとしたムラサメの機首を光弾が掠める。

 

『うわっ』

 

 よろけながらMSに変形したムラサメが、先程ビームを乱射して一面水蒸気が立ち込め
る海上にライフルを向ける。一条のビームが濃い蒸気を貫き、ムラサメのシールドを破壊
した。発射の光を追って撃ち返すが、手ごたえはない。

 

「自分の攻撃で視界を塞いだんだ! ほら、敵を探す時は動きながら! 直線移動は止め
ろ! シールドが無くなったら左腕に構えのモーションを取らせろ!」
『い、いっぺんには出来ません!』
「やるんだよ!」

 

 肩と足先に水蒸気を引きずったM1が、バックパックのビームサーベルを抜き放つ。
ムラサメの下に潜り込み、海水を蹴立てながら真上へと斬り上げた。股間を断たれた
機体がスパークを散らす。姿勢を崩したその背中にビームの刃が突き立った。

 

「俺の話、聞いてた!?」

 

 シミュレーターのコクピットが開くや否や、眉間に皺を寄せたシンが訓練兵の肩を掴む。

 

「そ、その、仲間内で試したんですよ。MSには要所要所で変形するだけ、MAの速度で
敵機を翻弄するというですね……」
「敵機に翻弄されてどうする! テキストを読め! 基礎無くして応用無しだ!」
「……アスカ三尉、俺より1歳年下なのに言ってる事おじいちゃんみたいです」
「ほっとけ! 良いか、自己練習の成果かは知らないが、変形の手際だけは良かった。次は
MS形態の動きを身体に覚え込ませるんだ。索敵から攻撃開始までの動作が鈍い。これは」

 

 そこでシンが振り返り、今の模擬戦を見学していたオーブ兵達を見渡した。

 

「全員に言える。つまり不注意だ。実戦で鍛えるなんて夢物語だぞ。此処にいる15人全て
が俺並に幸運だとは限らない……明日はレッスンA12からA17までを繰り返す。解散!」

 

 枯れかけた声で最後に叫び、兵士達がシミュレータールームを後にすると、シンがその
場でへたり込んだ。見計らったように教壇脇のドアが開いて、前髪だけ赤く染めた整備士
のヴィーノ=デュプレが入ってくる。

 

「燃えてますなあ」
「燃え尽きたよ……何で皆、俺を撃墜しようとしてくるんだ」

 

 ヴィーノからスポーツドリンクを受け取ったシンが、掠れ声で独りごちた。

 

「そりゃ、同僚並の年齢で教官やってるからだろ。何度叩き落としても挑戦するんだから、
その闘志を誉めてやれって。お前だって凄かったしな」
「……冷やかしに来たのかよ?」

 

 疲れ切った表情で友人を睨むシンの前に、ハンドヘルドコンピューターのディスプレイ
が突きつけられた。画面が光って、MSの映像が表示される。
 グレーで塗られた機体の頭部は、M1アストレイの物。胸部、脚部など随所に追加装甲
が施され、通常機よりも一回り膨れ上がっていた。右手にM1のライフルを持ち、左手の
手甲部にはビームサーベルが固定されている。両肩のウェポンラックにはグフのソードと
ゲイツRのレールガンがマウントされていた。

 

「右の太腿にホルスターを作ってみた。固定するんじゃなくて銃身を引っかける。これで、
ソードに持ち替える時間を大幅に短縮できる。後、左肩のレールガンは脇を通りつつ展開
して左手で構える。速射性を落として威力を上げた。PS装甲越しでも攻撃できるぜ」
「防御機銃は?」
「胸に2門。胸ってか肩ってか。あと爪先だな。対人用、対軽車両用だ」
「対人か……キラさんみたいに、出来るだけ死者を出さずに戦えれば良いんだけど」

 

 顎に手をやって唸るシンに何か言いたげなヴィーノだったが、咳払いする。

 

「でも、俺の機体が完成したって事は……?」
「先生ごっこは終わりって事さ。俺達はガルナハンに派遣される。連合軍の動きが活発化
してるらしい。非武装地帯へ積極的に出て行って、偵察してくるんだとよ」
「ラクス様がプラントの議長になられ、カガリ様がセイランの陰謀を一掃しても、世界は
絶賛混迷中って事か」

 

 嘆息するシンに対し、ヴィーノが顔をしかめて身を引いた。

 

「シンさあ、変わったよな」
「変わったって、何が。俺は学んだだけだ。議長のデスティニープランに従っていた自分
の愚かさを。アスランは正しかった。キラさんとラクス様が示した自由ある未来こそ……」

 

 延々語り続けるシンに、ヴィーノは流石に作業の手を止めた。何処かで聞いたようなフ
レーズが幾つも入っている。まるで本の内容か何かをそのまま抜き書きしたかのようだ。

 

「……俺もラクス様の下で、憎しみの連鎖を止めなければ」
「で、シン。フライトユニットが付けられなかったんだが、大丈夫かな?」
「グゥルに乗れるんだろ?その機体。なら問題ないよ」

 

 脈絡無く投げかけた問いに対し、シンは正確に返答した。少し間を置いて、ヴィーノは
ちょっとしたテストを行ってみた。

 

「シン、アスランの事なんだけど」
「アスランは俺の一番の理解者だった。俺はそれを理解できなくて、無意味な反抗を……」

 

 喋り続けるシンを横目で見て、ヴィーノは頷きつつディスプレイの電源を切った。