SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第58話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:47:49

 オーブ、オノゴロ島の国立病院。暖かな日差しが差し込む中庭のベンチに、男が1人腰掛けていた。
 顔の半分、右腕、左脚を包帯で覆い、蒼色の髪は短く切り揃えられ、深い緑の瞳が薄く開いた瞼から覗く。
「アスランさん!」
「メイリン……」
 ツインテールの赤毛を揺らして駆け寄ってくるメイリン=ホークに、アスラン=ザラは深々と溜息をついた。

「具合、良くなりましたか?」
「……ああ。もう杖無しで立てるし、火傷も大体治った。
 医者は感染症が怖いからって、やたら包帯まみれにしてくれるけど。来週には……退院だ」
 退院と自分で言った後、アスランは困ったように包帯を巻いていない側の頬を掻いた。

 退院とはつまり、この病院からだけでなくオーブからも追い出されるという事だ。
 全身の、実に3割に重度の火傷を負ったアスランだったが、コーディネイターである為か回復が速く、
引きつった褐色の火傷痕も日常生活に支障を及ぼさなくなりつつある。
 アスハ政権時代にカガリ=ユラ=アスハ当人の逆鱗に触れ、反逆者と断じられ個人資産を没収された挙句に
国外追放処分を言い渡されていたアスランだったが、負傷を理由に今日までオーブに留まる事を許されていたのだ。
地球連合の息が掛かった暫定政府が順調に国内情勢を安定させてはいるが、彼らにとってもアスランは邪魔者である。
「まず、何で食べていくか考えないとな。兵士には今更なれないし……」
「そんな事……! シンだってザフトの脱走兵なのに、あんな人前で活躍してますし!」
「金的は活躍の内に入るのか? 相変わらず可哀想な奴だなとは思ったが……それに、シンと俺とじゃ違うよ。
 今のシンは勝ってる。俺は負けて、負けを取り返せないでいる」
「アスランさん……」
 少女の視線に哀れみを感じ取ったか、アスランは苦笑して片手を振った。
「別に間違った事をしたつもりはない。だからメイリン、もう俺に会う必要は無い。君の役には立てないからな」
 そう言って頬杖を突き、視線を落とす。落ち込んでいるわけではない。
 アスラン=ザラは落ち込まない。ただ次の策を練るのみだ。
「ともかく、どういう形でオーブから追放されるかすら解らないんじゃ……ん?」
 視線の先に突き出された物を覗き込むアスラン。それは預金通帳だった。
 それを持つ指先を見る。水仕事によって荒れ、かさついていた。
「少ないですけれども、何かの足しにはなるでしょう? 一緒に働ければ……」
「何で、君はそこまで」
 何か言いかけたアスランが不意に立ち上がる。メイリンも其方を振り返った。

「アスラン=ザラ様ですね?」
 背広姿の男が酷薄な笑みを浮かべて立っている。左右をオーブ兵で固められていた。
 地球連合から送り込まれた、暫定政府のスタッフだった。思わず表情を引き締めて構える
アスラン。メイリンが不安そうに寄り添う。
「取引をしましょう。貴方にとっても、損な話では無いはずです」
 眼鏡の縁を光らせ、男は書類カバンの腹を軽く叩いてみせる。
 包帯から覗く緑の双眸が、一瞬だけ細まった。

「あ、あの、本当にアスカさんはこれに乗るんですか?」
「え? ええ、見てくれはアレですが、性能はばっちりですよ」
 アークエンジェルの格納庫。機体の応急修理などを行う大型ブースの中で、一対の腕部と脚部が壁際に固定され、
中央に向かって突き出ていた。それを、研究員、その後輩、プラント領内でシンに助けられた空色の髪を持つ少女が見下ろしている。
 手元のCGを指差して訊ねる少女に、研究員が頷いた。
 ダイアモンドテクノロジー社所有の艦ではないので、部外者を締め出す事は出来ないし、締め出さねばならないという規則も無い。

