SCA-Seed_GSCⅡ ◆2nhjas48dA氏_ep2_第19話

Last-modified: 2008-08-01 (金) 21:15:07

「この人凄いんだ!社長さんなのに、MSの倍以上あるロボットに乗っちゃって!」

 

アズラエルの微笑が歪む。顔色を失くした研究員のライトを奪い、スイッチを切った。
直後、何かが地面を転がる音が続く。

 

「ちょ、お嬢様、私は何もォフッ」
「貴方の存在その物が罪です」
「そ、そんな! さっきはお嬢様がご自分で乗られっ潰れる! そこをそんなにしたら潰れ
ます! あ、ぁっ捩れるっ! 折れるっ!」

 

 数度、踏むような蹴るようなくぐもった音が聞こえた後、ライトが再び点灯した。軽く
髪をかき上げて微笑むアズラエルが、コニールの方を向いた。

 

「コニールさん、先程のようなはしたない言葉を人前で口にされるのは、女性としていかがなものかと」
「え? あたし何か言った?」
「はい、はしたない事を」
「あれ……?」

 

 凄い勢いで会話から引き離されたシンが、ライトをアズラエルの方に向ける。先程彼女
の傍にいた、作業着姿の研究員が見当たらない。

 

「アズラエルさん、さっきまで誰かと一緒にいませんでした?」
「いませんでした」
「Ms.アルメタですね?」

 

 話題を無視したエコー7がコニールへと歩み寄り、軽く会釈した。

 

「アメノミハシラから派遣された者です。反地球連合の武装組織に所属されていた貴女に、
色々と伺いたい事があります。特に、『東側』について」

 

 戦闘要員としての訓練を受け、均整の取れた体格と冗談が通じそうにない目つきに、コ
ニールが一度深呼吸して頷いた。シンと一緒に消えた研究員を探していたベルが、2人の
方を振り向く。アズラエルが笑みを浮かべたまま、目を細めた。

 

「それは構わないけど……アメノミハシラって、今は地球連合に協力してるんだよな?」
「サハク代表は元来、連合との協力関係を維持していました」

 

 独立国家としてのプラントが消滅して地球連合が地球圏唯一の政治主体となった後、ア
メノミハシラの名前は広く一般に知れ渡るところとなった。特にラクス=クライン政権時
代に集中して起こったザフト上層部の不穏な動き、そしてエミュレイターの反乱について
は、ロンド=ミナ=サハクがそれらに加担したという噂が現在でも公然と流れている。
 加えて、ギルバート=デュランダルの熱烈なシンパと世間的に認知されていたシン=ア
スカが記録上死亡した後、ザフトから離反してアメノミハシラに所属している。そして一
介の兵士に過ぎないシンが、地球圏全体で20%のマーケットシェアを持つコングロマリッ
ト、ダイアモンドテクノロジー社の代表取締役と個人的に親密な間柄にあるという、偶然
の一言で片づけられない事態が続発したのだ。

 

 アズラエルとシンが個人的に親しいというのは無論、アズラエル本人が流布した噂であ
るが、ドラマ性を好む世論は特に疑問を挟まなかった。そうでなくとも、オーブが連合軍
によって占領された時や、クライン派のリソース源であるファクトリーが白日の下に晒
された時には必ず現場にいたし、また結果としてシンが良く思っていなかった勢力は悉く
失脚あるいは消滅しているのだ。
 プラントもザフトも歌姫の騎士団もオーブも、地球圏に住む人々にとっては邪魔者でし
かなかった。圧倒的に優遇された場所から自由と平和を説き、綺麗事を前面に押し出して
介入を繰り返す姿は鬱陶しかったし、時に実害も伴った。
 その彼らが倒れた事は概ね歓迎されたが、だからといって世直しが為されたわけでは断
じてない。自らの利害を求めてひた走る、ネオロゴスのような企業集団を止める者はいな
くなった。彼らは弱者を救済する。その富と力を人々に分け与え、共に強くなるよう呼び
かけて、アメーバのように増殖していく。
 しかし、『人々』の定義を決めるのは、他ならぬネオロゴスの魔女達なのだ。

 

「……解ったよ。ここで話すのもなんだから、家に来てくれ」
「助かります。では、行きましょう」
「おかしいな、10秒くらい前にはいたのに」
「いませんでした」
「でもライトを持って立っていたような」
「いませんでした」

 

 笑顔で言葉を繰り返すアズラエルに首を捻りつつ、シン達はエコー7の後を追って街へ
と足を踏み入れる。笑顔で見送ったアズラエルも、両手を軽くはたいて社のキャンプへと
戻って行った。街灯などろくに設置されていない通りは、ライトを持つ人々がいなくなる
と深い闇が落ちる。風が砂埃を巻き上げた。

 
 

「アルファ1よ」

 

