SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第42話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:40:28

 キラにとって、デスティニーⅡの速度それ自体は大した問題でなかった。
 SEEDを発動させた彼の眼は黒と赤の悪魔を確かに捉えており、ロックオンした機体目掛けて間断無くビームを撃ち続ける。
 しかし、当たらない。スピードで回避されている訳ではない。
 照準に入れてトリガーを引き絞った瞬間、ドラグーンを分離させてターゲットを設定した瞬間、その姿がレティクルから外れるのだ。
 何度も何度も、それを繰り返していた。後1秒、否、0.5秒未満という所でデスティニーⅡは最小限の動きでかわす。
 ドラグーンによる全方位攻撃も、腹部ビーム砲も、ライフルもレール砲も全て通じない。
「どうして……こんな」
 今までの敵は、こうではなかった。SEEDを発動させた瞬間から勝ちが決まっていたようなもので、全ては予定調和だった。
 十を越える敵機を無力化し、常に先陣を切って戦い続けた。平和の為に戦うキラに誰もが惜しみない賞賛と敬意を送り、彼に権力を与えてきた。
「どうして……どうして……どうして!!」
 自分に敵対していた者は全て『改心』するか、自滅した。あのシンも、2年前には確かに解り合えていた筈だった。その彼が今、自分と対峙している上にまだ倒れない。
「どうし……」
『キラ』
 通信モニターにシンが映った。ヘルメットを被り、俯いているので彼の表情は解らない。
『頼む、話を聞いてくれ。俺はアンタと戦う為に此処へ来た訳じゃない』
「でも、君は僕と戦っているじゃないか!」
 その言葉に、シンは一呼吸置いた。ヘルメットが僅かに上下する。
『それは、アンタが撃ってきたからだ。問答無用で襲い掛かられれば、応戦するしかない』
「当然だ! 君は海賊で、カガリを脅迫してラクスを貶めている! ラクスは世界の平和の為に戦ったんだ! それをあんな……」
『ならどうして全力を出さない』
 ヘルメットを被ったシンが顔を上げた。遠くでビームか爆発による光が生まれ、デスティニーⅡの右半身が光に照らされる。
 濃い影が落ちた左半身、その頭部付近で紅の片目が輝いた。
 コクピットのシンも、顔の右半分が照らされた。血色をした眸がキラの精神を撃ち抜く。
「な……何だって……?」
『どうして全力で俺を叩き潰さない! 2年前のアンタなら、とっくに俺を墜とせてる!』
 困惑するキラ。シンに対して本気で戦わなかったのは―少なくともキラが思っているのは―2年前、フリーダムを撃墜された時だけだ。

『アンタなら、さっき俺が近づいた一瞬で仕留められた筈だ! アンタなら、お得意のフルバーストで俺を蜂の巣に出来た筈だ! 何を遊んでいる、キラ=ヤマト!!』
 シンの表情が、怒りと憎しみに歪む。デスティニーⅡの左手が静かに持ち上がり、手首を返し掌中に赤光を生んだ。
『まあ、良いさ……アンタがあくまで本気にならないっていうなら、俺もチャンスは逃さない……』
 紅の光翼をはためかせ、悪魔は闇に踊る。
『おまけに話も聞かないんじゃ、もうアンタは役立たずだ。此処までだな』
『待てシン! 説得すると言っ……』
 通信にイザークの声が一瞬紛れ込み、映像が消えた。

