SCA-Seed_SCA ◆ZiprQ.wXH6氏_第01話

Last-modified: 2008-02-04 (月) 13:28:34

機動戦士ガンダムSEED-DESTINY
~逆襲のシン――Shinn’s Counter Attack――~

 
 

 Phase 1 「シン、その瞳に映して」

 
 

 その日、シン・アスカはひどく憂鬱な気分だった。
『オーブのスカンジナビア王国殲滅戦に、支掩部隊として参加されたし』
 その命令が上層部(うえ)から下ってきてからというもの、シンはずっと気分が悪い。
 オーブとプラントは、コズミック・イラ74の戦争の終結から、半ば同盟国のような関係にある。
 偏に、プラント最高評議会議長ラクス・クラインと、オーブ首長国代表カガリ・ユラ・アスハとの間に深い親交があることに由来するのだが、そんなことは、いまのシンにはそうでもいいことだった。

 

 ――オーブなんて、信じた俺が馬鹿だった……。
 そういった憤りを、今のシンは感じているのである。

 

“他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入せず”

 

 これが、オーブの理念とやらである(大層ご立派なものだ)。しかし、オーブがこの理念をきちんと守っているのかといえば、シンは断固としてノーと言うであろう。
 そもそも、このスカンジナビア王国殲滅戦などという事態に至ったのは、オーブの核武装問題が原因なのである。
 オーブの核武装。これは、世界中を震撼させるには充分すぎた。
 コズミック・イラ74に戦争が終結して以来、実質的に世界を牽引してきたオーブが核の保有を始めると、次々と芋蔓式に連合諸国が、こぞって核開発・武装を開始。
 ユニウス条約が確実に有名無実化いていく中で、条約の立役者であるスカンジナビア王国は、そのユニウス条約、そしてオーブの理念を盾に、オーブ始め諸国へ、核の廃絶を強く要求。
 しかし諸国の反応は冷たく、スカンジナビア王国とオーブの間の緊張は、日増しに強くなっていった。
 その頃からシンは本能的に、大きな事件の奔流を感じていた。そしてその予感は、思わぬ形で現れることとなる。

 

 スカンジナビア王国が、ほとんど冷戦状態であったオーブへ、大使を派遣したのである。名目はもちろん、核廃絶要求である。
 ある意味冒険ともいえるスカンジナビア王国のこの行動は、全世界の注目を集めていた。
 そしてコズミック・イラ78年9月10日……事件は起きる。

 

 スカンジナビア王国の外務大臣マーカス・グレッグを乗せた車が、オーブ首長官邸に訪問する道中、王国の核廃絶要求を内政干渉だと抗議する過激派のデモ隊と衝突。
 送迎していた車は破壊され、中から引きずり出されたマーカス・グレッグがデモ隊のリンチに遭い死亡するという事件が起きたのだ。
 当然激昂した王国政府は、オーブに対して謝罪と賠償を要求。
 しかし、オーブからの反応はなく、あくまで非は無いと主張するオーブに対し王国はついに、オーブ首長国連合との国交断絶を決定。
 それに伴いオーブは、王国のコーディネイターの人材資源返還を要求するも、帰還希望者は少数として、オーブへと返還されたのは僅か数人であった。
 これを不満としたオーブは、開戦の意を表明。外交的手段での和解は不可能として、スカンジナビア王国へ宣戦布告したのである。外務大臣殺害事件から、約一年後のことだった。

 

 戦闘は、モビルスーツも投入されるほどの規模のものとなった。モビルスーツ開発の最大企業モルゲンレーテを有するオーブである。戦闘の大勢は始めから決まっていた。
 オーブ軍は瞬く間に王国軍を追い込み、ついに一週間後に決定したスカンジナビア王国殲滅戦に、シンは支掩部隊として参加することになったのである。
 殲滅戦を展開するくらいなのだから、わざわざプラントからシンたちザフトを呼びつけることは無いのだが、それをするということは、これから先同じようなことがあった場合のための見せしめということだろう。

 

「くだらない……何が“他国を侵略せず”だ。蹂躙するつもりじゃないか」
 シンは舌打ちをして、独りごちた。明日にはオーブへ出発しなくてはならない。本当に気が滅入る思いで、シンはモビルスーツ・デッキへと向かった。

 
 

