SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第60話

Last-modified: 2008-02-26 (火) 11:16:44

 老朽化した輸送船の中で、男は目を覚ます。
 随所に加えられた改修によって、辛くも廃棄を免れ続けている船内の空気は浄化剤の匂いが僅かに混じっており、
子供の頃水泳の授業で入ったプールを思い出す。

 

 コンテナ状の小型ベッドから這い出し、無重力の中を漂ってドアに辿り着く。
 むき出しのケーブルで簡単に接続された開閉ボタンを押すと、目の前に作業着姿の女性が立っていた。
「おや、もう起きられるかい?」
「はい。ご迷惑おかけしました」
 ジャンク業者を名乗る彼女に礼を言ってすれ違い、男は細い通路に出る。丸い小窓から、離れていく幾筋ものスラスター光が見えた。
「あれは? ……民間船ではない。軍用艦……艦隊か」
「エミュレイターってのをやっつけに行くんだとさ。ナチュラルとコーディネイターが、協力して共通の敵を叩く……っての?
 アタシがガキの頃は信じられなかったけどね」
「エミュレイター……何の、模倣者なのです?」
「知るもんか。ザフト繋がりの何からしいけど……そっちこそ、何か知ってたんじゃないのか?
 ザフトのスーツを着て、ぶっ壊れたグフに入ってたんだから」

 

 女の問いに、男は曖昧な笑みを浮かべて首を横に振る。彼は記憶の殆どを失っていた。
 デブリ海で漂流物に引っかかっていた所を、ジャンクを漁りにきた彼女に救助されたのだ。

 

「とにかく……私は、もう行きます」
「行くってどこへ?」
「解りません」
「ぁん?」
 訝る彼女に、男は笑みを絶やさず言葉を続ける。虫も殺せないような、か弱い微笑。
「殆ど何も覚えていませんが、帰らねばならない場所があるのです。会わねばならない人がいるのです。
 そして、それは此処ではないし貴女でもない……お世話に、なりました」
 エアロックの方へ行こうとする男。その目の前を、鍛えられ日に焼けた右腕が遮った。
「待った。お代を頂いてないねえ? 助け賃とか空気、食料、水とかも」
 投げかけられた疑問に対し、男は答えに詰まる。
「そ、それは……その、私のグフを既に売り払ったのでしょう?」
「『あんたの』グフじゃないだろ? アンタから代金を受け取らないとね。
 言っとくけど、余分な小型艇やノーマルスーツは無いよ。アンタが着てたのは、もう使い物にならないし」
「しかし、私は帰らねばならない! きっと……きっと、待っているのです、みんな……」
 目の前で手を振って見せる女。煉瓦色の髪が揺れた。
「そのまま待たせときな」
「そんな! ぉぶっ!?」
「アテも無いくせに慌てるな。デブリ海に生身で放り出されりゃ、会えるってのかい?」
 顎を掴まれ持ち上げられ、タコ口になったままの男が勢いよく首を振る。
「じゃあ、とりあえずアタシの船で働きな。MS使えるんだろ?
 雇ってた奴が大怪我して辞めちまってねえ。代わりを探してたんだよ。ジンとか乗れるね?」
「まあ、ザフト系はひととおり……勝手に決めないで下さい! 私には……」
 更に食い下がろうとする男の前で、先程のように親指と人差し指を開閉させる女。
「そんなに大事な場所なら、人なら、あんたを待ち続けるに決まってるだろ。
 記憶が元に戻るまで、ヒントのひとつでも思い出すまで……此処に居ろ」
 背中を向け、最後の一言を小さく零す彼女に、口元を押さえていた男が顔を上げる。
「貴女は……」
「まず、アタシにこさえた借金を何とかしな。目先の事をやっていくんだ。
 アタシの事は船長と呼べ。あんたは……確かアルファべットで呼ばれてたんだったね。……『C』?」
「『D』です……多分」
「よし。早速行くよ、ディー。仕事だ仕事」
 床を蹴って貨物ルームへと流れていく彼女を、『D』は呆気にとられたまま見つめる。
「何やってんだい、ディー!? 来な!」
「ぁ、はい船長!」
 救いの女神は、最後の最後で男に微笑みかけた。
 微笑んだまま、伸ばしたその手で彼を暗い淵へと突き落としたのだ。

 
 
 
 

