ハンニバル級の格納庫から姿を現した3機のMSは、企業の機密情報を知らされていない保安部隊達の視線を引き付けた。左腕をシールドごと失ったウィンダムのパイロットが、喉を鳴らす。
『な、何だあれは? 狐……いや、狼……?』
ネイビーブルーに染め上げられたシャープなボディ。高機動戦の際にメインセンサーを保護する為、そしてデータ収集の為に設計された試作機専用ヘッドパーツ。
前方斜め下に突き出した鼻先。側頭部から伸びる二等辺三角形型のアンテナ。格子パターンが描かれたバイザー内を行き来する、鬼火のような青白い光。
デスティニーⅡの母にして、ウィンダムを継ぎし異形の尖兵。その名は――
『ベイオウルフ、始動。索敵……』
『シグナルレッド……補足』
それを駆る者達も、また異形。ヘッドギアを被った生体CPUが、機内で言葉を紡ぐ。
X字に広がった新型のフライトパックからスラスター光を噴出し、2機の人狼が飛んだ。
『ドック内部に陸戦艦1隻を確認! これより攻撃す……ぅわ!?』
降ろされた隔壁を破って侵入し、ミサイルの射撃体勢に入りかけたムラサメの腹部を光条が貫いた。
MA形態に変形しかけたまま、咳き込むように姿勢制御スラスターを吹かして墜ちる。
『確認。索敵……シグナルイエロー』
『捕捉。展開……』
2機の後方で、右肩にビームキャノン、左肩にミサイルポッドを装備したベイオウルフが前進する。
『な、何で新型が! 話が全然違う! ブルーコスモスの残党共じゃなかったのか!?』
「そりゃ、間違っちゃいないけどよ……全員無事か? 死んだ奴は挙手!!」
保安部隊の隊長が通信機に呼びかけると、笑い声が返って来た。1つのシグナルも消えていない。
作戦の第一段階は成功である。死者など出たら減給ものだ。別居中の妻子に怒られる。
「よぅし、こっちの敵は少ない。エレベーターからも来てないし、雇った『先生方』が上手いことやってくれてるようだな。このまま追い返すぞ!」
『了解!』
生体CPU部隊に対する嫌悪や恐怖は無い。保安部隊は兵士である前にサラリーマンだからである。彼らは高価なので、頻繁に投入されて仕事を盗られる心配も無い。
競争相手で無ければ、それは『戦友』なのである。
耐え忍ぶ時期は終わった。人狼と肩を並べ、保安部隊は反撃に転ずる。
ブルデュエル改。改と言っても基本性能にさしたる変化は無い。右肩シールドの内側に装備された機動レールガンと投擲弾スティレットが排除され、左肩に近接信管式のグレネードキャノンを搭載した、兵装バリエーションの1種と言っても良い。
シールドと機体の中間に何も挟まない事で、耐久性と安定性を向上。マニピュレーターで掴み、腕部をスイングさせて投げ付けるという挙動を強いられるスティレットを取り除く事で、兵器としての総合的な信頼性を強化した。
グレネードキャノンの砲身は固定式で、スティレットのラック部分があった所が弾倉となっている。命中精度は落ちるが、用途は爆風と破片に敵を巻き込む事であり、直撃させる事ではない。
PS装甲を持ったMS相手でもバランスを崩させ、地上の場合転倒させる事も有り得る。
遠近双方で違った役割を果たす事の出来る、指揮官機に適したMSと言えるだろう。
『チッ……主力はやはり此方か!』
両前腕部に格納されたビームガンを展開してザクウォーリアに牽制射を掛け、接近。敵機の眼前で膝を折って身を沈ませ、跳ね上げる勢いと共に両脛の装甲に格納されたサーベルに持ち替え、一気に切り上げる。光刃が二筋駆けてザクの両腕が飛んだ。それを蹴倒しつつ、後続の敵部隊にキャノンを撃つ。
『ディアッカぁ! 次は何処だ!』
『マップで4時の方向……数、3!』
薄い煙を引いて榴弾が放物線を描き、雪原に爆発と光の華が咲いてMS隊が後退する。
破壊された砲台の陰に隠れた黒いザクが構える、長大なビーム砲から光が放たれ、彼方で炎が上がった。