 ヴォルテール。シンが搭乗する艦の名前だ。これは、ザフト軍第十八MS大隊――通称ジュール隊の旗艦である。
 ザフトでもトップクラスの人員が集まるこの隊でシンは、第二MS小隊の隊長を任されていた。戦後、軍には残ったものの、目的もなく無気力に過ごしていたシンを見かねて、ほとんど無理矢理イザークが引っ張ってきたのだ。そのことでシンは、イザークにはひどく感謝していた
 実戦は久しぶりである。そのため、モビルスーツ・デッキの中は忙しさがありありと見てとれる。シンにとっても、軍服が緑になってからは、初めての実戦だ。
「シン、シン!」
「ヨウラン、俺のザクはどうだ?」
「バッチリだよ! こんな入念なチェックをしたのは久しぶりだ」
 オイルにまみれたキャップを逆さにかぶった、メカニックのヨウラン・ケントはシンの方へいちど笑ってみせるとすぐに、真赤に塗装されたシンのブレイズザクファントムのコックピットへ姿を消した。遠目のシンにさえ、その褐色の肌に光る汗はしっかりと見えていた。
「そうか、ありがとう」
 シンはヨウランの背中へそう言うと、そのままヴォルテールの廊下を抜けていった。

 

「あれ? おっかしいな……」
 艦内の集合食堂にある自販機の前でシンは、ポケットをまさぐっていた。少しばかりの小銭が入っていたはずだが、どうやら落としたらしい。と、シンの横から別の手が伸びて、自販機に二人分の金を入れてしまった。
「なにシケたツラしてんだ」
「ふ、副長」
 敬礼しようとしたシンを、ヴォルテールの副長ディアッカ・エルスマンは手で制した。同時に、一緒に買ったシンの分のドリンクを投げる。

 

「す、すみません……」
「考え事か?」
「いえ……」
「まあ、分からないでもないけどな」
 ディアッカが、ぐいとドリンクを呷った。
「は……?」
 シンは、未だタブにすら指をかけず、ディアッカをみた。
「オーブのことだろ」
「……お見通しですか」
「そのくらいはな」
 そこまで言われて、シンはようやく缶を開けた。
「……自分は、納得できませんから」
「いいんじゃないの? 明日には分かるだろ」
 ディアッカが暗に言っているのは、機会があればアスランに訊いてみろ、ということだ。
「イザークもおまえも、始まる前から決めつけすぎ」
「隊長が、なにか?」
「別に。でも、今アイツすこぶる機嫌が悪いから、俺は逃げてきたの」
「ハハ……そりゃ怖いですね」
「俺も……近頃のオーブは、どうかしてると思う」
 急に言葉の調子を変え、ディアッカがぽつりと言った。シンは、黙って次の言葉を待った。

 

「考えてもみろ? オーブが核を持ってるって噂が出てから、アスハの代表は一度もメディアに姿を見せていない。噂が本当だったと分かった今でも、コメントをするのは、いつもグロードの奴らだ。
代表であるはずのアスハは、いつもファックスで曖昧な声明を出すだけ……突っ込みどころ満載だ。うちの議長が何もアクションを見せないのも、それの証明と言えるんじゃないか」
「はあ……」

 

シンの反応にディアッカは苦笑してみせると、「おまえは腕は良いんだけど、こっちのがまだまだだな」といって、こめかみを人差指で小突いた。
「今日は、早く休め。明日は降下作戦もあるんだからな」
「はい」
 ディアッカは頷くと、「俺は、艦長さんの眉間を広げにゃならん仕事があるから、今日はまだまだ眠れそうにないよ」とため息をついて、食堂を出ていった。
 シンも倣って部屋へ戻り、ハンガーに制服をかけ、シャワーを浴びた。短髪にした髪をろくに乾かすこともせず、ベッドに体を投げ出した。眠れそうにはなかったが、無理にでも眠ることにした。部屋でじっとしていると、余計なことを考えてしまうだろうから……。

 
 

「いいか、カウントスリーで降下する。俺の隊に次いでディアッカの隊、最後はアスカの隊だ。遅れるなよ」
「了解」
 イザークのブレイズザクファントムから通信が入る。返事を返すと、イザークのザクが屈んで降下体勢を作った。
「カウント……3、2、1……ジュール隊、発進する」
 イザークの掛け声で、大気圏突入カプセルに身を包んだモビルスーツの一群が、一斉に地球へ向け降下を開始した。鬱陶しい暑さの中シンは、睨むように、ただ青い地球を、カプセルのモニター越しに見つめていた。

 
 