 一刻を争う計画だった。
 よって映画やドラマに出てくるような、開始前のスピーチや戦地へ旅立つ前の休息は無く、
シン達は艦から降りることすら無く、敵地へと赴いている。
「本格的な作戦が始まる前に、全兵士に向け何かメッセージを……シン=アスカ」
 だから、イズモの通信室に呼び出されたシンはまず混乱した。

 

 マイクを差し出しているジェスが無言で親指を立てる。背後で薄笑いを浮かべるミナ。
「いや、特に何も……俺はただ、誰よりも前に出て戦うだけ。以上だ」
『短すぎるぜ金的のシン!』
『金的! 金的!』
「うわっ!?」
 通信室のスピーカーから入ってきた、金的コールに本気で怯えるシン。
「こ、これ双方向で繋がってるのかよ!」
『金的! 金的!』
『金的! 金的!』
 ザフトのナスカ級から、連合のアガメムノン級から、そして何よりイズモの艦内から、一斉にコールが鳴り響く。
 今まで情報が遮断されていたプラントのザフト兵も、シンの地上における様々な意味での大活躍を知ったのだった。
 コーディネイターの底力を知らしめると同時に、金的を受ければもがき苦しむ同じ人間だと
ナチュラルに伝える役割を果たしたシンは、新たな英雄となったのである。
 コーディネイターとナチュラル。両者に本当に必要だったのは、百の言葉や現実味の無い博愛精神ではなく、
ほんの小さな勇気と痛みだったのだ。
 ともあれ、シン=アスカにとっては迷惑でしかなかったが。

 

「もっと喋れ、シン」
「し、喋れったって原稿も無いですし!」
「誰がお前の棒読みなど期待するか。本心を伝えればよいのだ」
『金的! 金的!』
 各方面からの精神攻撃に身悶えするシン。だが、覚悟を決めたか大きく息を吸い込んだ。
「今回の作戦……」
 喋りだした途端、金的コールが止む。その沈黙にまた胃を重くしつつ、シンは言葉を搾り出した。

 

「今回の作戦に参加するアンタ達は……仲良しじゃあ、ないんだよな」
 食堂で鉢合わせ、険悪な雰囲気になりかけたブルーコスモス主義者とザラ派のザフト兵が、同時に真上のスピーカーを見上げる。
「まあ仲良しどころか、本当なら敵と味方に分かれて戦ってる間柄かもしれない。
 しかも、この戦い、勝った所で自分1人が良い目を見るわけじゃない。
 払われる報酬もきっと、作戦の成功率を考えたら、そう高くないんじゃないかと思う」
 挑発しあっていたミハシラ軍構成員と宙賊が、罵りあいを止めた。
「強いて言えば、全員が得をするんだ。そんな戦いに……作戦上仕方ないって言っても、こんな少数で臨まなくちゃならない……
 損な話だよな。アンタ達にとっては、そうだろ?」
 狂気に冒され、損得についての認識が希薄になったシンには理解し難い話だったが、構わず続ける。
 アズラエルに教えられたからだ。自分の考えが絶対ではないという事を。
 平和が欲しい、という至極当たり前に思える願いについても、細部は千差万別なのだと。
「だから、生き残ろう。こんな割に合わない仕事で死ぬなんて馬鹿げてる。
 悪巧みするにしても、人を騙してカネを巻き上げるにしても、まずは生きていないと話にならない。
 戦うこと……そうだ、戦うことだって、生きていないと出来ないじゃないか」
 シンは其処で俯く。口下手で、感情のままに喋り続ける事が恥ずかしくなってきたのだ。
「さっきの繰り返しになるけど、俺は……俺は、誰よりも前に出る。誰よりも前に出て戦うが……死にたがっているつもりはない。
 死ぬっていうのは……逃げだからだ。特に、俺みたいに……散々殺してきた人間にとっては」
 顔を上げる。顔の見えない人々に呼びかけた。
「俺は、死ぬつもりはない。誰かを死なせるつもりもない。負けるつもりもない。勝つ。
 勝って生き残る。……力を、貸してくれ!」
 返ってきたのは沈黙だった。がっくりと肩を落とすシン。
 喋るには向いていないという自覚があったが、流石に何のリアクションも返されないと落ち込む。

 

 が、反応はあった。遅れていただけだった。

 