 シンは正気に戻りつつあった。キラやラクスを説得してミハシラ軍を元の姿に戻す事で、一刻も早く戦う力を持たない人々の助けとなる。
 その狂気がいま、望外の勝算によって、大切な人を奪ったキラ=ヤマトへ復讐するという、正気に取って代わられ始めているのだ。
 シンの瞳と同じ色を持ったデスティニーⅡのツインアイが光を灯し、両肩、両腰の補助スラスターが一斉に背面へと向けられ、点火。
 Sフリーダムのライフルが、レール砲が、腹部ビーム砲が自機に狙いを定め、一斉に発射される。ドラグーンが本体から分離した。
 レール砲の弾体を、機体を90度捻る事で掠めさせる。雨のように降り注ぐ高出力ビームと緑の光条を、フィン付の補助スラスターを小刻みに動かし紙一重で回避し続ける。
「鈍い」
 ドラグーンが自機を取り囲みかける寸前、シンはペダルを思い切り踏み込んだ。機体が更に加速し、身体がシートに押し付けられる。
 ターゲットを見失ったドラグーンが狙いを定め直すも撃てない。射線を読んだかの如く、デスティニーⅡとSフリーダムが一直線に並んだからだ。
 誤射の危険ありと判断し、ドラグーンは母機であるSフリーダムを目指す。
 再びデスティニーⅡが急接近してきた事で、格闘戦を仕掛けんと右手をビームサーベルに持ち替えるSフリーダム。
 だが、デスティニーⅡは急制動を掛け、右手のビームライフルを撃った。
 当然、持ち前のスピードで回避する蒼翼の天使。しかし、背面に火花が散った。
『あ……ッ!?』
 今まさに、ウィングユニットに帰還しようとしていた8機のドラグーン。それらを、自機で弾き飛ばしてしまったのだ。
 デスティニーⅡの左手がビームクローを形作って、左肩と腰の補助スラスターが点火。
 紅眼の悪魔が右側へ跳ね飛びつつ、弾かれて宇宙空間を彷徨うドラグーン達に頭部機銃の引き金を引いた。
 17.5mmCIWSから放たれた機銃弾が、小さなボディにビーム砲、ビーム発生器、推進機関を詰め込んだドラグーンの装甲を引き裂く。
 無音の爆発に照らされたシンに表情は無い。灼熱の情念を、鋼の仮面で抑え付けている。

 その様は、ガルナハン基地でシンと戦った『最後の50人』の1人を彷彿させた。
『ド、ドラグーンが……』
 ウィングユニットに戻ってこられたのは僅かに2機。右上と左下に帰還した。
 そしてSフリーダムがデスティニーⅡに向き直り、近距離から腹部ビーム砲を撃とうとした瞬間、ウィンダムの長大なビームライフルが其処へ捻り込まれる。
 引き金はほぼ同時に引かれたが、距離を詰めねばならなかった分、シンの方が一瞬遅れた。緑と赤の粒子がビームライフルの銃口から溢れ、純白の光爆が2機を包み込む。
『うわああぁっ!?』
 Sフリーダムが弾き飛ばされたが、デスティニーⅡはヴォワチュール・リュミエールを全開し、爆発の只中を直進する。
 瞬きひとつしないシンの両目から涙が溢れ、メット内に散らばった。眼を保護する為の生体反応か否かは解らない。涙を零しながら手元のキーを叩く。
 Sフリーダムのキラが衝撃から立ち直るまで掛かった時間は僅かに2秒。だがその2秒が経過し機体を制御した刹那、右目にビームクローが食い込んでメインカメラを貫いた。
 爆発の中を抜けてきたデスティニーⅡも無傷ではない。高熱によってツインアイが濁り、明滅する紅が残光となって落涙の如く漆黒の宇宙に焼き付く。
 右肩と左腰部のスラスターからはフィンが失われ、両足の追加装甲が破壊されていた。
 上体が後ろに流れたSフリーダムを追い掛け、ビームライフルとレール砲を構えかけた蒼翼の天使に密着し、胸部コクピットに膝蹴りを叩き込む。
 驚異的な硬度を持つVPS装甲は、その衝撃の殆どを吸収できない。
 激震に襲われたキラの意識が一瞬飛んで、操縦桿を手放してしまう。ビームクローが左のレール砲を裂き、
 爆発する。衝撃に霞むキラの目に映ったのは、撃てなくなったライフルを振りかぶるデスティニーⅡの姿。
 マニピュレーターを運搬モードに切り替えた紅眼の悪魔が渾身の力を込め、ライフルをSフリーダムの胸部に叩き付ける。
 眼前のメインモニターが火花を散らし、キラが呻いた。
『ぁ……う……』
 向けかけた右のビームライフルが、横殴りの一撃で吹き飛ばされる。
 サブモニターに表示される右腕部のダメージレポートを一顧だにせず、シンは心が抜け落ちてしまったような無表情で右のコントローラーを動かし続けた。