 ジュール隊の降下作戦が始まったころ、オーブのアレックス・ディノは、陰鬱な気分でその到着を待っていた。
「よりによって、イザークの部隊も来るのか……」
 アレックスは頭を抱えた。彼とイザークは古い付き合いだった。アレックスがまだアスラン・ザラと名乗っていた頃からで、アカデミーでも常に成績を競っていたほどの、である。
 74年の戦争後の事後処理では、アレックスはイザークにうまくやってもらっていた。恩は大きい。
 そこまでやってもらって、今国はこの有様だ。顔を突き合わせるようなことになったら、ありったけの罵声と拳の一発や二発は覚悟しなければならない。アレックスは、もう一度大きくため息をついた。

 

 アレックスが、間近に控えたスカンジナビア攻略の作戦概要の見直しをしていたころに、報告は入った。
「アレックス一尉。ザフトのジュール隊がご到着です」
「もうか? 聞いていた時間より早いな……」
 アレックスは時計を見た。時刻は夜の1時を示していた。降下作戦は夜に行うのが基本なので、このくらいの時間になるのは珍しくない。
 アレックスは、当日支掩してもらうモビルスーツ隊の隊長であるため、出迎えに出なくてはならない。軍服を羽織ると、足早に部屋を出た。

 

「ザフト軍第十八モビルスーツ隊々長イザーク・ジュール以下十二名、オーブの支掩部隊として只今到着致しました」
「ご苦労です。私が、当日現場の総指揮を執りますクニミです。今日はお疲れでしょうから、ゆっくりお休みになってください。作戦の詳しいことなどは、あちらにおりますアレックスに」
「アレックス・ディノであります」
 クニミの後ろで敬礼をしていたアレックスが、一歩前へ出た。イザークとアレックスの視線がかち合う。
 イザークは今にも破裂しそうなはずだが、アレックスからは、そんな様子は微塵も見えなかった。それよりもアレックスを遥かに驚かせたのは、イザークの後ろで同じく敬礼をしている男の存在だった。

 

(シン……!?)
 アレックスは思わず目を見開いた。髪は短髪になり、制服は緑になっているが、その黒髪、焔のように紅い瞳。それは、間違いなくシン・アスカであった。
 74年の戦争後は、てっきり除隊したのだろうと思っていたアレックスにとって、それは少なからず驚愕に値することだった。
 どうしているのだろうとは気になっていた。だが、訊ける立場でもない。幸せに暮らしてくれてればいいと思っていたが、まさか、まだザフトにいたとは……。
 一方のシンは、無表情に……本当に無表情に、アレックス――アスランを見ていた。その胸中は、誰の図り知るところではない。

 

 当日は、一緒に連帯して行動するのである。
 本来ならば、アスランがイザークたちと食事のひとつでもするはずなのであろうが、とてもそんな雰囲気ではないことはアスランも重々承知していた。
 ひたすらに重い空気を抱えてアスランは、イザークとディアッカをホテルの宿泊する部屋まで案内していた。その間ディアッカは何度かアスランの方へ苦笑を投げかけたりもしたが、イザークは一度たりともアスランの方へ向き直るようなことはせず、ただ足早に歩を進めていた。

 

「イザーク……」
 部屋の前まで来て、ようやくアスランは口を開くことができた。それを待っていたかのように、イザークが弾かれたようにアスランの襟首を掴んだ。
「貴様……!」
 絞り出すようにイザークはそれだけ言うと、今にも飛びかかってきそうな瞳でアスランを睨みつけた。
「イザーク、やめろ」
 ディアッカの制止もきかない。アスランは成すがままにされ、哀しみを帯びた瞳でイザークの眼を見ていた。
「なにがあったとは聞かん。どうしてこうなったとも言わん。……だが、これだけは教えろ。これは、貴様の望んだ形ではないな……!」
「当たり前だ。馬鹿なことを言うな」
「その馬鹿なことをなぜ止めなかった!」
「イザーク!」
 激昂するイザークをディアッカが強めに止める。それでイザークも、ようやくアスランから手を離した。
「作戦の説明は明日聞く!」
 それだけ叩きつけるように言うと、イザークは力任せにドアを閉めた。

 

「すまない」
「いや、こっちこそ。大丈夫か?」
「ああ。相変わらずだな、イザークも」
「やめとけ。それ以上言ったら殺されるぜ?」
「そうだな、気をつける」
 ディアッカの軽い冗談に、笑ってそう返す。
「でも、安心したぜ?」
「えっ?」
「正直、俺も少し心配だったし。おまえの口から不本意な形だって聞けてよかったよ」
「ああ……」
「色々複雑なんだろ? 政治なんてそんなもんだ」
「…………」
「イザークだって、その辺のことは分かってる。気にしなくて大丈夫だ」
「ン……」
「俺も寝るよ。悪かったな、案内までしてもらって。じゃあ、また明日な」
「ああ」
「そうそう、アスカにも会いに行ってやれよ? ずっと会ってなかったんだろ。積もる話もあるだろうし、会ってやれよ」
「ああ、時間があったらな」
 ディアッカは小さく頷き、静かにドアを閉めた。イザークが行動し、ディアッカがフォローする。お互い大人と呼ぶにふさわしい年齢になった今でも、その関係は些かも変わることはない。そしてそれはこれからもだろうと、アスランは確信していた。

