SCA-Seed_GSCⅡ ◆2nhjas48dA氏_ep2_第05話

Last-modified: 2008-03-17 (月) 00:33:22

「お前らなぁ、よりによってシンの機体を壊さなくても良いだろう」
「だから壊してないって! 完璧にメンテしたはずなんだよ、マニュアル通りに!」
 格納庫に呼ばれ、機能停止したデスティニーⅡの前で立ち尽くすシン。その後ろで連合
軍のMSパイロットと整備兵が言い争っている。
「う、動かないって……なんで?」
「え、いや……なんで、だろうなあ」
 うろたえるシンを見た数人が、更にうろたえる。連合兵士がシンの存在を知ったのは、
主にオーブ戦後であり、その頃の彼は人間という枠から逸脱しつつあった。自分の家族を
間接的に殺したカガリ=ユラ=アスハに対し、不幸な事故だったと言い切るほど『平和』
に狂い、誰も彼をも救う事に魅せられていたのだから。
「とりあえずシン、前日の夜までは動いてたわけだ。今日の朝からこの昼間まで、お前が
デスティニーⅡに何やったか、覚えてるか?」
 ボルトを咥えたヘルベルトを振り返ったシンは、顎に手をやって俯く。
「Nジャマーキャンセラーとエンジンのステータスチェック……それにシミュレイターの
データを打ち込んだくらいだな。でも毎日やってるぞ、そんな事」
「シミュレイターのデータ入力、ね」
 ヒルダがそう言ってデスティニーⅡを見上げ、隻眼を細める。
「ちょっとコクピットに入って起動させてみちゃどうだい。認証システムの故障かも」
 ダイアモンドテクノロジー社で開発されたデスティニーⅡは、登録パイロット以外には
動かせないというプロテクトが新たに追加されていた。核動力機である以上、万一の事態
を想定せねばならない。勿論、デスティニーⅡを担当していた整備兵も一時的に登録し、
機体に全面的にアクセスできる立場だったのだが。
「ああ……」
 不安げに頷き、シンは機体の傍にある昇降機に乗った。動き出す寸前、ヒルダも跳び
乗ってくる。肩を震わせ、シンが手すりに身体を寄せた。緩和されたとはいえ、未だ異性
への恐怖感は根強い。
「手動認証でね」
「解ってる」
 ヒルダから顔を背け、シンは開きっ放しのコクピットに滑り込む。メインモニター脇の
小さな四角いシートに中指を触れさせ、その傍にあるレンズから光が3秒ほど照射されて
シンの紅い瞳に当たった。音声アナウンスがスピーカーから発せられる。
『Access denied』
「駄目だ、認識されない……どうなってるんだよ、ったく」
「ちょっと待った!」
 シンがハッチから出ようとした時、機体の足元でコンソールをチェックしていた整備兵
が声を上げた。彼は何度も首を捻り、困惑の溜息を漏らす。
「もう1回やってみてくれ!」
「良いけど……」
 再びシンが機内に潜り込む。10数秒後、シンがハッチから顔を覗かせる。
「やっぱり駄目だ。認証システムが壊れてる」
「……降りてきてくれ、シン。セキュリティの故障じゃない」

 

