SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_The Red Impulse(仮)_第06話

Last-modified: 2009-05-28 (木) 02:12:26

『良くやった! これこそ反撃の第一歩だ!』
 オクトーベル・スリーの防衛部隊とコロニーの内部構造を破壊し尽くし、歓声を上げるテロリスト達。
その通信を傍受し、コクピット内のパイロットシートに凭れていたミナが薄く微笑んだ。
通信が入る。
『サハク司令官』
「こちらに異常はない」
『そういう事ではありません。どうか、そこから退避して下さい』

 

 角飾りのようなブレードアンテナと青白いツインアイを備えた黒と金のMS、
ミナ専用機であるヨモツは、ゴンドワナの一区画にいた。
72時間の整備が終わる寸前にコンテナごと潜り込んだ先は、MS用第3格納庫。
 補強用の柱が神殿のように立ち並ぶだけの広間だが、重大な構造上の弱点があった。
丁度この直ぐ隣に、ヨモツが立っている床の真下に、メインエンジンの制御室があるのだ。
艦の比較的表層にある本来の戦闘指揮所は既に使われておらず、奥深くにブリッジを増設してある。
そこに至る人用の通路は悉く封鎖されており、携行兵器で突破する事は殆ど不可能だ。
無論脱出もままならず、テロリストはまさに艦と運命を共にする事となっている。

 

「ゴンドワナを止めようと思えば、止められるだけの者がいれば……必ず此処へ来る。
 お前が殺したがっている、アイリスとやらが侵入経路を探し出すだろう」
『彼女はシン=アスカの副官に過ぎず、この状況で行動できるとは思えません。
 もし動いたとしても、私が阻止します……今度こそ、永遠に』
「どうかな」
 通信機越しに、己の懐刀が呼気を乱したのが解った。ミナは喉を鳴らし、低く笑う。
『e7』とアイリスは同じスパイだが、前者は破壊工作や暗殺などに秀で、
後者は潜入、情報収集などに秀でている。
正面からぶつかればアイリスに勝ち目はないが、ぶつかる前に任務を達成されてしまう事も充分あり得た。
「優秀な工作員は、お前が言った通り危険な存在だ。今回は殺してよい」
『はい、司令官。必ず』
 通信が切れ、ミナは再びモニター正面に視線を戻す。
傍受していた通信回線からは、相変わらず現プラント政府やラクス=クライン、キラ=ヤマトに対する
罵詈雑言や、それらに従っていた市民達を嘲り、憎しみをぶつけていた。
他に聞いている者がいないのに、自分達がいかに優れた存在であり、
他者に惑わされない意志を持っているか言い合っている。

 

 彼らは弱者だった。
ゴンドワナや最新のザフト製MSで自らを武装しようと、弱き者に変わりは無かった。
常に自身が虐げられ、何者かから搾取されていると思い込み、その苛立ちをぶつける対象を探し、
より弱き者に対し威丈高になり虐げる。

 

 しかしそうでない者が、弱者でない人々が、果たしてどれほど存在するというのか。

 

「国とは、民の集まりであって……場所ではない、か」

 
 
 

 アプリリウス・ワンのドックから脱出する民間船の列を掻い潜った5機のMSが、
膝や腰から数度スラスターを吐き出した後、無噴射の状態で宇宙空間を滑るように移動する。
先頭にいるのは、バクゥの頭部を接続したインパルス。
その両脇に計4機のゲイツとゲイツRがついて、インパルスを頂点とした四角錘を作り出した。
「で、キラさんとラクス様の行方は結局解らないんだな?」
『そうだ。フリーダムタイプのMS全部と、エターナルまで無くなってる。逃げたかな?』
「逃げたって事はないだろ。ザフトの長官と最高議長だぞ」
 突拍子もない事を言い出したザフト兵に吹き出しつつ、緑服用のパイロットスーツを着たシンは
小さく笑ってヘルメットを被った。
目の端に映るエアサインが赤から緑になったのを見てバイザーを下ろす。
『けど、ゴンドワナの迎撃に向かったわけでも無いんだぜ』
「兵器の名前通りエターナルにフリーダムな人達だからな。今日の夕飯には戻ってくるさ」
 シンの冗談に、2、3人が苦笑する。笑われた事で自分の緊張もほぐれたか、シンは肩の力を抜いた。
ドックから出撃する際に同僚達へ告げた通り、自分達の目的はゴンドワナを迎撃する事では無く、
オクトーベル・スリー住民の救出、テロリストの進路上にいるコロニーの避難支援である。
 しかし、これが根本的な解決になっていない事もまた理解していた。
敵の進撃を止めない限り、難民は増え続ける。
そう言ったところで、ゴンドワナとナスカ級4隻に対処するだけの戦力も知恵も、シンにはない。