 

 ホテルの三階のフロアを、アスランはふらふらとしていた。
 シンの部屋番号は分かるが、いざ会いに行ってみようと思うと、なかなか腹が決まらないのである。何故なら自分は、アイツを裏切ったから。
 やったことに対して後悔はしていない。だが、許してもらえると思うほどアスランも甘くはない。突き帰されてもおかしくはないし、むしろそれが普通なくらいだ。
 結局アスランはインターホンを押すことが出来ずに、展望フロアまで来てしまった。優柔不断な気があるのは自覚しているが、こうなると笑うしかない。
 だが、そこには都合よくシンがいた。全周囲モニターガラスで構成された、このホテルの名物のフロアにひとり佇むシンは、まるで宙に浮いているようだった。

 
 

「久しぶりだな、シン」
 こうなれば、話しかけるほかない。アスランは、随分たくましくなったシンの背中に声をかけた。シンがゆっくりと振り返り、そのまっすぐな瞳をアスランへと向けた。
「これはこれは、ディノ一尉。私のような下士官に、何かご用でしょうか?」
 アスランが予想していた反応の、どれとも異なる反応がシンから返ってきた。もちろん、言葉に敬いなどなく、冷笑がたっぷりと含まれた、棘のある言葉だった。
「君がまだザフトに、しかもイザークの隊にいたなんて、ちょっと驚いたよ」
 言葉の棘には気づかないフリをして、アスランは言葉を継いだ。昔のように、おまえと言うことは出来なかった。
「私には身寄りがありませんから。軍にいるしかないのです」
「なあ……やめないか、そういうの」
「…………」
 そう言うアスランを見つめるシンの瞳は、その真っ赤な色が信じられないくらいに、冷たい光を放っていた。
「君の気持ちは分かる。許してくれなんて言わない。でも、少し話をするくらいは構わないだろう? ずっと、君に会いたいと思っていた」
「…………」
 アスランが、一歩シンの方へ歩み寄ったとき、「なんで……」と小さくシンが呟いた。アスランが止まる。

 

「なんでアンタは、いつもそうやって人の心に簡単に踏み込んでくるんだ」
「えっ?」
「なんで簡単にそういうことが言えるんですか? 俺は、あなたになんて会いたくなかった。見たくもなかった」
「……そうか……」
 アスランは、沈むように視線を下へ落とした。
「ほっといてくださいよ。なんで俺なんか探したんですか。他にやることが山ほどあるでしょう。違いますか? 裏切り者のくせに!」
「そうだな……」
「俺なんかを探すヒマがあるなら、戦いを回避する方法を探してくださいよ! ザフトの時、散々それを俺に説いたのはあなたでしょうに!」
「そうだな……」
「なんで何も言い返さないんですか? 昔みたいに、俺を説き伏せてくださいよ……」
 語尾がかすれた。アスランは、シンが泣いているのだとわかった。痛ましいくらいの、シンの感情の発露だった。
「シン……」
「アスハは! アスハは何をしてるんですか? おかしいじゃないですか。教えてくださいよ!」
「カガリは……いない」
「いない? なんで……」
「理由は言えない……すまないが」
「…………」
 沈黙が流れた。だがアスランは、不思議とそれを息苦しいとは感じなかった。こんな会話中に不謹慎だが、アスランはシンが包み隠さずぶつかってきてくれたことが嬉しかった。
「分かりました。無礼の数々、申し訳ありませんでした。失礼します」
 沈黙を破ってシンはそう言うと、アスランの横をすり抜けていった。
「シン」
 それを、アスランが止めた。
「いくつに……なったんだ?」
「22ですよ」
「そうか……大人になったな」
「子ども扱いはやめてください」
「そうだな、すまない」
「……失礼します」
 シンが去った後もアスランは、ひとりガラスの向こうの空を、しばらく見つめていた。

 
 