「サポートAIが!?」
「ああ……」
 デスティニーⅡの足元に設置された、外部操作用のコンソールの前で整備兵が頷いた。
「こいつが、OSとセキュリティに干渉してデスティニーⅡを止めてる。信じられんが、
このサポートAIはいまや、機体全体を掌握してるわけだな」
 整備兵にそう言われ、シンは額に手をやる。一ヶ月前、エミュレイターが駆るエンブレ
イスと交戦し、セレニティを破壊した時の記憶が蘇ってきた。
「詳しくは知らないが、こいつのAIはその、特殊なんだろ? 削除も置換も出来ない」
「……ああ、特殊だよ」
 重々しく頷くシン。エミュレイターの複製に強化されたAIは、他の数倍のスピードで
攻撃や防御を学習し、OSに干渉してスラスター推力、ビームの出力をリアルタイムで調
節する事で、さながらビデオゲームの主人公が敵を倒して経験値を得るが如く、たゆまず
デスティニーⅡの性能をアップさせ続けていた。
「でも、何でいきなり」
「そりゃ、機体の中枢がいかれたからだろ?」
 シンが声の主の方を向く。薄い笑みを浮かべ、ヒルダが腕組みして壁にもたれていた。
「機体の、中枢?」
「あんただよ、シン。あんたが元に戻るまで、『あいつ』は責任持って、デスティニーⅡを
凍結させ続けるだろうさね」
「お、俺が?」
 自分の胸元を指差すシンに、ヒルダは勿体つけて頷いてみせる。
「午前中のシミュレイター訓練、データ送っただろ。それが拙かったのさ。前日と比べて
半分以下の成績だからね。あんたを、シン=アスカだと認めてないんだよ」
 ショックでよろめき、デスティニーⅡに身体を預けるシン。
「た、確かに俺は……え、でも、体調とか色々あるだろ?まだ実戦じゃないんだし……」
「んーまあね。要するに、『ワタシが大好きなアイドルはトイレなんか行きません!』って
状態なんだろ、今のエミュレイターは」
「おお、なるほど」
「そう考えるとちょっと可愛いな」
 何人かの連合軍兵士が手を打って頷いた。完全に他人事である。
「そんな馬鹿な話があってたまるか! サポートOSって、パイロットを補助する為にある
んだろ! 成績不良を理由に乗れなくさせるなんて、理不尽にも程がある!!」
「だぁから、あんたはもう、デスティニーⅡのパイロットじゃないんだっての」
 食って掛かるシンに対し、軽薄な笑みを浮かべて肩を竦めるヒルダ。
「何かキツくねえか、今日のヒルダ」
「サディストだからな、元々」
 背後で囁き合うマーズとヘルベルト。壁に取り付けられた通信モニターの真下から呼出
音が鳴り、兵士の1人がスイッチを入れる。表示された士官服の男を見て、敬礼する。
「こちら第2格納庫であります、大尉」
『哨戒部隊出動まで10分を切った筈だが、編成はまだ終わらんのか?』
「それが、アスカさんの機体がアクシデントで起動できなくなりましたもので」
 デスティニーⅡとヒルダに当たり散らすシンを横目で見つつ、兵士が応えた。
『そうか。こちらで提供できる機体は無いのか?』
「少々お待ち下さい、大尉。……シン、MSを何とか出来るかも知れないぞ」
 騒ぎを一度止めさせ、整備兵を手招きする。
「予備の機体、あるだろ?」
「予備ねえ……アレを使って良いなら」
「アレか……まあ、ちゃんと動くからな」
 頷き合う2人。兵士がモニターに向き直った。静まり返った格納庫に声が響く。
「大尉、模擬標的としてオーブ軍から借りてきたM1アストレイが1機あります」
『ではそれに搭乗して貰え。シン=アスカは超エース級のパイロットだ。機体を選ばずに
済むほどの技量を持っている筈だからな』
「了解! という事だシン、よろしく。シュライク装備もつけてやるからさ」
 暗転したモニターに背中を向ける兵士。肩を落とすシン。
「M1アストレイ……よりによってオーブのMSか。オーブ……あの、馬鹿アスハ」
「チームワーク、チームワーク」
「解ってるよ、うるさいな!」
 薄ら笑いを浮かべて肩を叩くヒルダに吠え、肩をいからせたシンはネイビーブルーと
ダークグレーで塗装されたM1アストレイの方へと足早に歩いていった。

 

