SCA-Seed_GSCⅡ ◆2nhjas48dA氏_ep2_第24話

Last-modified: 2008-10-19 (日) 10:08:44

「とにかく、あの研究員はプロジェクトから外せ! ムルタ=アズラエル子飼いの男など、
私の計画には不要だ! 顔も見たくない!」

 

 ロード=ジブリールはそう言って、受話器を叩きつけた。豪奢なソファに腰掛け、此方
を眺めている赤毛の女を振り返る。

 

「……この世には、馬鹿と臆病者しかいない。お前の言葉の正しさは日々証明されるな」
「ええ。私は臆病者で、あなたは馬鹿よ」
「私は違う! 少なくとも、馬鹿でなくなろうと努力している」

 

 胸元が大きく開いたドレスを着崩す彼女は、夫の言葉を鼻で笑った。

 

「ロゴスは……あの老人の集まりは、プラントを正しい方法で取り戻す事を諦めた。遺伝
子改造されたミュータントが! 宇宙に我がもの顔でのさばっているコーディネイターが
始めた下らん独立運動ゴッコの所為で、あの砂時計は今や赤字まみれだ! 馬鹿共が!!」
「もう諦めれば良いじゃない。100年経ったら絶滅するんでしょ? 子孫を残せないから」
「裁きを受けさせないまま、彼らに残り少ない生を謳歌させると? 馬鹿な……いや、だが
結局はそうなるかも知れんな」

 

 妻に食って掛かった男は、立ち上がってか細い声で何やら口走りつつ部屋の中を歩き回る。
女がその白い指を伸ばし、クリスタルの皿を毛足の長いカーペットに置いた。袋を開けて
キャットフードを入れると、黒猫がやってくる。

 

「だからこそ、せめてこの地球上からだけでも連中を根絶やしにせねばならない。これは
奴らにとっての救いでもある」
「救い……」
「呪われた存在として生まれた奴らを、炎と鋼鉄によって浄化するのだ。これを救いと言
わずして何と言う? そうだとも……」

 

 神経質な男の笑い声などまるで気に掛けず、餌を貪る黒猫の背中を女が撫でる。彼女は
解っているのだ。現在に至るまでの経緯が。ロゴス内部での権力掌握に失敗し、過激派を
焚き付ける事でしか独裁者になれなかった元メディア王の悲嘆が、彼女の胸には聞こえて
来るのだ。だから、口の中で呟いた。

 

「心配しなくて良いわ」
「だからこそ私はアレに名付けたのだ! 希望<Hope>と!」
「貴方は土に還る。貴方の全ては、無駄にならないのよ……」

 

 喚き散らす男を前に、女は眼を細めた。

 
 

「9つに分かたれた遺産の内、既に7つは此方の掌中にある」
「しかしコアパーツが無ければ、ホープは単なる置物に過ぎない」
「ユーラシア連邦の管理下に置かれているという所までは解っているがな。管理している
組織が正体を知らない以上、情報の伝わりようがない」

 

 薄暗い室内に複数人の声が響く中、男はPDAに表示されたMSのデータに目を落とす。
 スーパードラグーンに続き、腰部のレール砲を排除し腹部ビーム砲も発射機構ごと抜き
取って、代わりにサブスラスターを取り付けたストライクフリーダムが映っていた。両腕
にあったコロイド発生器も無く、腕部の動きを邪魔する存在は極力削減されている。
実戦とシミュレイターを繰り返した末の決断だった。赤、灰色、そして白で彩られた機
体が画面の中でゆっくりと回転している。黒光りする背部ウィングユニットは、肉と羽根
を削がれた鳥の翼に似ていた。
 重力下、大気圏内仕様のカスタマイズである。続いてキーを叩き、デスティニーⅡの映
像を表示させた。黒と赤で塗り分けられ、鉤爪を備えた両手を有し、斧のようなビーム発
生器を足部に備えた、超高機動戦及び接近戦専用の機体。Sフリーダムよりも肉厚で大柄
な翼を広げ、威嚇するように肩をいからせている。
 同一の技術を施されたデスティニーⅡと改修型ストライクフリーダムは、言わば腹違いの
兄弟だった。極端に偏ったスペックを核エンジンとVL機関で無理矢理補い、死に急ぐ
ように機動性を互いに高め合っている。

 

「まだ問題はある。9基の生体CPUをどうやって調達するかだ。我々に適性が無い事は、
既に検査で判明した」
「ダイアモンドテクノロジー社のゆりかごで対応できる筈だ。集めた孤児もテストしては
いる……最悪の場合、適性のない我々50人から選ぶしかないが」
「それではホープの真価がまるで発揮されない。連合軍の主力相手では、20分間保たせる
のが関の山だ。彼らのMSは、2年前とは比べ物にならない」

 