既に相対距離が詰まっている為、移動して狙撃ポイントを変える意味が薄い。殺到する火線の前に青のゲイツRが立ちはだかり、光の膜が張った大型シールドでビームと弾丸を受け止める。
『く……シールドに、バッテリーを取られすぎて……!』
『そのまま動くんじゃないよ!!』
通信に割り込む、眼帯の女の声。アスランとの交戦で左腕のシールドと頭部を損傷したヒルダ機を後方に据えたドム部隊が滑り込み、ジュール隊に気を取られた敵機を急襲する。
『シンは……1対1でやれるのか、アスラン相手に!』
敵部隊へと向かいつつ、イザークは後部カメラでエレベーター前を確認する。光の翼と、Iジャスティスの背負った大型のリフターが映っていた。
数度のぶつかり合いで、アスランとシンは互いの力量と機体の性能を読み取っていた。
故に、不用意な攻撃はもう掛けられない。僅かなダメージを負う事も避けねばならない。
総合力は両者互角。損傷は絶妙に調整された機体バランスを崩し、動力ケーブルをやられれば出力が低下して振り回され、負ける。
50メートルの距離を取り、デスティニーⅡとIジャスティスは2機で円を描くように歩行する。2本のビームサーベルを逆手に構えたIジャスティスは左手を突き出し、右手は弓を絞るように引く。漆黒のデスティニーⅡは両掌と両足甲に淡い赤光を灯し、何時でもビームを使えるようにしたまま、獣のような低姿勢を保つ。掌を上に向け、鉤爪の指先を晒し威嚇するのだ。
この距離では射撃武器が使えない。照準には時間が掛かるのだ。1射を外せば、一瞬で懐に飛び込まれ屠られる。かつ、互いにPS装甲を持ちビームシールドを備えているので、命中しても致命傷になり難い。
故に、近接ビーム兵器による一撃に懸けるのだ。賭ける、ではない。計算尽くである。
雪片を纏う風が2機の間を吹き抜け、デスティニーⅡの光翼が消えた。円が描かれ続ける。
『何故こんな事をする、シン』
『こんな事って?』
紅眼と翠眼が交錯し、Iジャスティスに握られたサーベルの出力部が燐光を放った。
『何故ラクスに投降しない!』
『じゃそう言って下さいよっ!!』
両者の背後、雪面が弾けて光が爆発した。両手にビームクローを灯したデスティニーが光の翼を広げ、リフターを水平に跳ね上げたIジャスティスが双刃を輝かせ、接近。
左右から挟みこむように振り抜く二振りのビーム刃を、押し分けるようにクローが受け止める。緋の電光が2機の間に散って、雪が沸騰して水蒸気が上がった。
デスティニーⅡの近接ビーム兵器は、他のビームに干渉する性質を持つ。スクリーミングニンバスと、ゲシュマイディヒパンツァーの組み合わせによって生まれた多目的兵器である。
『クラインに投降しないのは当たり前でしょう! アイツはもう一度、コーディネイターとナチュラルの仲を悪くしようとしてるんですよ! 戦争の種を無意識に蒔いてるんだ!』
『海賊が言う事か!!』
『へえ、テロリストがとは言わないんだな? やっぱり知ってたんですね!』
先に離れたのはデスティニーⅡ。ビーム刃同士の反発力を利用して後方に跳ぶ。
『当然だ! お前が、力を持たない民間人を傷つけるような真似をするものか!』
跳びざま、Iジャスティスの右脚が輝いて蹴りを放った。デスティニーⅡの足部もまた光を強め、ナイフ状のパーツが生むビーム刃で蹴りに応える。再びスパークし、両者は更に離れた。Iジャスティスが腰の後ろにマウントしたライフルを抜き放つ。
『じゃ、何でちっぽけな海賊なんか追い回してるんですか!!』
『ラクスが、お前達をテロリストと決めたからだ!』
ライフルが撃たれる。デスティニーⅡは緑の光条を左にかわしつつ、右手を跳ね上げた。
掌部に輝きが集まり、紅の光弾が粒子を散らして放たれる。それをビームシールドで防ぎ、IジャスティスはデスティニーⅡがかわした方向目掛け、未だ粒子が纏わりつくシールドを勢い良く突き出した。火花を散らし、グラップルスティンガーが射程ぎりぎりの悪魔に迫る。