 それから作戦が始まるまでの間は、まさに矢のように早かった。
 シンにとっては、地図と作戦概要、自分たちの役割を頭に叩き込んでいるうちに、あっという間に過ぎてしまった。シンたちの役割は、アスランの指揮する西方侵攻部隊の後方支掩である。
 やることは主に三つで、空いた戦線のフォロー・援護攻撃・退路の確保で、とりわけ退路の確保は重要である。常に前線で戦ってきたシンにとって、後方は初めてであった。
もちろん動きはアカデミーでも習ったし、昨日ブリーフィングでイザークに確認もした。だが、やはり実戦は違う。
ずらりと並んだ航空部隊、戦車部隊、モビルスーツ部隊が戦場にかもし出す雰囲気がそれを物語っていた。
 スカンジナビア側も総力を注ぎ込んできているようだ。彼方に見えるモビルスーツ群がこれから散っていくのだと思うと、シンは途端に悲しい気持ちになった。そして、作戦開始時刻を迎える。

 

「……オーブ、そしてザフトの勇士たちよ。我々はこれから、スカンジナビア王国攻略戦を開始する。我が国の人的資源を我が物顔で使い、さらにはそれを返還しないという蛮行に及んだあの愚人どもに、正義の鉄槌を下すのだ!
我々の勝利を信じ、この戦場にいる我が軍の兵士たち全てに、ハウメアの御加護があらんことを!」

 

 総指揮官クニミの言葉の終わりを合図に、一斉に轟音が鳴り響いた。ビームが、薬莢が、あられのようにスカンジナビア王国へと降り注いで。
 シンは、ただザクで突っ立っているだけだった。とてもじゃないが、弾を撃つ気になどなれなかった。何故ならそれは、戦闘と呼ぶには難すぎる一方的な追い込みだったので。
 例えるならば、押し寄せてくる津波を素手で止めようとしている感覚である。
オーブの圧倒的な蹂躙は、瞬く間に王国を炎に包んでいった。シンは思っていた。これじゃあ戦線も空かない、援護も要らない、退路も必要ない。虐殺して、悠々と帰還すればいいだけだ。

 
 

ふと、シンのザクのモニターに、突撃してくる歩兵が見えた。なにやら叫びながら、やたらに銃を乱射している。よくここまで潜り込んできたとシンが少し感心する間に、ムラサメのミサイルが着弾して歩兵のいた場所に小さなクレーターを作った。

 

その時、何かが飛んだ。
そしてシンの優秀な視力は、“それ”をはっきりと捉えていた。
それが地面に落ちた瞬間、シンは凍りついたように動けなくなった。
銃を握った腕が、そこにはあった。
ただ、あるのは腕のみで、それ以外のものはどこにも確認できなかった。
体から無理矢理ちぎりとったようにいびつな形をしたそれは、シンにとっての最大のトラウマを喚起させた。
「あ……ああ……」
 ちぎれ飛んだ腕から、シンは目を離すことができない。ちぎれた部分から流れだすまだ新しい血が、スカンジナビアの土に染みを広げていく。

 

 ――これで本当にいいのか?
 誰かの声が聞こえた。
 ――こんな悲しみだけが広がっていって、おまえは許せるのか?
――人は、何も変わらないじゃないか
それは、シン自身の声だった。
それが聞こえたとき、シンの中で何かが変わった。

 

 イザークがその異変に気がついたのは、シンの隊の隊員から通信が入ってからだった。
 シンのザクが、エリアから離れていっているのである。
「おい、アスカ、何をしている? 持ち場を離れるな。戦域から逸れているぞ」
 イザークは通信を送るが、シンからの返答は無い。
「おいアスカ! 聞こえているのか! 隊列を乱すな、戻れ! アスカ!」
 イザークがひとしきり叫んだ瞬間、シンのザクが爆発した。それはあまりにも呆気なくて、イザークもディアッカも、一瞬なにも反応できなかった。
「ア……アスカァァッ!!」
「なんだ!? 墜とされたのか!? どこから……」
「い、いえ! じ、自爆です!」
「自爆……そんな……」
 イザークは茫然自失した。次には、力任せにコンソールを叩いて絶叫を上げていた。
 ディアッカは成す術もなく、シンのザクが爆発したところから上がる爆煙が、ひたすら目に焼きついていた。

 

 後日、この戦闘の記録にはこうあった。
 ――この戦闘は、オーブ・ザフトの連合軍の勝利に終わった。
 クニミ中将の指揮の下、スカンジナビア王国の殲滅に成功。
 当初の目的であったコーディネイターの人的資源の奪還も無事に果たした――と。

 

 そして、戦死者リストの中には、シン・アスカの名前があった。
 なお、大破したザクの中から、シン・アスカの死体は発見されていない。