 

『別に、戻って来なくて良いさ。議長なんざ誰がやっても同じだ。
 で、ザフトはシン、お前がトップになれば良い。実力主義だからな。
 何時までもキラを上に据える必要はない』
「で、アスランがしゃしゃり出てきたらアイツに譲れって? ……散開!」
 シンが叫び、5機のMSは陣形を崩すのではなく、四角錘をそのまま広げた。
緑のビームが彼らのいた場所を貫き、反対側へと消えていく。
直進する事で回避したインパルスが、狗型の頭部を巡らしモノアイを輝かせた。
「報告を!」
『モビルスーツが4機! 距離500!』
『ザクウォーリアが4機! 識別信号無し! 敵機だ!』
 状況報告が重なり合う。プラントのほぼ全域は、核兵器を防ぐ為にNジャマーの影響下にある。
キャンセラーが普及した事でその防御効果も大きく減じたが、撤去も費用がかかるので放置されているのだ。
当然ながら、レーダー性能も少なからず損なわれる。
「1番、2番は側面から回り込め! 十字砲火だ! 3番、4番はその援護! 行け!」
 インパルスが腰部のマウントからビームライフルを抜き放ち、指差すように正面へ向けた。
僚機の背部が一瞬輝き、それぞれ四方へ散る。
インパルスだけは前進のスピードを殺さず、むしろ加速した。
シンがレーダーに目を落とし、敵味方の相対距離に注視する。
 先程の射撃は牽制であり、足を止めさせる為の行動だ。敵の思惑に乗る必要はない。
「スピードを合わせて、一斉に仕掛ける! 回り込み切った所で撃つんだ!」

 

 ペダルを踏み続け、最高速度に達し機内のあちこちが小刻みに揺れる。
操縦桿を握り締めたシンの瞳に、ロックオンアラートの赤色が飛び込んだ。
インパルスが急制動を掛け、機体を左側に跳ねさせる。
前面をシールドで庇わせ、その脇から銃口を覗かせたライフルを連射した。
反撃してきたインパルスを追いかけようと前進したザクだが、右腰部に被弾し片足を失った。
「距離を詰めるな! そのまま撃ちまくれ!」
 左側から回り込んだゲイツRが、レールガンの砲口を輝かせる。
4機のザクが互いに背中を預けて周囲に銃口を向けるが、間髪入れず左側と相対的上方から
レールガンの弾と緑の光が降り注いだ。
2機が大破し、無事な1機とシールドを失ったもう1機が十字砲火から抜け出す。
「3番、4番、仕上げだ! 近づけ!」
 2機のゲイツがスラスターを吹かし、包囲を脱したMSに迫る。
破損したザクの左膝裏にロケットアンカーが撃ち込まれた。
ワイヤーを巻き戻しながら急接近するゲイツ、引き寄せられながらも身体を捻り、
ビームトマホークをシールドから取り出したザク。
ゲイツの持ったシールドの先端からビームクローが突き出し、同時にアンカーが外れる。
交錯する寸前に光刃が身体の中心を貫き、ザクは機能を停止した。手にした斧から光が消える。
 有効射程に入ってから、あっという間に4対5から1対5まで追い込まれたザクのパイロットは
パニックに陥り、ゲイツの射撃を避け、戦闘を放棄して背部メインスラスターを全開にした。
直後にその背中をビームで撃ち抜かれ、制御を失い彼方へ飛び去っていく。

 

 前進を再開したインパルスの四方に、4機のMSが戻ってくる。
パイロット達は終始無言だった。
事前に決めていたとはいえ番号で呼ばれ、秒単位で命令を出されるのはアカデミー以来の経験だったからだ。
実戦では手柄欲しさに誰も彼もが突っ込んでいく。命令を受けずとも、自分の意思で戦う。
MS戦はこれまで、個人の技能と運だけの世界だった。
『なあシン、お前、白服コースだったっけ』
「いいや? アカデミーでやった事を思い出してさ……まずかったか?」
 その言葉に、黙っていた他のパイロットが小さく唸った。
プラント市民として教育を受けた彼らの思考回路で物事を判断する場合、
シンが囮になって自分達に攻撃させるというのは、全く理屈に合わない話だ。
フリーダムを墜としたその技量で全機撃墜し、自分達には適当に援護させれば良い。
 労力を惜しみたければ、そもそも囮になる必要がない。
手柄を譲って貰えるような親密な間柄でもない。
現ザフト最高の実力を持つシンの思惑が、彼らには理解できなかった。

 

 解っているのはただひとつ。シン=アスカの指揮が、この場では的確だったという事だ。

 

『いや、悪くない。……悪く、なかった』
『ああ。次も今みたいに頼む』
 もう1人からも言われ、釈然としないながらシンは頷いた。

 
 