『クラインが白って言ったらッ……黒でも白なんですか!?』
慣性が効いて、デスティニーⅡは直ぐに回避できない筈。しかし刹那、左の肩と腰からスラスター光が噴出し、急激に逆方向へスライドする。翼が流れ、ツインアイが紅の残光を引いた。
『そうだ! 何時もそうだ!!』
『何が!!』
Iジャスティスが背部のリフターを分離させて飛び乗り、ビームのスパイクとウィングを起動させて一気に距離を詰める。右手で撃ちながら、左掌部をシールド形態に切り替え、半球状のビームシールドを張りつつサイドステップでかわす。ビームウィングとシールドが擦れ、光が走った。
『2年前を忘れたか、シン! ギルバート=デュランダルが討たれた時の事を!』
『議長が討たれたのは、ネオジェネシスとレクイエムで世界を脅したからで……』
『違う! その前だ! ラクスがデスティニープランを否定した理由を知っているか!?』
擦れ違った瞬間、ライフルを納めて左右の腰からサーベルを抜き放つIジャスティス。
後を追いかけ、跳躍したデスティニーⅡが振り下ろしたビームクローを、振り向き様に受け止める。デスティニーⅡの光翼が機体に影を落とし、紅眼と血涙を輝かせた。
『ノートだよ、シン。廃棄コロニー・メンデルで手に入れた、只の研究ノートだ!!』
『なっ……!?』
デスティニーⅡの力が弱まった一瞬で、Iジャスティスはサーベルで悪魔を跳ね飛ばす。
もう片方の手に握ったサーベルで突き掛かるが間一髪、両肩と両腰のスラスターによる一斉逆噴射で、デスティニーⅡは急速回避した。
『たったそれだけの事で、ラクスはデュランダルを討つと決め、討った! 解るか!?』
『それを誰も止めなかったんですか! アンタはどうしてたんですか!』
『止められる訳が無いだろう! ラクスは全てを正しくする! 4年前から、ずっと!!』
『そんな……そんな馬鹿な話があるかあぁ!! 下らない言い訳は止せ!』
デスティニーⅡのツインアイが輝きを強める。リフターを再接続させたIジャスティスが、頭部の両脇に降りたリフターのビーム砲で牽制する。
『事実だ。……こっちへ来い、シン。もう一度仲間になれ! まだ間に合う!』
『ふざけるな!』
『本気だ! お前とラクスの目的は同じだ! 世界を救う為と、本心から考えている!』
『……世界を、救う?』
デスティニーⅡが姿勢を低くして構え直す。Iジャスティスがキャリーシールドからビームブーメランを抜いて、光刃を灯した。
『そうだ。お前は海賊に堕ちたが、人の命を救っているだろう!?』
『当たり前だ……その為に、俺はミハシラ軍に入ったんだ!』
『ラクスも、世界を救う事を願っている! 過去に囚われるな、シン!』
『…………ああ、解りましたよ、アスラン。』
デスティニーⅡの機内で、シンはヘルメットを脱ぎ捨てた。熱の篭った黒髪が揺れる。
「2年前も、オーブで会った時もそうだったんですけどね、ようやくスッキリしました」
『なに?』
アスランの問いに、髪を軽くかき上げたシンは、紅の瞳を細めて薄く笑った。
「俺がどれだけ人の命を助けたいって言ったって、アンタ達は世界だの人類だの、大きな事ばっかり話してましたよね? いつも、いっつも」
『シン……?』
「要するに目の前の小事にウダウダ言わず、大局を見ろって言いたいんでしょ?」
デスティニーⅡのツインアイが再び輝き、光翼がその有り様を変える。霞み、揺らめくソレから、閃光を放つ白んだ紅炎へと。翼の端々が緋電を生み、空間に喰らいついた。
『待て、シン!』
「過去に拘るのは止めろ、とも言いましたね。今だって、過去に囚われるな、と言った」
『シン、話を……』
「俺はな、アスランッ!! 過去に囚われる責任があるんですよ!!」
犬歯を剥き出し、シンが吼えた。Iジャスティスが跳び退る。