 画面の中で繰り広げられる『暴行』に、アークエンジェルの女性オペレーターが顔を背け、口元を手で覆う。格納庫内で戦いを見守っていた研究員の後輩が、呆然と呟いた。
「シン=アスカ……こんな風にも戦うのか」

 アークエンジェルによって中継された高解像度の戦闘映像を前に、アズラエルは自身の両肩を抱き締めた。背筋を小さく震わせ、熱っぽい吐息を吐き出す。
「そうです、シン……それが、本当の貴方様……」

「僕、は……」
 キラ=ヤマトは最高のコーディネイターである。極めて高い適応能力を持っており、彼でなければヘリオポリスの事件で生き残れなかっただろう。
 初めて操縦したMSで戦艦を護衛し、脱出するなど不可能であったろう。彼の戦闘技能は、環境に適応する為に発揮されたのだ。
 当然そうした能力は危機の無い状況が長く続くほど衰え、忘れられていく。今のキラはまさにそれであった。彼は弱くなったのではなく、忘れていただけなのだ。
 過去の幻が浮かび上がってくる。燃えるヘリオポリス。迫るジン。全てが初めての機内。
「そうだ。これが僕の……」
 圧倒的苦境、かつてない強敵との対峙によって、キラ=ヤマトは『覚醒』した。
「僕の、戦いなんだ……!」

 ビームクローを辛うじてかわしつつも、その隙を突かれライフルで滅多打ちされていたSフリーダムの左目が輝く。
 ドラグーンを射出しデスティニーⅡの背面に回した。手動でセーフティを外したのだろう。
 誤射を恐れぬ発砲が悪魔を襲った。咄嗟に後退するも、ライフルを掴んだ右腕を吹き飛ばされる。
 しかしSフリーダムもまた自身の誤射によって左腕が壊れ、右のレール砲の半ばに命中して爆発。
 更に追いすがろうとした2機のドラグーンにデスティニーⅡの頭部機銃が火を吹いて、1機を撃ち落とす。散らばった空薬莢が黒と赤の装甲に跳ねた。
「……何だ?」
 シンの表情に焦りが走る。これで、使える武器は機銃と左掌部のビーム砲のみだ。だが、彼が焦ったのはその理由だけではない。
 常に安全な所に立って、自身に危険が及ばない方法を、手が汚れない方法を選び続けるはずのキラが、捨て身とすら言える攻撃を掛けてきたからだ。
『僕は……』
 通信回線が開き、入ってきたキラの声に恐怖は無い。満身創痍のSフリーダムが、全身からスパークを散らしつつ右手のビームサーベルを起動させた。
 互いに、頭部機銃を除くそれ以外の武器を失っている。
『僕は、負けられないんだ!』
「チッ」