「結局、集められたのはこれで全部か。この2倍は欲しかったなあ」
 ゴンドワナの予想進路上に位置するセプテンベル・ツーの前に集められた艦の中に、
アーサーが艦長を務めるローラシア級の姿もあった。
高速戦艦のナスカ級が1隻、ローラシア級が3隻。
動く盾と化した巨大な要塞空母を擁する艦隊を相手にするには、心細い戦力と言わざるを得ない。
「それでも4対5です。艦船の数を単純に比べれば、マシな状態ですよ」
「有難うアビー君、けど艦載機の数が段違いなんだよね……機体の性能差もさぁ……」
アーサーの泣き言は止まない。敵は殆ど全てザクやグフといったニューミレニアムシリーズ。
こちらは全てゲイツやゲイツR、ジンなど旧式。そのうえ敵戦力に大型空母が入っているとなれば、
彼の弱気を責めるのは酷だろう。
「そこは艦長の腕次第です。ジュール議員から司令を任されたんですから。頑張って!」
「ヤだなぁ……」
 幾らザフトとはいえ、艦隊運営については組織的に行われねばならないという慣習がある。
MSと違って小回りがきかず、側面や背面を突かれるとやられるのを待つだけだからだ。
端的に言えば、アーサーの責任はこの1時間で数倍に膨れ上がったのである。

 

「艦長! 後方、Bフィールド方面からMS隊接近!」
「戻ってきたか!?」
 勢い良く顔を上げて身体が浮き上るのを堪え、アーサーがマップに視線を向ける。
10分ほど前、テロリスト側のMS隊が幾つか其方に向かい、レーダーレンジの外に消えていた。
アプリリウス・ワンへの進路を確認する為の偵察隊だろうとアーサーは結論し、
乏しい戦力を割く事を部隊に禁じたのだった。
「いいえ……いいえ、インパルスを先頭にした部隊です! 通信が入ってきています!」
「繋いでくれ!」
 アーサーの言葉の直後、メインスクリーンの左側にシンの姿が映った。
アーサーを見るなり、シンは敬礼する。
『シン=アスカです。3つの敵MS隊と接触し、全て殲滅しました。
 アプリリウス側に抜けた敵機は無い筈です。
 少なからず消耗し、ダメージを負った機体も連れていますから、着艦許可を求めます』
「本艦で収容する、ハッチ開放! ……来てくれると思っていたよ、シン」
『……じゃあインパルスをアプリリウス・ワンに運び込んでくれたのは、やっぱり……
 ところで、俺達は迎撃部隊に参加するつもりはないんです。
 部隊が全滅したオクトーベルへ向かうついでに、此処へ立ち寄っただけで。
 けど、そういう訳にはいかなそうですね』
 艦首の前を横切ったインパルスが、艦体の相対的上部に着地してモノアイを動かした。
此方に向かって近づいてくるゴンドワナが辛うじて視認できた。
ニュートロンジャマーが無ければ、今頃は激戦だろう。
「すまない。けれど、ゴンドワナを何とかしない限り、オクトーベルへ行っても……」
『解っています。ただ、MSが5機加わるだけで何か変わるとも思えませんけど』
 通信が終わり、インパルスが艦から一度離れてハッチの方へ流れていった。
ブリッジの左手に消えたシンの機体を見送ったアーサーは、2度深呼吸した。
「ジュール議員に連絡を取ってくれ。15分後に打って出る、と」
「はい艦長。いえ、提督」
「ヤだなぁ……」

 
 

 オクトーベル・スリーでの徹底した掃討、そして略奪によって、
コロニーの周辺は高密度のデブリに覆われていた。
略奪は専らMSで行われた為に、ゴミごと持ってきては外部に放出するという行為が繰り返され、
小型の廃材であれば貨物室内にそのまま残された。
 動き出したゴンドワナのそんなゴミ捨て場のような中で、物資が詰められていた箱が開いた。
光が全く差さない暗闇の中、人影が蠢き手探りで物資をかき分ける。
しばらくした後、その頭部付近に青い4つのカメラアイが灯った。
壁伝いに進み、電力が断たれロックが開放されていたドアを見つけて中に入る。
 通路を進み、まだ生きているパネルの上にウェストポーチから引き出したケーブルを接続した。
少しした後でケーブルを抜き、傍のドアロックが解除されるとメンテナンス用の細い通路に
身体を滑り込ませる。まだ、1人の歩哨もオートガンも見ていない。
主に対MS用、対艦用の兵器や防御機能が整備されたらしく、
工作員の潜入にはまるで対応出来ていなかった。
 偵察や補給が軽視されるザフトではよくある話であり、今こうして忍び込んでいるアイリスも、
シン=アスカの推薦が無ければずっと働く場を与えられずじまいだった。
彼が自分を指名した時の言葉を、未だに覚えている。
覚えているからこそ、任務でもないのにゴンドワナへ潜入した。
自分の集める情報を、誰かが必要としている筈だからだ。