「先輩。最低出力でなら構わないそうです」
「よし、可視フィルターをオンにして始めろ。エネルギー流をスキャンして、出力を調整する。
 とにかく時間が無いからな」
 目の前の窓に上から下へ緑色の光が流れた後、若干暗くなる。
 薄闇の中で、MSの両腕が軽く肘を曲げ、掌に暗赤色の炎が浮かび上がった。
 新たなデスティニーⅡの手は真紅に染め上げられ、指の第一関節のみが黒く塗装されている。
 下腕部の積層装甲は鱗が鋭く尖り上腕方向へと伸びており、縁が紅く色づいていた。
「ノーマルモードからクローモードに切り替えろ」
 研究員の言葉と共に、炎が膨れ上がって黒き五指に燃え移った。不気味な輝きを放ち、5つの小さな炎が伸びて光爪を形作る。
 旧パーツの如く、単なる枝分かれしたビームサーベルとは違う。その反りと先端の尖りは紛れも無く『爪』。
「すごい……」
「こんな立ち上がりじゃ戦闘で使えませんがね。アーガイルにも頑張って貰わないとな」
「先輩、ソードモードとガンモードは出力が低すぎてテストできません」
「そっちは仕方ない。胴体に接続して、アスカさんに乗って貰ってテストしよう。
 次は足部ビームエッジだ。データは取ったな?」
「はい」
 てきぱきと指示を出す研究員。プランAについて暑苦しく語っている時とはまた別種の迫力を纏っていた。

 掌の光が消え、腕が壁に沿うように垂れ下がる。代わって脚部がゆっくりと上がった。
 スラスターが3基増設され、踵の部分からは旧パーツと同様ビーム発生器が突き出しているが、形状がまるで異なる。
 斧のように肉厚で大振りだ。黒い刃の縁に沿って、やはり紅く塗装されており、さながら血を吸ったばかりのようだ。
 刀身から、先程のビームクローと同じ色の炎が噴き上がり、揺らめいた。
「コロイド場、収束率87%です。……これ以上安定しません」
「低出力すぎるからか? だが壁に囲まれているとはいえ、火事を起こす訳にも……」
 額を寄せ合って唸る2人の研究員、手持ち無沙汰になり始めた少女。
 口元に手を当てて欠伸を覆い隠し、紫の瞳を潤ませた。
「まあいい。ビーム発生器の可動部分をチェックしよう」
 研究員の言葉とほぼ同時に、斧状の発生器がそのまま足裏に移動する。
 二又に分かれた足部にしっかり挟み込まれた刃が、何度かその挙動を繰り返した。
 炎の切れ端から雷光を発する低出力ビームが光の弧を描く。
「こっちは問題ないか」
「みたいですね。収束率が気になりますが」

「あの」
 少女の言葉に振り返る男2人。
「私、どうして此処に呼ばれたのでしょうか」
「ぁ……ああ! 申し訳ない! 本題を失念していました!
 いや実はですね、アスカさんが随分と貴女の能力を高く評価していたのです」
 研究員の言葉に頬を染める少女。助けられて以降全く会っていなかったからだ。
「アスカさんが? 本当に!?」
「ええ。筋が良いし適応力もあって、勝負を諦めないとか。そこで提案なのですが……」
 指を組み、視線を左右に彷徨わせる研究員。何かを察知した後輩が呻いた。
「げ……」
「実は、シン=アスカさんの乗る機体に勝るとも劣らぬほどの性能を持ったMSを用意してあるのです。
 もしパイロットとして興味をお持ちなら、ご覧になって頂いて……」
「アスカさんの機体と、同じくらいの……」
 同じという形容詞に惹かれたらしい少女。承諾しかけた時、後輩の声が飛んだ。

「先輩! 猥褻物の陳列行為はC.E.始まるより前かられっきとした犯罪行為ですよ!」

「ばッ、あれのどこが猥褻物だ! 洗練された機動兵器の極致! まさしく次世代MS!」
「え? えっ?」
「OSとAIのアップデートが終わった。これで全般的な調整が出来……」
 空気が抜ける音と共にドアが開き、サイ=アーガイルが入ってきた。
 掴み合う研究員と後輩、口元に手を当て2人を交互に見る少女が一斉に彼の方を向く。
「……邪魔したか?」

「オーブからは、インフィニットジャスティスが送られてくるらしいぜ」
 アークエンジェルの艦内通路を流れていたシンは、ディアッカの言葉を聞いて露骨に顔を顰め、嫌悪を露にした。