『僕が負けたら、ラクスは!』
 ドラグーン1機のみとなったウィングユニットから青白い光の翼が伸び、Sフリーダムが加速する。
デスティニーⅡの右肩を狙って突き出された。左手のビームクローで弾く。突きにしても、全身を乗せた動きではない。刺突剣の如く手首を返し、光刃の切っ先が閃いた。
 デスティニーⅡが接近しようとするが、サーベルの切っ先に阻まれる。右腕がゆっくり引き戻されていくが、シンはその手に乗らなかった。
 クローの間合いは解っている。もし誘いに応じて近寄れば、一瞬で突き刺しに掛かってくるだろう。
「く……フルマニュアルで操作してるのかよ、化物が」
『君はそんな力を持ってるのに、どうして!』
「ラクスが大事だっていうなら、俺の話を聞いておいた方が良いぞ」
『でも、君は!』
 本能が危機を察知したか、シンが再び狂気に染まっていく。クローとサーベルが時折触れ合い、白い火花を散らす。
「歌姫の御手、知ってるよな」
『当たり前だ! 君は、御手の1人からグフを奪って脱走したんだ!』
「海賊に襲われたナチュラルを助けに行くなと言われたから、1人で行ったんだ!」
 左腕の、鱗状の積層装甲が跳ね上がる。補助動力が上乗せされて、ビームクローが一瞬で巨大化した。
『そんな……』
 MS1機ならば指先1つで両断できそうなほどの光爪。それに圧倒されたか、キラが言葉に詰まる。
「良いか……まずラクスの周りを疑え。彼女に都合が良い事を吹き込んでる連中の正体を探るんだ! もう、地球じゃラクスの言葉を信じてる奴は殆どいない。
 良いか、その連中はラクス本人に被害を与えてるんだ!」
 シンに最早殺意は無い。正気が失せ、狂気に戻りつつあるのだ。しかし予想を超える反撃が無ければ、彼は復讐心のままSフリーダムを破壊しキラを嬲り殺していただろう。
 彼の怒りと憎しみは、正当な感情なのだから。
『く、でも……』
 その時、通信に何者かが割り込んだ。
『キラ様! これ以上は、もう!』
 バスターノワールの大出力ビームキャノンが、Sフリーダムを格納していたナスカ級を直撃した。表面を一瞬炎が走り、主砲が吹き飛ぶ。
 アークエンジェルのゴッドフリートが遠くのローラシア級を捉え、小さく爆発が上がった。
『アメノミハシラは墜とせませんでしたが、最早……限界です。撤退を!』

『わ、解りました……でも、シン。僕は!』
「行け! ラクスに伝えろ!」
 シンの言葉に、キラは何も言い返さなかった。巨大なビームクローから逃れるように、青白い光を引きずって離脱していく。
 それがナスカ級に吸い込まれると同時、左腕の積層装甲が火花と共に弾け飛んだ。クローが消失し、左前腕部の半分が吹き飛んで機体が傾ぐ。
 爆発の中を通り抜けた時、少なからぬダメージを負っていたのだった。
「う……!」
 機体の震動に、シンは唇を噛んだ。
「駄目だな、こんなんじゃ……とても、勝ったとは言えない。」
 感度が鈍ったコントローラーを傾け、デスティニーⅡのメインカメラがプラントの方向に向けられる。
「負け、か」

「戦闘が終わったわ。作戦は失敗。キラ=ヤマトは存命だけど、ストライクフリーダムは手酷くやられたそうよ。貴方の言う通り、彼はもう最強では無いかも知れない」
「その通りだ。今や、『エミュレイター』こそが真のキラ=ヤマト……最強の兵士だ。DSSDのAIが持つ再現能力、目を見張るものがあった。
 だが、生身のキラ=ヤマトにも、未だ利用価値はある。例のモビルアーマーは、地球に降りられんからな」
 ブリッジで結果を聞いた『50人』の艦長と男は、何時に無く口数が多かった。
「貴方、勝てる? 『エミュレイター』に……正式な訓練を積んだ、キラ=ヤマトに」
「無理だ。少なくとも私1人では、手も足も出ない」
 かぶりを振るパイロットスーツ姿の男。謙遜している様子は無い。
「シン=アスカになら、どうかしら?」
「……無理だな。あのモビルアーマーと組み合わさったキラ=ヤマトには、勝てん」
「そう。でも彼は危険すぎるわ。殺せる機会があれば……逃すべきじゃない」
 その言葉に、男の片眉が僅かにだが上がる。女性艦長は彼の顔を見ずに続けた。
「解っているわ。貴方が……本当に憎んでいる人間を、どうしたがっているかという事は。
それは私達も同じ。けれども、彼は間違いなく私達の邪魔をしてくる」
「……シン=アスカを殺すとしたら、私が最適任だろうな」
「そう。貴方が『50人』の中で一番、MSを上手く扱える。けれども同時に、最も感情を制御できない」
「必要があれば私は彼を殺す。喩えどれほど憎んでいようと……私情は捨てる」
「あやしいものね」
 踵を返して立ち去ろうとする男に、女性艦長の淡々とした声が届いた。足が止まる。
「そう言った時の貴方は、本当にあやしいものだわ」
 返答せず、男はブリッジから出て行く。微かな空気音と共にドアが閉まった。

】【戻る】【