 

≪アンタが必要なんだ、アイリス。迷惑だろうが、俺を助けて欲しい≫
「迷惑? 何が、迷惑だったのですか……シン」

 

 口に出して言い、アイリスはかぶりを振った。プラント市民としての帰属意識か、
ザフト兵としての誇りか、あるいは別の何かが今の彼女を動かしていた。

 

 アーマープレートで補強されたブーツの足音が通路に響く。
フラッシュライトを取り付けたサブマシンガンを構えた人物が、開錠されたドアの前に立ち止まっていた。
 刃のような細いバイザーと、左肩の『e7』という文字が緑色に光る。
パネルを指でなぞり、フルフェイスメット越しに動く視線を表しているかのように、
スリット内の輝きが左右に往復する。
やがて身体を横に傾け、銃口を正面に向けたままメンテナンス用の通路を歩いていった。

 
 
 

『敵ナスカ級4隻およびゴンドワナ、後3分で有効距離に入ります!』
『全艦離床! モビルスーツも全機、発進準備急げ!』
 破損した装甲板やMSのパーツが散乱する戦艦の格納庫内で、
真っ先に整備と補給を終えたインパルスがカタパルトデッキに運ばれる。
前傾姿勢を取れば狗面が更に際立ち、発進口が開いてリニアカタパルトが展開すると、
差し込んできた光に頭部パーツが鈍く輝いた。左上のステータスモニターは、まだ赤い。
『艦はなるべく距離を取る事にする。ゴンドワナ以外の敵は、エンジンを強化したナスカ級だ。
 こっちのナスカ級は整備不良だし、後の3隻はローラシア級だからね。
 反対に、モビルスーツ隊は可能な限り前進してくれ。お互い、それが一番安全な位置だ』
 アーサーの声は今、全ての艦、全てのMSの機内に伝わっていた。
操縦桿を握り締めるイザーク=ジュールが、
2ヶ月前のテロでドムトルーパーを破壊されたヒルダ=ハーケンが耳を傾ける。
他の艦もハッチを開き、カタパルトを展開していった。
『とはいえ、ゴンドワナに接近するのはもう少し待ってくれ。
 あの艦の外壁には対空兵器がひしめいている筈だ。背後からの射撃に巻き込まれない為にも、
 外側から包むようなコースを取って貰いたい。以上だ、
 御託は言わない……健闘を祈る! MS隊、発進!』
 モニターが緑に変わり、インパルスのモノアイが輝く。
 カタパルトが起動して全身のケーブルが外れ、加速した機体が艦から撃ち出された。
 退避路に入っていたヴィーノが顔を出して大きく手を振る。
 背部のスラスターを輝かせたインパルスがビームライフルを構え、速度を落とさず直進していった。

 

 それを追い越すように、味方の艦から艦載式のレールガンやビームが放たれ、
未だ有効射程にないゴンドワナに殺到して小さな連続した爆発を生み出した。
インパルス発進から僅かに遅れ、敵味方の艦からMSが光の尾を引き、次々と飛び立っていく。
 イザークが乗ったゲイツが、ビームライフルを両手に2丁持たせたディアッカのゲイツRを伴い、
また他のMS隊も引き連れて左へ逸れる。
モノアイレールの周辺を紫に、それ以外を黒く染めた3機のジンが、
衝突しかねないほどの密集隊形をとって右に逸れた。
MS隊は迂回しつつ接近せよというアーサーの指示は、シンのインパルスには適用されない。
シンの任務は偵察であり、先駆けであり、殲滅でもある。

 

 敵ナスカ級の砲火を掻い潜って再短距離でゴンドワナに急迫し、対空兵器の状況を調べつつ
後続の為に迎撃能力を弱体化させ、ゴンドワナ内部に突入してメインエンジンを破壊する。
無茶だが、この作戦はシンがどれだけ無茶をし続けられるかにかかっていた。

「アイリス。……ぁあ」
 慣れた手つきで専用回線を開き、1年近くパートナーだった女性の名を呼んで、
苛立たしげにシンは舌打ちする。
彼女がいる筈がない。もう言葉を交わす事も無いだろう。

 

 その専用回線を介して通信が入り、シンはやはり慣れた手つきでデータを受信した。
モニター一杯に迫るゴンドワナの各所に、次々と赤いマーカーが表示される。
マーカーで記された各所が光り、機銃弾やビームが飛んできた。
FCSが反応する距離ではない。

 

「あ……アイリス? アイリス!」

 

 返答は無く、通信はそのまま切れた。

 
 

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