「まさか『中身』つきで?」
「なわけねぇだろ。イザークが乗るんだよ。アスランはアスハ政権時代に犯罪者って事で処罰されてる。
 2度とお前の相手にはならないだろうさ」
 それに対しシンは鼻で笑い、ゆっくりと首を横に振ってみせる。
「ディアッカはアスランと同じ部隊だったのに、あいつの事あんまり知らないんだな」
「あん?」
「アスランは勝ち馬を嗅ぎ付ける鼻を持ってる。どんな所にでも加わって、多分半年もしない内に、
 俺なんかより立派な肩書きをつけて世の中に帰ってくるよ」
「へー。犬が歩いて棒に当たる感じでトラブルを持ってくる、イザークみたいなもんか?
 アスランの方が実用的だけど」
 おどけ、大袈裟に肩を竦めるディアッカ。通りがかったシミュレーションルームで、ひときわ大きなくしゃみが響いた。
「くっそ、ディアッカぁ……」
「エルスマンは此処にいませんよ、ジュール隊長。それより大丈夫ですか?」

「……それにアスランは勝ち馬を見分けるだけじゃない。パイロットとしては一級品で、
 しかも裏切るリスクを受け入れる度胸がある。裏切りにも躊躇しない」
 ジュール隊に何か、神秘的とさえ言える絆を感じつつシンは続ける。
「随分アスランの事を買ってんだな、シン。
 ミネルバ時代のあいつは、問題行動だらけで使いものにならなかったみたいだけど?」
「ああ。あれは、俺達がいずれ損をする立場だって解ってたのさ。
 そういう所で仕事を頑張っても無駄だと思ったんだろ」
「ハッハ! まるで予言者だな」
「いい表現だ。それを間近で見せつけられた側としちゃ、笑えないけど」
 道端の吐瀉物を見つけた時のように表情を歪めたシンが吐き捨てる。
 しかしその後、ふと思いついたかの如く顔を上げた。

「あいつは何時だって勝つ側に立つ。逆に言えば、あいつが付く側は……大体勝つんだ」

 その時、シンのポケットの中のコミュニケイターがブザーを発した。スイッチを入れる。
「はい、シン=アスカです」
『こちら格納庫です。デスティニーⅡの新パーツ、第2次調整が終わりました。
 最終調整のために、こっちへ来て貰えますか?』
「すぐ行きます!」
 研究員の声に即答し、スイッチを切るシンにディアッカは苦笑いを浮かべた。
「慌しいよなあ。ファクトリーに忍び込んでから、まだ24時間経ってないんだぜ?」
「これからもっと慌しくなるだろ。じゃ!」
「おつかれー」

 勢い良く通路を蹴って角を曲がったシンにやる気なく手を振った後、ディアッカも腰のポケットから小型端末を取り出す。
 モニターを起動させると、1機のMSが表示された。
 インフィニットジャスティスにイザークが乗るとなると、彼が使っていた機体の搭乗者は自然と決まってくる。
 適性を考えても、イザークの性格を考えてもほぼ間違いない。
「フリーダムかぁ……ノワールに慣れちまうと気が引けるな。趣味に合わない」
 データに眼を通しつつ、ディアッカが人気の無い通路でぼやく。
 彼は決して、自らのトレーニングを他人に見せる事が無いのだ。
「キラが根性出して乗ってくれりゃ良いんだが……無理だろなあ、今のアイツじゃ」

 天井を仰ぎ見て溜息をつく。ラクス=クラインの状況は思わしくない。
 ノーマルスーツに細工された所為で重度の酸素欠乏症にかかった上、脇腹に刺さった破片に付着していた
有害物質の影響によって、心臓の機能に致命的なダメージを受けたと聞いている。
 問題なのは、緊急事態で情報をコントロールする余裕が無かったために、傍にいたキラが一部始終を聞いてしまったという事だ。
 精神的疲労がたまりきっていた彼はその場で気絶してしまい、現在医務室で点滴を受けている。
 ラクスは現在手術中だ。