 暗がりから聞こえる男女の会話は、まるで1人が声色を変えて喋っているかのように均
質的で抑揚がない。囁き声のように生じては消えるやり取りに、男はPDAを消して息を
吐き出した。苛立たしい。
 こんな筈ではなかった。ガルナハン基地でシン=アスカに命を救われるまで、彼は紛れ
もなく『最後の50人』だった。あの戦いぶりが、そして捨て身の行動が、男の被った鋼鉄
の仮面に亀裂を入れた。シンに対する怒り、憎しみが喉元まで湧き上がっては退いていく。
あの傲慢な偽善者は、いずれ代償を支払うだろう。否、払わせる。
 しかしこの復讐の誓いも、自身に芽生えた心を押し隠す為に創り上げた偽りの激情でし
かないと、男は自覚していた。自分を上回る技量を持った存在と初めて戦った事で、彼は
快楽の味を知った。戦い、競り合う事の悦び。自分の妻と娘を奪った暴力を愛するように
なったのだ。彼は今、デスティニーⅡとの戦いを心待ちにしていた。最強のAIを備えた
機体に乗り、並み居る強豪がいなくなった事で最強の座に着いた男との戦いを。

 

「ユルゲン、貴方の意見は?」
「良好なデータを出したサンプルもいる。性能が劣る我々を使う理由はない。9番目の
生体CPUは少々要求条件が厳しいが……他に代替案が無ければ、私がなるべきだろうな」

 

 今はセクメトの艦長を務める褐色肌の女性に即答し、男―ユルゲンは答えた。今や49人
全員が、自分を名前で呼ぶ。皆が理解しているのだ。自分がもはや異物だという事を。

 

「可能ならば、プラントのコーディネイターが欲しいところね。彼らは産み落とされて新
生児室にいる段階から、歌を聴いて育つ……ゆりかごのような刷り込みに弱い」
「そうだな」

 

 彼女の言葉に、ユルゲンは気の無い返事を返した。発表されているラクス=クラインの
歌は全て、コーディネイター用の新生児室に流れていた音楽のアレンジバージョンである。
父シーゲル=クラインが自らの政治活動を優位に運ぶ為、そして自身の実験の為に曲の権
利を買い取り、物心つく前からラクスにアイドルとしての教育を施した。
 つまり彼女の歌はプラント市民にとって常に、どこか馴染み深い物であり、心を落ち着
かせる『音』なのだ。後は演出である。プラント広報部が、彼女を平和の歌姫にしたのだ。
どれだけ結果を出そうと、どのように葛藤しようと、何を手に入れようと全て優れた遺伝
子ゆえであるとされ、エミュレイターに人格から否定されて強化を施された後でさえ、人
間として扱われる事のないキラ=ヤマトと近いものがあると言える。

 

「しかし、今となっては難しいだろう。ラクス=クラインは人前で歌わなくなって久しい。
そのうえ権力も失って、プラント内では公然と彼女の批判が行われている。先日、集
会場でラクス=クラインのディスクが粉砕され、撒き散らされる事件も起きた。裏で糸を
引いているのはあの補佐官……現在の議長代理らしいが」

 

 現在、プラントは刻一刻と変化を続けている。死んだ旧為政者達をドラマチックに糾弾
し、清潔過ぎる己の経歴を前面に押し出し、強烈過ぎる具体性で異常な高支持率を得た補
佐官は、『前進』をスローガンに破壊的な構造改革を推し進めていた。潜在的なエリート意
識を持つプラント市民は、いわゆる『素晴らしい指導者に従う素晴らしい自分』に陶酔し、
危険な程の一体感を見せている。

 

「……とにかく、残る2つのパーツと同時進行で探すしかないな。時間が惜しい」

 

 ユルゲンの言葉に女性は立ち上がり、背中を向ける。彼は再びPDAを起動させ、今ま
での戦闘データを呼び出した。

 
 

 パワードスーツのブーツとグリーブを身に着けたシンが、視線を横にやり、鏡で自分の
姿を見返す。アカデミー時代の技術研修で着用した船外作業服とは異なり、人体をそのま
ま一回り大きくしたような、スリムなデザインである。特撮ヒーローのコスチュームにも
使えそうだ。

 

「よっ……ぉ、重っ……」

 

 スラスターを背部に取り付けたチェストガードを抱え、よたつきながらも着込む。背中
のケーブルが接続されて通電し、パワーアシスト機構が作動した。腕を痙攣させるほどの
重量だった装備が、途端に羽根のように軽くなる。

 

「おわっ!? 痛ッ!」

 

 軽くなったついでに勢い良く背筋を戻し、慣性が働いて目の前の壁に激突した。直ぐ傍
の物品棚が倒壊し、シンの頭を缶詰が直撃する。

 

「性能高いんだか低いんだか……くっそ」

 

 額と頭頂部の痛みで涙ぐみつつ、肘まで覆うグローブを填めた。ケーブルの繋がる小さ
な音が聞こえた。続いてヘルメットを被る。赤い単眼に淡い光が灯り、被っているシンの
目の前に各種データが表示された。

 

「へえ、ザフト製のと全然違うな」

 

 MS万能主義が浸透している民兵組織と、前々からパワードスーツを使用してきた正規
軍では装備に差が出るのは当然だが、シンが小さく唸る。鏡をもう一度見て、大柄だがす
らりとしたフォルムに腕を組んで頷く。

 

「結構、良いな……パワードスーツだけど」

 