『金的! 金的!』
「……」
『金的! 金的! 金的!』
 パワーアップした金的コールと、爆笑が。
「ちゃんと聞いてたのか、アンタ達はあぁっ!! あっ!?」
 笑いを堪え、肩を震わせながら通信ネットワークを切ったジェスをシンが睨みつける。
「案ずるな、シン。しっかりと伝わっていた」
「そもそも俺の話なんて、誰も聞いていなかったじゃないですか……もう、失礼しますね」
 疲れ、腹も立ったシンを見送った後、ミナはブリッジに呼びかけた。
「セレニティの照射エリアまで、後どれほどか」
『10分後に、イズモが突入します、サハク司令官』
「そうか。広域ジャマーの最終チェックを急げ。艦の指揮はアルファ1に任せる。余もアマツで出るぞ」
『しかし司令官……』
「英雄シン=アスカとの約定だ。全員で戦わねばならぬ」
 悪戯っぽく笑い、ミナはマントを翻した。

 
 
 

「これが貴方のヘルメットです。ミラーシェイドと、ボイスチェンジャー……」
「わざわざの配慮、感謝する」
 クサナギの格納庫。その片隅で、パイロットスーツ姿のアスランがメットを受け止める。
「いいえ、貴方はアスハ政権時代に裁かれた反逆者ですので……此方の事情ですよ」
「そうか。ところで」
 アスランは己の機体を見上げる。
「ムラサメに仕掛けられた自爆装置について訊きたい」
 背広姿の男が、唇の端を持ち上げた。眼鏡のレンズが光る。
「ふふ……外し方を?」
「いや、爆発の威力だ。コクピットを破壊してパイロットだけ殺すのか、それとも……」
「動力部にセットしてありますので、火力は期待できますよ。
 貴方が妙な行動を取るか、もしくは我々が戦術上必要と判断した場合、起爆させます」
「なら、使い道があるかもな……そうだ、もうひとつ確認したい。
 俺がこの作戦で死んだ時、後で受け取れる筈の『生活補助金』は……」
「契約書通り、全額メイリン=ホーク様へ」
「完璧だ」
 頷き、アスランはメットを小脇に抱えて昇降機に乗った。下から、男が声をかける。
「ただ貴方が死亡した場合、我々が約束を守らねばならない理由は無くなります」
 ちらりと下を向くアスラン。メットをかぶり、軽く敬礼してコクピットハッチを開けた。

 
 
 

「イズモ、エリア内に突入しました! ……5秒経過!」
 今、宇宙は暗い。視覚的な意味ではない。
 近辺の航宙用ビーコンを全てダウンさせる事で、セレニティの超長距離砲撃を防いでいるからだ。
 事前に調べ上げたセレニティの座標目掛け、慣性航行のまま艦隊が進む。
 マニュアルが辛うじて残っていた発光信号でやりとりする各艦。
 画像や音声など、ネットワークにアクセスする類の通信を使えばポジションを割り出されてしまう可能性があるからだ。
「15秒経過! ……ロックされていません!」
「まだだ。後20秒でどうなるか……」
 目を細め、ミナは顔の前で指を組む。右の人差し指が僅かに震えた。高揚しているのだ。
ブリッジは静まり返っている。誰かが唾を飲み込む音が大きく響いた。
「20秒経過! ッ正面、MS反応複数! 視認距離に入ります!」
「く、近い。だが、レーダーをアクティブに切り替えるわけには……迎撃せよ!」
 ミナの言葉の直後、ブリッジの展望窓を真紅の光翼が覆う。オペレーターの何人かが身を縮こませた。
「し、シン=アスカのデスティニーⅡです!」
「解っている。見間違えようもない」
 微かな苛立ちと共に、鋭い声を発するミナ。アマツに乗った自分が鮮やかに迎撃したいのだが、
作戦が2段階目を迎えるまで、動くわけにもいかない。
「蹴散らせ、シン!」

 

 特火重粒子砲を構えたジンとシグーが1機ずつ、ゲイツRが2機。エミュレイターは、MSを選り好みしなかった。
 プラント領内に待機させてあったザフト機にアクセスし、手当たり次第に自らの組んだ戦闘機動パターンをインストールし、
『ドローン』としたのである。ラクスの代行者としての権力を持つ彼女だからこそ出来た事であった。
 イズモの接近を捉えた4機のMSが省電力モードから復帰し、大砲を抱えたジンが、黒と黄の戦艦に狙いをつける。

 

 しかし、左へ流れたモノアイが悪魔を捉えた。

 