 アメノミハシラの執務室にて、地球圏のほぼ全土に散らばっている部隊が表示された戦
略マップを前に、タッチペンとサブモニターで指示を送っていたロンド=ミナ=サハクは、
横で補佐をする副官を見遣った。
 戦時に投下されたニュートロンジャマーの影響により、リアルタイム通信は大きく制限
されている。きちんとした通信施設を各地に建設すれば話は別だが、その為に必要な資本
も人員も環境も、何もかもが足りていない。

 

「余の新型モビルスーツは、一体どうなっているのか?」
「6時間前に、コペルニクスのカグヤ様からデータが送られてきました」

 

 まるで台本を読んでいたかのようなスムーズさで、鍛えられた中年女性が答えた。メモ
リスティックを机上に置く。鼻を鳴らし、ミナが爪の先でそれを引っかけた。

 

「何故その時点で報告しない……まあよい」

 

 スロットに差し入れデータを呼び出す。3Dプロジェクターが点灯し、部屋の中央に人型
が浮かび上がる。開発用のデータなのか画像が大きく、頭頂部と足部がそれぞれ天井と床
に擦れてしまうほどだ。ミナが近づき、仰ぎ見る。

 

「これか……」

 

 頭部パーツ正面、いわゆる『顔』はM1アストレイとほぼ同一。カメラアイの色は前の
機体であるアマツと同様にライトブルーであるが、V字アンテナの代わりに肉厚で大振り
なブレードが一本、額から斜め上前方にそそり立っている。
 カラーリングもアマツに合わせ、黒と金で構成されていた。胸甲部は幅の広い複数のプ
レートを一定方向に沿って覆い被せてあり、襞のような両肩のスリットはスラスターであ
ると解った。また、脚部は袴の如く左右に割れたスカートが取り付けられている。追加装
甲のように見えるが、各方向にスラスター孔が開いていた。
 左側の胸と腰の中間部分には、黒塗りの鞘に収まった刀が見える。といっても名刀かつ
怪刀といって良いガーベラストレートとは違い、平面パーツで構成されるMSのマニピュ
レーターに合わせたメカニカルな柄が覗いていた。また背面のウェポンラックには、散弾
銃のような装備が水平にセットされており、しばらく見ていると機体の右腕がギアを入れ
替え、器用に後ろへと手を伸ばし、グリップを握り込んだ。
 足部もまたアマツを模したヒールである。しかし、左右の爪先と踵に可動式と思われる
金色の大型ピックが装備されており、全てを見終えたミナは頷いて短く言葉を発した。

 

「また、癖の強そうな機体だな」
「はい。我が組織の旗印ですので、純粋な戦闘能力よりもインパクトを重視しており……」
「それはよい。実用性で言えば、アマツも戦列を構築できる機体では無かった。各部に装
備された小型のスラスターは……ふむ、推力でなく細部の姿勢制御の為か」

 

 任務を放り出し、映像の周囲を回るミナ。

 

「名は、何というのだ?」
「零式と。つまり、未だ正式名称はありません。東アジア共和国のフジヤマ社からスピン
オフした技術者達が、コペルニクスで開発したもののようで」
「フジヤマ社?」

 

 聞き覚えのある単語に、ミナが眉を上げた。
「はい、ライゴウとこの機体とで『東アジアガンダム』の座を争っていたようです。あ、
正確にはこれでなく、この前身というか改良前というか。しかし人型という以外、両者の
共通項が見当たりませんね」
「東アジアガンダム……ふざけた名前だ。大体何なのだ、ガンダムとは」

 

 苛立ちを含んだ声で独りごちたミナは、咳払いして映像を消した。

 

「機体名は、どうすべきか」
「ミハシラの構成員から候補を募ってみては?先程も申し上げましたが、旗印なので」
「それはそうなのだが」

 

 公募や多数決といった民主的な、つまり反専制的な単語を嫌うミナが顔をしかめる。
 彼女が顔をしかめて渋り、即断しないのは要するに考え付いていないからなのだが。

 

「しかし……む」

 

 アラームが鳴る。執務机の前に腰掛け、キーボードを幾つか叩く。戦略マップ上の点が
明滅した。ガルナハンの街と、レジスタンス時代のコニール=アルメタの映像が表示され、
『Activities』『Contacts』『Situation』など、コンパクトにまとめられた経過報告が続く。
最後にエコー7の映像とコードネームが付属し、通信が終わった。

 

「時間は掛かったが、計画の足掛かりは出来たわけだな」

 

 満足げに微笑むミナ。戦略マップ上の近東から旧ロシア南部、旧中国の西部までは光
点が1つも無く、エリア全体が薄らと陰っていた。

 

「ようやく本題に入れたというだけでしょう。最後の50人が、現地の組織とどういう関係
を構築しているかも解りません。連合でさえ、介入の時期を迷っている場所なのですから」
「だからこそ、余らが探るのだ。ロード=ジブリールの遺産は、否少なくとも遺産の一部
は、間違いなく此処にある。ネオロゴスよりも早く確保出来れば、彼女達への交渉力とな
り、ひいては地球連合との交渉力になる……支配圏が縮小したとはいえ、未だ軍備は地球
圏最大……しかも他の追随を許さぬ、地球連合へのな」