 アプリリウス・ワンの議事堂に設けられた最高議長の執務室で、議長代理となった補佐
官は、正面の立体モニターに表示された3者を順に見渡していった。右に、燃えるような
赤毛の連合軍将官、中央に頭髪の心もとない背広姿の男、そして左に、くすんだ灰色の髪
の老女。軍人はどうでも良さそうに欠伸し、老女は柔らかい笑みを絶やさなかった。
『これは、君が送ったデータは……どういう意味なのかね、補佐か……議長代理!』
 背広の男が、モニターに顔を近づけて暑苦しく詰問する。
 細面の補佐官は最初、質問の意味を理解しようと視線を泳がせた後、簡潔に応えた。
「お送りした通りです、監督官殿。そのままお受け取り下さって結構です」
『ほう! ザフト再編成と、新型機開発のお知らせという事だな!?』
「いえ、新型MSは間も無く完成します。試作機が現在、任務に就いており……」
 机を殴りつける音がスピーカー越しに伝わり、補佐官は片眉を上げた。
『連合軍艦隊が、君達の砂時計を粉々に撃ち砕かなかった理由を考えなかったのかね!』
「我々のコロニーが、優秀な生産設備を有しているからでしょう?」
『君達のではない! 理事国の物だ! 地球の物なのだぞ!!』
「理解しております」
 補佐官は慇懃に頭を下げる。荒い息をつき、監督官は顔を上げた。
『……理解しているのならば、即刻ザフト再度解散させ、新型機を引き渡したまえ』
「以前お話した通り、それは不可能です。ザフト兵は元来自立心が強く、失職した後に
どのような行動を取るかは自明。また、お送りしたデータの通り、新しいMSはジン系と
ザク系のパーツを組み合わせて造った間に合わせの機体。エミュレイターにほぼ全ての
機動兵器を奪取され、破壊された以上、致し方の無い処置です。量産も予定しています」
 退屈で、時間の浪費だという姿勢を隠しもしない補佐官の態度に、監督官はハンカチを
取り出して額の汗を拭いた。彼の方も必死である。全て自分の責任となるからだ。
『旧ザフト兵の問題など、駐留する連合部隊に任せれば良い!』
「しかし事件や事故が起こってからでは遅い。それに……連合軍兵士の方々も、それほど
意欲的では無いようで」
『いやいや申し訳ない』
 赤毛の将官が、全く反省していない表情で謝罪し、苦笑いする。
『でも、訓練を終えたばかりのコーディネイター兵はプラント方面への配属を志願してる
みたいだぜ。同族意識ってか、仲間感覚でどうにかならんもんかね?』
「准将、解った上でそういう事を仰らないで下さい。プラントに住んでいないコーディネ
イターは、ナチュラル以上に我々を憎んでいます」
 かぶりを振りつつ、補佐官は言葉を返す。
「彼らは、ナチュラルにはない2つの恨みを我々に対し抱いているのです。かつて同胞と
信じていた気持ちを裏切られた事、そして地球上で迫害される原因を作った事を」
『フン、それは君達の責任だろう! というより、現在の君達の苦境は全て……』
「そういう所もあります。ともあれ、現状には対処せねば」
『補佐官』
 老女――ネオロゴスの纏め役であるモッケルバーグの穏やかな声に、呼ばれた補佐官は
双眸を細めた。
『私達は貴方を信頼しているのです。生産設備兼、研究施設の優秀な管理者として』
「今後ともご期待に応えていく所存です、モッケルバーグ女史」
『そうである事を願います。地球とプラントの確執は消えていない……いいえ、おそらく
これからも消えないでしょう。加えて、今は地球圏全体が厳しい状況なのです、余り……』
 老女の目もまた細まる。皺の刻まれた瞼から覗く、光を吸い込むような深い瞳に補佐官
の姿が映り込んだ。
『あまり、私『達』を動かさないようにして下さい。プラントの存続を決定したのは、私
『達』なのですから』
「……」
 黙ったまま、補佐官は目を閉じ軽く頭を下げる。プラントその物を破壊せずとも、内部
の住人だけを皆殺しにする方法が無いわけではない。壁で隔てられた外側は真空なのだ。
連合軍がそうしなかったのは、ビジネス集団であるネオロゴスの存在が大きい。表立って
銃を突きつけてくる連中だけが恐ろしいわけではない。
『とにかく……貴方が私達に送ってくれた件については、両方とも承認します』
『し、しかし!』
 背広姿の男の言葉を無視して、モッケルバーグは笑みと共に続ける。
『ただし、プラントが地球連合の所有物であるという前提の上での話です。くれぐれも、
お間違えなきように』
「無論、承知しています」
『ではこれにて。貴重な執務のお時間を割いてしまい、申し訳ありません』
 モニターが消え、プロジェクターが音を立てて停止する。
「……という事です、ベル」
「はい! え、えっ?」
 執務室に呼ばれていた、水色の髪に紫の瞳を持つ緑服の少女兵が少し遅れて敬礼する。
目の前で繰り広げられていた会話に圧倒され、頭が回っていなかったのだ。
「新型MSの使用を許可します。直ぐに地球へ向かって貰いたい」
「ツェドを?……未帰還者の、調査の為にあれを使うのですか?」
 少女の声に、困惑と緊張が混じる。エミュレイターの反乱後、補佐官は地球上に点在す
るザフト基地全てに対し、即時引き上げ命令を出した。結果は惨憺たるもので、実に4割
が命令を受けた後、行方が知れなくなっている。ナチュラルに対する歪んだ優越意識と、
言われるままに武力を削減すれば、今まで自分達がやってきた事をそのままやり返される
かもしれないという恐怖ゆえの行動だった。
 無論、そういう懸念もないわけではない。しかしより大きな脅威の存在に、そういうザ
フト兵達は気付いていないのだ。地球連合は最早、猶予期間を設けていないという事を。
「地球上でテロ活動に使われているMSは、殆どがザフト機であると伝えられています。
真新しい外見の方が好ましい。それに現在は連合の属領で、こちらの情報は筒抜けです。
軍事機密も何もあったものではない。ならば、性能の高い道具を使うべきでしょう」
「はい、けれど……」
 何かを言いかけた後で、ベルは口ごもった。血のバレンタインを経験し、またザフト兵
としての教育を受けた少女には、やはり地球連合に対する根強い危機意識が宿っている。
ブルーコスモスを支援していたロゴスにも、良い印象を持っていない。
 しかし、ベルには経験があった。絶対の信頼をおいて良い筈だったラクスを利用し、地
球圏全体に戦乱を起こそうとした『最後の50人』に従わず、補佐官を助けたのだ。
「プラントは変わらねばなりません。何をするか解らない宇宙の化物の巣穴ではなく、対
等なビジネス関係を築く事が出来る企業の集合体に、戻らなければならないのです」
「……わかりました、行って参ります!」
 踵を揃え、ベルは力一杯敬礼した。空色の髪が揺れる。頷く補佐官。
「お願いします。現在交渉中ですが、ミハシラ軍のジュール隊に、同行を要請できるかも
しれません」