 ある、ラクス=クラインに対し好意的な感情を抱いていなかったザフト兵の言によれば、キラ=ヤマトは彼女の操り人形だったという。
 キラの決断はラクスの決断、ラクスの意思はキラの意思。
 人形繰りを欠いた人形が動かなくなるのは当然だと、仲間や連合兵の間で言い放って同意を集めていた。
「怖いねえ、世間ってのは……」
 つい数時間前まで、ラクス=クラインは2度の戦争を終結に導いた平和の歌姫であり、
キラ=ヤマトはそんな彼女に共鳴した自由の騎士、コズミックイラ最強の聖剣であると、惜しみない賞賛を我が物にしていたのだ。
 それが一度負け、無力化されただけでこの有様である。
 勿論それは、2年前ギルバート=デュランダルの下で戦って敗れ、人の未来を殺すデスティニープランに賛同した
『虐殺鬼』シン=アスカも同様だったが。
「ま、お前ほど怖かないけどな、シン」

 ディアッカ=エルスマンに忠誠心は存在しない。彼が従うのは己の直属の上司であるイザークのみであり、
従う理由も『面白そうだから』以外にない。

 だから、理解できない。

 信念を支えていた柱や善悪の基準を完膚なきまで破壊された後でさえ、戦う力の無い人々の命を救う為といって、
緑服としてザフトに再入隊したシン=アスカの狂気、異常性を改めて思い知らされたディアッカは、喉を鳴らし低く笑った。

 目を開けた時、乾いた白い蛍光灯の光が目に飛び込んできた。
 もう一度目を閉じ、瞬きする。

 口に宛がわれているのが呼吸用の酸素マスクであると知った時、全身に鈍い痛みが広がっていった。
 唇の間から漏れるくぐもった呻きが耳に届き、己の声だと認識する。

「また……生き延びたの? 私は……」
 ミハシラ軍のエージェント、エコー7は未だ焦点の合わない瞳を動かした。

「そうそれ、パック替えて。ラベル間違えちゃ駄目……あ! ドクター呼んで!
 3番ベッドの患者さん、意識が戻ったみたい!」
「はい! ……っすみません!」
 看護婦の慌てた声の後何かがぶつかる音を聞き、エコー7は瞼を震わせる。首を僅かに傾けた。
 医務室に、長身の人物が入ってきていた。
「ど、どなたですか!? この艦の方では無いようですが」
 ドクターを呼びに行かせた方の看護婦が問うも、人影は応じない。そのままエコー7のベッド傍に立つ。
 黒ずくめの着衣、艶やかなストレートロングの黒髪、日焼けを知らぬ肌、唇に薄く引かれた紅。

「ファクトリーでの任務、ご苦労」
 
 聞く者に安心感を与える低い声。短くそれだけ告げた女性は、踵を返し静かに去った。
 エコー7は小さく笑い、目を閉じる。
「司令官は、お変わりなく……」

「このまま地球の衛星軌道上まで戻り補給等を経た後、予定通り作戦を開始する手筈だ」
 イズモの指揮をアルファ1に任せアークエンジェルに乗り込んできたミナが、ブリッジで厳かに宣言する。
 モニターには、柄の悪そうな赤毛の連合軍人が笑みを浮かべていた。
『予定通り、な。何よりだ。参加する奴も予定通りだが』
「具体的には? 准将」
『ん、まずコーディネイターを再隷属させプラントを取り戻そうっていう重度かつヤバいブルーコスモス主義者、
 クラインが倒れたのを機に復権を狙ってるザラ派のザフト兵士、 プラントの会社と取引してる連中が雇った傭兵、
 通商航路で稼いでる、ミハシラさんとはちょっと違うタイプの海賊、下級氏族のオーブ兵などなど。
 腕だけは立つ奴等だ』
「弊社の保安部隊も、一部参加させて頂きます」
 アズラエルがすまし顔で付け足す。
 ミナとアズラエルに挟まれたアークエンジェルの艦長が、忌々しげに息を吐き出した。
「作戦終了後、すぐさま2回戦が始まりそうな構成ですな」
「非常事態だ。背に腹はかえられぬ」
 言葉とは裏腹に愉しそうなミナ。艦長は目元を押さえてかぶりを振る。
「作戦名に変更は?」
『ない。ブリュッセルのジジイ共も気に入ったらしい』
 その言葉に、彼女はひとつ頷いた。

「コードF.D.T.D.……黄昏時より夜明けまで。余らの結末は2つに1つ」

 ミナの黒髪が揺れ、アズラエルが唇の端を吊り上げる。

「白き裁定者に牙を突き立てるか、金色の陽光に焼き尽くされるか……だ」

 ザフトと連合の混成艦隊が青白い光を引き、地球へと向かっていった。

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