「マユを死なせた! 父さんも母さんも! トダカさんも! ステラも!! レイもっ!!」
シン=アスカの本質は邪悪である。2年前に戦争で家族を喪って以来、彼の心は2度と光を通さぬ黒雲で覆われたのだ。
「力が無い所為で守れなかった! 力に溺れて守れなかった!! 見殺しにした!!」
その後あまたの喪失を経て、シンの心には欲望という名の獣が棲み付いた。
救え、と、獣はシンに告げた。命を救え、喩え嫌われようが憎まれようが、役立たずの貴様が取り零した、命の重みを忘れぬよう救え、と。手段問わず、あらゆる善意を食べ散らかしてでも。
「快適でしょうね、クラインに餌を貰う生活は! だが、俺にそんな資格は無いッ!!」
血涙を散らし、デスティニーは加速する。Iジャスティスから投擲されたシャイニングエッジを小跳躍でかわしざま、左足部にビームを発生させて蹴り飛ばす。
『シン、止めろ!』
「俺は『世界』にも『人類』にも興味は無い! 『人の命』を救いたい! 俺の為に!!」
不用意な発言で、シンの『淵』を覗いてしまったアスランは正常な判断力を失いかけていた。2年前と同じく、力を与えた連中の甘言に踊らされているとばかり思っていたのだ。
襲い掛かってくるデスティニーⅡが、アスランには大きく見えていた。
「善意の欠片も有りませんよ! 俺は俺の為に! 俺の自己満足の為に、戦争の芽を摘む!
だからクラインとアスハに『真実』を押し売りに行くんです! 邪魔しないで下さい!」
両手のビームクローが輝き、吹雪の中に焼き付く。リフターを分離させて機体重量を減らしたIジャスティスが、腰のライフルを手に取って発砲した。左肩と腰のスラスターを噴かしてデスティニーⅡが回避、4つの可動式スラスターが全て後方を向き、更に加速。
『くっ……シン! お前が『真実』を語った所で、ラクスには聞こえない! 諦めろ!』
「聞こえないんなら、聞くまで叫び続けてやりますよ! いつまでも、やかましくねぇ!」
ライフルを捨てたIジャスティスが、両手でビームサーベルを構えた。今度は順手に。
振り下ろされる右のサーベルに合わせ、懐深く飛び込んだ悪魔が光爪を重ねて打ち落とす。
左のサーベルにすんでの所でビームクローを噛み込ませ、頭部パーツ同士が衝突した。
装甲の砕片が散って、血涙を流す紅眼と、翠の双眸が絡み合う。『正義』が、蝕まれていく。
再び後退するIジャスティスに追い縋ろうとした時、機内にアラームが響いた。
「チッ、ファトゥムか!」
分離したリフターが、光刃と共に斜め上方から急降下する。放たれたビームを前方に移動して回避したその時、ビームシールドで身を守らせつつ、右手のサーベルを振り被ったIジャスティスが迫った。既に、アスランはクローの間合いを見切っている。
「イチか! バチかあァッ!!」
「無駄だ、シン……そのクローは届かない」
苦い勝利を確信するアスラン。しかし次の瞬間、その瞳が驚愕に見開かれる。
「なっ……伸、び……」
デスティニーⅡの右手が手刀を形作り、爪は剣となった。ビーム発生器とビーム先端が最も遠いソード形態は、コロイド場を安定させる為に一番時間が掛かる。
だからこそ、この大勝負までシンは使えなかったのだ。
下腕部を覆う鱗状の積層装甲が外側へ跳ね上がり、緊急排熱開始。補助ジェネレータが作動し、通常出力に上乗せする。
紅の光剣は杭と化した。ビームシールドの上部を掠めて光が散り、Iジャスティスの頭部真下、人間で言えば喉元を貫いて、雪巻く風を焦がし環状の痕を空に刻む。
致命傷を認識し、核エンジンが緊急停止。コクピットのアスランを保護すべくセーフティシャッターが降りた。異常をきたしたのか、右腕全体に鮮血色の電光を纏わせるデスティニーⅡの前に、インフィニットジャスティスは跪く。その瞳から光が失われた。
主を失ったリフターも失速し、光翼を消したデスティニーⅡの背後に突き刺さる。
『正義』は、潰えた。