 

 荒涼とした大地を、3機のドムがホバー推進で進む。土煙を立てる彼らの真上から照り付
ける太陽が、荒地に濃い影を落とした。否、影は4つ。飛行ユニット、シュライクを装備
した連合軍カラーのM1アストレイが、ドム3機の真上を蛇行しつつ追随する。
『良いかいシン、何かあったら、直ぐに知らせて高度を下げるんだよ』
「わかってる」
『自分を、昨日までの自分とは思うんじゃないよ? 何が原因か知らないが、あんたはもう』
「わかってるよ、ヒルダ。わかってる……!」
 搾り出すような声で彼女の言葉を遮り、シンはレーダーに視線を落とした。相変わらず
ぼんやりとした光点があちこちに散らばっているだけで、全く用を為さない。陽光が照り
返し、白く輝いているような荒野を見下ろした。
 ガルナハン。コニール達が住む街から西に50キロほど進んだ場所にある当エリアは、Nジャマーが大量に投下され、かつその多くが地殻の浅い場所で留まっている。電波障害が
激しく、地球連合の復興計画も思うように進まなかった。その結果、テロリストや連合を
信用しない武装勢力が終結し、無法地帯と成り果てている。地図も書き込まれず、居住す
る人口さえ解らない。無論、このような地域はそう少なくないのだが。
「何で……何でだよ」
 だが、シン=アスカの意識は外部でなく、己の内側へと向いていた。ある日突然授かっ
た最強の力は、ある日突然消え去った。共に死線を潜り抜けたデスティニーⅡも動かない。
性能的に大きく劣ったM1アストレイは、まるで操作感覚が違う。全てが、もどかしい。
「俺は……こんな所で躓いてる時間なんて無いのに……なッ!?」
 ロックオンされた事を示すアラームが聞こえた時、シンは反射的に動いていた。彼の
操作を数瞬遅れて受けたM1が、空中で左に跳ぶ。緑のビームが胸元を掠め、装甲を焼いた。
「敵襲! 正面の崖! 谷間からだ! く、機体がっ……」
 M1を急降下させ、着地。ドム3機が前方を警戒する様に、シンは歯を食い縛った。

 
 
 

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