 指を曲げ、ディレイ無く動く様子に声が弾んだ。拳を作ってストレートを放つ。空気を
突き破る微かな音の後、左脚を軸にして回し蹴りを放った。回転の勢いを使って跳躍する
と、背面からスラスターが噴き出して身体を浮かす。そのまま左腕を振りかぶり、床に拳
を叩き付けた。震動によって周囲の棚が一斉に倒れ、物が散乱した。

 

「すっごい! 良い、良いぞこれ!」
「シン、着終わったら最後の調整をしましょう。まず」

 

不意にドアが開いて、エコー7が入ってきた。スラスター噴射で荒れ果てた倉庫内と倒れ
た棚、そして18歳にしては些か恥ずかしいくらいはしゃぎ、ステップを踏んでガッツ
ポーズを取っているシンをそれぞれ見遣る。

 

「…………ちょっと、表へ、出て下さい」
「は、はあ」

 

 表情を消したエコー7が親指を立て、背後を指し示す。関節部位への攻撃がパワード
スーツ最大の弱点である事、スーツ越しに手足を捩られるととんでも無く痛い事、パワー
ユニットを外されたスーツが泣きたくなるほど重い事、そして生身の人間も十分に脅威と
なり得る事など、アカデミー時代の復習をしたのは直ぐ後の事であった。

 
 

 雪で白く染まった山岳地帯に濃い影が落ち、全長190mの航空戦艦が飛ぶ。周囲に浮かぶ
4つの輝くリングは、艦が僅かに向きを変える度に反対方向へ回り、拡大と収縮を繰り返し
てバランスを保っているかのようだった。

 

「眠……」
「遅くまでゲームしてるからですよ」
「いや、12日目でセーブ作っとかないと、また最初からになっちゃうんだよ」
「知りません」

 

 オペレーターのアビーに叱咤されつつ、戦闘機のコクピットのようなブリッジシートに
潜り込んだ地球連合軍少佐アーサー=トラインは、欠伸を噛み殺してディスプレイに視線
を落とす。キャノピーに手を掛け、操艦を担当するマリクのシートを見遣った。

 

「どお? マリク君」
「安定してます。40%の出力でこれだけ快適に飛べるなんて、正直実感が湧きませんが。
しかし、僕らは何をするんでしょう?」

 

 連合軍の基地を発進したオファニムはまずライプツィヒに飛んで、ドムトルーパー3機と
そのパイロット、そして乗り手のいないデスティニーⅡを乗せた後、指定されたルートを辿り、
指定された速度でモスクワに向かうよう指示を受けていた。
行った先で何をするかや、現場の情報などは全く聞かされないお遣いに、元ザフト兵である彼
らは、アーサーも含めて不安を隠せない。

 

「ザフトじゃあ、納得するまで絶対に皆動かないしね。まあその所為で、後になればなる
ほど情報だだ漏れで酷い目に遭ったけど。それよりさ、あの人たち随分イメージ違ったね」
「ドムのパイロットですか? 確かにラクス様の為に!って叫ぶキャラじゃ無いような」

 

 乗艦したヒルダ達を思い浮かべ、頷き合う面々。その時、ブリッジシートを囲むように
して任務についていた連合軍兵士のオペレーターが声を上げた。

 

「10時方向にMS反応複数、レンジ……あ、連合軍です。画像、出します」
「連合ぐッ!? あ、ああ、味方か。うん」

 

 飲み込んだ唾が気管に入ったか、むせつつ頷くアーサー。メインブリッジクルー全員の
ディスプレイの片隅に、ズームされた画像が表示された。コバルトブルーのダガーLや
ウィンダムに先導され、改良されたリニアガン・タンクや輸送車が山道を進んでいる。

 

「補給部隊にしちゃ、物々しいねえ……」
「少佐、報告を訂正します!」
「えっ?」

 

 兵士に階級で呼ばれ、アーサーは思わず背筋を伸ばした。

 

「戦車とトラック、随伴するパワードスーツ兵は地球連合軍のものではありません。ID
が出ました。これは……スカンジナビア王国軍です!」

 
 

 ガベージ・エイトの居住区に用意された自室に、シンの呻き声が上がる。上半身裸で、
肩や腰に消炎剤のシートを貼り付け、仰向けに横たわっていた。倉庫を出た瞬間に始まっ
たエコー7による『個人指導』で、酷い腰痛を貰ったのだ。

 

「いって……あ、後で片づけるって言ったのに……厳し過ぎるだろ」

 

 少しでも態勢を変えると襲ってくる、背筋を貫く激痛に目を見開き、浅い呼吸を繰り返
しつつ耐えるシン。その時、ドアが開いた。全隊員のコードを持つエコー7が大股で入っ
てくる。シーツの端を掴むと、勢いをつけてシンを床に転がした。

 

「痛いたいたいたいっ! あああぁっ!?」
「シン、出撃します。『50人』と、それ以外にも絡む情報を掴みました」
「今ッ真夜中……な、ほんと……ですか」

 

 余りの痛みに涙声になったシンが、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 

「食堂の店主が話した、『彼』に近づけるかも知れません。行きましょう」
「了か……イタタタタッ!! いっだぁ!!」

 
 

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