 残光を引く緋色のツインアイ。血に染まった腕部。黒と赤の大型ウィングユニット。
 黒を基調とし、赤のラインを入れた全身を包めるほどの光翼。
 接近を察知した2機のゲイツRがビームライフルを向けるも、ハイスピードを保ち、かつ複雑な回避機動で
襲い掛かるデスティニーⅡをロックオンできない。
 両掌が打ち合わされ、そこから光が溢れ、頭部パーツが持ち上がる。ツインアイが一際力強く輝き、目元の血涙が闇に映えた。
 両腕を振り抜けば、宿った光が炎と化す。足裏を通って足甲部へ回ったビーム発生器にも光が走った。
 距離が詰まりきり、1機のゲイツRが発砲。しかし間に合わない。紅色の炎で染まった右掌に弾かれ、
ヴォワチュール・リュミエールの加速力を纏ったデスティニーⅡが直進。
 二射目より速く突き出した掌がライフルを融解し、その速度で頭部を鷲掴みにする。

 

 目前に迫った高機動MSから離れようと、大砲を捨てたジンが跳び下がる
……寸前で、機体の左膝から右肩にかけ3本の光線が走った。
 ゲイツRの頭を掴み飛び去りつつ、黒と赤の悪魔がクローモードにセットした左掌を軽く振り抜いたのである。
 単なる枝分かれしたビームサーベルではない。反り、尖り共にまさしく『爪』と化したビームクローに切り裂かれ、
小指部分が掠めたトサカ状のブレードアンテナが割れる。
 切断された各部から炎が上がり、断面に沿ってパーツがずれ。広がった。
 残ったゲイツRが機体を振り返らせた時、デスティニーⅡが其方へと振り返って、先程頭部を大破させた機体を投げつける。
 真紅のツインアイが輝き、右腕の積層装甲が一斉に開いた。内部が血の色に光り、右掌から鮮血を噴出すかのごとくビーム光が膨れ上がる。
 インフィニットジャスティスに乗るアスランを撃破した、あの長大な光の杭が2機の胸部を貫通。
 杭が消滅すると同時に四肢を痙攣させる。
 残り火を纏わせる右腕を振り抜き、デスティニーⅡは最後の犠牲者に狙いを定めた。ウィングユニットがほぼ真上を向き、光る翼がはばたく。

 

 3機が次々に餌食となる中、シグーは真下へ回っていた。
 悪魔のスピードを生み出す長大なウィング。そこを狙うべく突撃銃を構えた途端、デスティニーⅡが相対的下方へ『降ってきた』。
 シグーのモノアイが最期に捉えたのは、光翼、右の足裏に回ったビーム刃、そして真紅の双眸。
 脳天から股にかけて溶断され、トリガーを引かれたままの突撃銃が無意味に銃弾をばら撒き続ける。
 まず、三枚に下ろされたジンが爆光を放った。次いでまとめて貫かれたゲイツR2機と蹴り裂かれたシグーが同時に爆発する。

 

 一瞬の炎と光の中、デスティニーⅡの姿が濃い影を生み出した。
 血色のツインアイが、搭乗者の狂気と共に燃えていた。

 
 

 簡易ビーコンとして配置した4機のドローンを破壊されても、エミュレイターは行動を起こさなかった。
 部隊が消滅した座標をチェックし、周囲のドローン群を準備させる。
 2、3度の衝突で、敵艦隊の規模が判明するだろう。充分に装備を揃えられなかった機体を配置し倒させれば、
敵の意気は上がり大胆になってくる。それに戦略砲を迂闊に撃てば、詳細な威力や射程距離を読まれ、対策を立てられてしまう。

 

『集いなさい、人間……規格外の捨駒達。狡猾にして、慈悲も諦念も知らぬ征服者達』

 

 彼女は『人類』を愛しており、人類の内である人間をも等しく愛していたが、それと同時に警戒してもいた。
 前進し、団結しそれまでの常識では考えられなかった力を発揮する彼ら。
 しかしその歩む方向は自由意思によって決定され、時に大きな禍をもたらす。
 ラクス=クラインの思考を有する彼女にとって、人間とは試練を要する存在だった。

 

『戦いなさい、立ちはだかる障害を打ち倒し、何処までも進んでいくために』

 

 セレニティのリングがゆっくりと回転し始め、眩い金の輝きが純白の天使を照らしだす。
 我が子を抱き締めるかのごとく広げられていた巨大なウィングユニットが180度回転し、後ろへ伸びる。
 ブレードアンテナが立ち上がり、蒼穹色のモノアイが一斉に発光した。

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