 

 不敵な笑みを浮かべ、ミナは椅子に背中を預けて指を組む。

 

「勿論、最後の50人は最強にして最悪のテロリスト集団だが、補給の問題は避けられぬ。
戦艦、MSそして人員……ラクス=クラインの下で潜伏していた時とは話が違う。あのエ
リアに入り込んだ以上、奴らを使わざるを得ん。そう、『アンダーマーケット』を」

 
 

「アンダー……マーケット」

 

 コニールの口から出た単語を、シンは呟くように反芻する。ディーが小さく息を吐き出
し、ベルが不安げに視線を落とした。

 

「って、なんだよそれ?」
「連合軍の手の届かない……」
「平たく言うと、軍需物資の総合商社です。非合法ですが」

 

 エコー7の説明にディーが割り込んだ。

 

「ジャンク屋ギルドというのはご存知ですね?シン。戦場で破壊、投棄された兵器や機械
を回収して、修理した物を販売する業者です」
「ああ、何だっけ……地球連合がギガフロートとかいう人工島を買ったか買い戻したか。
その時に怪しい宗教の人が仲介したとか……」

 

 ミハシラ軍内のネットワークで出回るニュースを断片的にだが読んでいたシンが、こめ
かみに手をやって記憶を呼び起こそうとする。

 

「そうそう。で、アンダーマーケットは基本的にジャンク屋ギルドの一組織です。掻き集
めてきたジャンクから使える物を抜き取って改造または修理して、太陽の下を歩けないよ
うな人に売り捌くわけですよ」
「……何でアンタ、そういう怪しい事ばっかり詳しいんだ?」
「どうしてでしょうねえ。記憶を失った事と関係があるのかなあ」

 

 ジャンク業者の助手をやっていた頃に取引したとは言えないディーが、目を泳がせる。
半眼で睨んだシンが、髪を掻き乱しつつ口を開いた。

 

「ま良いや。で、そのアンダーマーケットっていう連中を叩けば良いって事ですか?」
「違います。そして、それは出来ません」

 

 エコー7はゆっくりと被りを振って、コニールに背を向けシンと向き合う。

 

「ジャンク屋ギルド、そしてアンダーマーケット……これらは経済システムに殆ど完全な
形で組み込まれています。名前からはイメージできないかと思いますが、彼らは余りにも
巨大で活動領域は広大、強靭にして柔軟なのです」
「草の根的に広がって、しかも成功してしまった組織の恐ろしい所ですね。ちなみに、プ
ラントや月にもネットワークがあるんですよ。ザフトの兵器はワルい人達に人気でね」

 

 ディーに意地の悪い笑みを向けられ、ベルが再び肩を落とした。ザフトに入隊して以来、
プラント領内の警備のみ務めてきた彼女だが、確かに連合軍の機体よりも同じザフトの機
体に乗ったテロリストとばかり戦っていた。明確な命令系統が存在せず、実力主義や成果
主義を標榜する彼らは彼らならではの問題を抱えていた。
 結果さえ出せば認められてしまうので、戦場では各々の判断で勝手に突出する。結果と
して機を見計らっていた地球連合の戦車やヘリ、戦闘機など大量の旧式兵器部隊で、伸び
きってかつ脆い補給線をズタズタにされ、しかも自分達が投下したニュートロンジャマー
が放射する妨害電波でその状況が掴めず、勇ましく突撃したまま立ち往生という事態が各
地で発生。多くのザフト兵はバッテリーが尽きたジンなどをそのまま放棄した。
 そして、その放棄されたMSを連合軍に持っていったのが、ジャンク屋ギルドと地球連
合の繋がりを生み出したと、多くのアナリストが主張している。

 

「ギルドやマーケットを叩く事は出来ません。しかし、深く入り込んで観察する事は出来
ます。私達の敵である最後の50人の動向を知る為にも、『東側』へ行かねば」

 

 シンの表情が引き締まった。キラに挑発され、半分何となくで任務に参加して地球に降
りてしまったが、ここへ来てようやく事態が面倒で、かつ深刻である事が解ったのだ。

 

「じゃ、MS無しで行きますか?」
「いえ、まずはマーケットの顧客にならなければいけません。Ms.アルメタに協力して頂け
る事になりました。知人がいるのでしたね?」

 

 エコー7に水を向けられ、コニールは表情に苦悩を滲ませつつ首肯する。

 

「ああ……本当は、外部の人間に関わらず済ませたかった。けれど……今日みたいな事が
あった以上、悠長な事は言ってられない。案内役として一緒に行くよ。……シン」

 

 コニールに見つめられたシンがたじろいだ。右手を握り締め、目を閉じた。

 

「わかった。頼む、コニール」

 

 ディーも笑みを消し、壁にもたれて腕を組む。ベルが左手でそっと胸を押さえた。

 
 

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